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2016年2月 8日 (月)

蛯名正義騎手2400勝

昨日の東京4Rは芝1400mの3歳未勝利戦。このレースをミッキーグローリーで勝った蛯名正義騎手は、これがJRA通算2400勝の記念すべき勝利となった。武豊、岡部幸雄、横山典弘に続く、史上4人目の快挙。1987年3月のデビュー以来通算1万9160回での到達は、決して平たんな道のりだったわけではない。彼もまた減量特典の消滅と共に、騎乗数の減少に悩まされたひとりだ。

Mickey 

デビューの年に30勝を挙げて関東での新人賞を獲得した蛯名騎手は、2年目に43勝、3年目は36勝と順調に勝ち星を積み重ねてゆく。だが勝率は1年目の139から、122、101と下降の一途を辿っていた。騎乗回数は増えたのに、その割に勝ち星はついてこない。そして4年目にはついに077にまで勝率を落としてしまう。

当時のルールでは、デビューから数えて4年目まで減量の恩恵に与れる。ために修羅場は5年目の91年にやってきた。勝率を落とし続け、しかも減量の特典もなくなった騎手に、山のように騎乗依頼が舞い込むはずがない。しかも当時はデビュー3年目の田中勝春騎手がブレイクの真っ最中。この年、重賞3勝を含む63勝を挙げ、全国リーディングの10位に食い込む大活躍を見せた。その一方で、前年に352回を数えた蛯名騎手の騎乗回数は、後輩の活躍に押されるように257回にまで減少。年間23勝は蛯名騎手の30年に及ぶ騎手人生における「キャリア・ロー」である。

Ebina 

さらに競馬学校同期の武豊騎手は競馬史に残る華々しい活躍を続けていた。デビュー2年目にスーパークリークで菊花賞を勝って、史上最年少でクラシック制覇を達成。翌3年目には全国リーディングの首位となり、4年目の有馬記念ではオグリキャップ感動のラストランを演出した。バラエティ番組に出演し、写真集が発売され、一般誌の表紙を飾り、競馬場には「追っかけギャル」が登場。競馬ブームの立役者であったことは否定しようがない。

同期や後輩の活躍を見ながら、蛯名騎手どんな日々を送っていたのだろうか。開催日に1頭も乗り馬がいないという日もしばしば。それでも徒に焦ったり、腐ったりすることはなかったという。それは彼が人一倍「競馬好き」であるということと無関係ではなかろう。好きなことに対する努力は、苦にならないのである。

Ebina1_2 

「自分のペースでひとつずつ積み重ねて」

2400勝達成セレモニーで蛯名騎手はそうコメントした。武豊という圧倒的な存在を意識してのことだろうが、それでいながら2400もの勝ち星を積み重ねて、46歳になった今もリーディング上位を堅守しているのだから、なんだかんだでやはり凄い。

Ebina2 

先日は武豊騎手の30年連続重賞勝利が話題となったが、それに次ぐ記録は蛯名騎手の24年連続。今年ひとつでも勝てば「25年連続」となる。記念すべき蛯名騎手の初重賞制覇は92年のGⅢフェブラリーハンデ。そこから蛯名騎手は「自分のペースで、ひとつずつ」前に進んで現在に至った。馬に早熟タイプや晩成タイプがいるように、騎手にもそれぞれ個別の成長曲線がある。だから、いま苦労している若手騎手も焦ったり、腐ったりする必要はない。蛯名騎手の足跡はそれを教えてくれている。

 

***** 2016/02/08 *****

 

 

 

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