« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月31日 (金)

最終レースにも注目を

ここ最近、土曜の最終レースにちょこっとだけ競馬場に顔を出している。各場のメインレースが終わって、夕陽が西に傾き、大半のお客さんが駅へ向かって歩き始めたその流れに逆らうように競馬場の門をくぐるのである。

Dsc_1613 

元来の目的は日曜の馬券を買うため。土曜の夜から府中界隈で仕事があり、そのまま日曜夜までカンヅメという生活パターンが続いているので、自然とこうなった。

だが、翌日の馬券を買うだけでは飽き足らず、間もなく行われる最終レースの馬券も買ってしまうからタチが悪い。しかも「まだ買える」と思うと、ついつい福島や京都にも手を出してしまう。その日の流れも傾向も分らぬままオッズだけを見て買うような真似をしては、良い結果が得られるわけもない。結果、余計なストレスを溜め込んだまま仕事に向かうこととなる。

11日の東京最終レースは、4番人気のアルデグロリアが大外一気の追い込みで混戦を断った。

1011 

18日の最終レースは、7番人気のケージータイタンがダートの2100mを逃げまくって、1番人気アールプロセスの追撃をクビ差凌ぎ切った。

1018 

そして先週25日の最終レースは1000万条件のダート1400m牝馬限定戦。好枠からハナを奪ったヒメサクラが後続を1秒も置き去りにしてみせた。

1025 

そもそも最終レースというものは、帰途の混雑緩和を図る主催者と、メインが終わってもなお一発逆転に望みを託すファンの思惑が一致することによって存在している。そのせいか馬よりも配当に注目が集まる傾向が否めない。

1999年の富士Sはレッドチリペッパーが優勝したが、直後の最終レースを勝ったのは、その3年後にマイルCSを勝つことになるトウカイポイントである。また2001年の阪神牝馬特別を勝ち、母としても皐月賞馬キャプテントゥーレを送った名牝エアトゥーレは、通算6勝のうち最終レースで2勝を挙げている。

Air 

そう思えば、たとえば一昨日の最終レースをヒメサクラなどは注目に値するのではないか。1000万条件で6馬身もの大差。良馬場で1分23秒2という時計も速い。なによりお母さんのデンドロビウムが、あのロジータの妹という良血である。夕暮れの最終レースに潜んでいるかも知れぬダイヤの原石を、みすみす見逃す手はない。

 

***** 2014/10/31 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月30日 (木)

仮想チトセオーを探せ

昨日付のブログにいただいたコメントに対して、私は「サクラチトセオー役がいないから大丈夫じゃないですか?」とコメントしたのだけど、それについて考えるうち、気になる一頭が浮上してきてしまった。

Chitoseo 

つまりこういうことだ。昨日付で私は、皐月賞馬にしてダービー2着のイスラボニータを「仮想ジェニュイン」と捉えた。ならば、そのジェニュインを破った「仮想サクラチトセオー」を探すことで、馬券的中に一歩近づくことができるというわけである。

サクラチトセオーのように、ゆっくり着実に力をつけ、そして5歳秋にしてついにその素質が開花しつつある一頭と言えば……

Decipher 

そう、ディサイファである。天皇賞を勝った時のサクラチトセオーと同じ5歳で、毎日王冠4着という臨戦過程も同じ。なにより、当時騎手としてサクラチトセオーの手綱を取っていた小島太調教師の管理馬ではないか。

馬群に突っ込むのを怖がる―――。

能力はあるのに競馬が下手―――。

そんな散々な評価を受けていたかつてのディサイファの姿はもうない。前々走のエプソムカップでは最内枠から直線では馬群をこじ開けるように伸び、マイネルラクリマとの叩き合いを制する勝負強さを見せた。

母ミズナはドバイミレニアムの産駒で、なおかつグランワンダーの従兄妹。その良血がいよいよ開花の時を迎えつつある……のかもしれない。もとより23戦して掲示板を外したのが3回という堅実派。稍重~不良で(2,2,1,0)という戦績は、週末の天気予報を見るに強気になれるし、4枠8番という枠順も悪くない。

毎日王冠は4着に敗れたが、自ら勝ちに動いてコンマ1秒差なら上出来であろう。かつて500万条件を卒業するのに10戦を要した馬とはとても思えない。ひょっとしたら、条件戦でもがくうち、競馬の勝ち方を記した暗号の解読(Decipher)に成功したのではあるまいか。そうでなければ説明のつかぬほどの充実ぶりである。

なんてことを書いておきながら、私自身は天皇賞の馬券を買う予定はない。なので、ディサイファを買おうと思っている方はどうぞ安心してご購入ください(笑)

 

***** 2014/10/30 *****

 

 

 

| | コメント (4)

2014年10月29日 (水)

皐月賞馬の挑戦

今週末の天皇賞(秋)では、皐月賞馬イスラボニータの参戦が大きな見どころのひとつ。同一年のクラシックレースと天皇賞の両方を勝った馬は過去にいない。

3歳馬の出走が再び可能になった1987年以降、28頭の3歳馬が古馬に挑み(2,5,2,19)の成績を残している。さらにこれが単勝10倍を切る人気馬に限ると、

 88年 オグリキャップ   2着
 95年 ジェニュイン    2着
 96年 バブルガムフェロー 1着
 02年 シンボリクリスエス 1着
 06年 アドマイヤムーン  3着
 08年 ディープスカイ   3着
 10年 ペルーサ      2着
 12年 フェノーメノ    2着
 12年 カレンブラックヒル 5着

という具合に、まず凡走がない。馬券の対象にならなかったのも一度だけ。一線級の3歳馬なら歴戦の古馬にも引けを取らぬこと、さらにはファンの見る目の高さをも示している。そもそも現代競馬において3歳馬はもはや若駒ではない。それは凱旋門賞の戦績を見ても分かる。斤量の利も無視できない。この時期に若駒と呼ぶべきは、既に重賞戦線真っ盛りの2歳馬たちであろう。

Genuin 

3歳馬による秋天挑戦の歴史を考える上で、クラシック登録の無かったオグリキャップを別とすれば、ターニングポイントとなったのは95年に違いない。明かな短距離嗜好ならまだしも、ダービーでも僅差の2着した皐月賞馬ジェニュインの参戦である。クラシックを勝った3歳牡馬は菊花賞へ向かうのが当たり前と考えられていた当時、秋の目標を菊花賞ではなく天皇賞に据えた陣営の判断には賛否両論が渦巻いた。

ジェニュインの出資会員からの苦情もなかったわけではない。付加賞を含めれば天皇賞より菊花賞の方が賞金は高いのに……。関西の会員の気持ちも少しは考えろ。いや、そんなことよりも一生に一度の舞台を棒に振るつもりか―――等々。

結果はサクラチトセオーの強襲に屈してハナの2着。だが、いま思えばこれは大きな2着だった。「4歳秋(当時表記)でも古馬に互して戦える」。それをジェニュインは自らの好走で証明してみせたのである。彼の2着がなければ、翌年のバブルガムフェローによる3歳馬の秋天制覇は為し得なかったかもしれない。

Isura 

イスラボニータがセントライト記念を勝った直後、ただちに牧場サイドから菊花賞挑戦が明言された。勝ちっぷりがあまりに鮮やかだったせいもあろう。だが、数日後になって「やっぱり天皇賞に」と軌道修正された。その理由が「菊花賞ではなく天皇賞に」という会員の声が多かったからというのだから面白い。同じ皐月賞馬で、同じくダービー2着。勝負服まで同じ。そんなジェニュインの挑戦から20年近く。まさに隔世の感がある。

 

***** 2014/10/29 *****

 

 

 

| | コメント (4)

2014年10月28日 (火)

オーナー戦線異状あり

「縦縞とバッテンがいないじゃん!」

TV画面に向かって思わず叫んでしまった。菊花賞出走18頭に社台レースホースとサンデーレーシングの所属馬が含まれていないのである。調べてみると2008年以来、実に6年ぶりの出来事であった。

ところが、それとは別にもうひとつ大きな事実に気が付いた。なんと、現時点でのリーディングオーナーは、サンデーでなければ社台でもなくキャロットファームだったのである。1983年に初めて社台がリーディングオーナーの座を獲得して以来、社台とサンデーのどちらかが必ず首位を守り続けてきた。その牙城が30年ぶりに崩れるかもしれない。もしそうなれば、菊花賞で6年ぶりの珍事どころの騒ぎではない。

Hinbas 

なるほど言われてみれば実感する。ディアデラマドレにステファノス。東京ではキャロットが2週連続で重賞を勝った。3週連続優勝の期待がかかるアルテミスSにはアールブリュット、シャルール、ルージュバックの3頭が、天皇賞にもエピファネイアとフラガラッハがスタンバイ。高額賞金レースはまだたくさん残されているから今後の順位変動がないとは言えないが、国内最高賞金のJCには横綱ハープスターが満を持して出走してくる。

Fuji 

さらにシルクレーシングの躍進も目覚ましい。ノーザンFから馬の供給を受けるようになり、その最初の世代がデビューを果たした2012年以降、年間勝利数も獲得賞金も右肩上がり。今年は既に過去最高となる60勝をマークし、やはり過去最高となるリーディング6位をキープしている。

実は、ブリーダー部門ではノーザンファームが今年も1位を独走中なのである。オーナー部門の1位、3位、6位を抱えているのだから、まあ当然の結果であろう。走って稼ぐのは馬だから、牧場としては勝負服の柄までにさほどこだわりを持っていないフシもある。だが、会員の立場は違う。キャロットやシルクの躍進が、サンデーの会員にとって愉快であるはずがない。「よそに回すくらいなら、サンデーのラインナップを充実しろ!」という声は必ず出てくる。

折しも天皇賞当日の夜には、社台・サンデー両クラブ合同の謝恩パーティーが都内某所にて催される。会員の前で格好をつけるためには、会場に天皇盾を持って行くくらいの盛り上がりが必要であろう。仮にエピファネイアやフラガラッハが勝つ波乱があれば、直後のパーティーも波乱必至。成功の鍵はジェンティルドンナ、フェノーメノ、イスラボニータの三頭が握っていると書いても、それほど間違いではあるまい。

 

***** 2014/10/28 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月27日 (月)

読書週間

今日から「読書週間」が始まる。なのに、ある調査によれば一世帯当たりの書籍代は秋が最も少ないのだそうだ。秋の夜長はインターネットで更けていくというのも、このご時世ならではか。読書の秋なのに、出版界は永らく冬の時代から抜け出せないでいる。特に若者の読書離れが叫ばれて久しい。

実はついさきほどディック・フランシスの「矜持」を読み終えたばかり。ご存じフランシス最後の作品である。3年前に初版で買った一冊なのに、読むのはこれが初めてだった。

購入したのは2011年の春である。別の本を読み終えて、さあ読み始めようか……。まさにそんなタイミングで東日本大震災が起きた。その後しばらくは読書どころではない日々。決して面白くないからと放り出したわけではない。菊花賞を勝ったトーホウジャッカルが震災の晩に生まれたと聞いて「そういえば!」と思い出し、あらためて本棚から取り出したのである。

Kyouji 

フランシスの作品の特徴のひとつに、競馬をまるで知らないという愛読者がたいへん多いことがあげられる。馬券を買ったことがない人でも、グランドナショナルというレースを知らない人でも、フランシスの作品は楽しい。なぜか。競馬界を舞台にしているとはいえ、物語の背景に常に普遍的なテーマが存在するからであろう。それはすなわち人間心理への深い洞察力。そこに徹底したリサーチや軽快なストーリー展開、さらに職業は様々なれどいずれも人間味あふれる主人公が加わるのだから、面白くないわけがない。

数年前に「高校生に薦めたい海外の一冊」というお題で依頼を受けて、迷わずフランシスの「利腕」を挙げたら、担当者に「競馬の話はちょっと……」と困った顔をされたことがある。「読めばわかる」。そう言ってはみたものの、話はその場で立ち消えとなった。人生における喪失と奪還の物語。数あるフランシスの作品の中でも傑作との声は高く、彼はこの作品で英国推理作家協会賞も受賞している。

それを件の担当者は読みもせずに、「競馬」の二文字だけで袖にした。若者の読書離れは、私には当然の帰結にも感じる。読書の習慣を付けさせたいなら、舞台や設定はなんであれ、まずストーリーとして面白いものを読ませるのが先決であろう。そうでなければ今時の若者が「読書は楽しい」などと思うものか。ただでさえ本以外に面白ものが溢れる時代である。

 

***** 2014/10/27 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月26日 (日)

58.5キロを背負って

豪州コーフィールドカップでGⅠ初制覇を果たしたアドマイヤラクティだが、次に出走を予定しているメルボルンカップででは58.5キロを背負うことが既に主催者から発表されている。スポーツ報知によれば「同レースで58キロを超える馬は1975年のビッグシンク(58.5キロ)以来、勝利していない(10月21日付)」のだそうで、つまりそれだけの“酷量”だということであろう。

Admire 

そもそも、コーフィールドCが58キロのトップハンデとされたこと自体、私はいまだに納得できない。もともと9月上旬に発表されたアドマイヤラクティのハンデは56キロ。トップハンデは今年のエクリプスSを制したムカドラムの58キロである。この時点で私はおかしいと感じた。ハンデGⅢを1勝しただけのアドマイヤラクティと、英国上半期中距離チャンピオンのムカドラムとの差が、たった2キロであるはずがない。

しかも、56キロを超えるハンデ上位陣が次々と回避を決めると、「トップハンデ馬が背負う斤量は58キロ以上でなければならない」という不可解なルールにより、全馬2キロ増となってしまった。しかし同じ2キロ増と言っても、50キロから52キロになるのと、56キロが58キロになるのとでは馬への負担度が全然違う。

実際、梅田智調教師もこの斤量には不満を隠さなかった。それでも勝ったアドマイヤラクティは偉い。でもメルボルンCでは58.5キロを背負う羽目に。これは重い。

ハンデというものは出走メンバーの相対的な力関係によって決まるものだが、もともと豪州のハンデキャッパーは欧州馬に厳しいと言われてきた。その矛先が日本馬にも向いてきたのかもしれない。2006年のデルタブルースは56キロで優勝し、2着ポップロックも53キロと恵まれていた。そう何度も日本の馬に勝たれてはたまらない。そんな思惑でもあるのかと、つい疑ってしまう。

折しもシドニーでは環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の真っ最中。軽種馬の輸入関税が高すぎる上、ダービーや天皇賞に外国産馬の出走が認められていないのは明らかな非関税障壁だとして、かねてより日本批判の先頭に立ってきたのは誰あろう豪州である。その裏で、GⅢ勝ちがやっとのアドマイヤラクティに、やれ58キロだ、58.5キロだと重量を課してくるその姿勢は、決して褒められたものではあるまい。「アウェーの洗礼」と言うのとは、またちょっと違う次元の問題だと思う。

Kiji 

ちなみに、メルボルンCで58キロを超える馬の優勝が1975年以来途絶えているのはまぎれもない事実だが、2005年に牝馬のマカイビーディーヴァが58キロを背負って3連覇を果たしている。牝馬の58キロは牡馬に換算すれば60キロ。それを思えば58.5キロは決して絶望的な斤量ではない。さらに付け加えれば、1975年に58.5キロを背負って優勝した馬の名前は「Think Big」。つまり「ビッグシンク」ではなく、「シンクビッグ」が正解である。

ともあれ、アドマイヤラクティには頑張ってもらって、日本生産馬の強さを見せつけてもらいたい。あと報知さんも、もうちょっと頑張りましょうね。

 

***** 2014/10/26 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月25日 (土)

グルメグランプリ2014

先日、久しぶりに東京競馬場のスタンドを訪れたら、この時期恒例のイベント「グルメグランプリ2014」が絶賛開催中であった。

期間は10月26日(日)までだというが、期間中に再び来られる保証はない。となれば、今日のうちに目ぼしいメニューは食べておかねばなるまい。そんなわけで「腹の限界まで一押しニューを食べ続けるチャレンジ」が急遽幕を開けたのである。

まずは例によってフジビュースタンド4F『馬そば深大寺』からスタート。「とりかつ三連単うどん」や「ザ・ゴボウ抜きそば」など、毎回ユニークな創作メニューでチャレンジしてくれるこちらの一押しメニューは「そば屋の中華そば」とある。さっそく注文。

Dsc_1567 

出てきた一杯は、そばつゆと中華麺のコラボレーションであった。トッピングは刻み玉ネギにメンマ、ナルト、そして鶏肉の叉焼だから見た目はラーメン。だが、一口すすればそのスープはまごうことなきカツオだしである。それで山形県天童市のご当地麺「鳥中華」を思い出した。似ている。となれば、天かすと刻み海苔が入ればなお良かったかもしれない。でも、まあ美味いです。

Dsc_1570 

返す刀で反対側にある『むぎんぼう』へ。こちらの一押しメニューは、むむむ…、昨年に引き続き今年も「舞茸天うどん」ですか。

Dsc_1583 

舞茸は歯応えもあるし、昆布ベースのだしにも絶妙にマッチする。でも、このお店で天ぷらと言えば、どうしてもゴボウのかき揚げとの比較になってしまうのも事実。次回はぜひ新作メニューにチャレンジしていただきたい。

まだまだ食えそうなので、スタンド1F『梅屋』へ。大ぶりの鶏天2個が丼に浮かぶ「とり天うどん」が一押しメニューだが、どことなく前に食べた2杯の折衷のような趣も漂う。これは店の選択を誤ったか。とはいえ、関東ではまだメジャーとは言えない鶏天を起用してきたその心意気やよし。願わくば、もう少し鶏肉を柔らかくしてくれ。

Dsc_1582 

さすがに腹は限界に近づいてきた。あー、苦しい。でも、ちょっとだけなら何か入りそう。そう思いつつスタンド1Fをウロウロ歩くと、フライドチキンでお馴染みの『鳥千』に、「骨抜き手羽先」という一押しメニューを見つけた。国産鶏使用。2本で300円。アツアツを受け取ってスタンドに腰かけて食べる。

Dsc_1585 

グリップ(手羽の先の方)は骨が残ったままだが、食べる部分は骨が抜いてある。なので、安心してひと口。もぐもぐ。美味い。美味いが、ひと口で終わってしまう。2本だから都合ふた口。正直ちょっと物足りない。

立て続けに麺を3杯食って「苦しい」とか言ってるアホな人間が、「物足りない」と思うくらいだから、普通の人なら全然足りないと思う。でも、骨を抜く手間を考えると、2本300円くらいが妥当なのだろうか。足りないという人は、看板メニューのフライドチキンを選んだ方が良いのかもしれない。

それにしても食い過ぎた。やはり1日で―――しかも午後の短い時間だけで―――食い倒すのは無理がある。それというのもグルメグランプリの実施期間が3週という短期間で終わってしまうせいだ。かりに全6日間に競馬場へ通ったとしても、百件近い店舗すべてで飲み食いするなんて無理な話。せめて11月中旬まで開催してほしいところだ。

 

***** 2014/10/25 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月24日 (金)

雨のマイルグランプリ

冷たい秋雨に打たれる大井競馬場では、ついに屋外ヒーターに火が入った。これからのナイター観戦は寒さとの戦い。ちょいと遅れましたが、水曜に行われたマイルグランプリの話です。

Heater 

1番人気は通算(12,4,2,0)と、デビュー以来すべて馬券に絡む活躍を見せているグランディオーソ。だが、重賞初挑戦のサンタアニタトロフィーではセイントメモリーの2着に敗れた。あらためて重賞獲りに挑む。

Mikamoto 

2番人気ゴーディーは普段より長めにキャンターを乗られてじっくりと体をほぐしている。逃げ馬が多いメンバーだが、1番枠を引いた的場文男騎手のことでもある。ここはハナを譲らぬ構えか。

Matoba 

だが、勝ったのは3番人気のセイントメモリー。3番手追走から直線で満を持して先頭に立つと、外から伸びてきたグランディオーソをハナ差凌いでみせた。

Motohashi 

ここまで重賞4勝。うち1勝はダートグレード(昨年のオーバルスプリント)という実績馬。実際、サンタアニタトロフィーでもグランディオーソに2馬身差をつけて完勝していた。なのに単勝3番人気に留まったのは、やはり59キロという斤量のせいか。過去20度のマイルグランプリでは、59キロはおろか、58キロでの優勝も記録されてない。3年前のマイルグランプリでは、やはり59キロを背負ったフジノウェーブがハナの2着に惜敗している。

実際、手綱を取った本橋孝太騎手は「(59キロで)苦しそうに走っていた」と振り返った。しかもこの極悪馬場である。だが、それでも馬からは前に行こうとする意志を感じたそうだ。最後は詰め寄られたが、馬の強さが凝縮されたハナ差であろう。

それにしてもゴール前で馬体をピタリ接して内の馬が勝つというシチュエーションは、カメラマン泣かせだ。勝ち馬のゼッケンが見えないだけでなく、外の馬に照明の明かりが遮られるから勝ち馬が暗くなってしまう。雨に打たれながらひたすら頑張っても、こればかりはどうにもならない。

 

***** 2014/10/24 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月23日 (木)

謎のハンデ

40代も半ばを過ぎたが、幸いにもまだ老眼の自覚症状はない。馴染みの眼鏡店のスタッフからは「兆しはある」と言われているけど、今のところ競馬専門紙やスマホの画面も難なく見ることができる。

実は今日は月に一度の眼科通院日。散瞳薬を点眼して眼底検査を行った。散瞳薬とは検査のために瞳孔を広げる薬。検査自体はすぐに終了するのだが、散瞳薬の効果は4~5時間も持続してしまうので光がチラついて仕方ない。

そのかわり思いがけず検査が早く終わってくれたので、ダッシュで大井競馬場へ。

到着するとパドックは4レースの出走12頭が周回中。C3級と未格付3歳馬による1500m戦である。どれどれ……と、やおら出走表に目を落としたら、あれ?

見えない……。

Dsc_1611 

遠くは見えるのに、手元の小さな文字がボヤケて見えない。

まさか、突然に老眼が進行したのか……?

いやそんなことは起こり得ぬ。だいたいが、目いっぱい手を伸ばして出馬表を遠ざけても、まったくピントが合わないなんて、もはや老眼のレベルではあるまい。それでハタと膝を叩いた。

そう、散瞳薬である。瞳孔の調節機能には眩しさの調節だけでなく、ピント調節も含まれる。点眼からまだ2時間足らずだから、これはどうにもならない。

実は眼鏡を外せば見えるのだが、そうすると今度はパドックを歩く馬のゼッケンも、オッズ板も見えない。そんで眼鏡をする。するとマークシートを塗ることもできなくなる。その繰り返し。競馬場には近眼でかつ老眼というお客さんは珍しくあるまい。そんな人たちはいったいどうやってこうした問題をやり過ごしているのだろう? まさか皆が遠近両用の眼鏡を使っているとも思えぬ。

レースを勝ったのは3歳牝馬のクラシックセーラ。母系はハーツクライやダイヤモンドビコーの一族で、父がキングカメハメハというこのクラスには似つかわしくない血統の持ち主。JRA未勝利から転入緒戦であったが、馬体重36キロ増をものともせぬ楽勝であった。

4r 

目の具合が戻って、あらためて出走表を見れば、この4レースは「ハンデ」と書かれている。だが、実際の斤量は56キロ(牝馬2キロ減)で統一されていた。これはいったいどういう意味なのだろう。前走でダート1600mを1分38秒5で走った馬と、1分43秒台で走った馬とを同斤にする「ハンデ」とは、私の思う「ハンデ」とはちょいと意味合いが異なる。

 

***** 2014/10/23 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月22日 (水)

初めての外国馬

第1回ジャパンカップは1981年11月22日に行われた。だが、我が国で初めて外国馬が走ったのは、実はこのレースではない。

このJCの2週間、11月8日に行われた東京9Rの4歳上オープン(芝1800m)。のちに「富士ステークス」と呼ばれる国際招待レースに出走してきたその外国馬は、インドのオウンオピニオンである。首にコインのネックレス、頭に赤い飾り花、鼻先の流星の先を丸い紅で飾ったオウンオピニオンがパドックに姿を現すと、初めて外国の現役競走馬を見るファンはどっと沸いた。

調教ではゾウと併せいるらしい―――。

そんな笑い話みたいな噂が流れたのは、やはりそれだけ外国の競馬が日本のファンにとって未知の存在であったことの証であろう。レースでは5番人気に推されたものの、勝ったタクラマカンからは14馬身離されたしんがりに敗れた。ちなみに前述の噂の出所はI崎某氏とも言われている。

このオープンレースには翌年から「富士ステークス」という名称が付与され、JCを目指す外国馬のための叩き台として実施されたが、実際に出走してくる外国馬が少ないこともあり、1996年を以てその役割を終えた。晩年は毎年のように少頭数のレースが繰り返されたから、1400mへの距離短縮(のちに1600m)は正解だったのであろう。シンコウラブリイ(赤帽)が勝った1992年などは、寂しさも極まる6頭立てだった。

Lovely 

ところで、富士ステークスの実質的な第1回優勝馬のタクラマカンは、ミルリーフの従兄弟という良血輸入馬。いわゆるマル外ゆえクラシックに出走は叶わなかったが、3歳2月のバイオレット賞ではカツトップエースを4馬身差で下しており、この馬がクラシックに出ていればカツトップエースの春2冠はどうなっていたか分からない。

Danon 

そんなことを思いながら、クラリティシチー、エキストラエンド、そしてダノンシャークの血統表を見ていたら、そこにミルリーフの名前を見つけた。今年の富士Sは、この3頭の馬券を買ってみようか。

 

***** 2014/10/22 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月21日 (火)

横山典弘騎手のかえし馬

日本中央競馬会競馬施行規程の「第8章 発走、到達順位、着順等」には、このように明記されている。

第106条
騎手は、馬場に出た馬を、審判台の前を常歩で通過させなければならない。

とはいえ、キャリアの浅い馬などはファンの歓声に驚いて物見をしたり、引っ掛かったりすることがある。騎手もそれを分かっているから、馬場に入るやゴール板とは逆方向に馬を誘導するケースも多い。特に中山の1200mや1600mなどでは、大半の馬がさっさとスタンドから逃げて行ってしまう。

だが、横山典弘騎手は違う。敢えてファンに近い外ラチ沿いをゆっくりと歩く。馬の今後を考え、ファンの歓声やカメラの砲列に慣れさせようとしているのである。物見が激しい馬や引っ掛かり癖のある馬ならなおのこと。こうして彼は騎乗馬一頭一頭に競馬を教えている。

Kaeshi 

20日の東京メインのアイルランドトロフィー。デビュー以来4連勝中のエイシンヒカリの手綱を取った横山典騎手は、このレースでも馬場入りするなり、エイシンヒカリを外ラチ沿いまで誘導し、

Hikari1 

ゴール板の前までしっかり常歩をさせたあと、やおらキャンターにおろして1コーナーへと消えていった。

Hikari2 

実際のレースは、相当話題になっているので、あらためて説明する必要はあるまい。

内ラチ沿いを逃げて先頭に立っていたエイシンヒカリは、直線坂下からみるみる膨れだした。そしてゴールの瞬間には、外ラチ沿いをただ一頭で駆け抜けたのである。これぞ正真正銘の独走。詳しくはJRAのサイトでリプレイを見てほしい。ゴール前で待ち構えていたカメラマンの中には、「新潟の直線1000mか!」と声を荒げる者もいた。確かにあの角度で向かってこられたら、そりゃ撮れんでしょうな。でも私は「かえし馬か!」と突っ込みたい。だって見た目ほぼ一緒だったし。

Hikari3 

検量に戻ってきた横山典騎手は、笑顔で馬の頸筋を撫でながら「(調教)再審査になっちゃうかもよ」と語りかけていた。決して馬を怒ったりせず、常に優しく語りかけるのも横山典騎手である。人を怒鳴ることはしょっちゅうあるけど(笑)

3~4コーナーを左手前で回り終えたエイシンヒカリは、直線に向いて手前を右手前に変えた。その途端、右へ右へと進路を変え始める。横山典騎手も右鞭で矯正を試みるが、馬は外ラチ目指してまっしぐら。ゴールの瞬間はほぼ外ラチいっぱいを走っていた。Aコースの幅員いっぱい、40mほどを隔てた2着馬との着差は3馬身半である。

「まっすぐ走っていれば、10馬身差くらいあったんじゃないか?」

そんな声も聞こえてきたが、エイシンヒカリが手前を変えて膨れ始めたのは残り400のハロン付近。ようやく前を向いたのは残り100mあたりだから、ざっくり300mかけて40mの斜行をしたことになる。その走行距離は「300の二乗+40の二乗」の平方根で約302.6mだから、実際にロスした距離は2.6m程度。すなわち1馬身程度でしかない。

Hikari4 

「だから大したことじゃない」というつもりはないが、見た目の派手さに目を奪われて、人はついつい本質を見失いがちだ。レースは冷静に振り返りたい。

実際、エイシンヒカリのラスト1ハロンは12秒8を要していた。さらに、下された判定は調教再審査ではなく、ワンランク下の調教調教注意。土曜日の京都3Rを勝ったアドマイヤゴッドも「直線で外側に逃避しようとした」として平地調教注意が課されている。さして珍しくはない事柄が極端に起きた。それくらいの捉え方にしておきたい。ただ、パドックなどを見る限り、馬自身はまだまだ成長途上。大化けの期待は大きい。

 

***** 2014/10/21 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月20日 (月)

初勝利を見届けて

開催初日の大井は2歳新馬戦で幕開け。

もはやわざわざ新馬を見に行くような季節ではないかもしれない。そうは言っても、ここに来年のダービー馬がいるかもしれないし、のちに“伝説の新馬戦”と呼ばれる可能性だってある。まあ、来年の東京ダービー馬は既に門別でデビューしている可能性もあるのだけど。

ともあれ1400mの新馬戦を勝ったのは1番人気のケンバトル。3コーナーで早くも先頭に立つと、直線に向いても脚色は衰えず、そのまま押し切った。ゴールドアリュール産駒の牡馬。姉にJRA5勝のリアライズキボンヌ。3代母 Charming Tiara はシアトルスルーの妹という母系からすれば、ダービーを目指す資格は十分にある。

1r 

続く2レースは未勝利戦だが、素質の高い2歳馬が揃い注目の一戦。なにせ、吉田照哉名義の社台ファーム生産馬が3頭も顔を出している。

そんな一戦を制したのは1番人気のピンクドレス。前走の新馬戦では逃げて3着だったが、今日は中団からレースを進め、直線では大外を追い込んで、逃げた馬を豪快に差し切ってみせた。

Pink 

アッミラーレ産駒の牝馬。こちらの3代母 Sex Appeal から広がる母系は、トライマイベスト、エルグランセニョール、ザール、フサイチパンドラと列挙に暇がない。そんな偉大な母系の枝葉の中、しかも比較的近いところに、南関東生え抜きの東京ダービー馬・インサイドザパークの名前もある。

ケンバトルも、ピンクドレスも、競走馬としての第一歩を踏み出したばかり。クラシック戦線での活躍を期待されるのはやむを得ないとしても、初勝利を見届けたひとりとして、長い目で彼ら彼女らの走りを見守りたい。

 

***** 2014/10/20 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月19日 (日)

赤富士

昨日はクリフジで、今日はアカフジの話。

「赤富士」とは早朝の太陽の光で、富士山が赤く染まる様を指す。まず山頂から陽が当たりはじめ、やがて5合目付近まで赤く染まる。写真を撮るなら、そのわずか1分あまりが勝負。言うまでもないことだが、富士山が雲に隠れていては赤富士を拝むことはできないし、陽が昇る東側に雲があっても赤くは染まらない。ちなみにこの1枚は、乗馬に訪れた宿の窓から見えた赤富士。朝早くトイレに起きたら、たまたま見ることができた。こういうこともある。

Akafuji 

今日の東京10Rはその名を冠した赤富士Sであった。施行条件も、実施日も、さらにはレース名さえも「赤富士賞」だったり「赤富士特別」だったり、実にコロコロと変わるレースとしても知られる。1996年などは「赤富士賞」として900万条件の芝マイル戦として行われた。勝ったのはヴァンダーファルケ。鞍上は「ハッシー」こと橋本広喜騎手である。懐かしいですね。

Akafuji1

このヴァンダーファルケは1990年の凱旋門賞で2着したEpervier Bleuの半弟。その凱旋門賞にアサティスの手綱を取って参戦したのが、現役当時の柴田政人騎手である。「野平祐二以来2人目の快挙!」。当時は、日本人騎手が乗るだけでも大騒ぎだった。だが、今では凱旋門賞に騎乗経験のある日本人騎手は多くないとはいえ、決して珍しい存在でもない。その事実だけでも、日本と世界の差が着実に縮まりつつあることの証ではあるまいか。

Ebina 

今日の赤富士Sを勝ったリキサンステルスの手綱を取った蛯名正義騎手は、日本人として最多タイとなる4回の凱旋門賞騎乗を誇る。そのうちの1回はリキサンステルスの父・マンハッタンカフェでの挑戦だった。

 

***** 2014/10/19 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月18日 (土)

クリフジ記念

今日は藤岡康太騎手のディアデラマドレが勝ったが、府中牝馬Sと言えば野平祐二氏が騎手で6勝、調教師で2勝と滅法得意にしていたレース。ロマンチストの祐ちゃんは牝馬の心を読み解く能力にも長けていた。

Dear 

その祐ちゃんが調教師の頃、雑誌「優駿」の企画で「日本競馬史上最強馬は?」というアンケートが競馬関係者に対して行われたことがある。むろん双璧はシンザンとシンボリルドルフ。だが、当のシンボリルドルフを管理していた野平祐二調教師が、迷わずクリフジの名を挙げていた点が興味深い。

「史上最強馬」の議論は今も昔も尽きることはない。ファンや関係者なら、誰しもが時代を飾った名馬同士の対決を夢見るからだ。しかも誰も明確な答えが出せない。今ならディープインパクトやオルフェーヴルも加わって、さらに議論は混迷を深めそうだ。

だが、それはそれとして、記録から見た有力候補馬なら絞ることはできる。選考範囲を日本ダービーが始まった1932年以降に限定し、以下の5つを物差しにして考えてみた。

 ①負けたことがない
 ②数多く勝っている
 ③クラシックレースを勝っている
 ④しかも圧勝している
 ⑤古馬になっても現役を続けている

実は、この条件をすべてクリアできる馬が1頭だけいる。1943年のダービー馬クリフジ。史上最強の候補馬が牝馬なのは意外な事実だ。

クリフジは1943年5月16日にデビューを果たし、翌44年まで11戦して無敗。馬券発売のあった43年の8戦はすべて1番人気だった。ダービーの1着賞金が1万円の時代に、下総のセリで4万円の値がついた評判馬でもある。

ダービー、オークス、菊花賞の順に勝ったれっきとしたクラシック三冠馬。しかも菊花賞は大差勝ちで、ダービーは出遅れながらも6馬身の圧勝である。ほかに大差勝ち1回、10馬身差勝ちが4回だから、記録上はケチのつけようがない。「有力候補」という言い方なら異論はないだろう。

これだけの名馬に記念レースがないのは奇異にも映る。ならば、味もそっけもない「府中牝馬ステークス」の名を「クリフジ記念」に変えられないものだろうか。改称が無理なら、せめて副題にその名を添えて欲しい。府中でデビューし、府中のダービーを勝ち、府中で6勝を挙げ、そして府中で現役生活に別れを告げたクリフジには、もってこいのレースだと思うが所以である。

 

***** 2014/10/18 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月17日 (金)

盗難

重賞レースの優勝馬に飾られるレイ(肩掛け)を盗んだとして、大樹ファームの従業員が逮捕されたというニュースが報じられている。

 北海道警浦河署は15日、勤務先の北海道浦河町の牧場「大樹(たいき)ファーム」から、日本中央競馬会(JRA)の重賞レースの優勝馬に贈られる首に掛ける飾り(優勝レイ)を盗んだとして、窃盗の疑いで従業員を逮捕した。
 逮捕容疑は今年2月下旬から10月14日までの間に、大樹ファームの倉庫に保管されていた優勝レイ24本(約240万円相当)を盗んだ疑い。
(10/16付・スポーツ報知より抜粋)

1本のレイを作るには3週間ほどの期間を要し、その価格は一本約10万円だから、24本で240万円相当とした被害金額想定は間違いではないのだけど、レイはすべてのレースで同じではなく、中には特注品が用意されるレースもある。たとえば高松宮記念の優勝馬に贈られるレイは、名古屋友禅の工芸士2人が2か月間をかけて制作するというし、菊花賞も京友禅の逸品。さすがにこれらは10万円の枠には納まるまい。

Katakake 

それよりも私が気になるのは「24本」という本数である。大樹ファーム生産馬によるJRA重賞勝ちは、アドマイヤコジーンの5勝を筆頭に、タイキシャーロック、ロードクロノス、タイキポーラがそれぞれ1勝ずつ。計8勝では数が合わないではないか。

ということは、アイルランドと米国の現地法人Taiki Farmの生産馬の優勝レイも大樹ファームの倉庫に保管されていたのか。それなら優勝の数はグンと増える。タイキシャトル7勝、タイキフォーチュン2勝、ヒコーキグモ、タイキエルドラド、タイキダイヤ、タイキトレジャー、タイキリオン、タイキバカラがそれぞれ1勝で計15勝。先ほどの8勝と合わせて23勝。それでもまだ1勝足りないが、1本くらいならJRA以外の重賞のレイが混ざっていても不思議ではない。むろん、地方のビッグレースでも優勝馬にはレイが贈られる。

Kizuna 

盗んだレイはインターネットオークションで転売されたとされており、実際に数本が売れたという。レース名が刺繍されただけで、実際に馬に掛けられたかどうかも定かではなく、飾っておく以外に使い道もないレイを高額で買う人が、世の中にはいるんですね。

Taikirion 

それならゼッケンの方が、馬名が入るぶんだけ有難味がありやしないか。実際、過去にはレース直後の使用済みゼッケンが盗まれる事件が起きている。舞台は2002年のファルコンSで、盗まれたのは1番人気に推されながら15着に敗れたタイキリオンのゼッケン。あろうことか、ここでも「タイキ」の名前が登場していた。この年の安田記念でアドマイヤコジーンが勝ったのを最後に、大樹ファーム生産馬の重賞勝ちは途絶えている。馬の活躍で名前が出ることを期待しよう。

 

***** 2014/10/17 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月16日 (木)

10月16日に生まれて

はぁ―――。

知り合いの競馬記者がため息をついた。

聞けば、奥さんがスプリンターズSの単勝を当てたのだという。13番人気スノードラゴンの単勝配当は4650円。「すごいじゃない」と私は言った。

「ああ、でもスノードラゴンを買った理由が誕生日なんだ」

「誕生日?」。ドキッとして聞き返した。何を隠そう今日10月16日は私の誕生日である。

「女房もスノードラゴンも同じ4月6日生まれで、それで買ったって言うんだよ。それで“馬券なんて簡単”とか言い出してさ」

そう言って彼はまたため息をついた。なるほど、身近な人間にそんな理由で当てられては、予想を生業としている記者としては立場があるまい。だが、一方でどんな買い方でも楽しめるのが競馬である。当たった者が勝ちだ。

それにしても私はその奥様が羨ましい。穴馬券を当てたから、ではない。自分と同じ誕生日の馬の馬券を買うという行為は、10月生まれの人間にはほとんど無理。私と同じ秋生まれの方なら、思うところがあるのであないか。

Boss 

我が国で走る競走馬の大半は1月~6月生まれ。まれに南半球産の馬を見かけると、つい誕生日を調べる癖までついてしまった。それでも、オセアニアボス(9月4日生)、キンシャサノキセキ(9月24日生)、ロックドゥカンブ(9月29日生)、サイレントウィットネス(10月1日生)、ウルトラファンタジー(10月14日生)と、未だ10月16日生まれの馬に巡り合うことができないでいる。

Rock 

馬の誕生日がレーシングプログラムに記載されているのは日本くらいだそうだ。普通は誰も気に留めたりしない。だが、マンノウォーとかナシュアといった歴史的名馬になると、誕生日に記念パーティーが催されたという。

はぁ―――。

今度は私がため息をついた。「お誕生日おめでとうございます」というメールに喜んだのもつかの間、差出人を見ればANAとJALであり、自分自身でひっそりと誕生日を祝おうと向かった寿司店はあろうことか貸切であった。うなだれて入ったうどん店で、いつもより多めに天ぷらを取った程度の誕生日。マンノウォーやナシュアが羨ましい。

まあそれにしても、どこかに10月16日生まれの馬はいないだろうか。応援するんだけどなぁ。

 

***** 2014/10/16 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月15日 (水)

初代チャンピオンの血

第1回いちょうSは、直線で抜け出したクラリティスカイが後続に2馬身差をつける完勝で、このレースの初代チャンピオンに輝いた。

Ichou 

勝ち時計1分33秒5は早い。むろん2歳のコースレコード。横山典弘騎手は「この馬場だから時計は早くて当然」という趣旨のコメントをしていたけど、東京のマイルを1分33秒台で走った2歳馬は過去に4頭しかいない。そのうち、2012年アルテミスSを1分33秒9で2着したアユサンと、同年のベゴニア賞を1分33秒6で優勝したロゴタイプの2頭が、のちにGⅠを制していると思えば、クラリティスカイにかかる期待も当然ながら大きくなる。

Daia 

クラリティスカイの祖母タイキダイヤはクリスタルCを制した快速馬だが、その異父兄弟タイキフォーチュンとタイキリオンには共通点がある。タイキフォーチュンはNHKマイルカップを1分32秒6の快時計で優勝。タイキリオンがニュージーランドトロフィーを勝った1分32秒1は今なおレースレコードとして残り続けている。クラリティスカイが実にアッサリと東京マイルの2歳レコードを更新してみせたのも、偉大な曾祖母パテントリークリアの血の為せる業かもしれない。

Fortune 

気になる次走は、朝日杯とホープフルSの両にらみだという。一族が誇るマイル適性の高さを思えば朝日杯だろうが、この際だから今年から重賞に昇格となるホープフルSでも「初代チャンピオン」の座を狙ってみてはどうか。大叔父タイキフォーチュンもNHKマイルCの初代チャンピオン。第1回の重賞にめっぽう強い―――。そんな“適性”も、ひょっとしたらこの一族の特徴かもしれない。

 

***** 2014/10/15 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月14日 (火)

鎌倉記念のスペシャリスト

明日行われる鎌倉記念は、南関東における今シーズン最初の2歳重賞。まだ勢力図が固まる前の一戦ではあるが、それでも過去12回の優勝馬からダービー馬と羽田盃馬が出ているのだから、見ておいて損はない。と言いつつ、私は行けないのだけど。

2002年の覇者パレガルニエは、鎌倉記念唯一の牝馬の優勝馬。この勝利をステップに、続く東京2歳優駿牝馬も制してNARグランプリ2歳最優秀牝馬のタイトルを手にした。今では「川崎のエース」と呼ばれる今野忠成騎手の、これが川崎競馬場での初めての重賞勝利でもあった。

Pare 

2008年の勝ち馬はノーステイオー。2着ロマに2秒1差もの大差をつけての逃げ切りだった。左海誠二騎手も余裕のガッツポーズ。

Northteio 

今野騎手も左海騎手も鎌倉記念には縁があって、それぞれ3勝ずつ。過去に行われた鎌倉記念のうち半分は、この2人が勝っていることになる。そして13回目の今年、今野騎手はJRAすずらん賞で4着と健闘したサダムリスペクトに、そして左海騎手は4戦無敗のハッピープリンスで臨んできた。戦績を見る限りでは左海騎手が有利にも思えるが、そもそも1番人気受難のレースでもある。いずれにせよ、どちらかが鎌倉記念4勝目を挙げる可能性は高そうだ。

 

***** 2014/10/14 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月13日 (月)

死亡説

窓の外に目をやると、雨、風ともに強くなってきた。関東地方に台風19号が近づきつつある。

今日は丸一日自宅で過ごした。台風のせいではない。昨日がハードな一日だったので、今日は体力回復を優先した。最近はずっとこんな生活が続いている。そしたら午後3時くらいになって競馬仲間からメールが届いた。その文面が「大丈夫か?」である。言葉の意味が理解できないので「なにが?」と返信すると、「お前が競馬場に来ないなんて、病気以外有り得ないだろ」と返ってきた。

疲れてはいるが、体調に問題があるわけではない。それでも世間の一部は、私が東京競馬場に姿を現さないと病気だと思うらしい。あろうことか「死亡説」も流れたそうだ。顧みれば7月5日の福島初日以来、なんと14週間に渡ってJRA競馬場に足を運んでいないのである。記憶を遡っても、今世紀初の出来事に違いない。

なにせ、「もうすぐ産まれそう」と身重の妻から連絡を受けていながらスペシャルウィークのジャパンカップを優先し、母親が他界した2日後には東京競馬場で「そのままぁっ!」と声を張り上げていた私のことである。今年は新潟開催が長かったとはいえ、3か月余りもの不在はこれまでになかった。これでは死んだと思われも不思議はない。

Jc 

実は土曜日にちょっとだけ東京競馬場に入ってはみたのだが、時間もなかったので、ラチ沿いでひと鞍見ただけですぐに引き揚げてしまった。せめて行きつけのコーヒーショップにでも顔を出していれば、こんな騒ぎにはならなかったと反省している。まあ、情けない話だけど。

そう、私が競馬場に行けないのは「悲しい」でも、「辛い」でもなく、もはや「情けない」のである。しかも毎日王冠の当日に私がいた場所は、まさに東京競馬場とは目と鼻の先にあるとあるビル。耳を澄ませばスタンドの歓声も聞こえてきそうな場所に身を置き、「ああ、今あそこで毎日王冠が行われているんだな」と思えば情けなさもいや増す。

情けなさが募ればTV中継も見たくない。自分がその場にいないのに盛り上がっている競馬場の雰囲気が、どことなく癪に障るのである。これではレースの印象など残るはずもない。それが次のレースへの興味をも失わせてゆく。悪循環である。

長く競馬をやっていると、いつの間にか姿を消してしまう人がいる。その原因は健康的な理由か、そうでなければ経済的な理由であろうと勝手に理解していた。つまり病気かパンクである。しかし、今の私のような境遇も案外理由のひとつではないか。そう思うと今週は無理してでも東京競馬場に顔を出した方が良いような気がしてきた。

だが、「体力温存」と称し、ひたすら家でゴロゴロしていたおかげで、一時は落ちかけたはずの体重も再び上昇傾向にある。「死亡説」は誤りであるとしても「脂肪説」を否定することは難しいかもしれない。

 

***** 2014/10/13 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月12日 (日)

台風と競馬

台風19号が近づきつつある。

明日は京都で京都大賞典、東京では東京ハイジャンプが行われるが、心配なのは前者だ。これを書いている時点の予報では、台風が近畿地方に最接近するのは明日の夜に入ってからの見込みだが、帰宅の足や馬の輸送のことも考えれば決して楽観視はできまい。

1951年9月26日。迫りくる台風15号を気にしながら、京都競馬場はそれでも開催に踏み切った。その台風が、のちに死者不明5000人という戦後最悪の気象災害をもたらした「伊勢湾台風」と分かれば、即刻中止にしていたかもしれない。だが、当時はそれを知るに足る情報がそもそもなかった。

風速10m以上の嵐が吹き荒れたその日の入場者数は、1923人と記録されている。障害レースでは落馬や逸走が相次ぎ、当時の枠連レコードとなる高配当が飛び出したのもこの日である。そんな馬券を取ることができたのなら、嵐のなか行ったかいもあろう。熱心なファンは多少の風雨には動じない。むしろ「天気が荒れるとレースも荒れる」と穴狙いの客が増えるという説もある。それがまた厄介でもある。

今回の台風19号の関東への影響が懸念されるのは明日よりも明後日。JRA開催はないが川崎が開催中である。スパーキングレディーカップが台風のために順延されたのは2002年のことだったか。たったこの一件だけでも「川崎は台風に泣かされる」という印象が、私にはどうも拭えない。

Kawasaki 

だが、川崎競馬が台風に泣かされるのは間違いない事実。多摩川の河川敷にある調教トラックは、台風直撃のたびに冠水して使用不能となる。水が引いたあとも、ゴミや流木を拾い集め、コースの砂を入れ替えるなどの作業を厩舎関係者が総出で行わなければならない。競馬開催なら休みにすることができるが、調教は簡単に休みにするわけにはいかないのである。台風の影響が最小限に留まることを祈るばかりだ。

 

***** 2014/10/12 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月11日 (土)

哀しい毎日王冠

毎日王冠は保田隆芳騎手と岡部幸雄騎手が5勝で歴代トップ。現役では福永祐一騎手が4勝で偉大な二人の先人に続く。

岡部騎手が毎日王冠5勝目をマークした2002年は中山競馬場での実施だった。勝ったのはマグナーテン。スタートから軽快なテンポで飛ばして、追いすがるエイシンプレストン以下を見事なまでに完封してみせた。いかにも中山らしい見事な逃走劇であったと記憶する。

Mag 

中山で行われた毎日王冠で逃げ切り決着と言えば、生前の野平祐二氏からこんなエピソードを聞いたことがある。1970年の毎日王冠も中山開催。出走馬は5頭と少ない。ただ、その中には、前年の凱旋門賞に挑戦したスピードシンボリの名前があった。むろん手綱を握るのは野平祐二騎手である。

発走前から野平騎手はスピードシンボリに異常を感じていたという。それも馬体の故障などではない。パドックでも、かえし馬でも、そして輪乗りの最中にも、どうも牝馬のハクセツに気を取られているような仕草を見せるのである。「こりゃあ、ハクセツに惚れたんじゃないか」。すぐに野平騎手は理解したそうだ。

8歳(当時表記)のスピードシンボリと6歳のハクセツ。両馬が顔を合せたのは、これが初めてだった。言ってみればスピードシンボリの一目惚れである。5頭立てという小頭数も手伝って、ハクセツの芦毛がことのほか彼の目を惹いたのであろうか。

レースは2番人気のクリシバが逃げ、スピードシンボリとハクセツは2番手と3番手という位置取り。それはまるでスピードシンボリがハクセツをエスコートするようだった。結果、レースはクリシバの逃げ切り勝ち。スピードシンボリの敗因がハクセツを気にしたせいかどうかは分からない。8歳を迎えていたスピードシンボリはすでにピークを過ぎたとみられ、決して評価は高くなかった。野平騎手も「逃げ馬にあの脚で上がられてはどうしようもありません」と、勝ったクリシバを讃えている。

スピードシンボリとハクセツは、その後再会の機会を得なかった。同じレースに走ることはおろか、繁殖生活に入ってもなおである。サラブレッドの恋は報われない。「哀しいものですね」と野平氏は話を結んだ。

 

***** 2014/10/11 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月10日 (金)

出世レース

開幕日の東京メインは新設重賞・いちょうS。

「新設」だから、これまで我々が慣れ親しんだあのオープン特別の「いちょうS」とは厳密には異なる。だから格付けがない。同じくオープン特別から重賞に格上げとなるホープフルSはいきなりGⅡ格付け。ゆえにこちらは「昇格」であり、昨年までのレースをある意味では引き継ぐ。ややこしいですね。

Mejiro 

異なるとはいえ、この時季に「いちょうS」と聞けば、たいていのファンは「ああ、あの出世レースね」と思うに違いない。ヤマニンパラダイス、エアグルーヴ、メジロドーベルと3年連続してのちのGⅠ馬を輩出し、昨年の優勝馬イスラボニータも皐月賞を勝った。さらに「いちょう特別」時代も含めれば、マルゼンスキー、シンボリルドルフ、メリーナイスと、勝ち馬には錚々たる名前が連なる。

他にも「出世レース」と呼ばれるレースはいくつもあって、その勝ち馬からタヤスツヨシやアドマイヤベガ、さらにクロフネを送り出したエリカ賞や、ウオッカ、ファレノプシスが勝ったエルフィンSなどがその代表例。なお、某スポーツ紙は、やたらと中京2歳Sを「出世レース」と煽る傾向がある。まあ、確かに過去にメイショウサムソンやダイワスカーレットが勝ってはいるのだけど、2頭じゃあ……ねぇ。むしろこのレースの副題に「報知杯」の副題が付いていることに注意すべきであろう。

また、ラジオNIKKEI杯や共同通信杯を「出世レース」と表現するメディアも散見するが、誰もが注目するであろう重賞レースは、それを勝った時点で既に出世を果たしているのだから、こうした表現にもいささかの抵抗感を覚える。その勝ち馬に将来の台頭を予感させるレースは、せめてメインであって欲しくない。

ということで、新設重賞・いちょうSは、私の中では「出世レース」ではなくなってしまう。とはいえ、これはあくまでもひとつのレースに対する個人的な想い入れ。クラシックを占う上で重要なレースとなるであろうことは間違いない。まあ、冒頭にも書いたように、そもそもJRAは昨年までのいちょうSとは別物と謳っているのだけど。

いちょうSと同様、かつてはオープン特別だった府中3歳Sが、重賞に格上げされたのは1996年のこと。重賞昇格後の18頭の勝ち馬のうち、半数の9頭がGⅠホースとなっている(ゴッドスピードのJGⅠを加えれば10頭)事実は見逃せまい。いちょうSの初代優勝馬に注目が集まる。

 

***** 2014/10/10 *****

 

 

 

| | コメント (1)

2014年10月 9日 (木)

空白地帯

一日遅れで埼玉新聞栄冠賞の話。結果から先に書くと、紅一点のマイネエレーナが1900mを一気呵成に逃げ切って、嬉しい重賞初勝利を果たした。

Maine 

(4,2,0,1)と得意にしている浦和コース。軒並み58キロを背負う人気馬相手に54キロという斤量面のアドバンテージ。それらを差し引いても、9馬身もの着差はやはり圧巻と言うほかはない。逃げた馬がメンバー最速の上がりを記録すれば、そりゃあ圧勝も当然であろう。

一方で、単勝1.1倍の圧倒的支持を受けたユーロビートは4着と期待を裏切ってしまった。先日も書いたように、2000m以上で6勝を挙げていながら1900m以下では8戦して未勝利。ましてやスタミナ勝負になりにくい浦和コース。そんな危惧が、そのまま結果に表れてしまった。馬場入場の際からいれ込みが激しかったことも敗因のひとつかもしれない。

浦和で重賞4勝、しかもそのうち2つがダートグレードというナイキマドリードが、実績面ではナンバーワンの存在だった。だが、同馬はこれまで51戦のキャリアで1800mまでの距離経験しか持たない。ユーロビートとは真逆のチャレンジに挑む形となったが、結果は9着に終わった。距離の壁は実績馬に対しても容赦なく立ちふさがる。

結果から見れば、有力馬たちの守備範囲が重なり合う中、わずかにポッカリと空いた空白地帯に、イチローばりの絶妙なバットコントロールでボールを運んだのがマイネエレーナだったのかもしれない。むろんそれがボテボテの当たり損ねなどではなく、糸を引く弾丸ライナーであったことは、9馬身という着差が裏打ちしている。

Mika 

ちなみに手綱を取った御神本訓史騎手は、これが浦和での重賞初勝利なのだそうだ。この構図での御神本騎手を撮ったという記憶は、言われてみればたしかにない。リーディングジョッキーにも意外な空白地帯があった。

 

***** 2014/10/9 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 8日 (水)

お茶と競馬

「茶論」の屋号を掲げてはいるが、私はもっぱらコーヒー派。紅茶は飲まないし、お茶や茶道にもまるで疎い。

だが、そんな私でもお茶をガブガブ飲む場所がある。それはどこかと言うと……、

Kyucha 

競馬場の無料給茶機ですね(笑)。タダだと思うと余計美味しく感じる。

Houji 

JRAの競馬学校のカリキュラムには、英語や数学などの一般教科に加え、馬学や競馬関連法規などの専門教科があるが、その中に「茶道」が含まれていることをご存じだろうか?

騎手になるのに茶道?―――不思議に思う人もいることだろう。

かつて、全寮制の競馬学校に菓子の持ち込みは厳禁とされてきた。育ち盛りの子供たちだけに、それがストレスの原因になることもある。そこで茶道。すなわち、せめて週一回の授業で堂々とお菓子を食べさせてあげようという学校側の親心である。

今ではロッカーにお菓子を保管しておき、教官の許可を得れば、寮内で食べることも許されている。それでも茶道の授業は無くなってはいない。なぜか。これ以上は、『なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか』(小学館・著/原千代江)をお読みいただきたい。今年読んだ数十冊の中で、実はこの本がいちばん面白かった。

Book 

私は抹茶を口にすることはほとんどないが、競馬場の給茶機では、ほうじ茶ばかり大量に飲んでいる。NHK「ためしてガッテン」によれば、ほうじ茶は緑茶に比べて脳をリラックスさせる効果が絶大なんだそうだ。負けが込んで冷静な判断力を失った頭にはもってこい。そう思えば、緑茶だけでなくほうじ茶を給茶機のラインナップに加えたJRAの判断は、なるほど理にかなっている。

 

***** 2014/10/8 *****

 

 

 

| | コメント (1)

2014年10月 7日 (火)

メモリアルホース

今年の東京記念はI-PAT的な事情もあり12年ぶりの昼間開催で行われた。とはいえ発走時刻は17時15分だったから、実質的には「薄暮開催」に近い。夕闇迫る2400m戦を制したのは、JRAから転入2戦目のユーロビートだった。

Tokyokinen 

JRA在籍時のユーロビートはデビュー2戦目の東京ダート2100mで初勝利。3歳暮れから4歳2月にかけては500万、1000万、1600万を3連勝した実績を誇るが、その距離は2400m、2400m、2100mと、昨今では珍しいダートのステイヤーとして頭角を表していた。転入緒戦の2000m戦を快勝して臨んだここは陣営にとっては早くから狙いを定めていた一戦でもある。まさにしてやったりであろう。

渡辺和雄調教師に嬉しい重賞初勝利をプレゼントすることとなったユーロビートだが、実はこの馬が未勝利を脱した一戦は森泰斗騎手のJRA初勝利であり、この馬の2勝目にあたる500万条件戦は田辺裕信騎手の通算300勝目だった。こんなにもメモリアルレースに名前が登場する馬も珍しい。

ユーロビートは明日の埼玉新聞栄冠賞にも出走を予定している。前売りオッズ1.6倍の1番人気は、東京記念のレースぶりからすれば当然か。だがこのレースは1900m戦。2000m以上で(6,0,1,4)の好成績を残しながら、1900m以下では(0,0,2,6)と苦戦する典型的なステイヤーのユーロビートにとって、正直もう少し距離が欲しいところであろう。

それでも、もし誰かのメモリアル勝利がかかっていれば、距離不足などものともせず圧勝するに違いない。 明日までにそれを見つけたいところだ。

 

***** 2014/10/7 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 6日 (月)

強運の持ち主

今日と明日は、ブログをお休みしていた間に行われた南関東の重賞レースを振り返る。9月11日の浦和では1400mのJpnⅢ・オーバルスプリントが行われた。

序盤は後方に控えたJRA所属キョウエイアシュラだったが、3角手前からマクって出て直線では堂々の先頭。1番人気エーシンビートロンも必死に追いすがるものの、不良馬場に脚を取られて思うようにその差は詰まらない。結局、そのままキョウエイアシュラが7歳秋にして初の重賞タイトルを獲得した。

Kyouei 

今年3月に開業したばかりの森田直行調教師にとっても、JRA・地方通じてこれが嬉しい重賞初勝利。開業半年での重賞制覇などなかなかできることではない。だが、そんな師も初勝利までには64戦を要した。6月14日の安芸S。この日までの3か月半はとてつもなく長く感じたことだろう。実はそのレースを勝ったのもキョウエイアシュラである。初勝利に初重賞。師にとって忘れ得ぬ一頭となった。

馬自身も強運の持ち主である。2歳時の函館での出来事。ラベンダー賞を勝って2戦2勝とした直後に重度の疝痛に襲われた。ただちに獣医が呼ばれたが、その診断は腸ねん転。多くの馬たちの命を奪ってきた病状で、特にレース直後に発症する場合は重症であることが多い。関係者も一時は最悪の事態を覚悟したという。

だが、迅速な処置と馬自身の生命力の強さのおかげで一命を取り留めた。いや、それだけではなく、2日後には馬場で運動ができるようになり、函館2歳Sにも出走を果たしたのだから恐れ入る。結果はステラリードにアタマ差だけ及ばなかったものの、堂々の2着だった。

あれから5年。7歳になった今年も走り続け、デビュー以来43戦目にしてついに念願の重賞タイトルに手が届いた。なかなかできることではない。大きな挫折を乗り越え、11回目の挑戦でようやく調教師試験に合格した森田師の足跡にも、どことなく似通うものを感じる。

 

***** 2014/10/6 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 5日 (日)

6場GⅠ制覇

今年のスプリンターズSは2002年以来12年ぶりに新潟競馬場で行われた。

12年前のスプリンターズS当日、新潟駅から競馬場までの道路が絶望的な渋滞に陥ったことは、今も関係者の間で語り草となっている。史上初めて新潟で行われるGⅠに加え、改装後の新潟競馬場にあの武豊が初見参。朝の時点で既に伝説は始まっていたと言って良い。なにせタクシーを降りて歩いて競馬場を目指したファンもいたほどだ。

あの日武豊は5勝の大活躍。しかも、最後はビリーヴでスプリンターズSを勝ってみせたから恐れ入る。このあたりが武豊が超一流たる所以であろう。伝説の一日は伝説的な勝利で幕が下りた。

Snow 

あれから12年。スノードラゴンの豪脚に言葉を失った向きも少なくあるまい。思えば12年前のこのレースでビリーヴに半馬身及ばなかったアドマイヤコジーンの産駒。放送席には12年前に涙をのんだ後藤浩輝騎手の姿。勘の良い貴兄なら買えたであろうか。それにしても芝の初勝利が古馬GⅠというケースも珍しい。芝では追走に苦労するイメージある同馬を、巧みに導いた大野拓弥騎手の手綱捌きも光った。

グレード制が導入された1984年以降、JRAのGⅠレースが開催されたのは中山、東京、中京、京都、阪神、そして新潟の6競馬場しかないが、この6競馬場すべてでGⅠ優勝を果たしているのは武豊騎手のみ。岩田、池添、福永、蛯名、四位、藤田らが新潟を除く5場でのGⅠ勝ちがあり、今回は岩田、池添、蛯名の3騎手が武豊に続く記録を狙ったが、岩田騎手の2着が最高だった。

この次に新潟でGⅠが行われるのは、何年先になるかは分からない。それを思えば、武豊に続く「6場GⅠ制覇」達成のチャンスは大野騎手が握っているとも言える。

 

***** 2014/10/5 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 4日 (土)

凱旋門賞への道

15年前。エルコンドルパサーの凱旋門賞観戦のためにロンシャンに向かう地下鉄の車内でのことである。隣の席にっていた初老の男に一方的に話しかけられてひどく難儀したことがあった。

Elcondorpasa 

ジャケットを着て、きちんとネクタイを締め、上品な帽子もかぶっていたが、「Paris Turf」を手にしていたところを見ると、おそらく彼も競馬場に向かう途中だったのだろう。

問題はその老人が、ひどく高圧的な口調で―――もちろんフランス語で―――何ごとかを喋り続けたことだ。私がフランス語を理解しないと分かったからなのか、あるいは言いたいことを言い終えたのか、相手が突然席を立ってその会話は終わった。彼が何を言いたかったのかははっきりしないが、少なくとも友好的な内容ではないことは間違いあるまい。相手の顔を見れば、それくらいのことは分かる。

ロンシャンに到着して、地下鉄での一件を知人のフランス人カメラマンに話すと、彼はこう言った。

「それは、日本の馬なんかに凱旋門賞は勝たせないぞって言ってたんじゃないかな。エルコンドルパサーがサンクルー大賞を勝った時にはフランスの恥だと言うファンがたくさんいたからね」

ほどなくして凱旋門賞が行われ、我が日本のエルコンドルパサーは地元フランスの英雄・モンジューに敗れた。件の老人も溜飲を下げて、このスタンドのどこかで喝采を送っていたかもしれない。

競馬だから勝つこともあれば負けることもある。何十年と競馬に携わっていれば、勝って欲しいと期待した馬が負けた時の気持ちの御し方は心得ているつもりだった。しかし、この半馬身の悔しさはどう晴らせばよいのか。私はその方法を知らない。ようやく辿り着いた世界最高峰の頂上をまさに目の前にしながら、引き返しを余儀なくされた登山家の気持ちはこんなだろうか。

人もまばらとなったロンシャン競馬場で、ひとりそんなことを考えたものである。

黄昏始めたパリの街にはポツリポツリと明りが灯り始めている。その灯りを目指して私はブローニュの森を歩き始めた。地下鉄に乗って万一またあの老人に出くわしたら返す言葉が無いと思い、歩いてホテルまで戻ることを選択したのである。ホテルまでの道のりは、日本の馬たちが凱旋門賞勝利を目指してきた歴史のように長く、背中に背負ったカメラ機材は凱旋門賞そのものの重みの如く、ずしりと肩に食い込んだ。

明日の凱旋門賞で人気を集めるエクトーの父は2006年のキングジョージでハーツクライを破ったハリケーンランであり、そのハリケーンランの父はエルコンドルパサーを破ったモンジューである。むろん馬の能力比較なら日本の3頭も引けを取らないはずだが、敵は個々の馬だけではない。それは競馬発祥の地に根付く“欧州のプライド”という壁。その壁の高さは、レーティングのような数値で易々と計れるものではないのである。

 

***** 2014/10/4 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 3日 (金)

1000万円の馬たち

10月ともなれば南関東の新馬戦は既に後半戦の様相。今日は大井で新馬戦3鞍が行われた。

1Rは牝馬限定の1200m戦。圧倒的1番人気に推されたウイングオブスカイが、4コーナーで先頭に並びかけると、持ったまま後続を6馬身千切り捨てた。勝ち時計は1分14秒0。

1r 

社台ファーム生産で社台レースホースの所有馬。父はウォーエンブレムで、牝系にはディープブリランテ、ショウナンパントル、ザッツザプレンティとGⅠ馬がズラリと居並ぶ。それで募集価格800万円は安いような気もするが、ここが大井だと思えばそうでもない。牝馬ならせめて600万円。できることなら500万円。首尾よく新馬と特別を勝てば、馬代金の回収が見通せるくらいが妥当だと思うんですがね。

そんなことを思いながら迎えた2Rも1200m戦の新馬戦だが、今度は牡牝混合戦。なのに勝ったのは牝馬のミッドダンス。番組屋の苦労がしのばれる。着差は4馬身だったが、勝ち時計1分13秒4に加え、36秒8という上がりからして1Rより高い評価をせねばなるまい。

2r 

彼女はミッドウェイオーナーズクラブで1000万円で募集されていた。確かに、5月のトレーニングセールで700万円で落札されていたことを思えば妥当な価格ではある。でも、地方の牝馬に1000万円ですよ。それってロゴタイプの募集価格と同じじゃないですか。ロゴタイプは今日現在で3億2千万円以上稼いでいるけど、南関東でそこまで稼ぐのは、ちと難しい。

「大井で1000万円の牝馬かあ……」と思いながら迎えた3Rを勝ったのはガーデンズキューだった。

3r 

あれ、この馬、社台地方オーナーズだよな。いくらで募集だったっけ? ……と調べてみたら、この娘も1000万円じゃないですか。この世代のワイルドラッシュに希少価値があるとはいえ、兄弟姉妹に重賞勝ち馬がいるわけでもない地方の牝馬に1000万円を出せるほど余裕はない。でも出さなければ大井でも新馬は勝てないんですかねぇ。なんとなく夢のない話だ。

 

***** 2014/10/3 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 2日 (木)

転身

屋号が「食堂」が「茶論」になったところで、内容にさして変わりはないのだけど、私個人の生活は以前に比べて大きく変わった。

具体的には競馬場に行く機会が激減している。今日の大井・レディスプレリュードにも行けなかった。来週の毎日王冠にも行けそうもない。天皇賞には……、うーむ……、行けるかなぁ……?。仮にスケジュール的に行けたとしても体力的に無理かもしれない。実際、今日大井に行けなかった理由も「疲れていたから」。みっともない理由だが、先ほど「生活が変わった」と書いた中には、そういう類の変化も含まれている。歳のせいか、最近では1日分の無理を穴埋めするのに2日かかるようになった。

なので、これまでよく書いてきた「その日競馬場に行ってきたバナシ」という内容が書けそうもないんですね。写真も減りそうだ。そういった事情もあって、なんとなく屋号を変えてみた。そんな状況下でこれまで通りに毎日のエントリーを埋めようと思えば、今週のレース展望みたいなことを書くほかあるまい。でも、私の馬券予想などは書くだけリソースの無駄だから、結果四方山話に行き着く。まあ、お茶でも飲みながら聞いてください。

そんなわけで週末はスプリンターズSですね。もちろん行く予定はないけど。

スプリンターズSは比較的若いGⅠだが、実は1200mというレース距離そのものが戦後産まれである。軍馬育成にスプリント能力が必要とされなかったためであろう。ちなみに、1946年の京都競馬場で記録されたレコードタイムは1分15秒8(当時は0.2秒単位の計時)。現在のレコードは99年にアグネスワールドが記録した1分6秒5だから、およそ半世紀で9秒あまり縮まったことになる。

1200mの日本レコードの短縮にスプリンターズSが果たした役割は小さくはないが、それでもスプリンターに価値が見いだされるようになったのは、つい最近のこと。なにせあのサクラバクシンオーでさえ、種牡馬入り直後は短距離偏向の戦績が嫌われて、配合相手が思うように集まらなかった。

グレード制導入以前のスプリンターズSで牝馬が9勝8敗と牡馬を凌いでいたという歴史は、「短距離なら牡牝互角」という格言が裏打ちされたと見るよりは、牡馬一線級の参戦が無かったことを疑うべきであろう。79年のように上位6着までが牝馬で占められことも、逆に言えばそうした傾向の表れ。92年などは、2400mのエリザベス女王杯(3着)から転戦してきたニシノフラワーに、ダイタクヘリオスやサクラバクシンオーといった牡馬陣は為す術もなく敗れた。

Hanasgoal 

そんな当時を知るファンにすれば、その名の通りスプリンター同士が対決するスプリンターズSに、いささか物足りなさを感じるのではあるまいか。外国からの参戦がなく、中距離路線はおろかマイル路線からの転戦もないメンバーでは、サマースプリントシリーズの延長戦のような趣さえ漂う。だからこそ、ハナズゴールの走りに注目したい。去年の今頃は2200mのオールカマーを走っていた一頭である。

 

***** 2014/10/2 *****

 

 

 

| | コメント (0)

2014年10月 1日 (水)

東京盃と川島正行調教師

1か月間のご無沙汰です。「競馬食堂」改め「競馬茶論(ケイバサロン)」でございます。

ご覧の通り、ブログ再開を機に屋号を変えさせていただくことにいたしました。諸事情これありでテキスト量が減ることもあろうかと存じますが、内容にはさほど変更ございません。今後ともよろしくお願いいたします。

そんなこんなで今宵は重賞・東京盃。

東京盃がJRA交流競走となってから今年は節目の20年目。過去の19回はJRA10勝に対し地方も9勝と、ダートグレードにしては珍しく地方の健闘ぶりが目立つレースでもある。今日のレースで地方馬が勝って五分に持ち込むか。あるいはJRAが層の厚さを見せつけるのか。注目が集まる。

Sakura 

そもそも交流元年となった1995年の優勝馬が地方馬というレースからして珍しい。勝ったのは6番人気サクラハイスピード。ヒシアケボノやビッグショウリといったJRAの重賞ウイナーたちを退け、“ホーム”の意地を見せたその馬は、先月他界した川島正行調教師が手掛けた最初の重賞ウイナーである。アジュディミツオーやフリオーソらを擁して地方競馬の次々と歴史を塗り替えた川島正行師の活躍は、実はこの一頭から始まっていた。手綱を取った佐藤隆騎手の勝負服も、今となっては懐かしい。

Sakura2 

そんな昔を思い出すうちゲートは開いた。

アフター5スター賞の覇者サトノタイガーが逃げ、昨年のこのレースの優勝馬タイセイレジェンドがこれに続く。1番人気のノーザンリバーは3~4コーナーにかけて外目を進出。直線でも大外をただ一頭伸びて、内から抜け出したドリームバレンチノをゴール寸前で捕えた。

Tokyohai 

1着から4着までをJRA勢が占める中で、地方勢としてはサトノデートナが唯一の掲示板確保を果たした。川島正行調教師の管理馬である。だが空の上から見守ったであろう師が5着という成績に納得はしていまい。

川島正行調教師が眠る墓石には、生前から師自らが決めていた言葉が刻まれている。

「我が君よ 桜の花の 盃を受けて スピード豊富 天馬かな」

それはアジュディミツオーでもなければフリオーソでもない。サクラハイスピードに対する想いである。のちにNARグランプリで数々のタイトルを受賞することになる名調教師にとって、東京盃連覇の偉業をもたらしたサクラハイスピードがいかに大きな存在であったか。そんな事実を裏書きするものであろう。

 

***** 2014/10/1 *****

 

 

 

| | コメント (6)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »