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2015年10月15日 (木)

柏木集保氏、ハイセイコーを語る

競馬場に行っても見るのはメイン前後の2、3鞍だけだったりするので、専門紙を買わないことも多いのだけど、昨日はきちんと「日刊競馬」を携えて大井競馬場に向かった。

Nikkan 

なぜか。この方がハイセイコー記念の予想ステージに立たれたからである。敬意を示すべく、「日刊競馬」の題字がステージに見えるように紙面を頭の上に掲げていると、マイクを持った柏木集保さんがステージに姿を現した。

Shuho 

冒頭、柏木さんは集まった聴衆に1970年生まれの人はいますかと聞いた。それに応えて10人ほどが手を挙げただろうか。

1970年と言えばハイセイコーの生まれた年である。つまりその10人はハイセイコーと同い年というわけだ。ちなみに米3冠馬セクレタリアトとも同い年。

「素晴らしい」

「お酒の席で自慢して欲しい」

「だって、生まれた年のダービー馬を言っても意味がないでしょ」

そんなトーンでステージは順調に始まった。

ハイセイコーの中央初戦となった弥生賞で、超満員のスタンドから溢れた観客が馬場になだれ込んだことは以前ここでも紹介したが、柏木さんによれば、当時一般席よりちょっとだけ上にあった記者席の壁にも何人かよじ登ってきたそうだ。その高さ3~4m。登ったのはいいが、今度は降りられない。そうまでしてでも、みんなその目でハイセイコーを見たかった。

そんなハイセイコーから柏木さんはひとつのことを学んだという。

ハイセイコーは皐月賞を勝ったあと、当時ダービートライアルとして2000mで行われていたNHK杯に出走。直線で抜け出したカネイコマに、とても届かないという位置から驚異のストライドでアタマ差かわしてみせた。

誰が見ても「負けた」と思えるレースを勝つには、150点の力を出す必要がある。そこで能力を出し尽くした馬は、その次走ほとんどが例外なく負けるのである。結果、ハイセイコーもダービーで歴史的な敗戦を喫した。

ハイセイコーの話は尽きないが、ステージの本題は「ハイセイコー記念」である。「さっき地方競馬に詳しい古谷剛彦さんにコーチしてもらったところでは……」と切り出して笑いを誘いつつ、本命には2番人気のグランニュニヴェールを指名した。大井のマイルを勝っている実績に比べ、古谷さんに聞いたらここ10年の道営転入馬は勝っていないというのがその根拠。対抗がゴールジュニア―の勝ち馬ラクテ。そして▲がトロヴァオだという。

「え? でもトロヴァオは道営からの転入初戦ですが……」

進行役の西島まどかさんが突っ込んだ。

「10年って聞くと凄く長いように感じるけど、10回って聞くとそうでもないじゃないですか。たかだが10回ですよ」

そんなこんなで迎えたレースは、道中4~5番手でレースを進めたトロヴァオが、直線外から突き抜けて転入緒戦を重賞制覇で飾った。2着グランユニヴェール。圧倒的1番人気のラクテは4着に沈んだ。柏木さん、お見事!

Hiseiko 

ここまで3戦1勝。獲得賞金は出走14頭中最下位の格下馬が、大井の4勝馬を相手にしなかった。転入緒戦ということで、厩舎サイドも様子見感がありありだったが、それでこの勝ちっぷりなら先々の展望は明るい。このレース、柏木さんの目にはどのように映っただろうか。レース回顧のステージがあればもっと嬉しかった。

 

***** 2015/10/15 *****

 

 

 

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