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2013年12月31日 (火)

大晦日の川崎まつり

大晦日恒例の東京2歳優駿牝馬。このレース4勝を誇る川島正行厩舎にして、「オーラが違う」と言わしめるノットオーソリティが登場してきた。

Not  

道営ホッカイドウ競馬で重賞2勝の実績を引っ提げて南関東に移籍。調整不十分ながら、それでも馬場見せになればと臨んだ大井・ひばり特別を圧勝したことで、その能力の高さが再認識された。最終追い切りは48秒4-36秒6。古馬のオープン馬でも滅多に出せないような時計を叩き出したことを思えば、単勝オッズ130円の圧倒的人気も頷けよう。ちなみにネフェルメモリー220円、カイカヨソウ160円、クラーベセクレタ至っては540円で2番人気だった。

ところが競馬は何が起こるか分からない。あろうことかゲートで躓いてしまったノットオーソリティは、出遅れて最後方からの競馬を強いられてしまった。今日の馬場は圧倒的に前有利。それを皆知っているから、スタンドから悲鳴と罵声が上がったのも無理はない。

それでも向こう正面から外目を徐々に進出、3コーナーから4コーナーにかけて捲り上がって、直線では馬場の真ん中から堂々先頭。「バケモンか!?」という声が背後から聞こえた。だがそれも一瞬のこと。大外から続々と押し寄せた後続馬に一気に飲まれてしまった。

Blue  

勝ったのは8番人気のブルーセレブ。2着ストロベリーラン、3着クライリングとも揃って川崎所属だから、2003年以来の「川崎まつり」である。10年前の「川崎まつり」で優勝したビービーバーニングを管理していた武井栄一調教師の姪の夫にあたるのが、ブルーセレブを管理する武井和実調教師。これがうれしい初重賞となった。

Blue2  

3連単68万の大波乱を自ら演出してしまったノットオーソリティは5着。とはいえ3着馬との差はハナでしかない。あれほどの出遅れを思えば、能力上位は明らか。躓いた時に外傷を負ったが、心配するほどのではないようだ。順調ならユングフラウ賞から桜花賞とのこと。今回の上位馬への倍返しがなるだろうか。まあ、このフレーズを使えるのも今日限りですね。

それでは皆様、よいお年を。

 

 

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2013年12月30日 (月)

TCKラーメングランプリ

東京大賞典の余韻冷めやらぬ大井競馬場には、「ゆるキャラグランプリ2013」で優勝したばかりの人気ゆるキャラ「さのまる」が来場。メインのシンデレラマイルの予想まで披露してくれた。

Sanomaru  

さのまるの本命はレッドクラウディア。「転厩緒戦だけど、最終追い切りはそれなりに動いた。好枠を引いたことだし、ここは緒戦から狙いたい」……なんてことは言わず、ゆるキャラグランプリで1番を獲ったから、ここも1番なのだそうです。でも、こういうところで、玄人っぽい予想をするゆるキャラがいてもイイのにね。ちなみに、うまたせ&うまたセーヌは、主催者関係者なので予想行為はできない。

さて、さのまるが頭にかぶっているのは、地元佐野市の名物・佐野ラーメンの丼。実は、内馬場では「TCKラーメングランプリ2013」と題して巷で話題の新進気鋭店8店舗が軒を並べている。特に人気店同士のコラボラーメンなど、まず他所では食べられまい。開催は明日の大晦日まで。競馬に興味はなくとも、ラーメンに興味はあるという方は、ぜひとも大井に足を運んでほしい。

Ramen1  

注意事項がひとつ。ラーメンは全店一杯750円の共通チケット制。店に並ぶ前に、インフォメーションに立ち寄ってチケットを購入する必要がある。そうしないと、この寒空に三度並ぶことになりかねない。そのチケットを店員に渡してから並ぶ。ちなみに味玉などのトッピングは直接現金でオーダーする。

私はラーメンに関するこだわりを持たぬ人間なので、チラシの順番通りに食べてみた。まずは2013-14TRY新人大賞受賞の『らぁ麺やまぐち』と、六本木の人気店『Bee hive』とのコラボ店。

Yama01  

6種類の魚介と丸鶏を合わせた醤油スープは見た目よりもコク深く、醤油ラーメンにしては珍しい細目のストレート麺は国産小麦を使っているというだけあって風味豊か。最初の一杯としては悪くない。

Yama02  

続いては池袋大勝軒や六厘舎の流れを汲む『くり山』と、二郎系人気店『豚星。』のコラボ店。

Kuri01  

大量の煮干しを使った濃厚こってりスープは、両店のコラボならではあろう。それに合わせる麺は、意外にもストレート細麺。あ……ここに至って気づいた。こういうイベントでは細麺じゃなきゃ困りますよね。チャーシューが旨いです。

Kuri02  

そんなこんなで迎えたシンデレラマイルは、JRAから転入して2戦2勝のビタースウィートが、さのまるの本命レッドクラウディアに2馬身の差をつけて快勝でした。さのまる、残念~!

Bitter01  

さあ、明日はいよいよ今年のラスト競馬。ラーメンの続きが楽しみだ。

TCKラーメングランプリに関して詳しくはコチラ。
http://www.tokyocitykeiba.com/news/8378#ev02

 

 

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2013年12月29日 (日)

最優秀ダートホースの行方は

今年最後のGⅠ東京大賞典は、1番人気ホッコータルマエがワンダーアキュート、ニホンピロアワーズとの叩き合いを制し、GⅠ(JpnⅠ含む。以下すべて「GⅠ」と記載)4勝目を挙げた。

Hokko1 

レース後のバックヤードでは、「これで最優秀ダートホースのタイトルは決まりかな?」という声が聞こえてきた。JCダートで3着に敗れた時は「ベルシャザール優勢」と伝えられたこともあったが、果たしてどうなるか。とかく投票ごとは予測が難しい。

記者投票によって決まる最優秀ダートホースのタイトルは「JRA賞」というだけあって、JRAのダートGⅠ、すなわちフェブラリーSかJCダートを勝った馬が票を集める傾向にある。去年も、かしわ記念とマイルチャンピオンシップ南部杯の2つのGⅠを勝ったエスポワールシチーではなく、重賞はJCダートひとつ勝ったのみのニホンピロアワーズが最優秀ダートホースに輝いた。NARグランプリ・ダートグレード競走特別賞とJRA最優秀ダートホースの受賞馬が異なることは、決して珍しくはない。

Hokko2 

それでもホッコータルマエは、今年だけでダートグレードレース7勝目。1998年のアブクマポーロを凌ぐ年間最多勝記録をマークした。GⅠではないものの4月にはJRAのアンタレスSも勝っている。ライバルのベルシャザールは、武蔵野SとJCダートを勝ったのみ。あとは直接対決の結果をどこまで重視するか。競馬をリーグ戦として捉える人なら気にしないだろうが、トーナメント戦として捉える人は大いに気にしそうだ。筆者個人は、2歳から3歳春にかけてのクラシック戦線はトーナメント戦で、同じようなメンバーが同じような条件で何度も対戦するダート戦線はリーグ戦であろうと思っている。

いや、そもそもフェブラリーSを勝ったグレープブランデーを評価している人だっているんじゃないの? JRAのGⅠとGⅡを1勝ずつなら、ベルシャザールよりも手にしたタイトルは重いはず。まあ、JCダートで負け過ぎか。でもこういうのって、どうしても下半期のイメージが強くなってしまいますよね。それも投票というシステムを採用している以上、これは仕方ない。

ちなみに、2002年のゴールドアリュールは、ジャパンダートダービー、ダービーグランプリ、東京大賞典と3つの交流GⅠを勝ったが、肝心のJCダートで5着と敗れた。それでも、JCダート優勝馬イーグルカフェを抑えてJRA最優秀ダート馬に選出されている。そんなこともあったと思いながら、外野は投票の結果を楽しみに待とう。発表は来月7日だ。

 

 

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2013年12月28日 (土)

年賀状はたいへんだ

今年も年賀状に頭を悩ます季節がやってきた。いや、ちょっと遅いか。どうもすみません。

Nenga  

年賀状を作成するにあたり頭を悩ますのが、そのデザイン。かつてはジャパンカップの写真をそのまま使っていた。ポストカード印刷を業者に発注していた当時は、それくらいの時間の猶予が必要だったのである。

だが、昨今のプリンタ事情の発展は目覚ましい。自宅で好きな絵柄を好きな枚数だけ印刷できるとなると、ジャパンカップよりは有馬記念の方ががイイか。いや、どうせなら東京大賞典の写真の方が新鮮だろうか……などと、うだうだ悩んでいるうちに、今年も12月28日を迎えてしまった。

こんなことをやっていては、金杯の写真を使うことになりかねない。そこで、今日は年賀状の日と定め、この難題を一気に片付けてしまおうと、200枚の年賀状の束と対峙した。

ところがいざ始めようとすると、デザイン以外にも悩ましいことがあるもんですなぁ。

まず筆。

毎度のことだが、書き味が良くて、疲れなくて、文字にバラツキが出ないものは、そうそう手元にはないものである。良さそうなものを見つけては一枚書いてみて、デキがイマイチだと分かって、次の候補に持ち替えてまた書いてみる。この繰り返し。家中のあらゆるサインペンとボールペンをひっかき集めて「この一本」と決まるまでには、数多の「不本意な一枚」が積み重なっていくものである。

筆が決まったところで、今度は「ひと言」をどうすべぇ……?と再び考え込むこととなる。

ウマの写真だけでも良いのかもしれないが、それだけではつまらない。だいたいが、午年の来年は、ほとんどがウマの写真であろう。ならば、相手の目に留まるようなひと言を添えたいと思うのだが、今年はそれがまるで浮かばない。あれこれと思いついたのを書いてみては、「う~む…」と呻ることになる。そういえば、吉川良氏も同じようなことを『繋』に書いてたな。

新年に相応しいひと言ということなら、やはり2014年ダービー馬の予言だろうか。とはいえ「ダービーはアジアエクスプレスで決まりでしょうか」と書いたりしたら、受け取った人は「んなワケねぇだろ!」と突っ込むでしょうね。私もそう思う。ふんあじゃあ何だ? わからない。でも、わからないと年賀状が進まないから必至に考える。来年のダービー馬は何だ? エアアンセムか? ワンアンドオンリーか? うーむ、わからん。そりゃそうだ。発走10分前でもわからんのに。

そんなことをやっているうちに今日も24時。遅々として年賀状が進まないまま、ついに東京大賞典の日を迎えてしまった。ひょっとしたら、私からの年賀状はホッコータルマエになります。いや、ひょっとしたらワンダーアキュートかもしれない。とにかく、どんな絵柄になっても、しょーもないひと言になっても、お正月に免じて許してやってください。

 

 

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2013年12月27日 (金)

ナランハ@三軒茶屋

忘年会ラッシュもいよいよクライマックス。今宵は三軒茶屋のスペインバル『ナランハ』でハモン・セラーノを肴にサングリアを牛飲したのちにひっくり返った。

Dsc_0711  

薄れゆく記憶の中で思い出したことがある。かつて「ハモンセラーノ」という馬がいた。「サングリア」という馬もいた。スペイン語由来の馬名は存外多い。

1981年の関屋記念を勝ったブラビオーはスペイン語の「勇者」で、83年新潟3歳Sのマリキータは「舞姫」。ファレノプシス(胡蝶蘭)もたしかスペイン語だったはずだし、ディアデラノビア(恋人たちの日)、ペルーサ(マラドーナ氏の愛称)、ブエナビスタ(素晴らしい景色)、クラーベセクレタ(秘密の鍵)と近年の活躍馬はスペイン語の名前が際だつ。

Buena  

もちろんスペインにも競馬はある。賭けを伴う常設競馬場での最初のレースが行われたのが1835年というから、歴史も古い。ただ、活気は欧州各国に比べると低く、しばしば数年の中断を伴う。最近では1993年から2005年まで平地競馬が行われなかった。競馬よりも闘牛に目がない国民性だと思えば、それもやむを得ないか。

それでも2008年のロイヤルアスコット開催では、スペイン調教馬のエキアーノがキングズスタンドS(GⅠ)を勝つ快挙を成し遂げるなど、再び競馬人気が高まりつつある。ディープインパクトの引退に際しては、スペインのメディアがそれを大きく報じたそうだ。

そういえば、ウオッカの初子「ボラーレ」も「飛び立て」という意味のスペイン語でしたね。いや、何より我々の世代なら「オラシオン(祈り)」を抜きにしてスペイン語馬名は語れないか。まあ、そんなことで盛り上がりながら師走の三茶の夜は更けていくのである。

 

 

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2013年12月26日 (木)

浦和-大井間の既視感

浦和のメインは浦和唯一の準重賞・プラチナカップ。例年なら夏に行われるが、今年は2013年の浦和最終日に組まれた。

Platinum1  

ちなみにこの芦毛馬の名前は……、

Platinum2  

プラチナカップにプラチナタイムは……さすがにないだろうか。単勝万馬券の人気薄だが、ちょいと気になる。

それにしても今日はお休みの予想屋さんが多い。

Yosou  

実は、今日はこの浦和のあと、大井でナイター開催が行われる。TCKのサイトによれば、南関東の2場開催は2001年の年末以来12年ぶり。昼・夜のリレー開催は初のことだという。

Shinbun  

浦和の最終レース発走が16時05分。その40分後に大井の第1レースがスタートする。関地協やマスコミなど関係者は、浦和から大井へ移動しなければならない。それなら貸切バスでも用意するのかと思ったが、みんな京浜東北線に乗って移動だという。まあ、この時期、都心の渋滞は避けられない。

といっても、40分で浦和から大井への移動はどだい無理なので、浦和を早引けするか、大井を遅刻するかの二者択一を強いられる。そこで、柳原フォトさんはそれぞれの競馬場にカメラマンを分散配置。掛け持ち騎乗の騎手もゼロ。浦和に不在の予想屋さんは、きっと大井で営業中なのであろう。

そんなこんなで迎えたプラチナカップは圧倒的1番人気のミラーコロが、ケンブリッジナイスの追い込みをアタマ差凌いで勝利。ちなみにプラチナタイムは10着でした。

Miror  

浦和を後にして京浜東北線に揺られていると、ふと既視感を覚えた。以前にもこんなことがなかったか。南浦和から京浜東北線に乗って、大井町へと向かったことがあるような気がするのである。

それで調べてみると、やはり気のせいではなかった。それは2000年の大晦日。浦和で昼間開催があり、大井ではトゥインクル開催が行われているではないか。

ただし、この日のトゥインクル開催は11レース、12レースの2鞍のみだから、「リレー開催」とまでは呼べないか。しかも大井11レースの発走時刻は17時15分、12レースは17時50分だから、実質的には「薄暮開催」だった。

大井競馬50周年記念イベントの一環として行われたこの日のメインレースはゴールデンジュビリー賞。C1クラスの黒鹿毛限定という珍しい条件だったのは、この日にハイセイコー像の除幕式が行われたから。勝ったのは、なんとゴールドヘイローであった。ご存じトウケイヘイローのお父さん。黒鹿毛で得することもあるんですね。

 

 

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2013年12月25日 (水)

競馬は月曜に始まる

しつこくカレンダーの話を続ける。しかも、これは以前にもどこかで書いた話に重複するが、強く訴えたいことでもあるのでどうかご容赦願いたい。

Jra  

我が家に掲示されるカレンダーは競馬カレンダーで統一されている。競馬が好きだから。いや、それだけが理由ではない。競馬カレンダーの一週間は月曜に始まり、土日が右端に並んでいる。このスタイルが日常生活においても、もっとも使いやすい。そう信じるが所以である。

唯一の例外は「南関東4競馬場カレンダー」。あろうことか、2014年版も土曜と日曜が左右に泣き別れた。土日を並べることはJRAを利するとでも思っているのだろうか? あるいは大井でたまにある日曜からの6日間開催のため? あるいは、タダで配っているのだから文句を言う筋合いではないとでも?

いや、競馬ファンが手にするものだからこそ、敢えて繰り返し訴える。家の中で、ひとつだけ日曜始まりの競馬カレンダーがあると、かえって邪魔にもなりかねない。せっかくの素晴らしい写真たちも泣く。

Nar  

「週の始まりは日曜」という説が主流とされていることは承知している。だが、説は説、カレンダーはカレンダーで良いではないか。生活実態に見合わない説や原則に、とらわれ過ぎの感は否めない。

競馬に限らずとも、日常生活で「週末」と聞けば、「土曜日から日曜日にかけて」と考えるのが一般的であろう。「今週の催し物」を土曜までとするデパートもあるまい。それでも一生懸命書き上げた原稿に「今週の天皇賞が楽しみ」と書いたりすると、無慈悲な編集者から「日曜は“来週”です」と訂正されたりする。長距離の逃げ馬がゴール寸前で捕まった時は、きっとこんな気持ちに違いない。

でも「weekend(週末)」を英和辞典でひくと、goo辞書もExcite辞書も「土曜日から月曜日の朝まで」となっている。それなら日曜を週末に含めるのは、決して間違いではあるまい。けなげな逃げ馬は、捕まっても必死に差し返そうとする。それが競馬だ。

 

 

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2013年12月24日 (火)

JRAと地方のカレンダー

今日もカレンダーの話。

歳を重ねるごとに一年が短く感じられるようになるのは世の常だが、競馬界に身を置く大半の関係者は、ことさら月日の流れを早く感じているに違いない。特に週単位で物事が進むJRA関係者には、御同意いただけるのではないか。

今年もいつの間にか有馬記念が終わって、残すは東京大賞典のみ。有馬記念からちょうど一週間後の開催だから、ファンの空腹加減もちょうど良かろう。さらに1週間後の日曜日が金杯だから、2013-14年をまたぐ開催日程は良くできている。

だが、来年はそうはいかない。先日発表されたJRAの開催日割によれば、有馬記念は12月28日の実施。東京大賞典はその翌日である。2日間連続でGⅠを食べ尽くすとなると、よほどの胃袋の持ち主でなければなるまい。

かつては、地方競馬や地元住民への配慮から12月28日以後のJRA開催は避けられてきた。しかし、止まらぬ売り上げ減少の打開策として、28日の有馬記念開催に踏み切ったのは2003年のこと。年末は競馬ファンの気分も盛り上がり食欲も旺盛になる。そんなときに、店の方がカマドの火を落とすのはもったいない。シンボリクリスエスが連覇を果たしたその年の有馬の売り上げは、前年まで6年続いた売り上げ減少から一転、5億のプラスに転じた。

Kriss  

煽りを食ったのは、その翌日に行われた東京大賞典である。一日の売り上げは前年比で30%減の33億円。36508人の入場者も、前年に比べれば38%も少ない。好天に恵まれ、武豊騎手のスターキングマンが勝つというシチュエーションながら、多くのファンは前日行われたばかりの有馬記念で満腹だった。

Kingman  

来年の開催日程でもうひとつ気になるのは、1月6日の月曜日。中山と地方・船橋のダブル開催の実現である。

「実現」と言ったところで、ファンへの恩恵はおそらくない。武蔵野線で2駅の両競馬場ならハシゴも可能だが、いくらモノ好きでもそこまではしないだろう。とにかく、これまではJRAの方が遠慮して船橋の開催日にぶつけないようにしてきたのに、いったいどうしたことか。IPATで船橋を売るのかと思ったら、そうでもないらしい。JRAの独り勝ちが続いているとはいえ、地方に配慮ばかりしている余裕もなくなってきたということか。

それにしても、この日に敢えて船橋競馬場に足を運ぶファンって、いったいどんな人たちなのでしょうね。それを知るために、船橋の方に行ってみたい気もする。

 

 

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2013年12月23日 (月)

競馬ファンのカレンダー

有馬記念の発走が近づいたとき、場内アナウンスが「本日、中山競馬場にお越しいただいたお客様の人数は……」と一呼吸置いたところで、ターフビジョンに「116,596名」という数字が表示されると、立錐の余地なきスタンドから、地鳴りのような歓声が沸きあがった。

Vision  

最終的な入場者数は12万4782人。12万人超えは2010年以来3年ぶり。オルフェーヴルのラストラン&引退式というイベントがあったとはいえ、ディープインパクトのラストランでも11万7251人留まりだった。しかも、キズナとエイシンフラッシュの回避があってこの数字である。田中将大投手を一目見たいという人も中にはいただろうが、正直理由が分かりかねる。ともあれあの圧巻のレースぶりをナマで見た人がひとりでも多いのは良いこと。池添騎手が訴えたように、オルフェーヴルの強さを語り継いでいただきたい。

Stand  

船橋法典駅への地下通路が規制されるのは毎年のこと。それを避けるように西船橋への長い道のりを歩くのも、有馬記念当日の欠かせぬ儀式になっている。途中で振り返ると、名物の大屋根が不気味に浮かびあがって   というのは、スタンドがガラス張りに建て替えられる前の話。暗闇に浮かび上がる大屋根の威容を仰ぎ見て、「ああ、今年も終わりだな」と実感したものである。

振り返って見たのはスタンドだけではない。有馬記念が終われば、我々競馬ファンはその一年を振り返る。振り返りながら西船橋への道を歩く。それでも時間が足りなければ、どこかの赤提灯に寄ればいい。そういった儀式も全部含めて有馬記念なのである。

Arima  

なのに、去年に引き続き今年も有馬記念の翌日にJRAは競馬を開催した。売上が減り続ける中、年末の掻き入れ時に暖簾を掲げないのはもったいない。いかにも役人が考えそうな理屈である。彼らは競馬ファンの心のカレンダーや、ささやかな暮れの儀式などに、思いが及ぶことはないのであろう。

競馬に四季の移ろいを感じ、競馬に記憶を重ね合わせるのが好きな日本の競馬ファンはことのほか競馬開催カレンダーに敏感だ。その大原則は「金杯に始まり有馬記念で終わる」であろう。有馬翌日の開催は、そんなファンから年末の点景を、一部とはいえ消し去ってしまった。

去年の有馬記念の翌日には、とりあえず中山に足を運んだ私も、さすがに今年は控えさせてもらった。今日の中山の入場人数は、昨年比3%減の27418人。その理由は様々あろうが、私個人に限れば自分の流儀を貫きたかったからに過ぎない。それでも昼頃まで「やっぱ行こうかなぁ」とウダウダ悩んでしまった。有馬が最終日に戻る来年は、こんなつまらないことで悩まないで済む。あー、助かる。

 

 

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2013年12月22日 (日)

人知を超えた馬

パドックを幾重にも取り囲んだ人垣を縫うように有馬記念に騎乗するジョッキーたちが姿を現すと、あたりの緊張感が一気に高まった。

Padock  

ゴールドシップの勝負服の後ろ姿がいつもより背が高い。テイエムの服色を身にまとったデムーロ騎手というのも微妙に違和感がある。そんなときたまたま私の隣にある騎手が立ち止まった。

見れば池添謙一騎手、その人である。

彼の背後から誰かが「がんばれ!」と声をかけた。が、返事はない。

私の隣に立つ釧路馬主が「緊張してないかい?」と声をかけてみた。が、池添騎手はただ一頭の馬を凝視したまま黙っている。その一頭とは、もちろんオルフェーヴルに他ならない。

「(有馬記念には)すてきな緊張感で望めそう。池添君は一番緊張しているでしょうけど」

中山馬主協会のパーティーで、そう挨拶したのは武豊騎手だ。実際、ラストランの手綱を託された重圧はなまなかではあるまい。しかも、有馬記念終了後には引退式も予定されている。ディープインパクトの有馬記念で、そのプレッシャーを知っている武豊騎手の言葉と思えば、その重みもいや増す。

だが、私の隣に立つ池添騎手は、緊張というよりも、集中の極限にあるのではないか。彼の目にはオルフェーヴルしか見えていない。ゴール後に振り落とされた新馬戦、東日本大震災の影響で東京競馬場で行われた皐月賞、豪雨のダービー、またまた振り落とされた菊花賞、まさかの逸走、大敗とリベンジ、乗り替わり、3歳牝馬に競り負け、そして再びの乗り替わり   

喜びも、悲しみも、嬉しさも、悔しさも、いろいろあったけど、オルフェーヴルの背中に乗るのはこれが最後になることは間違いない。その大切な時間を一秒たりとも無駄にはしたくないと、集中を極限まで高めている。少なくとも私の目にはそう見えた。

Ikezoe  

今日の中山は外国人騎手が5勝。うち外国人同士のワンツー決着が3度もあった。有馬記念でも2番人気と3番人気には外国人騎手が乗る。凱旋門賞で悔しい思いをした池添騎手にしても、外国人騎手には負けたくないという思いがあるのでは?   なんて思っていた私は浅はかである。彼はそんなことは考えていなかった。オルフェーヴルの邪魔をしないこと。彼の気分を損ねないこと。目指すは人馬一体の境地。それしかない。レース後に派手なガッツポーズなどがなかったのも、きっとそのためであろう。

Arima  

実際、レースのカギは例によってオルフェーヴルと池添騎手との折り合いにあると思われたが、今日ほど人馬の呼吸がピタリと合ったオルフェーヴルのレースが、過去にあっただろうか。2周目3コーナーから馬なりのまま外目を上がっていくと、直線入り口では早々と先頭。そこからは正直モノが違った。思わず「おおっ!」と声が出たほど。8馬身差は圧巻である。

Arima2  

スタンドからは“オルフェ・コール”ではなく、“池添コール”が湧き上がった。文字数の関係で「オルフェ」の方が連呼しやすいはずなのに、みんな一生懸命「イケゾェ! イケゾェ!!」とあらん限りの声を上げていた。日本の競馬ファンはよく分かっている。文字通りこれが「ファンの声」でもある。

3コーナーで動いたのは騎手の指示ではなく、馬の意志だという。あそこから動いて8馬身差の独走だから、ひと言すごい。馬もこれがラストランだと知っていたのではあるまいか。4コーナー過ぎからは、池添騎手とオルフェーヴルだけの濃密な時間が長く続いた。他馬をいっさい寄せ付けぬ独走は、池添騎手との別れを惜しむオルフェーヴルの粋な計らいだったのかもしれない。最後まで人知を超えた不思議な馬だった。

 

 

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2013年12月21日 (土)

悩み多き有馬前日

暮れの名物・中山大障害は、レース前半でハナを奪った5番人気アポロマーベリックが後続を8馬身も千切って逃げ切った。

10r  

ガッツポーズの五十嵐雄祐騎手はJGⅠ初制覇。2009年、10年とJRA障害最多勝利騎手に輝きながら、ここ3年は勝利数が一桁に留まっていた。重賞勝利も3年ぶり。それがGⅠだから自信になるに違いない。競馬学校同期の中で、GⅠ級勝利一番乗りを果たした。騎手課程18期生には田辺裕信騎手の名も。こうなったら、明日のヴェルデグリーンが俄然気になってくる。

続くラピスラズリSは芝1200mに歴戦のオープン古馬が16頭。春の春雷Sもそうだったが、この条件がまともに収まるはずがない。案の定13番人気アフォードが直線で豪快に伸びて快勝、2着も8番人気のキングレオポルドで波乱の決着となった。

11r  

あまりに見事な差し切りに、ヤネは誰だ?と出馬表に目をやれば、なんと中舘英二騎手ではないか。久しぶりだぁ~、と思って調べると、中山での勝利は昨年1月の寒竹賞以来、ほぼ2年ぶり。もちろん、ローカルではたくさん勝っているし、ここ1、2年は調教師試験の準備で騎乗を控えていた。落ちちゃいましたねどね。松山厩舎どうすんだろ? まあ、それはともかく、やはりベテランの手綱捌きには目を見張るものがある。それならやはり柴田善臣騎手のナカヤマナイトかなぁ……。

なんて、悩みつつ迎えた最終レースは冬至特別。向こう正面は後方3番手を追走していた4番人気ウイングドウィールが、外目を徐々に進出。小回りの内回り1800mをものともせず、測ったようにゴール前できっちりと差し切ってみせた。

12r  

先行有利の1800mなのに、スローペースを後方でピタリを折り合ってみせたその騎乗ぶりは、さすがミルコ・デムーロ騎手と感心せざるを得ない。明日のテイエムイナズマは単勝前売り最低人気。ないかなぁ。とはいえ、最低人気ながら2着したアメリカンボスの例もある……。いや、外国人ジョッキーのBOXというテもあるゾ。

なんて、どのレースにも有馬記念のヒントが隠れているように思えて仕方ない。考えるのは諦めて、今日はもう寝よう。

 

 

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2013年12月20日 (金)

名馬、名騎手、名コンビ

いよいよ有馬記念が明後日に迫った。ゴールドシップは、このレース連覇がかかっている。

Goldship  

過去に連覇を成し遂げたのは4頭。スピードシンボリと野平祐二、シンボリルドルフと岡部幸雄、グラスワンダーと的場均、そしてシンボリクリスエスとO.ペリエ。いずれの連覇も同じ騎手の手綱によって達成された。だが、今年のゴールドシップに関して言えば、昨年優勝時の内田博幸騎手の手から離れているから、勝てば異なる騎手による連覇という初めてのケースになる。

Grass  

昨今の騎手事情からすれば、同じ騎手とのコンビで1年後の有馬記念に出走してくること自体が難しい。デビュー以来、一貫して和田竜二騎手が乗り続けるタマモベストプレイなどは、むしろ珍しいケースであろう。

どんな名馬でも、騎手に人を得なければ大成できない。ビワハヤヒデは、関東のエース岡部騎手に乗り替わってからGⅠを3勝した。私だって自分の持ち馬が負けて「ヤネを替えろ!」と叫んだことがある。そんな私が、乗り替わりそのものを否定するわけにはいかない。

一方で、過去の名馬と騎手のコンビを紐解いてみても、同じ馬と騎手のコンビの方が、競馬ファンとしての感情移入が強かったし、心に残っている。ハイセイコーには増沢末男、ミスターシービーには吉永正人、そしてディープインパクトには武豊。騎手の固定化は名馬大成の条件のひとつ。オルフェーヴルの引退に際し、ディープインパクトほどの盛り上がりがないのは、そのあたりが影響しているのではないかと邪推する。

邪推ついでにこんなことを考えてみた。有馬記念の出走馬を決めるファン投票で、馬と一緒に乗ってもらいたい騎手も記入できるようにしたらどうなるだろうか?

むろん騎手の選択は馬主の専権事項だから、ファンの思いを形に表すに過ぎない。だが、年度代表馬を争うような名馬たちの乗り替わりが相次ぐ昨今である。名馬に名騎手に乗れば、即「名コンビ」となるわけでもない。実際、ファンはどう感じているのだろう。その辺が気になるのである。

 

 

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2013年12月19日 (木)

川崎発、ドバイ行き

雨中の全日本2歳優駿は、ハッピースプリントが1番人気に応えて快勝。2001年プリンシパルリバー以来となる道営所属馬の優勝を果たした。

Happysprint  

同馬を管理する田中淳司調教師は、高校卒業後に父である田中正二厩舎に入り、厩務員として18年間務めたのち、2007年4月に調教師として独立。開業7年目にして早くもGⅠ級タイトルを手にした。

田中師は遠征に積極的なことで知られる。この秋だけでも、カクシアジが水沢と笠松の重賞を3勝。クライリングが川崎でローレルを勝ち、シャイニングサヤカも水沢のビューチフルドリーマーカップを勝ち、ダービーグランプリではミータローが2着と好走した。ハッピースプリント自身、この夏は二度に渡ってJRAに挑戦している。それゆえ、道営リーディングでは勝利数でこそ3位ながら、収得賞金ランキングでは3年連続となる1位に輝いた。

手綱を任されたあらゆるレースで、常に1着ゴールを目指さなければならないジョッキーの評価が勝利数で決まるのは当然だが、管理馬の実力や調子、さらには相手関係なども見定めた上で、可能な限り賞金の高いレースを選択することも調教師の重要な仕事である。調教師の優劣を計る指標としての最多収得賞金は、勝利数よりも重みがあるように思えてならない。

誰もが気になるのは、ハッピースプリントの今後であろう。南関東への転厩か、あるいはJRAのクラシックを目指すのか。そんな中、調教師の口から飛びだした言葉は、なんと「ドバイ」であった。さすがは、中央地方を問わず果敢にチャレンジを続ける田中淳司師。その目は既に海外に向いている。

World  

アグネスワールド、アグネスデジタル、そしてユートピア。思い返せばこの全日本2歳優駿は、海外への登竜門的存在でもある。田中淳司調教師のチャレンジから目が離せない。

 

 

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2013年12月18日 (水)

久留米ラーメンと有馬記念

ウインズ銀座を昭和通り側の出口から出て、左に100mほど進むと『金丸』という久留米ラーメンのお店が暖簾を掲げている。平日の昼時にはサラリーマンの行列が絶えない人気店だ。

Dsc_0716  

久留米ラーメンといえば、博多や長浜でお馴染み豚骨ラーメンの嚆矢。文献(ちゃんとある)によれば、1937年に西鉄久留米駅そばで開業した屋台「南京千両」がその源流と言われている。ただ、材料には豚骨を使っていたものの、そのスープは澄んだものだったという。白く濁ったこってりスープは、戦後に福岡市内の屋台で初めて登場。さらに長浜で始まった替え玉などのアイディアも話題となり、「豚骨の本場は長浜」というイメージが定着してしまった。

長浜ラーメンは、魚市場で働く忙しい仲買人のため、短時間で茹で上がる細い麺を使うようになったが、本場・久留米ではやや太め。その代わりスープもバランスを取って濃厚なものになった。ちなみにこの『金丸』ではスープは濃いまま麺は細麺を使っており、替え玉もちゃんとある。もちろん美味い。

でも、こうなると本場・久留米で久留米ラーメンを食べてみたい気もしてくる。久留米といえば、佐賀県鳥栖市と筑後川を隔てて隣り合う街。久留米ラーメンを食べるついでに佐賀競馬場にも立ち寄るという行程に、決して無理はあるまい。

ちなみに久留米といえば、かつては有馬氏21万石の城下町。その有馬家15代目の当主・有馬頼寧伯爵こそ、日本中央競馬会の第2代理事長であり、暮れのビッグレース「有馬記念」にその名を残す人物でもある。

そう思うと、今日ここで久留米ラーメンを食べたのは、なんとなくゲンが良い気がする。しっかり替え玉もした。あとはどの馬を本命にするか……。

考え込んで、もうひとつ思い出した。

Uchida  

内田博幸騎手はたしか久留米出身だったはず。こうなったら、トーセンジョーダンを買わぬわけにはいかないか。この有馬記念、彼には期するところがあるに違いない。

 

 

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2013年12月17日 (火)

北村宏司騎手が年間百勝

15日の中山6R。ダート1800mの新馬戦を勝ったファンシーミューズは四代母があの Number という良血馬。4番人気ながらゴールドアリュール産駒らしいレースセンスの良さを発揮して、見事デビュー戦を飾った。

6r  

鞍上の北村宏司騎手にとってはこれが今年の99勝目。初の年間百勝にリーチ!などと言いながら迎えた続く7Rは、3番人気のハードロッカーが4コーナーでいったん置かれ加減になりながらも、ゴール寸前猛追して差し切り勝ち。ヤネは誰だと出馬表を見ればこれも「北村宏司」ではないか。なんとリーチ一発ツモ。騎手デビュー15年目にして初の年間百勝の瞬間は、吉田豊騎手・アイアイエンデバーの陰に隠れてしまい、あまり良く見えなかった。

7r 

「今年は年間100勝とGⅠ勝利を目標にしていたのでうれしい」

インタビューでそう答えた北村宏司騎手は、競馬学校騎手課程第15期生として1999年に騎手デビュー。卒業に際しては「アイルランド大使特別賞」を受賞し、同期の中でもっとも早く初勝利を挙げ、その年の「最多勝利新人賞」にも輝いた。その輝かしいスタートを思えば、年間百勝くらいもっと早く達成していても良さそうな気もする。なんといっても、3年前まで所属していたのは関東のリーディング厩舎。乗り馬にも恵まれている印象が強い。

Kitamura  

だが、それはあくまでも「印象」に過ぎないのかもしれない。

藤沢和雄厩舎を離れてフリーとなる2010年12月まで、北村騎手は重賞を17勝しているが、そのうち自厩舎の馬で挙げた勝利は5勝のみ。あとは他厩舎からの依頼によるものだった。天下の藤沢厩舎所属といっても、「主戦」の立場にあったわけではない。彼の上には常に、岡部幸雄、O.ペリエ、横山典弘といったビッグネームの存在があった。リーディング厩舎にはリーディング厩舎なりの事情がある。

Dance  

北村騎手にとって初めてのGⅠ制覇となった2006年のヴィクトリアマイルでの藤沢調教師の言葉は今も忘れられない。ダンスインザムードと共に検量室に戻ってきた愛弟子を大喜びで祝福するかと思いきや、「ステッキが2回入ったな。岡部騎手なら叩かなかった」と一言。もちろんこれは藤沢師流の冗談でもあり、周囲も笑いに包まれたわけだが、その一方で100%冗談とも言い切れないところもある。以来7年が経過したが、北村騎手の二度目のGⅠ制覇はまだ達成されていない。

とはいえ、年間百勝は騎手にとって大きな勲章だ。GⅠの勝ち負けは巡り合わせにも左右されるが、百勝は騎手自身の力によるところが大きい。今週の有馬記念で通算20回目のGⅠ勝利を狙う池添騎手でさえ、年間百勝は未経験。年間百勝の価値は、GⅠ勝利に勝るとも劣らない。

 

 

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2013年12月16日 (月)

若きスプリンターの憂鬱

中山競馬場には、今では使われていないスタート地点がある。

2コーナー奥に引き込まれた芝1400mのスタートポケット。1200mと1600mの2距離に限られていた中山競馬場の短距離戦の隙を埋める形で、1986年暮れの開催に導入された。だが、スタートしてすぐに2コーナーを迎えることや、コースの真ん中から外側に向かって低く傾斜している形状などが指摘され、92年12月5日を最後に使われてはいない。

今年の朝日杯ほど中山の1600mというコースに対して「トリッキー」とか「不公平」という言葉が溢れたことはなかったような気がする。もちろん、来年からの阪神移設が前提にあってのことだが、有利とされる1番枠を引いた逃げ馬ベルカントが10着に敗れたことを引き合いに出すまでもなく、絶対的な格差がある訳でもない。1番人気で5着に敗れた川田騎手に至っては、内枠を敗因に挙げた。中山芝1400mを知る人間とすれば、中山マイルが悪く言われ過ぎの印象も否めない。1400mに比べれば遥かにマシじゃないか、と思ってしまう。

とはいえ、競馬は1キロ以上も走っておきながら最後は数センチの差が明暗を分けるゲーム。わずかな条件の違いが、その馬や関係者の一生を左右しかねないのだから、神経質になるのも頷ける。それがGⅠの舞台ならなおさらだ。実際、ゴスホークケン、コスモサンビーム、アドマイヤドン、マイネルマックスそしてフジキセキといった馬が1枠1番から朝日杯を勝っている。8枠桃帽の朝日杯馬は86年のメリーナイスにまで遡らなければならない。とはいえ、この年は9頭立てだったので、8枠といっても8番枠だが。

中山のマイルがチャンピオン決定戦の舞台に相応しくないという主張は理解できる。それでも、そのまま阪神のマイルに移すことがどうも腑に落ちない。例えば1400mにするという考えはなかったのだろうか。新設重賞ホープフルSとの差別化も図れるし、ベルカントのようにマイルでも長いという牝馬が挑戦することもできる。とにかく、スプリンターの素質がある2歳馬が目指すレースがない現状はおかしい。

ロードカナロア1頭を除けば、日本のスプリンターのレベル低下が叫ばれて久しい昨今である。一方で、クリスタルCは05年を最後に廃止。ファルコンSも昨年から距離が延長されてしまった。せっかくスプリンターの素質を備えていても2歳、3歳時に目指すレースがない現状を見れば、レベル低下も何もあるまい。ベルカントを敢えて牡馬にぶつけたのも、中山マイルというコースを求めた結果。来年以降はこういう選択肢もなくなる。

アジアエクスプレスにしても、ムーア騎手によれば「マイルがギリギリ」というスプリンター。今回の勝利の陰には、皆が“トリッキー”と揶揄する中山マイルのアシストがあったのかもしれない。ともあれ、来夏のデビューを待つスプリンターたちにとっては、辛いレース改編になりそうだ。

 

 

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2013年12月15日 (日)

朝日杯当日の初勝利

船橋からでも富士山が拝めるほどの好天に恵まれた中山競馬場は、GⅠ当日の割にスタンドもパドックも意外に空いている。前走で2着に敗れた馬同士が人気を分けあうメンバーでは仕方ないか。「中山で行われる最後の朝日杯」程度のギミックではファンは動かない。好メンバーの阪神JFは入場者数が昨年比13%増だったのに、今日は4%の減だったという。

Fuji  

4Rは芝2000mの2歳未勝利戦。1枠1番のヴァルコイネンが、4角10番手という位置取りから直線だけで前の9頭を交わすと、さらに後続を3馬身も突き放す力の違いを見せて勝った。ちょっと気が早いが、テイエムオペラオーの皐月賞を彷彿させるものがある。

4r  

ホワイトマズル産駒の芦毛馬。ご存じのとおりホワイトマズル自身は白くはない。この芦毛も祖母アドマイスの父・ハイエストオナーから伝えられたもの。ホワイトマズル産駒の重賞勝ち馬といえばアサクサキングスやシャドウゲイトなど10頭以上いるのに、芦毛の重賞ウイナーはなぜかいない。“ホワイト”マズルなのだから、一頭くらいいてもよかろう。ヴァルコイネンへの期待は大きい。ちなみに「ヴァルコイネン」は、フィンランド語で「白」の意。1枠白帽がよく似合う。

続く5Rは芝1600mの2歳新馬戦。またもや1枠1番のホットランナーが勝った。

5r  

ただし、今度は3角11番手から捲って4角では先頭に並びかける展開。半マイルを過ぎてからの3ハロンが13秒2-12秒2-11秒2と1秒刻みで早くなる特異な流れに戸惑うことなく、直線もしっかりとした脚色だった。

ヴァルコイネンもホットランナーもまだまだ成長途上。スタートで後方に置かれるのもトモの弱さゆえか。それでも勝つのだから両馬とも能力がある。

たとえ朝日杯に間に合わなくても良いではないか。アジアエクスプレスにしても、全日本2歳優駿を除外されてやむなくこちらに回ってきての勝利だった。「万事塞翁が馬」の故事はダテではない。ヴァルコイネンやホットランナーが、アジアエクスプレスと対戦する日が来るのを楽しみに待とう。

 

 

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2013年12月14日 (土)

砂と魔女

GⅠ当日の競馬場のレストランは長蛇の列なので、最近は専らサンドイッチ。うちの最寄り駅の前にサンドイッチの専門店があるので、そこで大量に仕入れて競馬場に持っていって馬主席のみんなに配って食べる。そんなことをしても場内のレストランで食べるより安いし、何より片手で食べられるのが良い。双眼鏡、出馬表、赤ペン、ビール、……等々。とかく競馬場では手が塞がりがちだ。

Sand  

それなのに、競馬場にサンドイッチ専門店が無いのは少々残念な気もする。ハンバーガーショップがあるにはあるが、口の周りや手を汚さぬように配慮しつつ、片手でハンバーガーを食べるのは実は案外難しい。あの忌まわしき包み紙がどうしても邪魔をする。

「サンドイッチ」が生まれたのは1762年の英国とされるから、近代競馬の誕生とほぼ同じ。ジョッキークラブがロンドンのスター・アンド・ガーターにて結成されたのが1750年前後。エクリプス誕生が1764年のことである。

その名前の由来はあまりに有名。英国南東部ケント州の港町サンドウィッチを所領としており、また無類のギャンブル好きでもあったジョン・モンタギュー伯爵が、大好きなカードゲームをしながら食事が出来るよう、パンの間に塩漬けにした牛肉を挟むよう注文したのが始まりとされている。

だが、これには異論もある。モンタギュー伯爵は当時大英帝国の中でも要職中の要職、海軍大臣を務めていた。海洋探検家キャプテン・クックを送り出したことでも知られる。ギャンブルに興じる暇などあったはずがない。あまりの多忙さ故に食事をする暇もなかったので作らせたに違いない   と主張するのは、当代のモンタギュー伯爵だが、これは眉唾であろう。

しかし別なところから、「砂(サンド)」と「魔女(ウィッチ)」以外ならなんでも挟んで食べられるからこの名が付いたとする説も湧いている。「砂と魔女」って、なんだかホクトベガみたいだけど、まあ、我々は食べて美味しければそれで文句はない。

中山競馬場に隣接する北方十字路交差点から、駐車場と厩舎地区に挟まれた細い道を京成中山駅方面に向かって10分ほど歩くと、途中右手に『コンコルド』というパン屋さんがある。ごく普通の街のパン屋なのだが、ここのサンドイッチが美味い。かつて野平祐二邸を訪れた帰途、京成中山までの長い道のりを、ここのサンドイッチを囓りながらよく歩いた。

Korokke  

おすすめはコロッケサンド。十勝産ジャガイモとバターたっぷりのコロッケは甘くクリーミーで、さわやかな風味のソースと相まって分厚いパンに負けない存在感を醸し出している。聞けば最近改装して、広く奇麗になったんだそうだ。以前は、昭和のパン屋丸出しの外観だったんですけどね(笑) ともかく明日のお昼は『コンコルド』で仕入れてみようか。

 

 

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2013年12月13日 (金)

苦労人メイショウパーシー

一昨日の浦和・ゴールドカップで1番人気に推されたメイショウパーシーは、デビュー23戦目にして重賞初出走という苦労馬。その名から想像されるように、元はと言えばJRA所属馬だが、実際JRAでは3歳夏に2戦しただけ。しかもいずれのレースでも二桁着順に沈んだ。したがって獲得賞金はゼロ。そういう意味では、同じゴールドカップで2番人気のジョーメテオや4番人気サイオンのような、JRAのオープンや準オープンからの移籍組とは立場が大きく異なる。

Meisho  

JRAを2戦で追われたメイショウパーシーは金沢に移籍。9月に移籍初戦を迎えた。そこでいきなり5馬身差の圧勝である。とはいえその賞金は16万円に過ぎない。同じ頃、まだJRAに所属していたサイオンはエルムSで5着に敗れているが、それでも350万円の賞金を獲得している。かように、両者の置かれた立場には比較にならないほどの差があった。

その後の彼は毎月2戦のハイペースでレースに臨み、3か月の間に6勝をマーク。トータル99万円を獲得して12月には名古屋へと移籍した。ちなみにこの12月には、当時JRA所属だったジョーメテオが摩耶Sに出走して2着に敗れるも、賞金689万円を獲得している。

メイショウパーシーは名古屋で4戦2勝。44万円の賞金を積み増して、ついに南関東・川崎への移籍を果たす。

そこからの彼の活躍は見事というほかはない。4月からの7か月間で9戦6勝2着が2回。堅実に賞金を積み重ね、ついに重賞レースの舞台にまで辿り着いた。そこで待っていたのはジョーメテオとサイオン。1年前には雲の上の存在だった2頭にほかならない。

逃げて結果を残してきたメイショウパーシーは、このゴールドカップでも迷わずハナへ。向こう正面でサイオンに交わされても、2番手のまま踏ん張り続けている。それをまとめて捲ったのはジョーメテオ。そのまま直線でもリードを広げて、嬉しい初タイトルを手にした。

Joh  

メイショウパーシーは7着。持ち時計の比較ならもう少し上でも良かったが、これがいわゆる格の差か。とはいえ、ジョーメテオやサイオンを差し置いて1番人気に推されたことそれ自体が、まずは彼にとっての誉れであろう。巻き返しを期待したい。

 

 

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2013年12月12日 (木)

ニッポンの父系

長年使い続けたオーブンレンジをついに買い替えることとなり、狭いレンジ台からよっこらしょと引っ張り出したら、こんなテプラが貼ってあった。

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ご覧のとおり「サクラバクシンオー寄贈」とある。

1993年12月。結婚当初の我が家には電子レンジというものがなかった。だからと言って、気軽にホイホイと買えるほどの金もない。端的に言えば貧乏だった。レンジどころか正月の帰省の金にも事欠く有様。そんな矢先に迎えたスプリンターズS。2番人気のサクラバクシンオーの単勝に、なけなしの1万円を投じたのである。1分7秒9の濃密な瞬間ののち1万円は4万3千円に化け、我が家にオーブンレンジがやってきた。冒頭のテプラは、その時の感謝を忘れまいと貼ったものであろうが、正直あまり覚えていない。

Sprinter  

なにせ、あれから20年である。その年月を思うとちょっと驚く。オーブンレンジが20年も持ったからではない。サクラバクシンオーはそんな昔の馬になってしまったか。

スポーツ新聞を開いて、さらに驚いた。今週末の朝日杯にサクラバクシンオーの子が1頭と直子ショウナンカンプの産駒が2頭も出走するではないか。これは快挙であろう。特にショウナンカンプ産駒の2頭には、サクラユタカオーから始まる内国産父系GⅠ制覇の記録を「4代」まで伸ばせるかどうかがかかっている。もし達成されれば、これは日本競馬史に残る壮挙といっても差支えあるまい。

Shonan  

輸入種牡馬テスコボーイは、初年度の産駒から皐月賞馬ランドプリンスを送ったのを筆頭に、キタノカチドキ、トウショウボーイ、テスコガビーなど、多くのGⅠ級ホースを輩出した。パーソロンやノーザンテーストなど、かつて隆盛を誇った父系もせいぜい2~3代、長くて20年前後で消滅する中、ランドプリンスが皐月賞を制した1972年以降、テスコボーイからサクラユタカオー、サクラバクシンオーを経てショウナンカンプへと連なる父系は40年以上も持続している。簡単にできることではない。サンデーサイレンスの父系だって20年後にはいったいどうなっていることか。急激な血の増加は、やがて自分の首を絞めることに繋がる。

いまやサンデーサイレンス系種牡馬の割合は全体の3割を超える。その中にあって、世界的に希少となったプリンスリーギフト系の血をしっかりと伝えているサクラバクシンオーの功績は計り知れない。後継種牡馬は現在4頭。前出のショウナンカンプに加え、アドマイヤムーンの半弟サブミーカー、リッカバクシンオ、そしてサクラゼウス。いずれはここにグランプリボスも加わる。我が国が世界に誇るこの父系は、まだまだ継続可能だ。

Grandprix  

再びの20年後は、いったいどうなっているだろう。この思いを忘れぬよう、次のオーブンレンジに朝日杯の出馬表でも貼っておこうか。

 

 

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2013年12月11日 (水)

【訃報】マチカネタンホイザ

JRAのサイトに訃報が掲載されるのは、原則としてそれがGⅠ勝ち馬である場合に限られる。マチカネタンホイザは、GⅠ勝ちこそないが重賞4勝の名馬。大種牡馬ノーザンテーストの産駒としては、最多獲得賞金を記録していることを思えば、その実績はGⅠホースに劣るものでは全くない。種牡馬引退後は、山梨県の小須田牧場に功労馬として引き取られ、マチカネフクキタルと一緒に暮らしていた。

Machikane2  

先日亡くなったダイユウサクも、種牡馬を引退したのち、浦河のAERUで功労馬として余生を過ごしていた。近年、やたらと名馬の訃報に触れる機会が増えたような気がする。種牡馬としての役目を追われ、かつてなら“行方不明”で済まされていたかもしれない馬に対し、功労馬として余生を過ごす場所が提供される環境が整ってきたことが大きい。

その環境づくりを後押ししているのが「引退名馬繋養展示事業」。種牡馬や繁殖から引退した重賞勝ち馬の持ち主が、助成金を受け取ることができる代わりに、希望するファンに公開する義務を負う。助成金は月2万円。決して十分な額とはいえないが、それでも引退馬施設や乗馬クラブで余生を過ごすことができる名馬は確実に増えてきた。また、ファンにとっても情報が得やすくなったというメリットがある。

この事業の実務を担うジャパン・スタッドブック・インターナショナルから、つい先日届いたばかりの種牡馬に関するレポートを見て、思わずわが目を疑った。

1999年に450頭以上いた種牡馬は、現在ではその半分の226頭。昨年より13頭減だという。いや、それはまだいい。今年最多の種付けを行った種牡馬は、ディープインパクトで、その種付頭数は262頭だったという。いやそれも分かり切っていことだ。

以下、クロフネ216頭、ダイワメジャー209頭と続き、100頭以上に種付けした種牡馬は41頭もいた。その合計種付け頭数は、なんと6,323頭にも及ぶのである。今年種付けした繁殖牝馬は9,301頭だから、来年産まれてくるであろう産駒の3分の2の父親は、この41頭に集約されていることになる。これでは、マイナー種牡馬の活躍など期待できるはずもない。種牡馬を諦めて、功労馬となる名馬が続出する状況も理解できる。

Machikane  

そういう意味では「引退名馬繋養展示事業」は今後ますます重要性を増してくるはずなのだが、実態はその逆。実は月2万という助成金は、それまで3万円だったのが昨年から減額され、しかも14歳に満たない馬は、その年齢に達するまで助成金を受け取ることが出来ないという受給制限まで設けられた。財源が増えない一方で、先の事情により対象功労馬が増加傾向にあることもその一因だという。だが、それではせっかくの制度が生きない。

このような制度は、ファンの注目度によって中身が大きく左右されることがある。ファンの注目が集まれば、助成金の再見直しがあるかもしれない。ダイユウサクやマチカネタンホイザの訃報に触れ、そんな機運が高まることを願う。

なお、引退名馬繋養展示事業についての詳細は下記サイトに詳しい。

名馬.jp http://www.meiba.jp

 

 

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2013年12月10日 (火)

【訃報】ダイユウサク

「クマぁ! 割って来い!!」

中山の調教師席に内藤調教師の怒鳴り声が響く。それに応えるように熊沢騎手とダイユウサクのコンビは馬群を割って伸びてきた。ゴールを駆け抜ける寸前から鞭を持った右手を高々と差し上げ、喜びを爆発させる熊沢騎手。それを見守る12万観衆は、ただただ呆気にとられていた。

あれから22年。“世紀の一発屋”ことダイユウサクの訃報が伝えられた。1991年のGⅠ戦線を賑わせた名馬の訃報が相次ぐ。

今年で58回目を数える有馬記念の歴史の中でも最高の単勝配当、その額なんと13790円。誰もが驚いたダイユウサクの大駆けだったが、熊沢騎手は心中深く期するものがあったという。

「どんな距離でも終いは切れる馬。それを生かす乗り方をすれば……」

内と外との違いはあったが、最終コーナーを回って直線を向いた時はメジロマックイーンとほぼ同じ位置取り。最後についた1馬身余りの差は、熊沢が信じた瞬発力が、メジロマックイーンのそれを上回っていたことを物語る。日本レコードの快走をフロックとは言えまい。熊沢騎手は終始マックイーンをマークする位置をキープし続け、直線でも内を狙って一気に抜け出した。敢えて言葉を探すなら、馬の持ち味を生かした熊沢騎手一世一代の好騎乗であろう。

生まれつき体質が弱かったダイユウサクの競走デビューは、当時表記で言う4歳10月。1勝馬相手とはいえ、勝ち馬から13秒も離された。念のために書いておくが、1.3秒の間違いではない。なにせ、ダート1800mに2分6秒7を要したのである。むろん最下位。2戦目も大差のシンガリ負け。昨今の競走馬事情ならば、ここで終わっていたとしても不思議はない。ダイユウサクの快挙の陰には、馬主を始めとした関係者の温かな理解があった。

そんな馬が3年後の有馬記念を日本レコードで制してしまうのだから競馬は面白い。私はあの有馬記念の価値はそこにあると思っている。高齢であっても、GⅢしか勝ったことがない格下でも、2000m以下でしか勝ったことがなくても、どんな馬でも競馬である以上、可能性は秘めているのだと、痛切に思い知らされた。

とはいえ、可能性ばかりを追い求めるわけにもいかないのも事実。

「どうせ勝てっこないし、中山は帰り道が混むから」と帰り支度をしていた馬主関係者までが、予想外の勝利に「馬券も買っていないよ……」と呆然としていたことを思い出す。その気持ちもよくわかる。あれはなんと言うか、競馬のエッセンスが凝縮されたような、そんな有馬記念だった。今年の有馬で再現はあるだろうか。合掌。

 

 

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2013年12月 9日 (月)

【訃報】イソノルーブル

イソノルーブル、ダイユウサク、マチカネタンホイザ。重賞勝ち馬の訃報がこれほど重なる日も珍しい。と言っても、むろんテンションの上がる話でもない。

Isono 

あの日、東京競馬場に集まった観衆は15万人。20頭立ての大外20番枠から果敢にハナを奪ったイソノルーブルは、猛然と追い込んだシスタートウショウをハナ差退けて、オークスの2400mを逃げ切った。その走りに震えた一人として、ここに深い哀悼の意をささげたい。ただ、彼女のストーリーを語るなら、そのオークスの前走、桜花賞の話をする必要がある。

“裸足のシンデレラ”   そう言っても、若いファンは知らぬであろうか。

1991年の桜花賞は阪神競馬場の改修工事に伴って京都競馬場で行われた。その発走8分前になって、1番人気イソノルーブルの右前が落鉄していることに松永幹夫騎手が気づいて下馬。専属の装蹄師が発走地点に駆け付けて蹄鉄の打ち替えが試みられた。だが、スタート直前で興奮状態にあった彼女は激しく抵抗する。発走時刻を19分過ぎたところで、現場の発走委員が蹄鉄の打ち替えは困難と判断。イソノルーブルは競走除外になることもなく、右前が落鉄したままゲートに押し込められてしまう。

馬券を購入していたファンには、落鉄したままゲート入りした事実は伝えられていない。一部のウインズでは係員が「蹄鉄は打ち替えられたはず」とファンに説明していたという。まさか落鉄したまま発走に踏み切るとは思ってもみなかったのであろう。関西テレビの中継番組では、「どうやら鉄を履かずに走らせるようです」というゲートリポーターの言葉に、実況の馬場アナが「えぇっ!?」と驚愕の声を挙げたきりしばし絶句。直後にゲートが開いた。

結果、イソノルーブルはシスタートウショウの5着に敗れる。

JRAは「総合的判断」を強調した上で、「蹄鉄を履かずにレースをしたとしても極端に能力に影響を及ぼすものではないし、調教師の了解も得ていた」というコメントを発表。これがファンやマスコミの怒りを買うことになる。

人間で言えば、片足にスパイクを履き、もう片方は裸足で走るようなものである。全能力を発揮できないことは、誰の目にも明らかだ。厩務員は「打ち替えを待ってくれないなら、せめて左前の蹄鉄を外してくれ。これじゃ、まっすく走れない」と涙ながらに訴えていたという。だが、なぜかそれも認められず、見切り発車のままゲートは開かれた。

それから一年後の1992年4月。メジロマックイーンとトウカイテイオーの対決で盛り上がった春の天皇賞では、発走直前になってメジロマックイーンの落鉄が判明。しかも、ただ外れただけではなく、蹄鉄そのものが割れてしまうというアクシデントであったが、事前に発走地点に待機していた装蹄師の手早い対処で事なきを得た。

Monstoll  

同じ4月の、同じ京都競馬場のGⅠで、同じように発走地点での落鉄となれば、誰もが一年前の出来事を思い出さずにはいられなかったであろう。だが、メジロマックイーンは圧倒的な強さで、春の天皇賞連覇を果たした。中央競馬装蹄師会のメンバーが、発走地点やパドックなど場内の数カ所に常時待機するようになったのは、あの桜花賞以降のこと。イソノルーブルが残したのは、モンストールに代表される子孫だけではないのだなあとあらためて思う。合掌。

 

 

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2013年12月 8日 (日)

がんばれ日本のスプリンター

日本時間15時05分発走の香港ヴァーズでアスカクリチャンが大きく負け、その15分後には中山のカペラSで1番人気に推されたスイートジュエリーが、まるでいいところがないまま9着に敗れた。アスカクリチャンの須貝調教師も、スイートジュエリーの安田調教師も、僅かなりとも落胆したに違いない。

だが、その20分後。まず、須貝調教師が管理するレッドリヴェールが阪神ジュベナイルフィリーズを勝つと、そのわずか5分後には、安田調教師のロードカナロアが香港スプリントを圧勝。一転して歓喜の結末となった。

それにしてもロードカナロアの5馬身という着差には驚く。

スプリント戦に接戦が多いのは言うまでもない。もちろん(芝1200mとなってからの)香港スプリントの最大着差。それが連覇で、しかも引退レースでのパフォーマンスとなれば、ただただ賞賛の拍手を送るくらいしかできない。あるいはロードカナロア自身が、これを引退レースと分かっていたのではあるまいか。

日本馬の香港スプリント初挑戦は2001年。スプリンターズSや高松宮記念の優勝馬を中心に13頭の韋駄天たちが沙田の馬場に挑んできたが、ことごとく敗れ続けてきた。サイレントウィットネスやテイクオーバーターゲットといった香港や豪州の馬が日本のスプリンターズSを勝っているのに、日本を代表する短距離馬を続々と送り込みながらカレンチャンの5着が最高という結果を見れば、日本のスプリンターのレベル低下を危惧する声が上がったのも無理はない。

決定的だったのは2010年のスプリンターズS。香港でも無名の8歳馬ウルトラファンタジーに、アッサリと逃げ切りを許してしまったあの年である。GⅠ昇格前も含めたスプリンターズS47回の歴史の中で、8歳馬の優勝はこの一度きりしかない。さすがにこの年の暮れに香港スプリントに遠征する日本馬はいなかった。日本産で日本調教馬・ロードカナロアの香港スプリント連覇は、そんなモヤモヤをすべて吹き飛ばしてくれたという点においても大きな意味を持つ。

Kanaroa

とはいえ、活躍がロードカナロア一頭にとどまるようではレベルも何もない。異なる馬での継続が大事なことはいうまでもないが、世代交代はうまく進むだろうか。ハクサンムーン以外に有力馬が見つからない現状に若干気を揉む。現3歳世代に古馬相手の1200m重賞を勝った馬がいないのである。ロードカナロアもハクサンムーンも、3歳時に既に古馬相手に1200m重賞を勝っていた。

 

 

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2013年12月 7日 (土)

京成うどん2杯ステークス

中山に開催が移ると、競馬場へのアクセスにいちいち悩むようになる。半蔵門線を九段下で東西線に乗り換えて、西船橋へ出るのが基本ルート。だが、そこからが難しい。150円払って一駅だけ武蔵野線に乗っても船橋法典駅から10分以上歩かねばならないし、かといってバスに乗ってもギュウ詰めにされる上、武蔵野線よりも高い料金を取られる。ならばいっそ歩こうかとも思うのだが、春の開催ならともかく、この寒風の中を30分以上歩くのもいい加減しんどい。

なので、今日は京成を使って東中山駅から歩いた。実は歩く距離は船橋法典駅とさほど変わらないし、半蔵門線で押上まで行けば、一度の乗り換えで済む。しかも、押上で電車を降ると、駅のすぐ近くで本格的な武蔵野うどんを楽しむことも可能だ。

Sisimaru 

3年ほど前に押上駅近くに開店した『ししまる食堂』は、この界隈では珍しい武蔵野うどんを出す一軒。店主のお父さんが経営する国分寺の名店『七』から送られる足打ちうどんは、1センチはあろうかという太さで独特の褐色をしている。モチっとした弾力がたまらない。この弾力が濃いめのつけ汁をほどよく吸って、武蔵野うどん独特の世界観を醸し出している。国分寺の味を府中の帰りではなく、中山の帰りに味わえるというのは、なんとなく不思議なものだ。ただし、日曜日は休み。土曜日も昼だけの営業。注意しよう。

京成でうどんと言えば、もう一軒。京成立石の讃岐うどん『元咲(げんき)』を置いてはおけない。讃岐うどんなのに、こちらもやはりどことなくモチっと感が先に立つ。とはいえ、コシを失ったわけではない。こと麺の完成度という点では、前者を凌ぐ。武蔵野に比べればダシは薄め。でも、他の讃岐うどんの店よりは濃い。イリコではなくカツオのダシだからであろう。これも葛飾区立石という立地ならではか。

Genki  

しかも、土日は11時~21時の通し営業というのが嬉しい。なので、今日は帰途にも一杯引っ掛けてきた。昼に夜にと美味いうどんを食べられる幸せを噛み締めたい。それにしても、「帰りに京成立石で一杯やってきた」と聞いたら、十人中十人が立ち飲み屋だと思うんでしょうね。うどんです(笑) 立ち飲みも良いけど(^o^)

 

 

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2013年12月 6日 (金)

10歳の引退

先日のステイヤーズSで11着だったマイネルキッツと12着のネヴァブションが、揃って引退との報道がなされている。ともに2003年生まれの同期生。3歳春にはクラシックを目指して凌ぎを削り、古馬となってからも長くライバル関係にあった。

2頭の直接対決は合計14回。着順だけの比較ならマイネルキッツが10勝4敗と圧倒しているが、勝ってナンボの競馬だから、11着と12着の比較など無意味。そういう意味では、「両者の直接対決はそれぞれ2勝ずつ」と評するべきであろう。それがGⅠとGⅡなのだから、お互いレベルの高いライバル同士だった。

Kids  

マイネルキッツと言えば、2006&07年の恵庭岳特別連覇の印象が強い。ローカルの500万条件で四苦八苦していた馬が、まさかその2年後に京都で大輪の花を咲かせることになろうとは。いやはや、これだから競馬は面白い。

08年まではローカルの2000mを中心に使われてきたのが、09年に入って突然距離を伸ばてきたのは、ネヴァブションやアルナスラインあたりが幅を利かせる長距離戦線の方が「組み易し」と判断したためだろうと勝手に思っていた。だが、その後のマイネルキッツのステイヤーとしての活躍ぶりを見れば、なんと浅はかな考えだったことか。実際には、主戦の松岡騎手の進言もあったと聞くが、その慧眼には恐れ入る。

ともあれ、09年になるとマイネルキッツとネヴァブションは、再び同じレースで対戦するようになる。だが、実はネヴァブションの方も度重なる骨折のため、のべ3年以上にも及ぶ休養を強いられていた。今も彼の脚にはボルトが埋まっている。

特に3度目の骨折は全治1年以上の重症だった。当時すでに8歳。一度は「引退」との報道も流れたのも無理はない。だが、たまたまその場にいた獣医師の手で、その日のうちに手術をすることができた。現役続行を掴み取ったのは、彼の類稀な強運による。

Nava 

冒頭の写真はマイネルキッツが勝った2006年札幌の恵庭岳特別。その10分後に行われた、中山の九十九里特別を勝ったのはネヴァブションだった。14回の直接対決以外にも、実は「同日のレース出走」というケースが3度もある。そういうことを踏まえれば、両馬が同じレースで引退することは決して「奇縁」などではなく、「必然」であったと思うのである。

 

 

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2013年12月 5日 (木)

船橋ソースラーメン

今年の船橋開催も残すところ明日の最終日を残すのみとなった。打ち納めついでに、知る人ぞ知る幻の味「船橋ソースラーメン」を食べてみるのも悪くない。

戦後間もない頃に船橋駅前で営業していた『花蝶』という店が考案したとされるソースラーメンは、その名の通りスープがソース味。既に閉店してしまったので、その味を直接確かめる術はないが、当時を知る人によれば、ひき肉とキャベツをいためてウスターソースで味付けしたあと、鍋で茹でた麺をあまり湯切りせずに混ぜ合わせていたという。どうやら「汁気の多い焼きそば」といったものだったようだ。

Ichiban2 

船橋競馬場から船橋駅方面に歩いて5分ほどの距離にある『浜町一番』は、その伝説の味を受け継ぐ一軒。豚バラ肉とキャベツをスープで煮込み、ウスターソースを入れ、さらに麺を入れて軽く煮込む。「ラーメンにソース」と聞くとイカモノの類を連想しかねないが、実際に食べてみるとウスターソースの酸味が効いていて、意外にサッパリと食べられる。何よりたっぷりのキャベツにソースが合わぬ理由はない。誕生から60年を経てなおメニューから消えることがないのは、単なるイカモノではない証でもある。

ただ、これまで船橋の名物として大々的にPRしてこなかったため、船橋市の中でもさらにごく一部の地域の味にとどまっているのも事実。そこで有志による「船橋ソースラーメンプロジェクト」という企画が行われ、船橋市民ですら知る人の少なかったご当地ラーメンに、わずかながらスポットも当てられた。おかげで、地元の年配客しか頼まなかったのが、最近では若い人からの注文も増えているという。

Ichiban1  

丼から立ちこめるソースの香りは、初めて食べる人にもどこか懐かしい思いを醸し出すに違いない。そんなノスタルジックな一杯を楽しむには、むしろ寒い時季の方がよかろう。ただし、営業時間は11~14時と18~22時。最終レースが終わってからすぐに行っても準備中の可能性がある。注意されたい。

 

 

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2013年12月 4日 (水)

牝馬のブリーダーズゴールドC

NAR(地方競馬全国協会)は2日、日本グレード格付け管理委員会において、来年度のダートグレード競走の格付が承認されたことを発表した。

Bgc  

注目すべきは、スポーツ紙などでも報じられているようにブリーダーズゴールドカップが牝馬限定戦となり、JpnⅡからJpnⅢに格下げされる点であろう。地方・中央交流重賞の草分け的存在であり、ホッカイドウ競馬では唯一のJpnⅡを誇った伝統の重賞が、来年から大きく変わることに対しては感慨を禁じ得ない。

カミノクレッセ、カリブソング、ライブリマウント。レース創世期の勝ち馬たちは、まさに「ダートの鬼」と呼ぶに相応しい面々。さらにウイングアローが2000年、01年と連覇を果たすと、その後もイングランディーレ、タイムパラドックス、スマートファルコンと、チャンピオンホースたちが優勝を重ねた。

チャンピオンホースの優勝それ自体はレースの格を裏付けるものだから、一概に悪い話ではない。だが、いかんせんJRAからの遠征馬が強過ぎた。GⅡ(JpnⅡ)に格付けされた97年以降、地元道営所属馬が馬券に絡んだのは、オースミダイナーとジンクライシスの2頭のみ。ここ数年は、地元のオープン馬も出走に及び腰になり、ついに昨年には地元道営からの出走馬がゼロという衝撃的な事態にまで及んでいる。このときはJRA所属馬5頭と浦和所属馬1頭の合計6頭立てでレースは行われた。文字通りの「馬場貸し」を、地元道営競馬の関係者は、いったいどういう思いで見つめたのだろうか。

そういう意味でも、ブリーダーズゴールドカップの改革は急務とされていた。自前のレースが高い格付を得ることは主催者として誉れに違いあるまいが、身の丈に合わぬ格付は手に余る。地元の馬が勝負にならなければファンの興味も薄れるし、格付が高いほど賞金負担も厳しい。

また、スパーキングレディカップからレディスプレリュードを経てJBCレディスクラシックへと繋がる古馬牝馬のダート路線において、スパーキングレディカップとレディスプレリュードとの間に、牝馬限定の重賞が無かったのも事実。ブリーダーズゴールドカップの牝馬限定化は、この空白を埋めるという意味でも貴重な存在になる。過去の栄光を知る身には切ないが、ブリーダーズゴールドカップの改革は、もはや避けて通れぬ。勇気ある決断だと支持したい。

課題は、地元の有力馬をどれくらい揃えることができるか。ショウリダバンザイという女王がいるとはいえ、ホッカイドウ競馬の牝馬限定の古馬重賞は、現時点でノースクイーンカップひとつしかない。古馬牝馬の番組を充実させて、牝馬の層を厚くすることが新生・ブリーダーズゴールドカップ成功への近道。やるからには、牝馬の関係者なら誰もが目指すようなタイトルになって欲しい。

 

 

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2013年12月 3日 (火)

ジビエ

寒くなるとジビエ料理が恋しくなる。

Sakura  

知人が経営する桜新町『ルレ・サクラ』には、この季節になるとハト、キジ、ウズラ、ウサギ、シカ、イノシシといった野生の食材がメニューに並ぶ。自然の滋味と、それを繊細に仕上げるシェフの腕前。そしてオーナーソムリエによるワインチョイスの妙。これらが混然一体となった、スペシャルなひとときをぞんぶんに堪能したい。

とはいえ、野生動物を嫌がるお客さんもまだまだ多いようだ。狩猟肉食文化に対する日本人の心の壁は高い。独特の風味を嫌う人がほとんどだが、「(食材が)何を食べているか分からず気味悪い」と言う声も聞く。だが、そういう人が養殖の魚を毛嫌いして、「やっぱ天然のヒラメは違う」などと悦に入っている姿を見ると、思わず笑ってしまわないか。何を食べているか分からないということでは、ヒラメもシカも変わりはない。牛舎で飼料管理された肉牛が良いなら、生簀で育った養殖ヒラメを喜んで食べるべきであろう。

ジビエに慣れぬという人にはシカ肉料理をおすすめしている。「野生動物は硬い」というイメージも強いようだが、グリエにせよコンフィにせよ、ゆっくり火を通されたその肉は驚くほど柔らかい。骨や血から取ったエキスを手間暇かけて煮詰めたソースが、より複雑なコクを生み出してくれる。ことジビエ相手となると、フランス料理の優れた技法に感心せざるを得ない。

Shika  

そんなフランス料理関係者たちの努力のかいあってか、近年ではジビエ人気がじわじわと広がってきたようだ。巷を騒がす食材偽装問題の背景には、消費者がブランドやラベルの記載だけで食品を判断していることがある。ジビエ人気の背景には、そんな「食」への不安も見え隠れする。

ただ、手間暇かかるジビエ料理は、決して安い料理ではない。しかも、ストレートな旨さに欠ける。「それならブランド和牛を食べる」という選択がなされても仕方ない。ただ、そもそもジビエ料理発祥の地フランスでは、ジビエが美味いかどうかを問うこと自体が愚問とされる。「美味」ばかりでなく、「滋味」をも楽しめるようになれば、食事の楽しみは大きく広がるはず。ぜひ、そうなりたい。

 

 

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2013年12月 2日 (月)

JBC→JCD

昨日のJCダートでホッコータルマエは単勝オッズ1.9倍の支持を集めた。このレースで単勝オッズが2倍を割る大本命の登場は、2004年のアドマイヤドン以来9年ぶり。ダートGⅠ級9勝のヴァーミリアンも、JCダート連覇のトランセンドですら、JCダートでの単勝オッズが2倍を割ることはなかった。なのに、アドマイヤドンもホッコータルマエも、いずれも負けているのがなんとも興味深い。

2004年のJCダートのアドマイヤドンは、前走でJBCクラシック3連覇の偉業を達成したことが、また今年のホッコータルマエは、JBCクラシックのレコード勝ちが評価されていた。この2頭に限らず、JBCクラシックの勝ち馬はJCダートで人気を集めることが多い。だが、2001年のJBC創設以来、JBC→JCダートの連勝を果たした馬は、2007年のヴァーミリアンただ一頭。ほぼひと月の間隔を開けて、似たような条件で行われるレースでありながら、その両方を勝つのは意外にも難しいことをこの数字は示している。

Jc  

今年のJBCは、我が国競馬史上初めてGⅠレースが一日に3鞍行われたことでも話題となった。その3頭のJBC優勝馬が、揃ってJCダートに駒を進めたのも、当然ながら空前の出来事。しかし、JCダートでは3着、7着、10着と敗れた。勝ったベルシャザールの前走武蔵野SはGⅢ格でしかない。

レースレートで見ても、JBCクラシックが108.50であるのに対し、武蔵野Sのそれは106.75。だからJBCクラシックの評価が高くてしかるべきなのだが、レースレートはあくまで上位4頭だけの評価。仮に出走全頭のレベルを比較したら、この数字はどうなるか。これまでに14回行われたJCダートの優勝馬の前走で、もっとも多い武蔵野Sの4頭という数字が、その答えを物語っている。

JBCのようなダートグレードレースでは、実質的にはJRA所属の4~5頭だけのレースが展開される。そのぶん馬にも騎手にも負担は軽くなる。しかもいつも同じメンバーの対戦になるので、お互いの力関係も分かり切っている。流れも落ち着きやすい。その結果、JCダートのような多頭数で隙のない流れに呑みこまれる有力馬が出てくる。

今年、JBCの勝ち馬3頭がそのままJCダートに出てきたこと自体は、この路線を盛り上げるという意味では悪いことではあるまい。だが、図らずもそのレベルに疑問符を付ける結果となってしまった。

もともと、JBCはクラシックが1億円、スプリントが8千万円という高額賞金がウリだったのに、新設されたレディスクラシックの賞金を捻出するため、それぞれ2千万円減額した経緯がある。それまで2レースだったJBCは、1着賞金8000万円、6000万円、4000万円の3レースに生まれ変わった。これにより、祝祭色こそ増したかもしれぬが、レースの価値そのものが薄まったということはないだろうか。来年の新生・チャンピオンズカップは、JBC優勝馬の勝利を期待したい。

 

 

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2013年12月 1日 (日)

【訃報】マジェスティバイオ

昨日の中山8R・イルミネーションジャンプS。3周目5号障害の飛越着地時に右前浅屈腱断裂を発症したマジェスティバイオは、頭から崩れ落ちるように落馬、競走中止。騎手は打撲で済んだが、馬は残念ながら予後不良と診断されてしまった。

昨年暮れの中山大障害で3着に敗れて以来11か月半ぶりの実戦で63キロは決して楽な条件ではない。だが、昨年のこのレースは63キロを背負って勝っている。2年連続JRA最優秀障害馬に選出された名ジャンパーを、ファンは1番人気に推していた。6歳という年齢は障害馬であるなしに関わらずまだ若い。

Bio3  

マジェスティバイオが初めての重賞制覇を果たしたのは4歳6月の東京ジャンプS。道中は中団で脚を溜め、直線だけで一気に後続を4馬身突き放す圧勝。のちに中山大障害と中山GJを連覇する名ジャンパーも、この時は8番人気の伏兵扱いだった。ここからマジェスティバイオのジャンプストーリーが始まる。

Bio1  

それだけではない。管理する田中剛調教師にとっては、これが厩舎開業以来初めての重賞勝ちであり、また手綱を取った柴田大知騎手は1997年ラジオたんぱ賞の以来14年ぶりの重賞勝ちであった。今年、ロゴタイプでクラシックトレーナーとなり、またNHKマイルCで平地GⅠ初制覇を果たした両者にとって、この勝利がいかに大きいものであったか。説明の必要はあるまい。

Bio2  

田中剛厩舎の開業と同時に厩舎にやって来たマジェスティバイオは、3歳秋の時点で10戦1勝という成績。田中調教師のもとで平地を3戦使われたが思うような成績が挙げられず、明けて4歳になると同時に障害に転向した。そしてその年の暮れには中山大障害を勝つのだから、その素質を見抜いた田中剛師の慧眼は見事というほかはない。

だがそれだけに、今回の事故で誰よりも悲しい思いをしているのも田中剛師であるような気もする。田中師自身、騎手時代は中山大障害4勝を挙げるなど、名障害ジョッキーとして名を馳せたが、1986年の中山大障害(秋)で手綱を取ったオンワードボルガが落馬し、そのまま予後不良となったことが忘れられないという。

「馬は命がけで走っている。だから我々も命を張って馬と接している」(田中剛師)

日頃からそんな覚悟をしていたとしても、さすがに堪えたのではあるまいか。なにせ事故が起きたのは、よりによって最後の障害。タラレバを言えばきりがないが、せめてあの障害だけを無事に飛越してくれていれば……と悔やまずにいられない。

 

 

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