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2013年9月24日 (火)

引き際

1998年の暮れのことだったか。中山競馬場で野平祐二調教師と落ち合い、調教師席でコーヒーをごちそうになりながら管理馬が負けるのを見届けた。内枠不利と言われるダート1200mの1番枠。そこで出負けでは勝負にならない。

「すみません。ササっちゃって……」と謝る騎手に、「いいんですよ。そういう馬なんだから」とだけ言うと、師はポンポンと愛馬の頚を叩いた。言いたいことのひとつやふたつあったに違いない。それでも口笛を吹きながら暗い地下馬道を歩いて、一緒に家まで帰った。競馬場の外厩エリアを裏口から出れば、目の前が野平邸なのである。

その時、師がポツンと言われた。「引き際については誰も教えてくれないね」と。

その時、師が引退を考えているのだと悟ったが、私は何も聞けなかった。今となっては悔やまれる。「引き際」という言葉が持つ本当の意味を、私自身が理解していなかったのであろう。

あれから15年が過ぎて、私も「引き際」というものを考える歳になった。今日はプロ野球DeNAの中畑監督が辞意を表明し、西武の石井投手も引退を表明。今月に入って荻野要騎手、田島良保調教師と、競馬関係者の引退も相次いでいる。そういう報道が、妙に気になるのである。自分もいずれ辞める。死ぬまで今の仕事を続けることは不可能だ。あと2、3年はやれるんじゃないかと思えたフジノウェーブさえ引退してしまった。

かつて、大半の地方競馬には定年制があったのをご存じだろうか。現役でいられるのは9歳(当時表記)まで。益田で14歳まで走ったウズシオタローは特例で、10歳になると中央入りするケースまであった。フジノウェーブは当時表記なら12歳。その歳になっても重賞を勝ったのだから、引き際としては悪くあるまい。

引退決断の難しさは一流馬になるほど関係者に重くのしかかる。とくにJRAのG1を勝って、種牡馬入りがチラつく古馬の牡馬となると悩みは切実だ。

欲を言えば、秋シーズンのG1を勝って、そのまま引退するのが理想であろう。勝って終わるのと、負けて終わるのとでは、印象がまるで違う。8歳まで現役を続けながらG1連勝で引退を飾ったカンパニーは前者の好例か。逆に現7歳のロジユニヴァースの苦悩は、引き際の難しさを象徴している。

昨今の日本では、いわゆる実力者と呼ばれる人たちが、相当の年齢までトップで頑張ってきた。それはそれでいいが、最後になると何かと揉める。首相がその最たる例であろう。人にせよ馬にせよ、引き際の難しさに変わりはない。

 

 

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