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2014年4月14日 (月)

ギリギリの交渉

「皐月開催ピンチ」

ハープスターの快走を報じるスポーツ紙の中に、昨今あまり見かけなくなった懐かしい題字を見つけた。今年のJRA厩務員春闘が難航し、労働組合がストライキに突入する可能性があるというのである。

厩務員春闘において、労組側が皐月賞の開催を人質に取るのは常套的戦術。だが、ここ数年は比較的平穏な労使交渉が続いていただけに、不意を突かれた感がしないでもない。

シンザンが勝った1964年の皐月賞の入場者数は、3万4131人と意外に少ない。実はこれも春闘の影響だ。なにせ、この年の春闘は皐月賞当日の午前3時に妥結するという綱渡りだった。ひとつ間違えたら、シンザンの3冠は無かったかもしれない。

ストライキが皐月賞を直撃したのは1976年が最後。この年の皐月賞は、トウショウボーイとテンポイントの初対決としても注目を集めていたから、インパクトも大きかった。結果、テンポイントはトウショウボーイに敗れるわけだが、その敗因についてはストライキによるレース順延で、体調を崩したためと言われる。復調は秋まで待たねばならなかった。彼ほどの名馬でもストライキに抗う力はない。

トウショウボーイの子・ミスターシービーがシンザン以来の3冠を目指した1983年の皐月賞に際しても、春闘交渉は苛烈を極めた。実際、中山競馬場への足となる京成電鉄労組はストライキに突入。これは皐月賞延期もやむなしか……と思われたが、すんでのところで開催ストは回避。皐月賞は無事に開催の目を見た。

この年に関して言えば、使用者側たる調教師側の尽力が大きい。若手調教師が積極的に団交に参加して、てきぱきと事務処理をこなし、統一感を欠きがちな調教師会の意見も一本化されたことで、交渉は驚くほどスムースに進んだ。一方で組合側も、戦術としての開催ストを通告してはいたものの、「ファン心理を無視することはできない」という姿勢を、最初から打ち出していたことは見逃せない。やればできるのである。

調教師側の代表の一員として交渉にあたった松山康久調教師は、大本命のミスターシービーを抱えながら、だからといって安易な妥協はできない立場に置かれていた。心中察するに余りある。ともあれ皐月賞は無事に行われ、ミスターシービーは3冠の第一関門を見事突破した。

調教師側にしても、厩務員側にしても、開催中止で得るものは何もない。それは誰もが分かっている。だからこそ丁寧かつスピーディーな交渉が必要。いくらなんでも大丈夫だろうとは思うが……。

 

 

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