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2014年3月13日 (木)

東風吹かば

かつて、日本の馬は欧米の馬に比べて極めて華奢だった。WSJSの招待騎手が、母国に帰国して「鹿に乗ってきた」と言い放ったことがある。それこそ「馬鹿」にされたわけだ。

漢字で「馬鹿」と書くのは当て字に過ぎない。馬はバカを代表するような愚かな動物ではないことを、我々競馬に携わる人間は肌で知っている。まず、馬は人を見ることができる。下手な乗り手が手綱を取ったところで、決して思うように動いてはくれない。馬が人間をバカにすることもあると思えば、人が馬を一方的にバカ呼ばわりするのは本末転倒だ。

レース中に骨折したキーストンが折れた脚を引きずりながら馬場に叩きつけられた山本騎手に歩み寄ったという逸話には、当時その現場にいた人のみならず、今もその話を聞いて心を動かされる人のなんと多いことか。馬をバカにすることは、それこそバカの所業にほからない。

Orfe  

稀代の名馬オルフェーヴルは、自分の仕事を理解していたフシがあるという。ゴール入線直後に騎手を振り落すこと2回。「もう俺の仕事は終わったのだから、さっさと降りろ」と言わんばかりの極めて恣意的な落とし方だった。今振り返れば、あの阪神大賞典にしても、彼の並外れた賢さ故の出来事だったのではあるまいか。

李白の詩の中に「馬耳東風」という言葉が出てくる。馬には春を告げる東風の有り難みが理解できないという意味だが、転じて他人の意見に耳を傾けないことの喩えとなった。現代でも使われる言葉として生き残っていることを思えば、馬を見下した李白の責任は重い。

もちろん馬もちゃんと人の言うことは聞いている。入厩してきたばかりの外国産馬に、厩務員が日本語で馬に命令しても言うことを聞かないのに、英語で話しかけたらサッと指示通り動いたなんて話は列挙に暇がない。

逆に私たち人間は馬の声をちゃんと聞けているのだろうか? 馬はしゃべれない代わりに感情を耳で伝えてくれる。おりしも今週末の中山では東風S。馬耳に気を配って東風Sを的中させたい。でないと馬にバカにされてしまう。

 

 

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