« がんばれ日本のスプリンター | トップページ | 【訃報】ダイユウサク »

2013年12月 9日 (月)

【訃報】イソノルーブル

イソノルーブル、ダイユウサク、マチカネタンホイザ。重賞勝ち馬の訃報がこれほど重なる日も珍しい。と言っても、むろんテンションの上がる話でもない。

Isono 

あの日、東京競馬場に集まった観衆は15万人。20頭立ての大外20番枠から果敢にハナを奪ったイソノルーブルは、猛然と追い込んだシスタートウショウをハナ差退けて、オークスの2400mを逃げ切った。その走りに震えた一人として、ここに深い哀悼の意をささげたい。ただ、彼女のストーリーを語るなら、そのオークスの前走、桜花賞の話をする必要がある。

“裸足のシンデレラ”   そう言っても、若いファンは知らぬであろうか。

1991年の桜花賞は阪神競馬場の改修工事に伴って京都競馬場で行われた。その発走8分前になって、1番人気イソノルーブルの右前が落鉄していることに松永幹夫騎手が気づいて下馬。専属の装蹄師が発走地点に駆け付けて蹄鉄の打ち替えが試みられた。だが、スタート直前で興奮状態にあった彼女は激しく抵抗する。発走時刻を19分過ぎたところで、現場の発走委員が蹄鉄の打ち替えは困難と判断。イソノルーブルは競走除外になることもなく、右前が落鉄したままゲートに押し込められてしまう。

馬券を購入していたファンには、落鉄したままゲート入りした事実は伝えられていない。一部のウインズでは係員が「蹄鉄は打ち替えられたはず」とファンに説明していたという。まさか落鉄したまま発走に踏み切るとは思ってもみなかったのであろう。関西テレビの中継番組では、「どうやら鉄を履かずに走らせるようです」というゲートリポーターの言葉に、実況の馬場アナが「えぇっ!?」と驚愕の声を挙げたきりしばし絶句。直後にゲートが開いた。

結果、イソノルーブルはシスタートウショウの5着に敗れる。

JRAは「総合的判断」を強調した上で、「蹄鉄を履かずにレースをしたとしても極端に能力に影響を及ぼすものではないし、調教師の了解も得ていた」というコメントを発表。これがファンやマスコミの怒りを買うことになる。

人間で言えば、片足にスパイクを履き、もう片方は裸足で走るようなものである。全能力を発揮できないことは、誰の目にも明らかだ。厩務員は「打ち替えを待ってくれないなら、せめて左前の蹄鉄を外してくれ。これじゃ、まっすく走れない」と涙ながらに訴えていたという。だが、なぜかそれも認められず、見切り発車のままゲートは開かれた。

それから一年後の1992年4月。メジロマックイーンとトウカイテイオーの対決で盛り上がった春の天皇賞では、発走直前になってメジロマックイーンの落鉄が判明。しかも、ただ外れただけではなく、蹄鉄そのものが割れてしまうというアクシデントであったが、事前に発走地点に待機していた装蹄師の手早い対処で事なきを得た。

Monstoll  

同じ4月の、同じ京都競馬場のGⅠで、同じように発走地点での落鉄となれば、誰もが一年前の出来事を思い出さずにはいられなかったであろう。だが、メジロマックイーンは圧倒的な強さで、春の天皇賞連覇を果たした。中央競馬装蹄師会のメンバーが、発走地点やパドックなど場内の数カ所に常時待機するようになったのは、あの桜花賞以降のこと。イソノルーブルが残したのは、モンストールに代表される子孫だけではないのだなあとあらためて思う。合掌。

 

 

|

« がんばれ日本のスプリンター | トップページ | 【訃報】ダイユウサク »

競馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« がんばれ日本のスプリンター | トップページ | 【訃報】ダイユウサク »