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2015年10月20日 (火)

栗の節句

明日10月21日は旧暦で九月九日。「菊の節句」である。江戸時代には五節句の中でも最も重視されていた節句とされるが、菊ではなく「栗の節句」と呼ぶこともあったらしい。この日に栗を贈答したり栗ごはんを食べる風習があったことに由来するそうだ。

そこで、今日は『くりはち』さんで焼き栗を購入して帰宅。これがほくほくして美味い。「ほくほく」という表現は芋やかぼちゃにも使われるが、その最たる例はやはり栗ではあるまいか。「栗芋」や「栗かぼちゃ」の存在が何よりの証左。なんて具合に私が栗を贔屓するのは、数年前まで栗にちなんだペンネームを名乗っていたせいもある。

Yakikuri 

競馬に携わっていると「栗」の字を目にする機会が多いような気がしないか。小栗、石栗、栗林、栗田という人名はもとより、栗東という地名。さらには馬の毛色には「栗毛」なんてのもある。だが、むろんこれは競馬に限ったことではない。古来より日本人にとって栗は重要な食料だった。青森の三内丸山遺跡には栗を栽培した形跡があるというし、競馬ファンなら誰もが知る「栗東」の地名だって、もとを辿れば今昔物語にも登場する巨大な栗の木に由来する。

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以前、競馬場におやつとして甘栗を買って行き、「勝ち栗です」と言って周囲に配っていたのだが、ある日とある馬主さんから「これはカチグリじゃないね」と言われてしまった。

それで勉強したのである。昔は乾燥させたクリの実をウスで軽くついて、殻と渋皮を取って食べていた。ウスでつくことを「搗(か)つ」とも言うらしい。すなわちカチグリは「搗ち栗」である。それが「勝ち」に通じることから、戦国時代には出陣の膳に欠かせなかったという。私は勝負事の前に食べる栗ならなんでも「勝ち栗」だと勘違いしていた。

子供の頃は、この季節になると毎日のようにクリの殻と渋皮を剥く手伝いをさせられていたように思う。指が痛くなるのが嫌だったが、それでもそのあとに大好きな栗の甘露煮が食べられると思えば、我慢もできた。

だが、最近ではスーパーでも殻付きの栗をあまり見かけない。顔見知りの八百屋に「なんで?」と聞けば、長時間水につけたり、皮を剥いたり、茹でたりするのが面倒だというんで売れないんだそうだ。やっぱりね。なにせ甘栗だって殻が剥かれた状態で買える時代である。上手に殻に切れ目を入れられた時の、あのパキッと痛快な音や感触も含めて甘栗の味わいではないか。それを知らぬ子供たちが、どことなく気の毒に思えてならない。

 

***** 2015/10/20 *****

 

 

 

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