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2015年7月15日 (水)

夏の入院

春日部のとある病院に来ている。

開催中の浦和競馬場まではクルマで30分もかからぬ距離。とはいえ、身内の見舞いやら何やらで来ている以上、「ちょっと競馬に…」と席を外すこともできない。だが、ラッキーなことに今週の南関東には重賞が予定されてなかった。病院に居ながら「ラッキー」は不謹慎だから、せめて「不幸中の幸い」としておこうか。いや、どちらでも同じか。

5Fにある病室の窓からは夏の雲が見える。陽炎が揺らいでいるところを見ると、外の蒸し暑さは尋常ではあるまい。浦和競馬場はどうであろうか、とまた競馬に心が揺らいだ。

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「入院」とか「見舞い」とか言うと、そこに夏の記憶が重なるのは、いったいになぜであろうか。

生前の野平祐二氏が入院生活を送られたのは、たしか今ぐらいの季節。新装なった新潟競馬場の開催を間近に控えた頃だった。ある夜、不意に自宅の電話が鳴り、出ると受話器の向こうからいきなり「死ぬかと思いましたよ」と聞き覚えのある声が聞こえた。死ぬかと思ったのはこっちの方である。それくらい驚いた。聞けば、体調を崩して入院しているのだとおっしゃる。

数日後に面会させていただいた時には、サンケイスポーツ紙が主催する「祐ちゃんと行く新潟記念ツアー」をことのほか楽しみにされていて、そのためのYシャツを新調されたことなどを楽しく話されていた。だが残念ながら、野平氏はそのYシャツを着ることなく、この世を去ってしまう。新潟記念まであと3週間。さぞかし無念であったことだろう。後日、野平氏の娘さんがそのYシャツを着て新潟競馬場に現れると、周囲の人たちはまた涙した。

私自身、真夏の2週間を病院のベッドの上で過ごした経験がある。1992年の夏のこと。入院したのがバルセロナ五輪の開幕日で、退院したのが閉会式の翌日だったものだから、周囲が13泊15日間の「バルセロナ五輪観戦ツアー」に出掛けていたものと信じて疑わなかったのも無理はない。

しかし、国内にいたとはいえ、夜中は遠くバルセロナで行われている競技の生中継に没頭し、昼間は眠っているか競馬中継を見ていたことに違いはない。だから、今も岩崎恭子さんや吉田秀彦さんの姿を拝見すると、なぜかスプライトパッサーの勝った関屋記念を思い出す。

今週末の南相馬特別に登録しているマイネルスパーブと、インディアTに登録しているメイショウドゥーマは、どちらもスプライトパッサーの孫。夏女の血が騒ぐかもしれない。

―――なんて病院にいながら、やはり考えることは競馬のことばかり。これは病気だろうか。

 

***** 2015/07/15 *****

 

 

 

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