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2014年10月22日 (水)

初めての外国馬

第1回ジャパンカップは1981年11月22日に行われた。だが、我が国で初めて外国馬が走ったのは、実はこのレースではない。

このJCの2週間、11月8日に行われた東京9Rの4歳上オープン(芝1800m)。のちに「富士ステークス」と呼ばれる国際招待レースに出走してきたその外国馬は、インドのオウンオピニオンである。首にコインのネックレス、頭に赤い飾り花、鼻先の流星の先を丸い紅で飾ったオウンオピニオンがパドックに姿を現すと、初めて外国の現役競走馬を見るファンはどっと沸いた。

調教ではゾウと併せいるらしい―――。

そんな笑い話みたいな噂が流れたのは、やはりそれだけ外国の競馬が日本のファンにとって未知の存在であったことの証であろう。レースでは5番人気に推されたものの、勝ったタクラマカンからは14馬身離されたしんがりに敗れた。ちなみに前述の噂の出所はI崎某氏とも言われている。

このオープンレースには翌年から「富士ステークス」という名称が付与され、JCを目指す外国馬のための叩き台として実施されたが、実際に出走してくる外国馬が少ないこともあり、1996年を以てその役割を終えた。晩年は毎年のように少頭数のレースが繰り返されたから、1400mへの距離短縮(のちに1600m)は正解だったのであろう。シンコウラブリイ(赤帽)が勝った1992年などは、寂しさも極まる6頭立てだった。

Lovely 

ところで、富士ステークスの実質的な第1回優勝馬のタクラマカンは、ミルリーフの従兄弟という良血輸入馬。いわゆるマル外ゆえクラシックに出走は叶わなかったが、3歳2月のバイオレット賞ではカツトップエースを4馬身差で下しており、この馬がクラシックに出ていればカツトップエースの春2冠はどうなっていたか分からない。

Danon 

そんなことを思いながら、クラリティシチー、エキストラエンド、そしてダノンシャークの血統表を見ていたら、そこにミルリーフの名前を見つけた。今年の富士Sは、この3頭の馬券を買ってみようか。

 

***** 2014/10/22 *****

 

 

 

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