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2014年7月 6日 (日)

パーソロンの奇跡

パーソロンの話の続き。ただし麻雀の話ではない。

ダービーやオークスの行われる府中の2400mと言えば、今でこそサンデーサイレンス系が暴れまくる舞台だが、かつてはパーソロンの独壇場だった。シンボリルドルフとトウカイテイオーがダービーとジャパンカップを父子制覇したのをはじめ、オークスは1971年からパーソロン産駒が4連覇。母の父にパーソロンを持つライトカラーとメジロドーベルもオークスを勝っている。むろん1978年のダービーを勝ったサクラショウリを忘れてもいけない。

Dober 

シンボリルドルフやメジロマックイーンに代表される「パーソロン系」の種牡馬は、つい20年ほど前の全盛時には約30頭もいたのに、いつの間にか一頭もいなくなってしまった。諸行無常。盛者必衰。安泰に見えるサンデーサイレンス系とて、他人事ではすまされぬ。世界でも珍しく日本で発展したトウルビヨン系だが、その父系は今や風前の灯火と言わざるを得ない。

調教師時代の野平祐二氏が愛した管理馬にスイートネイティブがいる。パーソロン産駒の牝馬。4歳時にヒザを骨折してクラシックこそ棒に振ったが、6歳の夏に秘めたる才能を開花させ、安田記念で1歳年下の桜花賞馬ブロケードを破ると、返す刀で七夕賞を制した。スイートネイティブの妹アンジュレスイートは、セイウンスカイの曾祖母でもある。セイウンスカイが皐月賞を逃げ切った日、私と一緒に中山でレースを観戦ていた祐ちゃん先生の喜びようは、今も忘れない。

Seiun 

スイートネイティブはパーソロンが17歳の時に種付けされた産駒であった。俗に種馬は歳を取ると良い子を出さないと言われる。だが、パーソロンが凄いのは4年後の21歳の種付けで、自身の最高傑作シンボリルドルフを送り出したことだ。

先に「父系は今や風前の灯火」と書いたが、シンボリルドルフの誕生そのものが奇跡なら、もうひとつ大きな奇跡が起きてはくれないだろうか。だが、JRA所属のトウカイテイオー産駒は、トウカイオーロラとヤマニンガーゴイルの2頭。いずれも7歳の条件馬とくれば、状況は厳しい。

(※年齢は旧表記)

 

 

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