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2014年10月11日 (土)

哀しい毎日王冠

毎日王冠は保田隆芳騎手と岡部幸雄騎手が5勝で歴代トップ。現役では福永祐一騎手が4勝で偉大な二人の先人に続く。

岡部騎手が毎日王冠5勝目をマークした2002年は中山競馬場での実施だった。勝ったのはマグナーテン。スタートから軽快なテンポで飛ばして、追いすがるエイシンプレストン以下を見事なまでに完封してみせた。いかにも中山らしい見事な逃走劇であったと記憶する。

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中山で行われた毎日王冠で逃げ切り決着と言えば、生前の野平祐二氏からこんなエピソードを聞いたことがある。1970年の毎日王冠も中山開催。出走馬は5頭と少ない。ただ、その中には、前年の凱旋門賞に挑戦したスピードシンボリの名前があった。むろん手綱を握るのは野平祐二騎手である。

発走前から野平騎手はスピードシンボリに異常を感じていたという。それも馬体の故障などではない。パドックでも、かえし馬でも、そして輪乗りの最中にも、どうも牝馬のハクセツに気を取られているような仕草を見せるのである。「こりゃあ、ハクセツに惚れたんじゃないか」。すぐに野平騎手は理解したそうだ。

8歳(当時表記)のスピードシンボリと6歳のハクセツ。両馬が顔を合せたのは、これが初めてだった。言ってみればスピードシンボリの一目惚れである。5頭立てという小頭数も手伝って、ハクセツの芦毛がことのほか彼の目を惹いたのであろうか。

レースは2番人気のクリシバが逃げ、スピードシンボリとハクセツは2番手と3番手という位置取り。それはまるでスピードシンボリがハクセツをエスコートするようだった。結果、レースはクリシバの逃げ切り勝ち。スピードシンボリの敗因がハクセツを気にしたせいかどうかは分からない。8歳を迎えていたスピードシンボリはすでにピークを過ぎたとみられ、決して評価は高くなかった。野平騎手も「逃げ馬にあの脚で上がられてはどうしようもありません」と、勝ったクリシバを讃えている。

スピードシンボリとハクセツは、その後再会の機会を得なかった。同じレースに走ることはおろか、繁殖生活に入ってもなおである。サラブレッドの恋は報われない。「哀しいものですね」と野平氏は話を結んだ。

 

***** 2014/10/11 *****

 

 

 

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