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2013年8月 5日 (月)

平安のハンデキャッパー

今週の南関東は重賞の谷間。船橋3日間プラス浦和2日間の変則開催で、それぞれのメインレースもB級レベルにとどまる。この時期、オープン馬たちは激戦の疲れを癒している真っ最中だから仕方ないとはいえ、番組も夏枯れの感は否めない。

ちなみに「番組」とは、レース日程とその日に行われるレースごとの条件を定めたもの。つい先日、JRAでも9月から12月の番組が発表になった。調教師たちは、この番組表とにらめっこしながら、どの馬をどこで使おうかと頭を悩ますわけである。

Bangumi 

この「番組」の語源は意外にも古くに遡る。

近代競馬の発祥は英国だが、実は日本においても平安の昔から競馬は行われていた。いわゆる「古式競馬」(こしきくらべうま)。今も京都上賀茂神社において年に一度行われているから、ご覧になったことがあるという方もいらっしゃると思う。

相撲、柔道、剣道など日本古来の武術同様、競馬も「武術」のひとつとして発展した。基本的にはふた組の人馬による一騎打ちなのだが、単に馬を速く走らせて先にゴールするだけの勝負ではない。武術である以上、騎乗者同士の妨害行為も認められていたのである。いくさ場においては、相手を馬から引きずり落としても「勝者」なわけだ。

競馬の施行に先立って、出場する馬と騎手との組み合わせを決める判定会議が行われる。あまりに人馬の実力が違い過ぎては、勝負にならないからである。平安の競馬界にも“ハンディキャッパー”は存在した。

レースを数えるのに当時は「番」という言葉を使ったのだが、例えば「十番」の競馬、すなわち一日に行われるレース数が10ならば、20頭の馬と20人の騎手が集められる。馬齢や過去の成績、馬の状態、騎手の技量などから判断して、番(レース)ごとの組(出走人馬)を決めていくのである。これが「番組」の語源となった。

Ooi  

当時の競馬は神事であり、天皇や公家の臨席もあると思えば、組み合わせ決定には相当な神経を要したことであろう。いつの世も、「ハンデキャパーは辛いよ」ということになる。

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