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2014年5月26日 (月)

オークス馬の連闘

5つのクラシックレースで、一番消耗度が激しいのは恐らくオークスであろう。まだ成長途上の時期に走る府中の2400mは、牝馬にとって想像以上に厳しい。昨日のオークスのパドックでは「ハープスターなら連闘でダービーに行っても勝てる」という声まで聞こえたが、レースでは負けちゃったことだし、そもそもダービーの登録もないし、無茶はしない方がよさそうだ。

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オークスが春に、それもダービーの直前に移った1953年以降、樫の女王に輝いた61頭のうち、23頭はその後1勝もできずに引退に追い込まれている。オークスを頂点にして、競走生活の下り坂を迎える馬は少なくない。

それでも過去には、連闘も厭わず果敢にダービーを目指したオークス馬がいる。その第一号は、ダービー前週に行われるようになった最初のオークスを勝ったジツホマレ。だが、あろうことかダービー当日の朝になって出走を取り消した。その理由は「疲労」と記録に残る。数知れない取り消しの中で、疲労が理由の馬はこの一例だけではないか。オークスの消耗度を裏書きする実例であろう。

オークス馬の挑戦がもっとも話題になったダービーは、無敗の牝馬2冠馬ミスオンワードが出走した1957年だとする声が多い。

前年の2歳牝馬チャンピオンのミスオンワードは、オークスを勝って通算成績を8戦全勝とすると、その勢いのまま翌週のダービーに駒を進めた。サドラーズウェルズやヌレイエフの近親という血統的背景も後押しして、連闘になるにも関わらずダービーでは3番人気に推されるが、結局はヒカルメイジの17着と惨敗してしまう。

オークスが春に行われるようになった1953年以降、連闘でダービーに挑んだオークス馬の中で最高の成績を収めているのは、1961年のチトセホープである。ハクショウがメジロオーとハナの接戦を演じたことで有名なダービーで、「髪の毛一本の差」と言われるほどの僅差で1番人気のハクショウに凱歌が上がるのだが、その激戦から僅か1馬身しか離れていない3着に、チトセホープが粘りこんでいたことはあまり語られることはない。「もし最初からダービーを目指していれば勝っていた」と言われても、特に否定する理由はなかろう。なにせ、過酷な府中の12ハロンを8日間で二度走ってこの成績なのである。

オークスが春に行われるようになってから、オークスとダービーを連勝した馬はいない。しかし、もしダービーで両隣の2頭が転倒するという不運な事故に巻き込まれなければ、1956年のフエアマンナが、その大記録に届いていたかもしれない。なにせ、それだけの不利を受けながら6着と善戦しているのである。

この年のダービー馬は、後に殿堂入りを果たすハクチカラだった。フエアマンナはダービー後、ハクチカラと6回対戦し、3勝3敗。62キロを背負って60キロのハクチカラを破ったこともある。6度目の対戦でハクチカラに先着を許したが、レース中に骨折していたのだから、これは仕方がない。

ちなみに、フェアマンナはオークスの前週に行われたオープン戦も勝っていた。すなわち3連闘でダービーに挑戦した唯1頭のオークス馬ということになる。現代の常識では考えられまい。この記録が破られることは、もはやないだろう。

 

 

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