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2015年3月31日 (火)

ナターレ*クラウンC

川崎競馬は昨日からナイター開催がスタート。水曜日には3歳重賞・クラウンカップが行われる。今年は羽田盃のトライアルレース。年によっては東京ダービーのトライアルとして施行されることも。いずれにせよ牡馬クラシックへの重要なステップである。だが、過去に行われた17回の歴史の中で、一度だけ牝馬が勝った年があることをご存じだろうか。それが2011年のナターレ。クロフネ譲りの芦毛の牝馬は、並み居る牡馬たちの追撃をアタマ差凌ぎ切って優勝してみせた。

Natare 

本来、牝馬が目指すレースではない。ナターレにしても、2月の桃花賞で2着に好走してからは、3月23日の桜花賞を目指して調整されてきた。だが3月11日に東日本を襲った震災により桜花賞は中止。やむなく3月28日の大井・自己条件戦を目指すが、その大井開催も中止となってしまう。

競馬が再開されたのは、震災から一か月が経った4月の川崎開催である。クラウンCは競馬再開最初の重賞となり、春の目標を失った牝馬たちもこぞって出走してきた。本来ならナイターで行われるはずのクラウンCが真っ昼間に行われたのは、首都圏を襲っていた電力不足のためにほかならない。

このクラウンCの写真を見るたび、4年前の競馬を取り巻いていたあの漠然とした不安感を思い出すのである。

 

***** 2015/03/31 *****

 

 

 

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2015年3月30日 (月)

【訃報】ヴィオラーネ

日曜中京7Rは500万条件の芝2000m戦。3コーナーで競走を中止し、残念ながら予後不良と診断されたヴィオラーネ号と不肖私との間には、実はいささかの縁があった。

Viora1 

たかが1勝馬と言われるかもしれないが、彼女は彼女なりの競走人生を全うしたのである。せっかく普段から写真を撮っているのだから、今日のエントリは彼女に捧げたい。

Viora2 

2009年に生まれた青鹿毛の牝馬は、2歳10月の東京開催初日の芝マイル戦でデビューを迎えた。結果はハナズゴールの8着。そして続く2戦目で念願の初勝利を挙げる。

Viora_2 

私が彼女を初めて見たのは3戦目のひいらぎ賞。出世レースとしても名高いこのレースで、彼女は直線でいったん先頭に立つという“見せ場”以上のレースぶりを展開したものの、チェリーメドゥーサからハナ+アタマの3着と敗れる。あとから思えば、この差は実に大きかった。

Viora4 

父フジキセキ、母フロムファースト、その父ドクターデヴィアス。通算20戦1勝。うち馬券に絡んだのは5回。もし彼女の写真を撮った方がいれば、それを改めて見てみよう。馬券を獲ったという方は、そのレースを思い起こすだけでもいい。それに優る供養は無いように思う。

Viora5 

 

***** 2015/03/30 *****

 

 

 

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2015年3月29日 (日)

穴の神

昨日、用事があって羽田に出かけたついでに穴守稲荷で途中下車してみた。

実は最近悪い事ばかり立て続けに起こってホトホト参っているのである。年初来から、いやに馬券が当たるのが不気味で仕方なかったのだが、今思えばあれはやはり不幸の前兆だったか。普段は神もホトケもない言動を繰り返している私もついに折れて、お稲荷様に助けを請うことにした。

Anamori_2 

穴守稲荷神社の歴史は文化文政年間にまで遡るというから、既に二百年を超えている。現在の羽田空港の敷地は、多摩川河口の三角州を開墾して作られた新田だったが、周囲の堤防が波に削られて穴が開き、海水が流入して被害が絶えない。そこで、「“穴”の害から田畑を“守”ってもらおう」と農民たちがお稲荷さんを祀ったのが起源とされる。今でこそ商売繁盛の御利益で知られるが、もともとは五穀豊穣の守り神だった。

そこに競馬ファンの姿が目立つようになったのは、ハイセイコー・ブームに沸き立つ1970年代の半ば頃。「穴を守る」は穴馬券的中にも繋がる―――。そんな噂を聞きつけて、競馬場や場外馬券売り場に向かう前に願掛けをする参拝者が、一気に増加したのである。特にプロの予想屋さんにとっては聖地的なスポットでもあった。

一方で、大井の厩舎関係者や騎手、あるいは馬主などの間では、そんな噂が広まる以前から穴守稲荷への参拝を欠かさぬ人は少なくない。件のハイセイコーの手綱を取った増沢末夫氏も、騎手時代にここで願掛けをしたという。

ぶらぶら歩いて駅に戻る途中の『ZOO』という喫茶店で昼食をとることにした。盛りがエグいことで、デカ盛りファンには知られた一軒。カレーライスもオムライスも、その大盛りの一皿は壮観のひと言に尽きるのだが、ここはやはりミートソースにしてみた。もちろん大盛り。さあ、どんなのが出てくるか。

どーん!

Zoo2 

直径30センチはゆうに超える大皿に山盛りのスパゲティとミートソース。その威圧感に思わずのけぞった。念のために書いておくが、これで1人前である。レギュラーサイズが他の店の大盛サイズだというから、オーダーには注意が必要であろう。食べ進めるうち最後の方はミートソースが足りなくなったが、麺にコショウを振って炒めてあるので、それだけでも十分食える。まあ、味については多くは語るまい(笑)。

それでもきれいに残さず食べ切った。ちょっと腹がキツい。だが、これが私の願掛けでもある。これで運の向きが変わってくれるだろうか。

 

***** 2015/03/29 *****

 

 

 

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2015年3月28日 (土)

ソロル*マーチS

明日の高松宮記念の見どころのひとつは、昨年の覇者でもあるダイワリチャードのレースぶり。勝てばキンシャサノキセキ以来の連覇達成となる。

だが、中山競馬場のファンはひと足先に「連覇」を目撃するかもしれない。中山メインのマーチSには、昨年のこのレースの優勝馬・ソロルが参戦。前売りで単勝2番人気に推されていることを考えると、連覇の可能性は十分にある。

Solor

ソロルの悩みは主戦騎手が定まらないこと。デビュー以来23戦で手綱を取った騎手は17人に及ぶ。優勝した昨年にしても、週初めの特別登録時点で鞍上が決まっていなかった。サンデーレーシングのオープン馬にしては珍しい。だが、急遽決まった蛯名騎手はテン乗りとは思えないほど上手にソロルをエスコートした。今回、その蛯名騎手を確保できたことは、ソロルにとって心強いに違いない。

もし中山、中京の2場で重賞連覇が同時に達成されるようなことになれば快挙である。過去に例はあるのだろうか。

 

***** 2015/03/28 *****

 

 

 

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2015年3月27日 (金)

クーリンガー*マーチS

マーチSは中山ダート1800mで行われるハンデGⅢ戦。2001年から高松宮記念と同日実施になったおかげで、関東以外のファンには馴染みが薄いかもしれないが、エスポワールシチーやテスタマッタがここを勝った翌年にフェブラリーSを勝っていることを思えば、ひとくくりに裏番組と軽視はできまい。

10年前のこのレースを勝ったのは芦毛のクーリンガー。

Koolinger 

通算で重賞を6勝したダートの猛者だが、JRAでの重賞勝利はこの1勝にとどまる。しかし、ユートピア、カフェオリンポス、ビッグウルフ、そしてスターキングマンといった錚々たるGⅠホースたちをまとめて下す快走だったことを思えば、この1勝がもたらしたものは決して小さくない。事実、クーリンガーの種牡馬入りに際しては、この勝利が大きな後押しとなった。

高松宮記念の締切直前の発走とあっては、正直マーチSどころではない気持ちも分かる。だが、優勝馬とその勝ちっぷりくらいは覚えておきたい。

 

***** 2015/03/27 *****

 

 

 

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2015年3月26日 (木)

メジロライアン*日経賞

写真は1992年の日経賞を勝ったメジロライアン。宝塚記念など重賞4勝を挙げ、ダービーや有馬記念でも2着に好走した稀代の人気馬は、結果的にこれがラストランとなり翌年種牡馬入りした。

Lian 

あれから23年の月日が流れ、28歳になったメジロライアンは、今ではレイクヴィラファームで功労馬として元気に余生を過ごしている。

メジロライアンの父・アンバーシャダイが亡くなったのは30歳の時。さらにその父・ノーザンテーストは33歳まで元気に生きた。長寿の父系を考えれば、ライアンが今も若々しいのも納得か。マックイーンもパーマーも、アイネスフウジンもホワイトストーンも、そしてオグリキャップもみんな死んでしまったいま、あの頃の競馬に燃えたオヤジファンの希望の星のような存在である。

 

***** 2015/03/26 *****

 

 

 

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2015年3月25日 (水)

ユキチャン*ミモザ賞

今週土曜中山のメインはGⅡ・日経賞だが、そのふたつ前には3歳牝馬による500万特別・ミモザ賞が組まれている。2008年のこのレースを勝ったのは白毛のアイドル・ユキチャン。白毛馬が芝のレースを勝ったのも、特別レースを勝ったのも、日本競馬史上初の快挙だった。

Yuki_chan 

この年もこの日のメインレースは日経賞だったわけだが、最終コーナーを回ってマツリダゴッホが早々に独走状態となった日経賞に比べると、真っ白な馬体のユキチャンが一完歩ずつ先頭との差を詰め、ゴール寸前でついに差し切るというレース展開もあってか、この日一番の大歓声はむしろこちらのミモザ賞の方だったように思う。

ちなみに、ぶち模様でブレイク中のブチコは、このユキチャンの妹。陣営は来月のマリーンCに出走させたい意向らしいが、もし勝つようなことがあれば、船橋競馬今年一番の大歓声が沸き起こるかもしれない。

 

***** 2015/03/25 *****

 

 

 

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2015年3月24日 (火)

チャームアスリープ*浦和桜花賞

写真は2006年の浦和桜花賞。勝ったチャームアスリープは、その後の東京プリンセス賞と関東オークスをも制し、史上初の南関東牝馬3冠を為し遂げた。

Charm 

東京プリンセス賞と関東オークスを見れば、息の長い末脚を武器に、直線で差し切るのが彼女の真骨頂であったように思う。しかし、この桜花賞では3角手前から一気に仕掛けて、捲り一閃。直線では他馬の追撃を振り切るという、のちの2冠とは一味違ったレースぶりを見せた。

3冠の栄誉に足る能力を持ち合わせながら、南関東でも屈指の難コースと言われる浦和1600mに泣いた牝馬は数知れない。3冠それぞれのレースが、まったく違った能力を求められるという点で、南関東の牡馬と牝馬のクラシック3冠戦線は大きく異なる。そういう意味ではチャームアスリープの牝馬3冠は、もっと評価されても良いと思うのである。

 

***** 2015/03/24 *****

 

 

 

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2015年3月23日 (月)

シルバーアクト*浦和桜花賞

南関東では一足早く今週からクラシックが開幕する。幕開けを告げるのはJRAと同じく「桜花賞」。1997年のこのレースを勝ったシルバーアクトは、続く関東オークスも勝って2冠を達成した。

Ohka 

1997年といえば、JRA牡馬戦線ではサニーブライアンが春のクラシック2冠を逃げ切り、牝馬においてはメジロドーベルがオークスと秋華賞を勝った。南関東の牡馬路線ではサプライズパワーが東京王冠賞と東京ダービーを制し、海の向こうの米国でもシルバーチャームが2冠馬となっている。

これだけ2冠馬が出るくらいなら、一頭くらいは3冠馬に輝いてもよさそうな気がするが、そうはいかないあたりが3冠馬の有難さであろう。今年、どこかの路線で3冠馬は現れるだろうか?

 

***** 2015/03/23 *****

 

 

 

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2015年3月22日 (日)

もり家@四国物産展

小田急百貨店新宿店の11階といえば、かつてはJRA主催の美術展『Horse Art』の会場ともなった小田急美術館のあったフロア。不肖私の作品も展示させていただいたご縁で、当時は何度も足を運んだ思い出の場所である。あれから20年余り。ふと当時のアートな匂いを嗅ぎたくなって、久しぶりに同じフロアに足を運んでみた。そこで行われていたのは……、

Dsc_2003

そう、いわゆる物産展ですね。アートの匂いはあまりしないが、うどんを茹でる匂いが漂ってくるのは、これが四国物産展だから。高松で行列の絶えない人気店『もり家』のうどんを食べさせるコーナーが開設されていると聞いて、わざわざやってきたというのが正解である。

Dsc_2006

『もり家』というと、TVにもたびたび紹介され、ネット販売にも力を注いでいるから、商売っ気丸出しの店と誤解される向きもあるのだけど、商売の幅を広げることは人を育てることにも繋がる。実際、都内屈指と名高い人形町の『谷や』の店主も、かつては『もり家』の従業員だった。人を育て、地元経済にも寄与しつつ、しかも質の高いうどんを作り続けるなんて、なかなかできることではない。

ともあれ、デパートのイートインに入ったのは私自身これが初めての経験である。まず驚いたのはその客層であった。すべて一人客。そして、すべて女性である。若い女性から、年配の女性までが、ひとり座って、うどんを啜り、あるいは茹であがりを待っていた。デパートのイートインの人気が沸騰した理由のひとつに、「女性が一人で入れる」というのがあったと聞いたことがある。おひとり様ブーム全盛の昨今なら、その辺のレストランでも一人で入れないこともないと思うのだが、とにかくこの光景は異様である。間違えて女湯に入ってしまったような後ろめたさを感じつつ、食券を買ってカウンターに腰を下ろした。

Dsc_2005

運ばれてきたのは「天ぷらぶっかけうどん(冷)」。

やや細めの麺はツヤも美しく、黄金色に透き通るダシ汁は、冷やであるのにここまでイリコの香りが漂ってくる。本来なら高松の本店まで行って食べるべきなのだろうけど、それが出来ぬ身にはありがたい。小田急美術館が閉館となり、馬の美術展も行われなくなったのは残念だが、こうして美味いうどんが食べられて、女性客もたくさん入っているのだから、それはそれで良かったのであろう。

小田急百貨店新宿店「四国の物産展」は24(火)まで開催中。

 

***** 2015/03/22 *****

 

 

 

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2015年3月21日 (土)

ネオユニヴァース*スプリングS

写真は2003年のスプリングS。実はこのレースが、ミルコ・デムーロとネオユニヴァースのファーストコンタクトだった。

Neo 

ネオユニヴァースのもともとの主戦は福永騎手である。だが彼は、来るべきクラシックで朝日杯を勝ったエイシンチャンプの手綱を取ることが決まっている。ネオユニヴァースにしてみれば、皐月賞からは誰か別の騎手に依頼しなければならない。ならば、いっそ早めにトライアルから乗ってもらおう。それでこのレースからデムーロ騎手に乗り替わった。その後のこのコンビの活躍については、皆様ご存じのとおり。

Neo2 

 

***** 2015/03/21 *****

 

 

 

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2015年3月20日 (金)

シーザリオ*フラワーC

写真は2005年のフラワーカップを勝ったシーザリオ。日米で女王となった国際的名牝馬の息子は、まもなく国際舞台の最高峰・ワールドカップに挑む。

Flowercup

ちなみに、シーザリオが勝ったアメリカンオークスの9着馬・イスラコジーンは皐月賞馬の母となり、11着馬・シルクアンドシークレットは、マイルチャンピオンシップを勝ったエイシンアポロンを送り出した。この年のアメリカンオークスに出走した3歳牝馬たちは、今では母としてその輝きをさらに増している。

Eisin 

こうなると、明日土曜の若葉Sに出走するアダムスブリッジに注目せずにはいられない。母シンハリーズは、2005年アメリカンオークスの3着馬なのである。

 

***** 2015/03/20 *****

 

 

 

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2015年3月19日 (木)

馬時間

昨夜の話。

トゥインクル開催の幕開けを告げる京浜盃は、南関東牡馬クラシック戦線の最重要ステップレース。ここを勝って羽田盃や東京ダービーを制した馬は数知れぬ。鎌倉記念、平和賞、ハイセイコー記念、兵庫ジュニアグランプリ、ニューイヤーカップの各優勝馬ならびに全日本2歳優駿の地方最先着馬が大井に集結した。舞台はスピードと底力を問われる1700m。クラシック直前のこの時季に、力関係を計るには申し分ない。

Ouma2 

とはいえ、これほど極端な結果が出るとは思っていた人が果たしてどれほどいただろうか。勝ったのはオウマタイム。タイムパラドックスの産駒で、重賞は鎌倉記念に続いて2勝目。いや、そんなことはどうでもいい。驚くべきは2着馬につけたその着差。なんと8馬身である。かつてはシーチャリオットやパンタレイが5馬身、ベルモントストームが6馬身の差をつけて京浜盃を勝ったという記憶はあるが、8馬身となると当方さすがに覚えがない。

とはいえ優勝馬は「馬時間」ことオウマタイムである。派手な着差には目を奪われがちだが、タイムもそれなりに気にしていきたい。

Ouma 

スタート後、掛かり気味に3番手につけたオウマタイムは、鞍上が必死になだめながら向こう正面へ進んだ。「遅いのか?」と思いながら時計を見れば1000mの通過は61~62秒。遅くはないし、かといって速くもない。すると左海騎手も抑えるのを諦めたのか、3角手前から早くも先頭に立つと、ぐんぐん後方を離して直線を向いたではないか。

「これはゴール前でバッタリ止まるぞ!」

「追い込みに気を付けろ」

カメラマンに緊張が走る。

だが、いつまでたっても後続との差は縮まることがない。結果8馬身差圧勝である。おかげで撮影は至極ラクだった。だが、ラストの3ハロンのラップを聞けば12.7-12.4-13.6。やはり最後はパッタリ止まっているのである。

ラスト1ハロンの時計は、京浜盃が3月に行われるようになった2004年以降でもっとも遅い。そもそも13秒を要したことすら一度しかなかった。羽田盃1800m、東京ダービー2000m。これから距離が伸びて果たしてどうか。父がタイムパラドックスであるから血統的にはなんら心配はないのだが、「タイム」と名のつく一頭だけに、そのあたりが気になって仕方ない。

 

***** 2015/03/19 *****

 

 

 

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2015年3月18日 (水)

馬券は大人になってから

5日、選挙権が与えられる年齢を18歳に引き下げる法案が国会に提出された。早ければ来年夏の参院選から、18歳の投票が可能になるかもしれない。

選挙権の問題がクリアすれば、次なる課題は民法上の成人年齢の引き下げである。1896年に制定された現行民法では「20歳をもって成年とする」と規定。これにより一般的には20歳以上を「大人」とみなす意識が定着している。上川法務大臣は「(成人年齢を)選挙権年齢に一致させられるよう、諸課題について検討したい」と述べ18歳への引き下げに前向きな考えを示しているが、世論や与党内には慎重論も根強く残る。

20歳未満の飲酒は未成年者飲酒禁止法で、また喫煙は未成年者喫煙禁止法でそれぞれ禁止されている。一方、民法は婚姻年齢を男18歳以上、女16歳以上とも定めている。児童福祉法などは18歳未満を保護の対象としているし、道交法は自動車普通免許の取得年齢を18歳以上と定めている。そして、パチンコ店の入店は風営法により18歳から認められているのに、ご存じの通り馬券は20歳になるまで買うことができない。

パチンコは18歳でOKなのに競馬はダメ―――こんな不可解な現状は、法によってバラバラな「大人」の定義によってもたらされたものだ。

しかし、競馬法第28条は「未成年者は、勝馬投票券を購入し、又は譲り受けてはならない」としているだけだから、民法の定める成人年齢が18歳に下がれば、それに合わせて18歳でも馬券を買えるようになる。―――だから反対。慎重論者の論拠のひとつに違いあるまい。

法相の諮問機関である法制審議会は、18歳への成人年齢の引き下げを「適当」とする答申を既に出している。さらに、オトナの象徴でもある選挙権年齢が引き下げられれば、「18歳以上が大人」という意識が世間に浸透する可能性は高い。

果たして馬券の購入年齢引き下げは実現するのか。黴の生えた120年前の法律に手を付けることが、いかに難しいことかは関係者の言葉が物語っている。だが、パチンコに遅れを取るような現状は関係者のひとりとして気持ちの良いものではない。たかが法律のこととはいえ、間違いなく競馬に関わることのひとつ。議論の行方には注目しておこう。

 

◆スペシャルウィークも20歳です◆

Special 

 

***** 2015/03/18 *****

 

 

 

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2015年3月17日 (火)

調整ルーム

先月末、調整ルームにまつわる騎手の不祥事が相次いだ。

大井の御神本訓史騎手が調整ルームに入室資格のない人物を偽って入室させていたことが明るみに出ると、その翌日には、JRAのクリストフ・ルメール騎手が調整ルームで携帯電話からツイッターの投稿をしたことが判明。両者とも、30日以上に及ぶ厳しい騎乗停止処分が課せられた上、御神本騎手に至っては南関東での騎手免許が更新されないという、のっぴきならない事態にまでコトが及んでいる。

日本の競馬においては、出場騎手はレース前日から調整ルームに入室しなければならない。目的はただひとつ。公正確保。すなわち八百長の防止である。他人との面会、電話、メールはもちろん、インターネットの閲覧など通信も禁じられている。ちなみにこれは日本独自のシステム。だからと言って、ルメール騎手に特別な同情を寄せるわけにはいかない。彼は既にJRAの騎手である。むろん、御神本騎手のケースに至っては同情の余地すらない。

世界にも類を見ないこの「調整ルーム」誕生のきっかけは、今からちょうど半世紀前の1965年に起きた「山岡事件」に遡る。中央競馬の騎手4人が逮捕された大掛かりな八百長事件で、競馬会は再発防止策として「厩舎地区への出入り制限」「厩舎関係者による予想行為の禁止」などと合わせて「出場騎手全員をレース前夜から合宿させる」ことを打ち上げた。この合宿施設こそが現在まで続く「調整ルーム」である。JRA管理主義の象徴のようにも扱われる調整ルームだが、その出自が競馬の存続を左右するほどの八百長事件にあったことを思えば軽々しく批判はできない。

運用当初のルールでは、レースの24時間前に調整ルームに入らなければならなかったのが、いつしかレース前日の16時となり、さらに18時になり、現在は21時までに入れば良いという具合に運用ルールは緩和傾向にある。JRAの親心を感じたい。しかし一方で、調整ルームに関する違反が後を絶たないのも事実。ルメールのような大物騎手が……と驚く向きもあったようだが、安藤勝己元騎手も笠松時代に無断外出で騎乗停止処分を受けている。

Peslier1 

そういえば、昨日ペリエの話を書いていて、ふと思い出した。1997年の凱旋門賞当日のパリの朝のことである。朝食のカフェで、「ゆうべキャバレーに行ったら、ペリエとデットーリがいて盛り上がっていた」という話し声が聞こえてきた。

そのときはホントかなぁ?と思ったのだけど、日本でも一緒に東京ディズニーランドに行って、大はしゃぎしていたという伝説を持つ二人のことだから、あながち嘘とも言い切れない。それで「日本とはずいぶん違うなぁ」と思った。それだけ。ルールが異なるのが外国というものである。

 

***** 2015/03/17 *****

 

 

 

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2015年3月16日 (月)

ペリエ騎手の挑戦

レインボーペガサスの現役引退というニュースを耳にして、真っ先に頭に浮かんだのはオリビエ・ペリエ騎手のことであった。1995年から2008年まで14年連続でJRA重賞勝ちを果たした彼の、その最後の重賞タイトルが、レインボーペガサスのきさらぎ賞だったのである。

日本国内の競馬場でペリエ騎手の姿を見なくなって久しい。JRA通算379勝。うちGⅠを12勝もした彼は、今はどうしているのだろうか。

JRAの通年免許を獲得したミルコ・デムーロとクリストフ・ルメールが良くも悪くも紙面を賑わせている今だからこそ思う。世が世なら、外国人による初のJRA騎手誕生は、ペリエ騎手だったかもしれない。流暢な日本語を操り、電車を乗り継いで競馬場に通う親日派ジョッキーの嚆矢。日本の競馬を理解し、そして何より日本の競馬ファンを愛していた。ジョッキーになってもっとも嬉しかった勝利は?と問われ、「ウイングアローで勝ったフェブラリーS」と即答したシーンは今も忘れぬ。ちなみに、この時点で彼は英国ダービーも凱旋門賞もブリーダーズカップも勝っていた。それがフェブラリーSだなんて……。

Peslier 

昨夏、ペリエ騎手は再婚したらしい。おめでとうございます。そのお相手エミリーさんは、スペイン国境に近いバイヨンヌ近郊でオーナー・ブリーダー業を営んでおり、ペリエ騎手自身も住み慣れたシャンティイからバイヨンヌへと拠点を移したという。パリのオルリー空港までは飛行機でざっと1時間15分。シャンティイとは比べものにならない距離を移動しなければならず、昨年は大幅に勝ち星を減らしたが、それでも10月にはチャームスピリットでアスコットのクイーンエリザベスⅡステークスを制してみせた。その腕に陰りは見られない。

だが彼が別れを告げたのは、シャンティイのほかにもうひとつある。有名ブランド「シャネル」のオーナーとしても知られるヴェルテメール兄弟との騎乗契約を、昨年10月に突然解消した。GⅠ4勝の名牝ゴルディコヴァを筆頭に、2012年の凱旋門賞を勝ったソレミアや2013年の仏ダービー馬・アンテロ。12年間のパートナーシップにおける活躍馬は数知れない。

それでも「我々のチームはゴールに辿り着いた」と残念がるそぶりも見せず、彼は次なるステージを見据えている。それはカタールのファハド・アル・サーニ殿下の服色で活躍することだ。実際、クイーンエリザベスⅡステークスを勝ったチャームスピリットはサーニ殿下の所有馬である。昨夏のセレクトセールで高額馬を次々と落札し、JRAの馬主資格も取得した殿下の名を知る競馬ファンも少なくあるまい。この夏、フランスでデビューするディープインパクト産駒の手綱をペリエ騎手が取る可能性も十分にある。

Symboli 

栗東滞在中のペリエ騎手は、京都散策を趣味としていた。ひとりで目についたレストランに入って、食事をするのが楽しみだったという。

「どんな料理が出てくるかわからない。でも食べてみる。美味しいか、美味しくないかは食べてみないと分からない。納豆が口に合わないことも、一度はダメだと思った鮒寿司が実は美味しいことも、そうやって学んだ。まずは挑戦してみないとね」

鮒寿司がイケるというのは凄い。さすがフランス人。ともあれ、周囲の環境が激変しても、彼のチャレンジ精神は今も変わらないようだ。ペリエ騎手42歳の新たな挑戦が、間もなく始まる。

 

***** 2015/03/16 *****

 

 

 

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2015年3月15日 (日)

老人の小言

「TCK ELDER CLUB」をご存じだろうか。

人生の先達として円熟の境地を迎えたシニアの競馬ファンに向けて用意された、大井競馬場の有料制会員クラブである。年会費2万円。それで様々な特典が受けられるらしい。

「らしい」と書いたのは、自分とは無関係のサービスだと思っていたから。だって私は「先達」とか「円熟」などの境地にはいないし、そも「エルダー」というのは「年配者」という意味である。それに比べれば私などまだまだ子供みたいなもの。そう思っていたら、このクラブの入会対象年齢を、既に自分が満たしていることを知った。ショックである。私は年配者だったのだ。となれば、明日から馬券を購入する際にはライトカードを使用せねばまるまい。

Card 

日本の競馬は大丈夫か―――?

20年前はそんなことは考えもしなかった。だが、今ではそんなことばかり考えている。ブログに書くことも小言のようなことばかり。それが歳をとったということなのかもしれない。

昔と違う! 変化に対応できない自分を棚に上げて、それを競馬界のせいする。それで「日本の競馬は危ない」などと書くのだから始末に負えない。危ないのは競馬ではなく、実は自分だったりする。

最近は夜が早くなった。これも歳をとった証であろう。なのに明日から大井はナイター開催がスタートする。かつて大井のトゥインクルレースといえば「夏の風物詩」だったはず。それが桜も咲かぬうちに始まるという。ちょっと早くないか。寒いし、眠い。それでまた文句になる。年寄りの小言は止まらない。

Ooi 

リタイアしたら平日の昼間っから競馬場に通うのを楽しみにしていた。が、その人生設計には若干の変更を余儀なくされそうな気配である。なにせ、船橋でさえナイター開催に踏み切る時代だ。そうなったら、浦和開催のない平日の昼間は、いったい何をして過ごせばよいのか。誰であれ、いずれは必ず老人になる。つまるところ人生とは、実は上手に歳をとる努力をすることに尽きるのかもしれない。

 

◆TCK ELDER CLUB は来期会員を募集中◆

東京シティ競馬オフィシャルサイト
http://www.tokyocitykeiba.com/news/19754

 

***** 2015/03/15 *****

 

 

 

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2015年3月14日 (土)

選択肢

不肖の娘が携帯電話の機種を交換することになり、しぶしぶと量販店に同伴した。

ガラケーからiPhoneへの交換である。たかがそれだけで貴重な土曜日の2時間が空費されてしまった。ある程度覚悟していたこととはいえ、これに勝る虚しさを探せといわれてもなかなか見つかるものではない。

それにしても、なぜに日本の携帯電話料金はかくも分かりにくいのであろうか。世界中の通信事業に詳しい人物に言わせれば「地球上で最も複雑」だという。ここまで細分化することになんの意味があるのかと思わせるほどの膨大な種類のプランに加え、次から次へと繰り出されるオプションの数々。選択肢が多いことは豊かさの象徴―――。どこかでそんな言葉を聞いたことがあるが、その意味をはき違えた末に、誰もが袋小路に迷い込んでいるように思えてならい。

「選択肢が多いことは豊かさの象徴」という言葉は、「馬券の種類を増やせ」と主張する競馬評論家も、かつては頻繁に使っていたように思う。つい最近まで日本の馬券は、単・複・枠連の3種類しかなかった。日本が世界一の馬券売上額を誇ることになった要因のひとつが、我が国が世界に誇る「枠連」にあったことは疑いようもない。だが、1991年の馬番連勝複式導入を皮切りに、現在ではひとつのレースで買える馬券は8種類に増えた。レース確定後に発表される的中馬券は、なんと12通りもある。

それだけあればもっと当たってもよさそうな気がするのに、自分の買った馬券は相変わらず当たらない。なぜか。的中馬券の種類は増えても、勝つ馬は1頭だけで変わりがないからである。

Kakutei 

自分の本命馬が見事先頭でゴールインしても、その勝負に見合うだけの配当金を得られなければ話にならない。実は多くのファンが発売締切り直前になって悩んでいるのは、本命をどの馬にするかなどではなく、どの馬券をどのように買うか。その一点であったりする。

単勝勝負か? 馬連流しか? 馬単ボックスか? 3連単1頭軸マルチか? あらゆるオッズや手元の軍資金とも相談しつつ、金額配分も決めなければならない。なにせ3連単なら買い目は数十点。百点を超えることも珍しくはない。そうこうしている間にも、発売締切は刻々と迫りつつある。

昔はそんなことで頭を悩ます必要はなかった。枠連の組み合わせ数は最大でも36通り。本命が穴馬ならば、単勝と複勝も加えておけばよい。馬単で万馬券を的中しておきながら、「3連単で買っておけば10万馬券だったのに……」などと、万馬券的中の喜びより10万馬券を逃した悔しさが勝るような、そんなおかしな感情が沸き起こることも、あの当時はなかった。

現代の馬券テクニックは、どの馬を買うかではなく、どの種類の馬券を買うかの巧拙が問われると言っても過言ではない。これが選択肢を増やした末に我々が掴んだ豊かさの姿。携帯電話の料金プランであれ馬券の種類であれ、「豊かさ」という名の不便に翻弄される我々を四半世紀前の人たちが見たら、きっと笑うのではないだろうか。

 

***** 2015/03/14 *****

 

 

 

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2015年3月13日 (金)

武蔵野線の読書

数年前に眼を患ってから、電車内で携帯電話・スマホの類をいじることを極力避けるようになった。こうしたテキストを打つにも、以前は電車の中を決め込んでいたのだが、最近は犬の散歩を終えた朝の時間帯。それもパソコンから入力することが多い。ブログを読み返してみるに、かつては大半を占めた日記的な要素が消え、雑感が増えたのはそのせいだと思う。

「電車の中で読書している人が多くてビックリした」

30年ほど前に山形から上京した知人の言葉である。だが、今では本に代わって乗客の多くが手にしているのはスマホ。乗客は座席に座るなり、あるいは吊り革を掴むなり、まるで条件反射のようにスマホを手に取る。最近になって読書派に転じた私は、きっと時代の反逆児に違いあるまい。

とはいえ、昔は車中の読書というものを苦手にしていた。まず周囲が気になる。過剰なアナウンスも煩い。興が乗ってきたところで、そこが乗り換え駅であることにハタと気づき、慌てて電車を飛び出すなんていうのも興醒めだ。だが、私も歳を重ねて妥協することを覚えた。読むのは集中力を必要としない簡単な内容の本にする。乗り換えが多いのなら、切れ目が多いエッセイ集なども良い。そんな工夫を重ねて、電車の中の私と読書とは比較的良好な関係を築きつつある。

さらに、最近では思いがけぬ長旅をするようになった。武蔵野線の端から端までを乗り潰す機会が増えたのである。

昨日も書いたが、ダイオライト記念は見ることができなかった。だが、ひとつ前の10Rまではワタシ船橋競馬場にしっかりと居たのである。愛馬の敗戦を見届けて、トボトボ歩いて南船橋駅へと辿り着くや府中本町行の武蔵野線に乗り込んだ。目的地は終点の府中本町駅。そこまでの所要時間、なんと1時間24分である。

普段の通勤や通学にそれくらいの時間を費やしていらっしゃる方もいるかもしれないが、ひとつの路線の起点から終点までを1時間半近く座り続けることはそう多くはあるまい。しかも、そこは東京の北側に大きな弧を描く武蔵野線である。実際、この日も私が乗り込んだ車両において、南船橋から府中本町まで座り続けていたのは、私ひとりだった。

これだけの連続した時間は、逆に言えば贅沢である。だから、この日は多少なりとも集中力を必要とするハードカバーを携行した。

Book 

「馬の自然誌」(著/J.エドワード・チェンバレン)は、ウマという愛すべき存在が、人類の歴史にどれだけ影響を与えてきたかを、博物学、生物学、人類学、考古学といった学問のジャンルを超越した視点で語る画期的な一冊である。船橋競馬場、中山競馬場、浦和競馬場、そして東京競馬場を結ぶ武蔵野線で読むのに、まこと以て相応しい。

乗り換えを気にすることもなく、ガラガラに空いた車内で頁を手繰り、古代の馬たちに思いを馳せる時間は意外なほど甘やかに過ぎてゆく。活字を追うのに疲れれば、車窓から移ろいゆく武蔵野の夕景を眺めれば良い。そして再び頁に目を落とす。ささやかではあるけれど、これは確かにひとつの贅沢であろう。愛馬が負けたことなど、たちどころに忘れさせてくれる……なんて効果があれば言うことはないのだけれど。

 

***** 2015/03/13 *****

 

 

 

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2015年3月12日 (木)

ストレスを食べ尽くせ

最近、土日ならびに水曜に身動きが取れない日々が続いている。南関東に住まう競馬ファンとしては、致命的と言わざるを得まい。昨日もダイオライト記念を見ることができなかった。

発走時刻をあと10分早くしてくれれば……。どれだけそう思ったことか。発走が16時20分では「駅すぱあと」をどれだけ駆使したところで、次の予定に間に合わないのである。ちなみにホクトベガが勝った1996年は16時10分の発走だった。

Vega 

そんなことをクヨクヨ考えていると、生きる希望を失ってしまうので(大袈裟)、勢い食い道楽に走ることとなる。満たされぬ欲求を別の欲に置き換えて満たすことができるのは私の特技。競馬欲の欠乏は食欲で満たせばよい。

フラフラとやってきたのはラゾーナ川崎プラザ。ここの4Fにある『あんぷく』は、つるとんたん的な創作うどんで人気を集めているという。

Kakuni 

オーダーしたのは「豚角煮と煮玉子のゴマだれつけうどん(温)」。いかにも濃厚そうなそのつけ汁は、意外やサラッと軽めで、しょっぱさよりはゴマの味が際立つ。だが、湯だめのうどんに合せるなら、見た目相当の濃さでも良いかもしれない。期待したほど絡まないのである。冷たい盛りうどんでもオーダーできるらしいから、次はそれを試してみよう。

Umagena1 

この程度ではダイオライト記念を逃したストレスはとても埋まらないので、そのまま1Fに移動。創作うどんの直後ゆえ、次は正統派のうどんが食べたい。フードコート内に店を構える『うまげな』は、あの「はなまるうどん」が手掛けるお店である。冷たいぶっかけを注文し、丼を受け取り、390円を支払って、カウンター席に移動し、ぞぞぞーっと完食したのち、丼を下膳口に置いて店を出た。この間1分もかかっていまい。

Umagena2 

うどんの良さのひとつはこのスピード感。分単位の勝負に屈してダイオライト記念を断念した翌日だけに、少しばかり溜飲を下げた思いがする。それにしてもこんな状態が続けば太ってしかたないゾ。

 

***** 2015/03/12 *****

 

 

 

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2015年3月11日 (水)

被災地・船橋

今日は船橋でダイオライト記念が行われた。例年3月中旬に行われるこのレースが、5月に行われたことがある。それはスマートファルコンが勝った2011年のこと。理由は言うまでもなく、2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響である。

Smart 

地震発生直後に中止された大井10Rから、4月12日に川崎が再開されるまでのまるまる1か月間。帯広ばんえいを除き、東日本からいっさいの競馬が消えた。

Tokyo 

津波が街を押し流し、原発が煙を吹き、電力不足から東京の夜が暗闇と化した中で、競馬どころではなかったのは当然のこと。だが、不謹慎な告白をすれば、「ひょっとしたら、このまま東京から競馬が無くなってしまうのではないか」という不安に苛まれていたのも事実。南関東の厩舎に馬を預ける身として、競馬を心配せぬわけにはいかなかった。地震発生後に船橋の調教師と連絡が取れた時の私の第一声も、「馬たちは大丈夫ですか?」だったような気がする。我ながら恥ずかしい。まずは調教師、ご家族、スタッフの安否を尋ねるべきだが、先の見えない不安の中で私も取り乱していた。

その時、電話口から聞かされた船橋の惨状は予想を大きく上回るものだった。家族、スタッフ、そして馬たちは無事。それは良かった。だが、周囲がひどいことになっている。あちこちから泥水が噴き出して、ダートコースは水浸し。亀裂が入っている箇所もある。電信柱が傾いて停電しているし、水道も使えない。

Denchu 

コースが使用不能であることは明らか。馬に断水というのも厳しい。1か月に及ぶ開催中止のうち、大井、川崎、浦和の3場は自粛の色合いが濃かったが、こと船橋に関して言えば、そこが被災地ゆえであった。いま思えば、5月に競馬が再開されたこと自体が、奇跡のようにも思えてならない。

あれから4年。今年から船橋で始まるナイター開催は、この震災によって大幅に落ち込んだ入場客を取り戻す目的で計画が始まったという経緯がある。4年目の節目に“被災地・船橋”の記憶をあらためて思い起こすと同時に、変わりゆく船橋競馬場の姿も目に焼き付けておきたい。

 

***** 2015/03/11 *****

 

 

 

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2015年3月10日 (火)

【訃報】オリエンタルアート

「これでメジロマックイーンの血も残るね」

4年前の日本ダービーのこと。驟雨に煙る東京競馬場での口取りを終えたばかりの社台グループ関係者が、嬉しそうに呟いた。勝ったのはオルフェーヴル。だから血が残ると言っても、それは父系ではない。そんなことは分かっている。でもそれは問題ではない。実際にそうは口に出さなかったが、冒頭の言葉にはその気持ちが滲み出ていた。

Derby 

先週末に飛び込んできたオリエンタルアートの訃報に接して、真っ先に頭に浮かんだのはこの時のやりとりであったように思う。ステイゴールドとの間に産まれたドリージャーニーとオルフェーヴルが、GⅠ9勝と大活躍。だが、ドリームジャーニーはともかくオルフェーヴルの誕生には、数奇なめぐり合わせがあった。

オリエンタルアートの競走成績はダートでの3勝。引退後、初年度の配合相手にステイゴールドが選ばれたのも、それほど深い理由はなかったと聞く。だが、そこで産まれたドリームジャーニーが、なんと2歳チャンピオンに輝いてしまった。オリエンタルアートは当たりかもしれない。翌年の配合相手にディープインパクトが選ばれたのも、いわば当然の成り行きであろう。しかし、都合3回も種付けを試みたのに、一向にとまる気配がなかった。

このままでは繁殖シーズンを棒に振ってしまう。かといって2歳チャンピオンを送り出した繁殖を、空胎のまま一年を過ごさせるわけにもいかない。そこで牧場関係者は最後の賭けに出た。ステイゴールドが空いているから付けてみよう。すると今度は一発でとまったではないか。それがオルフェーヴルである。

ドリームジャーニーは毛色も馬格も顔立ちもステイゴールドに似ているのに対し、弟のオルフェーヴルは初めて母親と同じ栗毛に出た。面長な顔立ちも、母の父であるメジロマックイーンに似ている。当初はそのせいで、ドリームジャーニーと同じ配合ではあるものの、同じような活躍をするとは思われていなかったフシがある。それがディープインパクト以来となるクラシック3冠を制し、有馬記念や宝塚記念を勝ち、凱旋門賞で2年連続2着する歴史的名馬に成長するのだから、やはり競馬は面白い。

Mac 

ステイゴールドの急逝は先月5日のこと。あれあらまだ1か月しか経っていない。そんなベストパートナーの後を追うかのように、メジロマックイーンの血を後世に繋いだ牝馬は駆け足で逝ってしまった。あらためて彼女の残したものの大きさを思い知る。合掌。

 

***** 2015/03/10 *****

 

 

 

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2015年3月 9日 (月)

逆襲の関東馬

先週末は東西でクラシックのトライアルがスタート。チューリップ賞をココロノアイが、弥生賞をサトノクランが勝って、それぞれ桜花賞と皐月賞の有力候補に名乗りを上げた。

珍しいことに―――と書いては関係者に失礼かもしれないが、両馬とも関東馬である。美浦・栗東の両トレセン間の“西高東低”が叫ばれて久しい。だが、その格差も近年は徐々にだが解消に向かっているとも聞く。設備面の充実に加え若手調教師の躍進。今年行われた3歳重賞9鞍を所属別に見ると、関東5勝に対して関西4勝と、なんと現時点で関東が勝ち越している。これは1992年以来23年ぶりの出来事だ。

関東馬の躍進を象徴するのが、今年の牝馬クラシック戦線であろう。衆目一致の横綱・ルージュバックを筆頭に、3戦無敗でクイーンCを制したキャットコインもいる。ココロノアイは唯一の重賞2勝馬となった。むろん2歳女王ショウナンアデラも忘れてはならない。これにフェアリーSを勝ったノットフォーマルも含めた関東馬5頭が、現時点で3歳牝馬賞金ランキングのトップ5を占めているのである。こんな春は筆者も記憶にない。

だからと言って、本番に繋がる保証がないのが競馬でもある。思い起こすのは3年前の春。この年の桜花賞路線は、関東馬が質量ともに関西馬を圧倒しているように思えた。なにせ、チューリップ賞(ハナズゴール)、報知杯フィリーズレビュー(アイムユアーズ)、アネモネS(パララサルー)と、関東馬がトライアルレースを全て勝ってしまったのである。これは史上初の出来事だった。

だが、終わってみれば関西馬・ジェンティルドンナがこの年のクラシックを席巻することとなる。規格外のタレントが1頭いれば、もはや東も西もない。問題は、そうした怪物が出現するのが、なぜか関西に限られるという点であろう。

Brian

そういえば、弥生賞が関東馬のワンツーフィニッシュで決まったのも、1994年のサクラエイコウオー&エアチャリオット以来21年ぶりの出来事だという。だが、この年の牡馬クラシックも関西馬がまとめてさらってしまった。怪物・ナリタブライアンがいたことは、この年の関東馬にとって不運と言うほかはない。

 

***** 2015/03/09 *****

 

 

 

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2015年3月 8日 (日)

シーズン開幕

天下の弥生賞だというのに府中に行かねばならん。

もちろん弥生賞が行われるのは中山であるから、私が府中に行くのは競馬とは全く関係のない仕事のためである。

Yayoi1 

ここでも何度か書いたことだが、私の中の暦では、一年は弥生賞に始まりジャパンカップで終わる。有馬記念やフェブラリーSといったGⅠレースは、私の競馬暦のスキームに当てはめればシーズン外のエキジビジョンマッチみたいなもので、それほどのこだわりを持つものではない。逆に弥生賞は大事な大事な一年の始まり。いわば正月である。平成に入って弥生賞観戦を欠かしたのはフジキセキが勝った1995年の一度のみ。この時は友人の結婚披露宴でスピーチと写真を任されることになり、「いや、その日は弥生賞が……」などと言い出せる状況ではなかった。

Yayoi2 

だから、今日という日は、自分の競馬史の中における汚点として永らく胸に刻まれることになろう。2015年3月8日。弥生賞の勝ち馬はサトノクラウン。一生忘れまい。

Yayoi3 

仕事が終わった頃にはすっかり日も暮れており、メンバーと軽く打ち上げ。

たかが飲み会とバカにできないのが打ち上げである。仕事本体より打ち上げの方がメインだったりするから不思議でならない。インタビュー場所のレストランのチョイスが多少失敗であっても「ま、いっか」で済まされたりするのに、その後の打ち上げ会場のチョイスが失敗だったりしたらエラいことになる。テーブルひっくり返して「女将と板長を呼べ!」などと怒鳴る奴が出かねない。

Sato 

運の悪いことに今日は私が幹事役。しかもよりによって日曜である。競馬帰りに使う店なら心当たりがあるものの、今日は競馬とは距離を置くべきであろう。だから、分倍河原の名店『佐とう』が日曜も営業してくれていたことには、感謝の言葉もない。旬の魚と地鶏料理の美味い店だが、私はひそかに煮物が素晴らしいと思っている。“正月”にふさわしいご馳走にありつけたから、とりあえずヨシとするか。2015年の競馬シーズンが、いよいよ始まった。

 

***** 2015/03/08 *****

 

 

 

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2015年3月 7日 (土)

【訃報】アドマイヤオーラ

2007年の弥生賞を勝ったアドマイヤオーラ急死の知らせが、よりによって弥生賞の週に飛びこんできた。放牧中の事故が元になったという。11歳とは若い。船橋のコアレスピューマのように、まだ元気にレースを走っている同期もいる。

Yayoi 

初年度産駒は昨年2歳デビューを果たしたばかり。それでも今日まで中央地方合わせて14頭が27勝を挙げる活躍を見せている。おかげで今年は種付け申し込みが殺到。昨年の23頭から、今年は既に150頭を超える申し込みがあったという。さすがは女傑ブエナビスタの半兄―――。そんな評価が固まってきた矢先の訃報である。関係者はさぞ肩を落としていることであろう。

弥生賞以外の重賞では、シンザン記念と翌年の京都記念を勝っている。そこで負かしたのが、ダイワスカーレットとウオッカであることは、彼の名誉のために強調しておきたい。2004年生まれの牡馬は、総じて肩身の狭い思いを強いられているのだが、そういう中にあってウオッカとダイワスカーレットの女傑2頭に勝った唯一の牡馬がアドマイヤオーラ。たまたまGⅠのタイトルに手が届かなかったとはいえ、その潜在能力はGⅠ級だったに違いない。

Yayoi2 

ところで、アドマイヤオーラが勝ったこの弥生賞は別の側面でも意味を持つ。期せずしてこのレースが、武豊騎手がこの厩舎の馬に乗り、武豊騎手がこの勝負服を着て勝つ最後のJRA重賞となった。当時は珍しくもなかった―――むしろ見飽きてさえいた―――こうした光景を、ファンが目にすることがなくなって久しい。この春を境に、日本の騎手事情は劇的な変化を遂げてゆくこととなる。あれから8年。そんなファンや関係者の様々な感情も抱えて、アドマイヤオーラは逝ってしまった。

Yayoi3 

新馬戦で後続に2秒1もの大差をつけたクロスクリーガーや、地方で既に4勝を挙げているコンドルダンスなど、産駒には大物感溢れるタイプが目立つ。残された数少ない産駒の中から、父の果たせなかったGⅠ制覇を成し遂げる大物は現れるだろうか。意外に心細いアグネスタキオンの父系という観点からも、期待を込めて注目していきたい。

 

***** 2015/03/07 *****

 

 

 

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2015年3月 6日 (金)

異端のスプリンター

明日の中山メインは芝1200mのGⅢ・オーシャンS。

今年が10回目と、まだ歴史の浅い重賞だが、重賞に格上げされる前から重賞級のメンバーが揃うレースだった。1998年はハンデ戦のオープン特別として実施された。勝ったのはトップハンデ58キロを背負ったシンコウフォレスト。彼はこの勝利をステップに高松宮記念までも制し、一躍チャンピオンスプリンターへと駆け上がってゆく。

Forest1 

シンコウフォレストの母は名牝と名高いパークエクスプレス(Park Express)。自身が愛チャンピオンSを勝っただけにとどまらず、ダービーなどGⅠ5勝のニューアプローチ(New Approach)を筆頭に、ワズ(Was・オークス/英GⅠ)、アルフレッドノーベル(Alfred Nobel・フェニックスS/愛GⅠ)、クワイエットオアシス(Quiet Oasis・米重賞2勝)、ヤングプリテンダー(Young Pretender・ラロシェット賞/仏GⅢ)と、自らを起点とするファミリーラインから次々と活躍馬を送り続けている。今や世界的に枝葉を広げる良血ファミリーにあって、いちばん最初にGⅠのタイトルを手にしたのがシンコウフォレストだった。

だから、無敗の2歳チャンピオンに輝き、クラシック3冠の期待さえかけられていたニューアプローチの陣営が、3歳シーズン開幕前に「ダービーには向かわない」と発表した時は、半兄にあたるシンコウフォレストがスプリンターとして活躍していることが原因であろうと憶測を呼んだほど。世界の競馬史に名を残すほどの名馬のストーリーに、日本の馬の名前が登場したのだから今思えば驚く。実際には、直前になって「やっぱ出る」と言い出し、ダービー史上に残る圧勝劇にもっと驚かされることになるのだけど。

Forest2 

シンコウフォレストは通算で9勝を挙げたが、9勝すべてが1200m戦であったことはいかにもスプリンターらしい。だが、その勝ち時計でもっとも早かったのは、1997年3月の武庫川Sでマークした1分8秒8。あとはすべて1分9秒以上を要した。負けたレースを含めても1分7秒台で走ったことはない。そういう意味でも彼は異端のチャンピオンスプリンターであった。

 

***** 2015/03/06 *****

 

 

 

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2015年3月 5日 (木)

24年ぶりの再戦

シスタートウショウが亡くなった。27歳。老衰だという。無敗のままレースレコードで駆け抜けた桜花賞もさることながら、最後方追走から直線だけの競馬でイソノルーブルにハナまで迫ったオークスが想い出深い。手綱を取ったのは、当時若干20歳の角田晃一騎手。クラシックの大舞台だというのに、プレッシャーなど微塵も感じさせぬその騎乗ぶりに舌を巻いた覚えがある。

Sister 

あの日から24年。既に騎手を引退し、調教師へと立場を変えた角田師が、昨日のエンプレス杯に管理馬を送り込んできた。マンハッタンカフェ産駒のケイティバローズ。準オープンの身とはいえ、ダートグレードレースも2度目の参戦ならば4番人気以上の着順も期待できそうだ。

Kt 

しかし勝ったのは2番人気のアムールブリエだった。2周目の4コーナーを2番手で回ると、逃げた1番人気ワイルドフラッパーを余裕たっぷりの手応えで交わして、3馬身の差をつける完勝。お母さんはヘブンリーロマンスだから、“エンペラーズカップ”優勝馬の娘が“エンプレスカップ”を勝ったことになる。

Aml01 

1000万条件から3連勝でのJpnⅡ制覇。3着に敗れた関東オークスのレースぶりから、跳びが大きく小回りコースは向かないのでは?と懸念していたのだが、今日のレースを見る限り心配はなさそうだ。しかも鞍上は、一昨年の牝馬ダートグレード路線をメーデイアとのコンビで勝ちまくった浜中騎手。アムールブリエ時代の幕開けかもしれない。

Aml02 

ケイティバローズは3着。やはり準オープンの身には重荷だったか。思えば勝ったアムールブリエを管理するのは、あのオークスでシスタートウショウがハナ差及ばなかったイソノルーブルの手綱を取っていた松永幹夫調教師である。となれば、角田師もこのままでは引き下がれまい。新女王時代の幕開けもいいが、一ファンとしては、新たなライバル物語の始まりの方が胸が高まるもの。ケイティバローズの巻き返しに期待したい。

 

***** 2015/03/05 *****

 

 

 

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2015年3月 4日 (水)

【府中うどん探訪③】平次のおうどん

分倍河原、府中と続いて、今日は東府中のうどんです。

Mise 

東京競馬場東門から北に歩いて6~7分。東府中駅近くの甲州街道沿いに暖簾を掲げる『平次のおうどん』は、肉汁うどんと揚げたて天麩羅をウリにする人気店だ。この日も11時半の時点でほぼ満席。競馬開催日であったが、客のほとんどが家族連れで、見たところ私以外に競馬客の姿はない。

肉汁うどんを前面に推している店なので、この界隈特有の褐色の地粉うどんを想像したくなるが、意外や出てくるのは白く艶のある麺である。噛めばもっちり、啜ればつるっとした喉越しが心地良い。どう考えても、これは讃岐うどんであろう。

となれば、注文にもひと工夫欲しい。オススメだという肉汁うどんなどには目もくれず、メニューの片隅にひっそりと身を潜める「ぶっかけ」と「鳥天」をオーダー。完全に讃岐うどん専門店と同じスタイルで攻めてみる。

Udon 

聞けばこのお店は香川の「吉原食糧」と深いつながりがあるらしい。香川県内に約600店あるうどん専門店の、約半数を取引先に持つという業界最大手で、国産の小麦にも力を入れている製粉会社ならばこの麺のスタイルも頷ける。実際、ぶっかけはすこぶる美味い。なぜこれをもっと前面に推さないのだろう。たしかに周囲を見渡せば、肉汁うどんを注文しているお客さんが多いのは事実。それがメニューの効果なのか、あるいは土地柄のせいなのかは分かりかねるが、私はこの麺のひやあつで食べてみたい。

Toriten 

そんなことを考えながらうどんを啜っていると、「お待ちどう様です」と言って、目の前に銀のトレイが差し出された。私がオーダーした鳥天である。ありゃ。すっかり忘れていた。時間がかかったのはチキンカツほどの大きさのせいか、あるいは揚げたてをウリにするあまりか。いずれにせよ丼の中に麺はもう残り少ない。

それでも残されたダシと大根おろしに絡めて食べる。熱々でジューシー。衣の具合も悪くない。うどんが残っていればなお良かった。おそらく私の口がうどんを吸い込むペースが早過ぎたのであろう。次はうどんだけが後続を離して飛ばすような展開にならぬよう、気を付けなければなるまい。

 

***** 2015/03/04 *****

 

 

 

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2015年3月 3日 (火)

今日は桃の節句

母親以外はみな男という家庭に育ったので、ひな祭りというイベントとは無縁の人生を歩んできた私だが、今は一転、それを「忘れてた」では済まされぬ生活を送っている。

何を隠そう今の我が家は私を除いた全員が女子。妻子3人も、飼い犬も、ついでに浦河の牧場に預けている繁殖牝馬も、それにくっついているシニスターミニスターの仔もことごとく女子なのである。とても男子の主張が通るような状況にはない。

今日も出がけに「まさか飲んで帰ってきたりはしないわよね」とクギを刺された。一瞬ギクっとした直後にハッと思い直し、「はっはっは。何を言ってるんだ。今日はひな祭りだろう。早く帰るに決まってるじゃないか。ちらしずし作るのを手伝わなきゃな、うん」などと取り繕いつつ、慌てて玄関を飛び出した。

実は馴染みの鮨店から「平戸から見事な鮃が入りました。年に数本の上モノです。いま締めてますんで、明日あたりがちょうど食べ頃です」と、昨日言われたのである。「行く、行く。絶対行く!」と伝えてほくそ笑んでいたのだが……、諦めるほかはない。

そんなわけで早々に帰宅。しくしくと半ベソをかきながら、黙々と飯台の酢飯を切り続けた。

Sushi 

それにしても、なぜJRAには端午ステークスはあるのに、“桃ステークス”とか“ひな祭り賞”といったレースがないのであろうか。レースの命名においては、何より季節感を大事にするJRAである。しかも昨今は特別レースの増加に伴い、その命名にも苦労していると聞く。なのに桃花賞さえも1999年を最後に消えてしまった。また、タンゴノセックという馬はいたはずだけど、モモノセックという馬が登録された形跡はない。競馬界は女の子の節句に冷たいのだろうか。我が家の女子たちがそれを知れば、たちまちJRAに抗議の電話を入れるかもしれないから、ここは黙っておこう。

Tango 

端午ステークスは、5月の京都開催で行われる3歳オープンのダート1800m戦。過去の勝ち馬には、レギュラーメンバー、ゴールドアリュール、カネヒキリ、サクセスブロッケン、ハタノヴァンクールと錚々たる名前が並ぶ。ちなみに牝馬の出走も可能で、2004年にはロジータの娘アクイレジアが勝利している。

そも「端午」とは何なのか?

端午とは五月に入って最初の午(うま)の日のことを指すのだそうだ。古くより五月は邪気の多い月とされ、菖蒲やヨモギのような香りの強い草を使って、邪気を払う様々な儀式を行ったとされる。また、悪霊を退治するために馬から弓矢をいる儀式も行われ、これが現代まで続く流鏑馬の源流となった。

要するに、もともとは男女の区別に何ら関係ない行事であった上、そこには馬が絡んでいる。だから競馬で端午が特別扱いされていても、それに文句を言う筋合いはないのである。

それにしても桃花賞の響きがJRAから消えてしまったのは残念だ。桃花賞に代わって中山に移設されたのは桜花賞トライアルのアネモネSだが、アネモネの花を頭に思い描ける人が、競馬ファンの中に果たしてどれほどいるだろうか。どちらも同じ春の花だと言われたところで、それが身近なものでなければ季節感を感じることは難しい。

 

***** 2015/03/03 *****

 

 

 

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2015年3月 2日 (月)

初勝利を目指して

川崎は青空の広がる競馬日和。たったいま第1レースのゲートが開いた。

Kawasaki 

スタートしたのは4歳未勝利戦。念のために書いておくが「3歳未勝利戦」の誤記ではない。同期がクラシックを戦うのを横目に見ながら最下級条件戦を走り続け、それでも勝利を掴めぬまま4歳の春を迎えた8頭の競走である。そんなレースをわざわざ見たいか? いや、私だってわざわざ見に来たのではない。とある調教師に用事があったので、なるべく早めに済ませてしまおうと重い腰を上げてきた。

最下級条件の一戦だが、思いがけないことにレース前のパドックは一種独特の緊張感が漂っていたのである。既に2歳馬の入厩も進んでいる厩舎では、4歳の未勝利馬は肩身が狭かろう。いつまでも待ってもらえるとは限らない。今日この一戦に馬の進退をかける陣営もある。そう思えば緊張感が漂っても不思議ではない。

1r 

念願の初勝利を掴んだのはキングヘイロー産駒のシンボリハッキネン。だが、気になるのは負けた馬たちである。

最低人気で3着に入ったホウザンサヤカは、これまで掲示板にすら載ったことがなかった。初めての賞金14万円を獲得し、「よしこれで残った」と関係者に笑顔がはじける。お母さんは大井で13勝を挙げ、的場文男騎手とのコンビで重賞戦線でも活躍したホウザングラマー。当時を知る一人としては、その子の活躍を願わずにはいられない。

Houzan 

5着のキューブはノーザンファーム産の牝馬。お母さんがシークレットルームということは、2冠馬・クラーベセクレタの妹ではないか。それがなぜこんなところに……と思わないでもないが、血統通りに走らないのがまた競馬でもある。

Secretroom 

このメンバーで勝ち馬から2秒近く離された結果を見て、陣営がどのような判断を下すのか。少し心配になったが、意外にもレース後はポジティブな言葉が相次いだ。続戦だそうである。サンデーレーシングがこの血統を未勝利で終わらせるわけにもいかないか。411キロにまで減った馬体を見れば、少し間を空けてあげたいところだが、4歳未勝利馬に休みなど有り得ない。初勝利を目指す4歳馬たちの戦いは、まだまだ続く。

 

***** 2015/03/02 *****

 

 

 

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2015年3月 1日 (日)

【府中うどん探訪②】武蔵野うどん

先日紹介した分倍河原『喜三郎』の隣、京王線府中駅を降りて徒歩1分。『武蔵野うどん』はその屋号のとおり、太くてコシの強い麺を温かいつけ汁に浸けていただく、いわゆる「武蔵野うどん」を出すお店。料理名そのものを敢えて屋号に据えたのは、相当の覚悟があることの現れであろうか。

Musashino 

だが、店の雰囲気は極めてアットホーム。富山から届くホタルイカやゲンゲ、白エビなど一品料理のメニューはことのほか充実しており、さらに夜になるとおでんが楽しめるのも嬉しい。だから店内はいつも常連客で賑わっている。

Menu 

なかでも私の大好きなおつまみが、この「すりかま揚げ」。

Suri 

灰色でいびつな形をした外見とは裏腹に、これが滅法美味い。ニギスという魚のすり身でつくったカマボコを軽く揚げただけなのだが、絶妙な弾力と滋味深い味わいがたまらない。品切れになっていることも多く、そういう日にぶつかると―――うどんを食べに来たはずなのに―――ものすごく落ち込む。

生ビール、すりかま揚げ、そして肉汁うどん。これがこの店における私的三本柱。だが、酒を飲めない日もある。うどんを待つ間、酒も飲まずにすりかま揚げだけをつまむのもなんとなく切ない。そういう時はこの一杯を頼むことにしている。

Suriudon 

つけ汁にすりかま揚げが入った「すりかま盛りうどん」は、ガッシリした歯ごたえの手打ちうどんと、ふわっと柔らかいすりかま揚げが同時に楽しめるすぐれモノ。つけ汁をまとったすりかま揚げも、また美味い。メニューには、温かいかけうどんにすりかま揚げが入った「すりかまかけうどん」というのもあるのだけど、そこは武蔵野うどん。つけ汁でいただくスタイルの方が、この特徴的な麺の美味さをより引き出すように思える。

 

***** 2015/03/01 *****

 

 

 

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