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2014年11月18日 (火)

健さん

JRA60周年記念イベントの一環として、東京競馬場では「懐かしのメモリアルCMリバイバル放映」が行われている。そのおかげで名作と名高い1992年の「あなたと話したい競馬があります」シリーズを22年ぶりに見ることができた。

伊豆田博之さんの名曲「夢のふるさと」を口ずさみつつ、「ああ懐かしいなぁ」と感慨にふけったのは、ついおとといのことだ。そのCMの中で無口ながら実直な牧夫を演じていた健さんは、そのとき既に旅立っていた。そう考えると少し不思議な感覚を覚える。

Kensan2 

トレンディ俳優を起用して「オシャレに競馬を楽しもう」とアピールした前年までのCMとは一転、この年から牧場で働く高倉健と裕木奈江が競馬を語り合うシリーズがスタートした。そこで健さんが語ったのは、競馬に欠かすことのできぬ「ロマン」である。健全なレジャーとして認知され、デートスポットとも化した競馬場のライトファンに、競馬の奥深さを教えてくれた健さんの功績は大きい。と同時に、それまで競馬を支えてきたベテランファンたちは、健さんの登場に自分たちの居場所を再確認したことだろう。

Yoshida 

このCMの撮影は早来の吉田牧場で行われた。いつのことだったか、吉田牧場を訪れた私が、吉田重雄さん、奥様、そして重雄さんの母・ミツさんと、ストーブを囲んで話し込んでいた時のことである。重雄さんが「そうだ。あれを見せよう」と言って、一本のビデオテープをデッキに入れた。生産馬が勝ったレースのVTRかな、と思ったがそうではない。TV画面に映し出されたのは、1992年8月に早来町民センターで行われた「フモンケ音楽祭」の様子であった。

「吉田牧場の皆さんにはお世話になったので、何かお礼がしたいなあ」

そう言い出したのは誰あろう健さんである。そのひと言が、早来町で毎年行われている音楽祭のゲスト出演に繋がり、さらに健さんとの共演が多い宇崎竜童にも声をかけてくださった。この年の音楽祭がたいへんな盛り上がりを見せたことは言うまでもない。

とはいっても、小さな町の手作りの音楽祭である。ステージに上った健さんがマイクを持って話をしているのに、「まさか!」「本物だべか?」という声が客席から聞こえてきたという。

ステージに立った健さんは、客席に座る重雄さんをはじめ世話になった方ひとりひとりの名前を挙げて謝辞を述べている。「そして最後に……」と間を置いて、最後に名前を挙げたのはミツさんであった。

「おばあちゃん……。本当にありがとうございました。」

TVの中の健さんは、そう言うとあのいつものお辞儀をした。その画面を見つめるミツさんの照れたような笑顔が忘れられない。健さんはどんな時も健さんであった。CMのロケ地に使われたことなどではなく、音楽祭が盛り上がったことがうれしくて、それを重雄さんは私に見せたかったのであろう。たしかにそれは素晴らしい音楽祭であった。私が今回の訃報に接して最初に頭に思い浮かんだ健さんの姿は、三上英次(駅 STATION)でも、松本正博警部補(ブラック・レイン)でも、佐藤乙松(鉄道員)でも、倉島英二(あなたへ)でもない。それはフモンケ音楽祭で歌う高倉健その人である。

Kensan1 

健さんの偉大さを語るには1日や2日ではとても時間が足りないが、俳優でありながら競馬にも大きな影響を与えた人物だということだけは忘れないでおきたい。健さんには牧場の景色がよく似合った。謹んでご冥福をお祈りいたします。合掌。

 

***** 2014/11/18 *****

 

 

 

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