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2015年3月16日 (月)

ペリエ騎手の挑戦

レインボーペガサスの現役引退というニュースを耳にして、真っ先に頭に浮かんだのはオリビエ・ペリエ騎手のことであった。1995年から2008年まで14年連続でJRA重賞勝ちを果たした彼の、その最後の重賞タイトルが、レインボーペガサスのきさらぎ賞だったのである。

日本国内の競馬場でペリエ騎手の姿を見なくなって久しい。JRA通算379勝。うちGⅠを12勝もした彼は、今はどうしているのだろうか。

JRAの通年免許を獲得したミルコ・デムーロとクリストフ・ルメールが良くも悪くも紙面を賑わせている今だからこそ思う。世が世なら、外国人による初のJRA騎手誕生は、ペリエ騎手だったかもしれない。流暢な日本語を操り、電車を乗り継いで競馬場に通う親日派ジョッキーの嚆矢。日本の競馬を理解し、そして何より日本の競馬ファンを愛していた。ジョッキーになってもっとも嬉しかった勝利は?と問われ、「ウイングアローで勝ったフェブラリーS」と即答したシーンは今も忘れぬ。ちなみに、この時点で彼は英国ダービーも凱旋門賞もブリーダーズカップも勝っていた。それがフェブラリーSだなんて……。

Peslier 

昨夏、ペリエ騎手は再婚したらしい。おめでとうございます。そのお相手エミリーさんは、スペイン国境に近いバイヨンヌ近郊でオーナー・ブリーダー業を営んでおり、ペリエ騎手自身も住み慣れたシャンティイからバイヨンヌへと拠点を移したという。パリのオルリー空港までは飛行機でざっと1時間15分。シャンティイとは比べものにならない距離を移動しなければならず、昨年は大幅に勝ち星を減らしたが、それでも10月にはチャームスピリットでアスコットのクイーンエリザベスⅡステークスを制してみせた。その腕に陰りは見られない。

だが彼が別れを告げたのは、シャンティイのほかにもうひとつある。有名ブランド「シャネル」のオーナーとしても知られるヴェルテメール兄弟との騎乗契約を、昨年10月に突然解消した。GⅠ4勝の名牝ゴルディコヴァを筆頭に、2012年の凱旋門賞を勝ったソレミアや2013年の仏ダービー馬・アンテロ。12年間のパートナーシップにおける活躍馬は数知れない。

それでも「我々のチームはゴールに辿り着いた」と残念がるそぶりも見せず、彼は次なるステージを見据えている。それはカタールのファハド・アル・サーニ殿下の服色で活躍することだ。実際、クイーンエリザベスⅡステークスを勝ったチャームスピリットはサーニ殿下の所有馬である。昨夏のセレクトセールで高額馬を次々と落札し、JRAの馬主資格も取得した殿下の名を知る競馬ファンも少なくあるまい。この夏、フランスでデビューするディープインパクト産駒の手綱をペリエ騎手が取る可能性も十分にある。

Symboli 

栗東滞在中のペリエ騎手は、京都散策を趣味としていた。ひとりで目についたレストランに入って、食事をするのが楽しみだったという。

「どんな料理が出てくるかわからない。でも食べてみる。美味しいか、美味しくないかは食べてみないと分からない。納豆が口に合わないことも、一度はダメだと思った鮒寿司が実は美味しいことも、そうやって学んだ。まずは挑戦してみないとね」

鮒寿司がイケるというのは凄い。さすがフランス人。ともあれ、周囲の環境が激変しても、彼のチャレンジ精神は今も変わらないようだ。ペリエ騎手42歳の新たな挑戦が、間もなく始まる。

 

***** 2015/03/16 *****

 

 

 

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