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2014年8月16日 (土)

JRA10番目の競馬場

現在の新潟競馬場は、1965年の夏に現在の新潟市中央区の関屋から移転する形で完成。40年目の節目を迎えた。だが、移転直後の1965年7月のこけら落とし開催は、実は中央競馬として22年ぶりの「新潟競馬」だったことはあまり知られていない。

Niigata 

1896年、馬の改良を目的にした品評会が北蒲原郡新発田町の「越後馬匹改良会」で開かれた。この会で催された競馬が、記録に残る新潟競馬の嚆矢である。5年後の1901年には、新潟市で連合物産共進会が催され、この時も市内の関屋で競馬が開催されている。その後、公認競馬会の設立が企画され、1907年2月に新潟市に「越後競馬会」が発足、関屋に1周1600mのコースが造られ、翌1908年9月6日から4日間競馬が行われた。これが公式競馬としての新潟競馬の始まりだ。

1943年9月に戦争のため競馬が中止されると、関屋競馬場は陸軍軍医学校として接収される。終戦後は施設、コースともに荒れ果てて、使用不能となった。

その後、関屋競馬場では地方公営競馬が開催されたりしたこともあったが、中央競馬は行われていない。しかし1963年、信濃川関屋分水工事に伴う居住者の移転先が関屋競馬場内に指定されたことを受け、中央競馬10番目の競馬場として現在の新潟競馬場が誕生したのである。

22年ぶりに復活した中央・新潟競馬の開催初日に行われたのは、その名も「新潟競馬再開記念」。オープンの芝1800m戦を制したのは牝馬のテルクインだった。1964年の七夕賞の優勝馬。ダートグレード戦線で活躍したウエディングフジコや、南関東で17勝を挙げているツクバチャームの4代母としてもその名を残している。

現新潟競馬場に移転した当初は、市街地から遠い上、カエルの鳴き声ばかりうるさいと、評判は悪かったようだ。だが、向こう正面越しに五頭連峰を配した景観は目を休ませてくれるし、直線の長い広々としたコースは、好タイム続出のスリリングな競馬が楽しめる。何よりシンボリルドルフが、そしてオルフェーヴルが巣立った地だと思えば感慨も深い。中央10場の中でも1、2を争う素晴らしい競馬場であろう。明日は関屋記念だ。

 

 

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