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2013年9月 5日 (木)

無敵の帯同馬

「オルフェーヴル、帯同馬に蹴られて鼻出血」

昨夜、ネット上を賑わしたニュースの見出しに目が留まった。幸い傷は浅く、今日から調教を開始できるというから、心配するほどのことではない。私が気になったのは「帯同馬に蹴られて」という表現。「ブラーニーストーンに蹴られて」ではなく、「他馬に蹴られて」でもなく、「帯同馬に蹴られて」という表現には、何かそこはかとないもの哀しさが漂う。

帯同馬とは遠征馬と一緒に連れてくる馬のこと。海外遠征に限らず、日本国内の遠征でも帯同馬を連れて移動することは決して珍しくない。

帯同馬は単なる“おまけ”と思われがちだが、現地では調教パートナーを務めなければならないし、本番のレースでペースメーカーの役割を担うこともある以上、ある程度の能力を備えている必要がある。ディープインパクトの凱旋門賞遠征に帯同したピカレスクコートは、凱旋門賞前日のGⅡダニエルウィルデンシュタイン賞に出走し、2着と好走している。

だが、いちばんの役割はメインとなる遠征馬の精神的なサポートであることは言うまでもない。オルフェーヴルの池江調教師は昨年の遠征で、あらためて帯同馬の大切さを痛感したという。今回の帯同馬ブラーニーストーンにかける期待も大きいに違いない。

Muteki1  

1995年の京王杯オータムハンデの勝ち馬ドージマムテキは、11歳(現表記だと12歳に相当)まで現役を続けたが、その晩年は帯同馬のスペシャリストとして存在感を発揮していた。史上初めて日本調教馬によるGⅠ制覇となったシーキングザパールのモーリス・ド・ゲスト賞も、また、アグネスワールドのジュライカップとアベイ・ド・ロンシャン賞のふたつのGⅠ制覇も、ドージマムテキの存在なくしてはあり得なかったと森調教師は振り返る。

Muteki2  

ドージマムテキ自身の海外出走は、2度の香港国際ボウルなど通算で5回。だが、それを上回る回数の海外遠征をこなしたのである。こんな馬も珍しかろう。重賞成績はGⅢ1勝のみに留まるとはいえ、日本競馬への貢献という意味において、その功績は計り知れない。

 

 

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