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2014年7月31日 (木)

ホットドッグ月間

サンタアニタウィークと聞けばホットドッグの印象が強い。なにせアメリカ人はホットドッグが大好きだ。全米で年間200億個が消費されるという。桁が大き過ぎてよくわからんという方には、ひとり年間100個食べると書けばイメージしやすいだろうか。

街角の屋台のホットドッグは1$25¢程度が相場。パンにソーセージを挟んでケチャップをかけ、オニオンを添えればできあがり。いちばん売れるのは夏場で、この7月は業界の定めた「ホットドッグ月間」なんだそうだ。

7月は今日でラスト。それならと大井競馬場で購入してみた。1本400円。本場アメリカに比べるとかなり高いが、イベント出店だと思えば仕方ない。

Dsc_1397 

アメリカ人はホットドッグと同じくらいにハンバーガーも愛して止まないが、ハンバーガーと同じ頻度でホットドッグを食べるという日本人はそう多くないのではあるまいか。まあ私もその一人。野球場以外でホットドッグを食べる機会はほとんどない。ホットドッグは野球場に限る。後楽園でも、東京ドームでも、神宮でも、浜スタでも、ホットドッグを齧りながら野球を見てきた。

最近の野球場のホットドッグは外側がカリッとしていながらモチモチ感もたっぷりのオシャレなパンに、皮目がパキッとはじける本格的なソーセージを挟んでいるものが多い。だが、昔の後楽園で売っていたやつは、布団みたいにフニャフニャしたパンに、歯応えも何もない屋台のフランクフルトみたいなやつを挟んでいた。見た目には安っぽいけど、私にはそっちの方が美味しかったような印象がある。まあこれは、東京ドームという空間そのものにも問題があるかもしれないけど。

野球場でホットドッグが人気なのは、圧倒的に食べやすいからだ。であれば、片手が新聞やビールで塞がりがちな競馬場においても、もっと人気を集めていいような気がするが、なぜかメジャーになれない。ホットドッグを売る店もあるのに、たいていショーケースの片隅に追いやられている。

三田にある『スーパーホットドッグ』は都内には珍しいホットドッグ専門店。看板メニューの「スーパーホットドッグ」は、特注のパンに自家製のマスタードを塗り、茹でたキャベツを敷いたその上に、直径3cmはあろうかという巨大なソーセージをドン載せて挟む。間髪入れずにケチャップ。そしてトドメにチェダーチーズの雨を降らせれば完成である。

Super 

見た目は派手だが、ソーセージの香辛料は控え目だし、パンもしっかり美味い。もちろんテイクアウトも可能。ただひとつ。ひとつ隣の大門にこの店があってくれたら―――大井へのアクセスという意味で―――言うことはなかったのだが。

 

 

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2014年7月30日 (水)

真夏のハンデ戦

父名欄を見れば、キングカメハメハやネオユニヴァース、フォーティナイナー、アフリート、クロフネといったメジャーな種牡馬が並ぶ今年のサンタアニタトロフィー。だが、母の父に目を移せば、90年代前半の競馬を彩った馬たちの名が並ぶ。当時の“熱さ”を知る年代にとって興味を惹かれる一戦となった。

藤田厩舎はフォーティファイドとグランディオーソの2頭出し。その母の父は前者がアイネスフウジンで、後者がメジロライアン。すなわち、我が国競馬史上最多となる19万6517人が熱狂した90年の日本ダービー優勝馬とその2着馬である。両馬の直接対決は弥生賞と皐月賞を含めてアイネスフウジンの2勝1敗。ライアン派の人にしてみれば、たとえ孫の世代であろうと、ここは負けられぬ思いであろう。

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ダイタクヘリオスを母の父に持つ馬が2頭も出ている。ピエールタイガーとツルオカオオジ。91年、92年とマイルCS連覇の名マイラーの血が騒ぐとしたら、このレースかもしれない。

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もっと珍しいのは、ゴーディーの母の父コノミテイオーか。94年の楠賞アラブ優駿を4馬身差で制したアングロアラブの強豪である。当時園田の小牧太騎手が手綱を取って、4馬身差の圧勝だった。時にアラブの血が脚光を浴びるのも地方競馬の醍醐味に違いない。

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だが、レースは昨年のこのレースの覇者セイントメモリーが道中2番手から直線に向いて先頭。グランディオーソ、ツルオカオウジ、ゴーディーらの追撃をしのいで連覇を果たした。

Saint 

ご覧のようにゴールの遥か手前で後ろを振り返る余裕ぶり。着差は2馬身だが、追えばもっと広がっていたように見える。昨年は57キロを背負って優勝。それで今年のハンデは0.5キロだけ増量の57.5キロだった。トップハンデなのだから決して恵まれたわけではないとはいえ、ちょっと拍子抜けした感も否めない。

とはいえ、2着グランディオーソから5着ゴーディーまでは同タイムの大接戦。ハンデ戦の醍醐味を味わうには、それでじゅうぶんだった。

 

 

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2014年7月29日 (火)

捨てられぬもの

JRAはローカル。南関東番組も夏枯れというこの時期に、まとめて読んでしまおうと、数冊の新刊を購入した。

ただし、我が家の書架はきわめて狭い。ために3冊買ったら3冊処分するのが鉄則である。だが、「これはもう一度読もうと思っていたんだよなぁ」とか「どうせ売ってもたいした金にならないし」などと言って、結局部屋の片隅に本の山ができる。それを妻が見つけて怒り出す。ひぐらしの鳴き声をBGMに優雅な読書……どころではない。

Yushun 

なかでも困るのが雑誌だ。読んだら捨てればよいのに、なかなか捨て切れない。なぜか。まったく不要かというと、あるとき突然必要になったりするのである。先日書いた「エリッシオ」と「ピルスドスキー」の件でもそうだった。依頼原稿で窮地を救ってもらったことも何度かある。一度そういう経験をすると、読み終えた雑誌が、とてつもなく愛おしいものに思えてくるのである。

だが、目当ての記事に辿り着くのは容易ではない。

雑誌にそれが書いてあったことは覚えている。だが、どの雑誌なのか。何という雑誌の何年何月号か。それがわからない。それで雑誌をぜんぶひっくり返す。しかし見つからない。しかも、全部取って置いてあると思った雑誌に、ところどころ抜けがあるではないか。しまった。たまたま捨てた号に目当ての記事含まれていたのかもしれない。だんだん疑心暗鬼になってくる。

それなら重要と思える記事を切り抜いてスクラップしておけ。そう言われる。

だが、そういうスクラップがあとから役に立ったためしがない。重要と思える記事は、だいたい頭に入っている。頭に入っていない記事が重要なのだ。それに気づいた時はもう遅い。スクラップブックは、単なるお気に入りの記事を保存するメモリアル・アルバムと化している。

そうすると今度は、それは整理の仕方が悪いのだと言われる。世の中には切り抜きを趣味にしている人もいて、その人の仕事は丁寧至極なのだが、それだけの時間と手間をかけるくらいなら、資料など使わずに原稿を書いてしまった方が早い。

「雑誌丸々取り置き型」のよいところは、その雑誌を読み直して新たな発見があること。写真はちょうど20年前の「優駿」。「短期免許第1号となったニュージーランドの女性騎手リサ・クロップの活躍で、日本の競馬に興味などないと思われていた外国のほかの騎手たちも、そのうち来日するかもしれない―――」とある。

Yushun2 

こういう記事に触れるたび、20年間という年月を実感するには、ちょうどいいテキストだと思うのである。

 

 

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2014年7月28日 (月)

数字の魔力

日曜の大井1Rは、あわや大記録というレース結果になった。

Tocca 

1400mの2歳新馬戦である。勝ったのはアジュディケーティング産駒のトッカ。その勝ち時計がべらぼうに早かったのか?―――いや違う。勝ち時計1分30秒4は優秀な方ではあるが、特段に早いということはない。

記録的な高配当だったのか?―――いやそうでもない。1番人気→2番人気→6番人気という平穏な決着。3連単の配当はたった4030円だった。

じゃあいったい何が惜しかったのか?

この着順掲示板をみていただければ、およその見当はつくと思う。

Keijiban 

さらにNARサイトの全着順結果はご覧の通り。

Nar 

そう、1着と2着の着順が、もし入れ替わっていたら、全出走馬7頭が馬番順に入線するという記録が生まれていたのだ。

―――そんなこと、どうでも良いですか?(笑)

歴史を振り返ってみれば、1989年2月15日の川崎7Rで全出走馬9頭が1着から9着まで馬番順に入線するという世紀の記録が生まれている。

川崎7R サラ系C4 1600m
着順 馬番 馬名 騎手
――――――――――――――――
1 ① ツクバエース 小林真
2 ② タガジョーラン 森下
3 ③ ノースサンダー 川島
4 ④ トツプリボン 田部
5 ⑤ ホエテイカル 田山
6 ⑥ ロワールジェンヌ 山崎
7 ⑦ ラウリンスター 一ノ瀬
8 ⑧ ハクバビューテイ 岩城
9 ⑨ アカネコンバタン 佐々木竹

ツクバエースは輸入種牡馬アレツの産駒。アレツと言えば92年のアルゼンチン共和国杯を勝ったミナミノアカリがいるが、このツクバエースも中央転入後は中長距離路線を歩み、90年のTVK賞を勝って、ステイヤーズSに挑みドクタースパートの9着と敗れているから覚えている方もいると思う。

ちなみにこの日の川崎10Rには川崎記念が行われている。ために1万8183人の入場者が詰めかけていた。川崎記念は1番人気のアエロプラーヌが逃げ切り勝ち。3歳時には東京王冠賞とダービーグランプリを勝っている強豪馬だが、知らぬ人の方が多かろう。実際、私もよく覚えていない。それよりは、世紀の珍記録を目撃した興奮の方が大きかったように思う。

当時私は大学で数学を学んでいた。だから、この記録の発生確率もすぐに計算できる。その確率は9の階乗を分母にして362880分の1。なかなかお目にかかれるものではない。ちなみに7頭立てなら確率も増えるが、それでも5040分の1である。この数字を紹介すれば、日曜の大井1Rの1馬身3/4差を「惜しい」と思う気持ちを理解してもらえるだろうか。……と思ったら、今日の京王閣競輪で9着まで車番順入線というニュースが飛び込んできた。数字の魔力が渦巻いている。

 

 

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2014年7月27日 (日)

アメリカとドイツの6日間

新装札幌に行きたいのはやまやまだが、大井が開催している以上はそちらに行かねばならぬ。一見爽快にも見える夏色の空。しかしその下は摂氏37度の灼熱地獄である。

Sky 

2週間ぶりに訪れてみれば、2号スタンドの工事はすでに始まっているではないか。

Kouji1 

スタンド周辺はご覧のように規制されているから、このあたりを根城にされている方は注意されたい。

Kouji2 

1R発走までにはまだ時間がある。ならばエルムS。ソロルが出るので、駆け付けチキンを1本やってからJRA場外発売のエリアに向かう。

Kfc 

モニターの向こうは豪雨である。ダートは不良。馬格がないので雨は嬉しいクチだが、これはちょいと降り過ぎではあるまいか。案の定、向こう正面で置かれてしまう苦しい展開で早くも勝ち負け圏外。ただ、ローマンレジェンドに千切られながら、それでも直線ではグッと伸びようとするところもあったから、悲観することはあるまい。いちばんの敗因は、私のチキンパワーが足りなかったことか。ケンタだけでなくロティサリーも食べれば良かったかもしれない。悪いことをした。いや、そんなこともないか。

Rain 

気づいたら、ここ大井にも雷鳴とともに激しい雨が降ってきた。フードコートに集まっていたお客さんは、瞬く間に屋根の下に避難。今開催は恒例のサンタアニタウィークである。Lウイングの隣にはアメリカ的な飲食店が出店している。

Santaanita 

そんなサンタアニタエリアには見向きもせず、内馬場への連絡地下道の開通を待っているこの人たちは、いったい?

Gyouretsu 

そう、今日は「オクトーバーフェスト2013 in 大井」の初日でもある。ダートコースを挟んでアメリカとドイツを行ったり来たりできる大井競馬は、今日から金曜まで怒涛の6日間開催。ぜひ足をお運びください。

Oct 

 

 

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2014年7月26日 (土)

札幌のウイナーズサークル

「もの凄い雨だけど、もの凄い人だわ」

釧路の馬主から電話が入った。札幌に来ているのだが、雨で明日のエルムSは道悪必至だという。となればソロルに有利か。知り合いのソロルの会員氏から「明日札幌に飛ぶ」との連絡もあった。首尾よく口取りとなれば、飛行機代など惜しくはあるまい。

札幌競馬場のウイナーズサークルに立たせていただいたことが一度だけある。とはいえ、JRAではなく道営開催でのこと。もう8年も前の話だ。

札幌競馬場が今の場所に造られたのは1907年。しかし、それから1988年までの80年あまりはダートコースしかなかった。蹄の衝撃と冬の寒さ。その両方に耐えられる丈夫な芝を育てることが、技術的に難しかったためだ。

当時は優勝馬の口取り撮影を本馬場で行うのが慣例になっていた。とはいえ、芝の上ならともかく、悪天候時のダートコースでの撮影は猖獗を極める。そこで、全国の競馬場に先立って、札幌にウイナーズサークルが導入された。スタンドに接する検量エリアに人工芝を敷いて、そこで口取りをすることにしたのである。

靴やズボンの汚れを気にせずにすむようになった馬主らはもちろん、ファンにとっても表彰式を至近距離から見ることができると、評判は上々だった。この成功がきっかけとなり、他競馬場も次々とウイナーズサークルを導入。あっという間に全国へ普及したのである。その歴史あるウイナーズサークルに立つことができたというのは、たとえ道営開催ではあったにせよ、生涯忘れ得ぬ幸運であった。

その札幌競馬場が2年の改築工事期間を経て、今日ついにグランドオープンの日を迎えた。新スタンドは、地上5階、地下1階。座席数6142で収容人員は2万人。最大の売りは、2階屋上に設けられた長さ120mの「もいわテラス」。心地よい風に吹かれながら、藻岩山と札幌の街並み、眼下にコース全体が見渡すことができるらしい。件のウイナーズサークルも新しいものに生まれ変わっている。

初日の入場者数は、徹夜組の30人を含む16798人。出走頭数も150頭と揃い、2年ぶりの札幌競馬は多いに盛り上がった。

ありがたいことと思いたい。なにせ、ダート時代の1961年7月29日の札幌競馬には、1日の出走頭数わずか27頭という記録が残されているのである。これがJRAにおける1日最少出走馬記録。1レースから順に3頭、4頭、6頭、3頭、4頭、3頭、4頭という寂しさだった。「4頭以下は不成立」という現行ルールに照らせば、ひと鞍しかレースを行えないことになる。

これでは面白い競馬は期待しようがない。なのに、当日の入場者は1889人と記録されている。個人的には「良く入った」と思わないでもない。

確かにつまらない競馬ではある。しかしそれはそれで、関係者が頭数確保に必死に取り組んだ結果だった。新スタンド落成に沸く札幌競馬場の映像を見るに、「冬の時代」を支えた先人の、苦労と努力を忘れてはならないと改めて思う。

 

 

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2014年7月25日 (金)

ピウスツキとピルサドスキー

サッカー日本代表の新監督に就任したハビエル・アギーレ氏の名前の表記が、媒体によって「アギーレ」と「アギレ」の二つに分かれていることが話題となっている。

TVのキャスターはほとんど「アギーレ」と発音している。画面のテロップも「アギーレ」。だが、新聞はほとんどが「アギレ」で統一されている。中には「スポーツ報知」のように、6月中は「アギーレ」と表記していたはずのに、今月に入って「アギレ」に切り替えたケースも。TVと新聞とが一貫して違う表記を使うというのも珍しい。

もっとも、これは競馬ファンにとってはよくある問題でもある。もっとも有名なのは米国の名種牡馬「Danzig」の表記問題だ。「ダンジグ」と「ダンチヒ」。二通りの表記があって、いまだ統一されていないのである。

「デアリングハートの母・デアリングダンジグ(父ダンチヒ)」

30年を経てなお、こんな記事が巷に溢れかえる状況を見るに、Danzig問題の解決を見ることはもはやあるまい。なにせ、かつて我が国では促音や拗音を馬名に使うことは認められていなかった。「ヴ」の使用が認められたのも1990年である。これでは「なるべくオリジナルの発音に近い表記を」などという意識が生まれるはずもない。

Helissio 

90年代に入って海外の競馬が身近に報じられるようになると、似たような問題が続発する。例えば96年の凱旋門賞を勝ったHelissioは「エリシオ」と「エリッシオ」。5馬身差の2着に入ったPilsudskiも「ピルスドスキー」、「ピルスドゥスキー」、「ピルスツキ」、「ピウスツキ」と各紙バラバラの表記で報じられた。

Pilsudski 

しかし両馬は種牡馬として日本に輸入されることになる。となれば、カタカナで馬名登録をしなければならない。そこでようやく「エリシオ」と「ピルサドスキー」という表記の統一を見た。

Pilsudski2 

だがここで新たな問題が発生する。「エリシオ」はともかく、「ピルサドスキー」という表記は統一前にも使われておらず、原語の「ピウスツキ」にも、英語読みの「ピルスドゥスキー」ともかけ離れているということで批判が相次いだ。Pilsudskiを購入したのはJRAだが、拗音や促音は馬名に不要という昭和のセンス丸出しの、歴史的ネーミングといえよう。

それでもJRAが決めた的外れな表記を、報道各社はきちんと使っているのだから偉い。新監督就任発表の会見に臨んだ日本サッカー協会の原博実専務理事は、はっきりと「アギーレ」と言った。協会の公式サイトにも「ハビエル・アギーレ」と明記されている。それでも全国紙でさえ「アギレ」にこだわる。不思議だ。もはや共同通信社がそう書いているから右へ倣えというわけでもあるまい。サッカーにはてんで疎い私だが、この問題の先行きには興味がある。

 

 

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2014年7月24日 (木)

明太子スパのありがたさ

モノを食べる時に、そのメニューの成り立ちを考えたりすることはあまりない。ただ単に、「ウマい、ウマい」(あるいは「マズい!」)と思いながら食べるだけ。でも、この一皿を前にすると思わず考え込んでしまう。

Mentai 

明太子スパゲティーですね。写真は八丁堀の名店『マイヨール』の明太子スパゲティー。タラコや明太子のスパゲティーには、なぜかこの木の器が合う。

たらこや明太子を麺と和えて食べるという発想は我が国独自のものであろうが、そのはじまりが、うどんではなくスパゲティーであったことは実に意外と言わざるを得ない。

スパゲティーは昭和30年代に普及したが、その食べ方はナポリタンかミートソースの二者択一という時代が長く続いた。昭和50年頃になって、その両巨頭に割って入ってきたのが、当時「たらこあえ」と呼ばれたタラコスパゲティー。カルボナーラでもペペロンチーニでもなく、和風の創作メニューが先に流行るあたりは、いかにも日本らしい。

スパゲティー専門店『壁の穴』で常連客の持ち込んだキャビアをパスタに混ぜたら、ことのほか美味しかった。とはいえキャビアをメニューに組み込むにはコストがかかりすぎる。もっと手軽にできるものはないか―――と追究した結果、タラコに辿り着いたという。

ただ、当時タラコと言えば、焼いて食べるものと相場が決まっていた。それを茹でたスパゲティーに生のまま和えるのだから、最初は客に気持ち悪がられたこともあったに違いない。それでも、ここまで市民権を得たのは、その美味さに普遍性が認められた証拠であろう。ほどよい塩味をまとったタラコの旨味とバターのコク。そのお客のオーダーがなければ、この奇跡のコラボレーションに出会うことはなかったかもしれない。

そして辛子明太子。タラコを唐辛子などに漬け込んだこの商品は、福岡の名物として爆発的にヒットしたが、この味を生み出した川原俊夫氏は製法特許を取らなかったことで知られる。「明太子は総菜。作り方を隠しても仕方ない」と考え、希望者には惜しみなく製法を教えた。そのおかげで、今や日本を代表するご飯の伴である。明太子スパゲティーがメジャーになったのも、キャビアと違って明太子が手軽に手に入るおかげ。明太子スパゲティーのファンを自負するひとりとして、『壁の穴』の常連客氏と、明太子を世に広めた川原俊夫氏には頭が上がらない。

 

 

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2014年7月23日 (水)

人生の欠落

物忘れのひどさについては、今更なにかを語る気にはなれない。

習志野きらっとスプリント当日の船橋で、出走関係者数人と世間話をした。だが、馬の名前が出てこない。それも、大昔の条件馬とかならまだしも、今年の春の天皇賞を勝った馬の名が、誰も思い出せないのである。

「ほら、天皇賞連覇の……」

「ああ、蛯名が乗った……」

「そうそう、ディラローシェの子で。あれ。なんつったっけ?」

こういうシチュエーションにおいて、どういうわけか母名だけはすんなり出てくるから面白い。ともあれ、天皇賞のレースぶりも、血統も分かっているのに、なぜか「フェノーメノ」という単語が出てこないのである。ちなみに、その世間話は3時間をゆうに超えたはずだが、会話中に名前が出てこない馬は4頭にも及んだ。ちなみにいずれも最近の重賞勝ち馬。むしろ20年前の馬は鮮明に覚えていたりするから、いよいよ説明がつかない。

帰宅してからパソコンを開き、別の用件でとある馬の写真を探した。

撮ったという記憶はない。だが、数年前に東京で行われたGⅠの当日に勝っているのだから撮っているだろう。読み通り、写真はあっさりファイル検索にヒットして、パソコンには数個のサムネイル画像が表示された。これでよし。とはいえ、その馬に関する記憶は全くない。

昔は撮ったレースを忘れることなどなかった。その記憶は今もありありと脳裏に刻まれている。だが、10年ほど前を境に、突然覚えられなくなった。これも歳のせいか。なにせ昨日の夕飯すら思い出せないのだから。

いや、すべてを歳のせいにするのはよくない。何かほかに思い当たることはないか。

そう、たとえば、私がいま操作しているこのパソコンである。昔は写真を撮れば、まずフィルムを現像して出来上がりをを検分。その上で、これはと思う数枚を印画紙に焼いていた。そこで再度仕上がりをチェック。それをアルバムに整理し、気が向いた時にパラパラと眺めていたのである。

むろん後になって必要なカットを探すときも、その写真を一枚一枚見直していた。冊子のアルバムに検索機能などない。その過程でレースにまつわる様々な状況を思い起こすことになる。1番人気馬が出遅れた。雨が降っていた。馬券が当たって、レース後にちょっと贅沢をした……等々。こうして記憶はさらに強固なものとなった。過去に撮影したレースを今も覚えているのは、こうした行為の反復によって為せる業であろう。

だが、いつしかカメラはデジタル化し、写真の保存先もアルバムからパソコンのハードディスクへと変化した。あとから写真を探すときは、パソコンの検索機能を使えば、目当ての画像だけがただちに表示される。こうして記憶を繰り返す機会は失われた。これではまるで他人が撮った写真と同じではないか。

私の使用機材がフィルムからデジタルへと移行したのは、ディープインパクトが3冠を取った頃。記憶の途絶が始まる年代と一致するのは、決して偶然ではあるまい。

人生が失われている―――。

突然そう思った。自分が一生懸命やったことの結果を覚えていない。それは私の人生の一部が欠落していることと同じである。私自身は覚えているつもりであっても、それでも忘れていることの方が圧倒的に多いのであろう。むろん加齢による影響、すなわち脳の老化による部分も大きいはずなのだが、パソコンという便利なツールを手にした代わりに、実はもっともっと大事なものを我々は失ったのではあるまいか。

Feno 

これからは、パソコンの中の写真も折を見て見返すことにしよう。フェノーメノの名前が思い出せなかったばかりに、ずいぶんたいそうなことにまで考えが及んでしまった。

 

 

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2014年7月22日 (火)

山形の冷たい麺

気象庁は今日午前、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表した。途端に全国各地で真夏日を記録。都心も33度の灼熱地獄である。

こうなると冷たいメニューが恋しくなるのは生き物の性(さが)。そう思って周りを見渡せば、街には「冷やし系」メニューが溢れかえっている。「冷やしおでん」「冷やし餃子」「冷やしカレー」「冷やしタイ焼き」、果ては「冷やしカツ丼」なるものまで。「冷やし」だから受け入れられるのだろうが、これを「冷めた」に変えたら誰も進んで食べようとは思うまい。

神保町をウロウロ歩いていたら「冷やしラーメン」の幟が目に入った。食べたことはないが、山形の名物として確立された感がある今なら、変わり種という程でもないか。意を決して『ととこ』と描かれた暖簾をくぐった。

Ramen 

大量の氷が浮いたスープは醤油ベースに昆布とカツオのダシ、そしてごま油がブレンドされているが、冷やすことでごま油の風味がより際立つ。麺は細麺。ギュッと締まったその食感と全粒粉の風味と相まって、ラーメンというより日本そばを想起させる。

猛暑に見舞われた昨夏は、「カップヌードル」に氷を加えて冷やす新しい食べ方が話題になったりしたが、氷をバラバラと投入すると、どうしても冷やしムラができてしまう。この冷やしラーメンも同じ。氷の周囲は冷たいが、氷から離れた場所の麺や具材は、まだ温かかったりする。それを楽しむのも、冷やしラーメンの味わい方のひとつかもしれない。

店を出て、明大通りを皇居方面へ。駿河台下交差点を過ぎ、神田警察通りを左折。神田警察署を過ぎてしばらく歩いた左手に『河北や』という看板を掲げる一軒がある。

この店の名物は、冷水でしめたそばと鶏肉を、冷たいつゆに浸した「冷たい肉そば」。ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」にも出展されたこともある、山形県河北町のご当地麺料理だ。それにしても、山形の人は冷たい麺がお好きですね。

Soba 

こちらもスープは醤油がベースだが、見た目通り実にアッサリしている。具は鶏肉とネギだけ。そのシンプルさが、そばの風味と鶏の旨味の妙を演出している。聞けば、真冬でも冷たいそばを食べるのが地元の流儀なのだそうだ。確かに寒いからという理由だけで、これを食べないというのは惜しい。

ところで、これほど鶏肉が存在感を出しているのに、なぜ「冷たい鶏そば」と呼ばずに「冷たい肉そば」と呼ぶのだろうか?

これにはちゃんと理由がある。戦前は鶏肉ではなく甘辛く煮た馬肉を使っていた。当時、彼の地で「肉」と言えば馬肉が普通だったのである。それで「肉そば」。だが戦争により馬肉が手に入らなくなった。それならと、豚や牛で代用したが、冷やすとどうしても脂が固まって浮いてしまう。そこで鶏肉を使ったところ客の評判も良く、このスタイルが確立されたとのこと。

なるほど、もし現代も馬肉のままだったら、私はこれを食べることができなかったわけだ。そう思いながら食べると、また違った味わいがするものである。

 

 

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2014年7月21日 (月)

ワンターンに賭ける夏

習志野きらっとスプリントは、レース創設から昨年までラブミーチャンが3連覇。絶対女王不在が初めてのことなら、各地で行われたトライアルの勝ち馬が勢揃いしたのも初めてとなる。

1番人気に推されたのは、名古屋でら馬スプリントの優勝馬ワールドエンド。ラブミーチャンと同じサウスヴィグラスの産駒で、名古屋でら馬スプリントは3年続けてラブミーチャンがステップとしたゲンの良いレースでもある。そのレースを4馬身差圧勝。JRA時代に1000m58秒0の好タイムをマークしているのも心強い。

World 

2番人気ユーリカは、川崎スパーキングスプリントの優勝馬。川崎900mのレコードを更新してきた勢いは侮れない。

You 

3番人気は飛ばして、4番人気はグランシャリオ門別スプリントの勝ち馬アウヤンテプイ。2年連続して北海道スプリントCで地方馬最先着の4着と健闘。しかも今年はあのセイクリムズンを差し切ってのものだから価値が高い。実は気性的に遠征競馬に不安があり、今回はてっきり回避だと思っていた。それが参戦してきたのだから、注目せぬわけにはいくまい。

Au 

そして5番人気には、園田FCスプリントを勝ってきた佐賀のエスワンプリンスが推された。一昨年の九州ダービー馬。昨年は笠松のオッズパークグランプリも制したその能力は、地方所属馬同士なら決して見劣らないが、肝心の短距離適性が未知数である。勝った前走にしても、若干メンバーに恵まれた感も。ただし、今回は珍しく馬体重を計らせただけでなく、パドックも普通に周回していた。気性面の成長が伺える。

S1 

勝負は5ハロン戦らしく一瞬で決した。向こう正面では中団に位置していたナイキマドリードが、直線で外に持ち出されると末脚爆発。ゴール寸前で差し切り、節目の50戦目を重賞勝利で飾った。正太郎騎手も「どうだ」と言わんばかり。

Naiki 

思えば2010年と11年にNAR最優秀短距離馬に選出されたタイトルホルダー。12年と13年の同タイトルがラブミーチャンだったことを思えば、この結果も納得か。夏負けの兆候が伝えられていたが、なんだかんだで3番人気。ファンも良く見ている。

 

 

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2014年7月20日 (日)

水天宮と有馬記念

諸事情あって、もうしばらくすると都心から(「東京から」ではない)離れた日々を過ごすことになりそうなので、今のうちに行けるところには行って、食べられるものは食べておこうと、暑さをものともせずセッセと出歩いている。

午前中に時間ができた今日は水天宮に行ってみたのだが、残念ながら本宮は再来年までの予定で改装工事中。そのため明治座前に仮宮が設置されていた。

Suiten 

工事中の本宮から新大橋通りを挟んだ向かいに暖簾を掲げる『谷や』は、東京では十指にも入ろうかという讃岐うどんの名店。日曜だと言うのに、開店の11時には10人以上のお客が列をなしている。

Tani2 

どうにか入店を果たして釜玉を注文。きりりとエッジの立ったラインに、つやつやと輝く表面のうどんは、食べるのが惜しいほどの美しさ。だが、いつまでもうっとり眺めているわけにもいかない。噛んだ歯をクンと押し返す官能的な弾力。釜玉特有のモチモチした食感。そして、立ち上る小麦の甘い香り。これなら、行列ができるのも仕方あるまい。

Tani3 

店内にはお腹の大きな妊婦の姿も見えた。実は水天宮の総本宮は福岡県久留米市にある。もともとは壇ノ浦の戦いで、8歳で海に身を沈めた安徳天皇とその一族の霊を慰める「水難よけ」の神様だったが、江戸から漁業が消えてしまった今では「安産」の神様としての信仰が厚い。件の妊婦も安産祈願に来たのであろう。

Tani1 

その水天宮の神職を務める有馬頼央氏は、かつての久留米藩主・有馬頼徳の末裔のひとり。だが、競馬ファンにとって馴染み深いのは、頼央氏の祖父であろう。中央競馬会の2代目理事長にして、暮れのビッグレース「有馬記念」にその名を残す有馬頼寧氏である。

水天宮の御利益は競馬とは無縁だろうが、実は同じ境内には弁財天も祀られている。こちらは金運の神様。有馬記念の前に両方を参拝するというのは、案外悪くないかもしれない。

 

 

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2014年7月19日 (土)

ひつまぶしでひまつぶし

4か月ぶりの中京競馬場にやって来たはいいが、1Rの障害未勝利戦で目当ての馬があっさりと負けると、しばらくやることがなくなってしまった。

次の目当て10R・インディアトロフィーまで、あと5時間もある。このまま馬券を買い続けても負けるだけだし、どうにかして暇つぶしをしなければならない。果たしてどうしたものか……、と悩んでいたら、顔見知りの牧場主が「昼飯を食べに出ませんか?」と誘ってくれた。ありがたい。競馬場から車に乗り、住宅街をクネクネと進むこと20分。辿り着いた店には『蓬扇』という看板が掲げられている。昼にはまだ早いというのに、店内はほぼ満席という賑わい。地元の人気店といた風情だ。

Una 

「ひつまぶしの正しい食べ方をご存知ですか?」

私を連れ出してくれた彼は、今でこそ北海道で牧場を営んではいるものの、出身は愛知県である。

「知ってます。おひつの中身を3等分して、1杯目はそのまま、2杯目はこの薬味をたっぷりかけて、そして最後の3杯目はダシをかけてお茶漬けにして食べるんですよね」

私が答えると、彼はやおらしゃもじを使って自分のおひつの中身を4等分した。

「最初の1杯はそのまま、2杯目は薬味、3杯目はお茶漬け、そして4杯目は、いちばん好きな食べ方で食べるんです」

なるほど。そんな「ひつまぶし」の名称は、1873年創業の名古屋の老舗料亭『あつた蓬莱軒』の登録商標だそうで、この『蓬扇』さんは、その元祖店からの暖簾分けらしい。ともあれ、パリッと香ばしく焼かれた外目は香ばしく、濃いめのタレも鰻に負けていない。そのまま食べてもヨシ、薬味で食べてもまたヨシであろうが、私は4杯目にお茶漬けを選んだ。

このトシになると、かば焼きを食べるのにはそれなりのエネルギーを要するようになってくる。かの平賀源内は「鰻を食べれば元気になる」と言って土用の丑に鰻を結びつけたが、実際には「元気ならば鰻を食べられる」という見方もできるのではあるまいか。すなわち、炎天下でも鰻を食べられるくらいの食欲があれば、それは元気であることの証ですよ、ということである。今の私には、ダシ汁のおかげで脂肪分が薄らぎ、さっぱりした後味になるウナ茶が一番美味しい。

ちなみに、間もなくデビューを迎える2歳馬にウナギノボリという牡馬がいる。ご存じ小田切オーナーの所有馬。父がキングカメハメハ。母が新潟2歳Sを勝ったワナだから、良血と言えなくもない。来週の福島でのデビューが濃厚。馬名の通りに来年のクラシックを上り詰めていくことができるだろうか。

 

 

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2014年7月18日 (金)

ワンタンに賭ける夏

このブログではうどんばかりを取り上げているので、「蕎麦とかラーメンは食べないのですか?」という質問をいただくことがたまにある。

食べないこともないのだけど、その麺のジャンルにはなぜか求道者のごとき店主が多く、自然に足が遠のいているのかもしれない。「まずは水蕎麦で蕎麦本来の味を味わってください」と言われたり、鉢巻しめて腕組みしている店主の写真が貼ってあったり、客の目の前でスタッフを怒鳴りつけたり、炎天下に行列を強いられたり……、とにかくそういう類の店は苦手なんですね。まあこれを「好き」という人は少ないと思うけど。

だから、たまに行くラーメン屋は地元に昔からある“普通のお店”に限られる。三軒茶屋の『茂木』はまさにそんな条件にジャストフィット。買い物のついでにちょっと寄ってみたくなる、そんなカジュアルさが良い。

歯切れの良い中細麺に豚骨ベースの塩醤油味なのだが、豚骨も、塩も、醤油も、決して主張し過ぎていないところがいい。表面を覆う透明な油は自家製のラード。これがスープを冷めにくくし、スープにまろやかな旨味を加えている。

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しかしこの店の楽しみはなんと言ってもこのワンタン。分厚いワンタン皮の中には、しっかり下味が付けられた肉がパンパンに詰まっている。噛めばジュワっと肉汁が染み出る―――というタイプではなく、思いのほかガッシリした歯応え。無骨と言えば無骨。昨今の流行りではないかもしれない。だが、そのおかげでワンタンの存在感は麺やスープを凌駕している。思わず「イイじゃないか」と呟いてしまう。

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ワンタンと言うと、京都の「八ツ橋」のような薄っぺらいやつをイメージされる方もいらっしゃるかもしれないが、あれは正確には「扁食(ペンス)」という福建省の料理である。福建省出身の華僑が長崎でペンスの店を出し、なぜかそれが「雲呑(ワンタン)」として全国に広まってしまった。団子ほどの大きさに丸めた餡をワンタン皮の真ん中に置き、四隅を摘んで一か所でまとめギュッと押さえると、テルテル坊主を逆さにしたような形になる。それこそが正真正銘のワンタン。そういうワンタンが並ぶことなく、店主の機嫌に気を遣うこともなく、気軽に食べられる。それがラーメンの醍醐味であろう。

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ちなみに、月曜の船橋競馬場ではスーパースプリントシリーズの最終戦・習志野きらっとスプリントが行われる。その真髄はワンターンのスピード勝負。お昼にどこかでワンタンを食べてから、ワンターンにかける馬たちのスピード比べを見に行ってみようか。

 

 

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2014年7月17日 (木)

新種牡馬の夏

あさっては2歳世代最初の重賞・函館2歳S。当然ながら新種牡馬の産駒が気になるところだが、この世代のトップを切って重賞に産駒を送り込んできた新種牡馬は、ハービンジャーでも、エンパイアメーカーでも、いわんやカネヒキリでもなく、現役時GⅠ級レース9勝の猛者・ヴァーミリアンだった。

Varmilian 

JRAでの勝ち上がりはまだないものの、地方では2戦2勝のエンターザスフィアを筆頭に、ダイリンザン、ゲットザグルーブ、フジノロンシャンの4頭が勝ち上がる好スタート。中でもエンターザスフィアは、フレッシュチャレンジで2~5着に下した馬がいずれも勝ち上がっただけでなく、ウィナーズチャレンジ1で負かしたメンバーがその後の道営重賞・栄冠賞で上位を独占したこともあって、注目度は日増しに高まっている。しかも、管理するのはハッピースプリントを育てた田中淳司調教師。手綱を取るのはJRAの岩田康誠騎手。これでは注目するなという方が難しい。

今年のサンデー系の新種牡馬はキンシャサノキセキ、アドマイヤオーラ、カネヒキリといったあたりで、大物感に欠けるとも言われていた。だが、ヴァーミリアンの母の父はサンデーサイレンスであり、しかもその母系はいわゆる“スカーレット一族”。血統水準の高さは言うまでもない。ダートグレードの申し子のようなイメージの強いヴァーミリアン自身にしても、2歳時にラジオたんぱ杯2歳Sを制したほどだから、芝への適性がゼロということもなかろう。エンターザスフィアが新種牡馬重賞勝利第一号の栄誉を父にもたらしたとしても、さほど驚く必要もなさそうだ。

一方で、今年デビューとなる新種牡馬のエースと目されていたハービンジャーの出足が、思いのほかよろしくない。セレクトセールの会場でも話題になるほどだから、まあこちらも注目度の高さではエンターザスフィアに負けていないようだ。

JRAでは、これまでに7頭がデビューしていまだ未勝利。地方ではデビューすら果たしていないが、これほどのクラスの種牡馬だと地方に入厩する2歳馬もそう多くはないから、これは仕方あるまい。

ハービンジャー自身が3歳デビューで、本格化したのが4歳時だったことを思えば、こうした事態もある程度織り込み済みか。それでも、この世代の種付け頭数は211頭。競走馬登録が146頭。しかも、配合相手が、シーザリオ、ハッピーパス、ディアデラノビア、コイウタ、ファビラスターンといった、社台・ノーザンのA級牝馬ばかりであることを考えれば、早く結果が欲しい。

産駒は総じて1歳時までに急激に成長し、骨量も豊富で、これなら!と思わせるタイプが多いのだけど、どうもそれがデビューまでの過程に生かされていない印象も受ける。ちなみにチチカステナンゴの初年度産駒も、6月、7月と勝てず、ようやくの初勝利は8月の小倉まで待たねばならなかった。

Harbinger 

むろんハービンジャー産駒に求められるものは、芝2400mでの圧倒的なパフォーマンス。であれば、この時期に慌てて走らせる必要などないかもしれない。そんな最中に行われたセレクトセール1歳では、ハービンジャー産駒17頭の上場に対し13頭が落札され、その平均価格は、

 牡 2978万円(2706万円)
 牝 2338万円(1300万円) ※カッコ内は昨年

と、昨年を上回った。

勝ち上がりが遅くてもガタガタ騒ぐ必要はない―――。

マーケットはそう言っているようである。

 

 

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2014年7月16日 (水)

セレクトセールとガソリン価格

今なぜ石油高騰!?―――。

今朝のNHKの番組「あさイチ」では、高騰を続けるガソリン価格が暮らしに与える影響を取り上げていた。資源エネルギー庁が今日発表した全国のレギュラーガソリンの平均価格は前週より0.2円高い169.9円で12週連続での値上がり。これは5年9か月ぶりの高値水準だという。

車を持たぬ代わりに馬を持つ生活を選んだ身とはいえ、ここまで高値が続けば無関心ではいられまい。燃料費の高騰は馬の輸送費のみならず、馬の飼料代にも影響を及ぼす。番組では「原油高騰が生活費を直撃」と謳っていたが、私には「預託費を直撃」と聞こえた。

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ガソリン高騰の煽りを受けるのは馬主や牧場だけではない。ローカル開催真っ盛りのこの時期、競馬場へ車で出かける向きも多いと思う。福島へは新幹線に頼る私も、駅から遠い新潟へは車で行きたいクチ。しかし、あらためてガソリン代を計算したら、ちょっと考えてしまった。麦茶は持参。食事はコンビニのおにぎり。そんな節約の努力も、値上げ分に軽く喰われてしまう。こうなれば、同乗者を増やして、少しでも負担を少なくすることも考えなければなるまい。

折しも今年のセレクトセールは、売り上げ、落札率ともに史上最高を記録して、大盛況のうちに昨日閉幕した。

今年のセール主役が、カタール王族のシェイク・ファハド殿下であったことに異論はなかろう。2億6000万円の最高価格を記録した「リッスンの2013」を含め、計9頭を総額8億7000万円で落札。また、売る側としても、世界が注目するフランケルの産駒「グッドウッドマーチの2014」を9600万円で売却した。オイルマネーの凄さに今さら驚くこともないが、たった1リットルのガソリン価格に一喜一憂する身とすれば、複雑な気持ちを禁じ得ない2日間だった。

 

 

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2014年7月15日 (火)

盛岡じゃじゃ麺の流儀

南から梅雨明けの声を聞くようになると、盛岡競馬場が熱い季節を迎える。来週のマーキュリーカップには、昨年のJDDの覇者クリソライトが参戦を予定。来月にはクラスターカップも行われる。さらに南部杯を経て秋の大一番JBCまで。今年は盛岡競馬場を訪れるファンも多かろう。わんこそばや盛岡冷麺を楽しみにしている貴兄もいるかもしれない。

盛岡の名物麺でありながら、わんこそばや冷麺ほど認知度が上がっていないのが「盛岡じゃじゃ麺」。中華のジャージャー麺(炸醤麺)とは異なる。それを日本人に好まれるようにアレンジしたのが、盛岡じゃじゃ麺だ。

麺は中華麺よりもうどんに近い。モチモチっとした食感の平打ち麺に、肉みそとキュウリが乗って出てくる。それにお好みで卓上の調味料を加えながら、全体をよく混ぜて、麺にまんべんなく肉みそが絡めば準備OK。自分で味を完成させるのが、じゃじゃ麺の醍醐味でもある。

その元祖と言われる盛岡の『白龍(パイロン)』は、吉永小百合さんがJR東日本のCMで訪れたことでも知られる。カウンター、テーブル併せて20席ほどの店内だが、そこを訪れて空席があったためしがない。さすが盛岡市民のソウルフードだと感心する。

Haku 

盛岡まで行くお金も時間もないという貴兄には、三軒茶屋の『じゃじゃおいけん』をおすすめしたい。盛岡出身の店主は、上京してモデルとして活躍した後、2003年に店を開いた。盛岡市内の人気店の味を思い出しながら独学で味を完成させたという。その味は、伝統を守りつつも、特注の麺や自家製のラー油を使うこだわりようだ。

Chitantan 

麺をすべて食べ終えても、すぐに「ごちそうさま」と席を立ってはいけない。卓上にある生玉子を落としてかき混ぜると、すかさず店主がお湯を投入してくれる。すると玉子スープの「鶏蛋湯(チータンタン)」が完成。ここまでをセットで味わうのが盛岡じゃじゃ麺の流儀だ。じゃじゃ麺も、鶏蛋湯も、とにかくよく混ぜていただこう。

 

 

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2014年7月14日 (月)

荒尾の記憶

昨日、佐賀競馬場で行われた第16回吉野ヶ里記念は、3番人気のスイングエンジンが鮮やかに逃げ切って初めての重賞タイトルを手にした。

IPATの運用に絡んで重賞が乱立している佐賀競馬には、実質的には下級条件戦であるにも関わらず「重賞」とか「オープン」の副題が付いているレースも少なくない。だが、この吉野ヶ里記念は正真正銘の“重賞”。ハクシュカッサイ、オペラキッス、マンオブパーサー。過去の勝ち馬には、佐賀を代表する名馬の名が連なる。

Swing 

そんな一戦を制したスイングエンジンは、サクラローレル産駒の牡8歳。JRA1000万条件から佐賀に移籍して3戦目の競馬だった。転入後の2戦では完敗だったサウスパシフィックとマイネルパルフェを、大一番で破ってみせたその勝因はいくつかあろうが、直前で乗り替わりになった田中純騎手の思い切った先行策によるところも大きいと思われる。

スイングエンジンの母スイングバイは、荒尾で9戦7勝の戦績を引っ提げて2000年に大井に移籍。すると転入から6連勝で重賞・トゥインクルレディー賞まで駆け上り、クイーン賞での敗戦を挟んで続くファーストレディー賞をも逃げ切った。その破壊的なまでの逃げ脚は、今なお大井のファンの脳裏に深く刻まれている。

一方、殊勲の田中純騎手は03年4月に荒尾で騎手デビュー。08年の大阿蘇大賞典をワイルドコマンダーで優勝するなど順調に実績を積んできたが、11年の荒尾競馬廃止により25歳の若さで鞭を置かざるを得なくなった。

だが、ジョッキーへの想いを完全に断ち切ることができず、佐賀競馬で厩務員をしながら再び騎手への道を目指すことに。そして見事2013年に再デビューを果たした。今回、吉野ヶ里記念を制したスイングエンジンは、その時お世話になった真島調教師の管理馬である。しかも荒尾で活躍した名牝の子での快挙。感慨深いものがあるに違いない。荒尾の記憶を思い起こさせる、良い競馬だった。

Arao

 

 

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2014年7月13日 (日)

140文字の世界

このブログに載せている記事は、1本あたり800~1200文字の範囲に収まっていることが多い。原稿用紙にして2~3枚。これくらいの量が読む方にもちょうど良いとされている。新聞に掲載されている社説も、だいたい千文字前後だ。

文章は長ければ良いというものではない。わかり易く、読み易く、そして何より簡潔に。これが基本である。実は、一年前にツイッターを始めてみた。その瞬間に感じたことを、今すぐみんなに伝えたい……などと思い立ったわけではなく、決められた文字数の中で、要を得た文章を書くためのトレーニングをしようと思ったに過ぎない。ご存じの通りツイッターには140文字という制限がある。

千文字に慣れた頭に140文字の縛りは思いのほか厳しかった。「これくらいだな」と頭に浮かんだフレーズをテキストに打ちなおしてみると、あっと言う間にオーバーフローしてしまうのである。最初のうちは試行錯誤の連続だった。

特に馬の名前は文字数を食う。

父:ステイゴールド、母:オリエンタルアート、母の父:メジロマックイーン

これだけで35文字。貴重な140文字の4分の1が費やされてしまう。それなら血統は省いてしまえ。「ステークス」とか「カップ」という用語も「S」や「C」に統一しよう。ただし、キングカメハメハを「キンカメ」と書いたりするのは馬に失礼なような気がするので、それはしない。そうやって長さを調節していく。もちろん、ものを書く以上は、文体の美しさも無視はできない。短い文章には書き手のセンスが鮮明に現れるものだ。文章を書くというよりは、俳句・短歌の世界に近い。

ひと通り体験してみると、考えていることや感じたことを、手軽に伝えられるという点で優れたツールであることは実感できた。読者からの反応もブログとは比較にならないほど早い。一方で、原田敬伍元騎手が引退に追い込まれたのは不注意なツイッター利用がきっかけだった。手軽さと危うさは隣り合わせ。「ツイート」ボタンを押してから、「これは書いて大丈夫なのか?」と心配になったことも一度や二度ではない。

で、結局ツイッターは半年でやめてしまった。パッと頭に浮かんだフレーズが、ぴったり140文字になったのを機に、もうよかろうと感じたのである。自分の中のバリエーションを増やすという目的は、ほぼ達成された。―――とここまで書いて、このブログもちょうど千文字。こういうのは、気持ちがいいですね。

 

 

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2014年7月12日 (土)

連敗記録

プロ野球は7月に入って阪神が好調だ。今日は負けてしまったが、昨日まで8連勝で首位巨人と4.5ゲーム差に食らいついている。逆に中日は7月2日の試合から5連敗。一度は阪神を抜いて3位に立ったこともあったのに、あっと言う間に再逆転を許した。阪神とのゲーム差は3.5。これ以上開いてしまうと、再浮上は難しい。

今年のプロ野球は、連勝連敗が目立つ。交流戦で9連敗を喫した広島はその最たるものであろう。連敗といってもいろいろあるが、野球になくて競馬にあるのは1番人気馬の連敗だ。明日福島で行われる伝統の重賞・七夕賞。そこで生まれた1番人気馬の26連敗の記録は、もはや語り草となっている。

なのに、昨年は1番人気のマイネルラクリマが2馬身半差の圧勝。福島の短い直線をほぼ独走状態だった。荒れるハンデ重賞を好んで受け入れてきた福島の競馬ファンは、その結果をあまり歓迎しなかったように感じる。七夕賞が持つ1番人気馬の連敗記録は福島のファンの誇りかもしれない。

七夕賞が重賞に格上げされたのは1965年で、1番人気の連敗は79年に始まった。当時「東北記念」と呼ばれていた七夕賞の1番人気は松山吉三郎調教師の管理するファーストアモン。京成杯や新潟大賞典を勝った実績が買われて1番人気に推されたが、タケノテンジンの5着に敗れている。

以来、皐月賞馬のハワイアンイメージが8着に敗れ、単勝オッズ1.7倍のトウカイタローも4着に沈み、武豊ならなんとかしてくれるだろうと1番人気に推されたランニングレイルはなんと14着の惨敗である。連敗記録に終止符を打った2005年のダイワレイダースが、連敗記録をスタートさせた松山吉三郎調教師の息子の康久調教師の管理馬であることは、けだし奇縁と言うべきであろう。

昨年の覇者マイネルラクリマは、今年の七夕賞にも出走を予定している。

Maineru 

昨年は57キロのハンデで後続を2馬身半突き離した。だが、2着から11着までの10頭は3馬身の範囲に密集してゴールを果たしている。結果だけを見れば、マイネルラクリマの57キロが恵まれ過ぎていたのかもしれない。今年は58キロ。斤量差だけでなく、目の肥えた福島のファンが、いったいどの馬を1番人気に推すのかも気になるところだ。

 

 

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2014年7月11日 (金)

思い出の2号スタンド

大井競馬場2号スタンドは本日の開催を最後に取り壊されて、新スタンド設置の工事が始まる。若い時分には2号スタンド3階の手すりにもたれ掛かってロジータの東京大賞典を見届け、長じてからは5階にある馬主席から数え切れないほどのレースを眺めた私にとって、そのスタンドが取り壊されると聞けば、そりゃあ多少の感慨もある。

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竣工は来年秋の予定だそうだ。現スタンドが竣工したのは1955年10月であるから、実に60年ぶりの建て直しということになる。よくもまあ、今までもったものだと感心しやしないか。東京都馬主会が1~3号スタンドの建て替えを訴え始めたのは、90年代初頭のこと。それから10年余りを経た2003年、ようやくL-WINGの完成を見た。そこからさらに10年余り。東京五輪の行方に左右された時期もあったのだから、この歳月を、お役所仕事と批判するわけにはいくまい。

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2号スタンド1階にはモツで有名な『第一仲商店』がある。いつも行列の絶えないこの人気店は、スタンド取り壊しでどうなるのか?

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なるほど。4号スタンドに移転するわけですね。場内の飲食店のいくつかは、屋号が違っても実は同一経営者という店舗もある。ただ、これは世間一般の飲食店でも言えることだけど、人と暖簾が同じでも、場所が変われば、それはすなわち別の店と考えた方が良い。首尾よく今の味が継続されることに期待しよう。

Longshot 

2号スタンド3階の食堂『ロングショット』は、大井でも絶滅危惧種となりつつある“煮込み丼”が食べられる貴重な一軒。ここも移転なのだろうか。新店舗はどこになるの? と訊いたところ、返ってきた答えは意外なものであった。

「廃業します」

へ? じ、じゃあ、煮込み丼はどうなるのですか?

「申し訳ありません。でも、最近はお客さんもほとんど入らないし……。すみません」

大井競馬の馬券売り上げは回復傾向にあるが、それは多分にIPATの恩恵によるものだ。逆に入場者数は減少の一途を辿っている上、大半の客はL-WING内やイベントスペースの店舗で飲食する。昔からの食堂が太刀打ちできる状況ではない。

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名残の煮込み丼を掻き込んでから店を出ると、ちょうど眼下でレースが発走するところだ。

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スタート。そして、砂塵。

潮風と共に駆け出した人馬を見送ると、突然20年前の光景が甦ったような気がした。老朽化したスタンドも、そのスタンドを吹き抜ける潮風も、その潮風によって赤錆びた手すりも、そしてもちろん煮込み丼も、そのすべてが揃ってこそ私にとっての大井競馬だったに違いない。そんな点景が一部とはいえ、なくなってしまう。来年秋に竣工する新スタンドには、果たして潮風が吹き抜けるだろうか。

 

 

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2014年7月10日 (木)

森泰斗VS真島大輔

今にも雨が降り出しそうな大井競馬場の1レースは1200mの新馬戦。

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1番人気のワインフレイバーはノーザンファームの生産馬で、昨年のセレクトセールでは1300万円の根をつけた。五体満足のセレクトセール出身馬が大井でデビューするのは珍しい。だが、そんなエリートに3馬身の差を付けて楽勝したのは、2番人気の牝馬・ララベルだった。

1r 

こちらは社台オーナーズの所属馬で、その募集価格は1000万円。ワインフレイバーより安いとはいえ、こちらは牝馬である。結局エリートを負かしたのはエリートだった。

アグネスデジタル産駒とアッミラーレ産駒の大激戦に沸いた翌日に、いきなり冷や水を浴びせられた感ような気がする。調教師は「成長途上で身体が緩い」と控え目なコメントに終始していたが、4コーナー手前から相手をねじ伏せるように動いたそのレースぶりには目を見張るものがあった。来年のクラシックを意識させる逸材に違いあるまい。

続く2レースも真島大輔騎手が勝って、早くも今日2勝目。4着に敗れた前走で、「あのトキノコジローの甥」と紹介したモータルコンバットだが、1200mに戻ったここでは力の違いは歴然だった。

2r 

真島騎手にとって、南関東リーディングジョッキー争いでトップを走る森泰斗騎手に、あと2勝と迫る今年110勝目である。この勢いなら今日にも追いつくのでは―――?、と思ったりもしたが、森騎手もすぐに4レースをバイスミニスターで勝って、再び突き放すのだから大したもの。さらには最終レースも勝って、結局真島騎手との4勝差に変わりはなかった。今年の森泰斗騎手は、ひょっとしたらやるかもしれない。

4r

 

 

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2014年7月 9日 (水)

ライバル出現

近づきつつある台風8号の影響で、雷鳴とともに大粒の雨が馬場を叩きつける大井競馬場。それでも13年ぶりの3冠馬誕生の瞬間を見届けようと、1万5千人の観客が詰めかけている。

「こうなりゃ、ハッピースプリントの相手はカゼノコで決まりだな」

カメラマンの誰かが冗談めかしてそう言った。台風に引っ掛けての語呂合わせであるが、それでも「カゼノコが勝つ」とまでは言っていないのが興味深い。JRA重賞を含めたダートグレード重賞を勝っているのはハッピースプリントただ一頭。ダートでは8戦無敗。羽田盃は5馬身差、東京ダービーは4馬身差といずれも独走している。アジアエクスプレス級不在のJRA所属馬相手なら、取りこぼしはあるまい。

Happy 

だが、私には気になることがあった。カゼノコが前走の鳳雛Sで子供扱いしたアスカノロマンが、先週の1000万条件・濃尾特別で降級古馬をものともせず2馬身半馬身差で圧勝しているのである。オープン特別と言いながら、実は鳳雛Sは重賞級のレベルだった可能性もある。

数分後、私の危惧は現実のものとなった。2~3番手からレースを進めたハッピースプリントは、直線に向いて先頭に立ついつもの競馬。だが、そこから後続を突き放す勢いが今日は見られない。あれ?と思う間もなく、大外から豪快に追い込んだカゼノコが馬体を併せたところがゴール。写真判定の末、ハナ差でカゼノコが栄冠を手にした。

Kazenoko1 

「伸びなかったなぁ」

雨に耐えながら3冠達成の瞬間を待ち構えていたカメラマンの口からは、悔しさの入り交じった声が漏れた。だが、2分3秒9は、このレース歴代2位の早い時計。そのペースを逃げ馬の背後から追走し、上がり37秒2でハナの2着なら、馬を責めることはできまい。「(レース)内容は勝ってるんだけどなぁ…」と地元の専門紙記者も天を仰いだ。

しかしながら、たとえ贔屓の馬が負けても勝者は讃えなければなるまい。

スタート直後に、ハッピースプリントとマキャヴィティの2頭に左右から挟まれるという不利があったとはいえ、腹を括って最後方からレースを進めるという判断は、2番人気という立場を考えればなかなかできることではない。そんな鞍上の覚悟に、36秒5という3歳馬離れした末脚で応えた馬も見事。4月24日付小ブログで「ライバル求ム」と書いた立場として、ハッピースプリントとのライバル物語がここから始まってくれるのなら言うことはない。

父・アグネスデジタルは、2000年のこのレースで、圧倒的1番人気を裏切り14着に大敗した。カゼノコは自身初のGⅠ級タイトルを手にしただけでなく、父の雪辱をも果たしたことになる。テイエムオペラオーを大外から差し切った、あの天皇賞(秋)を思い起こさせる今日の競馬だった。

 

 

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2014年7月 8日 (火)

未勝利脱出

ちょいと古い話だが、1月26日の中山3Rは、牝馬限定の3歳新馬ダート1200m戦。16頭立てのレースは1番人気のキャレモンショコラが勝った。良馬場の勝ち時計は1分13秒4。

新馬戦とはいえ、この時季のこの条件である。そのレースで2着以下に負けた15頭から「未勝利脱出」の声が、なかなか聞こえてこなかったのも無理からぬ話か。勝ったキャレモンショコラにしても次走の500万条件で9着と大敗し、それ以後は出走さえしていない。

そのレースから半年近くが経った7月5日の福島4Rは、ダート1150mの3歳未勝利戦。ポンとゲートを出たダイワコンシードがハナを奪うと、そのまま後続をグングン引き離して8馬身差の圧勝劇を演じてみせた。勝ち時計1分7秒5は早い。

Daiwa 

逃げては直線で捕まる―――そんな競馬を繰り返していた東京での姿がまるで嘘のような豹変ぶり。「勝つ時はメチャクチャ強い」。そんな父・ローエングリンの現役当時を彷彿とさせる、圧倒的なレースだった。

同じ日の6Rも3歳未勝利戦だが、今度は芝の1800mという条件。サクラバクシンオー産駒のサンアグライアが、2番手から抜け出して快勝した。

Sang 

実は、この日福島で嬉しい初勝利を挙げたダイワコンシードとサンアグライアは、いずれも同じ新馬戦でのデビューを果たしている。それが1月26日の中山3R。あの牝馬限定ダート1200mなのである。

あの日、コンマ5秒差の3着に敗れたダイワコンシードは、その後も一貫してダートの短距離戦を使われ続け、5戦目にしてついに未勝利を脱出した。

一方、キャレモンショコラから4秒近く離された10着に大敗したサンアグライアは、ダイワコンシードとは逆に、芝に矛先を向け、さらに距離を変え、競馬場も4場を渡り歩いて、ついに福島の芝1800mという条件を見つけて初勝利を掴み取った。

初勝利までの過程に違いはあれど、彼らの勝利の影には陣営の冷静な判断と執念を感じずにはいられない。明らかに不向きと思える条件ばかりを走らされ、不完全燃焼のまま競走生活を終えていく馬が、どれほど多いことか。南関東にもJRAの競走生活に見切りをつけて移籍してくる3歳馬が増えてくる頃合い。そんな季節の未勝利勝ちは、また格別であろう。逆に、人気を集めながら惜敗した馬の焦燥感はなまなかではない。とかく「つまらない」と言われがちな3歳未勝利戦。だが、関係者にとっては重賞にも負けぬほどの緊張感が伴うこともある。

 

 

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2014年7月 7日 (月)

35頭のラストクロップから

先週土曜日は開催初日の福島に足を運んだ。

Fukushima 

10週20日間にも及ぶ東京開催の直後なら、東京からの遠征組は少ないのではないか?

―――そんな私の見込みは、朝7時の東北新幹線に乗り込んだ瞬間に間違いであることが判明する。福島へ向かう新幹線はほぼ満席状態。しかも座席のあちこちから、競馬専門紙の花が咲いているではないか。福島駅に降り立てば、タクシー乗り場は重賞開催日かと見まごうような長蛇の列である。これも回復基調にある景気のおかげなのか、あるいは現地主義の競馬ファンが増えたのか。ともあれ、ここ数年忘れかけていた、「暑く熱い、福島の夏」の光景を思い起こしつつ、5レースの2歳新馬戦を迎えたのである。

勝ったハタノガイストは、サクラバクシンオー産駒の牡馬。ゲートの出は今ひとつだったものの、二の脚の速さで3コーナー手前でハナを奪い、そこからはスピードの違いを見せて逃げ切った。

Hatano 

ハタノガイストを管理するのはサクラバクシンオーの主戦だった小島太調教師。だが、サクラバクシンオー産駒での勝利は、実は意外にも少ない。最後の勝利は2006年1月中山のレッドスプレンダーにまで遡る。実に8年半ぶりの美酒だが、それがサクラバクシンオーの最後の世代だと思えば、その味もまた格別であろう。

2011年にこの世を去ったサクラバクシンオーの産駒は、この世代がラストクロップ。しかも種付けシーズン途中の急逝だったことから、この世代の血統登録数はわずか35頭に留まる。

それでも、こうしてハタノガイストが1番人気に応えて勝ち上がり、翌日曜の福島でもクラウンノキミが芝1200mの新馬戦を一気呵成に逃げ切った。土曜中京の新馬でクビ差2着のグレイトチャーターをはじめ、リミットブレイク、アポロノシンザン、ショウナンライコウらが、未勝利を勝ち上がるのも時間の問題であろう。

フジキセキが、自身最後の世代からイスラボニータを輩出したように、サクラバクシンオーの数少ないラストクロップから大物が現れたとしても、とりたてて驚く必要はあるまい。

日本が育てたパーソロンの父系が途絶えるのは、もはや時間の問題だが、同じく日本が育てたテスコボーイから続く父系は、サクラバクシンオーからバトンを受けたショウナンカンプが受け継いでおり、いずれ種牡馬となるグランプリボスも加わって、まだまだ継続する。その系譜を一層盤石にするためにも、“最後の大物”の出現を期待したい。

 

 

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2014年7月 6日 (日)

パーソロンの奇跡

パーソロンの話の続き。ただし麻雀の話ではない。

ダービーやオークスの行われる府中の2400mと言えば、今でこそサンデーサイレンス系が暴れまくる舞台だが、かつてはパーソロンの独壇場だった。シンボリルドルフとトウカイテイオーがダービーとジャパンカップを父子制覇したのをはじめ、オークスは1971年からパーソロン産駒が4連覇。母の父にパーソロンを持つライトカラーとメジロドーベルもオークスを勝っている。むろん1978年のダービーを勝ったサクラショウリを忘れてもいけない。

Dober 

シンボリルドルフやメジロマックイーンに代表される「パーソロン系」の種牡馬は、つい20年ほど前の全盛時には約30頭もいたのに、いつの間にか一頭もいなくなってしまった。諸行無常。盛者必衰。安泰に見えるサンデーサイレンス系とて、他人事ではすまされぬ。世界でも珍しく日本で発展したトウルビヨン系だが、その父系は今や風前の灯火と言わざるを得ない。

調教師時代の野平祐二氏が愛した管理馬にスイートネイティブがいる。パーソロン産駒の牝馬。4歳時にヒザを骨折してクラシックこそ棒に振ったが、6歳の夏に秘めたる才能を開花させ、安田記念で1歳年下の桜花賞馬ブロケードを破ると、返す刀で七夕賞を制した。スイートネイティブの妹アンジュレスイートは、セイウンスカイの曾祖母でもある。セイウンスカイが皐月賞を逃げ切った日、私と一緒に中山でレースを観戦ていた祐ちゃん先生の喜びようは、今も忘れない。

Seiun 

スイートネイティブはパーソロンが17歳の時に種付けされた産駒であった。俗に種馬は歳を取ると良い子を出さないと言われる。だが、パーソロンが凄いのは4年後の21歳の種付けで、自身の最高傑作シンボリルドルフを送り出したことだ。

先に「父系は今や風前の灯火」と書いたが、シンボリルドルフの誕生そのものが奇跡なら、もうひとつ大きな奇跡が起きてはくれないだろうか。だが、JRA所属のトウカイテイオー産駒は、トウカイオーロラとヤマニンガーゴイルの2頭。いずれも7歳の条件馬とくれば、状況は厳しい。

(※年齢は旧表記)

 

 

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2014年7月 5日 (土)

八索ロン

昨日のこと。

最終日の川崎競馬がハネたのち、ダッシュいちばん指定された雀荘にたどり着いて見れば、残る3人のメンツは首を長くして私の到着を待っていた。

ご丁寧に席決めや親決めはおろか、卓の上には東1局のヤマまで積み上げられており、“仕込み”に対する些かの疑念を伴いつつもサイは振られたのである。

埼玉県内の伝統高校から某国立大学の理学部に進学した私の高大7年間は、まさに麻雀漬けの日々であった。試験当日であっても、たまたまバスに乗り合わせた4人がそのままUターンして雀荘に向かうことは日常茶飯事。不幸にもバスに乗り合わせたのが3人であったとしても、大学のバス停でしばらく待てば、やがて次のバスが到着して顔見知りのひとりやふたりは降りてくるから、そのまま拉致してしまえば済む。思い返せば、高校大学を7年間で終えることができたのは、けだし奇跡と言うほかはあるまい。

かつて「テンホー」という馬がいた。漢字で書けば「天和」。すなわち麻雀の役、それも役満の名称である。ゲームの最初に配られた牌の時点で上がってしまうことを指すことから、「新馬勝ち」とか「あっという間にゴール」などといイメージで名付けたのであろうと推測する。そしてなぜか筆者はこの馬の単勝馬券をセッセと買っていた。馬名の響きに加え、ちょうど馬券に馬の名前が印刷されるようになった時期と重なり、面白さも手伝ったのだと思う。だが、結局テンホーを“アガる”ことはなかった。ちなみに麻雀の天和は生涯一度だけ経験しついる。

その後も「コクシムソウ」とか「ダイサンゲン」という名の馬が走ったが、これも国士無双や大三元という役満が出自である。だが、「チンイツ」とか「チートイツ」という馬はついぞ聞いたためしがない。JRAの馬名審査部には「麻雀の役については役満のみこれを認める」なんていうガイドラインでもあるんだろか?

―――と、ここまで書いて、生前の野平祐二氏と麻雀談議をしたことを、ふと思い出した。

野平邸での麻雀にはある特別ルールがあって、八索(パーソー)で他人からアガればドラ1枚と同じように一翻上がるのだという。

なぜ八索なのか?

「いいですか。パーソーでロンでしょ。つなげて言ってごらんなさい。パーソロンになるんですよ」

Paso 

シンボリの和田氏や大橋巨泉氏らと卓を囲み、競馬の未来や世界への挑戦について語らう中で生まれたローカルルールであるが、きっといまどきの若い競馬ファンの皆さんは、「パーソロン」と聞いてもピンと来ないだろうし、麻雀の話にもあまり興味がないかも知れない。

麻雀業界では、若い人の麻雀離れが深刻な問題となっているんだそうだ。どこも同じような問題を抱えてますね。

 

 

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2014年7月 4日 (金)

抽選

今日7月4日は、社台レースホース、サンデーサラブレッドクラブ、G1サラブレッドクラブ、そして社台グループオーナーズの会員の皆さんにとっては運命の日だ。そう、今年の1歳馬応募の抽選結果が発表されたのである。オルフェーヴルやジェンティルドンナ級の逸材を首尾よく見出すことができたとしても、一頭の馬に出資できるのは40人のみ。毎年繰り返されることとはいえ、この抽選が競馬人生を左右すると言っても、もはや過言ではあるまい。

しかし、私が気になる抽選結果はまったく別のところにある。日曜のラジオNIKKEI賞で、目当ての馬が抽選除外の憂き目を見た。15頭分の枠を18頭で争う抽選に敗れたのだから、なんともツキがない。

もともと今週は恒例の福島復興支援ツアーを予定していた。だが、こうなったらホテルはキャンセルである。新幹線の切符も変更して土曜の日帰りに行程を変更した。私ごときが落とす金額などたかが知れているが、実はラジオNIKKEI賞の観戦をやめたり、買う気がしなくなったと嘆くのは、実は私ひとりに留まらない。福島の経済に悪影響を及ぼしたその責任は、ひとえに非合理的な出走馬決定システムでレースをつまらなくするJRAにある。

Tagano_5 

昨年の朝日杯で、キーンソード、タガノグランパ、ピークトラム、ミッキーアイル、モーリスの5頭が抽選により除外とされたことは、まだ記憶に新しい。

「はじかれたメンバーの方がレベルが高い」と揶揄されたように、タガノグランパはファルコンSを勝ってダービーでも4着に食い込み、ミッキーアイルは重賞3連勝でNHKマイルCを制した逸材だ。結果、朝日杯の売り上げは阪神JFを下回る113億5352万5300円に留まった。前年比で6.2%もの減少。目の肥えたファンは、メンバー落ちのGⅠには食いつかない。インパクトの差はともあれ、今回のラジオNIKKEI賞も同じであろう。

Mickey 

そもそも、同じ2勝馬をふるいにかけるにあたり、1着賞金980万円の特別戦を勝った馬と、1着賞金720万円の一般戦を勝ち上がった馬を同列に扱うことが理解できない。賞金格差を付けているのはJRA本人。ならば、そのレースの格が違うことくらい当然意識しているはずであろう。2勝馬同士で細かな序列を作ることは、決して難しい作業ではない。

売り上げ回復を至上命題とするJRAには、ファンの期待する質の高いレースを提供することが求められている。にもかかわらず、自ら弱いと認定したハンデ52キロの馬を出走させ、54キロの馬を除外しているのだから自己矛盾も甚だしい。

「上位ハンデ3頭に優先出走のルール」はこうした指摘に端を発したものだが、「3頭」という半端な数字のウラには様々な思惑が渦巻いていることを容易に想像させる。「抽選システムは公平と機会均等の原則に沿ったもの」とJRAは主張するだろう。だが、それは出走させる側から文句の出にくいやり方でもある。抽選だから仕方ない―――。運がなかった―――。それで済む。だが、抽選を行うのはしょせん人間の手ではないか。それで馬の一生が変わることもある。ならばせめて馬にくじを引かせてやりたい。

 

 

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2014年7月 3日 (木)

猫のはなし

読売新聞日曜版で連載している23コマ漫画「猫ピッチャー」が、いま静かなブームになっているらしい。

Nekop1 

「ヨリウミ・ニャイアンツ」に所属するミー太郎(雄1歳)は、猫としては初のプロ野球投手。「直球一本勝負」を身上とする右の本格派だ。でも、猫だからデーゲームが苦手だったり、猫だからもの凄い俊足だったり、猫だからついついバットで爪を研いじゃったり、猫だから年俸が猫缶払いだったりと、とにかく猫ならではの珍プレーが満載。この5月からはアニメ化までされている。まったく、世の中何が流行るか分かりませんね。

Nekop2 

それにしても「猫ピッチャー」というタイトルは秀逸ではあるまいか。作者のそにしけんじ氏も、「まずタイトルが頭に思い浮かんで、面白そうだと感じた」と述べている。確かに面白そうだし、語感も良い。

Cat 

たまに猫が馬場を横切る大井競馬場には、ネコセンプー、ネコイッチョクセン、ネコグンダン、ネコジャラシ、ネコランラン、ネコチーター、ネコダイスキ、ネコダンス……等々、「ネコ」と名のつく馬がたくさん在籍している。

Neko_senpu 

一部のファンの間では「ネコマッシグラ」の待望論が囁かれていると聞くが、「ネコピッチャー」の実現の可能性はどうだろうか? テイエムプリキュアの例もあるけど、漫画タイトルそのまんまは難しいだろうか。

Neko_daisuki 

ちなみに、「猫ピッチャー」の主人公の名前と同じ「ミータロー」なら既に活躍中。プリサイスエンド産駒の牡4歳で、2012年ホッカイドウ競馬開幕当日のフレッシュチャレンジを勝って世代最初の勝ち上がり馬となり、昨年は北海優駿も勝ったれっきとしたダービー馬だ。

Me_taro 

漫画の「ミー太郎」は猫ゆえに身体が濡れるのが嫌い。ために、雨の試合を大の苦手としている。一方、馬のミータローも雨のレースを過去4度経験しているが、残念ながら一度も1着ゴールを果たしたことはない。血統的には雨が得意でもおかしくないのだが……。

 

 

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2014年7月 2日 (水)

6キロを背負って

JRA函館・札幌開催や牧場巡り、あるいはセールなどで北海道を訪れる機会は少なくない。そこで、家族に買って帰る北海道土産に頭を悩ますことになる。

「定山渓温泉2泊3日」のような観光旅行ではないのだから、家族へのお土産などに気を遣う必要もないのかもしれない。だが、休日に女房子供を放っておいて、好き放題に北海道を飛び回ることには若干の後ろめたさも感じるので、帰途の千歳空港ではカニ、鮭、アスパラの類をとにかく買いまくることにしていた。

だが、かつては土産に持ち帰ったカニや鮭に歓喜していた妻も、最近では「調理するのが面倒」と言って冷凍庫に入れっぱなしにしておくし、「ロイス」や「白い恋人」といった定番菓子にしても、飽きてしまったのか箱を空けようとすらしない。某牧場が生キャラメルを登場させた時は、「天の助け」と喝采を叫んだこともあったが、そのブームも一瞬にして走り去った。かくして、新装なった新千歳空港の2Fショッピングエリアをウロウロと彷徨う日々が続いていたのである。

しかし、家族も家族で北海道には詳しいから、最近では一風変わった品物を土産に指定してくるので助かる。

それがこの3点セット。

Miyage 

「ガラナ」は長女がリクエストしてきた。戦後、コカコーラ社の日本進出に対抗して全国清涼飲料協同組合連合会が「コアップガラナ」として発売。その後、北海道以外の地域では海外の飲料に押されて姿を消す中、コカコーラ社の爆撃を逃れた北海道だけに定着したという歴史を持つ。

「カツゲン」は次女。こちらは戦前に旧日本陸軍からの要請を受けて北海道製酪販売組合が開発した乳酸菌飲料「活素(かつもと)」がそのルーツ。現在は雪印メグミルクが製造しており、「カツゲン」というその語感から受験生のお守りとしても人気が出ているという。

そして妻は「サッポロ生ビール黒ラベル“The北海道”」をオーダー。麦はオホーツク産の「りょうふう」、ホップは富良野産の「リトルスター」、そして隠し味に道産ブランド米「ゆめぴりか」を配合した100%道産素材のビール。その味わいは実に芳醇で、飲み口に漂う香りもさわやか。最近では「北海道クラシック」が東京でも手に入り易くなっただけに、こちらの方が嬉しいのだそうだ。

おかげで空港ターミナルを彷徨うことはなくなったが、今度は別の問題に悩まされている。この3種類を数本ずつ鞄に入れただけで、軽く2~3キロの負担増は厳しい。カメラ機材を加えれば鞄の総重量6キロにも及ぶ。疲労困憊の帰途はトップハンデ馬の苦しみだ。 
 

 

 

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2014年7月 1日 (火)

ダービー馬配合

写真は3月のファルコンSを勝ったタガノグランパ。父キングカメハメハ、母の父スペシャルウィークという血統。ダービーでもあわやの4着に食い込んだ。

Grandpa 

昨日の宝塚記念で5着だったデニムアンドルビーは、父はディープインパクトで母の父がキングカメハメハ。最下位に終わったヴェルデグリーンのお父さんはジャングルポケットで、母の父がスペシャルウィークという血統構成だ。

Denim 

ダービーは種牡馬へのパスポートと言われる。だが、父、そして母の父がいずれもダービー馬という“ダービー馬配合”は、実はそれほど多くはない。なぜか。サンデーサイレンス系全盛の昨今では、配合上の不都合が生じるからだ。なので、そういう配合を目指そうと思えば、ジャングルポケットやキングカメハメハといった、いわゆる非サンデー系の種牡馬が存在感を増すことになる。

そんな中で、昨日の東京7Rを勝ったベストドリームの血統構成は注目に値しよう。父は2006年のダービー馬メイショウサムソン。そして母の父は97年のダービーを逃げ切ったサニーブライアン。どちらも皐月賞とダービーを制した2冠馬だというのに、血統的には地味と言われてしまうのだから哀しい。それでも、この配合で登録された競走馬はベストドリームただ一頭だと知れば、がぜん彼に肩入れしたくなってきやしないか。

Best 

昨日のレースで2勝目を挙げたベストドリームは、勢いを駆って連闘のラジオNIKKEI賞に登録してきた。そこには人気のクラリティシチーが待っている。父キングカメハメハ。母の父スペシャルウィーク。ダービー馬配合としては王道とも言えるクラリティシチーに、ベストドリームがどう対峙するか。注目したい。

 

 

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