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2013年12月 1日 (日)

【訃報】マジェスティバイオ

昨日の中山8R・イルミネーションジャンプS。3周目5号障害の飛越着地時に右前浅屈腱断裂を発症したマジェスティバイオは、頭から崩れ落ちるように落馬、競走中止。騎手は打撲で済んだが、馬は残念ながら予後不良と診断されてしまった。

昨年暮れの中山大障害で3着に敗れて以来11か月半ぶりの実戦で63キロは決して楽な条件ではない。だが、昨年のこのレースは63キロを背負って勝っている。2年連続JRA最優秀障害馬に選出された名ジャンパーを、ファンは1番人気に推していた。6歳という年齢は障害馬であるなしに関わらずまだ若い。

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マジェスティバイオが初めての重賞制覇を果たしたのは4歳6月の東京ジャンプS。道中は中団で脚を溜め、直線だけで一気に後続を4馬身突き放す圧勝。のちに中山大障害と中山GJを連覇する名ジャンパーも、この時は8番人気の伏兵扱いだった。ここからマジェスティバイオのジャンプストーリーが始まる。

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それだけではない。管理する田中剛調教師にとっては、これが厩舎開業以来初めての重賞勝ちであり、また手綱を取った柴田大知騎手は1997年ラジオたんぱ賞の以来14年ぶりの重賞勝ちであった。今年、ロゴタイプでクラシックトレーナーとなり、またNHKマイルCで平地GⅠ初制覇を果たした両者にとって、この勝利がいかに大きいものであったか。説明の必要はあるまい。

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田中剛厩舎の開業と同時に厩舎にやって来たマジェスティバイオは、3歳秋の時点で10戦1勝という成績。田中調教師のもとで平地を3戦使われたが思うような成績が挙げられず、明けて4歳になると同時に障害に転向した。そしてその年の暮れには中山大障害を勝つのだから、その素質を見抜いた田中剛師の慧眼は見事というほかはない。

だがそれだけに、今回の事故で誰よりも悲しい思いをしているのも田中剛師であるような気もする。田中師自身、騎手時代は中山大障害4勝を挙げるなど、名障害ジョッキーとして名を馳せたが、1986年の中山大障害(秋)で手綱を取ったオンワードボルガが落馬し、そのまま予後不良となったことが忘れられないという。

「馬は命がけで走っている。だから我々も命を張って馬と接している」(田中剛師)

日頃からそんな覚悟をしていたとしても、さすがに堪えたのではあるまいか。なにせ事故が起きたのは、よりによって最後の障害。タラレバを言えばきりがないが、せめてあの障害だけを無事に飛越してくれていれば……と悔やまずにいられない。

 

 

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