【訃報】トレーディングレザー
豪華メンバーが素晴らしいレースを繰り広げて大いに盛り上がったJCだったが、トレーディングレザーの故障、予後不良という事態が起きてしまったことで、ウイニングランも表彰式も上の空のまま終わってしまった感がある。JCでの競走中止は過去に一度だけあるが、予後不良となると34回を数えるJCの歴史の中でも初めて。それがついに起きてしまった。
トレーディングレザーのキャリアのハイライトが昨年のアイリッシュダービーであることは衆目の一致するところ。無敗の英ダービー馬・ルーラーオブザワールドをまったく相手にすることなく退けると、返す刀で臨んだキングジョージではノヴェリストの2着に踏ん張った。この時点で、彼が欧州3歳牡馬の頂点に立っていたことは間違いない。
アイルランドにエイダン・オブライエン調教師を訪れた時のことを思い出す。“ニジンスキーの再来”と呼ばれていたキングオブキングスを見せてもらい、「来年はぜひJCに」と訴えてみた。だが、オブライエン師は「日本は遠いから……」とちょっと困ったような顔をしたのである。数年後にパワーズコートとジョシュアツリーの参戦が実現したとはいえ、欧州の西端に住む彼らにとって、東の果ての日本はあまりに遠かった。
そのオブライエン師の師匠にあたるのが、トレーディングレザーを管理するジム・ボルジャー調教師。ボルジャー師もまたJCへに参戦しないことで知られていた。トレーディングレザーのオーナーも、この14年間すっかりJCとは疎遠になったゴドルフィン。普通に考えればトレーディングレザーの日本遠征が実現する可能性は低かった。だが、JC参戦をゴドルフィンに進言したのは、ほかならぬボルジャー師自身だったという。その結果がこれではあまりにむごいではないか。
アイリッシュダービーが行われるカラ競馬場のコースを歩いてみたことがある。ひざ下まで隠れるほど草丈のナチュラルグラスが一面にびっしり生えそろったその走路は、激しい起伏を繰り返しながら遥か彼方のゴールポストまで続いていた。こんなタフなコースで行われるダービー馬とは、いったいどんな素晴らしい馬だろうか―――。JCのパドックで間近に見たトレーディンレザーは、そんな期待に違わぬ素晴らしい馬だった。力強さだけではない。欧州の名馬にふさわしい気品もしっかりと兼ね備えていたのである。
我々日本のファンは、アドマイヤラクティという名馬を豪州に失ったばかり。さらに前にはホクトベガの悲劇も経験した。だが、もしこれがキズナだったら……。そんなこと想像もできない。だが現実にアイルランドの競馬ファンは、自国のダービー馬を遠征先の客死という形で失ってしまった。唐突に。しかも遥か遠く離れた日本という国で。
これを単に「不運」とか「悲劇」といった言葉で済ますことはできない。アイルランドが生んだダービー馬の死を我々が悼むのはもちろんのことだが、トレーディングレザーという一頭の競走馬がJCに挑んだという事実をこの先ずっと忘れてはならない。それが彼の最後の雄姿を見届けた日本人に課された宿命だと思うのである。
Trading Leather has died after suffering a fracture while running in the Japan Cup on Sunday.We never forget the 2013 Irish Derby winner.
***** 2014/12/02 *****
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コメント
どうかまた素晴らしい一頭を日本に送り込んでもらいたいものです。
投稿: 店主 | 2014年12月 3日 (水) 19時15分
ジム・ボルジャー調教師にお会いしたことがありますが、正に「孤高の名人」という風格のある方で、彼の管理馬ならばと、トレーディングレザーには大いに期待していました。
本当に無念、残念の気持ちで一杯です。
投稿: ギムレット | 2014年12月 3日 (水) 16時38分