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2013年12月22日 (日)

人知を超えた馬

パドックを幾重にも取り囲んだ人垣を縫うように有馬記念に騎乗するジョッキーたちが姿を現すと、あたりの緊張感が一気に高まった。

Padock  

ゴールドシップの勝負服の後ろ姿がいつもより背が高い。テイエムの服色を身にまとったデムーロ騎手というのも微妙に違和感がある。そんなときたまたま私の隣にある騎手が立ち止まった。

見れば池添謙一騎手、その人である。

彼の背後から誰かが「がんばれ!」と声をかけた。が、返事はない。

私の隣に立つ釧路馬主が「緊張してないかい?」と声をかけてみた。が、池添騎手はただ一頭の馬を凝視したまま黙っている。その一頭とは、もちろんオルフェーヴルに他ならない。

「(有馬記念には)すてきな緊張感で望めそう。池添君は一番緊張しているでしょうけど」

中山馬主協会のパーティーで、そう挨拶したのは武豊騎手だ。実際、ラストランの手綱を託された重圧はなまなかではあるまい。しかも、有馬記念終了後には引退式も予定されている。ディープインパクトの有馬記念で、そのプレッシャーを知っている武豊騎手の言葉と思えば、その重みもいや増す。

だが、私の隣に立つ池添騎手は、緊張というよりも、集中の極限にあるのではないか。彼の目にはオルフェーヴルしか見えていない。ゴール後に振り落とされた新馬戦、東日本大震災の影響で東京競馬場で行われた皐月賞、豪雨のダービー、またまた振り落とされた菊花賞、まさかの逸走、大敗とリベンジ、乗り替わり、3歳牝馬に競り負け、そして再びの乗り替わり   

喜びも、悲しみも、嬉しさも、悔しさも、いろいろあったけど、オルフェーヴルの背中に乗るのはこれが最後になることは間違いない。その大切な時間を一秒たりとも無駄にはしたくないと、集中を極限まで高めている。少なくとも私の目にはそう見えた。

Ikezoe  

今日の中山は外国人騎手が5勝。うち外国人同士のワンツー決着が3度もあった。有馬記念でも2番人気と3番人気には外国人騎手が乗る。凱旋門賞で悔しい思いをした池添騎手にしても、外国人騎手には負けたくないという思いがあるのでは?   なんて思っていた私は浅はかである。彼はそんなことは考えていなかった。オルフェーヴルの邪魔をしないこと。彼の気分を損ねないこと。目指すは人馬一体の境地。それしかない。レース後に派手なガッツポーズなどがなかったのも、きっとそのためであろう。

Arima  

実際、レースのカギは例によってオルフェーヴルと池添騎手との折り合いにあると思われたが、今日ほど人馬の呼吸がピタリと合ったオルフェーヴルのレースが、過去にあっただろうか。2周目3コーナーから馬なりのまま外目を上がっていくと、直線入り口では早々と先頭。そこからは正直モノが違った。思わず「おおっ!」と声が出たほど。8馬身差は圧巻である。

Arima2  

スタンドからは“オルフェ・コール”ではなく、“池添コール”が湧き上がった。文字数の関係で「オルフェ」の方が連呼しやすいはずなのに、みんな一生懸命「イケゾェ! イケゾェ!!」とあらん限りの声を上げていた。日本の競馬ファンはよく分かっている。文字通りこれが「ファンの声」でもある。

3コーナーで動いたのは騎手の指示ではなく、馬の意志だという。あそこから動いて8馬身差の独走だから、ひと言すごい。馬もこれがラストランだと知っていたのではあるまいか。4コーナー過ぎからは、池添騎手とオルフェーヴルだけの濃密な時間が長く続いた。他馬をいっさい寄せ付けぬ独走は、池添騎手との別れを惜しむオルフェーヴルの粋な計らいだったのかもしれない。最後まで人知を超えた不思議な馬だった。

 

 

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