« 運 | トップページ | 出世レースの勝ち馬として »

2014年4月 2日 (水)

判定写真

競馬の着順は、JRAの決勝審判委員3人が決める。肉眼での判断が原則だが、頭や鼻の差など判断が難しい場合に写真判定となる。

判定写真の撮影には芝用3台、ダート用3台、計6台のスリットカメラが使われている。意外に多いと感じられるかもしれないが、万一の故障や操作ミスを考えてのこと。これは1972年のクモハタ記念の騒動がひとつの転機となった。

1972年12月3日。東京競馬場で行われた第22回クモハタ記念は、内ラチ沿いから抜け出したタケデンバード(ゼッケン8番)が追い込んだハクホオショウ(ゼッケン1番)を「首差」抑えて優勝したが、スタンドで見ていた多くの観客の目にも、TV中継を見ていた視聴者の目にも、ゴールの瞬間はハクホオショウが差し切っているように見えた。しかも半馬身はあろうかと思われた3着アラカワタンユウ(ゼッケン19番)とハクホオショウとの着差も、写真判定の末に「頭」と発表されたものだから、騒ぎは収まらない。

Kumohata  

実はこのとき、着差を判定するスリットカメラが作動していなかったことがあとになって判明する。だから写真判定をしようにも、その材料などないはず。この事実は場内のファンには全く知らされず、ハクホオショウを管理する尾形調教師や記者からの質問によって、最終レース後に明らかにされた。

競馬会は「写真はあくまで参考である」と主張。着順決定の権限は審判員の肉眼にゆだねられるというのである。翌日、スポーツ新聞各紙に掲載された写真も「これは、ゴール瞬間のものではなく、ゴール通過後のもの」として姿勢を変えることはなかった。

だが、このような対応でファンが納得するはずがない。競馬会では苦情の電話が鳴りっぱなし。中には新聞持参で広報室に乗り込むファンも。尾形調教師は訴訟も辞さぬ構えと報じられ、競馬会としては何らかの対応を迫られる事態となった。

競馬会の窮地を救ったのは、誰あろうハクホオショウの馬主である西博氏である。問題のレースから4日後、競馬会の酒折武弘副理事長らと面会した西オーナーは、「これ以上騒ぎを大きくしたくない」とした上で、「今後は着順判定については、写真を重要欠くべからざる資料として採用する」、「機械整備はもちろん、機会が完全に作動しているかどうかの確認を正しく行う」のふたつの要望を出した。

これを受け、競馬会は

①ゴールで2頭以上の競走馬が半馬身以内の差で競り合った際は写真を「重視」する。
②判定用カメラを3台に増やす。
③この内容に沿って競馬施行規定を改訂する。

の3点を約束。クモハタ記念を巡る騒動の終息が図られると同時に、現在まで引き継がれる写真判定運用が始まった。

この一件だけでも、意外にも人間の目は着順を決める場合に信ずるに足りないことが分かる。その人間の目が2頭の馬のレースを三度とも「同着」と判定したことがある。

ただしこれは米国での話。1873年ニューヨーク州グレーブセント競馬場。最初のレースが同着。再レースも同着。三度目も同着。ようやく四度目のレースで審判員がハナ差で一方の勝ちを宣告したら、観衆が騒いで大混乱になったという。写真判定で良い思いをしたことはあまりない私だけど、こういうエピソードを聞けば、現代の精密な写真判定技術というものはありがたいものだとしみじみ思う。

 

 

|

« 運 | トップページ | 出世レースの勝ち馬として »

競馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 運 | トップページ | 出世レースの勝ち馬として »