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2014年3月 7日 (金)

健康と競馬

いつからそんなことを決めたのか、自分でもはっきりとは覚えてはいないのだが、個人的な競馬のサイクルとして「シーズンは弥生賞で始まりJCで終わる」というルールを作っている。だから今週は私にとってのシーズン開幕週。その前後で何が変わるのか?と言われれても、特に思い浮かぶものもない。あえて探せば競馬場にコートを着て出かけるか否か程度のこと。まあ、今週からはいっそう身を入れて競馬に勤しむ所存である。

Narita  

言い換えれば、今週からは「寒い」だの「眠い」だの「雨かぁ……」などと些細な理由を探して競馬場行きサボらないということ。土日のJRAと水曜の南関東へはきちんと足を運び、競馬にその身を置くことを己に課す意味での「シーズン」ともいえる。

もちろんそのために、クリアしなければならない問題もある。仕事の都合も、家族への配慮も、いち社会人である以上これを無視することはできまい。だが、競馬場通いを続けるのに欠かせぬ条件は、やはりなんと言っても自身の健康であろう。

競馬場ではことのほか歩くことを強いられる。かつて万歩計を携行していた頃は、平日は6千歩程度しか計測されないなのに、土日は2万歩近くを稼ぎ出していたので、いたく驚いた。しかも時に我々は競馬場の内外で走る。船橋法典駅から法典門へと繋がる地下道は、走ることの方がむしろ多いのではあるまいか。加えて人込みを縫いながら歩く敏捷性と、締め切り間際に必要となる瞬発力。これらをこなすには、一にも二にも健康が大事ということになる。

いや、逆に考えれば、競馬場でのこうした行動こそが、我が身の健康に役立っていると言えるかもしれない。「中年」と呼ばれる年齢を迎えながら、お医者の世話になることもなく過ごしていられるのは、日々の競馬場通いの賜物であろう。パドックの往還に全力で階段を上り下りするという行為を、健康だけを目的としたジムワークで「やれ」と言われても、まさかここまでは続くまい。競馬だからこそ、毎週毎レース続けられるのである。

競馬場に来て馬券を買えば、人はたいてい無頼な気持ちになる。たった100円であっても、命の次に大事な金を賭けるという感覚を味わえることは、日常の自分を解放することに繋がり、結果として精神的健康に対して大きな効果をもたらすはずだ。もちろん「記憶のゲーム」と言われる競馬であるから、脳の活性化に役立たぬはずもない。

E_champ  

競馬場通いは心身の健康に大きく寄与する。皆さんも堂々と競馬場に足を運ぼう。

 

 

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