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2013年12月10日 (火)

【訃報】ダイユウサク

「クマぁ! 割って来い!!」

中山の調教師席に内藤調教師の怒鳴り声が響く。それに応えるように熊沢騎手とダイユウサクのコンビは馬群を割って伸びてきた。ゴールを駆け抜ける寸前から鞭を持った右手を高々と差し上げ、喜びを爆発させる熊沢騎手。それを見守る12万観衆は、ただただ呆気にとられていた。

あれから22年。“世紀の一発屋”ことダイユウサクの訃報が伝えられた。1991年のGⅠ戦線を賑わせた名馬の訃報が相次ぐ。

今年で58回目を数える有馬記念の歴史の中でも最高の単勝配当、その額なんと13790円。誰もが驚いたダイユウサクの大駆けだったが、熊沢騎手は心中深く期するものがあったという。

「どんな距離でも終いは切れる馬。それを生かす乗り方をすれば……」

内と外との違いはあったが、最終コーナーを回って直線を向いた時はメジロマックイーンとほぼ同じ位置取り。最後についた1馬身余りの差は、熊沢が信じた瞬発力が、メジロマックイーンのそれを上回っていたことを物語る。日本レコードの快走をフロックとは言えまい。熊沢騎手は終始マックイーンをマークする位置をキープし続け、直線でも内を狙って一気に抜け出した。敢えて言葉を探すなら、馬の持ち味を生かした熊沢騎手一世一代の好騎乗であろう。

生まれつき体質が弱かったダイユウサクの競走デビューは、当時表記で言う4歳10月。1勝馬相手とはいえ、勝ち馬から13秒も離された。念のために書いておくが、1.3秒の間違いではない。なにせ、ダート1800mに2分6秒7を要したのである。むろん最下位。2戦目も大差のシンガリ負け。昨今の競走馬事情ならば、ここで終わっていたとしても不思議はない。ダイユウサクの快挙の陰には、馬主を始めとした関係者の温かな理解があった。

そんな馬が3年後の有馬記念を日本レコードで制してしまうのだから競馬は面白い。私はあの有馬記念の価値はそこにあると思っている。高齢であっても、GⅢしか勝ったことがない格下でも、2000m以下でしか勝ったことがなくても、どんな馬でも競馬である以上、可能性は秘めているのだと、痛切に思い知らされた。

とはいえ、可能性ばかりを追い求めるわけにもいかないのも事実。

「どうせ勝てっこないし、中山は帰り道が混むから」と帰り支度をしていた馬主関係者までが、予想外の勝利に「馬券も買っていないよ……」と呆然としていたことを思い出す。その気持ちもよくわかる。あれはなんと言うか、競馬のエッセンスが凝縮されたような、そんな有馬記念だった。今年の有馬で再現はあるだろうか。合掌。

 

 

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