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2014年11月11日 (火)

【訃報】本多正賢騎手

今朝のスポーツ新聞の競馬欄を見て、やるせなさでいっぱいになった。

インタラクションカップをはじめとした大井の馬柱で埋まる紙面の片隅に、船橋競馬の本多正賢騎手(厳密には“元騎手”)の訃報がついに掲載されてしまったのである。2011年1月4日の川崎1Rで落馬し脳挫傷と診断されてから4年近く。ついに意識が戻ることはなかった。30歳と聞けば、悲しみよりも悔しさが先に立つ。

デビューは2001年10月の船橋であるから、実質的には10年にも満たぬ騎手人生であった。通算成績は1974戦96勝。うち重賞は2勝。ひとつ目は2010年7月のサンタアニタトロフィー。カキツバタロイヤルの手綱を取った本多騎手は残り200mのあたりで先頭に立つと、的場文男騎手の強豪ボンネビルレコードの追撃を受けて立ち、凌ぎ切るという堂々たる競馬だった。「勝ててうれしい」。10年目の重賞初勝利を素直に喜ぶ彼の姿を思い出す。

Honda1 

ふたつ目の重賞はサンタアニタTから3か月後に行われたドリームトレジャーの埼玉栄冠賞。御神本訓史騎手の人気馬ブルーラッドを、浦和の短い直線で差し切るという味のある競馬で波乱を演じている。

Honda2 

立て続けの重賞制覇で、来るべき2011年はいよいよ飛躍の年―――。本人も、周囲も、誰もがそう思い始めていたに違いない。そんな矢先の落馬事故だった。競馬の神様は本当にひどいことなさる。

それにしても騎手とはなんと危険な職業であることか。普段からそう思っているつもりだが、こういうニュースに触れると、哀しい現実が心の奥に突き刺さってなかなか抜けない。親交のある騎手が鎖骨を骨折したと聞いてお見舞いの言葉をかけたら、相手は「鎖骨で良かったよ」と笑った。その時は私も一緒に笑ったが、その言葉の奥には笑って済ませられぬ現実がある。そう思えば、二度にわたる落命の危機から這い上がろうとする後藤浩輝騎手の精神力には、正直畏怖の念さえ禁じ得ない。

Honda3 

南関東での騎手の殉職は2006年の佐藤隆騎手以来。その前には浦和の松井騎手の悲劇もあった。今日は静かに殉職者を偲びたい。本多正賢騎手がジョッキーとして活躍した証をここに記すとともに、故人の冥福を心よりお祈り申し上げる。

 

***** 2014/11/11 *****

 

 

 

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