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2016年1月25日 (月)

ドバイミレニアムの血

今朝のスポーツ紙の競馬面は「武豊30年連続重賞勝利」を大きく報じている。昨日行われたAJCCは2番人気のディサイファが完勝。エプソムカップ、中日新聞杯、札幌記念に続く4つ目の重賞タイトルを手にしたが、「30年連続」という数字のインパクトには敵わなかったようだ。

しかし、この記録について武豊騎手本人と周辺との間に温度差を感じずにはいられない。勝利ジョッキーインタビューで、「30年連続重賞勝利についてひと言」と振られた武騎手は、一瞬「それを言うの?」という顔をした―――というか、口ごもりながらそう言ったように私には聞こえた。

重賞通算305勝、昨年一年間だけでも重賞を10勝もしている騎手に「今年重賞勝てた感想を」と聞くようなもの。その記録のために現役を続けているわけでもない。長年やっていれば、自ずと数字はついてくる。武豊騎手のコメントが全てであろう。

そんなことよりもインタビュアーには「2200mの距離」について聞いてほしかった。ディサイファの過去8勝は1800~2000mに集中している。昨年のAJCCで5着に敗れた時、騎手(武豊ではない)は距離を敗因に挙げた。それが一転この強さ。7歳になってひと皮剥けたのか。仮にそうだとすれば、ついに良血開花かもしれない。念願のGⅠに手が届く可能性も出てくる。

ディサイファの母の父はドバイミレニアム。もともとは「ヤザール」と名づけられた同馬だったが、彼が持つ特別な資質を見抜いたオーナーのモハメド殿下によって「ドバイミレニアム」と変更された。もちろんミレニアムイヤーのドバイワールドカップ制覇の期待を込めての命名。その期待に応えるかのようにドバイミレニアムは勝ち続け、ついに2000年のドバイワールドカップを6馬身差で圧勝してみせた。モハメド殿下の眼に狂いはなかったのである。

だが、翌年、種牡馬入りしたばかりのドバイミレニアムを病魔が襲う。「急性グラスシックネス」。この日本には存在さえしない奇病に侵され、繁殖シーズン途中に5歳という若さで同馬はこの世を去ってしまった。その結果、残された同馬の産駒は、わずか56頭でしかない。

そんな数少ないドバイミレニアムの産駒の一頭がミズナ。そう、ディサイファのお母さん。その母トレビュレーションは、やはりモハメド殿下の所有馬として米GⅠ・クイーンエリザベスⅡチャレンジカップを勝った名牝だが、日本のファンにはグラスワンダーの母・アメリフローラの全妹と言った方が親しみが湧くだろうか。ちなみに1996年のキーンランド・セプテンバーセールで、のちのグラスワンダーを巡って最後まで競った相手こそ、モハメド殿下率いる「ゴドルフィン」である。

ミズナの血統表にはモハメド殿下の信念がぎっしり詰まっている。そこに我が国最高の種牡馬・ディープインパクトを配して生まれてきたのがディサイファ。これほどの血統ならば、いずれ種牡馬となり、あのすばらしいドバイミレニアムの血を後世に残す役目を担わなければならない。それを考えたとき、AJCCで4つ目の重賞を手にしたことは、決して小さからぬ出来事だった。

Decipher 

だが、それでもまだ足りない。たとえ305勝は無理だとしても、もっともっと勝つ必要がある。できることならGⅠタイトルも欲しい。そのためには2200mでも1600mでも持てる能力を発揮できなくてはだめだ。なにせ春シーズンに芝1800~2000mの古馬GⅠは―――少なくとも国内では―――行われない。わずか56頭の産駒しか残せなかった世紀の名馬の、その思いを乗せて、ディサイファは走り続ける。

 

***** 2016/01/25 *****

 

 

 

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