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2016年2月11日 (木)

西と東の境目は

建国記念の日を祝して日清「どん兵衛」の公式サイトに掲載されていた「釜玉うどん兵衛」を作ってみた。どうです? 日の丸に見えませんか? 見えませんかね? 黄身が崩れちゃったんだよなぁ。粉末スープをちょいとふりかけて、醤油をちょいと垂らして、よく混ぜていただきます。

Don1 

うどんを食べつつサイトをJRAに移動。今日は木曜日だから今週末の出走メンバーを確認しなければならない。今週から小倉が始まって3場開催。また馬券が忙しくなるなぁと思いつつ、ひとつひとつレースをチェックしてゆく。するとあることに気付いた。東京の除外がやたらと目立つのである。

実際に数えてみると、2日間の合計で京都の除外馬は45頭であるのに対し、東京は実に70頭が除外の憂き目に遭っていた。長時間の輸送を伴う小倉への遠征は関東馬には厳しい。これから1か月の間は、関西馬が2場をフルに使える一方で、関東馬は実質1場での戦いを強いられる。中京が終わったばかりの今はまさしく正念場だ。

JRAは中京競馬場を「関西圏」として扱っているが、こうした事情を鑑みるに「関東圏」なのではないかと思ってしまう。いや関東と言い切ってしまうと憤慨される方もいるかもしれないから言い直す。少なくとも関西ではない。それは歴史や文化が証明している。

同じ銘柄で売られているカップうどんのつゆの味が、関東と関西とで違うことはご存じであろう。関東ではカツオだしを効かせた色の濃いつゆ。一方、関西では昆布だしを効かせた薄い色のつゆが使われている。パッケージをよくみると「E」とか「W」といった地域記号が刻まれているはずだ。

Don2 

カップうどんを全国発売するにあたり、食品メーカーの研究員たちが中部地方各地のうどんを食べ歩き、東西の味の境目を探し回ったというエピソードは今や語り草だ。その境界線は、三重の名張から関ヶ原を通り、富山県を経て新潟の糸魚川へと続いていたという。これは日本列島の地殻構造にも合致するから、なお興味深い。

「関西」の言葉は、鎌倉時代の「吾妻鏡」に初めて登場するとされるが、奈良時代から既に関東・関西の概念は存在していた。三重県にある「鈴鹿の関」を境として、「関の東」と「関の西」を区別していたのである。現在も、三重県の東にある津や四日市は東海圏とされ名古屋への通勤者も多く住むが、同じ県内でも西側の名張や伊賀は大阪文化圏。同じ全国紙でも三重県内には東京版と大阪版のそれぞれが配達されているし、店頭に並ぶカップうどんの味も「E」と「W」が混在しているという。その味が歴史を裏付けていると思えば、たかがカップうどんとバカにはできない。

ちなみに冒頭で作った「釜玉うどん兵衛」だが、意外な美味さに驚いた。期待していなかった“釜玉感”がちゃんとある。粉末スープの投入量を間違えたせいか、やたらと味が濃い仕上がりになってしまったことが反省点。「E」の粉末スープはそもそも味が濃いから、さじ加減が難しい。確かに公式サイトのレシピには「入れ過ぎると塩辛くなります」と書いてある。ふんじゃあ、どれだけ入れりゃ良いんだ? まあ、こういうものは試行錯誤の楽しさもあろう。次回は「W」の粉末スープで試してみたいところ。私の中ではカップうどんは関西優位。競馬同様、「西高東低」現象が長らく続いている。

 

***** 2016/02/11 *****

 

 

 

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