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2014年7月24日 (木)

明太子スパのありがたさ

モノを食べる時に、そのメニューの成り立ちを考えたりすることはあまりない。ただ単に、「ウマい、ウマい」(あるいは「マズい!」)と思いながら食べるだけ。でも、この一皿を前にすると思わず考え込んでしまう。

Mentai 

明太子スパゲティーですね。写真は八丁堀の名店『マイヨール』の明太子スパゲティー。タラコや明太子のスパゲティーには、なぜかこの木の器が合う。

たらこや明太子を麺と和えて食べるという発想は我が国独自のものであろうが、そのはじまりが、うどんではなくスパゲティーであったことは実に意外と言わざるを得ない。

スパゲティーは昭和30年代に普及したが、その食べ方はナポリタンかミートソースの二者択一という時代が長く続いた。昭和50年頃になって、その両巨頭に割って入ってきたのが、当時「たらこあえ」と呼ばれたタラコスパゲティー。カルボナーラでもペペロンチーニでもなく、和風の創作メニューが先に流行るあたりは、いかにも日本らしい。

スパゲティー専門店『壁の穴』で常連客の持ち込んだキャビアをパスタに混ぜたら、ことのほか美味しかった。とはいえキャビアをメニューに組み込むにはコストがかかりすぎる。もっと手軽にできるものはないか―――と追究した結果、タラコに辿り着いたという。

ただ、当時タラコと言えば、焼いて食べるものと相場が決まっていた。それを茹でたスパゲティーに生のまま和えるのだから、最初は客に気持ち悪がられたこともあったに違いない。それでも、ここまで市民権を得たのは、その美味さに普遍性が認められた証拠であろう。ほどよい塩味をまとったタラコの旨味とバターのコク。そのお客のオーダーがなければ、この奇跡のコラボレーションに出会うことはなかったかもしれない。

そして辛子明太子。タラコを唐辛子などに漬け込んだこの商品は、福岡の名物として爆発的にヒットしたが、この味を生み出した川原俊夫氏は製法特許を取らなかったことで知られる。「明太子は総菜。作り方を隠しても仕方ない」と考え、希望者には惜しみなく製法を教えた。そのおかげで、今や日本を代表するご飯の伴である。明太子スパゲティーがメジャーになったのも、キャビアと違って明太子が手軽に手に入るおかげ。明太子スパゲティーのファンを自負するひとりとして、『壁の穴』の常連客氏と、明太子を世に広めた川原俊夫氏には頭が上がらない。

 

 

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