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2014年2月28日 (金)

路地の王様

「路地裏の名店」という言葉に魅力を感じる人は少なくあるまい。雑誌やTV番組で多用されるのは、それなりの理由があってのことだ。

路地裏には、表通りからは決して伺い知ることができぬ飾られぬ街の日常が漂っている。ゆっくり流れる時間を慈しむような静けさは言い様もなく心地が良い。神楽坂や代官山といった街が人気を集めるのは、そんな路地裏の存在があればこそであろう。うっかり迷い込むと、その先は行き止まりだったりすることも。行きつ、戻りつ。それもまた楽しい。

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そんな神楽坂の街で90年以上も前の大正年間に開業し、戦後になって新宿の路地裏に移転した『王ろじ』は、その名の通り路地の王様を目指すB級グルメの名店。名物「とん丼」はいわゆるカツカレーだが、そのトンカツはひと工夫されている。ロース肉から筋と脂身をほどよく削り取り、これを小さなハンマーで根気よく叩く。1本のロース肉を30分以上も叩くことで、ロースの旨味を残しつつ、脂身が嫌いだという客にも喜ばれるトンカツが完成する。

Tondon  

客の大半は常連。あとはB級グルメ巡りの客が少々。とびきりの旨さを期待して来るわけではないし、期待してもいけない。カレーだってごく普通の味。だが、誰もが昔から変わらぬこの味を求めてやって来る。それが路地の王様たる所以でもある。

競馬界の「路地の王様」といえば、「ロジ」の冠名でお馴染み久米田オーナー所有の「ロジキング」を置いてほかにいまい。そういえば、このキングカメハメハ産駒のこの4歳牡馬の名を最近聞かないなぁ……、と思って調べてみたら、なんとつい最近になって競走馬登録を抹消されていた。残念。

 

 

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2014年2月27日 (木)

ムルタ騎手引退

2月も終わりに近づいたのでカレンダーをめくると、3月は昨年のキングジョージを勝ったノヴェリストの写真であった。鞍上はジョン・ムルタ。その稀代の名ジョッキーが、ついに騎手引退を決意したという。

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昨年のJCにはジョシュアツリーで出場し、当日のウェルカムSをアロマカフェで勝ってもいる。武豊騎手や蛯名正義騎手よりも若い43歳。まだまだやれるのに……。そう思う一方、彼のこれまでの減量苦を知らぬ身ではないから、良い決断だと拍手を送らないわけにはいかない。

ムルタ騎手はアイルランドのクラシックを完全制覇しただけでなく、キングジョージ4勝に英ダービーも3勝。凱旋門賞やBCターフも勝っている。だれもが認める世界的トップジョッキーだが、1999年の短期免許で来日した時は95戦して4勝しか挙げられなかった。減量に苦しみ、引退説が流れたのも一度や二度ではない。やむなく障害レースに騎乗したこともあった。彼と初めて会って握手した際、そのガッシリした体格にラグビー選手のような印象を受けた記憶がある。あの骨格で50キロ台前半の体重を維持していたこと自体が、もはや奇跡のように思えてならない。

Jc2001  

22年前の3月に中山競馬場で行われた「ヤングワールドジョッキーシリーズ」で初来日。だが、重量超過のために初戦のオープニングカップに騎乗できないという大失態を犯した。聞けば「ホテルの食事が美味くてつい食べ過ぎた。日本食は太らないものと思っていた」という。日本食が太らないはずがない。私の体型を見れば分かる。

Jm  

しかし、必死の減量に取り組んだ彼は、翌日のセレブレイションカップに1キロ増ながら出場を認められた。結果、11番人気のマウンテンフリースで1着。単勝6490円、馬連19520円の大穴を開けて見事名誉挽回を果たしたのである。

実はムルタ騎手は昨年5月にアイリッシュターフクラブから調教師免許を既に取得している。直後の2000ギニーでは調教師として管理馬フォートノックスを出走させただけでなく、騎手として同馬の手綱を取ってレースにも出場した。着外に敗れたとはいえ、これは現代競馬におけるひとつの快挙であろう。

今後は調教師業に専念するという彼は、20数年間苦しんだ減量の労苦からついに解放される。「名騎手、名調教師ならず」の俗諺を覆す活躍を期待したい。

 

 

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2014年2月26日 (水)

若き後継者

「東京スプリング盃」改め、今年から「フジノウェーブ記念」。ついにフジノウェーブ以外の馬が、このレースを制する日がやってきた。

ところが、馬場入場直後にエーシンジェイワンが落馬、競走除外となるハプニング。手綱を取っていたのは、あろうことかフジノウェーブの主戦であった御神本訓史騎手である。「一番思い出に残る馬」と言ってはばからぬ愛馬の名を冠したレースの初回。期するところもあったのではないか。無念であろう。

出走馬のうち最年長は10歳馬コアレスピューマ。実はフジノウェーブとは5回の対戦で、4度の先着を果たしている。フジノウェーブが初めてこのレースを勝ったのも10歳時だった。決して老け込む歳ではない。

Coares 

ヤサカファインは過去このレースに3度挑戦。5着、3着、4着と善戦したものの、フジノウェーブの圧倒的な強さに跳ね返されてきた。8歳とはいえ、フジノウェーブを思えばまだまだ若造。果たして“4度目の正直”となるか。

Yasaka 

しかし、レースはピエールタイガーの逃げを2番手から追走したジェネラルグラントが、4角先頭の積極的な競馬。追い込むソルテの末脚を封じて、自身4つ目の重賞タイトルを手にした。

General 

このレースを4歳馬が勝ったのは初めて……って、そりゃ当然ですね。しかもそれが、昨年の南関東の3歳クラシックを彩った2頭のワンツーフィニッシュというのが嬉しい。

フジノウェーブの4連覇は素晴らしい記録だが、それはすなわち若い世代が伸び悩んでいたことの裏返しでもある。ジェネラルグラントもソルテも、フジノウェーブが最初にこのレースを勝った2010年3月4日には、まだ生まれてもいなかった。フジノウェーブが生きていれば今年14歳。一気に10歳も世代交代が進んだことになる。若き後継者の誕生を、フジノウェーブもきっと喜んでいることであろう。

次走については、「東京スプリント」という声と「川崎マイラーズ」という声の二つが聞こえてきた。JRA相手の1200mか南関東だけの1600mか。フジノウェーブの後継を目指すなら前者を選択してほしいところだが、陣営の決断に注目したい。

 

 

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2014年2月25日 (火)

20年連続ダービー出場へ

雪に祟られた1回東京開催は、東京新聞杯、クイーンC、共同通信杯の3重賞が平日実施という珍しい事態となった。しかも、そのすべてを蛯名正義騎手が勝ってしまったのだから珍事は重なる。そういえば、2008年の共同通信杯も雪のため平日に実施されたが、勝ったショウナンアルバの手綱を取っていたのはやはり蛯名騎手だった。

ホエールキャプチャ、フォーエバーモア、そしてイスラボニータ。いずれも春のGⅠ戦線での活躍が期待される内容だったが、中でも注目は休み明けを感じさせぬ走りで重賞連勝を果たしたイスラボニータであろう。

Isura  

上の写真は昨年10月いちょうS当時のもの。出世レースを勝って念願のオープン入りを果たした直後だというのに、この時陣営から聞こえてきた言葉は冷静そのものだった。

「やはりこういう競馬が合っているね」

「次は東スポ杯だな」

「勝っても負けても朝日杯は使わない」

「年が明けてもなるべく東京だけを使っていこう」

順調に使えることは重要な競走能力のひとつ。たとえディープインパクト級のポテンシャルを備えていても、年に一度も出走できないようでは話にならない。だから、あのとき陣営が描いた青写真通りの結果を残しているイスラボニータには、レースから受ける印象以上の強さを感じる。次走は皐月賞が明言されたが、もちろんターゲットはその次。手綱を取る蛯名騎手は「20年連続ダービー出場」の大記録が見えてきた。

昨年まで22回のダービー出場を数えながら、最高着順は2012年フェノーメノでの2着。だが関東のベテランに悲壮感はない。勝ち負けは運に左右されるが、出場回数は騎手としての技量がものを言う。ダービー4勝を誇る武豊騎手でさえ、連続出場が17回で途切れた時は物凄く悔しがった。怪我はもちろん、好不調の波があっても連続出場は途切れてしまう。1995年のホッカイルソーから絶え間なく続くダービー出場は、蛯名騎手にとって相当な誉れに違いあるまい。

1995derby  

高いパフォーマンスを安定して発揮できるという点において、イスラボニータと蛯名騎手には共通する強みがあるように思える。ダービーの勝者と敗者とを分かつのは多分に運。そろそろ運が転がってくる頃合いかもしれない。

 

 

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2014年2月24日 (月)

運否天賦

日曜の東京5レースを管理馬ウンプテンプで勝った田中剛調教師は、英国グランドナショナルに騎乗したただ一人の日本人であり、フランスの障害レースで優勝したことのあるただ一人の日本人でもある。さらに障害と平地両方のレースで100勝を挙げている数少ない騎手のひとり。他に障害と平地でそれぞれ100勝以上を挙げた騎手は、熊沢重文騎手と横山富雄騎手の2人しかいない。

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デビュー当初から勝ちたいレースを聞かれると必ず「ジャパンカップ」と答えていたように、早くから海外に目を向けていた国際派で、岡部幸雄騎手や武豊騎手がアメリカに遠征して話題になっていた90年代初頭に、田中剛騎手もひっそりとアメリカやオーストラリアへと渡って騎乗技術を磨いていた。

騎手時代の田中剛師がグランドナショナルに挑戦したのは1995年のこと。この年の参戦は35頭で、田中剛騎手は12歳のセン馬・ザコミッティに騎乗したが、最初の障害でバランスを崩して落馬。無念の競走中止となっている。ちなみにこの年の完走馬は15頭だった。よく知られているように、完走すること自体が極めて難しいレースで、落馬自体はさほど珍しいことではない。運否天賦(ウンプテンプ)の極みとも言えるこのレース。この前年などは36頭の出走に対し、完走はわずかに6頭だった。

海外では障害騎手は調教師として成功しやすいという声を聞く。向こうの障害騎手は厩務員として厩舎作業を手伝うことが多い上、管理馬の故障には特に神経を使わねばならない。すぐに別の障害馬が入厩してくるとは限らないからだ。常に馬の状態に気を配り、故障や疾病の早期発見に細心の注意を払うことが、調教師としての資質を高めることにつながるのであろう。

田中剛師も調教師開業2年目に中山大障害を優勝。3年目にはロゴタイプで朝日杯で平地GⅠ制覇を果たし、4年目にはクラシックまで勝ってしまった。運否天賦に身を委ねる勝負の世界とはいえ、調教師としての才覚なしにはこれだけの実績は残せまい。

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今週末の中山記念には厩舎のエース・ロゴタイプが満を持して登場。その先にはドバイも見据えている。調教師5年目に目指すは「海外GⅠ制覇」の快挙だろうか。中山記念を勝った皐月賞馬といえばヴィクトワールピサがまだ記憶に新しい。ドバイに向けて目が離せぬ一戦になりそうだ。

 

 

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2014年2月23日 (日)

コパノリッキーの日

残雪の東京競馬場はGⅠフェブラリーSの開催日。

Tokyo  

7Rの出馬表に俳優の小林薫さんが所有するリルバイリルを見つけた。そういえば「JRA60周年」を記念して、ここのところ1988年当時に放映されたJRAのCM「GREEN SPIRIT,JRA」が場内でやたらと流されている。これは何かあるか!?

   と単複購入してみたが5着。そんな簡単にウマい話が転がっているはずがない。それでも9番人気で勝ち馬とコンマ1秒差の5着なら大健闘であろう。

続く8Rには作家・浅田次郎氏所有のグレートマーシャルと、横浜ベイスターズの三浦大輔投手がオーナーのリーゼントブルースが仲良く並んでいるし、出世レースのセントポーリア賞を制したのは、「大魔神」こと佐々木主浩氏の所有にかかるヴォルシェーヴだった。

9r  

「今日は有名人の馬が目立ちますね」

そう口走ったのは、知人とフェブラリーSのパドックへと向かう地下道。我々からすれば近藤利一氏や山本信行氏は十分「有名人」なんだけど、フェブラリーSの出走オーナーで世間一般から知られているということであれば、やはり「Dr.コパ」こと小林祥晃氏であろうか。ただ、コパノリッキーかぁ……、うーむ。

Feb1 

いや、いくらなんでも無いよな。ない、ない。

レース史上に残る大波乱に終わったフェブラリーSの馬券的中に、少しでも近づけた瞬間があったとすれば、まさにこの一瞬をおいてほかにない。なにせその後は、パドック周回中も、返し馬でも、レースが始まってからも、コパノリッキーの姿を目にしたという記憶がないのである。直線で伸びあぐねるベルシャザールに見切りをつけ、前を争う2頭に目を転じた時になって初めて「あれ? ホッコータルマエの前にいる馬? あれなんだ?」と気づいたほど。己の不明を恥じねばなるまい。

Feb2  

先行したエーシントップのペースは、2番手につけたコパノリッキーただ一頭が恩恵を受けるような絶妙なスローペース。同じポジションを争うと思われたニホンピロアワーズの出遅れにも恵まれた。まさに千載一遇のチャンス。そもそも、2分の1の抽選で得た出走権である。いろいろな運がコパノリッキーに向いていた。そこはやはり風水の力なのであろうか。ふつう馬主はレースそのものにさほど関与できぬものだが……。

Feb3  

それにしても、2歳、3歳のGⅠならともかく、古馬のGⅠで抽選出走の馬が勝ったのはいつ以来だろう。記憶を辿っているが、どうにも思いあたらない。ケイアイレオーネと抽選で争った1頭分の出走枠。だが、その枠が空いたのは、同じ村山厩舎のテスタマッタの回避(引退)があったからこそ。田辺騎手はそのテスタマッタに乗る予定だった。一方で抽選に泣いたケイアイレオーネは、2着に敗れたホッコータルマエと同じ西浦厩舎の管理馬。抽選の結果いかんでは、今年のフェブラリーSはまるで異なる結果になっていたはずだ。

万事塞翁が馬。何が幸いするかなど分からない。分かるのは、とにかく今日はコパノリッキーの日だったということくらいだ。

 

 

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2014年2月22日 (土)

ヒヤシンスSの期待感

明け3歳のオープン馬がダートのマイルを競うヒヤシンスSは、フェブラリーSと同じ東京最終週の実施。このレースの見どころのひとつは、同じ条件で行われるフェブラリーSとのつながりだということを、昨年ここで書いた。(2013年2月18日付「ヒヤシンスSの醍醐味」)

実際、2008年のヒヤシンスSを勝ったサクセスブロッケンは、翌年のフェブラリーSで優勝を果たしてるし、2010年のヒヤシンスS優勝馬バーディバーディも、翌年のフェブラリーSではトランセンドの3着に迫った。同じ季節に同じ条件で行われるのだから、関連性が深くてもべつだん不思議ではない。

Feb  

明日のフェブラリーSには、残念ながら昨年のヒヤシンスS優勝馬チャーリーブレイヴの名前こそないものの、2着だったソロルと3着コパノリッキーが名を連ねた。ソロルは1000万条件、1600万条件、そしてオープン特別と着実に賞金を積み重ねて勝ち取った出走枠であり、コパノリッキーは交流GⅡを6馬身差圧勝でもぎ取った出走枠である。

この1年間に蓄えた力が、歴戦の古馬たちにどこまで通用するか。ひょっとしたらいきなり通じてしまうかもしれない。いや、格の違いを見せつけられて、けんもほろろに土俵を割ることもあろう。大相撲の遠藤を見るような楽しさにも似る。勢いに乗る若手の存在ほど、勝負を面白くしてくれるものはない。

果たして今年のヒヤシンスS組から、来年のフェブラリーSに出走する馬が出てきてくれるだろうか   

そう思いながらレースを見ていたら、なんとメイショウボーラー産駒のワンツーフィニッシュ。これは期待が持てるかもしれない。思い出すのは2005年のフェブラリーS。連覇を目指すアドマイヤドンや、前年のJCダート馬タイムパラドックスといった歴戦の古馬を破ったのは、4歳になったばかりのメイショウボーラーだった。

 

 

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2014年2月21日 (金)

釜玉の誘惑

通常、うどんは釜で茹で揚げた直後に冷水で締める。こうすることで表面のぬめりが取れると同時に、麺のコシが格段にアップする。

だが、釜揚げうどんの場合は、この「水で締める」という工程がない。釜から茹で揚げて、そのまま客の前に出される。なので、うどんは幾分柔らかめで、麺自体の余熱で延びるのも早い。だが逆に小麦の風味はいっそう際立つ。その刹那的な美味さを味わうなら、釜揚げうどんに玉子を落としただけのシンプルな「釜玉」をおいてほかにあるまい。

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上の写真は丸の内の人気店『つるとんたん』の釜玉。多くの店の釜玉がそうであるように、注文してから10分ほど待たされる。茹で揚げを提供する以上、これはやむを得まい。しかしごく稀に、茹で置きの麺をお湯にくぐらせてから丼に移し、その上から生卵をポイとかけて「ホラよ」と出される店に遭遇することもある。これはいただけない。釜玉は月見うどんとは違う。

明日から3日連続の開催を迎える東京競馬場の隣駅。分倍河原の路地裏にひっそりと店を構える『喜三郎』は、まともな釜玉を出す一軒。北海道産の小麦粉にこだわっているというだけあって、その香しさは都内のうどん店の中でも群を抜く。釜玉に使うのは生玉子ではなく温泉玉子。後半にありがちな汁っぽさに悩まされることなく、最後まで同じ味が楽しめのも嬉しい。

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ところで、この釜玉をTVや雑誌などが取り上げるに際し、「カルボナーラ風のうどん」と紹介されることが多いような気がするのだが、これは果たして正しい表現なのであろうか。

確かにどちらも玉子を使った麺料理には違いあるまい。だが、あくまでも麺の美味さ際立たせるために使われるのと、チーズや黒胡椒などと織りなす濃厚かつパンチの効いたソースのために使われるのとでは、やはり終着駅が違うような気がする。

麺料理という共通項にこだわらなければ、むしろ「玉子かけごはん」に近いのではあるまいか。湯気があがる炊きたてのご飯に生玉子を落として、醤油をひと垂らし。純白から黄金色に染まった米粒の艶。もちもちの米に絡む濃厚な玉子の甘さ。いずれも釜玉に通ずるものがある。両者とも、一気に掻き込むのがいちばん美味い食べ方であることは言うまでもない。

ああ、こんなことを書いていたら、今度は玉子かけご飯が食べたくなってきた。太ってしょうがないね。

 

 

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2014年2月20日 (木)

競馬場の大向こう

最近はあまり馬券を買う機会がないので、至極おとなしく観戦しているが、以前は100円単位の馬券を握り締めてワーワーと無駄な声を張り上げていたものである。

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「そのまま!」
「差せ!」
「できた!」

競馬場でファンが叫ぶ言葉は様々あるが、それぞれの言葉には発せられるに相応しいタイミングというものがある。

実はこれはなかなか難しいもので、向こう正面から「そのまま!」などと言うのはいくらなんでも気が早いし、かといって明らかに脚色が優性な馬に向かって「差せ!」と叫ぶのも芸がなくむしろシラける。レース展開を読みながらベストの瞬間にベストの言葉を発する技量が求められるわけだ。歌舞伎でいえば「大向こう」の掛け声のようなものか。ただし、競馬場では「成田屋!」ではなく「ナリタ!」、「中村屋!」ではなく「中村っ!差せ!」という声になったりする。

以前、知人と連れだって競馬場に出掛けた際、スタートで後手を踏んだ騎手に向かって、その知人はレース中ずっと「ふざけんな! ××!」と吠え続けていた。そういえば、罵る(ののしる)という字には、なぜか“馬”が含まれている。

とにかく、この知人はレースのたびにあらん限りの声を出し続けて、最終的には財布を涸らしただけでなく、声まで嗄らしてトボトボと競馬場をあとにした。

昔の地方公営競馬場には、自分の予想通りに決着すると「●●新聞○○記者、本命・対抗!!」と、自ら“勝ち名乗り”を挙げる予想記者がいた。気持ちはわかるけど、配当300円程度のレースでそれをやられると、周囲はドン引きになる。なんであれ、掛け声といものは場の雰囲気に調和したものでなければならない。難しいものだなと思う。

 

 

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2014年2月19日 (水)

妖精の女王の息子なのに

ソチ五輪のTV中継を観ていて、スキーアルペンの「回転」という種目について話題となった。

くるくる回るわけでもないのに、なんで「回転」って言うんだ?

スキーで「回転」と言えばむしろエアリアル種目のイメージだよなぁ。

「回転」の英語表記は「slalom」である。もののサイトによれば、「slalom」を邦訳しようにも適当な日本語が無いことからこの種目の重要なポイントである「turn」を日本語に訳して「回転」としたそうだ。これが悲劇が始まり。その後「giant slalom」「super giant slalom」と種目が増えるたび、「大回転」とか「スーパー大回転」などと混迷の度合いは増している。

今ならそのまま「スラローム」でも良かろう。スキーノルディックのジャンプも「70m級」とか「90m級」という言葉は使わずに「ノーマルヒル」「ラージヒル」で浸透している。もし「スノーボード半筒」なんて種目名にされたら、競技をやめちゃう選手も出てきそうだ。

それにしても、外国語が氾濫する五輪を観ていると、競走馬名を連想することが少なくない。

アイスダンス(父ジェイドロバリー)は、あのラムタラの近親という良血。モーグル(父シェイディハイツ)にはテレマーク(父パルナシャン)という親戚がいる。トリプルアクセルという名を持つも2頭いた。ラージヒルジャンプ(父バブルガムフェロー)は障害4勝の名ジャンパー。名前の持つ不思議な力が働いたのかもしれない。

1995年のディアヌ賞とヴェルメイユ賞を勝ち、ローエングリンの母としても知られる名牝カーリング(Carling)は、五輪競技の「カーリング」からネーミングされたと思われがちだが、競技のカーリングの綴りは「curling」。石をコントロールするために回転(curl)をかけることから「curling」と呼ばれるようになった。一方、馬名の「Carling」は「妖精の女王」の意。まるで違う。なのにCarlingの息子であるエキストラエンドの馬名は、curlingに由来するというから面白い。

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ソチ五輪16日のカーリング競技・日本対スイスは、最終10エンドを終えて7-7の同点。エキストラエンド(extra end)に突入する大激戦の末、日本が強豪スイスを破った。その翌日、代替開催の東京新聞杯を走ったエキストラエンドは惜しくも2着。そういえば、大雪でダート変更となった1995年の東京新聞杯で2着したのは、エアリアル(父リアルシャダイ)だった。

 

 

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2014年2月18日 (火)

1000分の1秒の世界

15日深夜に行われたソチ五輪・スピードスケート男子1500m。最終組で滑ったフェルバイ選手のタイムは、1分45秒00。TV画面の速報表示には「1位」と着順表示された。

だが、3組前に滑走したブロドカ選手のタイムも実は1分45秒00。これは同着か?と色めいたのもつかの間、こういう場合は1000分の1秒単位のタイムで比較するらしい。しかるのち、ブロドカ選手は両手を突き挙げ、フェルバイ選手は顔を手で覆った。

その差はわずか1000分の3秒。距離にしてわずか4センチだという。それを知った家人は「同着にすればいいのに」と呟いた。残酷なほど明暗が分かれたこの瞬間を目撃した世界中の視聴者もそう思っただろうか。あるいは、ベルリン五輪の「友情のメダル」を思い出したかもしれない。

ミュンヘン五輪の水泳400m個人メドレーでも、わずか1000分の2秒差で1、2着が分かれた。計測機器の発達に伴い同着は生まれにくくなっている。それがルールだと言われればそれまでだが、人間同士の争いというよりは、時計の進歩の争いを見せつけられているように思えてならない。だから、ミュンヘンの後にルールが改正され、ロス五輪で水泳史上初の同着が出たときはいくぶんホッとした。

それが競馬であっても基本的には同じ思いを抱くものだが、当事者同士のみならず、ファンのお金が賭けられていると思えば、軽々しく「同着」の判定は下せまい。ソチ五輪でブロドカ選手とフェルバイ選手の明暗を分けた4センチと言えば、2008年の天皇賞秋でウオッカとダイワスカーレットの激戦が生んだ差と同じ。その天皇賞では私も「同着でも良いのでは?」と不服を抱いたが、判定写真を見れば納得せざるを得なかった。4センチというのは、こと競馬の着差として見ると存外大きい。

Vodoka  

計測機器の発達によって五輪の同着が減ったように、競馬では判定写真技術の発達に伴い同着は減る傾向にある。1996年のスプリンターズSのように、わずか1センチの差を炙り出すことも不可能ではない。だが、かつてはここまで厳密な判定は不可能だった。安易な「同着」判定には、当然のようにファンから不満の声も上がる。そこで戦前には、1着同着の場合、再レースで雌雄を決することもあった。相撲の「取り直し」に通ずるものがある。

Hana  

1935年11月23日、阪神最終レースを同着で分けたヨシモアとムーンライトは1時間後に再戦し、今度はヨシモアが1馬身半差の決着をつけた。だが、極度の疲労が祟ったのか、この一戦を最後に両馬とも引退に追い込まれている。人間は相撲の取り直しと同じだと思っても、馬にとってはやはり勝手が違ったようだ。五輪であれ競馬であれ、「1着同着」という結果にそこはかとない安堵感を覚えるのは、そんなエピソードを知るからでもあろう。

 

 

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2014年2月17日 (月)

雪の競馬はたいへんだ

大雪から3日経ってようやく開催にこぎつけた東京競馬場は、フェブラリーSの週だというのにまだ開催の4日目。あちこちに雪の爪痕が残っている。

10r  

芝2000mのスタート地点は除雪がままならず、

2000m  

観客は雪に足を踏み入れてパドックをチェックし、

Paddock  

カメラマンは自分の撮影ポジションを確保するために、自らの手で雪かきをしなければならない。いやはや、たいへんです。

Camera  

そんな雪の中で行われた東京新聞杯は、中団でレースを進めた蛯名正義騎手のホエールキャプチャが、馬群の真ん中を突き抜けて優勝した。

Cap1  

これが5つめの重賞タイトル。うち4つが東京競馬場で挙げたもの。だが、特筆すべきは牡馬相手に57キロを背負って勝ったことであろう。牡馬に換算すれば59キロ。59キロを背負ってこの東京新聞杯を勝った例となると、ちょうど20年前のセキテイリュウオーまで遡らなければならない。

Cap2  

ホエールキャプチャ自身、56キロ未満では【6,4,3,1,1,1】であるのに対し、56キロ以上では【0,0,0,0,0,6】。掲示板に乗ったことがないばかりか2桁着順も5回を数える。斤量に敏感な馬だとばかり思っていたら、6歳の春を迎えてひと皮剥けたか。目標はもちろん昨年ハナ差に泣いたヴィクトリアマイル。本番では今日から2キロも軽くなる。

だが、関西の有力馬たちは、軒並み16~17時間の輸送を強いられたことを忘れてはいけない。実際、東京新聞杯はサトノシュレンとリルダヴァルが、10レースでもシャドウバンガードが出走を取り消した。いずれも関西馬。その理由も揃って「輸送熱」だというのだから、輸送状況は苛烈を極める。雪でたいへんな思いをしているのは、ファンやカメラマンだけではない。

 

 

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2014年2月16日 (日)

「遠野馬物語Ⅱ」開催中

東京には珍しい雪解けの道を歩いて、新宿コニカミノルタプラザへと向かった。目当ては、遠野の馬文化を撮り続ける高草操カメラマンの写真展『遠野馬物語Ⅱ』。競馬は開催中止でも、こちらの写真展は大雪をものともせず絶賛開催中なのだから行かぬ手はない。

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馬を専門とする写真家は星の数ほどいるが、高草氏の作品には馬とそれに密接に生きる人間の姿がありありと映し出されており、見る者を圧倒する。作品を見た私たち人間もまた、馬と同じ空気を吸う生きものだということを、改めて認識させられるから不思議だ。

岩手県内陸部にある遠野市は、 柳田國男の「遠野物語」の舞台となった町であり、河童や座敷童子などが登場する遠野民話でも知られる。だが、平安時代から千年以上も続く馬産の里であることを知る人は、それほど多くあるまい。

遠野の馬産は競走馬ではなく乗用馬が中心。マネーゲームとは無縁の馬づくりが、無垢の馬文化を育んできた。そんな“空気感”を高草氏の眼差しが優しく切り取った四十数枚の作品は、競馬に興味がある人はもちろん、競馬とは無縁の人でも楽しめるはず。場所は新宿東口の目の前。代替開催の帰途にでもギャラリーに足を運ばれてはいかがだろうか。

 高草操写真展 『遠野馬物語Ⅱ』

 新宿コニカミノルタプラザ GALLERY・A
 (新宿高野ビル4F)

 2月24日(月)まで
 開館時間 10:30~19:00(最終日は15:00まで)

http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2014february/gallery_a_140214.html

 

 

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2014年2月15日 (土)

ぜんぶ雪のせいか?

昨日「ぜんぶ雪のせいだ」と書いたのは、JR東日本スキーツアー「JR SKISKI」のコピーのパロ。駅にベタベタとポスターが貼ってあるので、やたらと目に留まるのだけど、東日本以外の方にはいまいち伝わらなかったかもしれない。申し訳ありません。

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さて、2月9日の東京3歳未勝利戦に、知人の持ち馬が出走を予定していた。過去3戦すべて掲示板を確保しており、初勝利への期待もかかる。だが、あいにくその日は私の都合が悪く、競馬場に駆けつけることは叶わない状況だった。その3歳馬のレースは、これまで欠かさず現地で観戦してきただけに、残念な気持ちがなかったはずがない。

ところが大雪で開催は中止。代替開催は17日とのこである。17日なら観に行ける。正直「雪のせいでちょっとラッキー」と思った。そのときは。

ところがところが、おととい発表された確定出走馬を一瞥して、「あれ?」と声を挙げてしまったのである。その馬の名前が記載されていないではないか。

聞けばこういうことだ。掲示板を確保して優先出走権を確保した前走は1月13日。その優先権を使って2月9日のレースに投票して出走枠に入った。だが、そのレースは雪で中止。代わりの開催は17日だという。ところが、優先出走権の有効期間は「4節以内」。すなわち、17日の時点で優先権は失効しているというのである。

なんじゃそりゃ?

開催を中止せざるを得なかったのは雪のせいだとしても、節を跨いだ17日にその代替開催を設定したのは、まがりなりにもJRA自身ではないか。それで、こういうケースに常識的な対応ができないというのでは話にならない。

そう思って出馬表をあらためて見れば、17日東京2Rの新馬戦も9日の確定出走馬とはガラッと異なる顔ぶれになっている。

9日の時点では除外となっていたはずの、カフェココット、クアトロマエストロ、コイフブキ、タガノチェゴ、バトルポデリオ、ブランドエリート、マルクプレンヌ、モンサンアルビレオ、ラストダンサー、ラブリードレス、ワイルドデショの11頭が出走枠に入る一方、アマゾンバローズ、クリノミケーネ、デンコウビリオネア、トーセンスティング、ハイデッカーの5頭が抽選除外の憂き目を見た。除外されることが分かっているから、ハナから投票しなかった馬もいる。これを「出馬再投票とはそういうこと。ルール上は当然の結果」と堂々と言い切るJRAの感覚には、首をかしげるほかはない。

ルール云々ではない。常識的な感覚に従えば、9日のレースで出走確定していた馬がまずは優先されるべきであろう。それができないなら、普段から雪を想定したありとあらゆる手段を講じて、常に開催する努力をすべき。それが主催者としての責務だ。

表向きは「ぜんぶ雪のせいだ」とお天道様に責任を押しつけながら、裏では「代替でも馬券は売れる」と安易な中止へと走りがちな昨今。それでなくとも除外の多いこの季節。出走抽選にはみな神経を尖らせている。

そうこうするうち、明日の東京も中止が発表された。代替競馬は次節24日に出馬再投票の上で行うという。タケルマヤ、ヒカルマナムスメ、ラズライトブルー……。2週続けて出走枠に滑り込むことができた彼らだが、2週続けて開催中止の悲哀を味わう羽目になった。彼らが24日に出走できる保証はない。

 

 

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2014年2月14日 (金)

ぜんぶ雪のせいだと言われても

ここ数日、南関東4競馬場オフィシャルサイト(www.nankankeiba.com)のお知らせに、日程変更を知らせるニュースが相次いでいる。

 2/5付 3月21日の船橋競馬開催取り止め
 2/9付 2月10日の船橋競馬開催中止
 2/11付 2月17日の浦和競馬開催を取り止め

最近の2件は、先週関東を襲った大雪がそもそもの原因。中止となったJRA東京競馬の代替開催が10(月)と17(月)に実施される運びとなり、同日に開催を予定していた2場としては、逃げるより他に策はなかったのかもしれない。

船橋が2月10日の開催を中止した理由について、サイトには「2月8日の降雪の影響により、安全な競馬の施行に支障があると判断されるため」と記載されているが、雪が止んでから丸2日も経過したあとの「安全性」に、果たしてどんな懸念があったのか。それについては触れられていないから知りようがない。その割には今日は雪の舞う中にもかかわらず、敢然と開催してみせたではないか(最終レースはあまりに雪がひどくて取りやめ)。つまりは、JRAとの同日開催を避けたい。その一点であろう。

南関東も、以前はもっと強気な開催日程を組んでいたように思う。2000年を例に取れば、JRA開催日に南関東が昼間開催を行った日が10日もある。ナイター開催も含めればその数はもっと多い。だが昨年は、JRAと南関東の昼間開催が被った日はゼロ。南関東の開催日にJRAが割り込んでくれば、そそくさと道を譲ってしまう昨今である。わずか十数年の間に南関東側はすっかり弱腰になってしまった。

そんなことを考えながら迎えた今日も東京は大雪。明日のJRA開催は早々に中止が発表された。代替開催は18日だという。

果たして、18日に開催を予定している浦和はどう出るか?   って、さすがにこれ以上の日程変更は無理ですよね。浦和としては、明日の東京は発走時刻を大幅に遅らせて、全レースダート変更してでも開催してもらいたいのが本音であろう。そもそも明日の府中の予報は朝から雨。気温も上昇するという。「ぜんぶ雪のせいだ」と言われても、簡単には納得できないのではあるまいか。それはファンも同じこと。そろそろ、土日に競馬場で競馬を見たい。

 

 

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2014年2月13日 (木)

結核に思う

知人が結核を患ったと聞いて戸惑っている。快方に向かっているそうなのでなによりだが、そもそも「結核」という病名にピンとこない。映画「風立ちぬ」のヒロインが患う昔の病気   くらいの印象しか持っていなかった。

社台グループの礎を築いた故吉田善哉氏が、若い時分に肺結核を患ったことで、徴兵されずに済んだというのは良く知られたエピソードである。ヤミで手に入れたスプレトマイシンを自分でガンガン射って、結局は完治させてしまうのだが、この時、氏がもし結核にかかっておらず、そのまま戦地に駆り出されていたとしたら……、おそらく日本の競馬は、今とはかなり違ったモノになっていたことだろう。

そんな結核だが、今も年間2万人以上の新規患者が発生しているのだという。いやはや、自分の鞭、もとい無知を恥じるほかはない。

調教師としてダービーを2勝した名伯楽・松山吉三郎氏も結核がもとで騎手を引退し、調教師転向を余儀なくされたのだと聞いたことがある。ダンシングブレーヴにしても、結核の一種「マリー病」を患っていなければ、日本にやってくることはなかったであろう。

Db  

小説『蛍川』で1978年の芥川賞を受賞した作家の宮本輝氏は、受賞直後に結核を患い、1年間の療養生活を強いられた。

だが、この療養中に宮本氏は、不治の病で入院生活を送りながらも競走馬の魅力にとりつかれて前向きに生きようとするひとりの少年と、日本ダービーを目指す一頭の馬を巡る壮大な物語の構想を練る。そのストーリーは『優駿』というタイトルで小説となり、吉川英治賞を受賞。映画化もされ、今も競馬ファンの脳裏に焼き付く名作となった。

こうしてみると、「結核」の存在は日本の競馬史に少なからず影響を与えたと思えてならない。ともあれ、知人の全快を心より願う。

 

 

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2014年2月12日 (水)

一瞬の静寂

「レディ……」

スターターの声に合わせて、2人の選手が腰を落としてそれぞれのスタート姿勢に入る。一瞬の静寂。そして号砲。

日本時間11日深夜に行われたソチ五輪スピードスケート女子500mを観ていて、この静寂の“間”がやたらと長く感じられた。ドイツのヘッセ選手は二度続けてこらえきれずに失格。同走の住吉選手が単走になってしまったのは気の毒と言うほかはない。競馬でもスピードスケートでも、併走より単走の方が概してタイムは落ちる。

実際には、選手がスタートラインで静止したのを確認したのち、1秒から1.5秒の間に引き金を引くという決まりがあるのだそうだ。さらにその僅かな時間の中でも、肉体的・心理的に負担なく滑り出せるタイミングは1.1秒。これは国際スケート連盟が科学的データを基に割り出した値で、「ワンポイントワン」とも呼ばれる理想的な“間”なのだという。

だが、1.1秒を実現するには「レディ」の声で、2人を速やかに静止させなくてはならない。一方が構えに入るのが遅いと、先に腰を沈めた選手の筋肉に負担が掛かり、集中力は削がれ、結果フライングにも繋がる。

ゆえに、スターターには「選手を知ること」が求められる。スタートの姿勢、その前に行う一連の動作、深呼吸の回数など、選手のあらゆる癖を知り、ベストのタイミングで「レディ」の声を掛けられることが良いスターターの条件なのだそうだ。難しいですね。

Starter  

これは競馬にも通じる話。競馬のスターターも全頭同時にスタートさせることに全神経を使うが、何せ相手は言葉を解さない馬のこと。口で言って分かってくれる相手ではない。

したがって、競馬のスターターも一頭一頭の癖を把握し、馬の心理を理解しようと心がけている。レースはそうした不断の努力の集大成。それでも、過剰な手拍子や大歓声がそんな努力を水の泡にしてしまうこともある。スタート直前の一瞬の静寂は、レースの醍醐味のひとつ。そんな刹那を味わうためにも、発走の直前は極力静かに見守りたい。

 

 

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2014年2月11日 (火)

肉そばの誘惑

昨日付で、神田『心晴』の肉うどんを紹介したが、「肉」を主張している割には掲載した写真に“肉力”が足りなかった。反省している。なので、今日は見た目に肉力が感じられる一杯を紹介したい。

まずは、今日食べた昼飯。東京駅八重洲口・東京ラーメンストリートに店を構える『七彩』の「肉そば」。

普段はうどんばかりで、あまりラーメンを食べる機会がない。今日は事情があって初めてラーメンストリートに足を踏み入れてみたのだけど、いやあ『六厘舎』とか『斑鳩』とか『トナリ』といった人気店は行列が凄いんですね。その中にあって『七彩』さんは、比較的空いているんで狙い目   と書いてはお店に失礼だろうか(笑)。

Shitisai  

店内のメニュー表記は「そば」となっているけと、実際にはラーメン。喜多方独特の縮れ平打ち麺は、門別の『いずみ食堂』のそばを彷彿させ、のど越しも痛快だ。ご覧の通り肉力も申し分ない。

そこから15分ほど歩いた日本橋堀留町にも、「肉そば」で有名な立ち食いそば屋がある。その名も『堀留屋』。こちらはラーメンではなく日本そばの上に豚肉がどっさり乗っている。

Hori  

この店はそばの分量が多いことでも有名。「普通盛」で600グラムだから、一般店の3人前はある。「少なめ」とオーダーしても400グラム。2人前のそばに自信がないという方は、控えた方がいいかもしれない。

ラーメン、日本そばと続いたら、最後はパスタで締めたい。大手町ファーストスクエアビルの中庭に店を構える『ラ・ベルデ』の「肉そば」(なのか?)は、厚切りベーコンがこれでもかと敷き詰められいる。写真ではサイズ感が伝わりにくいかもしれないが、約5センチ四方の正方形。厚さも1センチはある。こと肉力という観点からすれば申し分ない。

Becon  

壮観な眺めを十分楽しんだら、映画「カリオストロの城」のルパンと次元のように、パスタをどっかりと口に運ぼう。ただ、大量のベーコンを齧り続けていると、途中アゴが疲れてくる。ちなみに本当のメニュー名は「肉そば」などでは当然なく、「アラビアータスパゲティ・ベーコンメガ盛り」。アゴと胃袋に自信のある方はオーダーしてみると良い。

 

 

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2014年2月10日 (月)

肉うどんの誘惑

冬の東京開催に欠かせぬのが『梅屋』の肉うどん。中山にも同じ屋号の店はあるが、うどんの太さやダシの加減が微妙に違う。こと肉うどんとして食べるならば東京の方がマッチしているのではないか。そんなわけで、個人的には東京の一杯に軍配を上げたい。

Umeya  

ご覧の通り「肉」というのは、甘く煮込んだ豚肉である。だが、希に「肉うどんなのに豚肉なんですか?」と驚くお客さんがいるらしい。ダービーや天皇賞などの大レースになると、その数も増える。関西や九州から熱心なファンがやってくるからだ。

「東京では“肉”と言えば豚をさす」……とまでは行かないにせよ、肉じゃがに豚肉を使うことは珍しくないし、豚肉入りの中華まんを「豚まん」ではなく「肉まん」と呼ぶことに対し躊躇いを感じることもない。

そういえば、東京では珍しい北九州名物の肉うどんを食べさせる店が、一昨年神田にオープンした。『心晴』と書いて「ここは」。東京人には新たなB級グルメの発信地として、また北九州出身の方には懐かしい地元の味が味わえる店として、密かな人気を集めている。

Kokoha1  

地元では「どぎどぎうどん」と呼ばれる肉うどんには、しょうゆと生姜で甘辛く煮込んだ牛肉がたっぷり入っている。正直、脂っぽい(笑) うどんも袋麺を湯がいただけ。でも、そこがB級ならではの“味わい”でもある。すり下ろした生姜を肉のうまみがしみ出たつゆに混ぜてずずーと啜る。どこか懐かしさを感じさせる味は、寒い日にぴったりだ。

Kokoha2 

「どぎどぎ」というのはあちらの方言で、「ぎとぎと」の意味だそうだ。なあんだ。ドキドキさせられる仕掛けでもあるのかと思った(笑)

 

 

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2014年2月 9日 (日)

ダート変更にはならず

東京23区に大雪警報が発令されたのは2001年1月27日土曜日以来のこと。このときは土日続けて東京競馬が中止に追いやられ、直後の月曜と火曜に代替競馬が実施されている。火曜のセントポーリア賞を勝ったのは、後に青葉賞を勝つことになるルゼル。ラチ下には、除雪された雪がまだうず高く残されていた。

Snow  

あれから13年ぶりに23区に大雪警報が発令された今回の大雪でも、土日の競馬が揃って中止の憂き目を見た。ただし、今回の代替開催は明日の月曜と翌週の月曜。10(月)、11(火)とならなかったのはいったいなぜだろうか?

11日の建国記念日にすれば休日だし、ファンも喜んだに違いない。だが、この日は『FC東京フェスティバル2014 presented by 東京ガスライフバル』というイベントが先に予定されていた。主催者のサイトには、11日に競馬が順延された場合は、最終レース終了後に規模を縮小してイベントを実施する旨が明記されているが、まあ、さすがにJRAも空気を読んだか。ゲストにゆってぃもやって来るようなので、サッカーもしくはゆってぃに興味のある方は行ってみると良い。

代替開催の日程も気になるところだが、今回もダート変更がなされなかったことも多少気になる。昨日も書いたことだが、ここ数年は雪で中止はあってもダート変更になることがない。

むろん、馬や関係者のことを考えれば、ダート変更などない方が良い。平日に開催しても、ネットで馬券を買える時代になった。だいいち関東近縁の高速道路は絶望的な路面状況で、とてもスムースな輸送など見込める状況ではない。それは分かっている。分かってはいるのだけれど、普通じゃダートを走らぬであろう馬が、仕方なく   でも真剣に   ダートを走るシーンを見たいと思ってしまうのは、競馬ファンの性(さが)ではあるまいか。

サトノギャラント(父シンボリクリスエス)やコディーノ(父キングカメハメハ)あたりは、ひょっとしたらとてつもないダートの鬼かもしれない。芝の一流馬が、ダートの東京新聞杯を大差でぶっちぎって、中1週でフェブラリーSに向かう   なんてことは、やはりそうそう実現するものではないのですね。

 

 

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2014年2月 8日 (土)

20年ぶりの大雪で

1994年2月以来20年ぶりという大雪に見舞われた東京開催は早々に中止の発表。自宅に引きこもりの一日を強いられた。やることもないので、今日はちょっと早めの更新です。

この雪は明日未明にかけて降り続くらしい。果たして明日の東京新聞杯は実施できるだろうか。20年前に東京を襲った大雪も、土曜の朝から日曜の未明まで降り続いた。結果、その土日両日の東京開催が中止に追い込まれている。

「中止→代替開催」だけではなく「ダート変更」という事態も想定しておかねばなるまい。実際1995年2月の大雪では除雪が間に合わず、東京新聞杯はGⅢ格付けが取り消された上でダート1600mで実施された。勝ったのはゴールデンアイ。障害戦で活躍した田中剛調教師が騎手時代に唯一手にした平地重賞としても知られるが、田中騎手は格付けが取り消されたことをいたく悲しんだと聞く。

降雪時にダート変更となるケースが多いのは、ダートコースの方が除雪がラクだから。ハローを馬場に入れてガガガーッと走らせれば短時間で除雪は終わる。ところが芝コースはそうはいかない。車両を入れてしまうと芝が痛んでしまうから、人海戦術による手作業だけが頼りだ。

ところが、ダート変更という手さえ使えない競馬場もある。今日初日を迎えた小倉がそうで、芝コースはフルゲートが16~18頭、一方のダートコースのフルゲートは14~16頭ということから、フルゲート続出のこの時期にダート変更はほぼ不可能。ひとたび雪に襲われたら開催を延期するほかない。

ちなみに、ゴールデンアイが勝った東京新聞杯のひとつ前に行われた立春賞は、芝2400mからダート2300mに変更して行われた。これを最後に東京のダートコースで2300mのレースが行われたことはない。立春賞の勝ち馬ホマレノクインは、東京ダート2300mを勝った最後の一頭ということになる。

ダート変更については、突然の使用コースや距離の変更を強いられ、出走取り消しも認められないなど、制度そのものに批判もある。そのせいか2008年2月24日の京都開催以来、まる6年間ダート変更は行われていない。

馬券発売の中心がネットにシフトしつつある昨今、無理に土日に開催しなくても、代替開催で実質的に開催日を増やした方が、むしろ売上は見込める。格付け取り消しに泣く人も出ない。明日の開催は果たしてどうなるだろうか。

 

 

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2014年2月 7日 (金)

ゴール写真

商売柄他人の撮った写真にケチを付けるような真似はしないように心掛けているのだが、他人のチョイスに異議を感じることはなくもない。つまり「よりによってその一枚を使わんでも…」ということですね。撮る側と使う側は別の立場であることが多いから、時として拭い切れぬ軋轢が生じることもある。その場合、たいていのカメラマンの方が負けることは言うまでもない。

月曜日に発売された某スポーツ紙の競馬面を見て、思わず顔をしかめてしまった。その元凶は根岸Sのゴール前写真。勝ったゴールスキーの四肢は不格好に広がり、あろうことか馬がまばたきをした瞬間で、その瞼はしっかりと閉じてしまっているのである。

カメラマンは高速連写で何枚もの写真を撮る。おそらく前後のカットには、四肢が美しくターフを蹴り、そのつぶらな瞳がパッチリ写っているカットがあったに違いない。それでも編集者がこの一枚を選んだのには、それなりに理由があるはずだ。

写真のチョイスでは、ゼッケンがきちんと写っているかや騎手のポーズなんかもそれなりに重視されているようだが、経験的に「ゴール板が写っていること」を最優先とする編集者は少なくないように思う。実際、上記のスポーツ紙の写真にも、ゴールスキーの鼻面にかかるようにゴール版がしっかりと写り込んでいた。

Goal1  

何より重要なのは分かりやすさであることは言うまでもない。そのためにはゼッケンをフレームの真ん中に置きたいし、騎手の表情が読み取れないのも困る。それは分かる。だが、ゴール板ってどれほど重要なの?と昔からモヤモヤしながら撮り続けているのも事実なのである。

実際、そうした疑問を直接編集者にぶつけたこともある。いや、あくまでやんわりとね。で、返ってきた答えは「そりゃ“ゴール写真”なんだから、ゴール板は必要だろ」というもの。

ふーむむむ……。さも当然のように言われた以上、それを理解できないという私は、きっとまだ修行が足らんのですな。

Goal  

でもとにかく、無機質なゴール板をそんなに重要視するくらいなら、必死に走って勝利を掴み取ったその馬の脚や表情を、少しでも優先してもらえないかと思えてならないのである。

 

 

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2014年2月 6日 (木)

来年の金盃に向けて

今日の大井は準重賞の雲取賞。南関東クラシックの一里塚的存在で、2005年の勝ち馬にはシーチャリオットも名を連ねている。

Sea  

近年は金盃の翌日に行われることが多く、昨年のアウトジェネラルのレースもまだ記憶に新しいところだが、昨年の雲取賞当日のレース結果をあらためて見返していたら、ふと気づいた。

Out  

昨年の金盃翌日の10Rを勝ったセンノデバギヤと、続く11R雲取賞を勝ったアウトジェネラルの2頭が、揃って1年後、すなわち昨日の金盃に出走していたのである。こういうのは珍しいですよね。結果はセンノデバギヤが6着で、アウトジェネラルが1番人気を裏切る形での3着と振るわなかったが、こうなれば今日の10Rと11Rに注目せぬわけにはいくまい。

10r  

10Rを勝ったイワミノキズナは、ブラックタイド産駒の4歳牡馬。廃止となった福山で3歳3月まで走り、【6,6,2,0】の戦績を引っ提げて大井に転入。6度の2着のうち5回までが、やはり福山で走っていたカイロスに先着を許したもの。そのカイロスも大井に転入しており、今日の最終レースに出走していた。イワミノキズナが宿敵へのリベンジを果たすには、もっと勝ちを重ねてまずは同じ舞台に立たなければなるまい。

11r  

11Rの雲取賞は、58キロを背負ったファイトが直線半ばで堂々先頭。そのまま押し切るかに思えたゴール寸前、内をすくったドバイエキスプレスがこれを見事に差し切った。デュランダル産駒の牡馬。馬は3連勝で、川島正行調教師は雲取賞4連覇。準重賞とはいえ4連覇はやはり凄い。

この夜のNARグランプリ表彰式に出席された川島正行師からは、「(ドバイエクスプレスは)かなりの大物の可能性もある」という言葉も出ている。もちろん目標は東京ダービー。司会者からのフリに同意した感じではったが、ドバイエキスプレスに騎乗する川島正太郎騎手との「親子でのダービー制覇」が今年の目標に据えられた。病を克服して迎える今シーズン。期するところもあろう。実現の可能性は決して小さくないと見る。

果たしてイワミノキズナとドバイエクスプレスは来年の金盃のゲートに入るだろうか? ともあれ、両馬のこれからの活躍を見守りたい。

 

 

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2014年2月 5日 (水)

御神本騎手のお手馬たち

寒風吹きすさぶ大井競馬場では、伝統の重賞レース・金盃に4歳から10歳まで12頭が勢ぞろい。

4歳馬アウトジェネラルが1番人気に推されたのは世代交代への期待の表れか。あるいは、御神本訓史騎手への信頼感か。いや、フォーティファイド、ツクバチャーム、そしてクラーベセクレタと、御神本騎手の有力なお手馬が何頭もいる中で、敢えてアウトジェネラルを選んだ昨年のリーディングジョッキーの判断に乗っかった人も多かったのかもしれない。だが、おかげでその3頭には戸崎圭太、吉原寛人、そして的場文男といったビッグネームが跨ることに。名手たちの駆け引きもポイントとなりそうだ。

Out  

レースはスターシップの逃げでスタートした。掛かり気味に先行したクラーベセクレタが2番手。ツクバチャームは中団。アウトジェネラルとフォーティファイドは後方からレースを進める。

1shume  

3コーナーから先頭に立ったツルオカオウジにツクバチャームが並びかけて直線に向いた。その2頭の争いを横目に見るように、外から伸びたフォーティファイドがまとめて交わして余裕の1着ゴール。2着ツクバチャーム。アウトジェネラルの御神本騎手は、自らのお手馬2頭に先着を許しての3着に終わった。ちょっと悔しい。

11r  

ガーネット賞の勝ち馬が2年連続の2着。ガーネット賞は1200m戦で行われたり、実施されなかったりした年もあるのだが、1800mで実施された2009年のガーネット賞を勝ったバグパイプウインドも、やはり直後の金盃を勝っていることを思えば、もはや両レースの親和性を否定する理由は見当たらない。来年の金盃も、まずはガーネット賞馬から注目であろう。1200mで実施されたら困るけど(笑)

ところで、御神本騎手のお手馬4頭のうち3頭が上位を占めた中で、クラーベセクレタだけが9位と大敗した。

例によってパドックではまるで覇気を感じず、レースでもポンとゲートを出たのに、3コーナーで外から交わされるとそこでおしまい。あとは後退する一方だった。どうにかしんがり負けを免れたのは、それこそ的場騎手の腕があったからであろう。

思えば、「おかしい」「こんなはずじゃない」「敗因が分からない」などと悩み始めてから間もなく一年になる。次走エンプレス杯を最後に引退・繁殖入りが規定路線だが、果たしてそれが正しいのか。他人様の所有馬ながら、ついつい余計な心配をしてしまう。繁殖に上げるなら早いに越したことはない。しょせん人間の都合でしつらえた“路線”ではないか。仮にも羽田盃とダービーを勝った2冠馬。そんな彼女が冬の乾いた砂にもがく姿は、見るに忍びないものがある。

 

 

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2014年2月 4日 (火)

如月のモヤモヤ

JRAの特別競走名には、とりあえず原則のようなものがある。

Tokyo_2  

まず年齢による原則。2歳および3歳春のレースには季節の花や草木の名称を、古馬のレースには季節にちなむ名称、競馬場周辺の地名、河川、湖沼、海洋、山岳名、誕生石、月名、星座名をそれぞれ使うことになっている。

さらに、上級クラスのレースなら「ステークス」を、中級クラス以下は「賞」「特別」「ハンデキャップ」という言葉を添える。これが原則。先週日曜に東京で行われた古馬の準オープン戦「節分ステークス」は、1000万条件戦だった6年前までは「節分賞」として行われていた。原則適用の典型であろう。

とはいえ例外も多い。今週末に京都で行われる重賞「きさらぎ賞」は、陰暦2月の呼称+「賞」だから、原則に従えば古馬の中級以下のレースになってしまうが、実際には3歳馬の上級レースだ。弥生賞、皐月賞なども同じこと。原則よりも歴史の方がはるかに重いのである。

それにしても、なぜ「きさらぎ賞」であって「如月賞」ではないのだろうか? 弥生賞も皐月賞も、あるいは睦月特別にしても霜月ステークスにしても、みな旧暦の呼称部分には漢字が宛てられていることを思うと、「きさらぎ賞」という表記には違和感を覚える。

と言うより、こういう文章を書いている人はみなモヤモヤした思いを抱えていると思うのだけど、ひらがなで始まるレース名は書いていて神経を使う。「騎手にはきさらぎ賞と伝えた」と書くと、文の切り目を見失いかねない。かといって句読点の乱打は美観を損ねる。

調べてみると、「如月」という漢字とわが国本来の「きさらぎ」という読みとは、直接は結び付かないのだそうだ。中国の古い時代の文字の説明書には「二月を如と為す」とした記載があり、この書物から漢字を借り、如に月を付けて「きさらぎ」と読ませたものらしい。つまり当て字。だとしたら、「きさらぎ」という表記にモヤモヤする必要はないのだろう。むしろひらがなが正しいのである。

ともあれ、今年のきさらぎ賞ではトーセンスターダムとバンドワゴンという無敗馬2頭が早くも激突。もはやクラシックの前哨戦というレベルに留まらんな、こりゃ……と書いたところでハタと気づいた。9月に中山で行われる「ながつきステークス」は、なんで「長月ステークス」と書かないんだ? これはいくらなんでも当て字などではあるまい。ああ、またモヤモヤしてきた。9月までに正解が見つかるだろうか。

 

 

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2014年2月 3日 (月)

今日は節分

「節分」とは文字通り季節の分かれ目。であるから当然、春・夏・秋・冬と年に4回やってくる。しかし当節「節分」と言えば、冬と春とを分かつ立春の前日を指す。これは、立春前日の「節分」が、ただ単に季節の変わり目というだけでなく、年の境目、すなわち大晦日の意味を持っていたからにほかならない。

そう思えば、2月3日以外の日に「節分特別」とか「節分賞」とかいうレースが行われることには、多少違和感を感じる。カレンダーの都合があるJRA開催は仕方ないとしても、名古屋競馬などは、せっかく今日開催があるというのに、「節分特別」というレースを1月27日に実施してしまっている。それで今日は「立春特別」が行われるというのだから、なんとも気が早い。12月24日に「大晦日特別」が行われて、31日に「元日特別」が行われるのと同じこと。まあ、こんなこと気にする人はあまりいないのであろう。

「気にする」と言えば、昨今節分の食風習を独占しつつある「恵方巻」というのも気になる。関西出身の友人から「節分には巻き寿司を丸ごとかぶりつく」と聞かされたのは、かれこれ20年ほど前だろうか。「なんじゃそりゃ?(笑)」、と当時は笑っていたのに、あれよあれよと言う間にその風習が関東を席巻してしまった。関西パワー恐るべし。いまや、豆撒きはやらないけど恵方巻は食べるという家庭さえあるという。驚きは止まらない。

恵方巻は江戸末期から明治にかけて大阪・船場の商家で盛んになったそうだ。巻き寿司を使うのは「福を巻き込む」や、「鬼の金棒がわりに食べて鬼退治」などの理由が考えられ、切らずに丸かぶりするのは「縁を切らない」ためとも。家族全員で恵方を向き、無言で願い事を念じながら丸かぶりするのが正しい作法。声を出すと福が逃げてしまうからなのだそうだが、私などはどうもその光景が怖く感じられて未だ馴染めない。

JRAの「節分ステークス」は芝マイルの準オープン特別。1000万特別の「節分賞」からリニューアルされたのは5年前だが、昨年までの5回はいずれも関西馬が勝っている。関西パワーの怖さは恵方巻だけに留まらない。

このままでは我が家もいずれ、無言のままもぐもぐと巻き寿司を食べなきゃならんのか……などと観念しかけたら、今年ついにケイアイエレガントが勝って関西馬攻勢に一石を投じてくれた。

Ki  

しかもこの穴馬券が珍しく的中したものだから騒ぎは収まらない。そんなわけで、今夜はちょっと豪勢なネタで手巻き寿司パーティー。これならなんとなく恵方巻にも通じやしないか。福を呼び込むのも大事だけど、家庭の食事は賑やかに食べたい。

 

 

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2014年2月 2日 (日)

芝からダートへ

2月開催とは思えぬほど青々とした芝コースで行われている東京開催の2日目は、これまた寒中とは思えぬ暖かさに恵まれた。明日は節分。明後日は立春。冬の府中は、春を探す開催でもある。

Turf  

「芝」と言えば、今年の根岸Sの1番人気に推されているブライトラインは2年前のファルコンS優勝馬。2番人気ドリームバレンチノも函館スプリントSとシルクロードSと2つの芝重賞を勝っている。他にもノーザンリバーはアーリントンCを勝っているし、エーシントップに至っては芝重賞3勝の実績を誇る。説明の必要もないだろうが、今日の根岸Sはダートの重賞である。

昨年のJRA最優秀ダート馬・ベルシャザールを引き合いに出すまでもなく、芝で実績を積んだ馬がダート重賞に顔を出すことはもはや珍しいことではない。最近では競走馬の大半がダートOKの血統背景を持つこと。加えて、芝でも、ダートでも、そしてオールウェザーでも、コースを問わず常に最高のパフォーマンスを繰り出す馬こそ、真のチャンピオンだとする世界の潮流に沿った流れであろう。

出走16頭がこれまでに勝ったJRA重賞の内訳は、ダート9勝に対し芝7勝。ところが、レースを勝ったのはこれまで芝もダートも重賞を勝ったことのないゴールスキーであった。

Negishi  

ご存じゴールドアリュールの弟。それを思えば7歳にして初めてダート重賞を勝ったことが、むしろ遅いと感じられるかもしれない。とはいえ、芝1800mの新馬戦でフラガラッハとの追い比べを制してデビュー戦を飾ると、500万条件を1分34秒4(阪神)、1000万特別を1分32秒1(新潟)、1600万特別を1分33秒1(京都)と、異なるコースの芝マイル戦でいずれも楽勝してみせた。そして、重賞初挑戦のマイルチャンピオンシップを1分31秒8という快時計で3着したのだから、芝のトップマイラーを目指したのも無理はない。むしろ、よくダートに矛先を向けてきたものだと感心する。

実は、古馬になってから右前の球節が腫れやすくなり、休み休みでないとレースに使うことが難しくなってきた。海外の装蹄師に診てもらい、新しい装蹄方法で蹄の矯正を行なって球節にかかる負担を軽減しようと務めたが、それでも思うほどの効果は出ない。そこで、脚元への負担を軽減するために、やむなくダートに向かったという事情がある。むろん、血統的背景がその決断を後押ししたことは言うまでもない。

今回は3か月の休み明け。調教師は良化途上を強調していたが、それでも直線ではF.ベリー騎手の豪快なアクションに応えて力強く脚を伸ばしてゴールした。意外にも、ニキーヤの産駒としてはゴールドアリュール以来の重賞勝利。出走権を獲得したフェブラリーSで、レース史上初となる兄弟制覇を目指す。

 

 

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2014年2月 1日 (土)

吉原寛人騎手、活躍中

気がつけば2月。南関東では元日から昨日まで、川崎、船橋、浦和、大井、そして川崎と都合23日間の開催が行われたわけだが、今日の時点でのリーディングジョッキーは、誰だろうか?

昨年253勝で初の南関東リーディングジョッキーに輝いた御神本訓史騎手……ではない。それに次ぐ201勝をマークした真島大輔騎手……でもない。なんと金沢から期間限定騎乗中の吉原寛人騎手。1月の勝ち星29勝は、開催日数を軽く上回っている。

まあ、驚くのは吉原騎手に失礼かもしれないが、追いかける森泰斗騎手が25勝、それに続く御神本訓史騎手が24勝。両者とも決して悪い数字ではない。1か月間に29勝という数字そのものが凄いのである。

Yoshi2  

家族や親戚に競馬関係者がいたわけでもなく、馬券すら買う人はいなかったというから、吉原騎手の育った環境は競馬とは全く無縁だったと言っていい。ただ、「体の小ささを生かして手に職を」との思いは強くあったという。馬には乗ったことも実際に見たこともなかったのに、中学1年の終わり頃には騎手の道を志していた。

デビューの年にいきなり95勝。5年目からは7年連続で金沢の最多勝騎手に輝いた。海外遠征にも積極的で、ドバイゴールデンシャヒーンではアグネスジェダイに騎乗したこともある。そんな姿勢が認められたのか、南関東では社台グループの良血馬の手綱を任されることも多い。

Yoshi3  

「スポットライトを浴びるのが好きだから騎手をしている」という目立ちたがり屋でもある。初日にいきなり2勝を挙げた2011年のWSJSを振り返れば、「注目の度合いが違う。あんなのを味わったらやめられない」と目を輝かせる。

それだけに大きな舞台への憧れも強い。地方所属騎手には珍しい海外遠征や、南関東での期間限定騎乗はそんな気持ちの表れでもある。更なる高みを目指すのはスポーツ選手としての本能。一時はJRA騎手免許取得を目指したこともあった。

Yoshi1  

一方で「金沢に育ててもらった」という思いも人一倍強い。昨年金沢で開催されたJBCには、まるで金沢競馬の未来をも背負ったかのような、一種悲壮な覚悟で臨んでいた。金沢の現状を人一倍知る立場だからこその気概であろう。南関東での期間限定騎乗は今月いっぱい続く。目が離せない。

 

 

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