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2013年10月 7日 (月)

完敗の夜

1969年のスピードシンボリに始まった凱旋門賞挑戦の歴史。おそらくもっとも勝利に近づいたと思えた今回も、悲願は達成されぬまま持ち越された。

特にオルフェーヴルに関して言えば、昨年の結果が結果だけに脱力感も大きい。スタッフの準備も、手綱を負かされたスミヨンの騎乗も完璧だった。「それでも勝てないのが競馬さ」と誰かが言ったが、そんなことは小なりとも競馬に関わる人間なら百も承知している。それでもオルフェーヴルならば……と人々は期待を寄せた。私もその一人だ。

「完敗だった」という調教師の言葉に、深夜のTV画面を覗きこんでいた私は深く頷いた。本当に完敗だった。昨年のような「おぉーっ!」という瞬間が一度もない。スミヨンの手綱は、途中からあからさまに2着狙いに切り替わったように見えたが、それすらも危ぶまれるゴール前だった。

昨年とは何が違ったのだろうか?

レースが終わって、リプレイを何度も見直しつつ、ひとしきり考えた。

今年の始動戦となった産経大阪杯は、半馬身差ながら力の差を見せつける完勝。かつての破天荒なレースぶりは、すっかりなりを潜め、そこにいたのはすっかり優等生になったオルフェーヴルだった。乗馬の手法を取り入れた調教の成果だという。レース翌日には「大人になった」「完成の域に近づいた」といったコメントが紙面を賑わせた。

関係者が「大人になった」と言っても、こちらには「おとなしくなった」と聞こえる   とは知人の馬主の意見だが、そんな見方に私も同調する。スミヨン騎手がオルフェーヴルの騎乗を熱望したそのきっかけは、あの阪神大賞典の映像を見たことではなかったか。常識の埒外から飛び込んできたあのレースこそが、彼の能力のすべてを物語っているように思えてならない。

もちろん2年続けての2着は傑出した能力の証。それは世界中の関係者も、そして目の肥えたファンたちも、十分に分かっている。だから斤量差のことは口に出す必要はない。この先、日本の3歳牝馬が栄冠を手にした時、逆にそこを突かれかねない。

もうひとつ。今回の結果を「日本競馬の敗北」という悲観的なニュアンスで捉えるのはやめよう。オルフェーヴルとキズナが日本競馬のすべてを背負って出走したわけではない。凱旋門賞が今年で終わるわけでもない。競馬とは、その日そのレースでいちばん速い馬を決めるだけのゲーム。この先も闘いはずっと続くのである。

 

 

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