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2015年2月28日 (土)

師弟の絆

数多くの名馬を育てた名伯楽・大久保洋吉調教師が、今日の中山開催を最後に調教師を引退した。ラストデーの出走はショウナンアイとベルゲンクライの2頭。その手綱はいずれも吉田豊騎手に託された。

大久保師が、馬だけではなく騎手も育ててきたことは、競馬ファンなら誰もが知っている。「いちばん思い出に残る馬」と師が公言するメジロドーベルの手綱を任せたのは、当時デビュー3年目で重賞も未勝利の吉田豊騎手だった。いくら所属騎手とはいえ、クラシックを狙える期待馬である。鞍上を不安視する声が無かったはずがない。実際、阪神3歳牝馬Sの直前には、ヤネを替えてはどうかという意見も周囲にはあったという。

Dober2 

だが「騎手を育てるのも調教師の使命」と、愛弟子をそのまま起用して挑んだ阪神3歳牝馬Sで見事なレコード勝ち。師の信念が結実した瞬間だった。一方、期待に応えてみせた吉田騎手にとっては、初重賞がGⅠレースという離れ業。なかなかできることではない。以後、メジロドーベルが引退するまでの全21戦に騎乗し続け、その経験を生かして千勝を超す一流騎手へと成長することになる。調教師の英断が名馬と名騎手を生み出した典型であろう。

Dober3 

吉田騎手が競馬学校を卒業して厩舎の所属騎手となった1994年3月以降、大久保洋吉厩舎が挙げた平地レースでの勝利は524を数えるが、そのうちの7割にあたる370勝が吉田騎手の手綱によるものだ。2番目に多いのが高橋智大騎手の20勝だから、この数字がいかに多いか想像できるだろう。2007年の有馬記念で、ルメール騎手をハイアーゲームに乗せたのを最後に、WSJSを除けば外国人騎手を起用したこともない。馬だけでなく騎手も育てるという信念は、調教師生活の最後まで貫かれた。

関東若手の星と言われた吉田豊騎手も4月には40歳となる。大久保厩舎一筋21年。今や完全に死語となった「師弟愛」をごく自然に語ることのできる騎手など、JRAではもはや彼だけではあるまいか。ラストランのベルゲンクライは4着。負けはしたが、検量前に吉田騎手を出迎えた大久保師のその顔は、まごうかたなき笑顔だった。

 

***** 2015/02/28 *****

 

 

 

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2015年2月27日 (金)

悲しい金曜日

いったい何があったのか? 分らないことが多すぎる。慎重に記憶を辿り、たとえわずかな手がかりでもと思いを巡らせたところで、結局推測の域を出ることはない。

だから後藤浩輝騎手の突然の訃報について、原因だとか、周囲への影響とか、なぜこのタイミングなのかとか、そういったことを考えるのはいっさいやめておこう。そんなことをしても自分が辛くなるだけである。

2012年には小島貞博調教師と青木芳之騎手が、翌13年には元騎手で当時は厩務員をされていた平目孝志氏が自殺した。地方競馬を含めればもっとたくさんの競馬関係者が自ら命を絶っている。それだけ因果な商売ということか。他の競技で選手・監督の自殺という話をこれほど聞くことはない。競馬サークルは特殊な世界。それは分かっているつもりでも、この数字は目に余る。

しかもこうした傾向は何も日本に限った話ではない。中でも有名なのは英国における伝説的騎手、フレッド・アーチャーの悲劇であろう。

1857年に生まれたアーチャーは、弱冠12歳で初勝利を挙げると、早くも17歳で2000ギニーを勝ち、クラシックレース初制覇。ダービーを制したのは20歳の時である。通算8084戦2748勝。3割4分という驚異的な勝率を誇り、「馬と話せる男」の異名を取った。

クラシックレース通算21勝、チャンピオンジョッキーに輝くこと13回。20代の騎手とは思えぬ成績を残したことを思えば、もし順調に騎手を続けていれば、不滅の大記録を樹立していたに違いない。しかし悲劇は29歳の秋に突然訪れた。病気療養中だった彼は、病室で「やつらが来たか」と呟くと突然拳銃を取り出し、自分の頭を打ち抜いてしまったのである。

馬と心を通わすことを神から特別に許された人たちの行動は、私などには到底理解できるものではないのだろうか―――。

週末の出馬表から後藤騎手の名前が消えていることをJRAのサイトで確認していたら、中山記念の文字が目に飛び込んできた。2007年にローエングリンで後藤騎手が勝ったレースである。

Goto1 

2年間も勝利から見放されて苦しんでいたローエングリンと久々のコンビを組み、見事な逃げ切り勝ち。しかも、それが師匠・伊藤正調教師の400勝という節目の勝利にもなった。その目はゴーグルに隠されてはいたけれど、引き揚げてきた彼が涙ぐんでいたことを私は知っている。あるいはこの時、後藤騎手はローエングリンと心を通わすことができたのかもしれない。

Goto2 

あの中山記念から8年。今年はローエングリン産駒のロゴタイプが出走するではないか。ローエングリンで重賞を3勝した後藤騎手が、その種牡馬入りに果たした役割は決して小さくない。そう思うと、やっぱり「なぜ」と思ってしまう。思ったところでどうしようもないのだけど……。

 

***** 2015/02/27 *****

 

 

 

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2015年2月26日 (木)

ポテトとガルベス

築地のとある病院でとある検査を終えたのが11時半。だが、医師による診断は13時半から始まるという。つまりこれから2時間を潰さねばならない。ゆっくり昼飯を食べるにしても、混み合う時間の長っ尻は店に迷惑をかけるだけだし、隅田川沿いを散歩しようにもあいにく外は雨。さあ、どうしたものか。

そこで向かったのは、こちら。

Padock 

築地から大井競馬場って遠いようで実は意外と近いのである。築地→東銀座→新橋→大門(浜松町)→天王洲アイル→大井競馬場前。二度の乗り換えが面倒くさいのだが、駅数で言えば5つしかない。ともあれ正午には競馬場に着いてしまった。重賞が行われた昨日は来られなかったのに、来られる時はいとも簡単に来れてしまう。

Potato1 

とりあえず軽くジャガイモでも食べようかと、『東京ロティサリー』でローストポテトをオーダー。そしたら、お店の方が、「いまサービス中なんですけど……」といって、看板を指さした。

Kanban 

おお! これは嬉しい。ならば軽くも重くもあるまい。ぜひダブルでとお願いして、山盛りのローストポテトを抱えてスタンドに上るとちょうど4レースの出走馬が入場してくるところであった。ジャガイモ越しに眺める馬の姿はなんとも美しい。

Potato2 

4レースはC3クラスの1400m戦。直線で内から抜け出したコウヨウマーメイドが後続を突き放し、これは勝負あったかと思わせたところに、大外から伸びたガルベスが見事に差し切ってみせた。

Ooi 

希少になりつつあるタップダンスシチー産駒の7歳牡馬は、これが通算7勝目。その内訳は、稍重3勝、重3勝、不良1勝で、良馬場では勝ったことがない。お父さんのタップダンスシチーが9馬身もの大差で逃げ切った2003年のJCも重馬場だった。道悪の巧拙は遺伝に現れやすい。

Jc 

ローストポテトの残りを食べつつ、モノレールの駅へと向かう。チキンから滴り落ちた脂をまとって焼き上げられたジャガイモのなんと美味しいことか。ローストポテトのWサービスは明日までやっているそうです。

 

***** 2015/02/26 *****

 

 

 

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2015年2月25日 (水)

【府中うどん探訪①】喜三郎

東京開催が終わったばかりだけど、府中の美味しいうどん屋さんをいくつか紹介したい。

武蔵の国の中心地という立地上、東京競馬場周辺のうどん専門店は、おしなべて武蔵野うどんの系譜にある。だが、ちょっと歩けば立派な讃岐うどんを出す店がないわけではない。大国魂神社から旧甲州街道を西に向かって歩くこと15分。最寄駅は「分倍河原」だが、競馬場からだと歩いた方が早いかもしれない。

住宅街にひっそりと佇む讃岐うどんの店『喜三郎』。もしこの店が、競馬場の至近にあったならば、東京競馬開催時におけるランチ事情は激変していたであろう。少なくとも私に限って言えば、これは決して誇張ではない。

たいていの店ではオーストラリア産ベースの小麦粉を使っている中にあって、こちらでは北海道産100%の粉にこだわり続けている。ダシには軟水を使い、塩は麺の粘りが最大になるよう工夫された46億年塩。むろん化学調味料などは使わず、代わりワインが隠し味に一役買っている。

例によっていちばん端のカウンターに座り、いつも通り「カマタマ大盛り」を注文して待つこと10分。運ばれてきたうどんがこちら。湯気でレンズが曇ってしまった。

Kisaburo2 

温泉玉子を崩し、醤油を少なめにかけ回してから、一気にうどんを掻き混ぜる。もわっと立ち上がる湯気から溢れ出る小麦の香りの、そのなんと芳しいことか。北海道産の小麦だと思うと、その香りがいっそう親密に感じられるのである。

湯気が収まるのを待って、ひと口すすってみる。麺にはほんのりと薄い塩味がついていて、醤油は少なめで十分。聞けば、海水から精製した自然海塩を使っているそうだ。塩はうどんのコシを生み出す原動力にもなるが、あまり多いと風味に角が立つ。その絶妙なバランスを舌で感じ、しかるのちに痛快な喉越しを味わう。まさに至福の瞬間である。

Kisaburo 

ちなみにこちらは昨年春の東京開催時に食べた「ぶっかけ+天ぷらトッピング」。竹輪、玉子に挟まれた稚鮎の天ぷらが嬉しい。うどんだけでなく、季節の天ぷらを楽しめるのもこの店のウリ。カマタマも美味しいが、天ぷらうどんも相当に美味い。でも両方食べれば、その分だけ腹も出る。それがこの店の抱える唯一の問題なんだよなぁ。

 

***** 2015/02/25 *****

 

 

 

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2015年2月24日 (火)

府中で味わう築地の味

日曜の最終レースが終わってから1時間ほど府中市内で時間を潰さなければならない事情があり、うどんでも食べるべぇと府中駅近くの『汁るべ家』の暖簾をくぐった。

Shirube1 

そしたらこのメニューが目に飛び込んできたのである。

Shirube2 

『鳥藤』(とりとう)と言えば築地の名店。狭い路地の狭い店は普段から行列が絶えることがない。その味が競馬帰りの府中で味わえるのだとしたら愉悦である。頭の中に詰まったうどんへの思いを振り払い「親子丼ください!」と叫んだ。

出来上がりを待つ間に考えたのは、先ほど競馬場で伺った某馬主氏との会話である。

一般に「馬主」と聞くとホットな人種というイメージを思い浮かべるかもしれないが、実は彼らはクールさも十分備えている。もちろんここで言う馬主というのは、いわゆる「クラブ会員」ではない。両者の間には決定的とも言える差がある。それをは一言で表せば一頭の馬に対する責任ということになろうか。

馬の一挙手一投足から目を離さず、精神状態にも目を配り、合理的かつ冷静な―――場合によっては冷徹な―――判断を下す。ハナの2着に敗れてあからさまに消沈したりはせず、勝って驚きはしても無邪気にハシャいだりはしない。

昨年のオーナーランキングで1~4位までをクラブが占めた。そのトップの座に君臨したのは、総口数400口のキャロットファームである。大勢の小口会員がGⅠ馬の“オーナー”となる時代だからこそ、オーナーシップというものをあらためて見直したい。以前私は一口出資クラブで競馬を楽しむファンの代表のような立場に置かれたことがあるから、こんなことを言うのは気が引けるのだけど、やはり自分で一頭を持たねば馬のことは何も分からぬのであろう。その馬主氏との会話の中身を、ここで詳らかにするわけにはいかぬのだが、思い返すほどに含蓄が深い。

親子丼が運ばれてきた。

Shirube3 

親子丼というと、「ふわふわ」とか「とろとろ」といった具合に“子”の美味さばかりがクローズアップされがちであるが、『鳥藤』の親子丼はそうではない。ゴロっと大きな“親”が存在感を存分にアピールしているのである。ぎゅうっと噛めば、赤身肉本来の深い旨味が溢れ出し、しかるのちに玉子とダシをまとったご飯を一気にかき込む。美味い。さすが『鳥藤』の名を掲げるだけのことはある。

人の話も、親子丼の鶏肉も、しっかり噛み応えがある方が嬉しい。

 

***** 2015/02/24 *****

 

 

 

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2015年2月23日 (月)

Tapitの産駒たち

昨日の東京競馬場では、メインのフェブラリーS以外でも大歓声が湧き上がるシーンがあった。9レースに行われたヒヤシンスSは、ダートのオープン特別という一見地味な存在でありながら、その出走馬からサクセスブロッケンやアグネスデジタル、さらにはコパノリッキーといったフェブラリーS優勝馬を輩出してきた出世レース。来年のフェブラリーSで主役を務めるような3歳馬が、この中にいるかもしれないと思えば、ファンのボルテージが上がるのも無理はない。なにせ、この日はフェブラリーSの当日である。

そういう意味ではゴールデンバローズの勝ちっぷりは、来年のフェブラリーSを予感させるに十分だった。若干出負けして道中は10番手。直線坂下でも、まだ前との差は6馬身以上ある。だが、やおら馬群の外に持ち出されると、一頭だけ別次元の脚色で一気に前を捉えた。逆に3馬身半もの差をつけたのだから圧勝である。楽な競馬でなかった分だけ、そのスケールは計り知れない。

Golden 

父は話題のTapit。昨年の北米リーディングサイアーは、今シーズンの種付け料が前年の15万ドルから、30万ドルへと倍増したという。我が国でも、ゴールデンバローズだけでなく、タップザットやシンボリタピットが早々とオープン入りを果たすなど、産駒の活躍が目覚ましい。

Tap 

日本でもっとも知られたTapit産駒と言えばテスタマッタ。GⅠ2勝を含む重賞4勝の成績を残して昨年引退した彼は、実はTapitの初年度産駒である。その当時の種付け料は1万5千ドル。それが10年後に20倍になるのだから種牡馬事業の世界は恐ろしい。ちなみに、今年デビューするかもしれないヘヴンリーロマンスの2013の父もTapitだそうだ。注目を集めること必至であろう。

Udon 

ヒヤシンスSが終わって『むぎんぼう』でかきあげうどんを啜っていると、同じテーブルについた2人の若いファンが、「テスタマッタが日本で種牡馬になれなかったのは納得できない」と憤慨していた。昨年の根岸S7着を最後に現役を引退したテスタマッタは、そのまま韓国に渡って種牡馬となったのである。「貴重なTapit直子のGⅠ馬を、むざむざ流出させた関係者は先を見る目がないのかな」。相手もそう言っている。ずるずるとうどんを啜りながら、私は黙って彼らの話を聞いていた。

Testa 

ゴールデンバローズの圧勝ぶりを見た直後だから、なおさらそう感じるのであろう。だがしかし、種牡馬Tapitのブレイクは、なにも昨日今日に起きた出来事ではない。昨年のテスタマッタ引退の時点で、既に米国ではトップクラスの評価だった。日本国内のみならず、関係者は米国からのオファーも探っていたはず。そうした諸々の結果の韓国行きでなのある。

こうなった以上、ゴールデンバローズやタップザットの方で種牡馬入りを期待してはどうだろうか。両馬とも次走はUAEダービーを展望しているという。勝てば文句なしだろう。

 

***** 2015/02/23 *****

 

 

 

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2015年2月22日 (日)

4勝目のフェブラリーS

フェブラリーS史上初の連覇を達成したコパノリッキーの手綱を取ったのは、前走から乗り替わった武豊騎手。フェブラリーS(フェブラリーハンデ当時を含む)最多の4勝目は、自身1年3か月ぶりのJRA・GⅠ勝利となった。

Take1 

連覇のかかるレースで決して有利とは言えぬ4番枠を引いてしまった。出負けしてしまえば、ほぼ勝機はない。なにせチャンピオンズカップで前科を持つ馬である。しかも、圧倒的1番人気。これがプレッシャーにならぬはずがない。

だが、本人はいたって平然と人気に応えてみせた。いや、レース後のコメントでは開口一番「ホッとしました」と言ったくらいだから、「平然と」というのは違ったかもしれない。だが、本人はプレッシャーはあった方が良いと常日頃から言っていたように思う。プレッシャーをあっさりと克服してしまうように見せるあたりが、武豊の武豊たる所以であろう。

レースは、逃げるはずの2番枠コーリンベリーが立ち遅れるというまさかの幕開け。あっという間にコーリンベリーは最後方に置かれた。内枠はこれがあるから怖い。番手からの競馬を見込んでいたコパノリッキーはどうするのか? しかし、武豊騎手に慌てた様子は見られない。

実は、コーンベリーの大出遅れでもっとも慌てたのは、コーンベリーからの馬券を買っていた私である。単騎逃げの利がミエミエなのに、どの新聞を見ても無印。これは昨年のコパノリッキーの再現があるかもしれない。「みんな忘れっぽいなぁ。へっへっへ」とほくそ笑みながら買った馬券を握り締めてスタートの瞬間を迎えた私は、ゲートが開くと同時にショックのあまり気を失い、目の前の机に突っ伏してしまったのである。

Take2 

ハッと意識を取り戻すと、コパノリッキーが先頭ゴールを果たす寸前ではないか。いかん、いかんと、慌ててカメラを構える。だが、ファインダーを通して見えたゴールのシーンは、なぜかゴールドアリュールの勝ったフェブラリーSであった。きっとまだ頭が正気に戻っていないのだろう。コーンベリー大出遅れの衝撃はなまなかではない。

Gold2 

2003年のフェブラリーSは中山で行われた。武豊騎手の勝った初めてのフェブラリーSでもある。その産駒で同じレースを勝つなんて、なかなかできることではない。だいたいが12年も経てば置かれた境遇も変わってしまうもの。この勝負服を見ればそんな思いも深まる。それでも、それをサラリと実現してしまうあたりが、武豊の凄さ。それを実感した一日だった。

 

***** 2015/02/22 *****

 

 

 

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2015年2月21日 (土)

ダートの状態を見極めろ

冬の東京開催もいよいよラストウィーク。明日のフェブラリーSに向けてダートの具合を見極めておきたい。

1レースはダート1400mの未勝利戦。1番人気のラテラスがスタートから先手を奪うと、直線で並びかけてきたリミットブレイクも軽くあしらって3馬身半差の完勝を収めた。

1r 

Harlan's Holiday産駒の外国産馬。しかし母の父のA.P.Jetの名前には聞き覚えがある。1992年の京成杯の勝ち馬エーピージェットは、現役引退後に米国に渡って種牡馬となっていた。

Apjet 

普通ならGⅢ1勝の成績で種牡馬になれるとは考えにくい。だが、ゴーンウェストやノウンファクトの近親という母系に加え、父のFappianoが若くして亡くなっていたこともあり、米国への逆輸入という形での種牡馬入りが実現した。2005年にはニューヨーク州のリーディング種牡馬にも輝いている。キャリア36戦のうちの25戦は、写真の的場均騎手(現調教師)とのコンビだった。

3レースのダート1600mの新馬戦も逃げ切り決着。しかし今度は単勝万馬券の波乱である。勝ったプラニスフィアはディープスカイ産駒の牝馬。牡馬相手の7馬身差だから凄い。

3r 

手綱を取った的場勇人騎手は先ほど紹介した的場均調教師のご子息。これが今年の初勝利となった。なかなか騎乗馬に恵まれなが、この勝利が何かのきっかけになるといい。明日のフェブラリーSに出走するサトノタイガーの、JRA時代の主戦は誰あろう的場勇人騎手だった。御神本訓史騎手負傷で、的場勇人騎手とのコンビが復活か?と思ったのも一瞬、指名されたのは三浦皇成騎手。そりゃま、当然ですよね。

さて、上記2頭は逃げ切りだが、最終レースは直線でガラリと変わる追い込み決着だった。時計もそこそこ出ている。じゃあ、明日のフェブラリーSは何なんだ?……わからない。そもそもダートの状態が分かったからといって、勝ち馬がわかるわけがありませんよねぇ。しかも明日は雨の予報。困ったな。

 

***** 2015/02/21 *****

 

 

 

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2015年2月20日 (金)

土曜日の男

関東圏における土曜競馬のテレビ中継といえばテレビ東京の「ウイニング競馬」。

その番組内で解説を務められている原良馬さんは、1933年10月のお生まれだから、なんと御年81歳! この年齢になってなお、電車に揺られて競馬場に通い、その上テレビカメラの前で矍鑠たる振る舞いを続けられていることには、もはや感銘を通り過ぎて驚きを禁じ得ない。他の出演者が尊敬の念を込めて「レジェンド」と呼ぶのも頷ける。

己が同じ歳になった時に、果たしてここまでできるだろうか……。

―――なんて想像力を働かせる以前の問題として、既に現時点で「疲れた」とか「眠い」とか言って競馬をサボっているのだから、もはや比べる資格すらあるまい。なにせ相手はレジェンドである。

しかし上には上がいる。昔、浦和競馬場にズバ抜けて高齢の予想記者がいた。あやふやな記憶で申し訳ないが、たしか90歳くらいまで現役で予想を続けられていたはず。騎手経験もおありだったらしく、それゆえ予想も他の記者とはひと味違っていた。明治生まれで、予想稼業は昭和初期からと聞けば、そも年季が違う。

原良馬氏が競馬記者となったきっかけは、スピードシンボリが野平祐二騎手の巧みな手綱捌きで馬群から抜け出し、菊花賞馬アカネテンリュウを鼻差退けた1969年の有馬記念。このレースの特集記事を「週刊読売」に書いたことがすべての始まりだった。このとき原良馬氏36歳だから、業界入りは決して早い方ではない。それでも45年以上に渡り、スマートで分かりやすい予想や解説をファンに提供し続けてきた。

Ryouma 

もっと若い時分には、俳優座の養成所に所属されていた経験を持つ。同期は市原悦子さんや大山のぶ代さん。競馬好きで知られる森田芳光監督の映画「愛と平成の色男」で、バーテンダーの役を好演されていたことも今となっては懐かしい。俳優から競馬記者へ。なんと華麗な転身であろうか。テレビやトークショーで見せる落ち着いた語り口や身のこなしは、様々な経験がもたらす賜物なのであろう。土曜日はテレビの前でレジェンドの予想を楽しむのも悪くない。

 

***** 2015/02/20 *****

 

 

 

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2015年2月19日 (木)

金曜日はカレーの日

「金曜日はカレーの日」という声をたまに聞く。

たとえば海上自衛隊でも金曜日は「カレーの日」。これは旧海軍から続く麗しき伝統で、洋上での長期任務中に曜日感覚を取り戻すための工夫とされる。ちなみに、もともとは土曜の昼にカレーが食べられていたのだが、週休2日制が世間に定着してからは、現在のように金曜に変わったとのこと。むろんカレーは栄養補給にも適しており、各艦・各部署が独自の味を編み出してきた。そのレシピは立派な“軍事機密”だというから、たかがカレーと侮れない。

Tackle1 

東京競馬場のお隣、分倍河原駅の改札を出て目の前の角に佇む『立来』(たっくる)は、早朝から営業しているごく普通の駅前の立ち食いそば屋。だが、一部のファンには「牛すじカレー」の美味い店として認知されている。辛さよりも牛すじが醸し出す甘さが勝るカレーは、お米もすじ肉も国産を使用。口の中でほろほろと溶ける牛すじ肉はカレーとの相性も抜群だ。たかが立ち食いそば屋のカレーと侮れぬ。

Tackle2 

以前にも紹介した府中の大東京綜合卸売センター内に店を構える『そこそこ』は、『立来』と同じく立ち食い店なのだが、こちらの牛すじカレー(下写真)は本格的に辛い。一口ごとに汗が噴出してくるのが分かる。市場内で働くツワモノにはこれくらいが妥当なのだろうか。

Soko 

しかもこのカレー、府中観光協会推奨認定品にも指定される逸品だというからまた驚く。言われてみれば、大量の牛すじ肉から引き出した旨味は、痛烈な辛さに決してひけを取らぬ。たかが市場内の食堂のカレーと侮ってはいけない。

Umasoba 

牛すじカレーといえば、東京競馬場フジビュースタンド4F『馬そば深大寺』の牛すじカレーうどんも美味いですね。これ、カレーライスで食べたらどんな味になるんだろう? 今度、白飯持参で「ここにかけてください」とお願いしてみようか。きっと侮れぬ味だと思うのだが。

 

***** 2015/02/19 *****

 

 

 

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2015年2月18日 (水)

始まりと終わりの木曜日

ある意味において、競馬は木曜日に始まる。

まず午前中に南関東の翌週の登録馬が発表になる。自分の馬はもちろん、自分が関係する馬の出走する日時を確認すると同時に、他のメンバーを見渡して「勝ち負け」の可能性もある程度考える。勝ち負けになりそうなら行くし、負けそうだなと思っても、それが重賞当日の早い時間帯のレースなら、ちょっと早めに家を出るにこしたことはない。こうして翌週月~金の私の行動予定が決まる。だから、この登録馬発表が遅れたりするとイライラする。特に船橋。ここは金曜日までずれ込むこともあるから油断できない。

「500万下」「1000万下」という明確な所属条件があるJRAとは異なり、わずか数千円の獲得賞金の差で「組」が変わってしまう地方の下級条件馬は、次にいつ走るのかを正確に予想することが難しい。一方で、私も一応社会人なので、平日には競馬以外にやらなければならないことがたくさんある。だから「この馬は次はC3・五組あたりだろうから水曜日かな」などと、ある程度予想して数週間前あたりからざっくりとした予定を立ててあるのだが、実際に発表された登録馬がその通りに出走登録されたりすると、思わずガッツポーズをしたくなる。こういうのが当たる方が、馬券なんかよりよっぽど嬉しい。

続いて午後4時近くになると、週末のJRAの確定出走馬が発表になる。

こちらについても関係馬の出走状況を隅から隅までチェック。最遅で何時の電車で競馬場に行けば間に合い、帰途は最早で何時の電車に乗れるのかを「分」単位で把握しておく。かつてのように開門直後に入場して、最終レースが終わるまで競馬場に居座るようなことができない身なので、このスケジューリング作業をおろそかにすると、いろんな方面に迷惑をかけてしまいかねない。

それにしても、土日の行動予定が木曜日のうちに決められるようになったのは、ずいんぶんと助かる。かつてはそうではなかった。土曜のレースが金曜日、日曜のレースが土曜日に、確定枠順と同時に出走馬が発表されていたのは、そんなに遠い昔の話ではない。木曜一括投票が始まったのは1998年の秋。シンコウスプレンダの勝った京王杯の週からだった。

Kohai 

それ以前は、自分の愛馬が土曜に走るのか、日曜に走るのか。そもそも東京なのか、京都なのか、まさか小倉なのかさえ、前日まで分らなかった。もともと売り上げアップと除外馬対策を目論んで導入された木曜一括投票は、開始当初は厩舎関係者から反対の声もあったりもしたが、ファン目線で見ればごく当然の制度変更であろう。もう元には戻せまい。

ともあれ、これで週末から翌週金曜までの予定が決まる。決まってしまえば、あとはそのスケジュールに従って競馬場に足を運び、競馬を見るだけ。何時に家を出て、このレースにこの馬が出て、次のレースにその馬が出る。昼飯はあれを食べて、この電車に乗って帰ろう。そんなことを考えていると、実際に競馬場に行ったかのような、そんな錯覚さえ感じる。気持ちの上では、もう来週の競馬は終わっているのかもしれない。既に興味は、翌週のJRA開催および翌々週の南関東開催に向かっている。

 

***** 2015/02/18 *****

 

 

 

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2015年2月17日 (火)

水曜でどうでしょう

水曜日は南関東で重賞が行われる日としてすっかり定着した感がある。つい10年ほど前までは、月曜もあれば金曜もあれば日曜もあり。バラバラだった。実は今も重賞は水曜に行うといったルールや申し合せがあるわけではない。ただ、普通に月~金で開催すると、一番馬券の売れ行きが良いのが水曜日であることは経験上分かっていた。それでなんとなく「水曜でどうでしょう…」という具合に日程が収斂してきたように思う。

押上駅直結「東京ソラマチ」の6Fに、讃岐の老舗うどん店が県外初進出を果たして話題となっている。その名も『うどん本陣・山田家』。HTBの番組「水曜どうでしょう」のファンの方ならご存知であろう。四国霊場八十八ヶ所巡りなどの企画の中で、どうでしょう班が企画そっちのけで必ず訪れる人気店の支店だ。

Bukake 

番組のおすすめ「ざるぶっかけ」を注文。讃岐にしてはやや細めで柔らかい食感の麺だが、柔軟なコシは申し分ない。そしてほんのりと香る小麦の甘い風味。ここに昆布、鰹節、そしてイリコで引いたダシをかけ、ネギと花鰹をどっさり散らし、しかるのちにうどんを一気に啜る。美味い! うどんの美味さが真っすぐ伝わってくる。これなら企画そっちのけになる気持ちも分らないでもない。この日は船橋競馬場に向かう途中であったが、満足のあまり危なく家に引き返すところだった。

いちローカル番組に過ぎぬ「水曜どうでしょう」が、全国的な人気を博して久しい。その番組作りの根底にあるのは素人が起こすハプニングにあるという。もともとは予算がないための窮余の策だった。それで大学生だった大泉洋さんに企画を伝えずカメラの前に立たせ、いきなり「サイコロの旅」を撮ってみたところ、これが大ヒット。時間に限りがあるタレントと違い、ほぼ丸一日カメラを回していられるのだから、面白いことのひとつやふたつ出てくる。それが北海道民のみならず、東京の人間にも新鮮に映った。

カネがないのだからこの程度で仕方ない―――。

地方でやれることはこれくらいしかない―――。

それをしなかったことで、過去に例のない北海道発の大ヒット番組が誕生した。いかに知恵を絞るか。分かってはいても実際にやるとなると簡単ではない。だがそれでも成功できる。そんな希少な実例として、「水曜どうでしょう」は希望の星となった。困窮する地方競馬にとっても、この事例は他人事ではないように思えてならない。

 

***** 2015/02/17 *****

 

 

 

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2015年2月16日 (月)

火曜日は放馬に注意

トレセン内の放馬は珍しいことではないが、特に火曜日は放馬を知らせるサイレンを聞くことが多い。

トレセンの月曜日は全休がルール。馬たちは狭い馬房に閉じ込められて一日を過ごさねばならない。当然ストレスも溜まる。その翌日、すなわち火曜日になると、溜まったストレスを一気に爆発させた馬が騎手を振り落し、引手をふりほどいて放馬してしまうのである。まる一日休んだ馬たちは、元気が有り余っているものだから、つかまえるのも一苦労。「全休日明け」という言葉の持つのんびりした響きとは裏腹に、火曜日のトレセンには一種独特な緊張感が漂う。

Houba1 

馬が逃げても、必ず最後は馬自身が走り疲れて捕まえられるが、地下馬道や馬場への出入り口のような狭い場所で暴走する馬は危険極まりない。しかし、そういう時に魔術を目撃することもある。

トレセンではなく大井の能力試験での話だが、検量前の馬場で2歳馬が放馬。狂ったように走り出した。だが、誰も捕まえることができず手を焼いている。そこに駆け寄ってきたのは故・蛯名末五郎調教師。蛯名雄太調教師の御父上である。「何やってんだ!止めろ!」と一声。落ち着かせるために普段被っている帽子を振って暴れる馬に近づくや、それまでの暴走ぶりが嘘だったかのように立ち止まり、あっと言う間に手なづけてしまったのである。周囲からは「おぉ~!」という声が上がったが、「オーじゃねぇ!」と怒鳴るだけで、何事もなかったように立ち去ってしまった。

Houba2 

話をトレセンに戻す。

1998年の朝日杯を週末に控えた火曜日のこと。当時の新種牡馬・フジキセキの産駒としての初勝利を挙げ話題を集めたノボマーチャンが、調教のため厩舎から出たところで放馬。トレセン内を走る乗用車と衝突するという事故があった。馬は大事に至らず、車のボンネットがへこんだ程度で済んだのは不幸中の幸いであろう。火曜日の緊張感は、馬を操る人間だけでは済まないことを、このエピソードは示している。

 

***** 2015/02/16 *****

 

 

 

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2015年2月15日 (日)

ロマンの始まる月曜日

週末のロマンは月曜日に始まります―――。

そんなキャッチコピーで競馬ファンの心をくすぐり続けるのは、ご存じ「週刊競馬ブック」。競馬ファンにとって月曜日と言えば、競馬週刊誌の発売日である。こうした雑誌のおかげで、ファンは一週間かけて週末のレースをじっくり検討することができるわけだ。

Xasshi 

このエントリの付日は日曜だが、大半の人がこれを読む頃には日付が変わっているだろから、敢えて今日書く。ともあれ、現在発刊されている競馬週刊誌は、老舗の「週刊競馬ブック」とサンスポ系の「週刊ギャロップ」が双璧。かつてはそこに報知系の「競馬報知」も加わり3強時代を形成したこともあった。

1971年創刊の競馬報知は東京を中心とした東日本地域に、毎週十五万部を発行してきた。特徴を一言で言えば馬券中心主義。その週のメインとなる重賞の予想が半分以上の頁を占め、特に厩舎情報では、日刊紙ではひと言で終わってしまうような関係者のコメントなどが、余すところなく掲載されることで人気を博した。ただ、発売地域が東日本ということで当時勢いを増していた関西馬の情報に弱かったことに加え、93年に創刊された週刊ギャロップの煽りを受け、「ファンファーレ」と名を変えたのち98年に廃刊となっている。

93年10月の創刊から瞬く間に若いファンの心をつかんだのが週刊ギャロップ。「馬券」よりも「レジャー」としての競馬に軸足を置くスタイルで、読者参加のPOGや競馬場のグルメ情報など、既存週刊誌にはなかった企画を次々と打ち出した。秋元康氏がコラムの執筆陣に加わっていたことも、いま思えば興味深い。衝撃だったのは、前日の重賞レースのグラビアがカラーで掲載されたこと。カジュアルな内容だけがクローズアップされがちなギャロップだが、当時の常識では不可能とされていたことを実行してみせた“媒体力”も、ギャロップの人気を考える中で実は見逃せないファクターのひとつであろう。

Gallop 

こちらの写真はギャロップの創刊号。表紙はこの週の秋の天皇賞に出走予定だったメジロマックイーンで、掲載記事には「JRAがアラブレースの廃止を通告」や「美浦トレセンに坂路コースが完成」というものがある。新参の雑誌と言いつつ既刊22年目。歴史を感じますね。

週刊競馬ブックは3誌の中でもっとも古い64年の創刊。正統派競馬ファンならびにホースマンの教科書として、今もその立場が揺らぐことは無い。こういう時代に本格路線を貫くことの難しさを知る身としては頭が下がる思いもする。それでいて若手のライターやフォトグラファーにも頁を提供することも厭わない。成熟されたジャーナリズムの姿がそこにある。競馬週刊誌はその国の競馬文化を映し出す鏡。これからも競馬の奥深さを届けてほしい。

 

***** 2015/02/15 *****

 

 

 

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2015年2月14日 (土)

馬券的中と引き換えに

「チョコレートが苦手」と書いた昨日に続いて、たいそう意外な告白をする。どういうわけか、年が明けてから馬券の成績が良い。なんとここまで大幅プラス収支。「どういうわけか」と書くくらいだから、自分でも理由は分からない。理由がわからないというのは、何であれ薄気味悪いものである。

予兆は年末からあった。なんとなく買った有馬記念が当たると、返す刀で年明けの中山開催もプラス収支。東海Sでは殺し馬券のつもりで買ったコパノリッキーの単勝がまさかの的中で喜ぶに喜べず、根岸Sと東京新聞杯もうっかり的中してしまった。こんな1月2月を経験したことなど、かつてないのではないか。

Tokyo 

ただ、読者諸氏ならびに税務関係者におかれてはどうかご安心いただきたいのだが、根がセコい私の購入単位は極めて小額なので、当った当ったと騒いだところで受け取る払戻金は子供のお年玉程度でしかない。いずれ収支がマイナスになることも分かっている。だが心配なのはそんなことではない。私の馬券下手は知る人ぞ知る。それが当たるのだから嫌な予感がするのである。こんなはずはない。この先何かとてつもない不幸が待ち構えているんじゃないか―――。

嫌な予感は報知グランプリカップの船橋で的中した。普段使用しているカメラが突然死んだのである。電源は入っている。背面モニタも正常表示。なのにレリーズを押しても動こうとしない。画像が記録されないのはもちろん、フォーカスを合わせようとする素振りさえ見せぬ。挙句の果てに、ボディ内部からは「ギー」という不気味な鳴き声が漏れてきた。

電源のオフ・オン、レンズの脱着、クリーニングモードなど、あらゆるリセット操作を試みてはみたものの、改善の兆しはない。昔のカメラなら裏蓋を開ければどうにかなったのに、昨今のデジタルカメラはもはやコンピューター機器。荒療治を受け付けてもくれないのである。撮影は予備のカメラで事なきを得たが、新たなカメラを買わねばならぬ。これで馬券の儲けなどたちどころに吹っ飛ぶ。

ところがカメラの故障は単なる前触れに過ぎなかった。船橋から帰宅すると家人が洗濯機がもうダメだという。ならば買うしか仕方あるまい。カメラよりもそっちが大事である。すると今度は家の電話が鳴った。ものすごく嫌な鳴り方だったので出たくなかったが、そうもいかないので、恐る恐る受話器を取ると実家の父親である。なんだ?と聞けばクルマの調子が悪いという。

いや、ちょっと待て。簡単に言うな。カメラや洗濯機とは桁が違うではないか。しかし相手の住む町では自家用車がなければ生活に支障が出かねない。電話を叩き切るわけにもいかず、ウンウンと相手の話をとりあえず聞き、具体的な話はまた後日とお茶を濁してその場を凌いだ。

このままでは、娘が「ディープインパクトのオトコ馬が欲しい」などと言い出す恐れすら漂う。とりあえず明日は量販店で洗濯機を探し求めて、それで厄落としということにしよう。馬券なんて「当たらないなぁ…」と悩むくらいがちょうどいい。

 

***** 2015/02/14 *****

 

 

 

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2015年2月13日 (金)

明日はバレンタインデー

こう話すとたいていの相手は意外だという顔をするのだが、実はチョコレートを大の苦手としている。

アレルギーが出るとか、幼少時にチョコレートにいじめられたトラウマを持つととか、そんな明確な理由はない。ただ味が嫌いなだけ。体型の割に血糖値が低いことでは助かっているが、見かけがデブというだけで「甘いもの好きでしょう」とチョコレートを出されたりするので、どちらかと言えば困ることの方が多い。若い頃はバレンタインデーに持ちきれないほどのチョコレートをもらって死ぬほど困った……なんて経験をすることが全くなかったことは、不幸中の幸いであろう(笑)

明日はバレンタインデーである。

だが最近のバレンタインデーは、私が学生の当時とは趣を多少異にしているらしい。自分へのご褒美とし、高級チョコを買って自分で食べる女性が増えているのだという。かくいう我が家の二人の娘は「友チョコ」と称して女友達同士でチョコを交換するのだと、手作りチョコの作成に余念がない。そもそも私が学生の当時は「義理チョコ」さえも存在していなかったはず。イベント好きで、それをアレンジして楽しむ日本人の国民性と言えばそれまでだが、ここまで好き勝手にされては「バレンタインS」が廃止になってしまうのも無理はない。

サイレンススズカやオフサイドトラップが優勝馬に名を連ねるバレンタインSは東京開催の5日目、すなわち明日が例年の施行日だった。本馬場入場時に「バレンタイン・キッス」や「チョコレイト・ディスコ」といった楽曲が使用されたことを懐かしむ向きも多かろう。明確に廃止と明言されたわけではないのだけれど、この5年間施行されていない。

一方で、競馬においてはチョコレートが禁忌の地雷を踏むこともある。お菓子のチョコレートにはコーヒーほどではないにせよ、その成分にカフェインを含むものが多い。厩舎を訪れた馬主の子供が遊び半分で馬にチョコレートを与えたりするとエラいことになる。実際、米国ではそれで失格になった馬がいた。

Choco 

キリスト教徒にとっての本来のバレンタインデーとは大切な人に愛を伝える日。欧米では男性が女性に花を贈るのが一般的だという。そういう意味では、明日の小倉7Rに出走するフラワーハートあたりには注意を払っておきたい。

 

***** 2015/02/13 *****

 

 

 

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2015年2月12日 (木)

JRA騎手ミルコ・デムーロ

既に報じられているように、イタリアのミルコ・デムーロ騎手、フランスのクリストフ・ルメール騎手が、揃ってJRA騎手免許試験に合格。3月1日から晴れて「JRA騎手」となる。とりわけ2度目のチャレンジで念願の合格を果たしたミルコ騎手にとっては、喜びもひとしおであろう。

Mirco1 

身長160cmで童顔、ときおり見せる人懐っこい笑顔でファンから親しまれる騎手だが、地元イタリアでは「荒馬」の異名を取るファイタータイプの騎手であると聞けば、日本の競馬ファンは意外に思うかもしれない。

ミルコが初めて短期免許で来日したのは1999年秋。当時の短期免許(期間3か月)での最多賞記録はペリエが97年にマークした28勝だったが、それを上回る29勝を挙げ、厩舎関係者のみならずファンに対しても「乗れる」印象を強く刻み付けた。

私が初めてミルコの手綱捌きに驚いたのは、初来日からひと月余りが過ぎた2000年正月の新春S。人気薄のシンコウエドワードを勝利に導いたレースだった。そのステッキアクションの速さ、馬を追う動作の無駄の無さに舌を巻いた記憶がある。レース後、すぐに「いま関西で乗ってるデムーロという騎手は凄い。いずれ大きなレースを勝つぞ」というメールを馬仲間に送ったはずだが、まさかそれからわずか3年後に日本ダービーを勝ってしまうとは夢にも思わなかった。

Neo 

ネオユニヴァースで皐月賞と日本ダービーを制したミルコはJRAをも動かしてしまう。同じ年に同一馬でGⅠを2勝以上した外国人ジョッキーに限り、短期免許期間が終了していても、その年に同じ馬でGⅠに騎乗可能となるとのルール変更がなされた。短期免許が切れる時期に行われる菊花賞に、ミルコが乗れるよう配慮したルール改正であることは言うまでもない。

Mirco2 

この年の日本ダービーが行われた6月1日は、本来なら彼は専属契約を結ぶイタリア国内で騎乗せねばならないはずだった。しかし彼は、母国の有力厩舎との契約と異国の日本ダービーとを天秤にかけ、日本を選んでくれたのである。異例とも言えるJRAの素早い対応は、デムーロの心意気に感じるものがあったから―――かどうかまでは知る由もないが、普段なにつけ役所的な対応の遅さを指摘されるJRAにしては、迅速かつ画期的な対応だった。あれから12年。ミルコが騎手試験制度変更の最初の適用者となったのも、もはや単なる偶然や巡り合わせと済ませるわけにはいくまい。

Mirco3 

既にJRA通算354勝。GⅠも10勝。日本ダービーではネオユニヴァースの馬上で涙を流し、そのネオユニヴァースの子・ヴィクトワールピサで優勝したドバイワールドカップでは、震災直後の日本に向けて“I love Japan !”と叫んだ。天皇賞での天皇陛下への最敬礼のシーンは、まだ多くのファンの瞼に焼き付いているに違いない。もやは彼は日本競馬の歴史の一部となっている。日本人よりも日本人らしいと言われるミルコ・デムーロ騎手の、新たな騎手人生の始まりに注目だ。

 

***** 2015/02/12 *****

 

 

 

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2015年2月11日 (水)

春の陽気に誘われて

気温10度、南寄りの風と快晴の日差しに恵まれた船橋競馬場に、報知グランプリカップの出走馬が姿を現した。

Funa 

人気はトーセンアレス、サーモピレー、そしてトーセンアドミラルの順。だが、春を思わせる陽気に身を置けば、「開花予想」が気になってくるのが日本人の性(さが)というものであろう。

Kaika 

買ってしまった……。単勝35倍の8番人気なら100円でじゅうぶん。

Baken 

レースはトーセンアドミラルの逃げをサーモピレーとトーセンアレスが追う展開。人気馬の先行でぺースはよどみない。最後方に控えたカイカヨソウにとっては好都合。シメシメとほくそ笑む。

だが、直線に向くと、大外に持ち出したバトードールの末脚爆発。一度は先頭に立ったトーセンアレスをゴール寸前で捕え、8歳にして嬉しい重賞初勝利を果たした。

Konno 

重賞のゴールで今野忠成騎手を撮るのは久しぶり。一昨年の暮れに大きな落馬をした影響で、昨年は13年ぶりに年間百勝を達成できず、重賞も未勝利に終わった。だが、決してその手綱さばきが鈍ったわけではない。今日も、前走で末が鈍った反省を踏まえ、ギリギリまで追い出しを我慢する絶妙な騎乗だった。この勝利を弾みに、今年は去年の分を取り戻したい。勢い余って悲願のダービーまで獲ってくれないものか。

今野騎手の重賞は一昨年のロジータ記念以来だという。思い返せば、それを勝ったのはカイカヨソウだった。今日のカイカヨソウは、道中バトードールのすぐ背後につけながら、末脚が爆発することもなく、あえなくブービー敗退。「報知グランプリカップ来たりなば、春遠からじ」。それはそれで間違っていないとは思うのだけど、開花予想を意識する頃合いには、やはりまだ早かったようだ。

 

***** 2015/02/11 *****

 

 

 

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2015年2月10日 (火)

想像の枠を超える馬

先週のJRA3場には、35頭ものステイゴールド産駒が大挙出走してきた。

Stay 

「ステイゴールドの子の単勝をぜんぶ買う」

そう言ってきたのは私の知る二人の競馬ファンである。お互い無関係の人物が、まるで示し合わせたかのように同じような馬券作戦をお披露目してきた。その二人にしても、ステイゴールドのファンだという素振りを、私の知る限り見せたことなどない。ステイゴールドの訃報に触れて最初の週末。そのニュースの大きさを改めて実感した。同じような馬券を買った方は、日本中にきっと大勢いらっしゃるのではあるまいか。

だがしかし、その35頭のうち勝ったのはわずか1頭。しかも単勝3倍では割りに合わない。一方で2着と3着が合わせて5頭いた。惜しいのは11番人気で2着したジョブックガーター。このあたりが勝っていれば、収支もプラスだったにちがいないない。

「ステイゴールドらしいよなぁ」

知人のひとりはそう呟いた。たしかに「らしい」。ステイゴールドはそういうところがあった。通算50戦。そのうち2着に敗れること12回。それで「シルバーメダル・コレクター」と揶揄されたわけだが、これをステイゴールドがわざとやっていたに違いないと彼は言う。その主張によれば、ステイゴールドは周囲の人間が困ったり驚いたりする姿を見るのが好きだったらしい。そして、そういう気質は産駒にちゃんと遺伝しているというのだ。

Stay2

思い当たるフシはある。オルフェーヴルやフェイトフルウォーが騎手を振り落とそうとするそぶりを見せたことは一度や二度ではないし、もはや伝説となりつつある阪神大賞典もそれなら説明がつく。先日のAJCCで不可解な敗戦を喫したゴールドシップなども、まさにその典型であろう。究極は3年前の凱旋門賞。いったん先頭に立ちながら敢えて先頭を譲るなど、並大抵の馬ではできることではない。あれはステイゴールドの血の為せる業なのである。

Stay3

だが、いい意味で人間の期待を裏切ることも忘れてはならない。絶望的な位置から最後の一完歩で差し切り、みんなが泣いたステイゴールドの引退レースと、見る者すべてを圧倒し、やはり涙を誘ったオルフェーヴルの引退レースには、どこか重なるもの感じやしないか。良くも悪くも想像の枠を超えるドラマを演出するのがステイゴールド。だから人は彼に惹かれるのかもしれない。

Stay4

ステイゴールドは死んでしまったが、オルフェーヴル、ドリームジャーニー、ナカヤマフェスタという頼もしい後継種牡馬がスタッドイン。いずれここにゴールドシップとフェノーメノも加わる。サンデーサイレンス産駒から派生した父系の中で、「ステイゴールド系」がここまで枝葉を広げるとは、いったい誰が予想しただろうか。その事実自体が、想像の枠を超えるドラマのように思えてならないのである。

 

***** 2015/02/10 *****

 

 

 

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2015年2月 9日 (月)

骨折も屈腱炎も乗り越えて

昼前から降り始めた雨が上がり、太陽が顔を出し始めた昨日の東京競馬場メインはマイルGⅢの東京新聞杯。

Rain 

芝は「稍重」発表だが、つい先ほどまで降っていたこともあり、表面の芝は水をたっぷり含んでいる。これでは1分32秒台のスピード勝負は期待できそうもない。とはいえ今年の安田記念当日が良馬場とは限らないのだから、渋馬場でもしぶとく伸びてくる、タフな脚の持ち主を探しておく価値はある。

Turf 

レースはデビュー戦以来のマイル戦となるアンコイルドの逃げでスタート。人気のフルーキーやエキストラエンドは後方を追走している。そんな中、中団の馬込みレースを進めたヴァンセンヌが、直線坂下で早くも抜け出すと、大外から豪快に追い込んだアルフレードと最内から伸びたフルーキーの末脚を凌いで先頭ゴール。昨秋から一気の4連勝で初重賞制覇を果たした。

Van 

4か月前は500万条件すら勝てなかった馬である。500万を卒業したのは菊花賞当日の福島最終レースだったか。そこから1000万、1600万、そして重賞の壁まで打ち破って見せたのだからまさに充実一途。名牝フラワーパークの血が開花したとみてよかろう。直線で早めに先頭に立ってしまい、後続に迫られるというレースぶりが気にならないと言えば嘘になる。とはいえ、それでも先頭を譲らないのだから、重箱の隅をつつくようなことは言うまい。

6歳での素質開花は遅いような気もするが、むろんそれには理由がある。牧場で骨端炎症を発症して新馬戦に間に合わず、デビューは経験馬相手の未勝利戦。そこでデビュー勝ちを収めたのは良かったが、すぐに膝の骨片が飛んで3歳の大半を棒に振った。そして極めつけは4歳時に発症した屈腱炎である。1年半を超える長い休養を経て、ようやく掴んだ重賞のタイトル。関係者の喜びはひとしおに違いない。雨で柔らかさを増した馬場状態もヴァンセンヌに味方した。

惜しいのはクビ差2着のアルフレードである。実際場内の実況もゴール直後のひと声が「アルフレード!」と叫んだように、アルフレードの勢いが勝ったと思わせる瞬間が確かにあった。何人かのカメラマンも、アルフレードが勝ったと思って外に振ったらしい。しかし、最後の数完歩で末脚が鈍ってしまった。

いったいなぜか?

湿った馬場に脚を取られたと考えるのが自然だが、ひょっとしたら私が3日前のこのブログでアルフレードを推したせいではあるまいか。だとしたら申し訳ない。謝って済む問題ではないのだけれど……。

 

***** 2015/02/09 *****

 

 

 

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2015年2月 8日 (日)

フィリー@府中

昨日に続いてあんかけ焼きそばの話。

桜花賞トライアルが、「報知杯4歳牝馬特別」から「報知杯フィリーズレビュー」と名を変えて今年で15年。フィリー(Filly)と聞いて、それが3~4歳の牝馬を指す言葉だと知る競馬ファンは、以前に比べればそりゃあ増えただろうけど、「何のことだかよう分からん」という人の方も未だ多いのではあるまいか。いや、競馬ファンであるほど、「フィリーって、府中の中華レストランでしょ」という声が上がるかもしれない。

Dsc_1839 

府中駅北口徒歩1分。ホテルコンチネンタル府中の1階に店を構えるレストラン『フィリー』は、一見ごくありきたりなビジネスホテルの食事処に過ぎないのだが、一歩足を踏み入れれば競馬ファンなら「おや?」と思うはずだ。

Dsc_1843 

牧場に佇むサラブレッドたちの写真に囲まれた店内でいただけるのは、東北牧場から届く完全無農薬の野菜と天然素材の調味料のみを使った料理。中でも名物と謳われる「あんかけ焼きそば」は、ご覧の通り具だくさん。その下に隠れるのはパリッと焼かれた細麺で、それが旨味たっぷりの餡を纏って生み出される絶妙な食感がたまらない。あんかけ焼きそばといえばコレだろ! そう言いたくなる。しかもなかなかのボリューム。女性は気を付けた方が良いかもしれない。

Dsc_1847 

ホテル内にはもうひとつ『コルト』というバーがある。言うまでもなくコルト(Colt)=若い牡馬ですね。レースの時季に合わせて「オークス」とか「ジャパンカップ」といったネーミングのオリジナルカクテルが提供される。「ジャパンカップ」は昨年のJC当日の東京競馬場でも提供されていたから、ご存じの方もいるかもしれない。

Dsc_1842 

注意事項がひとつ。実はこのホテル、JRA関係者の定宿でもある。だから、たとえお酒のせいであったとしても、JRAへの悪口は要注意。筆者は一度ヒヤっとしたことがある。悪口ではなく、「提言」だったつもりなんですけどね(汗)

 

***** 2015/02/08 *****

 

 

 

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2015年2月 7日 (土)

あんかけ焼きそばの誘惑

寒い日が続くと「あんかけ焼きそば」が食べたくなる。昨年のB-1グランプリで第9位に輝いたのは「小樽あんかけ焼きそば」。冬の小樽の寒さは半端ではない。そんな小樽市民に愛される一皿ならば、さぞかし身体を温めてくれることであろう。

Eight 

中山競馬場『スリーエイト』の「焼きそば」は、メニューに「あんかけ」の言葉はないものの、ご覧の通りあんかけタイプ。具材は、豚肉、キャベツ、ニンジン、しめじ、ハム、なると、グリーンピースに紅しょうが。麺に“焼き感”をそれほど感じないのが残念だが、時間が命の競馬場の食堂で客を待たせるわけにいかない。仕方なかろう。それよりも、麺が短くカットされていることの方が気になる。

Fuku 

東京競馬場フジビュースタンド『福三』のメニューにも「あんかけ焼きそば」がある。中山同様やはり麺は焼いてない。仕方ないといえば仕方ないのだが、あんかけ焼きそばの醍醐味といえば、パリッと香ばしく焼かれた麺に“あん”が絡んで生まれるあの絶妙の食感ではなかろうか。しかしこちらは中山に比べて具沢山。あんかけ焼きそばの醍醐味のひとつに、具のバリエーションという楽しみがあることも否定しようがない。

Touzai 

競馬場のあんかけ焼きそばと言えば、船橋競馬場の『東西商店』を思い浮かべる方もいるだろうか。こちらの店舗では普通のソース焼きそばも売っているのだが、「あんかけ焼きそば」を頼むとソース焼きそばの上から“あん”をかけて渡してくれる。なぜかカレー風味というのも興味深い。

来週の船橋・報知グランプリカップは祝日の開催。現地観戦という方も多かろう。あまりの寒さに耐えられなくなったら、あんかけ焼きそばで身体を温めよう。

 

***** 2015/02/07 *****

 

 

 

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2015年2月 6日 (金)

復活の東京新聞杯

写真は1999年の東京新聞杯を勝ったキングヘイロー。ケイワンバイキングが飛ばした前半46秒0ハイペースを好位で楽に追走。直線坂を上って先頭に立つと、瞬く間に後続を3馬身突き放してみせた。

1999 

2歳時には強烈な末脚を武器にデビューから無キズの3連勝。クラシックレースの最有力候補と騒がれたが、皐月賞2着、ダービー14着、菊花賞5着と周囲の期待を裏切ってしまった。年が明けて古馬となり、春の天皇賞を目指して京都記念あたりで始動すると思っていた私は、キングヘイローが東京新聞杯に出走すると聞いて驚いた記憶がある。だが、結果を見ればマイラーとしての適正は疑いようもなかった。

今年の東京新聞杯にも3冠レース17着、4着、4着の明け4歳馬タガノグランパが出走してくる。3冠皆勤出走。しかも入着の力を持っているのだから、キングヘイローの再現があっても不思議ではない。

Grandpa 

そのキングヘイローは1年3月ぶりの勝利ということでファンは大いに沸いたわけだが、久々の勝利が東京新聞杯というケースでいえば2002年のアドマイヤコジーンを置いては語れまい。なにせ3年2ヶ月ぶりの勝利である。2歳の朝日杯を勝って以来だから、馬はすでに6歳になっていた。

Admire 

今回のメンバーでは、アルフレードにその姿を重ねることができる。2011年の朝日杯の優勝馬は、以来勝利から見放されて3年2か月。やはり6歳で東京新聞杯の舞台を迎えるのである。

Alf 

アドマイヤコジーンは10番人気の東京新聞杯で久々の勝利を挙げると、その年の安田記念と阪急杯を勝ち、高松宮記念とスプリンターズSで2着と完全復活を果たした。キングヘイローも東京新聞杯勝利をきっかけにマイラーとしての資質を開花させている。アルフレードは何としてもここを勝ちたい。「復活」をテーマに掲げる馬にとって、東京新聞杯は単なるGⅢに留まらない重みを持つレースだ。

 

***** 2015/02/06 *****

 

 

 

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2015年2月 5日 (木)

麦の城@大森

かつて蒲田駅構内に名店と謳われた立ち食いうどん店があった。店の名は『めん亭』。当時東京ではまだ珍しい関西風うどんを手軽に味わえる店として、駅利用客の人気を集めていたのだが、駅ビルの改築に伴い2007年に惜しまれつつ閉店している。

大森駅北口に店を構える『麦の城』は、そんな『めん亭』の系譜を継ぐ希少な一軒。基本は立ち食いだが若干の椅子席も。10人も入れば一杯になる店内は、いつも混雑している。

嬉しいのは朝6時半から営業していること。大井の調教や能験の行き帰りに重宝するのである。寒い時期の早起きは辛いが、「麦の城でうどんが食える」と思うからこそ、どうにか起き上がることができる。うどんのモチベーションはバカにできない。

Chokyo 

麺は中太。冷凍麺使用だが、しっかり弾力があって、しかもほんのりと甘い。立ち食いと侮ると痛い目に遭う……ほどのことはないが、驚くかもしれない。

Shiro1 

この店で見逃せないのは、関西ではお馴染みの「かすうどん」が食べられる点であろう。「かす」とは牛の小腸を油で揚げたもので、わざわざ大阪から取り寄せているとのこと。脂の旨味が浸みたつゆは独特の甘さだが、みょうがや水菜のおかげで、くどさを感じることはない。朝からでも十分イケる。

だが、今日食べた一杯はこちら。こちらのメニューの「ぶっかけ」は、普段私が食するぶっかけうどんとは少々趣が異なる。甘く炊いた油揚げ、ニンジン、ゴボウが入るだけでなく、かけつゆも麺が浸るほど注がれて渡される。

Shiro2 

どちらも他のお店では見かけない一杯。そういう意味でもやはり希少なのである。こういうお店は、やはり末永く続いてもらいたい。

 

***** 2015/02/05 *****

 

 

 

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2015年2月 4日 (水)

復活の金盃

今年で59回目を迎える伝統の金盃は今年から距離が伸びて2600mでの実施。先手を取った御神本訓史騎手騎乗のアウトジェネラルが、そのまま直線に入っても後続を寄せ付けず、ドラゴンエアルに3馬身半の差をつけて逃げ切った。

Kinpai 

御存じ一昨年の羽田盃馬である。だが、1番人気の東京ダービーで6着に敗れると、そのままずるずると10連敗。オープン特別すら勝つことができず、前走の報知オールスターカップは12着の惨敗だった。これでは8番人気も仕方ない。

だが、そんな低評価を逆手に取って、まさかの逃げの手に打って出た御神本騎手の判断が吉と出た。このブログで「御神本騎手、大丈夫か?」と書いた翌日のファインプレーには、ただただ恐れ入るばかり。14秒台が2度も登場する超スローペース。なのに人気馬が後方待機を決め込んでいるおかげで、誰も競り掛けてこない。2周目の向こう正面、1600mを1分45秒後半のラップで通過した時点で、すでに勝負は決していた。ちなみに馬名の「アウトジェネラル」とは「作戦勝ち」の意味だそうだ。

管理する藤田輝信調教師は、フォーティファイドで制した昨年に続き、金盃連覇を果たしたことになる。素晴らしい。が、フォーティファイドもアウトジェネラルも、茨城・ミッドウェイファームの外厩馬。嬉しさも半分といったところか。

ミッドウェイファームといえば、昨年の東京記念を勝ったユーロビートも在厩していたはず。特定の外厩が大井の長距離重賞をことごとく勝っている事実は見逃せない。ひょっとしたら、牧場名物の全長800mの坂路が、大井の長距離重賞に必要などこかしらの筋肉を強化してくれるのかもしれない。

 

***** 2015/02/04 *****

 

 

 

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2015年2月 3日 (火)

南関戦線、異状アリ

日なたに立てばコートも要らぬ暖かさに恵まれた大井は開催の2日目。旧2号スタンドの解体工事は既に完了し、先月より新スタンドの建設工事が着工。10月末の竣工を目指している。

Stand

そんな大井の9Rを勝ったのは6番人気のアスロック。吉原寛人騎手は6Rも勝って、今年の南関勝利数を37勝とした。元旦から今日までの南関東開催日数は23日間。2日で3勝のペースということは年間400勝も夢ではない。ちなみに昨年は森泰斗騎手が246勝でリーディングに輝いている。

9r

だが、吉原寛人騎手の所属はあくまで金沢。そういう意味では、年間400勝はやはり夢でしかない。今回の期間限定騎乗は今月いっぱいで切れる。あとは重賞でのスポット参戦のみ。となれば、数より質で勝負であろう。昨年は東京ダービーのタイトルを手にした彼だが、今年もっと大きなタイトルを獲っても驚くこともあるまい。

吉原騎手が勝ち星を量産しているのは、これまでなら御神本訓史騎手が乗るはずだった有力馬の手綱が回ってきたからだという声もある。たしかに社台地方オーナーズ所有馬の手綱が御神本騎手に任される機会は減っており、その代わりに吉原騎手や石崎駿騎手が指名されるケースが目立つ。先週のJRA東京競馬場で騎乗した吉原騎手は、土日で15頭の手綱を任され、日曜2Rの新馬戦では11番人気のナンゴクロマンスを勝利に導くなど大活躍だったのに対し、御神本騎手の騎乗馬は地方所属馬2頭以外には用意されていなかった。

10r

騎手起用の波は様々な理由が複雑に絡み合って発生するもので、決して御神本騎手が乗れなくなったわけではない。実際、今日の大井でも10Rと12Rを勝って、きっちり2勝を積み重ねた。だがしかし、昨日の大井2Rで圧倒的1番人気馬の手綱を任されながら、勝利の可能性が微塵も感じられずに着外に敗れるような騎乗ぶりを見せられると、「大丈夫か?」と穿った思いを抱いてしまう。それがサンデーレーシングの所属馬だったものから、なお心配だ。単なる杞憂に終われば良いのだが……。

 

***** 2015/02/03 *****

 

 

 

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2015年2月 2日 (月)

キングカメハメハの挑戦

昨日の東京8Rは500万条件の芝マイル戦。4角15番手から大外一気の末脚で、前を行く14頭をごぼう抜きにしたのはキングカメハメハ産駒のトーキングドラムだった。

8r 

続く9Rセントポーリア賞は、1番人気ドゥラメンテが持ったまま後続を5馬身突き放す圧勝劇。あまりの強さに場内はいったん静まり返った。母がアドマイヤグルーヴということで注目を浴びる同馬の父も、何を隠そうキングカメハメハである。

9r 

この日の東京競馬場ではキングカメハメハ産駒が4勝の荒稼ぎ。だが、京都ではもっとすごいことが起きていた。なんと2000年4月2日の阪神競馬場で記録されたサンデーサイレンス産駒の6勝を上回る1日7勝をキングカメハメハ産駒が達成。東西を合わせた11勝も、サンデーサイレンスが1999年6月12日に記録した9勝を上回る新記録である。

記録ラッシュはこれに留まらない。JRA開催が終了してから約1時間後、佐賀競馬の最終レースをキングカメハメハ産駒のエーシンプローストが勝利。なんとこれが記念すべきキングカメハメハ産駒の中央地方を通じた2200勝目となった。

キングカメハメハ産駒の強みが、芝ダートを問わない万能性であることは知られている。JRAでは昨年まで3年連続してディープインパクトがリーディングサイアーの座を獲得しているが、中央地方を合わせた勝利数の単純な比較なら、キングカメハメハがディープインパクトに大差を付けているのである。ビッグレースは芝で行う―――そんな我が国の価値観がちょっとでも違っていれば、キングカメハメハが賞金ベースでも独走していたかもしれない。ここまで積み重ねた勝利数こそ、種牡馬キングカメハメハの誇りでもある。

そんなキングカメハメハ産駒のJRA通算勝利数が1100に達したと報じられたのは、つい先日、中山最終日の5レースでのこと。2008年7月の福島でスガノメダリストがあげた記念すべき初勝利から6年半での達成は、サンデーサイレンス(7年2か月)を上回るハイペース。しかも、その翌週の土日で12勝を挙げてみせるのだから、1200勝到達もそう遠くはあるまい。不滅と思われたサンデーサイレンス産駒の2749勝を目指して、キングカメハメハの挑戦は続く。

 

***** 2015/02/02 *****

 

 

 

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2015年2月 1日 (日)

適性

根岸Sにしては意外な盛況ぶりのパドックに1枠1番のロゴタイプが姿を現した。馬体重は500キロちょうど。そのどっしりした馬格を間近にすれば、ダートもまったく問題なさそうに見える。

Logo 

「あのミルコが言ってくれたんだから大丈夫よ」

愛馬の周回を見守るロゴタイプの関係者と思しき女性が呟いた。「ダート適性もあるから一度使ってみるといい」。そんなミルコ・デムーロ騎手の提言は、あまりに有名になった感がある。皐月賞馬のダート挑戦となればそれ相応の理由が必要なのは分かるが、ここまで話が大きくなると、すべての責任をミルコに押し付けることになりやしまいか。彼はダートの走りが悪くないことを伝えたに過ぎず、「1400mのダートのGⅢで勝ち負けになる」と言ったわけではない。ファンもその辺を気にしたのか、前売りでは単勝1番人気だったのに、終わってみれば3番人気に落ち着いた。

それで勝ったのは1番人気のエアハリファだから、ファンはやはり良く見ていると言わざるを得ない。

Negisi 

エアハリファはデビュー以来ダートばかりを使われて(7,6,2,2)。2度の着外も5着と6着という無類の堅実派が、ついに重賞タイトルを手にした。前走の武蔵野Sも1番人気に推されたのだが、ワイドバッハの末脚に半馬身及ばず2着惜敗。おかげで賞金が足りずにチャンピオンズカップを除外になり、仕方なくここまで休養に充てた経緯がある。しかし、今回きっちり勝ったことで、フェブラリーS出走可否の心配をする必要はなくなった。そういう意味でも今日の勝利は大きい。

実は、デビュー前のエアハリファには芝路線という話もあったらしい。脚捌き、体の柔らかさ、調教で見せる瞬発力を勘案すれば芝が合いそうに見える。実際、レースに乗った騎手たちも芝適性があると言ってくれた。だが、ダートで結果が出ていたことに加え、オーナーの希望もあって、芝を使われる機会はなかったのだという。

一方、証明済みの芝適性に加えて、ダート適性をも試される格好となったロゴタイプは、8着に終わった。直線でいったんは抜け出しそうになりながら、そこでパッタリ止まったレースぶりから、彼のダート適性をどう評価すればよいのか。調教師が「砂を嫌がるそぶりはなかった」と言えば、騎手は「芝の方が良い」と言う。正直、今日の一戦だけで適性を判断するのは難しい。

勝ち馬からコンマ5秒差は先行グループの中ではいちばん粘っている。スタートからあれだけ仕掛けていけば、そりゃあ最後は止まりますよ。結果的に最内枠がアダになった。1400mの距離にも戸惑いはあったろう。しかも他馬より重い58キロ。私は合格点を上げたい。

レース後、ロゴタイプ陣営は次走に中山記念を明言した。なるほど、それ以上の適鞍はあるまい。それで万一負けたら、その次はマーチSだろうか。ロゴタイプもたいへんだ。ともあれ冬枯れのダート競馬に彩りを与えてくれたロゴタイプ本人には感謝の気持ちを表そう。「適性」を考える一週間はなかなか楽しかった。

 

***** 2015/02/01 *****

 

 

 

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