« 若き後継者 | トップページ | 路地の王様 »

2014年2月27日 (木)

ムルタ騎手引退

2月も終わりに近づいたのでカレンダーをめくると、3月は昨年のキングジョージを勝ったノヴェリストの写真であった。鞍上はジョン・ムルタ。その稀代の名ジョッキーが、ついに騎手引退を決意したという。

Dsc_0874  

昨年のJCにはジョシュアツリーで出場し、当日のウェルカムSをアロマカフェで勝ってもいる。武豊騎手や蛯名正義騎手よりも若い43歳。まだまだやれるのに……。そう思う一方、彼のこれまでの減量苦を知らぬ身ではないから、良い決断だと拍手を送らないわけにはいかない。

ムルタ騎手はアイルランドのクラシックを完全制覇しただけでなく、キングジョージ4勝に英ダービーも3勝。凱旋門賞やBCターフも勝っている。だれもが認める世界的トップジョッキーだが、1999年の短期免許で来日した時は95戦して4勝しか挙げられなかった。減量に苦しみ、引退説が流れたのも一度や二度ではない。やむなく障害レースに騎乗したこともあった。彼と初めて会って握手した際、そのガッシリした体格にラグビー選手のような印象を受けた記憶がある。あの骨格で50キロ台前半の体重を維持していたこと自体が、もはや奇跡のように思えてならない。

Jc2001  

22年前の3月に中山競馬場で行われた「ヤングワールドジョッキーシリーズ」で初来日。だが、重量超過のために初戦のオープニングカップに騎乗できないという大失態を犯した。聞けば「ホテルの食事が美味くてつい食べ過ぎた。日本食は太らないものと思っていた」という。日本食が太らないはずがない。私の体型を見れば分かる。

Jm  

しかし、必死の減量に取り組んだ彼は、翌日のセレブレイションカップに1キロ増ながら出場を認められた。結果、11番人気のマウンテンフリースで1着。単勝6490円、馬連19520円の大穴を開けて見事名誉挽回を果たしたのである。

実はムルタ騎手は昨年5月にアイリッシュターフクラブから調教師免許を既に取得している。直後の2000ギニーでは調教師として管理馬フォートノックスを出走させただけでなく、騎手として同馬の手綱を取ってレースにも出場した。着外に敗れたとはいえ、これは現代競馬におけるひとつの快挙であろう。

今後は調教師業に専念するという彼は、20数年間苦しんだ減量の労苦からついに解放される。「名騎手、名調教師ならず」の俗諺を覆す活躍を期待したい。

 

 

|

« 若き後継者 | トップページ | 路地の王様 »

競馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 若き後継者 | トップページ | 路地の王様 »