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2015年1月31日 (土)

南関の刺客

雪解けの東京競馬場は、第1レースの発走時刻を1時間遅らせて開催にこぎつけた。ダートは不良。芝は稍重と言いつつ、意外に乾きは早く「良」に近い。そんなこんなで2015年の東京開催初日でござる。

Snow 

初日の注目はメインの白富士S……ではなく10RのクロッカスS。3歳オープンの芝1400mに、南関東所属から2頭が挑戦するのである。

7枠11番パーティメーカーはパイロの産駒。JRA挑戦はコスモス賞、百日草特別に続いて3度目になる。デビュー以来すでに10戦を消化して掲示板を外したのは1回のみ。豊富なキャリアはJRAの人気馬にもひけをとらない。

Party 

8枠14番エムザックサンダーは金沢デビュー。昨年暮れに大井に転厩してきた。デビュー以来一貫して吉原寛人騎手が乗り続け、今日も吉原騎手の手綱。その吉原騎手は、今日ここまでに人気薄で2着、3着と目が離せない。

Mzaq 

ゴールドペガサスが落馬する波乱でレースは幕を開けた。オープン2勝の格上ペイシャオブローも大きく出遅れて早々と圏外に。これは南関の2頭にもチャンスはあるかもしれない。スタートから積極的に先行したエムザックサンダーが、4角で先頭に並びかける。……が、見せ場はそこまで。パーティメーカーも馬場の真ん中をジリジリと伸びるが、前との差は詰まらない。そんな中、外に持ち出した1番人気ニシノラッシュが先に抜け出した馬たちをまとめて差し切って、3勝目をマークした。

10r 

最内1番枠からスタートしたニシノラッシュは、直線に向いて前が壁になり外に持ち出した。しかしそこでも前が塞がり、さらに外に。しかし、あろうことかそこでもヨレてきた馬が前を塞ぐ運の無さ。結果、大外に持ち出さざるを得なかった。馬券を買って見ていたファンは、思わず天を仰いだことであろう。普通なら届く展開ではない。それでもニシノラッシュは田辺裕信騎手の右鞭に応え、ゴール寸前見事に差し切って見せた。この勝負根性は覚えておいた方が良さそうだ。

果敢に先行したエムザックサンダーの12着は仕方あるまい。パーティーメーカーの7着は健闘と言えば健闘だが、関係者は納得していないだろう。明日の根岸Sにも南関東から2頭が挑戦する。普段から走り慣れたダート戦なら、今日とは違う結果になると思いたい。大方の注目は初ダートとなるロゴタイプに向けられるであろうが、私は密かにサトノタイガーとジョーメテオに声援を送ろう。

 

***** 2015/01/31 *****

 

 

 

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2015年1月30日 (金)

厨@府中本町

明日からいよいよ東京開催。昨年のJC以来、2か月ぶりに府中を訪れるという向きも多かろう。そんな貴兄に新規オープンのお店を紹介したい。

府中本町駅のロータリー側の改札を出て右側にある階段を下りる。右手に『セブンイレブン』、左手に餃子の『王将』を眺めつつ線路沿いにまっすぐ進んだ突き当りに、新たなうどん専門店がオープンした。

Kuri 

『厨』と書いて「くりや」と読む。厳密には昨年11月のJCウイークから暖簾を掲げていたのだが、当時は昼のみの営業でメニューも限定されたいわばプレオープンだった。現在では夜も営業(L.O.20:30)している。ただし日曜は休み。注意されたい。

国産小麦で打ったうどんは、注文ごとに茹でて提供される。茹で置きはしない。それゆえ10分は待つことになる。天ぷらも同じく注文の都度揚げている。もちろんその方が美味い。それを待てぬという方は酒を注文するのがよかろう。「醸し人九平次」「くどき上手」「悦 凱陣」。銘柄は決して多くはないが、そのラインナップはうどん専門店とは思えぬこだわりを感じる。

Kuriyamori 

写真は「厨盛ぶっかけ」。ぶっかけうどんにエビ、ちくわ、鶏、大葉、そして大量のかつお節が載せられている。この界隈の武蔵野うどんに比べればやや細めの麺。所々にちぢれが見受けられるのは手打ちならでは。若干小麦の甘さに欠ける感じを受けたのは、国産小麦にこだわった所以か。具だくさんのメニューが人気なのはそのせいかもしれない。とはいえ、うどんそのものはもちろん美味い。オープン2か月でこのクオリティの麺を出すことの難しさは理解している。

実はこの店。北府中で営業していた蕎麦屋『厨』が移転開業した店である。なぜうどん専門店に鞍替えしたかは定かではないが、以前の店で人気メニューだったという「テンペ」が、ここでも食べられるというのは、前の店を知る客にとっては朗報かもしれない。

「クリヤのテンペと言ったらクリノテンペスタか?」

Kurino 

なんて言うのはよほどの南関東ファンであろうが、テンペというのは大豆を発酵させてブロック状に固められた食品で、その発祥はインドネシアにある。「tempe」という名称もインドネシア語。納豆を想像されるかもしれないが、糸を引くことはなくクセもないので食べやすい。酒の肴として人気なんだそうだ。

Tenpe 

ちなみに2010年の京浜盃で3着したクリノテンペスタは、8歳になった今も現役続行中で、なんと明日の牛若丸ジャンプSに出走する。こうなったら注目しないわけには行くまい。勝ったらテンペで乾杯だ。

 

***** 2015/01/30 *****

 

 

 

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2015年1月29日 (木)

ダート適性

明日からいよいよ関東の競馬は東京に移る。その開幕週からクラシックホースの走りを見ることができるのだから、地元のファンにとっては嬉しい限り。一昨年の皐月賞馬・ロゴタイプが、なんと根岸Sの出走表に名を連ねてきた。

Logo 

新聞によっては「朝日杯後にミルコ・デムーロがダート適性を進言した」と書いてあったりもするが、実際にはそのひとつ前のベゴニア賞のことである。芝1600mを1分33秒6のレコード勝ち。その素晴らしい芝適性が絶賛されるものと思いきや、デムーロ騎手の口をついて出たのは、まさかのダート適性の高さだった。レースを終えて、向こう流しからダートコースを引き揚げてくるその足捌きが、ことのほか素晴らしかったというのである。

当時の2歳牡馬戦線といえば、前週の東スポ杯を勝ったコディーノの1強状態。朝日杯に出てもコディーノに勝つのは難しいだろう。それなら川崎の全日本2歳優駿という選択肢もある。悩んだ陣営が出した結論は朝日杯。結果コディーノを破る金星を挙げるのだから、彼らの慧眼は素晴らしい。だが一方で、デムーロ騎手が絶賛したダート適正を確かめる機会は遠のいた。あれから2年余り。今回はようやく訪れたチャンスでもある。

Loen_2 

ちなみに、お父さんのローエングリンも、5歳から6歳時にかけてJCダートと平安Sを連戦した経験を持つ。彼の場合は、芝で切れ負けするレースが続いていたことに加え、3歳時にダートの500万平場戦を圧勝していた実績もあっての挑戦だったが、どちらも大敗に終わった。さらに言えばローエングリンの産駒は、これまでJRAのダート戦で166走しながらまだ1勝しか挙げられてない。既に父が届かなかったGⅠ制覇を成し遂げたロゴタイプだが、さらなる父の無念を晴らすべく府中の砂に挑む。

根岸Sが冬の東京開幕週で行われるようになった2001年以降、ダート未経験馬の挑戦は4頭を数えるが、エイシンプレストン・12着、ダイワルージュ・16着、アドマイヤマックス・14着、バランスオブゲーム・11着と正直成績は今ひとつ。だが、根岸Sにこだわらなければ、クロフネの武蔵野SやメイショウボーラーのガーネットSの例もある。ロゴタイプの結果は果たしてどちらに転がるか。芝とかダートとかいう前に距離が短すぎるのではないかという懸念はあるが、こればかりはやってみなければ分らない。

 

***** 2015/01/29 *****

 

 

 

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2015年1月28日 (水)

川崎からドバイへ

今年も川崎記念でGⅠ戦線が開幕した。圧倒的人気はGⅠ(JpnⅠ含む)7勝のホッコータルマエで、単勝オッズはなんと1.0倍の元返し。珍しく中団からレースを進めた同馬だったが、2周目の3角過ぎから徐々に進出を開始。直線に向いて逃げるサミットストーンを交わすと、外から追い込んだカゼノコに3/4馬身を付けて先頭ゴールを果たした。

Kawasaki 

逃げると思われた大本命馬がスタートから次々に他馬に抜かされていく。最初のコーナーはまさかの6番手。ゴール前に座る私の背後では悲鳴と罵声が渦巻く。だが、鞍上の幸英明騎手は慌てていなかった。いや、むしろ敢えてその位置取りでレースを進めたのだという。「それならそうと先に言ってくれ」。リスクだけを背負う形の単勝に大金をつぎ込んだファンは、生きた心地がしなかったろう。それは長い長い2分16秒9だった。

それにしても、なぜ中団に控えてみせたのか。行こうと思えばハナにも行けたはずである。

レース後の西浦調教師のコメントがヒントになるかもしれない。次走の予定を問われた師の口から「フェブラリーS」という言葉は聞かれなかった。一方で、繰り返し登場したのは「ドバイ」という単語である。

「ドバイは去年からの最大目標ですのでドバイには行きます。いちばんいい状態でドバイに向かえるよう考えていきたいですね。鍛えてもっともっと強いタルマエをドバイでお見せして、今日のように口取り写真を撮ることができればいいなと」

Kutitori 

ホッコータルマエはこれがGⅠ8勝目。最多記録を持つヴァーミリアンの9勝に王手がかかった。ヴァーミリアンがGⅠ9勝目を達成したのは8歳で勝った川崎記念。まだ6歳になったばかりのホッコータルマエなら、記録更新は時間の問題と言っても差し支えあるまい。

だが、彼らにとってはそれよりもドバイなのである。敢えて中団に控えて馬群に揉まれる厳しい競馬を課したことも、出れば勝ち負け必至のフェブラリーSに慎重なことも、すべてはドバイで良い結果を出すため。そう捉えたい。今年からドバイの馬場がタペタからダートへと変わる。ホッコータルマエには追い風であろう。今年最初のGⅠを勝った騎手と調教師の思いが、ドバイの地で結実することを期待したい。

 

***** 2015/01/28 *****

 

 

 

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2015年1月27日 (火)

乗り替わり

先週は中山、京都、中京の3場で重賞が行われた。本命馬の圧勝あり、伏兵馬の粘り込みもあり。悲喜こもごもの週末を過ごされた方も多かろう。個人的には、勝った3頭がいずれも乗り替わりでの勝利だったことに興味を惹かれる。

もともと乗り替わりでの騎乗では、普段にも増して気合が入るもの。それが重賞ならばなおさらだ。結果が出なければ、次に声が掛かることはない。プレッシャーは当然ある。だが、逆に結果を出せばその馬が自分のお手馬になる可能性だってゼロではないのだから、モチベーションも高まる。

土曜の京都牝馬Sを勝ったケイアイエレガントには、本来なら昨年の福島牝馬S制覇を含め8戦連続して手綱を取った吉田豊騎手が乗るはずだった。だが、同じ日の中山アレキサンドライトSにベルゲンクライという馬が出走する。吉田豊騎手にとっては、ケイアイエレガントもお手馬だが、ベルゲンクライも大事なお手馬。しかもそちらは師匠である大久保洋吉調教師の管理馬である。大久保師は来月末を持って定年引退。ケイアイエレガント陣営にしてみれば、できれば吉田豊騎手に乗ってもらいたかったかもしれないが、こればかりは事情を斟酌するしかない。

むしろ、たまたま内田博幸騎手が空いていた幸運を喜ぶべきだろう。むろん内田騎手にとってもラッキーだったことは言うまでもない。なにせ8か月ぶりの重賞勝ちである。一方で、ベルゲンクライの手綱を取り、しっかりとアレキサンドライトSを勝ってみせた吉田豊騎手も素晴らしい。このへん、みんなプロである。

東海Sに出走したコパノリッキーは武豊騎手の手綱に替わって圧勝。この乗り替わりはオーナーたっての希望で実現した。その期待に応えるかのような4馬身差圧勝。オーナーもさぞや満足であろう。

いわば降ろされた格好の田辺騎手。だがしかし、そのおかげでAJCCのクリールカイザーの手綱が回ってくるのだから、巡り合わせとはなんとも不思議だ。騎手も調教師も昨年のヴェルデグリーンに続くAJCC連覇達成。そのヴェルデグリーンは昨夏、不慮の病でこの世を去っている。「弔い合戦のつもりで臨んだ」というクリールカイザーに田辺騎手が乗って勝ったことは、いくつかの偶然が重なって生まれた奇跡に違いない。レース後、相沢師は「縁というものはあるんだね」と呟いた。万事塞翁が馬なのである。

Feb 

ゴールドシップの不可解な凡走という助けがあったとはいえ、行く馬がいないと読んだ田辺騎手の積極策は見事だった。最近の田辺騎手は乗り替わりに滅法強い。昨年挙げた重賞5勝のうち3勝が乗り替わりでのもの。最低人気のコパノリッキーに乗り替わって勝ったフェブラリーSは、このドラマの序章に過ぎなかったのかもしれない。

 

***** 2015/01/27 *****

 

 

 

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2015年1月26日 (月)

中舘英二騎手引退

昨日の中山6R3歳500万下ダート1200m戦。サウスリュウセイの手綱を取った中舘英二騎手にとっては、これが騎手生活最後のレースとなった。結果は5着。中山ダート1200m平場戦でのラストランというのも、どことなく中舘騎手らしい。

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ヒシアマゾンに肩入れした数年間を過ごした筆者にとって、感慨深いものがないと言えば嘘になる。彼に言いたいことはたくさんあるが、もうやめておこう(笑) 私もそうだが、中舘騎手もまた若かった。

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「言いたいことがある」と言いつつも、実は彼とは何度か会話を交わしたことがある。―――といっても、この世界に入ったきっかけとか、体重管理のこととか、すんなり逃げるコツとか。その程度。そういった私の質問に対して、彼は淡々と答えてくれた。減量の苦労とは無縁だったという。「こればかりは親に感謝するしかないですね」。たしかそう言っていた。“アラフィフ”を迎えても52キロで乗れるのだから、感謝を口にするのも当然かもしれない。

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中舘騎手と言えば巧みな逃げで知られる。逃げ馬に乗せたら日本一ではあるまいか。道中、手ごたえが無くなったように見せかけて、実はまだ脚を残している。ツインターボとのコンビでは、勝っても負けてもひたすら逃げてスタンドを沸かせた。だが、実際には差しでも成績を残していることはあまり知られていない。

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彼はJRA重賞を30勝しているが、そのうち逃げ切りは5回しかない。逆に2007年の福島記念(アルコセニョーラ)、08年小倉大賞典(アサカディフィート)、11年府中牝馬S(イタリアンレッド)などは、いずれも4角で10番手より後方に控えながら、直線で豪快に追い込んで勝ったものだ。特に最近はその傾向が顕著になっている。引退レースにあたり「中舘らしく逃げるのでは?」と書かれた新聞記事もあったが、言うほど彼は別に逃げにこだわっていない。「追い込んでも勝てるのですが……」。ラスト騎乗を終えてのインタビュー。彼のそのひと言が耳に残った。

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もうひとつ新聞の記事で気になったことがある。中舘騎手の通算成績を報じる記事が、どの新聞を見ても「GⅠ3勝」となっているのはいったいどういうことか。ヒシアマゾンの阪神3歳牝馬Sとエリザベス女王杯、アストンマーチャンのスプリンターズS、そしてオーブルチェフの全日本2歳優駿。どう数えても「4勝」が正しい。

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全日本2歳優駿は、いわゆる「JpnⅠ」だからカウントしないのだと言われれば、そうですかと納得するしかないが、そんな新聞が今度はホッコータルマエを「GⅠ7勝」などと書いたりするのである。そんなバカな話があるか。似たようなケースは中舘騎手に留まない。騎手や調教師の引退を報じる記事はたいていこうなっている。おそらくJRAからのリリースをそのまま記載しているのであろう。細かいことかもしれないが、こういうところにメディアとしての資質が表れるように思えてならない。

 

***** 2015/01/26 *****

 

 

 

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2015年1月25日 (日)

【駅麺探訪⑥】ナポリの旋風@赤羽

焼きそばに続いて焼きスパの話。

自宅から浦和競馬場に向かう際は、渋谷から埼京線に乗り、赤羽で京浜東北線に乗り換えて南浦和で降りるのが普通。しかも、赤羽ではなるべく改札を出ることにしている。なぜか。その方が運賃が安かったのである。10円ですけどね。それでも安くなるのなら改札を出ない手はない。せっかく改札を出るのだから、うどんの『すみた』や、比内鶏そばの『伊藤』といった名店に行こう―――となって、結果またまた太ることになる。いやあ、10円のもたらす心理効果はバカにできない。

ところが、消費税率見直しと共にICカード運賃なるものが導入されてから、途中下車による差益が10円から7円に減少してしまったのである。心理効果も3割減。途端に改札が遠く感じられるようになった。

しかしあらためて駅構内を見渡せば、改札の外に出ずとも赤羽駅にはたくさんのお店が軒を連ねている。中でも目を引くいたのは「焼きスパ」の文字。焼きスパゲティ専門店『ナポリの旋風』は、メガ盛りファンにも知られる有名店であるらしい。

Napori1 

「焼きスパ」と聞くとB級グルメの極みみたいに思われるかもしれないが、本場イタリアでは昔からの家庭料理として愛されてきた。冷蔵庫に余った素材を具にして、茹でたパスタと一緒にフライパンで炒めるのがマンマの味。そういう意味では本格派のイタリアンと言えなくもない。

Napori2 

写真は1番人気の焼きナポリタン。真っ赤な色合いと焦げたケチャップの風味が食欲をそそる。スパゲティーは太麺らしくモチモチとした食感だが、ところどころカリッと焦げている部分がアクセントになって、なるほど美味い。ただし、ところどころ強烈に熱い。ふーふー言いながら食べることになるから、電車の時間を気にしながら食べる時には注意が必要だ。メガ盛りを注文しながら、時間切れで残すような真似はしたくない。

ところで、私のあとに入店してきたお客さんが、食券をカウンターのお姉さんに渡しながら「具なしで」と慣れた口調でオーダーしたので、ちょっと驚いた。すごいですね。だけど、ナポリタンの境地はそこにあるのかも知れない。今度やってみよう。

 

***** 2015/01/25 *****

 

 

 

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2015年1月24日 (土)

【駅麺探訪⑤】長田本庄軒@立川

駅麺シリーズで3度目の登場となるJR立川駅から今回ご紹介するのは、東改札内コンコースの青梅線寄りに店舗を構える『長田本庄軒』。ぼっかけ焼きそばの専門店である。

乗降客ひしめくホーム上ではなく、しかも椅子に座って食べるというスタイルは、これまでとはちょっと趣が異なるのだけど、「改札を出ることなく味わえる」という点を重く見て「駅麺」として紹介させていただく。

Yagata

「ぼっかけ」とは、関西のお好み焼きの具によく使う牛スジとコンニャクを甘辛く和えたものの俗称。そのルーツは神戸市長田区にある。当地のお母さん方の間で「安くて、美味しくて、一度作っておけばいつでも食べられる」と広まった。いわば長田版おふくろの味。お好み焼きだけでなく、カレーやうどんの具として地元の人たちに永く愛されてきたという。

Yaki

写真は「ぼっかけ焼きそば」。ソースの甘さにぼっかけの甘辛さが絶妙に絡み合ってなるほど美味い。スジ肉の脂味をまとった太麺はもちもちと弾力豊か。時折感じられるコンニャクのクニャッとした歯触りも食べるものを飽きさせない。関西の粋を集めたような一皿。昼時を外してもカウンターは常に満席という人気ぶりも、これを食べればなるほど頷ける。

ちなみに朝の時間帯は、ぼっかけ焼きそばではなく「駅そば限定」の業務形態になるとのこと。「駅麺探訪」を続けるものとしては、それも味わってみなければなるまい。明日は競馬場に行けないので、AJCの馬券はウインズ立川で仕入れることにしようか。

 

***** 2015/01/24 *****

 

 

 

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2015年1月23日 (金)

【訃報】ジェニュイン

数日遅れの話題になってしまうが、ジェニュインが死んでしまった。23歳。ということは、あの皐月賞から20年である。阪神淡路大震災や一連のオウム事件で日本中が騒然とする中でのクラシックだった。

Satsuki 

既に種牡馬を引退していたのはご存じの通り。十勝の牧場で暮らしていると聞いていたのに、ふいに社台スタリオンで姿を見かけて、「あれ? ジェニュインじゃん」と驚いたのは一昨年の夏だったか。思い返せば、あのとき馬房から首を出していた彼の姿が、私としては最後になってしまった。

GⅠでの2着が3回もあることから、ここ一番の勝負弱さを揶揄されたこともあったが、皐月賞とマイルチャンピオンシップとGⅠを2つも勝っているのだから、単に「勝負弱い」でまとめるのでは馬に失礼であろう。だから熱心なファンは「ジェニュインは勝ちを譲ったんだ」と、彼に優しい眼差しを送ってやまない。

ダービーのタヤスツヨシ、天皇賞・秋のサクラチトセオー、そして安田記念のタイキブリザード。この3頭、いずれもGⅠタイトルはひとつのみで競走生活を終えている。中でもタイキブリザードは名馬シアトリカルの半弟で、デビュー前にはナリタブライアンより上という評判もあった。だが、6歳までに挑戦した国内のGⅠレースで3着、2着、4着、2着、2着と、どうしても勝ちきれない。これでは多くの人の期待を裏切ってしまう。それを気の毒に思ったジェニュインが、ゴール前でタイキブリザードに「お先にどうぞ」と言った。件のジェニュイン・ファンには、そんな声が聞こえたというのである。

Okabe 

優しさに欠けると家人から指摘されてばかりの私には、残念ながらそんな声は聞こえなかったのだが、「お坊ちゃん」の愛称で呼ばれたジェニュインなら、そんなことがあっても不思議ではないか。そのタイキブリザードは昨夏に亡くなったばかり。サクラチトセオーもタヤスツヨシもすで他界している。

まさかとは思うが、ここでもジェニュインは彼らに先を譲ったのではあるまいな。まるで3頭のあとを追うような、突然の訃報であった。タヤスツヨシと同じく「放牧中の事故」というのも、何やら因縁めいてならない。

 

***** 2015/01/23 *****

 

 

 

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2015年1月22日 (木)

だいこん馬券師のジレンマ

大井競馬場は朝から冷たい雨。年間を通しても「いちばん売れない開催」と言われるだけあって、さすがにお客さんは少ない。

Rain 

寒い時はおでんに限る。特に大根がイイ。一年中出回る野菜ではあるけれど、寒くなればなるほどキメが細かくなり、甘味も増してくる。

Oden 

ただし、競馬場での大根は忌避すべきかもしれない。「だいこん役者」の言葉にあるように、古来より大根は「当たらないもの」の代表的存在。蕎麦や焼き魚にちょこんと大根が添えられているのは、辛み付けというよりも、食中毒防止の意味合いが強い。「大根の医者いらず」ということわざもある。『徒然草』にも薬草として紹介されているほどだから、その「当たらなさ」にはよほどの効力があると思われる。

だとしたら、このチョイスは失敗だったか。実はこのあとの8レースに知人の馬が出走する。その単勝馬券を、つい今しがた買ったばかりなのである。ただでさえ当たらぬ私の馬券に大根効果が加われば、たとえ単勝元返しの馬券でも当たることはあるまい。こんなことなら、はんぺんにしておけば良かったか。だが、大根を箸先でちょっとずつ切り、ふーふー言いながら口へと運ぶこの幸福感は何ものにも代え難いのである。ああ、美味しい。

さて、注目の8レースを勝ったのは1番人気のマレオ。ジャングルポケット産駒の明け4歳馬である。そのボトムラインには、アグネスタキオン、リアルシャダイ、ノーザンテーストと、社台の王道が連なる。笠松から転入して2連勝。もともとJRAでデビュー予定だった素質馬で、昨年の黒潮盃でも5着に来ていたくらいだから、古馬初対戦とはいえC2の中でもC3に近いこのメンバー相手では力が違った。

Mareo 

えー、ちなみにこの馬は私が応援していた馬ではありません(爆)

んもー! 大根っ!!

なんて大根に八つ当たりしてみたが、大根に罪はありませんね。私が悪いのである。こうなったら、日曜の中山で大根バクバク食べながらゴールドシップの単複買ってやろうか。

 

***** 2015/01/22 *****

 

 

 

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2015年1月21日 (水)

いわい@十条

「ひやあつで!」

「あつあつとちくわ天ください」

濃紺の暖簾をくぐった客が、カウンターに座るなり次々と注文する。独特の言葉が飛び交うこの店は、埼京線十条駅から徒歩4分ほどの距離にある『いわい』。お昼はとうに過ぎているというのに、店の前には今日も行列が絶えない。

Retsu 

熱いうどんに熱いダシをかけた「あつあつ」。冷たいうどんに冷たいダシの「ひやひや」。そして、冷たいうどんに熱いダシの「ひやあつ」。今ではあちこちのうどん店で使われるこの呼び方は、実は香川県琴平町の『宮武』から生まれた。この『いわい』は、そんな『宮武』で修業した主人が3年前に独立開業した一軒である。だからうどんのメニューはご覧の通り。きっぱりしている。

Menu 

私もカウンターに座るなり、ひやあつとちくわ天を注文。5分ほど待つと、茹でたてと揚げたてが運ばれてきた。黄金色のダシに浮かぶ四角い麺はエッジのラインもキリリと美しい。冷水で締められた麺はのど越しも痛快至極で、温かいダシはイリコの香りがなお際立つ。これこそ「ひやあつ」の醍醐味。1杯300円の価格設定は、にわかに信じられぬ。

Hiya_atsu 

ちくわ天は100円。これが美味い。揚げたてだからであろうが、とにかく柔らかく、噛むごとに旨味が滲み出てくる。たかがちくわ天と侮ってはいけない。

Chikuwa 

琴平の店は2009年に惜しまれつつ閉店してしまったが、その味はこうして受け継がれている。私たちが400円でこれほど幸せになれるのは、『宮武』の味だけでなく志をも受け継いだお弟子さんたちのおかげ。感謝せねばなるまい。次の浦和開催でも、十条で途中下車してひやあつとちくわ天を楽しもう。

 

***** 2015/01/21 *****

 

 

 

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2015年1月20日 (火)

別路線組の逆襲

この時期の明け3歳馬の重賞レースには、暮れのビッグレースで敗戦を喫した有力馬が休みに入ることなく出走してきて、人気を背負うことが多い。シンザン記念なら朝日杯に出走していたナヴィオン、フェアリーSだと阪神JFで人気を集めたコートシャルマン、京成杯においてはホープフルS好走のブラックバゴあたりがその例であろう。

いや、こんなはずはない―――。

GⅢ程度のメンバーなら―――。

きついローテを承知の上で、格下のレースに駒を進めてきた陣営が抱く思惑は様々。格の違いを見せつけて勝つことも間々ある。だが、今年に限って 言えば、勝ったのはグァンチャーレ、ノットフォーマル、ベルーフ。いずれも別路線組が勝利を納めた。GⅠやGⅡから転戦して結果を出せなかった面々は、この先大きな代償を払うことになるかもしれない。

今日の大井・桃花賞も似たような構図となった。暮れの東京2歳優駿牝馬で4着に好走したカリエンと、前走で初勝利を挙げたばかりのアクティフが人気を分け合ったのである。

中でもアクティフは前走1400mの勝ち時計が出色。馬場状態の助けもあったとはいえ、それでも1分26秒8は能力が無ければ出せる時計ではない。実際、今日は2番手からレースを進め、3コーナー手前で早くも先頭。直線ではカリエンに迫られたが、それでも余裕の3/4馬身差で1着ゴールを果たした。

Actiff 

ファスリエフ譲りのスピードは、今年の牝馬クラシック戦線で注目すべき存在になろう。早くから勝ち上がる一方で壁にぶつかるのも早い―――。そういう評価が固まりつつある父のイメージを覆すような活躍が期待される。

それにしても、ここでも暮れのビッグタイトルからの転戦組が辛酸を舐める結果となった。週末のAJCCに出走するゴールドシップは、果たして大丈夫だろうか……。

 

***** 2015/01/20 *****

 

 

 

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2015年1月19日 (月)

除外、また除外

エッケザックスという明け3歳の未勝利馬に出資している知人が嘆いていた。11日の中山芝2000mに出馬投票するも除外。それで1週待って17日の中山芝2000mに投票したのだが、あろうことかまたも除外である。2週続けて除外を食らったら私なら心が折れるに違いない。心中お察しする。

それにしても……と思う。毎年1月の未勝利戦が除外ラッシュになるのは、有馬記念から金杯まで2週間近く開催のブランクがあることが原因とされてきた。だが、今年のカレンダーでは、有馬から金杯まで1週間。普段と変わらない。しかも先週から中京も始まった。なのに、3場すべての芝の未勝利戦で、エッケザックスを含む13頭が除外の憂き目を見たのである。

だいたいこの季節、芝に群がる未勝利馬がそんなにいるものだろうか。

ここで昨日の話の続きになる。今月は3場で20鞍の芝の未勝利戦が組まれているが、昔はこんなになかった。たとえば2003年の1月にJRAで行われた芝の未勝利戦は7鞍しかない。しかも中山・京都はゼロである。芝を使いたければ小倉まで行かねばならず、フルゲートに届いたのも2鞍のみ。どうやら芝の未勝利戦の需要は、この12年間で大きく変化したようだ。

除外問題の解決には番組条件と在籍馬のマッチングを進めるのが近道だが、それでもどこかの条件で除外馬が溢れるのは見えている。だから抜本的解決には、在籍馬を減らすか、あるいはレース数を増やすか、そのどちらかしかない。前者は無理。だからレース数を増やせ。そういう主張を馬主サイドが実際に訴えたことも過去にはあった。具体的には1日12レースの上限撤廃である。だが、これにも法改正が必要な上、売れぬレースを増やしたところでJRAが得をすることはない。かくして今週も除外馬は出続ける。

Queensring 

先週土曜の中山9Rは3歳牝馬による500万特別・菜の花賞。勝ったのはブノワ騎手のクイーンズリングだった。新馬~特別と2連勝。しかも、不利とされる中山マイルの大外枠を克服しての2馬身差だと思えば、勢い今後への期待も高まる。

しかし、私が気になったのは勝ち馬ではない。ライトザライト、ラスパジャサーダス、ラマハデスヌーダ。実はこのレース、1勝クラスの条件戦でありながら、3頭の未勝利馬が出走メンバーに名を連ねていたのである。彼女らにしても好きで1勝馬相手に走ったわけではあるまい。芝の未勝利戦不足はこんなところにも影を落としている。それでも、ライトザライトは8着に粘ったのだから偉い。出走奨励金50万円を獲得。除外対策には、みな頭を悩ませている。

 

***** 2015/01/19 *****

 

 

 

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2015年1月18日 (日)

ダートの季節

「なんだ、またダートかよ」

「もういい加減飽きたよな」

私の背後の客同士が呟いた。今日の中山は、芝のレースは4鞍のみで残りはすべてダート。しかも1200mと1800mが交互に4鞍ずつ。これでは飽きるのも無理はないか。だが、冬と言えばダート競馬の季節でもある。諦めてもらうしかない。

むしろ4鞍の芝戦をありがたいと思うべきであろう。昔はもっと少なかった。一日のうち芝はメインだけで、残る11鞍はすべてダート。そんな開催が1か月も2か月も続いた。それが嫌なら小倉や中京に行くか、春まで待つしか無い。私は後者を選んだから、今でも気持ちの上での“シーズン開幕”は弥生賞である。

ともあれ今日の中山7Rは500万条件のダート1800m戦。中団からレースを進めた1番人気のロマンシングジェムが、4コーナーからのひと捲りで後続を3馬身突き放した。

7r 

ダート1200mの8Rを挟んで迎えた9Rはダート1800mの初凪賞。後方からレースを進めた1番人気サウンドトゥルーが直線に向いて末脚爆発。楽々と前を捉えると、逆に2馬身の差をつける余裕のレースぶりで快勝した。これで23戦4勝。もともと一昨年のユニコーンSで3着に来た実績馬である。その末脚一辺倒の脚質ゆえ届かないことも多いが、一方で掲示板を外したことも2度しかない。この末脚は準オープンでも脅威であろう。

9r

このサウンドトゥルーと7Rを勝ったロマンシングジェムは、過去に2度直接対戦している。いずれもサウンドトゥルーが先着したのだが、果たして3度目の対戦は実現するだろうか。そのためにはロマンシングジェムが1000万条件をクリアする必要があるのだが、3馬身差快勝とはいえ稍重で1分56秒6ではちょっと心許ない。そう考えると、アグネスタキオン産駒でマイルCS2着馬・フィエロの半妹という血統が重みを増す。今はダートの時季でもあるが、牝馬にとっては繁殖入りもチラつく季節。ダート戦線だけでなく、古馬牝馬たちの動向にも敏感でいたい。

 

***** 2015/01/18 *****

 

 

 

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2015年1月17日 (土)

ブックメーカーJRA②

「日本国内で海外のレースの馬券を買えるようになる」という報道に対し、そんなもの既に海外のブックメーカーのサイトで買えるじゃないか、と昨日付で書いた。

だが、JRAの窓口で馬名入りのちゃんとした馬券を売るというのなら話は別。本来なら、そこまでして初めて「日本で馬券を買える」と言い切れると思うのだが、どうだろうか。ちなみに海外のレースを買えるようになれば、新聞・専門紙はちゃんと馬柱入りで予想を立てる。それくらいのことはする。

どちらにせよ、法改正の手続きよりも、システムの変更の方が大掛かりになる可能性はある。特に競馬場やウインズの発売システムはパンドラの箱だ。開けたら何が出てくるかわからないし、開け方を知る人間すら数少ない。「競馬は18頭以内で行う」という不文律が生まれて間もなく四半世紀。凱旋門賞やメルボルンカップをちゃんと売るなら、この頭数制限をシステムから取り去る必要がある。それは「2000年問題」以来のイベントにもなりかねない。

だが、それをやらずに済む方法もある。18頭を超えるレースを発売する場合、JRAが17頭を指定し、残る1頭分の枠を「それ以外」にまとめてしまえばいい。どうせ単勝しか売らないのだし、オッズもJRAが決めるのだから、最初はそれでもいいのではないか。そもそも、2、3頭をまとめて1頭として扱う、世界にも類を見ない「枠連」を発売している国の主催者である。できないことはあるまい。大穴を狙いたい向きには、システムの抜本改修が終わるまで我慢してもらおう。

Harp 

ところで、昨日から「JRA」とばかり書いてきたけど、今回の法改正が目指すのは、海外レースの馬券を国内の「競馬事業者」が販売できるようにすることである。したがって大井や船橋でも売るケースがあるかもしれない。でも、JRAとまったく同じ馬券を売りに出したところで、たいていの客はJRAで買うのがオチ。そこで独自性が求められる。例えばオッズだ。

海外の競馬場の場内で営業しているブックメーカーで馬券を買う時は、自分が勝つと思う馬にいちばん高いオッズを掲げている業者から買うのが一般的。IPATではハープスターが1.5倍であるのにSPAT4なら3倍もつくとする。ハープスターの馬券を買おうと思っている人なら、迷わず後者で買うだろう。とはいえ、実際にここまで大きな差をつけることは難しく、1.5倍と1.55倍程度の差がせいぜいかもしれない。住宅ローンの金利みたいなもの、と書いたら叱られるかもしれないが、いずれにしても得な方を選ぶのが消費者心理でもある。

ただ、国内の業者間でオッズのばらつきが出ることを、今回の法改正は容認するのだろうか。そもそも、次の国会は安全保障関連法案や農協改革関連法案など重要法案が目白押し。競馬法改正案の成立自体が楽観視できる状況ではない。

 

***** 2015/01/17 *****

 

 

 

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2015年1月16日 (金)

ブックメーカーJRA①

「日本国内で海外競馬の馬券を買えるようになる」

Ascot 

今週のスポーツ各紙は京成杯や日経新春杯の情報もそこそこに、JRAによる海外レースの馬券発売への道筋が整ったと大々的に報じた。国内の競馬事業者が海外レースの馬券を発売できるようにする方針を、政府が固めたことが判明。今月下旬に召集される通常国会に競馬法改正案を提出する見込みだというのである。

だが、それを伝える記事に書かれている「競馬ファンの悲願が実現」とか「背景にあるのは近年の日本馬の活躍」というフレーズは眉唾だ。むろんそうした事情もゼロではあるまいが、話半分でいい。だいたい、既に日本の競馬ファンは、海外のレースの馬券を買う手段を持っている。ネットで海外のブックメーカーに登録して買えばいい。決済はクレジットカードだから「JRAダイレクト」で馬券を買うのと基本は同じ。ウィリアムヒルのように日本語のウェブサイトまで用意している業者もあると思えば、日本人の会員数も決して少なくないと考えるのが妥当だろう。

こうした海外のサイトを利用したベッティングは1998年頃には既に始まっており、当初からJRAはこれを問題視していた。海外のレースだけでなく、JRAが主催する日本のレースも賭けの対象になっていたからである。日本にいながらJRAの馬券をJRA以外の発売元から購入する。これはノミ行為と何ら変わりはない。

「胴元の本拠地がどこであるかにかかわらず、国内で賭けが行われれば全て違法」というのが警察庁の見解である。だが、海外のブックメーカー利用で検挙されたという話はこれまでに聞いたことはない。刑法の賭博罪を成立させるには胴元と客の両方を摘発する必要がある。しかし海外の胴元は現地では「合法」。日本側がどれだけ「違法」と叫んだところで、相手にもされまい。

ならばとJRAは兵糧攻めに打って出る。クレジットカード会社に取引停止を要請し、決済面での締め付けを図った。しかし、すべてのカード会社が協力してくれるはずでもなく、効果は限定的でしかない。このままでは死活問題になる。アウトサイダーがJRAの経営を圧迫するだけに留まらず、競馬産業の根幹を崩す可能性さえ囁かれた。

そこで長期的な対策として、JRAは海外の競馬主催者との協調体制を目指した。これが2002年頃の話である。手始めに取ったのが香港ジョッキークラブとの「善隣政策」。両競馬組織が互いの国の権益を守って馬券発売を行うことで協力するというもので、既に香港では日本のレースの馬券を独自に発売している。JRAはこの善隣政策を世界中に広めることを目指してきた。その狙いは、互いの利益を尊重しつつアウトサイダーを締め出すことにほかならない。馬券発売額で世界1位の日本と3位の香港が最初に手を組んだのは、いわば当然の流れだった。

あれから10余年。今回の法改正は、善隣政策の次のステップである。そのタイミングが、たまたまドバイで日本馬が2勝し、凱旋門賞に3頭もの強豪馬が遠征した翌年だっただけの話。日本の馬が強くなったので急いでやります、というわけではない。「悲願」を言うならJRAであろう。思えば一昨年の新降着ルール導入にしても、こうした流れのひとつだった。

購入先がJRAであろうと、ウィリアムヒルであろうと、ネットでの馬券購入に慣れ親しんだ昨今のファンには、さほどの違いを感じることはあるまい。ブックメーカーがひとつ増えただけ。感覚的にはその程度かもしれない。むしろ、この法改正論議を通じて、JRAが馬券を独占する状況に疑問を抱くファンが増えやしないか。老婆心ながら、ついそんなことを心配してしまう。

(明日付に続く)

 

***** 2015/01/16 *****

 

 

 

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2015年1月15日 (木)

老体にムチ打って

昨日は伝統の第59回船橋記念が行われた。

やれ老化が著しいとか、やれ船橋は遠いとか、もういいかげん疲れたなどと言ったところで、船橋競馬場の方が近所に来てくれるわけでもない。エイヤっと重い腰を上げ、文字通り老体にムチを打って出かけたのである。ビシビシ!(ムチの音)

船橋記念で人気を集めているは6歳牝馬のマスターエクレール。父の Elusive Quality は聞き慣れぬ名前だが、実は昨年の2歳女王・ショウナンアデラの母の父に登場している。こういうトレンドには理屈抜きで注意しておきたい。理屈を探していたら、1000mのレースなどあっと言う間に終わってしまう。その船橋1000mで圧勝した前走の勝ち時計は58秒3。これなら重賞でも足りないことはない。しかも51キロの軽量である。

Master 

一方でこのレースにはヤサカファインとナイキマドリードの2頭の9歳馬が出走してきた。ロジユニヴァースやブエナビスタの同期だと聞けば、思わず頭が下がる。トシを理由に出不精になりかけていた己を恥じねばなるまい。

レースでは、そのナイキマドリードが3番手追走から直線に向くと、馬場の真ん中を貫くように伸びて、逃げたマスターエクレールをクビ差交わしたところがゴール。9歳馬ながら見事優勝を果たした。SⅢとは思えぬ派手なガッツポーズには、むろんそれなりの理由がある。

Nike 

前走、浦和のゴールドカップではまさかのブービー。管理する川島正一調教師も「年齢的な面で心配」と弱気な発言をしていた。前走大敗の9歳馬に大きな期待はかけられない。それが本音であろう。それが、6キロの斤量差をものともせずに同厩の人気馬を差し切って見せたのだから、関係者が驚いたのも無理はない。「馬に脱帽」という川島師の言葉が、それを端的に表している。

手綱を取った川島正太郎騎手が「天国の親父に届いているかな」と言えば、川島師は「直線で親父が乗り移ったようだった」と振り返ったこの一戦。昨年亡くなった川島正行調教師の御子息二人による船橋記念4連覇達成のレースとなった。半世紀以上の歴史を誇る船橋記念における壮挙である。

辛口で知られた故・正行師も、この結果には満足しているに違いない。いや、あるいは「5連覇を目指せ!」とハッパをかけるだろうか。となればナイキマドリードは10歳での挑戦である。最近ではことあるごとに老化を口にする私としても、考えさせられることしきり。わざわざ船橋まで来たかいがあった。

 

***** 2015/01/15 *****

 

 

 

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2015年1月14日 (水)

妖精の仕業

GⅢフェアリーSは、1月の中山芝1600mに条件が変わって今年が7年目。当初は桜花賞と同じマイル戦になることでクラシックへの結びつきが深まるのではという声もあったが、今のところその期待に沿っているとは言い難い。過去6年このレースを走った96頭のうち、その後GⅠを勝った馬はもちろん、2着に入った馬も皆無。3歳クラシック路線の一員としては今ひとつ影が薄い。

そんな手探り感は今年も結果になって表れた。勝ったのは11番人気のノットフォーマル。2着に8番人気のローデッド。3着が3番人気のテンダリーヴォイス。それで3連単482,170円は思いのほか安くはあるまいか。このレースでは人気はアテにならない。ファンも分かっているのであろう。だが、そこまで分かっていても、この成績でノットフォーマルに飛びつくのは難しい。

なにせ手綱を取った黛弘人騎手からしてデビュー10年目で重賞初勝利である。彼のお父さんは元騎手の幸弘氏。引退後は中野栄治厩舎の調教助手となりノットフォーマルの調教を担当している。親子で掴んだ重賞タイトルならば嬉しさも倍増であろう。迷いを感じさせない逃げ戦法は、中野師の現役時代を彷彿させるものだった。

Not 

「権利(賞金)を獲ったのだから堂々と向かう」

レース後の中野師の口から桜花賞を意識した言葉が出たのは当然。そろそろこのレースからクラシックを賑わす一頭が出現してほしい。

だがしかし、実際のところはどうだろうか。昨日の中山5Rは同じ芝マイルの3歳未勝利戦だった。その勝ち時計が1分35秒1である。それなら、メインは34秒台前半の決着になるはず。なんだかんだ言ってもGⅢじゃないか―――。そう睨んだ私は浅はかである。フェアリーSの勝ち時計は未勝利戦にも及ばぬ1分35秒2に留まった。これでは桜花賞が展望できるとは正直言い難い。

半マイル通過が48秒4という超スローペースにも関わらず、カービングパスもコートシャルマンも上がりは35秒を切れず馬群に沈んだ。33秒台はともかく、34秒台なら楽に出せる能力の持ち主のはず。なのに、まるで金縛りに掛かったかのように有力馬たちは動けなかった。なぜだろう。しかも今年に限ったことではないのである。このレースが荒れるのは、ひょっとしたら妖精(フェアリー)の仕業なのかもしれない。

 

***** 2015/01/14 *****

 

 

 

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2015年1月13日 (火)

ぶったまうどん

2015年の船橋開催初日だが、やはり南船橋は遠い。なので、代わりと言ってはなんだが、ここで競馬場の気分を味わうことにした。

そこは、

Keio 

競輪場ではなく、

Offt2 

エスカレーターを上がって、

Offt3 

すぐ左手にあるこのお店は、

Kanban 

そう、オフト京王閣内にあるうどん店『めんこや』さんです。前回の訪問時に宿題となっていた「ぶったまうどん」を味わいつつ、船橋の馬券も買ってレースを楽しもうという魂胆である。

Udon 

まずこちらが「ぶったまうどん」。例によってねじりの入った手打ちのうどんを、醤油ベースの魚介ダシのつけ汁につけていただくスタイル。具は味玉、豚ばら、もやしだから、つけ麺のうどん版だと思ってくれればいい。うどんにしてはなかなかのこってりメニューだけど、つけ汁を飲み干したりしなければ特に気にもならない。満足しつつ船橋10Rと対峙する。

Teuchi 

単勝1.7倍の圧倒的1番人気は連勝中のブラックリバイバル。私の知人が共同所有しているので、この馬のことは良く知っている。だから、2歳12月の初勝利も川崎で挙げた2勝目も競馬場で見た。たしかどちらも不良馬場だったはずだ。

それで思い出したのである。この馬、通算7勝もしているのに、良馬場では一度も勝っていない。折しも関東地方は1週間連続して乾燥注意報が発令中。気象予報士は火の用心を訴え、ダートはパッサパサに乾き切っている。ブラックリバイバルにとって追い風とは言えまい。

うどんを食べる手を休めてマークカードを記入。なにせ発売窓口は振り向いて10秒ほどの近さにある。サッと購入を済ませて、カウンター席に戻った。買い目はご覧の通り。

Baken 

再びうどんを啜り、もぐもぐと噛む間にレース実況を放映する店内のモニタ画面を眺める。窓の外に広がるのは多摩川のゆるやかな流れ。競馬場には行けなくとも、これはこれでなかなか贅沢な午後の過ごし方に違いあるまい。

Monitor 

案の定、直線で末脚が鈍ったブラックリバイバルは2着に敗れた。件の知人にはお見舞いを申し上げなければなるまいが、勝ったドラゴンネストがたまたまブービー人気であったことは、競馬の神様からのお年玉だと思いたい。美味いうどんを食べてお年玉までもらえるオフト京王閣はなんと良いところなのであろう。クセになりそうだ。

 

***** 2015/01/13 *****

 

 

 

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2015年1月12日 (月)

心の老化

あれはシンデレラマイルの大井だっただろうか。レースの合間におしゃべりをしていたカメラマンの方から「2014年はどんな年でしたか?」と訊かれ、ひと呼吸置いてから、こう答えた。

―――おのれの老化を感じた年です。

そう口にしてからシマッタと思った。このシチュエーションにネガティブな答えは相応しくなかろう。だが100%本心から出た言葉でもある。それ以外には全く頭に浮かばなかった。

肩こり・腰痛に加え、老眼の進行も甚だしい昨今だが、私が感じたのは身体の老化ではない。言ってみれば心の老化である。

それに気付いたのは忘れもせぬ昨年の9月22日のこと。午前中を府中某所で過ごした私は、バスと電車を乗り継ぎ2時間かけて船橋競馬場にたどり着いた。自分の馬が御神本訓史騎手の手綱で走るのである。しかし結果は惨敗。競馬場には10分ほど滞在しただけで、今度は神奈川にある自宅まで1時間半かけて帰らねばならない。

そう思ったら、急に途方もない疲労感に苛まれた。今までに感じたことのない、強大な疲労感である。なんでこんな無駄なことをやっているのだろう。なんでこんな遠くまで時間と金をかけてわざわざやって来たのだろう。なんでこんなに疲れるんだろう―――。

何かがプツリと切れた感じがした。考え始めたらもう止まらない。それまでの私なら南船橋駅へ走り、京葉線を使って最短距離で帰るところだが、「座れるから」という理由で遠回りの京成線を使うことにした。

もう、こんな遠くまで来れない……。

船橋競馬場駅のホームで電車を待ちながら、つくづくそう感じてしまったのである。実際、翌日の日本テレビ盃を休んでしまった。秋のダートグレード路線の開幕を告げる大事なレース。普通なら休むなんて考えられない。それだけに留まらず、平和賞にも、クイーン賞にも行かなかった。船橋所属の馬主でありながら、昨年9月22日を最後に船橋競馬場には足を踏み入れてないのである。暇さえあればせっせと競馬場に通い、足を骨折しながらそれでも安田記念に駆け付けたかつての自分を顧みれば、症状は重篤と言わざるを得ない。

Funabashi 

競馬は競馬場で見てこそ面白い!

私はことあるごとにそう訴えてきた。だが、もはやそんな偉そうことを言える立場ではない。今年届いた年賀状には「足を悪くして競馬場に行けなくなった」という一文があった。世の中にはそういう人もいる。それならたとえ2時間かかっても、競馬場に行ける自分は幸せではないか。それは分かっている。なのに気持ちが向かない。これは心の老化であろう。明日から新年の船橋開催が始まる。

 

***** 2015/01/12 *****

 

 

 

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2015年1月11日 (日)

白玉ぜんざいデビュー

今日は鏡開きですね。

私が子供の頃は、カッチカチに固まった鏡餅をトンカチで必死に叩き割って、カビてないわずかな部分をチリチリと焼いて汁粉に入れたものだが、最近の鏡餅は外見は鏡餅型のプラスチックで、その中にパックされた切り餅が入っていたりするので驚く。まあ、その方が食べるぶんにはラクですけど。

Mochi 

餅の方がラクになったのだから、汁粉の方は自らの手で作りたい。たっぷりの水で小豆を茹でて、砂糖で甘味をつけるだけ。手間というほどのこともない。

ただし、シンプルなだけに材料が味を大きく左右する。丹波産の大納言なら申し分ないが、さすがにそこまで金はかけられない。でも、正月だからちょっと奮発して北海道産の新豆を使うことに。

これを鍋に入れ、水をたっぷりと張り、強火にかける。沸騰したら茹で汁を捨て、新しく水を張り、再び火にかける。こうして二度茹でこぼしたあと三たび水を張り、中火にかけて小豆がやわらかくなるまでさらに茹でる。

次に砂糖。これもできれば和三盆糖が使えればそれに超したことはないのだが、いま作っているのは決して高級割烹のデザートではない。とはいえ、普通の白砂糖というのも芸がないので、ザラメを使ってみる。さらに若干の塩。これが微妙な甘さの決め手になる。

Shiruko 

私は関東の人間なので、汁粉と言えば粒のないいわゆる「御膳汁粉」だが、豆から自分で煮るとなると小豆が粒のまま入った「ぜんざい」になりがち。関東の人間は「ぜんざい」を「田舎汁粉」などという失礼な呼び方をすることもあるが、実は「ぜんざい」を漢字で書くと「善哉」なんですよね。

「ぜんざい/善哉」の語源については諸説乱立しているらしいが、我々競馬関係者にすれば「善哉」といったら吉田善哉氏に他ならない。そういや、善哉さんも甘いモノが好きだったよなぁ―――。

なんて正月気分の名残を楽しみつつ明日の出馬表を見ていたら、なんと明日の中山4R新馬戦に「ゼンザイ」という馬が出走するではないか! こんなことってあるのか? しかもお母さんは「シラタマ」とある。これは俄然注目であろう。

 

***** 2015/01/11 *****

 

 

 

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2015年1月10日 (土)

賀状の知らせ

正月も10日を過ぎれば、自宅に届く年賀状もボチボチ打ち止め。今年は枚数が例年より少ない気がする。そのぶん暮れに届いた喪中の欠礼状がやたらと多かった。そういう年もある。いや、自分の歳を顧みれば、これからはずっとこんな感じなのかも知れない。新年早々テンションが下がる。

年賀状で訃報を知ることもある。それも人間ばかりではない。苫小牧の知人から届いた賀状には「ユウトウセイ死去、残念の一言」とあった。昨年2月のことだという。知らなかった……。年賀はがきの束を手にしばし固まる。

1997年の京都記念を8歳にして勝ったユウトウセイ(父・マグニテュード)の競走生活は、両前脚トウ骨の骨膜との闘いでもあった。4歳3月にようやくのデビューを果たし2着と好走するも、間隔をじゅうぶんに空けないとレースを使うことができない。やきもきしながら手にした初勝利は未勝利戦も最終盤の10月福島である。その後も半年から1年の休養を挟むこと3度。京都記念を勝った時、「欠席が多いので優等生ではない」と笑っていた田中章博調教師の言葉は、冗談半分にしても本音も半分と捉えるべきであろう。8歳にして初めて掴んだ重賞のタイトルは、関係者の苦労の証でもある。

Yu1 

エアグルーヴが勝った天皇賞を最後に現役を退いたユウトウセイは、生まれ故郷の白老町の社台牧場に帰ると、細々と種付けをこなしつつ、のんびり余生を過ごしていた。生涯の種付け頭数は、のべ12頭。血統登録された産駒はわずか9頭に過ぎない。だが、そのうちの2頭がJRAで勝ち上がったばかりか、計7勝を挙げたのだから驚く。配合相手次第では……などと、つい考えてしまう。

だからといって、ユウトウセイが不遇だったと言うのではない。社台牧場の吉田善伍氏(故人)は、自宅の一部を改造してファンからの手紙や写真などを展示するメモリアルコーナーを作り、そこでユウトウセイを目当てにやってきたファンと言葉を交わしていた。話が尽きると馬を連れ出し、顔を撫でさせ、最後にはファンと馬のツーショットを撮ってあげる徹底ぶり。カメラを持参しないファンがいれば、自宅から愛用の一眼レフカメラを持ち出してきて撮影し、現像して、きちんとアルバムに入れて送ってあげていた。

Yu2 

多くの人に愛されたユウトウセイは幸せだったに違いない。老いてからは、パドック脇に見学者の姿を見つけると、自らゆっくりと近づいて愛想を振りまくこともあったという。「優等生」の名に恥じぬ晩年だった。

 

***** 2015/01/10 *****

 

 

 

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2015年1月 9日 (金)

浦和競馬場4号スタンド

突然ですが「年明けうどん」ってご存じですか?

世間への浸透はまだまだだと思うのだけど、暇さえあればうどん屋をハシゴしているような人間には、この時季やたらと目にするメニューでもある。純白のうどんに赤いトッピングをを添えた紅白の一杯を年の初めに食べることで、一年の幸せを願う縁起もの。大晦日に食べる「年越しそば」のカウンターパートだと思ってもらえばいいだろうか。

2007年秋、「さぬきうどん振興協議会」が新たな麺食行事の普及をめざして普及活動を始め、その翌年に商標登録された。それほどの由緒があるわけではないから、私もすすんで食べるわけではない。だけど、今日たまたま入った『丸亀製麺』に期間限定の年明けうどんメニューがあったので、頼んでみた。

Marugame 

年明けうどんには使用食材に厳密な決まりがない。ただひとつ。赤い具材が入っていること。梅干し、かまぼこ、エビ天といったところが一般的だろうか。こちらの一杯はそれらがすべて揃った豪華版だ。

Tosiake 

年明けうどんに気を良くしてぶらぶら歩いていると、こんな公園に出たではないか。ちなみに先の『丸亀製麺』は「浦和太田窪店」である。

Park1 

すべり台に描かれているのは馬のイラスト。

Park2_2 

はて、どこかで見たことあるような……。

View 

そう、浦和競馬場の向こう正面に見える公園。別名「浦和競馬場4号スタンド」ですね。ちょうどレースが発走するところで、散歩中のお年寄り夫婦や、母子連れなど十数人が疾走する人馬に向かって歓声を送っていた。

2turn 

船橋競馬場の2コーナー奥にある「ららぽーと」への歩道橋も、レースが始まると見物人でいっぱいになる。競馬場には足を踏み入れない人も、馬が走る姿は見たいのである。競馬には興味があるのだけど、競馬場に集まる人が好きではない。そんな人は少なくなかろう。この公園から本物のスタンドまではわずか200mほど。しかし、両者の距離は思いのほか遠い。

Park 

それで何か困るということではない。だが一方で、もったいないという思いもよぎる。競馬場内に、馬券とは完全に切り離された観戦エリアがあってもいい。むろん入場口も別々。馬券を買わぬ客には用はないという時代では、もはやないような気がするのである。

 

***** 2015/01/09 *****

 

 

 

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2015年1月 8日 (木)

まさかのハコ目

どういうワケか、同じ日の同じ時間に別々の場所で行われるふたつの結婚披露宴の招待を両方受けてしまい、しかもその直前に立ち寄った競馬場で自分の所有馬が望外の勝利を収めて、そのまま祝勝会をするに至り、「あぁ、もうどうにもならない…」と頭を抱えこんだところで目が醒めた―――。

いきなりの夢オチで申し訳ないけど、これが2015年の初夢だったのである。果たしてこの夢は何を示唆しているのだろうか。京浜東北線に揺られながら考えた。

ひょっとしたら「今年のラッキーフードは親子丼」というお告げではあるまいか。つまりダブルブッキングを象徴する食べ物といえば親子丼という解釈である。まあ、あまりに勝手ですが。

そこで、南浦和駅を降りるや鶏料理の『たかせん』に直行。比内地鶏を使った親子丼は、肉と玉子がたっぷりでネギは入っていない。私が好きなタイプ。濃いめのダシに野趣あふれる比内鶏の風味が際立つ一杯を掻きこみつつ、我ながら良い初夢を見たものだと独り悦に入った。

Oyako 

上機嫌で浦和競馬場へ。

年が明けてから川崎にも中山にも行けなかったので、今日のニューイヤーカップが2015年の打ち初め。となれば、馬券も親子丼狙いで良かろう。実はこのレース、11頭立てながら同一厩舎の2頭出しが2組もいるのである。小久保智厩舎のラッキープリンスとパーティメーカーはどちらも前走がGⅠという格上的存在。船橋の林正人厩舎からは3戦無敗のノースノースと鎌倉記念の覇者・オウマタイムが遠征してきた。親子丼決着があってもおかしくはない。初夢が早くも正夢になりそうな予感がする。

Newyaer 

レースは1番枠のラッキープリンスが枠なりのスタートからハナを奪うと、そのまま後続に2馬身の差をつけて逃げ切った。これが嬉しい重賞初制覇である。鎌倉記念、ハイセイコー記念、そして全日本2歳優駿と、いずれも途中でレースを投げるような仕草を見せて敗れていたが、デビューから無敗の4連勝を達成した地元に戻って一変。なにか吹っ切れたような競馬ぶりだった。極端な内弁慶なのか、あるいは逃げる競馬が合っているのか。次走京浜盃ではっきりする。注目せねばなるまい。

Baken 

2着ノースノース、3着オウマタイム、そして4着はパーティメーカー。①小久保→③林→⑧林→⑥小久保の決着で、残念ながら親子丼は実現しなかった。でも、私が勝った馬券を見てほしい。タテ目という言葉は良く使うが、これはさしずめ“ハコ目”であろう。むろんハズレはハズレ。泣いても喚いても、こればかりはどうしようもない。2015年も馬券では苦労しそうだ。

 

***** 2015/01/08 *****

 

 

 

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2015年1月 7日 (水)

タイトルホースの2015年

JRAは昨日、2014年度のJRA賞受賞馬選考委員会を開いた。年度代表馬に選出されたのはドバイシーマクラシックと有馬記念を勝ったジェンティルドンナ。すべての関係者と、そして何より頑張った馬自身にお祝いを申し上げたい。

私が注目したのは最優秀3歳牡馬のタイトル。ダービー馬・ワンアンドオンリーを差し置いて、皐月賞馬・イスラボニータが選ばれた。獲得票数はイスラボニータ170票に対し、ワンアンドオンリーが109票。59.6%という得票率は、2000年に現在の選考方式になって以来、最優秀3歳牡馬としては最も低い。とはいえ天皇賞・秋でジェンティルドンナを苦しめた走りは見事だった。そのジェンティルドンナが年度代表馬なのだから、高い評価が与えられても不思議ではない。

むしろ不思議なのは関東と関西とで評価が分かれたことだ。投票者の所属する記者クラブを東と西に分けてみると、得票数は以下のようになる。(※中京競馬記者クラブは西に含む)

所属 イスラ ワンアンド
-------------------------
東  123    51
西   47    58
計  170   109

ご覧の通り、西の得票数だけならワンアンドオンリーの方が上回っているのである。実はイスラボニータはデビュー以来、中京以西の競馬場で走ったことがない。見たことのない馬に投票するくらいなら―――。そんな心理も働いたか。投票は投票者の主観のみに委ねられるのだから、そういう理由があったとしても、もちろん問題はない。伝えられるところでは、イスラボニータは産経大阪杯への出走を展望しているそうだが、そこで最優秀3歳牡馬に相応しい走りを見せつける必要がある。

Isura 

そんなイスラボニータを始めとして、2014年は美浦所属馬から5頭のタイトルホースが誕生した。これは2004年以来10年ぶりのこと。東西の成績格差を「西高東低」と揶揄されて久しいが、美浦の関係者はこれを励みにする程度には留めてほしくない。イスラボニータは中距離戦線の主役を張り、2歳のタイトルホースたちには、クラシックのひとつやふたつ勝ってもらわねば困る。

そこまで言うのは、2004年にタイトルを獲得した美浦所属の5頭が翌年はことごとく未勝利に終わり、05年の全タイトルを栗東所属馬がさらった過去があるからだ。一年限りの活躍に終わらせるようでは、せっかくのタイトルが泣く。だからこそ、イスラボニータ、ダノンプラチナ、ショウナンアデラ、スノードラゴン、そしてアポロマーベリックの2015年シーズンに俄然注目なのである。

【2004年にJRA賞を受賞した関東馬】

ゼンノロブロイ 年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬
マイネルレコルト 最優秀2歳牡馬
ショウナンパントル 最優秀2歳牝馬
ダンスインザムード 最優秀3歳牝馬
ブランディス 最優秀障害馬

 

***** 2015/01/07 *****

 

 

 

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2015年1月 6日 (火)

【駅麺探訪④】直久@川崎

戦前の我が国には「ラーメン」という言葉はなかった。

いや、どこかにあったことは間違いないが、少なくとも現在のように定着はしていなかった。横浜税関を退職したある人物が、ラーメン店の嚆矢となる『来々軒』を浅草に出店したのが1910年のこと。中華街から招いた料理人が作る「支那そば」が人気を呼んだ。その後「支那そば」や「中華そば」の名で瞬く間に広まったが、「ラーメン」の呼び名が定着するのは、1958年発売の「日清チキンラーメン」の爆発的ヒットまで待たなければならない。

Naoq1 

川崎駅改札内に『直久』というラーメン店がある。そのルーツは、1914年に甲府で創業した支那そば専門店だというから、今年でなんと101年目。その後、1967年に銀座に進出を果たした時の店名は『らーめん直久』だから、「支那そば→ラーメン」の呼称の歴史をほぼ辿っている。銀座の長老によれば、「行列のできるラーメン屋の、元祖中の元祖」と言うべき存在が、この『直久』だったそうだ。

そんな歴史ある一杯が駅の立ち食いで気軽に味わえるのだから食べぬ手はない。醤油味のすっきりしたスープに相性抜群の縮れ麺。具材はネギ、チャーシュー、メンマ、そして海苔。この潔さこそ支那そばの王道であろう。これで1杯430円。安い。

Naoq2 

改札を一歩外に出て、右に曲がれば駅ビル「川崎アトレ」の地下街に『なんつッ亭』『らぁめん大山』『めじろ』『いまむら』『くにがみ屋』『本丸亭』という屈指の人気店が軒を連ねており、左に曲がった「ラゾーナ」にも人気ラーメン店が多数出展している。そんな激戦区にあって、いつ見ても客が絶えない『直久』の存在感には感心させられることしきり。川崎開催の折には、百年の歴史が詰まった一杯の為せる業を堪能したい。

 

***** 2015/01/06 *****

 

 

 

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2015年1月 5日 (月)

枠順ドラフト

我が国競馬史上初の試みとして行われた有馬記念の公開ドラフト抽選を振り返りたい。イの一番に4番枠を指定したジェンティルドンナに、次いで6番枠を指定したトゥザワールド。実際のレースもこの2頭のワンツーフィニッシュで決着したことで、枠順をめぐる問題が改めてクローズアップされた。

昨年暮れにTV中継された有馬記念枠順公開抽選の模様をご覧になっただろうか。上記の2頭を除けば、基本的に内側の偶数番号から順番に埋まっていくだけ。これを見ていた知人からは、「ジェンティルとトゥザ以外はドラフトの意味がない」と厳しかった。

競馬では出走全馬がコースに対して横並びでスタートする。走る距離だけを考えれば内側の1番枠が最も有利。外枠が不利であることは何も中山・芝2500mに限ったことではない。

ただ、中山ダート1200mや東京ダート1600mのように、スタート直後に芝コースを横切る場合、内枠の馬は内ラチに押し込められるリスクを孕むし、ブリンカー着用の馬なども内側で窮屈に走るより、外目をのびのびと走らせた方が良い。数学的に枠順の有利不利がないはずの新潟芝1000mにしても、外枠が有利であることは成績を見れば明らかだ。

Daiwa 

それでも「外枠不利」が強く叫ばれる中山・芝2500mである。だが、2008年のようにダイワスカーレットとアドマイヤモナークのように枠連8-8で決したこともあったではないか。「外枠不利」は本当だろうか? そう思って、過去20年(1995年1月以降)の中山・芝2500m戦231鞍の勝ち馬の馬番号を調べてみた。その結果は以下の通り。

馬番 優勝回数
---------------
 1  22
 2  26
 3  16
 4  28
 5  17
 6  11
 7  27
 8  16
 9  13
10  22
11  14
12   9
13   7
14   3
15   0
16   2

一見、外側の成績が極端に悪く見えるが、それは出走頭数によるもの。2500mという距離にフルゲートの16頭が揃うことは滅多にない。それを踏まえて注目すべきポイントは二つ。一つ目は確かに内側が好成績を残しているように見える一方で、7番枠や10番枠の数字も決して悪くはないこと。そしてもう一つは、その中でも4番枠の優勝回数が頭一つ抜け出ていることだ。真っ先に4番枠を希望したジェンティルドンナの陣営は、この事実を知っていたのだろうか。

今回の有馬記念を見てある思いを強くした。実力のある馬に、実績のある騎手が乗り、そのコンビがもっとも実力を発揮できる枠順を手に入れれば、たいていは勝つのである。穴党にしてみれば夢も希望もない話に聞こえるが、それならこの数字を逆手に取ればいい。そもそも、セパレートコースでもなく、自然の地形もある程度残したコースでハナクビを競う競馬において、出走枠順の完全なる公平性を求めること自体が無理な話。調教師も騎手もファンも、枠順決定からすでに競馬が始まっていると考えるべきなのだろう。

とある地方競馬場では、数年前まで先端に馬番号が書かれた細長い木片を、関係者がおみくじのように引き抜く方法で枠順抽選を行っていた。ところがその何年も同じ木片を使っていたせいで、木目やキズや色合いといった微細な特徴で、番号がだいたい分かってしまっていたという。そんな笑い話みたいな枠順決定に比べれば、有馬記念の抽選は見ていて面白かった。今年もまたやって欲しい。

 

***** 2015/01/05 *****

 

 

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2015年1月 4日 (日)

ステイヤーの憂鬱③

ステイヤーが輝きにくい時代にあるのは、なにも日本に限った話ではない。日本が競馬の範を取ったと言われる英国においてもセントレジャーの凋落は著しく、クラシック三冠の概念そのものが形骸化しつつあるし、仏国においてもダービーが2100mに短縮されて既に10年が経過した。それを思えば、三冠最終関門として独自の存在感を誇る日本の菊花賞はまだまだ捨てたものではない。

かつて秋の天皇賞が2000mに短縮され、なおかつ3歳馬にも開放されるらしいと報じられるや、一部の馬主から猛烈な反対運動が起きた。曰く「菊花賞の地位を貶めるもので、伝統あるレースの存亡に関わる」というものである。

なるほど的を得た主張だが、今のところGⅠの格付は残されているし、施行時期がちょっと早まっただけでレースも存続している。件の馬主は心配し過ぎだったのか? いや、その後も皐月賞のマイル変更案が出たり、つい最近も春の天皇賞の距離短縮がまことしやかに噂された。菊花賞だけが聖域と言うわけにはいくまい。

ドバイワールドカップにせよ、BCクラシックにせよ、香港カップにせよ、国際的なチャンピオンシップを争う距離は、いまや2000mが主流である。さらに一昨日付でも書いたように、我が国における新設重賞レースもほとんどが2000m以下。この流れは止まりそうもない。

実はサラブレッドを生物学的、医学的に見た場合、個体としての特性はマイラーであるという考えが、近年では主流になりつつある。それなら世界的な距離短縮の潮流は当然のことのように思えるが、一方で競馬には「血」へのあくなき挑戦という普遍のテーマが存在することを忘れてはならない。サラブレッドがマイラーだからといって、能力検定をすべてマイルで行うようでは、サラブレッドの進歩はそこで終わる。

ところで「最も印象に残ったステイヤー」を聞いたら、皆さんはいったいどんな名前をあげるのだろうか。

オールドファンならグリーングラスやタケホープ。若いファンなら、史上初めて春天を連覇したメジロマックイーンに、そのマックイーンの3連覇を阻んだライスシャワーあたりであろう。デルタブルースのメルボルンカップ制覇は競馬史に残る偉業であろうし、私などは61キロを背負ってダイヤモンドSを連覇したスルーオダイナもぜひ加えたい。

Rice_2 

肉を切らせて骨を断つ―――。本物のステイヤーたちの走りには、そんな見るものを震わせる凄味があった。特にライスシャワーの走りはその典型であろう。本質はマイラーであるはずの彼らサラブレッドたちが、それでも死力を振り絞り、距離の限界に果敢に挑まんとするその姿に、見る人は心を打たれ、時には涙を流して感動するのである。スローの上がり勝負ばかりで退屈なレースが多いと言われれば返す言葉もないが、時に素晴らしいドラマが生まれるのもまた長距離戦であるような気がしてならない。

 

***** 2015/01/04 *****

 

 

 

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2015年1月 3日 (土)

ステイヤーの憂鬱②

5日の京都メインはオープン特別の万葉S。重賞を除けば現存する唯一の3000m以上の競走である。ブラッドストーンステークス(中山3200m)も、嵐山ステークス(京都3000m)も、歴史的役割を終えたとして短距離レースに様変わりしてしまった。今年の万葉Sは、出走13頭のうち7頭は条件馬という有様。しかも1000万条件や500万条件の馬まで含まれているとなれば、いよいよこのレースの終わりも近いかもしれない。

それはそうとして、芝3200mのブラッドストーンSを懐かしく思うのは私だけではないと思う。

当時のブラッドストーンSの勝ち馬を列記してみる。タニノボレロ、キリスパート、ダイイチジョイフル、ウイニングウエイ。立派なオープン馬ではありながら重賞では今ひとつ足りないというステイヤーにとって、ブラッドストーンSはまさに貴重なレースだった。

騎手の優劣が現れやすい長距離戦だから、勝利ジョッキーには岡部幸雄やM.ロバーツという名が目立つ。今ひとつ勝ち切れないレースが続いていたダイイチジョイフルを、3角からの捲り一閃で見事勝利に導いたロバーツ騎手の騎乗は見事だったし、そのダイイチジョイフルを封じて逃げ切った93年の岡部騎手の手綱さばきも印象的だった。

自分の土俵で輝きを取り戻した馬、あるいは「オープンでも活躍出来るぞ」と自信を付けた馬たちは、ここをステップに勇躍淀の3200mへと向かった。さすがにそこで勝てるほど競馬は甘くはないわけだが、格下のステイヤーが最高目標の天皇賞に挑戦するためのひとつの道として、重要な役割を担うレースだったような気がする。

2200mに距離が短縮されたのが1997年のこと。その後、出走条件が準オープンになったのはまだいいとしても、ダートの1200mというまるで正反対の条件となったのは、やはり時代の流れか。

芝3200m当時の出走頭数がほぼ毎年6~7頭だったのに対し、ダート1200mに変わってから昨年までの平均頭数は15.4頭である。番組的には、これほど見事な条件変更はあるまい。ミスタープロスペクター系全盛のご時世では仕方のないことではあるが、このままではいつの日にか春の天皇賞がダート1200mで行われるようになってしまうのではないかと、つい余計な心配までしてしまう。

あの頃のブラッドストーンSは4月の第1土曜日に組まれていたこともあり、レースは満開の桜の下で展開することが多かった。

桜が咲き誇る3~4コーナーを2度通り、しかもゆったりと流れる3200m戦は、花見競馬にもってこいである。ブラッドストーンSに限らず、たとえば「花の大障害」と呼ばれた中山大障害(春)が桜に似合うとされたのも、レース自体がゆったりと流れるからに違いない。キリスパートの真っ白な馬体が、満開の桜を背に4コーナーを先頭に回ったシーンは、それはそれは美しかった。

Kiri_2 

桜並木から遠く離れたダートの1200mでは、レースの視界に桜など見えぬし、それでも敢えて桜に目を向けてみたら、その一瞬の間にレースが決してしまうだろう。こうして美しい競馬の点景が、またひとつ消えた。

 

***** 2015/01/03 *****

 

 

 

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2015年1月 2日 (金)

ステイヤーの憂鬱①

ここ数年のJRAは毎年のように重賞レース体系をいじってきた印象があるが、明けて2015年は大きな変更はない。たまにはこういう年があっていいと思う。と言うか、重賞カレンダーをファンの心に定着させるためには、ある程度の据え置き期間が必要であろう。鳴尾記念なんて、グレードはいくつで、何月頃に何メートルの距離で行われてるのか―――パッと思い浮かばないほどグチャグチャにされてしまった。

ともあれ今年から12月のターコイズSがGⅢ重賞に昇格。これで古馬のマイル重賞は14に増えることになる。それで気になって年を遡って重賞レースの平均距離を調べてみた。調査対象はグレード制導入以降のJRA古馬GⅠ~Ⅲ重賞。2歳および3歳の限定戦と障害、そしてアラブ限定戦は含まない。

年 レース数 平均距離
----------------------
1984年 58鞍 2005.17m
1995年 62鞍 1969.35m
2005年 76鞍 1882.89m
2015年 80鞍 1832.50m

ご覧の通り、古馬の重賞レースの数は増える一方で、その平均距離はどんどん短くなっているのである。感覚的にはそうだろうなと思ってはいたが、こうして実際に数字にして表してみると、分かっていたこととはいえ愕然としてしまう。

そもそも、1984年の時点で1200mの古馬重賞は、CBC賞、北九州記念、そしてスプリンターズSの3鞍しかなかった。それが今ではアイビスサマーダッシュも含めて12鞍である。同様に1400mの重賞も3鞍から7鞍に増加。一方で2400m以上の重賞は13鞍から11鞍へと漸減である。これでは平均距離が短くなるのも無理はない。ダンスインザダークの悲鳴が聞こえてきそうだ。

Dance_3 

もちろんJRAだってやみくもに変えているわけではない。短距離を好む―――長距離を退屈と感じる―――ファンの嗜好や、市場の短距離血統指向、さらには全世界規模で進むレース短距離化の流れが背後にはある。

それでも、我が国のチャンピオンシップは相変わらず2400mで争われており、チャンピオンホースはまるで魅入られたように凱旋門賞を目指すから不思議だ。2000mで行われるBCクラシックや、ドバイワールドカップの方が、日本の重賞距離体系に近い上に凱旋門賞より賞金も高いのに……。結果としてマイルや2000mの重賞をステップに凱旋門賞に挑むという、欧米人からすればちょっと不可解なローテーションが生まれたりする。

ディープインパクトもオルフェーヴルの最初のチャレンジの時も、凱旋門賞では最後の最後に苦しくなったところを他馬に差された。オルフェーヴルがゴール前にヨレたのは「気の悪さ」とも言われたが、スミヨンがそんなヘマをするはずがない。ディープインパクトにしても、ゴール後は脚も頸も上がっていた。日本のチャンピオンに足りないものが、スタミナであることは疑いようがない。

サンスポの佐藤洋一郎氏は「本気で凱旋門賞を勝ちたいと思うなら、秋の天皇賞を3200mに戻せ」と事あるごとに訴えている。だが、現在の古馬重賞の平均距離は約1800m。驚くべきことに秋天の2000mは、重賞全体の中においてむしろ長い部類に入ってしまう。昨年のドバイデューティーフリー(1800m)で見せたジャスタウェイの強さは、日本の古馬重賞体系を象徴していたのかもしれない。

 

***** 2015/01/02 *****

 

 

 

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2015年1月 1日 (木)

年を数えて

新年あけましておめでとうございます。東京では新年早々雪が舞った。驚いた方も多いのではあるまいか。元日の東京に雪というのは珍しい。

今日1日1日はすべての馬の誕生日。昨日まで2歳だった馬たちは、今朝にはすべて「3歳」になっている。もちろん一晩で突然成長するわけではなく、便宜的な理由によるもの。本当の生年月日はそれぞれ別にあるが、全ての馬が歳を重ねる日だと思えばともかくめでたい。新年の祝杯は馬たちにも捧げたい。

古来より我が国には、人間も正月が来るたびにひとつずつ歳を重ねる「数え年」の風習があった。年配の方の中には、今も年齢を尋ねられと満年齢ではなく数え年で答える人がいる。私の祖母は自身の生年月日を知らなかった。かつては誕生日を祝う風習などなかったから、覚える必要などなかったという。家族全員が歳を重ねるのは正月であり、だからこそめでたいのである。

数え年では産まれたその瞬間から1歳で、次の正月を迎えると2歳になった。だから大晦日に生まれた子は、生誕2日目には既に2歳である。馬も同じ。産まれたばかりの当歳馬は、翌年は2歳馬と呼ばれた。当時の人間の風習に倣えば自然の流れであろう。3歳になると競走デビューを果たし、ダービーは「4歳馬の祭典」にほかならなかった。

戦後になって人が欧米流の満年齢を使い出した後も、馬は頑なに伝統的な数え年を貫いてきたことはご承知の通り。生年後最初の正月で1歳とする欧米式に改められてしまったのは2001年のことだ。この年からダービーは「3歳馬の祭典」に生まれ変わった。

Jungle 

制度変更の理由は、数え年の習慣が競馬の国際化に支障を与えるというもの。たしかに、ほとんどのオープンレースが外国馬に開放され、日本馬による外国への遠征も珍しくない昨今に、年齢の数え方が異なるというのは手間には違いない。だが、そもそも北半球と南半球とで異なる馬齢加算ルールの全世界統一など不可能。そんなことみんな分かっている。それなのに、日本がわざわざ数え年の習慣を捨てる必要などあったのだろうか。この変更がファンを含めた競馬界全体の多数意見であったとは、今も思えぬ。

シンザンは36歳で死んで当時の最高齢記録を樹立した。だが、「今の数え方では35歳だよ」などと指摘されれば興醒めも甚だしい。新馬齢を採用している競馬のデータベースサイトで「阪神3歳S」の勝ち馬を検索すると、2歳馬がズラリと並んで表示される。制度切り替えの時期をまたいで活躍したテイエムオーシャンが2年連続で「最優秀3歳牝馬」のタイトルを獲ったことなど、もはや笑い話ではないか。外を見過ぎるあまり、内の競馬記録をないがしろにした責任は重い。

習慣も貫き通せば文化と呼ばれる。馬の年齢を数え年で表記し、ダービーを4歳馬の祭典としていた習慣は、間違いなく我が国固有の文化であった。これを「国際化」のひと言で消滅させたことは、文化的退行の誹りを免れまい。

正月から文句ばかり書き連ねてしまったが、今年もこんな感じで日々書いていくことになりそうです。なにとぞよろしくお願いいたします。

 

***** 2015/01/01 *****

 

 

 

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