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2015年4月30日 (木)

ハナミズキ

昨日は浦和しらさぎ賞をソデにして、近所で行われた「花みず木フェスティバル」に参加してきた。1983年に始まって今年が33回目。昔はタマタカの駐車場でひっそり行われていたイベントも、どんどん規模が大きくなって、数年前から多摩川の河川敷で行われるようになり、ついに今年は第二会場も設営されたから驚く。今年はお客さんの人数も多かった。

Hanamizuki 

花みず木は「アメリカヤマボウシ」の別名がある通り北米原産。1912年に日本から桜の苗木がワシントンのポトマック川沿いに植樹されたその3年後に、米国からの返礼として花みず木の苗木40本が贈呈された。すなわち今年は花みず木が日本にやってきて百周年の節目なのである。

Sanzoku1 

花みず木フェスティバルの楽しみのひとつがこの山賊焼き。世田谷区と縁の深い群馬県川場村から出店している『ミート工房かわば』の屋台では、本場ドイツで修業した職人が手作りしたソーセージやハムを鉄板で豪快に焼いて出してくれる。

Sanzoku2 

これで1人前500円。とてつもなくビールに合う。工房秘伝のオリジナルマスタードを付けて食べるとなお美味い。河原の芝生に座ってソーセージを齧り、ビールを飲みながら、スポーツ紙を広げて週末の競馬の予想にふける。これはこれで贅沢な時間ではあろう。

競馬の「はなみずき賞」は1987年の創設だから、花みず木の来日はもちろん、花みず木フェスティバルよりも歴史は浅い。浅いが、その優勝馬から1988年コスモドリーム、1996年エリモシックと2頭のGⅠホースを輩出している。そろそろ3頭目のGⅠ優勝馬の出現があってもおかしくはあるまい。

Sounds 

花みず木の花言葉は「返礼」とされる。だがこれは桜のお礼に米国から花みず木が贈られたというエピソードに由来している感がありあり。実際、英語圏においては「durability(耐久性)」が花言葉とされる。すなわちそれはステイヤーの重要な資質のひとつ。それで天皇賞に出走予定のサウンズオブアースが気になった。奇しくも彼は昨年のはなみずき賞の優勝馬。その半年後に挑んだ菊花賞では、トーホウジャッカルのレコード駆けの前に2着に敗れたものの、サウンズオブアース自身も3分1秒1をマークしている。その突出した持ち時計は、優れた耐久力の証にほかならない。

 

***** 2015/04/30 *****

 

 

 

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2015年4月29日 (水)

ベストパートナー

日曜は京都で天皇賞だが、裏番組の東京ではオークス指定オープン(なんて呼び方は古いか?)のスイートピーSが行われる。昨年5着は秋に秋華賞を勝つことになるショウナンパンドラ。ディアデラマドレも一昨年のこのレースでは9着に敗れている。敗戦の中にも垣間見えるキラリと光る瞬間を見逃さないようにしたい。

Cosmo1 

上の写真は2002年のこのレースの覇者・オースミコスモ。スタートでやや後手を踏んだものの、道中は慌てず騒がず。スムースに流れに乗って1番人気に応えてみせた。

Cosmo2_3 

オースミコスモと言えば常石勝義騎手を思い出すという方も多いのではないか。オースミコスモとのコンビで通算5勝のベストパートナーである。「強い競馬でこの馬の力を示せたのがうれしい」。レース後のインタビューでは、そんな言葉を発していたように思う。きっと、2番人気ながら11着に敗れた桜花賞がよほど悔しかったに違いない。

Cosmo3 

16歳になったオースミコスモは繁殖牝馬として今も元気に暮らしている。写真は昨年産んだキングズベストの牝馬とオースミコスモ。今年はバゴの子をつい先日出産したばかり。牡だという。重賞を3つも勝った名牝としては、そろそろ大物の出現を期待したい。JRAの勝ち馬すらまだ出ていない現状には、東京パラリンピック出場を目指して頑張る常石さんも、きっとやきもきしていることだろう。

 

***** 2015/04/29 *****

 

 

 

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2015年4月28日 (火)

小島太厩舎、絶好調

先週の日曜東京7Rを勝ったのはフジキセキ産駒のメガオパールカフェ。2番手追走から直線では追い出しを待つ余裕の勝ちっぷりで、見事1番人気に応えてみせた。武豊騎手の手綱で小島太調教師の管理馬。

7r 

続く8Rはメイショウカノンが混戦を制した。小島師は7Rに続いて連勝。中1週の出走が吉と出た。

8r 

そして9Rを挟んだ10Rは府中S。なんとここを勝ったのも小島師のダービーフィズであった。小島厩舎はこの日出走した管理馬3頭がすべて勝利するという離れ業。しかも、このダービーフィズも中1週で結果を出していることをと思えば、この3連勝に調教師の果たした役割は少なくあるまい。

10r 

乗っている調教師は今週の青葉賞に2頭出しを目論んでいる。騎手時代には毎年のようにダービーに騎乗し、サクラショウリとサクラチヨノオーでの2勝を誇るかつての“ダービー男”も、調教師に転身してからは2004年のメイショウムネノリ以来ダービー出場が途絶えて久しい。ストレンジクォークとフォワードカフェ。どちらか1頭が2着に入れば、11年ぶりのダービー出走が近づく。

いやしかし、調教師である前に勝負師である小島太が、「どちらが1頭が2着に」なんてセコい考えを抱くことはあるまい。狙うのはワンツーフィニッシュ、いや1着同着であろう。2年前にはダービーフィズが人気を集めながら12着と惨敗し、ダービー出走を逃した因縁のあるレース。同じ轍は踏みたくない。今年のダービーのパドックに、小島太の姿は見られるだろうか。

 

***** 2015/04/28 *****

 

 

 

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2015年4月27日 (月)

うどんと紅ショウガ

大井町駅前の阪急百貨店1階に店を構える『愉々家』は、夕方になると讃岐うどんと串カツの両方を楽しめるハイブリッドな一軒となる。駅至近ということもあって、なかなか使い勝手がよろしい。

Yuyu 

ぶっかけうどんと、

Udon 

せっかくなので串カツも数本頼んでみた。さて、この具は何でしょう?

Kushi1 

答えは紅ショウガ。スライスされた紅ショウガに衣をつけて揚げてある。一口かじると歯応えはシャキシャキとして、そして酸っぱく、ツンと辛い。揚げ物なのにスーッとした清涼感が口の中に残る。

串揚げの具としては関東ではイマイチ浸透していないが、関西では珍しくない。スーパーの惣菜コーナーを覗くと普通に売られている。そう思って、大井町阪急の食料品売り場をウロウロしていたら、『もめん』という専門店で紅ショウガの串カツを売っていた。さすがは関西の雄・阪急さん。思わず購入。

Kushi2 

なぜか分らんが、紅ショウガとソースとの相性は悪くない。そこで気が付く。大阪の粉もん料理には紅ショウガが欠かせない。ソースに合うのならひとつ揚げてみようか―――そんなノリで広まったのではあるまいか。関東では脇役どころかチョイ役でしかない紅ショウガを主役に抜擢するその心意気に、関西人の卓越したセンスを感じる。

Oniyanma 

そのまま池上通りを下って歩く。第一京浜を越え、京急・青物横丁駅のガードをくぐったその先にあるのは、うどんの名店『おにやんま』。実はこの店は串カツではなく、紅ショウガの串天を出しているのである。

Kushi3 

串天をちょっと齧ってその辛味を堪能し、しかるのちにうどんをすすると、小麦の味がメチャクチャ甘く感じられる。これは面白い発見だ。ダシをすすっても同じ。メニューには「ビールのつまみに」と書いてある紅ショウガ天だが、うどんと合わせて食べるのも悪くない。

 

***** 2015/04/27 *****

 

 

 

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2015年4月26日 (日)

母の無念

10Rの府中Sで目当ての馬が負けたのを確認したところで、私は西門に向けて歩き出した。2か月ぶりのJRA競馬場。あちこち歩いたせいか思ったより疲れいている。メイン前の空いた電車で帰りたい。

ところが、西門の手前でフローラS出走各馬のかえし馬を見ていたら、突然声を掛けられた。「あら、こんにちは。お久しぶりです。どの馬を撮ってらっしゃるんですか?」

見れば、知り合いの社台会員の女性である。どの馬というわけでもなく、ただ眺めていただけだが、これはどれか一頭名前を挙げなければなるまい。それで戸惑いながらも一頭気になっていた馬の名前を口に出してみた。

「んんと……、シングウィズジョイですね」

すると相手の目の色が変わった。

「うわ! 偶然! 私もなんですよ! 今日は絶対勝ちますよね! じゃあ、あとでウイナーズサークルで会いましょう」

私も……?

ひょっとしたら、彼女は「どの馬を撮って」ではなく「どの馬を持って」と言ってたのかもしれない。ありゃま。さすがに持ってませんよ。もし持ってたら、こんな冷静でいられんでしょう。ちなみに私の持ち馬、出資馬がJRAの重賞レースに出走したことはありません。

とにかく、このまま帰るわけにはいかなくなってしまったので、フローラSを見ていくことに。

いちばんの好スタートを切ったシングウィズジョイは、グリシーヌシチーを行かせて2番手でピタリと折り合っている。あとは慌てず騒がず。1000の通過は62秒6。その時点で勝負あった。直線ではディアマイダーリンとマキシムドパリの2頭が猛追するも、前半ラクをしたシングウィズジョイの脚も止まらない。後続をクビ差抑えて見事重賞制覇を果たすとともに、オークスへの出走権も手に入れた。

Joy1 

シングウィズジョイのお母さんのシングライクバードもオークスへの出走権をかけてフローラSに挑んだことがある。シングウィズジョイと同じ2番人気。道中は好位につけて直線に向いたが、前を捉えきることができず5着に終わった。優先出走権のないオークスの出走順位は19番目。わずかな望みにかけて追い切りまで行ったが、ついに出走回避馬は現れなかった。

あれから7年。積極果敢な先行策。勝って手にしたオークスへの優先出走権。シングウィズジョイは母の無念を知っていたとしか思えない。これで、クイーンズリング、ルージュバック、アースライズに加えてまた一頭、オークスにマンハッタンカフェ産駒の有力馬が挑むこととなった。クラシックに縁のなかった種牡馬マンハッタンカフェにも、ついに春が訪れるかもしれない。

Joy2 

そんなことを考えながら地下馬道へ。先ほどの会員氏をつかまえて握手を交わし、お祝いを述べた。それで私がシングウィズジョイに出資していないことを分かってもらえただろうか。興奮のあまり私の言ったこともうまく理解できていないようだったのが気になるところだが、ともあれおめでとうございます。

 

***** 2015/04/26 *****

 

 

 

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2015年4月25日 (土)

鎌倉にて

待ちに待った東京開催初日ではあるが、古都鎌倉にやってきている。今日の東京10R・鎌倉ステークスがここで行われると勘違いしたわけでは、もちろんない。目的地は建長5年(1253年)創建の大名刹にして鎌倉五山第一位の建長寺。ここで行われる知人の結婚式に参列するのである。

Hai 

お寺での結婚式は初めて。しかも鎌倉五山の関係者を筆頭に、鎌倉の名だたる名士が勢揃いしている。これで緊張するなと言う方が無理であろう。建長寺・高井総長のお話は場を和ますのにじゅうぶん過ぎるほど楽しいものであったが、それでも場所が場所、メンバーがメンバーである。笑いと緊張が折り重なった数時間。素晴らしい式だった。長い人生の中でも今日を超える一日はそうそうあるまい。

Kenchoji 

帰途に付く前に緊張をほぐしておこうと、建長寺の向かいにある『鎌倉五山・別館』というお店に入った。メニュー見ると「けんちんうどん」とある。披露宴でお腹は膨れているが、これは食べねばなるまい。

Gozan 

「けんちん汁」の語源が、この建長寺にあることは広く知られている。中国語の「巻繊(けんちん)」にその語源を求めるという説もあるらしいが、建長寺の僧侶が講話を聞きにきた信者に、寒さをしのぐために振る舞った「けんちょうじじる」がなまったという説を私は採用したい。野菜の甘みが溶け出した汁はダイレクトに体を温めてくれるし、たっぷりの根菜は血液の循環を良くする効果もある。飲めば誰もがホッとするのは、そこに僧侶の優しさと気遣いが感じられるからこそ。だからけんちん汁は美味いのだし、けんちんうどんもまた美味い。

Kenchin 

食べ終えてひと息ついた。思えば、この一か月間はごたごたの連続で、これほど落ち着いた気分に浸れるのは久しぶりである。そういえば、“ごたごた”といいう言葉の語源も実はこの建長寺にあると聞かされた。鎌倉時代に宋から建長寺にやってきた「ごったん」という偉いお坊さんの名前に由来するらしい。そんなお話を伺っただけでも、なんとなく気が晴れた気がする。

Kenchoji1 

北鎌倉駅でメトロポリタンSの実況を聞く。かつてのメトロポリタン・鎌倉で聞くメトロポリタンSというのもなかなか悪くない。勝ったのはムスカテール。その名の由来はフランス語で「銃士」だそうである。

 

***** 2015/04/25 *****

 

 

 

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2015年4月24日 (金)

東京プリンセス賞の思惑

「船橋に一頭強い馬がいるので、負けないよう頑張ります」

先月浦和で行われた桜花賞を管理馬ララベルで勝った直後、東京プリンセス賞への意気込みを問われた荒山調教師のコメントは―――“泣きの荒山”の異名を取る師の発言にしても―――意外なものだった。牝馬2冠に留まらず、牡馬相手の東京ダービーという言葉も飛び出すと思っていたのである。

NAR最優秀2歳牝馬に選ばれ、クラシック1冠目をも手にした関係者をして「強い」と認める一頭が、ついにララベルと対決する東京プリンセス賞の日がやってきた。その一頭というのが船橋・川島厩舎のジェットシティ。前日までなんと桜花賞馬を差し置いて前売り1番人気に推されていたのだから驚く。それだけファンもこの馬の潜在能力を認めているということであろう。

Jet 

賞金が足りず2月のユングフラウ賞を断念せざるを得なかったジェットシティは、やむなく自己条件に出走。2着以下を8馬身も離して圧勝する。そのとき手綱を取った御神本訓史騎手が、彼女の素質を絶賛した。それで陣営は牡馬相手の京浜盃に進もうとしたほど。だが、やはり賞金が足りず京浜盃挑戦はも実現しなかった。それでも、東京プリンセス賞の次は東京ダービーを展望しているとも聞く。そのためにはここを勝って賞金を加算し、除外続きの連鎖を断ち切らねばなるまい。

Ts 

しかし勝ったのは7番人気の伏兵・ティーズアライズだった。早め先頭に立って、後続の追撃を凌ぎ切るという強い勝ちっぷり。思えば昨夏の道営重賞・栄冠賞では、オウマタイムらをまるで相手にしなかった実績の持ち主である。勝ち時計も羽田盃より早い。調教師の口からは「右回りの方が良いので……」とダービーを匂わせる発言も出た。一方、4着に敗れたジェットシティだが、ダービーに出走するには賞金が足りない。関東オークスに目標を切り替えるという。

Lala 

それ以上にショックなのは、最終的に1.7倍の圧倒的支持を集めながら敗れたララベルであろう。2着ならまだしも、最後はスターローズにまで差されて3着。牝馬2冠はならなかった。騎手は「道中揉まれたので…」と言い残したが、フルゲートの激戦で1番人気馬がマークされるのは当然のこと。管理する荒山調教師も、レース前から不安ばかりを口にしていた。これでは勝てるものも勝てない。次走は東京ダービーとのこと。数少ない大井生え抜きの有力馬として期待したい。

 

***** 2015/04/24 *****

 

 

 

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2015年4月23日 (木)

ネーミングセンス

桜花賞トライアルのフィリーズレビューとオークストライアルのフローラSは、ちょっと前まで「4歳牝馬特別」という同じレース名だった。格付けもGⅡで同じ。それぞれ「報知杯」と「サンスポ賞」という副題が付いていたから厳密な意味では異なるのだが、当時の我々はそんなことは全く気にも留めずに、どちらも「ヒントク」と呼んでいたように思う。

なにせ同じ日に東西で「金杯」が行われていた当時のことである。レース名はそれぞれ別々でなければならない―――なんていう意識はおそらく薄かった。メジロラモーヌ、ヤマヒサローレル、そしてマックスキャンドゥが3月に4歳牝馬特別を勝ち、翌月にまた4歳牝馬特別を勝っても、そのことに特別な違和感をを覚えたという記憶はない。

それにしても「4歳牝馬特別」とは、いま思えばなんとも味気のないレース名である。初めて「フィリーズレビュー」という新名称を聞いた時は「レビュー? なんじゃそりゃ?」と呆れた覚えがあるが、「フィリーズレビュー」に馴染んだ最近のファンにすれば「牝馬特別? なんじゃそりゃ?」であろう。初めて聞いた人は、重賞ではなく特別戦かと勘違いするかもしれない。

一方で「フローラS」の方は、既に3歳牝馬のオープン特別で使われていたレース名だったから、私としても比較的違和感なく受け入れることができた。オープン特別として行われた最後のフローラSを勝ったのは、2000年のラヴィエベル。鞍上は小野次郎。しっかりした末脚で中山の坂を駆け上がってきた姿が、いまなお印象に残る。

Flora 

「ラヴィエベル(LA VIE EST BELLE)」はフランス語で「人生は素晴らしい」の意。オーナー・伊達秀和氏のネーミングセンスは秀逸だった。「牡馬は力強く、牝馬は優しさを基本に」がモットー。そう伺ったことがある。「アローエクスプレス」「ファンタスト」「プリモディーネ」と聞けば、なるほどそうかと頷くしかない。「名は体を表すからね」ともおっしゃっていた。命名をおろそかにしてはいけない。

さて今週の東京メインは、そのフローラSである。「フローラ(FLORA)」はローマ神話に登場する花と春の豊穣を司る女神の名。女神の祝福を受けそうな、美しい名前を持つ一頭を選びたい。

 

***** 2015/04/23 *****

 

 

 

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2015年4月22日 (水)

後々のために

今週土曜の東京メインは古馬のオープン特別・メトロポリタンS。メツルマルボーイ、タップダンスシチー、ナカヤマフェスタなど、ここを勝ってGⅠのタイトルに片手をかけた名馬も少なくない。たとえ馬券は外れても、後々のためにレース内容は頭に刻んでおく必要がある。

昨年の優勝馬ラブリーデイは、中山金杯、京都記念と重賞連勝を果たして来週の天皇賞に登録してきた。桜花賞と皐月賞を勝ってリーディング奪取のキングカメハメハ産駒だけに、距離云々は抜きにして注目必至であろう。

ラブリーデイを管理する池江泰寿調教師の父・池江泰郎元調教師の管理馬もメトロポリタンSを勝ったことがある。1996年のプレイリークイーンはこのレース唯一の牝馬の勝ち馬。オープン特別とはいえ、底力の問われる東京の2400mでオープンのオトコ馬相手に牝馬が勝つのは容易ではない。ただ、彼女に限って言えば、そんな常識に囚われない馬だったイメージがある。

Queen 

デビューは4歳7月。未勝利戦では勝ち上がれず、待望の初勝利は5歳2月の小倉まで待つことになる。7番人気だった。500万条件の未勝利馬なら低評価も無理はない。その後、古都Sを6番人気で勝ち、中山牝馬Sは11番人気で勝ってみせた。逆に1番人気を集めた愛知杯は13着。2番人気の六甲Sで12着。要するにアテにならないのである。

ちなみにメトロポリタンSは5番人気での勝利だった。2着テンジンショウグン、3着シグナスヒーロー。翌年の日経賞で重賞における馬連最高配当(21万3370円)を叩き出す2頭を従えての優勝である。そのイメージを大事にしていれば、あの歴史的大波乱の馬券もどうにかなったかもしれない。そういう意味でも、やはりメトロポリタンSは後々に響いてくるのである。

 

***** 2015/04/22 *****

 

 

 

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2015年4月21日 (火)

明日は羽田盃

諸事情あって明日の羽田盃には行けないので、せめて馬券だけでも買ってやろう大井競馬場にやって来た。朝まで降り続いた雨で馬場状態は不良。しかし馬たちの頭上には青空が広がっている。

Sky 

1Rを勝ったのはアドマイヤオーラ産駒の3歳牡馬・タケノオーラ。

1r 

ここまで3戦して未勝利。わずか2週間前の同じ大井で13頭立てのしんがりに敗れていることを思えば、9番人気も無理はない。私の購入した日刊競馬でも印はご覧のとおり。

Nikkan_2 

いや、ちょっと待てよ。スタッフ予想はどうだ?―――と思ってスタッフ予想欄を見てみると……。

Honmei 

おお! 前走しんがり負けの⑤タケノハッピーに、敢然と◎を打った勇気ある記者がいるではないか! さすがは日刊競馬。ヨシ。羽田盃はこの小山内記者の予想に乗ることにする。

でも、私が買うと来る馬も来なくなるかもしれないな。私の馬券下手は巧拙というより、もはや神の呪いにも近い。なにせ今日の3R、大外枠のコンジュ(牝3)を軸に馬連をバラバラ流したら、ゲートが開いた途端に落馬。1秒も持たずに私の馬券はすべてハズれたのである。明日の羽田盃でオウマタイムが落馬したらどうしよう。けっこう本気で心配している。

Rakuba 

それでも競馬場に行けば良いこともある。6Rを勝ったナトゥラーレは縁のある一頭。当歳の頃からずっと見ていた馬が目の前で勝つなんて―――社台やノーザンのスタッフは別として―――そうそうあることではない。

6r 

「競馬で勝つって良いよなぁ」。そんなことを思いながら帰宅したら、社台グループの1歳馬募集馬リストが届いていた。なんというタイミング。私の心の奥底まで見透かされているようで、ちょっと怖いんですけどcoldsweats01

Shadai 

 

***** 2015/04/21 *****

 

 

 

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2015年4月20日 (月)

伝説の「東京競馬場前」駅

府中市内を南北に貫く一本の緑道。名前を「下河原緑道」という。下河原の名は、かつてこの道が国鉄「下河原線」の軌道だった名残だ。緑道の一部では、いまも当時のレールが地上に顔を出している。

Ryokudo1 

下河原線の起点は国分寺。終点は多摩川にほど近い下河原。1910年に開通した当時は、多摩川の砂利を運搬するための貨物専用線だった。

Ryokudo2 

下河原線広場公園から緑道は真南に向かってほぼ一直線に進むが、中央高速の手前あたりで二手に分かれる。直進すれば下河原。左に曲がるのは1934年に旅客用に開通した支線である。レールが消えて緑道となったいまもなお、そのカーブの角度たるやいかにも鉄道軌道のそれである。

Ryokudo3 

長い長いカーブを曲がり、

Ryokudo4 

見えてきたのは、

Ryokudo5 

府中市の矢崎町防災公園です。ここはかつて日本一長い駅名でも知られた「東京競馬場前駅」の跡地でもある。下河原線は別名「東京競馬場線」とも呼ばれていた。

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南武線をくぐる地下道から続くこの道は、駅と競馬場西門とを繋ぐかつての連絡路である。

Ryokudo7 

西門を出て左手にずらりと並ぶ飲み屋街が、府中本町駅方面ではなく、左の道に折れて続いているのは、当時の名残だ。かつては、この道を競馬ファンがゾロゾロと歩いていた。

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だが、そんな光景も1973年の3月に消えてしまった。武蔵野線の開業と同時に、役割を終えた下河原線も東京競馬場前駅も廃止。競馬ファンたちは、府中本町駅直結の専用通路で西門を目指すようになった。

News

「とうきょうけいばじょうまえ」―――当時としては漢字でもひらがなでも日本一長い駅名を持つ駅だったけに、廃止に際しては鉄道ファンが殺到したという。こういうニュースは今も昔も変わりがない。さあ、今週から東京開催。

 

***** 2015/04/20 *****

 

 

 

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2015年4月19日 (日)

たまには蕎麦でも

大井競馬場の京急最寄駅「立会川」の両隣、すなわち「鮫洲」と「大森海岸」には、一風変わった大衆そばのお店が暖簾を構えている。

めん処『ちどり』は、鮫洲駅から品川方面に向かって歩くこと3分。旧東海道(写真右の道)沿いに店を構えている。

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落ち着いた店の外観は、一見普通のそば店だが、暖簾をくぐれば「椅子のある立ち食い店」であることが分かる。入店するや厨房の中のご主人に口頭で注文。と同時に料金を手渡しで支払う。次々と客が入って注文を繰り返しても、ご主人は動じることなく注文を聞いては料金のやりとりをしている。

これでちゃんと自分が注文した一杯が出てくるのだろうか?

心配しながら椅子に座って待っていると、やがて「お待ちどうさま」という一言と共に、ちゃんと注文した「岩のりそば&じゃこ天トッピング」が運ばれてきた。

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透き通ったダシに惜しげもなく投入された大量の岩海苔が見るものを圧倒する。じゃこ天も美味い。これで440円。そばの風味とコシが……みたいなことを言う価格ではない。逆に言えば、そこが大衆そば店の醍醐味でもある。

ところが、大森海岸駅改札を出てすぐ右手に暖簾を構える『甲斐そば』は、スタイルは大衆そばのそれでありながら、そばの美味さで知られた人気の一軒。昼時は行列が途切れることがない。

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食券を買ってご主人に渡すと、「生麺を茹でますから時間がかかります」と言われる。店内のあちこちにもそれが書かれている。天ぷらも注文を受けてから揚げる。しばらく待って出されたもりそばは、神田あたりの有名店とそん色ない。ごぼう天の歯ごたえも申し分なく、ちゃんとそば湯も用意されている。これで390円なら行列も仕方あるまい。うどんばかりでなく、たまにはそばも良いですね。明日から大井開催が始まる。

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***** 2015/04/19 *****

 

 

 

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2015年4月18日 (土)

無敗の戴冠か大化けか

プロ野球は開幕からまもなく1ヶ月が経つ。驚くのはセ・リーグ。昨年、5位との差6.5ゲームでダントツの最下位に沈んだヤクルトだったが、今年は調子がすこぶる良い。なんと昨日から単独首位に立っている。開幕から14試合連続で3失点以下という日本記録も樹立した。それで現時点のチーム防御率は驚愕の1.39。ちなみに昨年のチーム防御率は4.62だから、これはもう大化けと言うしかあるまい。

長いプロ野球の歴史の中では、前年最下位からの大化け優勝の例が6回記録されているらしい。対して競馬ではどうか。クラシックレースでは1948年オークスのヤシマヒメ、55年桜花賞のヤシマベル、62年オークスのオーハヤブサが、前走しんがり負けからの巻き返し優勝を果たしている。ただ、ヤシマヒメの前走は3頭立ての3着ではある。

大化けの歴史は牝馬に限った話ではない。1967年秋の天皇賞馬カブトシローは、前走8頭立ての8着から巻き返して栄冠を手にした。無敗馬が話題になる今年の皐月賞だが、弥生賞で9着に敗れたベルラップにだってじゅうぶんチャンスはある。

キタサンブラックが無敗のまま制したスプリングSは、一方でリアルスティールのデビュー以来の連勝が止まったレースでもあった。そのリアルスティールに共同通信杯で敗れたドゥラメンテも、それがデビュー以来の初黒星。無敗馬同士が激突すれば必然的にこうなる。それをして「クラシックはトーナメント」と評することもあるが、クラシックが夏の甲子園と異なるのは、負けた馬も決勝に進めるという点であろう。実際、リアルスティールもドゥラメンテも皐月賞に出走してくる。しかも両馬ともキタサンブラックより人気上位ときた。クラシックはトーナメントの要素が強いとはいえ、一方で巻き返しの効くリーグ戦の一面も併せ持つ。甲子園でありながらペナントレースなのだ。

Kitasan 

弥生賞とスプリングS。皐月賞のトライアル重賞はふたつある。それを無敗で制した馬同士が皐月賞で激突するとなると、長い歴史の中でも初めてのことだという。ならば無敗馬が話題になるのも仕方ないが、先週の桜花賞では無敗馬3頭が揃って馬群に沈んだばかり。おいそれとは飛びつきにくい。

なにせ、函館2歳Sから毎日杯まで牡馬が勝った重賞は19鞍あるが、そのうち1番人気が勝ったのは朝日杯FSのダノンプラチナただ一頭。逆に4番人気以下の伏兵が勝ったレースが12鞍もある。もとより消長著しい3歳春。ヤクルト投手陣のような大化けの可能性を秘めた一頭を探すのも手かもしれない。

 

***** 2015/04/18 *****

 

 

 

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2015年4月17日 (金)

ルールに阻まれた5連覇

明日の中山メインは、かつて「花の大障害」と呼ばれた中山グランドジャンプ。昨年暮れの中山大障害の覇者レッドキングダムは大障害連覇を目指し、アポロマーベリックは大障害3勝目を目指す。

Aporo_2 

両馬とも大障害優勝経験馬だが、背負うのは他の馬と同じ63キロ。斤量で不利を受けることはない。それがチャンピオンシップの原則である。だが1976年春の中山大障害ではその原則が崩された。中山大障害5連覇を目指すグランドマーチスの背負う斤量が二転三転の末に前年から6キロも増えることになったのである。

当時の中山大障害の重量規定には大障害優勝経験馬に対する加増重量があった。基本重量58キロに加え、優勝経験馬は一律2キロ増である。それが、1976年1月の番組改編で「大障害1勝馬は2キロ増。2勝以上馬はさらに1勝ごとに1キロ増」に改編され、その時点でグランドマーチスは63キロを背負うことになった。それが2か月後の3月になって「2勝以上馬はさらに1勝ごとに2キロ増」に変更されたのである。これによりグランドマーチスは66キロを背負うことになった。大レースの競走条件の変更が一度も実施されることなく、短期間に二度も変更された例は後にも先にもこの一度しかない。

当時無敵を誇っていたグランドマーチスに対して、馬主の反感ムードが高まっていたことは否定できない。だが、馬の実力でなく、ルールによって最強馬を破ろうとする行為は、ホースマンシップに著しく反する行為だ。グランドマーチスただ一頭を標的にしたルール改悪を、主催者の無定見と非難されても仕方あるまい。実際、5連覇をかけて臨んだ中山大障害(春)では、エリモイーグルの逃げを捉え切れずに2着に敗れる。グランドマーチスとエリモイーグルとの間には8キロもの斤量差があった。

引退後、グランドマーチスは岩手県遠野で乗用馬生産向けの種牡馬となる。

遠野は戦前こそ乗用馬の一大産地だったが、その当時は馬づくりの灯が半ば消えかけていた。そこに中山大障害4勝の名馬がやってくる。関係者の期待は小さくあるまい。もともと近代日本競馬の基礎を築いた小岩井農場の輸入牝馬に辿り付く母系の持ち主。岩手には縁があった。

グランドマーチスは期待通り素晴らしい乗用馬を次々と世に送り続け、1984年に遠野でその生涯を閉じた。だが、グランドマーチスの血を引く馬は今も遠野に残っているし、これからもその血は受け継がれて行くに違いない。彼の地のグランドマーチスに対する想いには並々ならぬものがある。

■グランドマーチスならびに遠野の馬産についてはこちらに詳しい

【GRASSの日々折々】
http://blog.goo.ne.jp/grass0930/e/66b10b045d8d4d2ccef9a165fe07a00d

 

***** 2015/04/17 *****

 

 

 

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2015年4月16日 (木)

ムーンレディ13のインパクト

写真は昨年5月に行われた千葉サラブレッドセールの上場番号27番「エールスタンスの12」。このセール2番目の高額価格4200万円(税別)で落札された2歳牡馬は、その後「ミュゼエイリアン」と名付けられてJRAで競走馬デビュー。先日の毎日杯を勝って、堂々と今週の皐月賞に駒を進める。

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上場番号49番には「リミッターブレイクの12」がいた。ヴァーミリアン産駒の牝馬で落札価格は500万円。のちのノットフォーマルである。その8か月後には重賞・フェアリーSを勝ち、晴れて出走を果たした桜花賞でも5着に入ったのだから素晴らしい。現時点の獲得賞金は5858万円。念のために書いておくが、彼女がセールで落札されてからまだ一年も経っていない。

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社台から千葉サラブレッドセールのカタログが届くと、頭の中は一気に慌ただしくなる。来週には門別と大井で2歳新馬がスタート。その翌週にはJRAでブリーズアップセールが行われる。その頃には社台から1歳馬募集予定馬のリストが届くことだろう。こうなれば3歳馬や古馬のことなど気にかけている暇はない。―――なんて言うのは自分の所有馬が思うように走らないことに対する言い訳。今日、船橋で走った愛馬も負けてしまった……weep

Catalog 

千葉サラブレッドセールは、例年5月中旬の月曜日に実施されてきたが、今年は5月15日の金曜日に行われるらしい。船橋競馬場の馬場を借りて公開調教を行うようになって14年目。地方重賞の勝ち馬は出るのに、なかなかJRA重賞に手が届かなかったのが、冒頭に書いたように、現3歳世代からついにJRAの重賞ウイナーが出現した。

「今年の出身馬から間違いなく重賞ウイナーが出ると思う」

昨年のセール終了後にそう語った吉田照哉氏の予言は、見事的中したことになる。上場馬の質と育成レベルの高まりにより、近年の“千葉セリ”のレベルアップは著しい。今年あたりは「重賞」より上の目標、すなわち「GⅠ」の言葉が、吉田氏の口から聞けるかもしれない。

実は、そう思わせる上場馬が今年のラインナップに名を連ねているのである。それが上場番号16番の「ムーンレディの13♂」。そう、まぎれもなくこれはダービー馬・エイシンフラッシュの半弟。しかも父はディープインパクトである。普通に考えればトレーニングセールに出てくる血統ではない。我が国のトレーニングセール史上初となる1億円の大台への期待もかかる。

去年のクラブ募集に名前がなく、セレクトセールにも出なかったから、てっきり庭先で誰かに買われたとばかり思っていた。欲しいと思う馬主は少なくあるまい。むろん、私などが手を出せる相手ではないが、この一頭を見るだけでも参加する価値はありそうだ。

 

***** 2015/04/16 *****

 

 

 

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2015年4月15日 (水)

火曜重賞の愉悦

ハッと時計を見ると、針は午後5時を回っていた。

今週末の出走馬を確認するために慌ててJRAのサイトにアクセスし、「今週の出走馬一覧(50音順)」を開く。するとどうだ。やたらと連闘馬が多い。この馬も連闘。こいつも先週走っていたはず。開催の最終週ならそういうこともあるか。ただ、ルージュバックやレッツゴードンキまで連闘というのは、いったいどうしたことか? 勢い余って皐月賞にでも出ようというのか。

そこでやっと気づいた。ホームページの情報が先週のままなのである。さてはJRAのシステムに何かあったのか。5分おきに再表示を繰り返すも、まるで更新される気配がない。それで知り合いの競馬仲間に「一大事だ」とメールを打ったら、ただちに「今日水曜だよ」というそっけない返信が届いた。

水曜日―――?

そうか、昨日船橋で重賞があった翌日だから、てっきり今日は木曜日だと思い込んでいた。南関東4場の重賞は原則水曜実施なのだが、マリーンカップは例外的に火曜日に実施されたのである。ああ、恥ずかしい。

異例の火曜重賞はJRAからの要請だと聞く。理由はIPATの都合。メンテか何からしい。「火曜は別の仕事が入ってるんだよ」。ぶつぶつ文句を言うカメラマンもいたが、私は内心嬉々としていた。火曜であるおかげで、競馬場に来る途中にここのうどんを味わえたのである。

Noren 

京成船橋駅近くに活魚料理の暖簾を掲げる『日炉勢』はこの地で40年以上の歴史を誇る老舗。そんなお店が月曜と火曜のお昼に限って「肉汁うどん」の暖簾を掲げているらしい―――。そんな話を聞いて、前々から来たい来たいと思っていた。しかし、都合よく月・火の昼間に船橋界隈に来る機会には、なかなか恵まれるものではない。マリーンカップを火曜に実施すると決めた関係者各位には、感謝の言葉もない。

Men 

メニューは「肉汁うどん」と「きのこうどん」の2種類のみ。もちろんうどんは注文を受けてから茹でる。15分ほど待って出てきたうどんは、白く輝くツヤといい、麺線の美しさといい、讃岐そのもの。訊けばご主人は香川でうどん作りを学んだという。

Shiru 

豚肉、ネギ、揚げがたっぷり入った肉汁は、武蔵野うどんを意識しているという。昆布や煮干しに加え、様々な魚の節を絶妙にブレンドしたその味は、さすがは活魚料理の老舗と言うほかはあるまい。

本場の武蔵野うどんのようなガシガシした麺ではないので、果たして合うのかと思ったが、麺そのもののクオリティが高いからそんな心配は無用。つけ汁の絡みも、麺ののど越しも言うことなし。本日に至るまで、この味を知らなかったことを後悔した。

できることなら、月・火に限らず毎日このうどんを出してくれないものか。実際、客からもそういった声が上がっていると聞く。だが、ご夫婦二人でやっているお店だから無理は言えない。もとより本職は活魚料理店である。美味いものと食べたいと思えば、食べる側が努力しなければならないこともある。

 

***** 2015/04/15 *****

 

 

 

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2015年4月14日 (火)

船橋は今日も雨だった

船橋競馬場は今日も雨。今年のマリーンカップは水の浮く不良馬場で行われる。

Dsc_2069 

実は1月15日の船橋2Rを最後に、船橋競馬は良馬場が記録されていないのである。

今日の開催を終えた時点で、実に156レース連続となる道悪競馬。明日も雨予報とくれば、今開催でも良馬場は望めないかもしれない。乾いたダートを得意とする馬には辛かろう。実は私が船橋に預けている4歳の牡馬も良馬場希望の一頭なのだが、泣く泣く道悪ばかり走らされている。下級条件だから他場に遠征することもできない。予定では明後日の船橋で走ることになっているが、今回も厳しい競馬を強いられそうだ。

Hato 

私の馬はさておき、人気を集めるサンビスタに果たしてこの馬場はこなせるだろうか。不良馬場の経験は一度だけ。そのときは3着に敗れている。いや、それよりも未だ勝ったことのないマイル戦でもある。いや、何より58キロが堪えるのではないか。波乱を願う向きは必死に重箱の隅を突く。

Sanvista1 

そんな穴党の一縷の望みをあざ笑うかのように、サンビスタは圧勝してみせた。ちょいと仕掛けただけで4馬身。道悪も、マイルも、58キロもまるで問題にしなかった。つまり強い。

Sanvista2 

58キロでこのレースを制したのは2002年のプリエミネンス以来。同じグランド牧場の大先輩にまた一歩近づいた。次走は今日と同じ舞台で行われるJpnⅠ・かしわ記念とのこと。ちなみにプリエミネンスは4歳時に挑戦して4着だった。サンビスタは6歳での挑戦となるが、岩田騎手の「JBCの時からまた成長した」というコメントを信じれば、プリエミネンスを超える成績を残したとしても不思議ではない。5月5日。必見である。

 

***** 2015/04/14 *****

 

 

 

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2015年4月13日 (月)

ダイワメジャーの不思議

写真は2004年の皐月賞を勝ったダイワメジャー。鞍上のミルコ・デムーロ騎手は、前年のネオユニヴァースに続く皐月賞連覇を果たした。

Mejar1 

1番人気だったネオユニヴァースと大きく異なるのは、皐月賞でのダイワメジャーが単勝10番人気と伏兵中の伏兵扱いだったことに尽きる。なにせ1勝馬。芝で勝ったこともない。前々走のダート500万条件では平場戦にも関わらず、勝ち馬から5馬身以上離された4着に敗れていた。冷静に考えれば10番人気でも過大評価のような気がしてならない。12番人気マイネルデュプレは前走で共同通信杯を勝っていたのだし、シンザン記念の勝ち馬グレートジャーニーも14番人気に甘んじていた。そんな彼らを抑え、ダートの未勝利戦を勝っただけの馬がなぜ10番人気の支持を得ていたのだろうか。不思議である。むろんこの圧勝劇そのものも、皐月賞の当時は「不思議の勝ち」に思えた。

Mejar2 

ダイワメジャーは育成段階からスタッフを困らせる存在だった。騎乗者を振り落すのは日常茶飯事。鞭を極端に嫌うし、ゲートにも入らない。競走馬になるのは難しいかもしれない。諦めかけた時期もあったと聞く。だから、ようやく果たしたデビューも有馬記念当日にまでズレ込んだ。しかし子供らしさはまるで抜けていない。パドック周回中に眠りそうになってガクッと膝から崩れかけたのは、今となっては笑い話である。パドックでは2人引き、プラス後ろにもう1人。パドックを取り囲んだファンたちは、その光景をきっと不思議に思ったことだろう。それくらいしなければならないヤンチャ坊主だったのである。

祖母・スカーレットインクの父・クリムズンサタンは、ダート1700mを1分40秒6で駆け抜けたレコードホルダーであり、そこから広がる母系にはヴァーミリアンを筆頭にシビルウォーやサカラートといったダートの猛者が名を連ねる我が国屈指の名牝系である。

だから、ダイワメジャー産駒のカレンブラックヒルがフェブラリーSに挑戦するとなった時、多くの人はダート適性に◎をつけた。だが結果は15着。実はダイワメジャー産駒は重賞を16勝しているが、そこにダート重賞は含まれていないのである。いやそれどころか、ダートでは準オープンの勝ち星さえない。地方のダート重賞も然り。盛岡のジュニアグランプリをセラミックガールが勝っているゾ!と思ってよくよく見たら、これは地方には珍しい芝の重賞だった。

ダイワメジャー自身、筋骨隆々でいかにもパワータイプの馬格を誇る。ダートをこなしてもなんら不思議ではない。なのにこなさい。それも不思議のひとつ。ダイワメジャーにはいろいろな不思議がまつわる。今年の皐月賞はどんな結末になるのだろうか。

 

***** 2015/04/13 *****

 

 

 

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2015年4月12日 (日)

JBCダブル制覇へ

今年行われたダートグレードレースは東京スプリントで12戦を消化したが、実はそのうちの3分の1にあたる4つのタイトルをJRAの村山明調教師が獲得している。東京スプリントも管理馬・ダノンレジェンドが、見事1番人気に応えてみせた。

Tck 

小さい頃に父親に連れていってもらった競馬場で騎手を志したという村山少年は、1990年3月に騎手デビュー。同期には江田照男騎手がいる。だが、その江田照騎手が2つのGⅠを含め現時点で重賞を28勝もしているのに対し、村山騎手は平地と障害の重賞を1勝ずつ手にしたのみで鞭を置かざるを得なかった。

騎手引退後は、ノーザンファームや米国、オーストラリア、ドバイなどを精力的に回り、2008年9月に晴れて厩舎を開業。すると1年も経たぬうちにホッコーパドゥシャで新潟記念を勝ってみせた。ちなみに、その手綱を取っていたのは江田照騎手である。以来JRA・地方合わせて重賞15勝。しかもそのうち6レースがGⅠだから中身も濃い。少年時代に抱いた競馬への思いは、調教師となって一気に開花する。

Kopa 

ここで気になるのはその重賞の内訳である。なんと15勝のうち13勝までがダートでのもの。テスタマッタ、コパノリッキー、そしてダノンレジェンドとダートの強豪馬を次々と育て上げるその手腕には、摩訶不思議な力を感じずにはいられない。そういえば、騎手時代の村山師が勝った唯一の平地重賞もサンフォードシチーの武蔵野Sだった。

Sunford 

ダノンレジェンドは1200mのスペシャリストとしてローテーションが組まれるという。むろん大目標は秋のJBCスプリント。僚馬・コパノリッキーとの「JBCダブル制覇」の偉業も夢ではないかもしれない。村山師とダートの縁(えにし)を鑑みれば、あながち夢とも言い切れぬ現実感がある。

 

***** 2015/04/12 *****

 

 

 

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2015年4月11日 (土)

あれから10年

ラインクラフトが桜花賞を勝ってからもう10年になる。

Ohka1 

競馬に携わっていると、歳月の経過がことのほか早い。同期のディープインパクトは4年連続のリーディングサイアーに向けて今年もランキング首位を快走中。明日の桜花賞にも6頭の産駒を送り込んできた。

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のちに日米のオークスを勝つシーザリオにアタマ差の勝利。一見辛勝にも見えるゴール前だが、中身は全然違う。ラインクラフトの刻んだラップは46秒8-46秒7。絶妙なバランスの結果、1分33秒5の桜花賞レコードが生まれた。17番枠という枠順の不利を克服してのこの時計に、サラブレッドとしての能力が凝縮されていると言っても過言ではない。

それから1年あまりが過ぎた夏、悲報は突然もたらされた。スプリンターズSを目指してノーザンファームで過ごしていたラインクラフトは、急性心不全でこの世を去る。小倉で訃報に触れた瀬戸口調教師は、驚きのあまり絶句した。だってまだ4歳。にわかに信じられるものではない。関係者の心中は察するに余りある。

Ohka3 

ライバルだったシーザリオの子が菊花賞を勝ち、JCを勝ち、そしてドバイワールドカップに挑む姿を見るたび、また、同期のディープインパクトの子が桜花賞で活躍する姿を見るたび、ラインクラフトにはその血を受け継ぐ産駒がいないのだと痛切に感じる。

Epi 

筋の通った母系にサンデーサイレンス、ノーザンテーストと続くボトムライン。きっと素晴らしい子を産んでいたに違いない。なにせ、あのシーザリオに唯一土を着けた一頭なのである。

 

***** 2015/04/11 *****

 

 

 

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2015年4月10日 (金)

作り置きの後ろめたさ

この半月ほどは、昔のレース回顧のようなエントリばかりで埋めさせていただいた。身の回りに面倒臭い事案が立て続けに発生。アホらしい。なのに忙しい。具体的にはマンション管理組合のゴタゴタと親類のゴタゴタである。どちらも生活に根差した相手となれば、とてもじゃないが「競馬場に行きたい」などと言い出せるような雰囲気ではない。

とはいえブログを休載するはシャクだから、事前に二週間分をまとめて書いた。「優勝馬*レース名」というタイトルのエントリはどれもそう。いま読み返してみると、それほど面白くないですね。まとめ書きというものは概してそうなる。作り置きした料理を温め直して客に出してしまったような、そんな後ろめたささえ禁じ得ない。

面白くないのは、書き手の考えがそこから読み取れないせいもある。私はこのブログを自分の考えの整理だと捉えている。だが、むろんその考えを押し付けるつもりは毛頭ない。考えの整理と、考えの押しつけは全然違う。

なぜだか分からないが、組織では考えの押し付けがまかり通る。究極は政治であろう。あいつは間違っている。ならば戦争をして殺してしまおう。そういう意味では政治もテロもさほどの変わりはあるまい。だから私は組織という組織と、可能な限り距離を置いてきたのである。

しかも、組織と個人がぶつかれば必ず組織が勝つ。哀しいけれど、これはまぎれもない事実でもある。そう書けば、私の苦労も少しは分っていただけるだろうか。管理組合は組織そのもの。親類縁者にしても、目的が同じ人が集まれば、それはすなわち組織に違いあるまい。

Nakayama 

「組織って嫌なモンですよね」―――。

調教師引退を数週間後に控えた野平祐二氏が、不意にそうおっしゃった。中山競馬場の敷地から一歩外に出た瞬間、それを見計らったかのようなタイミングでの言葉だったと記憶する。

それ以上は語らなかったし、何があったのかは知らない。だが、直後にJRAから打診された引退式への参加を、「JRAに世話になった覚えはない」との一言で固辞された。誰よりもファンを大切にしてきた祐ちゃんにとっては、身を削られるほどの決断だったに違いない。

それを思えば私が直面している問題など些細なこと。そうとは分かっていながら、今日も作り置きに専念してしまった。気が付けばもうクラシックが始まる。

 

***** 2015/04/10 *****

 

 

 

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2015年4月 9日 (木)

エイシンプレストン*NZT4歳S

2000年までの「ニュージーランドトロフィー」は、正式には「ニュージーランドトロフィー4歳ステークス」が正式名称だった。20文字は長い。だから「NZT4歳S」と簡略化されて表記されることが多かったのも頷ける。

ところが、01年の馬齢表記変更に伴い「4歳ステークス」の部分が消えたことで、「NZT」となってしまった。競馬を知らぬ人が「NZT」と聞いて、これをレース名だと想像出来るだろうか。どこかのご当地アイドルグループと勘違いされるかもしれない。

ともあれ、2000年のこのレースは「NZT4歳S」として行われた最後のレース。東京から中山に移った最初の年だった。

Nzt2000 

このレースが注目を集めたのは、芝とダートの3歳チャンピオン同士の対決が実現したせいもある。朝日杯を勝ったエイシンプレストンと、全日本3歳優駿の覇者・アグネスデジタル。軍配はエイシンプレストンに上がった。

日本国内のみならず、のちに香港でも大活躍することになる同期2頭の直接対決は都合7度。圧巻は香港・クイーンエリザベス2世カップのワンツーフィニッシュで異論はあるまい。2頭のライバル物語は、このNZT4歳Sから始まったのである。

 

***** 2015/04/09 *****

 

 

 

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2015年4月 8日 (水)

エルコンドルパサー*NZT4歳S

今週土曜の中山ではNHKマイルカップの前哨戦となるニュージーランドトロフィーが行われる。写真は1998年の勝ち馬エルコンドルパサー。当時は東京の芝1400mで行われていた。

Elcondor 

のちにジャパンカップやサンクルー大賞を勝ち、凱旋門賞でも僅差の2着する歴史的名馬の、実はこれが初めての芝のレースだったことをご存じだろうか。前走で共同通信杯を勝っていたのだが、降雪のためこの年はダートに変更されていたのである。

だからこのNZTのスタートで出遅れた彼の姿を見て、「やはり芝は合わないのか?」という危惧が、多くのファンの脳裏をかすめたに違いない。実は私もそのひとり。だが、そんな杞憂はたちどころに吹き飛ぶ。4コーナーで外に出すと、瞬く間に先頭に立ち、2着に2馬身もの差をつけて見せた。そもそもエンジンが違っていたのである。ああ、慌てた自分が恥ずかしい。

このレースはフルゲートの18頭を集めて行われたのだが、そのうち15頭が外国産馬を占めていた。ちなみに今年のNZTに出走する外国産馬はゼロ。わずか17年前のこととはいえ、時代の隔たりを感じる数字でもある。

 

***** 2015/04/08 *****

 

 

 

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2015年4月 7日 (火)

ヒシアマゾン*NZT4歳S

ナリタブライアンが5馬身差の独走を決めた日本ダービーから一週間後の東京競馬場に、もう一頭の歴史的名馬が姿を現した。前年の阪神3歳牝馬ステークスを勝ちながら、外国産馬ゆえにクラシックの出走を断たれたヒシアマゾン。手綱を取っていたのは、先日調教師に転身したばかりの中舘英二騎手である。

Nzt1994 

ナリタブライアンを彷彿とさせる大外一気の競馬で重賞3連勝を飾ったヒシアマゾンは、そのままエリザベス女王杯まで負けることなく重賞連勝記録を6まで伸ばす。連勝記録が止まったのは暮れの有馬記念。相手はそのナリタブライアンだった。それでもライスシャワーやサクラチトセオーといった牡馬一線級を相手に、3歳牝馬が2着を死守したのだから褒められて良い。

オグリキャップやユーワジェームスも、ニュージーランドトロフィーを勝ったその年の有馬記念で好走しているし、ファビラスラフインやエルコンドルパサーは半年後のJCで勝ち負けを演じた。かつてのニュージーランドトロフィーは、単なるトップマイラーへの試金石に留まらない重みを持っていたのである。

 

***** 2015/04/07 *****

 

 

 

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2015年4月 6日 (月)

ゼンノパルテノン*東京スプリント

4月の大井1200mで行われるJpnⅢとして行われた東京スプリントの「第1回目」が行われたのは2009年のことだった。

それまで春シーズンに行われていなかった待望のダート1200m重賞である。ここぞとばかりにフジノウェーブやアグネスジェダイといった1200mのスペシャリストたちが出走してきたのに、勝ったのは1200m未経験のゼンノパルテノンなのだから、競馬はやってみなければ分からない。

Tokyo 

ゼンノパルテノンは続くかしわ記念を最後に引退、馬事公苑に引き取られた。一昨年、六本木ヒルズで行われた日本ダービーのイベントで、優木まおみさんを背中に乗せて登場したのは、誰あろうゼンノパルテノンである。彼の普段のお仕事は弦巻スポーツ少年団の練習や体験乗馬など。「普及用馬」として第二の馬生を過ごしている。

 

***** 2015/04/06 *****

 

 

 

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2015年4月 5日 (日)

カガヤキローマン*東京シティ盃

今週の南関重賞は1200m交流重賞の東京スプリント(JpnⅢ)。

過去25回の歴史を誇るが、うち半分以上の13回目までは南関東ローカルの、「東京シティ盃」という名で、おもに正月に、しかも1400mの距離で実施されていた。その勝ち馬にはセントリックやサプライズパワーといったダービー馬の名前が並ぶ。すなわち今の東京スプリントとはぜんぜん違うレースだった。

Kagayaki 

そんな東京シティ盃にあって1999年の優勝馬・カガヤキローマンは生粋のスプリンターだ。外枠不利とされる大井1400mで、大外16番枠からハナを奪っての2馬身半差は能力の証。東京盃連覇の実力はダテではない。

今年の東京スプリントの出走馬をあらためて見渡してみれば、グレープブランデーの名前があるではないか。2011年ジャパンダートダービーの優勝馬。東京シティ盃当時のレース傾向を重視すれば決して軽視はできないのだが、もうぜんぜん違うレースだからなぁ。

 

***** 2015/04/05 *****

 

 

 

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2015年4月 4日 (土)

グラスワールド*ダービー卿CT

写真は2002年のダービー卿チャレンジトロフィーを勝ったグラスワールド。6歳春にして初めて挑んだ重賞レースで、秘めたる素質がいきなり花開いた。

Grassworld 

初出走以来、ダートばかりを使われて26戦(5勝)。しかし、武庫川Sで初めて芝を走ってみたところ、マイルを1分33秒2の好タイム乗り切ってみせた。しかも、2着のナリタダイドウを3馬身半も千切り捨てる圧勝だから、芝への適性は疑いようもない。

とはいえ、ダートを使われていたのも、もともと体質的に弱いところがあったため、馬に負担をかけずに成長を待とうという鈴木勝美調教師の配慮があっただけの話。ダービー卿CTでは道中馬込みでじっと我慢。直線で追い出されてからも、鞍上のアクションに応えて最後まで頑張り通した。この我慢は、ダート戦線で揉まれた賜物かもしれない。

ところで、グラスワールドと言えば、こんなポスターを駅などで見かけたことはないだろうか。

Tadaima 

引退後に福島・南相馬の「深野仲山トレーニングセンター」に引き取られたグラスワールドは、東日本大震災の発生直後に北海道・日高への避難を強いられていた。長い船旅。環境の変化。そんな困難をも耐え忍び、翌年には南相馬に帰還。2年ぶりに復活した野馬追にも参加を果たしている。

何に於いても我慢強く、しかも人間に従順なその性格は、競走馬時代に培われたのかもしれない。だとすれば鈴木勝調教師の果たした役割も決して小さくはなかったはず。馬もそれを知っていたのか、師の200勝のメモリアル勝利はグラスワールドによってもたらされたものだった。

 

***** 2015/04/04 *****

 

 

 

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2015年4月 3日 (金)

チェックメイト*ダービー卿CT

今週の中山メインはダービー卿チャレンジトロフィー。実はJRAの重賞の中で唯一「ダービー」の名を正式名称に持つレースでもある。

写真は2001年のこのレースを勝ったチェックメイト。前走で東京新聞杯を勝ち、デビュー以来35戦目にして悲願の重賞制覇を果たすと、36戦目となるダービー卿チャレンジトロフィーで、いとも簡単に重賞連勝を成し遂げてみせた。

Check 

しかも、ただの重賞連勝ではなく、エイシンプレストンに2馬身差の完勝だから価値は大きい。しかも58キロ。安田記念への展望は大きく広がった。

だが、その大目標を3週間後に控えた5月14日午後8時過ぎに、チェックメイトは疝痛でこの世を去る。5月10日生まれだから、満6歳になったばかりの悲劇。勝ち負けはともかく、遅咲きのマイラーの晴れ舞台を見てみたかった。

 

***** 2015/04/03 *****

 

 

 

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2015年4月 2日 (木)

花見と競馬

都心に用事があったついでに、靖国神社を訪れてみた。

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境内に「開花宣言」の基準木を抱える神社である。東京随一の桜の名所となっているだけあって、満開を過ぎた今もさすがの人出。週末も混雑必至であろう。

実は、靖国神社の桜は競馬と深い結びつきを持っている。

日本で最初に競馬が開催されたのが横浜・根岸であることは誰もが知るところだが、それはあくまでも居留外国人の手によって行われていた競馬に過ぎない。日本人の手によって開催された競馬という意味では、この靖国神社で行われた「招魂社競馬」がその嚆矢となる。

参道の両脇に柵を巡らし、その端を結ぶ楕円形の一周900mの競馬場が作られたその時に、元勲・木戸孝允の命によりコースの外周をぐるりと取り囲むようにソメイヨシノの木が植えられた。開催は春と秋の例大祭に合わせた年二回。春競馬は満開の桜の下で行われていたという。

間もなく競馬場は姿を消してしまい、今ではその痕跡さえも伺い知ることができないが、唯一桜の並木だけが境内に残された。靖国神社を訪れる花見客は、実は競馬場の名残を楽しんでいるのである。

Sakura2 

当時の競馬場は花見会やサーカスなども行われる総合アミューズメント施設であった。靖国神社に続いて設営された上野・不忍池競馬場にも、やはり同じようにソメイヨシノが植えられている。東京でも一、二を争う桜の名所が、実は競馬場の名残だったというのはなかなか興味深い。

Sakura3 

そして現在においても競馬場や馬事公苑、あるいは静内や浦河の桜並木など、馬のいるところには必ずと言っていいほど桜がある。花見云々はさておくとしても、これは日本人の美的感覚の為せる業ではあるまいか。それくらい馬のいる風景には桜が良く似合っていると思うのである。

 

***** 2015/04/02 *****

 

 

 

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2015年4月 1日 (水)

エスパシオ*山吹賞

今週土曜の中山9Rに予定されているは3歳500万特別の山吹賞。2002年の勝ち馬がシンボリクリスエス、翌03年はゼンノロブロイ。この2年間があるだけでも注目するに相応しい。1998年の勝ち馬は後藤浩輝騎手が手綱をとるエスパシオだった。

Yamabuki 

メジロマックイーン産駒の芦毛馬は、次走の青葉賞で3着に入り見事ダービーに駒を進める。それが後藤騎手のダービー初騎乗。そして種牡馬メジロマックイーンにとっても産駒による初めてのダービー出走であった。

この年を皮切りに、ノーザンカピタン、リワドフォコン、ルゼル、モノポライザーと、後藤騎手は毎年のようにダービー出場を果たす。そしてローズキングダムで挑んだ2009年には、栄冠まであと一歩に迫った。そんな後藤騎手とは対照的に、エスパシオの後にメジロマックイーン産駒がダービー出走を果たしたことはない。そういう意味でもエスパシオは特別な存在なのである。

 

***** 2015/04/01 *****

 

 

 

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