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2015年1月 3日 (土)

ステイヤーの憂鬱②

5日の京都メインはオープン特別の万葉S。重賞を除けば現存する唯一の3000m以上の競走である。ブラッドストーンステークス(中山3200m)も、嵐山ステークス(京都3000m)も、歴史的役割を終えたとして短距離レースに様変わりしてしまった。今年の万葉Sは、出走13頭のうち7頭は条件馬という有様。しかも1000万条件や500万条件の馬まで含まれているとなれば、いよいよこのレースの終わりも近いかもしれない。

それはそうとして、芝3200mのブラッドストーンSを懐かしく思うのは私だけではないと思う。

当時のブラッドストーンSの勝ち馬を列記してみる。タニノボレロ、キリスパート、ダイイチジョイフル、ウイニングウエイ。立派なオープン馬ではありながら重賞では今ひとつ足りないというステイヤーにとって、ブラッドストーンSはまさに貴重なレースだった。

騎手の優劣が現れやすい長距離戦だから、勝利ジョッキーには岡部幸雄やM.ロバーツという名が目立つ。今ひとつ勝ち切れないレースが続いていたダイイチジョイフルを、3角からの捲り一閃で見事勝利に導いたロバーツ騎手の騎乗は見事だったし、そのダイイチジョイフルを封じて逃げ切った93年の岡部騎手の手綱さばきも印象的だった。

自分の土俵で輝きを取り戻した馬、あるいは「オープンでも活躍出来るぞ」と自信を付けた馬たちは、ここをステップに勇躍淀の3200mへと向かった。さすがにそこで勝てるほど競馬は甘くはないわけだが、格下のステイヤーが最高目標の天皇賞に挑戦するためのひとつの道として、重要な役割を担うレースだったような気がする。

2200mに距離が短縮されたのが1997年のこと。その後、出走条件が準オープンになったのはまだいいとしても、ダートの1200mというまるで正反対の条件となったのは、やはり時代の流れか。

芝3200m当時の出走頭数がほぼ毎年6~7頭だったのに対し、ダート1200mに変わってから昨年までの平均頭数は15.4頭である。番組的には、これほど見事な条件変更はあるまい。ミスタープロスペクター系全盛のご時世では仕方のないことではあるが、このままではいつの日にか春の天皇賞がダート1200mで行われるようになってしまうのではないかと、つい余計な心配までしてしまう。

あの頃のブラッドストーンSは4月の第1土曜日に組まれていたこともあり、レースは満開の桜の下で展開することが多かった。

桜が咲き誇る3~4コーナーを2度通り、しかもゆったりと流れる3200m戦は、花見競馬にもってこいである。ブラッドストーンSに限らず、たとえば「花の大障害」と呼ばれた中山大障害(春)が桜に似合うとされたのも、レース自体がゆったりと流れるからに違いない。キリスパートの真っ白な馬体が、満開の桜を背に4コーナーを先頭に回ったシーンは、それはそれは美しかった。

Kiri_2 

桜並木から遠く離れたダートの1200mでは、レースの視界に桜など見えぬし、それでも敢えて桜に目を向けてみたら、その一瞬の間にレースが決してしまうだろう。こうして美しい競馬の点景が、またひとつ消えた。

 

***** 2015/01/03 *****

 

 

 

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