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2014年12月12日 (金)

師走の選挙

夜の仕事に備えて昼寝をする習慣のある身にとって、不愉快な日々が続いている。

そう、あの忌まわしき選挙カーである。

耳栓をものともせぬ絶叫に束の間の安眠を遮られて、その候補者に投票しようと思う人間などいるものか。昼寝をしていなくとも、同じ思いをしている方は多いと思う。だが選挙のプロに言わせると、「そう言われることが多いのだけど、実際にはあれ(選挙カー)がいちばん票につながる」とにべもない。選挙なんて所詮そんなモンなんですね。早く終わってほしい。

ところで、往々にして選挙は競馬に喩えられる。

当選が有力視される候補者は「本命」、本命を脅かす候補者は「対抗馬」である。こっちの党よりあっちの党の方が勝ち目があると思えば「鞍替え」も厭わない。「勝ち馬に乗りたい」と願う面々がギリギリまで態度を決めかねる光景は、まるで発売締切1分前の馬券売り場のよう。選挙戦が終わって「当確」が報じられても、「まだ確定じゃない」と気を引き締めるあたりは、万馬券を手に確定の赤ランプを待つ心境だろうか。

なぜ競馬用語と選挙が結びついたのか。

我が国の選挙では永らく中選挙区制が続き、同じ政党から複数候補が立つこともあった。ために、本命・対抗の例えにぴったりの状況も生まれやすかったからではないか、というのが大方の見方である。高度経済成長期の60年代から70年代半ばにかけて、多くの人が競馬を楽しむようになった。政治に対する国民の関心も高い時代。競馬に例えて選挙への関心を一層高める効果もあったのだろう

ちなみに選挙も競馬も本場のお国イギリスでは、単純小選挙区制を採用している。これは一人だけが勝つ制度。僅かな差であれ2着以下は「敗者」である。競馬でもひたすら単勝馬券を好む彼らの国民性がここにも表れている。

Goal 

小選挙区に比例代表をも並立させた日本では、選挙区の勝負で1着を取れなくても「比例復活」の道が残されている。馬券の中心が連勝でありかつ、レースでも露骨な「着拾い」が横行する日本の競馬に、どことなく似ていなくもないか。競馬にも選挙にもお国柄が現れるものだ。

 

***** 2014/12/12 *****

 

 

 

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