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2014年5月30日 (金)

苦味

ダービーの声を聞くと、なぜか負けた馬ばかりが脳裏に浮かんでくる。それだけ負け続けているということか。

馬券を買うようになってから、私がダービーで本命にした馬たちを思い出してみる。

出遅れた上に、直線では左右から挟まれたアズマハンター。ラグビーボールはスローペースに泣き、直線いったんは先頭に立ったメジロアルダンは、あろうことかサクラチヨノオーに差し返された。キングヘイローやコスモバルクは重圧に潰され、豪雨に沈んだアンライバルドは記憶にも新しい。懐かしさと、そして若干のほろ苦さを伴って思い出がよみがえるのも、この時季の慣わしだ。

この時季の苦い慣わしのもうひとつは鮎。昨日、桜新町『ルレ・サクラ』にて初ものを食する機会に恵まれた。和歌山産鮎のコンフィ。コンフィとは、低温の油でじっくりと揚げる料理法だが、そんなことをしたらせっかくのワタがスカスカになってしまうのではあるまいか?

Ayu 

そんな私の心配はまったくの杞憂に終わった。皮目はパリッと香ばしいのに、しっとり感を失わぬワタはフルーツを思わせる爽やかな香りと軽快な苦みをたたえている。これほど胸のすく味わいを、私は他に知らない。この皮とワタのハーモニーを生み出すために、調理には5時間をかけているのだそうだ。さもありなん。

ところが同行した若者がワタを食べようとしない。どうして?と聞いたら「苦いから食べられない」と言う。なんじゃそりゃ。

巷間、苦味を苦手にする人が増えているらしい。シェフも「若い人のほとんどはワタの部分に口を付けません」という。ワタが苦くない養殖鮎の開発も進んでいるというから、空いた口がふさがらない。

幼い時分からファミリーレストランやファストフードといった中庸な味付けにばかり親しみ、苦い味を学ぶ機会を失ったことで、苦みというものを理解できぬまま大人になってしまったのであろう。様々な経験や学習を経なければ苦い味を「おいしい」と感じることはできない。苦味は「大人の味」でもある。

しかもこれは味覚の問題だけにとどまらない。人は様々な苦い失敗を重ねて大人になっていく。豊かさの中で、そうした機会も失われつつある。

苦い味だけでなく、苦い思いも避け続けて成長した大人には、競馬の真の面白さなど、きっと理解できないのではあるまいか。

1992年のスプリングS。私の軸馬ライスシャワーは4着だった。とはいえ12番人気を思えば悪くない。そこで次の皐月賞でもライスシャワーから買ったが、今度は11番人気で8着。それでもしつこくNHK杯でライスシャワーを追いかけるも、9番人気で8着に終わった。それが、「もう買うのをやめた」とバッサリ切ったダービーで、16番人気ながら2着の激走である。競馬は皮肉だ。このほろ苦さを味わえるようになれば、競馬ファンとしてようやく一人前なのではあるまいか。

ちなみに今年のダービーが行われる6月1日は「鮎の日」でもあるらしい。魚へんに占うと書く鮎は、縁起の良い魚でもある。

 

 

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