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2015年2月12日 (木)

JRA騎手ミルコ・デムーロ

既に報じられているように、イタリアのミルコ・デムーロ騎手、フランスのクリストフ・ルメール騎手が、揃ってJRA騎手免許試験に合格。3月1日から晴れて「JRA騎手」となる。とりわけ2度目のチャレンジで念願の合格を果たしたミルコ騎手にとっては、喜びもひとしおであろう。

Mirco1 

身長160cmで童顔、ときおり見せる人懐っこい笑顔でファンから親しまれる騎手だが、地元イタリアでは「荒馬」の異名を取るファイタータイプの騎手であると聞けば、日本の競馬ファンは意外に思うかもしれない。

ミルコが初めて短期免許で来日したのは1999年秋。当時の短期免許(期間3か月)での最多賞記録はペリエが97年にマークした28勝だったが、それを上回る29勝を挙げ、厩舎関係者のみならずファンに対しても「乗れる」印象を強く刻み付けた。

私が初めてミルコの手綱捌きに驚いたのは、初来日からひと月余りが過ぎた2000年正月の新春S。人気薄のシンコウエドワードを勝利に導いたレースだった。そのステッキアクションの速さ、馬を追う動作の無駄の無さに舌を巻いた記憶がある。レース後、すぐに「いま関西で乗ってるデムーロという騎手は凄い。いずれ大きなレースを勝つぞ」というメールを馬仲間に送ったはずだが、まさかそれからわずか3年後に日本ダービーを勝ってしまうとは夢にも思わなかった。

Neo 

ネオユニヴァースで皐月賞と日本ダービーを制したミルコはJRAをも動かしてしまう。同じ年に同一馬でGⅠを2勝以上した外国人ジョッキーに限り、短期免許期間が終了していても、その年に同じ馬でGⅠに騎乗可能となるとのルール変更がなされた。短期免許が切れる時期に行われる菊花賞に、ミルコが乗れるよう配慮したルール改正であることは言うまでもない。

Mirco2 

この年の日本ダービーが行われた6月1日は、本来なら彼は専属契約を結ぶイタリア国内で騎乗せねばならないはずだった。しかし彼は、母国の有力厩舎との契約と異国の日本ダービーとを天秤にかけ、日本を選んでくれたのである。異例とも言えるJRAの素早い対応は、デムーロの心意気に感じるものがあったから―――かどうかまでは知る由もないが、普段なにつけ役所的な対応の遅さを指摘されるJRAにしては、迅速かつ画期的な対応だった。あれから12年。ミルコが騎手試験制度変更の最初の適用者となったのも、もはや単なる偶然や巡り合わせと済ませるわけにはいくまい。

Mirco3 

既にJRA通算354勝。GⅠも10勝。日本ダービーではネオユニヴァースの馬上で涙を流し、そのネオユニヴァースの子・ヴィクトワールピサで優勝したドバイワールドカップでは、震災直後の日本に向けて“I love Japan !”と叫んだ。天皇賞での天皇陛下への最敬礼のシーンは、まだ多くのファンの瞼に焼き付いているに違いない。もやは彼は日本競馬の歴史の一部となっている。日本人よりも日本人らしいと言われるミルコ・デムーロ騎手の、新たな騎手人生の始まりに注目だ。

 

***** 2015/02/12 *****

 

 

 

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