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2015年12月19日 (土)

最強世代の2歳チャンプ

思うに2001年生まれのサラブレッドは実に層が厚かった。ダービーを2分23秒3の大レコードで制したキングカメハメハは今や大種牡馬。ダイワメジャーもハーツクライも日本を代表する種牡馬となり、次々とGⅠ馬を輩出している。

他にもこの世代の古馬GⅠの優勝馬を挙げれば、アジュディミツオー、カンパニー、コスモバルク、スイープトウショウ、スズカマンボ、ダンスインザムード、デルタブルース、ハットトリック、メイショウボーラーと列挙に暇がない。毎年のようにGⅠを勝ちまくった。そんな粒ぞろいの2001年生まれ世代の2歳牡馬チャンピオンを、みなさんは覚えているだろうか。

「ザグレブ産駒のコスモの馬」と言えば、誰もがコスモバルクを思い浮かべるだろうが、実は先にGⅠ馬となったのはコスモサンビームの方だ。2003年朝日杯FSの最後の直線、逃げ込みを図るのは大本命馬のメイショウボーラー。だが、コスモサンビームも一完歩ごとに詰める。そしてついに前を捉えたところがゴール。バルジュー騎手の右手が上がった。

Cosmo 

だがしかし、期待された3歳春シーズンは皐月賞が4着。NHKマイルCは2着と好走したものの、キングカメハメハからは5馬身離された。ダービーはさすがに距離が長く大敗。しかもその直後に左前脚の第一指節種子骨骨折が判明する。当初の報道では「再起不能」という見出しが躍るほどの重症だった。それでも陣営は現役続行を決断。1年2か月の休養を経て復帰した関屋記念では上がり33秒1で差を詰めて1分33秒0だから凄い。5着に敗れたとはいえGⅠ馬の底力は示した。

その後、京成杯AH(10着)、富士S(9着)とマイル戦を続けて使われたあと、連闘で挑んだスワンSを快勝し、見事に復活を果たす。再起さえ危ぶまれた左前脚の骨折から立ち直った愛馬の頑張りに、佐々木晶調教師は目を潤ませながらインタビューに応じた。「走ってること自体がすごいことなんです」。その言葉からは関係者の努力と苦労のほどが伺い知れる。

連闘後ということもありマイルCSは回避。目標は翌春の高松宮記念に据えられる。その前哨戦に選ばれたのが阪急杯だった。

馬群の最後方で4コーナーを回ったコスモサンビームは、みるみる速度を落として直線で競走を中止。脚元に異常は見られない。鼻出血だろうか? 私はそう思った。だが、結果は急性心不全。復活劇の第二章で、舞台は突然の暗転を迎えてしまったのである。調教師をはじめ関係者の気持ちを思うとやるせない。競馬の神様は、まれにひどいことをする。

朝日杯の時点でコスモサンビームの戦績は6戦3勝。その3勝はいずれも武豊騎手の手綱によってもたらされたものだった。その中には京王杯2歳Sのレコード勝ちも含まれる。だが、そのとき既に朝日杯の武豊騎手にはグレートジャーニーの先約があった。それで仕方なくコスモサンビームの手綱をバルジューに譲ったという経緯がある。

Great 

競馬にはよくあること。とはいえ、話の転がり方次第ではこのとき武豊騎手は朝日杯を勝っていたかもしれない。あれから12年。今は亡きコスモサンビームに思いを馳せつつ、武豊騎手の手綱にも注目したい。

 

***** 2015/12/19 *****

 

 

 

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