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2016年1月22日 (金)

【訃報】キングマンボ

大種牡馬キングマンボの訃報が伝えられた。26歳。老衰だという。2010年に1頭に種付けを試みたのを最後に種牡馬生活からは退いていたとは聞いていたが、その死が世界のホースマンに与えたインパクトは小さくあるまい。私もそのはしくれ。若い頃は世界中で種牡馬を見て回っていたのに、なぜかキングマンボを直接見る機会に恵まれなかった。

いや正確に言えばチャンスはあった。1999年のこと。それをソデにしたのは他ならぬこの自分である。この年、初めての個展を開いた。子供も産まれた。国内の競馬場での仕事がもらえるようになった。要するに忙しかったのである。だがしかし、それで世紀の一頭を見るチャンスを失ったと思えば、後悔の念が無いはずはない。あたりまえだが馬の寿命は人間よりも短いのである。

キングマンボと聞いて思い出すのが1998年のジャパンカップ。当時は3歳マイルチャンピオンに過ぎなかったエルコンドルパサーが、エアグルーヴとスペシャルウィークに対峙した。エルコンドルパサーはキングマンボの初年度産駒。種牡馬キングマンボについて真剣に考えを巡らせたのは、おそらくあの時が初めてであろう。

現役時代のキングマンボは、仏2000ギニー、セントジェームズパレスS、ムーラン・ド・ロンシャン賞のマイルGⅠ3勝。その母ミエスクもブリーダーズCマイル連覇で知られる歴史に残るマイラーである。エルコンドルパサーのスピードと爆発力は、この2頭の名マイラーの特色であろう。だから2400mは長い。愚かな私はそう考えた。1800mの毎日王冠で自身初の敗戦を喫していたことも、愚民の浅はかな考えを後押しする。

Jc1 

だが、結果はエルコンドルパサーが2馬身半差の完勝だから我ながら情けない。前年の年度代表馬も、同期のダービー馬も、まったくと言っていいほど歯が立たなかった。

Jc2 

その後、我が国におけるもう一頭のキングマンボの雄たるキングカメハメハが登場し、さらに彼らの産駒たちが菊花賞を勝ち、牝馬3冠を成し遂げ、香港スプリントを連覇し、ダートグレードを総ナメにする活躍をするに至って、さすがの愚民も思い知らされたのである。キングマンボ系の血は芝もダートも、短距離も長距離も、みんなこなしてしまう。しかも単なる万能型ではない。相手の牝馬の一番いいところを引き出し、さらにそれを数段スケールアップさせて子に伝える―――。これが正解ではあるまいか。

キングマンボの冥福を祈ると共に、その母ミエスクの素晴らしさをあらためて痛感する。それでミエスクの資料を読み返していたら、驚くことに気付いた。

名牝ミエスクが27年の生涯を閉じたのは2011年1月20日のこと。そしてその子キングマンボが亡くなったのも、なんと1月20日ではないか。母子揃って歴史的名馬。2頭が果たした世界の競馬界への貢献度は計り知れない。それだけでも稀有なことなのに、その2頭の命日がまったく同じなんてことがあるのだろうか。最後の最後まで奇跡的な存在だった。

 

***** 2016/01/22 *****

 

 

 

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