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2015年1月 1日 (木)

年を数えて

新年あけましておめでとうございます。東京では新年早々雪が舞った。驚いた方も多いのではあるまいか。元日の東京に雪というのは珍しい。

今日1日1日はすべての馬の誕生日。昨日まで2歳だった馬たちは、今朝にはすべて「3歳」になっている。もちろん一晩で突然成長するわけではなく、便宜的な理由によるもの。本当の生年月日はそれぞれ別にあるが、全ての馬が歳を重ねる日だと思えばともかくめでたい。新年の祝杯は馬たちにも捧げたい。

古来より我が国には、人間も正月が来るたびにひとつずつ歳を重ねる「数え年」の風習があった。年配の方の中には、今も年齢を尋ねられと満年齢ではなく数え年で答える人がいる。私の祖母は自身の生年月日を知らなかった。かつては誕生日を祝う風習などなかったから、覚える必要などなかったという。家族全員が歳を重ねるのは正月であり、だからこそめでたいのである。

数え年では産まれたその瞬間から1歳で、次の正月を迎えると2歳になった。だから大晦日に生まれた子は、生誕2日目には既に2歳である。馬も同じ。産まれたばかりの当歳馬は、翌年は2歳馬と呼ばれた。当時の人間の風習に倣えば自然の流れであろう。3歳になると競走デビューを果たし、ダービーは「4歳馬の祭典」にほかならなかった。

戦後になって人が欧米流の満年齢を使い出した後も、馬は頑なに伝統的な数え年を貫いてきたことはご承知の通り。生年後最初の正月で1歳とする欧米式に改められてしまったのは2001年のことだ。この年からダービーは「3歳馬の祭典」に生まれ変わった。

Jungle 

制度変更の理由は、数え年の習慣が競馬の国際化に支障を与えるというもの。たしかに、ほとんどのオープンレースが外国馬に開放され、日本馬による外国への遠征も珍しくない昨今に、年齢の数え方が異なるというのは手間には違いない。だが、そもそも北半球と南半球とで異なる馬齢加算ルールの全世界統一など不可能。そんなことみんな分かっている。それなのに、日本がわざわざ数え年の習慣を捨てる必要などあったのだろうか。この変更がファンを含めた競馬界全体の多数意見であったとは、今も思えぬ。

シンザンは36歳で死んで当時の最高齢記録を樹立した。だが、「今の数え方では35歳だよ」などと指摘されれば興醒めも甚だしい。新馬齢を採用している競馬のデータベースサイトで「阪神3歳S」の勝ち馬を検索すると、2歳馬がズラリと並んで表示される。制度切り替えの時期をまたいで活躍したテイエムオーシャンが2年連続で「最優秀3歳牝馬」のタイトルを獲ったことなど、もはや笑い話ではないか。外を見過ぎるあまり、内の競馬記録をないがしろにした責任は重い。

習慣も貫き通せば文化と呼ばれる。馬の年齢を数え年で表記し、ダービーを4歳馬の祭典としていた習慣は、間違いなく我が国固有の文化であった。これを「国際化」のひと言で消滅させたことは、文化的退行の誹りを免れまい。

正月から文句ばかり書き連ねてしまったが、今年もこんな感じで日々書いていくことになりそうです。なにとぞよろしくお願いいたします。

 

***** 2015/01/01 *****

 

 

 

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