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2015年3月13日 (金)

武蔵野線の読書

数年前に眼を患ってから、電車内で携帯電話・スマホの類をいじることを極力避けるようになった。こうしたテキストを打つにも、以前は電車の中を決め込んでいたのだが、最近は犬の散歩を終えた朝の時間帯。それもパソコンから入力することが多い。ブログを読み返してみるに、かつては大半を占めた日記的な要素が消え、雑感が増えたのはそのせいだと思う。

「電車の中で読書している人が多くてビックリした」

30年ほど前に山形から上京した知人の言葉である。だが、今では本に代わって乗客の多くが手にしているのはスマホ。乗客は座席に座るなり、あるいは吊り革を掴むなり、まるで条件反射のようにスマホを手に取る。最近になって読書派に転じた私は、きっと時代の反逆児に違いあるまい。

とはいえ、昔は車中の読書というものを苦手にしていた。まず周囲が気になる。過剰なアナウンスも煩い。興が乗ってきたところで、そこが乗り換え駅であることにハタと気づき、慌てて電車を飛び出すなんていうのも興醒めだ。だが、私も歳を重ねて妥協することを覚えた。読むのは集中力を必要としない簡単な内容の本にする。乗り換えが多いのなら、切れ目が多いエッセイ集なども良い。そんな工夫を重ねて、電車の中の私と読書とは比較的良好な関係を築きつつある。

さらに、最近では思いがけぬ長旅をするようになった。武蔵野線の端から端までを乗り潰す機会が増えたのである。

昨日も書いたが、ダイオライト記念は見ることができなかった。だが、ひとつ前の10Rまではワタシ船橋競馬場にしっかりと居たのである。愛馬の敗戦を見届けて、トボトボ歩いて南船橋駅へと辿り着くや府中本町行の武蔵野線に乗り込んだ。目的地は終点の府中本町駅。そこまでの所要時間、なんと1時間24分である。

普段の通勤や通学にそれくらいの時間を費やしていらっしゃる方もいるかもしれないが、ひとつの路線の起点から終点までを1時間半近く座り続けることはそう多くはあるまい。しかも、そこは東京の北側に大きな弧を描く武蔵野線である。実際、この日も私が乗り込んだ車両において、南船橋から府中本町まで座り続けていたのは、私ひとりだった。

これだけの連続した時間は、逆に言えば贅沢である。だから、この日は多少なりとも集中力を必要とするハードカバーを携行した。

Book 

「馬の自然誌」(著/J.エドワード・チェンバレン)は、ウマという愛すべき存在が、人類の歴史にどれだけ影響を与えてきたかを、博物学、生物学、人類学、考古学といった学問のジャンルを超越した視点で語る画期的な一冊である。船橋競馬場、中山競馬場、浦和競馬場、そして東京競馬場を結ぶ武蔵野線で読むのに、まこと以て相応しい。

乗り換えを気にすることもなく、ガラガラに空いた車内で頁を手繰り、古代の馬たちに思いを馳せる時間は意外なほど甘やかに過ぎてゆく。活字を追うのに疲れれば、車窓から移ろいゆく武蔵野の夕景を眺めれば良い。そして再び頁に目を落とす。ささやかではあるけれど、これは確かにひとつの贅沢であろう。愛馬が負けたことなど、たちどころに忘れさせてくれる……なんて効果があれば言うことはないのだけれど。

 

***** 2015/03/13 *****

 

 

 

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コメント

JRは「東京メガループ」なんて無理やりな呼称でイメージ戦略に出てますけど、そこはやっぱ「むさしの線」ですよねcoldsweats01

投稿: 店主 | 2015年3月16日 (月) 12時59分

武蔵野線ののんびり感良いですよねー。

でも中央線沿線沿いの私としては、
行きはかかり気味になるので東京駅(若干早い)まで行ってしまう。

負けた帰りに武蔵野線を使うと新聞を読みながら
反省する時間が長くなり憂鬱になる。

なるべく早めに家を出て、行きに予想を楽しみながら
武蔵野線を利用するのがベストです。(個人的感想)

投稿: tsuyoshi | 2015年3月16日 (月) 10時54分

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