« 東京盃と川島正行調教師 | トップページ | 1000万円の馬たち »

2014年10月 2日 (木)

転身

屋号が「食堂」が「茶論」になったところで、内容にさして変わりはないのだけど、私個人の生活は以前に比べて大きく変わった。

具体的には競馬場に行く機会が激減している。今日の大井・レディスプレリュードにも行けなかった。来週の毎日王冠にも行けそうもない。天皇賞には……、うーむ……、行けるかなぁ……?。仮にスケジュール的に行けたとしても体力的に無理かもしれない。実際、今日大井に行けなかった理由も「疲れていたから」。みっともない理由だが、先ほど「生活が変わった」と書いた中には、そういう類の変化も含まれている。歳のせいか、最近では1日分の無理を穴埋めするのに2日かかるようになった。

なので、これまでよく書いてきた「その日競馬場に行ってきたバナシ」という内容が書けそうもないんですね。写真も減りそうだ。そういった事情もあって、なんとなく屋号を変えてみた。そんな状況下でこれまで通りに毎日のエントリーを埋めようと思えば、今週のレース展望みたいなことを書くほかあるまい。でも、私の馬券予想などは書くだけリソースの無駄だから、結果四方山話に行き着く。まあ、お茶でも飲みながら聞いてください。

そんなわけで週末はスプリンターズSですね。もちろん行く予定はないけど。

スプリンターズSは比較的若いGⅠだが、実は1200mというレース距離そのものが戦後産まれである。軍馬育成にスプリント能力が必要とされなかったためであろう。ちなみに、1946年の京都競馬場で記録されたレコードタイムは1分15秒8(当時は0.2秒単位の計時)。現在のレコードは99年にアグネスワールドが記録した1分6秒5だから、およそ半世紀で9秒あまり縮まったことになる。

1200mの日本レコードの短縮にスプリンターズSが果たした役割は小さくはないが、それでもスプリンターに価値が見いだされるようになったのは、つい最近のこと。なにせあのサクラバクシンオーでさえ、種牡馬入り直後は短距離偏向の戦績が嫌われて、配合相手が思うように集まらなかった。

グレード制導入以前のスプリンターズSで牝馬が9勝8敗と牡馬を凌いでいたという歴史は、「短距離なら牡牝互角」という格言が裏打ちされたと見るよりは、牡馬一線級の参戦が無かったことを疑うべきであろう。79年のように上位6着までが牝馬で占められことも、逆に言えばそうした傾向の表れ。92年などは、2400mのエリザベス女王杯(3着)から転戦してきたニシノフラワーに、ダイタクヘリオスやサクラバクシンオーといった牡馬陣は為す術もなく敗れた。

Hanasgoal 

そんな当時を知るファンにすれば、その名の通りスプリンター同士が対決するスプリンターズSに、いささか物足りなさを感じるのではあるまいか。外国からの参戦がなく、中距離路線はおろかマイル路線からの転戦もないメンバーでは、サマースプリントシリーズの延長戦のような趣さえ漂う。だからこそ、ハナズゴールの走りに注目したい。去年の今頃は2200mのオールカマーを走っていた一頭である。

 

***** 2014/10/2 *****

 

 

 

|

« 東京盃と川島正行調教師 | トップページ | 1000万円の馬たち »

競馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 東京盃と川島正行調教師 | トップページ | 1000万円の馬たち »