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2013年8月31日 (土)

【訃報】トウカイテイオー

「トウカイテイオー、奇跡の復活!」

ゴールの瞬間、フジテレビの堺正幸アナがそう叫んだあの有馬記念から20年。トウカイテイオーの突然の訃報が届いた。社台スタリオンステーション最古参の25歳。放牧から厩舎に戻ってきた直後に倒れ、そのまま息を引き取ったという。

Teio1  

昨年、JRA-VANが実施した「思い出の有馬記念馬」のファン投票では、1977年のテンポイントをしのいで1位の支持を集めた。前年の有馬記念で11着後、再び骨折で長期休養を余儀なくされたのに、1年後の同じ有馬記念で不死鳥のように甦ったあのレースはまさに「奇跡」と呼ぶにふさわしい。中363日というレース間隔は、いまもなお休養明けGI勝利の最長記録として残る。

振り返れば、トウカイテイオーの「奇跡」は有馬記念の1勝にとどまらないような気がしてならない。

父子揃って無敗のままダービーを制したこと。国際GⅠに認定され、史上最強のメンバーが来日したジャパンカップを勝ったこと。加えて、これほどの競走能力を備えた一頭が、類い稀なグッドルッキングホースであったことも、奇跡のひとつに違いあるまい。天は二物を与えることもある。

Teio

母トウカイナチュラルの6代母は伝説の牝馬ヒサトモ。1937年の日本ダービーを制し、古馬になってからも天皇賞の前身にあたる帝室御賞典を勝った女傑だが、15歳の時に繁殖生活に別れを告げ、浦和競馬場に戻って現役復帰を強いられた。そのまま浦和で非業の死を遂げたため、その血を伝える牝馬の産駒はたった1頭しかいない。それが平成の世に甦り、トウカイテイオーを送り出したのである。そう思えば、トウカイテイオーはその存在そのものが、もはや奇跡であろう。

産駒のGⅠ級勝利はトウカイポイントのマイルチャンピオンシップとヤマニンシュクルの阪神JFの2つと紹介している記事が多いような気がするが、ストロングブラッドが2005年のかしわ記念を勝っている。唯一の牡馬GⅠ級勝ち馬だったが、残念ながら種牡馬にはなれなかった。後継種牡馬の不在が心残りというファンは少なくない。

Teio2  

トウカイテイオーの種付け数は年々減少していたが、今年も2頭に種付けを行い、いずれも受胎が確認されている。ここから種牡馬になるようなスーパーホースが出現してくれないものか。最後の奇跡に望みを託したい。

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2013年8月30日 (金)

飛ぶネコ

来月のオールカマーに出走を予定しているネコパンチが障害練習に取り組んでいることが、一部ファンの間で話題となっている。ユニークな名前と、逃げ一辺倒の明快な競馬ぶりからファンの多い一頭。ただ、前走の札幌記念は逃げることもできずに、しんがりに敗れていた。

Neko  

「平地でのレースはオールカマーが最後になる」とも噂されているが、これは鵜呑みにはできない。1999年の秋華賞を勝ったブゼンキャンドルは、秋華賞を勝つ前から松田博調教師が「ここを使って障害入り」と公言していたのに、その秋華賞で思いもよらぬ金星を挙げ、結局翌年3月まで平地で走り続けた。ネコパンチがオールカマーを圧勝するようなことになれば、障害どころではあるまい。

最近話題となった入障と言えば、菊花賞馬ビッグウィークであろう。先月の中京障害未勝利戦に出走したビッグウィークは2番手追走から抜け出し、3馬身半差で障害デビュー戦を飾った。GⅠ級レースの勝ち馬が障害レースを勝利したのは、2003年NHKマイルCの覇者ウインクリューガー以来のこと。菊花賞馬に限れば、1965年に優勝したダイコーター以来、史上2頭目となる。

ただし、実際に障害レースに出走することまでは考えていなくとも、普段の調教に障害練習取り入れることは珍しくない。足腰の強化が図れるだけでなく、様々な調教を試すことで気持ちをリフレッシュさせる効果もある。スリーロールスやメジロブライトなどは、普段の調教で障害練習を積み重ねたのち、障害レースに出ることのないまま平地GⅠのタイトルを獲得している。

障害練習にとどまらず、実戦を経験することで、さらなる競走能力アップに繋げたケースもある。1998年の日経賞を最低12番人気で勝ったのは当時9歳で障害帰りのテンジンショウグンだったし、メジロパーマーは障害から戻ってから宝塚記念と有馬記念を制した。ネコパンチにしても、これからどういう未来が待っているか分らない。

ネコパンチの入障を後押ししたのは、近走のレースぶりや、騎手時代「障害の名手」と呼ばれた星野調教師の管理馬という事情もあろうが、ニューイングランド産駒であることも見逃せまい。障害重賞3勝のテイエムハリアーや阪神スプリングJを勝ったトーワヒヨシマルなど、ニューイングランド産駒は障害レースに強いことで知られる。飛ばないネコはただのネコ……なんてこともあるまいが、どうせ飛ぶなら勝って欲しい。

 

 

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2013年8月29日 (木)

サウスヴィグラス産駒が百勝超え

アフター5スター賞を勝ったハードデイズナイトを筆頭に、昨日の大井ではサウスヴィグラス産駒が3勝の固め打ち。今年の南関東における種牡馬サウスヴィグラスの勝利数は、百勝の大台を一気に超えて102勝に到達した。

Hard  

種牡馬のリーディングは獲得賞金で争うのが普通だが、賞金格差の激しい地方競馬の場合は、ダートグレードのJpnⅠレースを勝ちまくる産駒が1頭出てしまうと、たちまちその父がリーディングになってしまう。2011年の南関東リーディングサイアーはゴールドアリュールだが、その獲得賞金4億9千万円のうち2億9千万円はスマートファルコンただ1頭が稼ぎ出したもの。もし彼がいなければ、リーディング4位までランクを下げていたことになる。

したがって、地方においては勝利数というファクターも無視できぬ指標となる。そういう意味において、この時期にサウスヴィグラス産駒が102勝も挙げたことは素晴らしい。むろん勝利数トップ。2位がクロフネの52勝だから、これはもう勝負あった。

South 

サウスヴィグラスのように、フォーティナイナー、エンドスウィープと3代続けて日本に輸入され、いずれも種牡馬として成功した例は記憶にない。よほど日本の競馬が馴染むのだろう。エンドスウィープ直子は、プリサイスエンドやスウェプトオーヴァーボードも輸入されて実績を残している。プリサイスエンドは南関東で33勝で勝利数6位。同じくスウェプトオーヴァーボードは30勝の9位。玉石混合が当たり前の地方競馬の種牡馬事情を思えば、同じ父を持つ3頭の種牡馬が、勝利数トップ10に3頭もランクインするのは珍しい。

2歳の早い時期から、短距離のダートでその強さを発揮するという点において、サウスヴィグラス産駒にはミスタープロスペクターの特徴がよく現れていると言われる。だが、決して早熟に終わるわけではない。ラブミーチャンやスマートジョーカーのように、成長してからさらにそのスピードに磨きがかかる産駒の活躍がその証だ。そういえば、サウスヴィグラス自身、2歳から活躍をしていながら、重賞8勝はすべて6~7歳で挙げたものだった。

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8月で100勝到達のペースなら、2008年にアジュディケーティングが記録した156勝超えも夢ではないかもしれない。獲得賞金でもリーディング首位を走るサウスヴィグラス産駒に、来月以降も注目だ。

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2013年8月28日 (水)

アフターファイブの星

「アフターファイブって、どういう意味なんですか?」

大井町駅から競馬場へと向かう連絡バスの車中。私の目の前に立った若い男が、連れの男にそう尋ねた。訊いた方は20歳代。訊かれた方は30歳代と いったところであろうか。

「ああ、仕事が終わったあとってことだよ。昔はどこの会社も仕事は5時までって決まってたんじゃないかな」

「ふーん、昔は良かったんスねぇ……」

栄養ドリンク「グロンサン」のCMが話題となり、「5時から男」というフレーズが流行語となったのは1988年のこと。バブル全盛の当時、アフター5は派手に遊ぶための時間帯と位置付けられ、大井のナイター開催も異常な盛り上がりを見せた。驚くなかれ、重賞でもなんでもない開催日でも、連日のように2万人を超える大観衆が詰めかけていたのである。それからほどなくして重賞「アフター5スター賞」が新設された。

数えて今年が20回目。レースは、直線早めに先頭に立ったハーデイズナイトが他馬を寄せ付けない圧巻の走りを見せ、優駿スプリントに続く重賞連勝を果たした。

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50キロの軽量が生きたことは間違いないが、それでも古馬初対戦の3歳馬が勝ったことは注目に値する。しかも相手にはJpnⅠ勝ち馬が2頭も含まれていた。このレースのために頑張って減量した山崎誠士騎手の奮闘も、決して見逃すことはできない。

長引く不況でアフター5は残業が当たり前。入場者が2万人を超えることなど、今では帝王賞と東京大賞典くらいか。ちなみに今日の入場者数は8581人。これくらいだとアフター5というよりは、ビフォー5から競馬場に来ていた客の方が多いかもしれない。

昨今の若いファンに、四半世紀も昔のことを説明したところで、ピンと来ないのは仕方あるまい。そもそも創設当初から、このレース名については議論があった。けっこう頻繁にレース名を変える大井にあって、「アフター5スター賞」という名称が今日まで生き残っていることに、逆に新鮮さを感じる。

 

 

 

 

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2013年8月27日 (火)

ステーキとソテー

先日、小倉に知人の馬が出ていたので、必死に声援を送っていたら、「ステーキ」という名前の馬が走っていたのでひっくり返った。

ダイワメジャー産駒の3歳牡馬。馬主さんは「ハンバーガー」という名前の馬も所有しており、JRAのサイトによると馬名の由来はいずれも「料理名」とある。

料理名ということでいえば、「ポークチョップ」「スープカレー」「チキンナゲット」という名前の馬もいるけど、うーむ、それにしても馬に「ステーキ」ですか……。

まあ、それはそうと最近の私はポークステーキ、いわゆるポークソテーに凝ってます。

前にも書いたけど、私の母親の実家が鮮魚店を営んでいたこともあり、私が育った家庭における食事のメニューは魚料理一辺倒。肉料理は月に一度の贅沢メニューで、当然ながら「肉」といえばそれは「豚肉」を指した。

レシピは決まってポークソテー。「ナイフとフォークを使って食べたい」という子供の発想である。それでも月に一度のポークソテーを楽しみに、指折り数えてひと月を過ごしたものだ。

逆に、今となっては、焼肉やビーフステーキは口にするのに、「ポークソテー」ってあまり食べなくなった感がある。いや、決して嫌いになったわけではなくて、食べる機会そのものが減った。外食メニューとしてメジャーな地位を確立しているとは言えず、洋食店におけるクラシックなメニューとして残された、その立ち位置によるものであろう。

私が好きなのは、浅草六区の洋食の名店『ヨシカミ』のポークソテーです。ぶ厚いロース肉にナイフを入れた瞬間に溢れる肉汁がたまらない。もちろん脂身まで美味しくいただけるひと皿。

Yoshikami 

あと、これは厳密には”ソテー”ではなくて”グリエ”になるのだろうけど、二子玉川『カフェスタージュ・ファームハウス』には「ヘルシーポークのあぶり焼き」というメニューがある。

たっぷりとスパイスを効かせた厚さ3センチはあろうかという骨付きポークを、じっくりと時間をかけて焼き上げた一皿。オーダー時に必ず「お時間30分ほど頂きます」と言われるので、そのたびに「う~ん、30分はちょっと長いよな」と逡巡し、結局違うモノを注文し続けてきたんだけど、今回は意を決して(大袈裟)「待ちます!」と答えた。

うん。待ったかいありますね、これは。ナイフを入れると、肉の中心はロゼピンクのミディアムレア状態。まさに『紅の豚』。この豚肉はいわゆるSPF豚(無菌豚)なので、これくらいの焼き具合で十分安全に頂けるという。

おおざっぱに切り分けたら、あとは骨の部分を直接手に取ってそのままかぶりつく。これほどの「肉食ってます!」感をほかで味わうのはちょっと難しい。

Farm 

それにしても、豚肉をソテーした料理は「ポークソテー」なのに、なぜ牛肉をソテーした料理は「ビーフソテー」ではなく「ステーキ」と呼ぶ習慣が浸透したのであろうか? 馬名にも料理名にも、「ステーキ」という言葉には考えさせられるものが多い。

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2013年8月26日 (月)

ウークイの島で

石垣島の話を続ける。

21日の水曜日、島内の店舗は臨時休業が相次いでいた。

台風12号の影響かと思ったら、どうやらそれだけではないらしい。祖霊信仰の厚い沖縄では、正月と並んで年間で最も大事な旧盆の最終日。親族全員が集まって食事をし、線香をあげ、ウチカビを焚き、エイサーを送って先祖の霊をお送りする「ウークイ」の日だったのである。

旧暦を重要視する沖縄でも、さすがに正月はカレンダー通り1月1日に祝う風習が広がっているのだが、お盆については絶対に妥協しない。どこの家庭でも旧暦を守っている。ちなみに去年のウークイは9月1日だった。来年は8月10日である。年ごとにまちまちな旧暦に合わせて行動するのは、私が思うほど簡単ではあるまい。それでも、都会で暮らす人も、内地で働いている人も、それぞれの家族が故郷の沖縄に帰ってきてご先祖様に手を合わせている。

Maxvalue  

なにせ、店舗のみならず、学校も職場も休み。新聞は休刊。病院さえも休診だという。地元のTVニュースで台風接近について聞かれたお母さんは、「台風が直撃しても、ウークイだけはちゃんとやります!」と力強く宣言。私のそれとは大きく異なるお盆観にちょっと考えさせられた。

Shinbun  

私にとってのお盆とは、年末年始と並ぶ地方競馬のかき入れ時にほかならない。サマーチャンピオン(佐賀)、クラスターカップ(盛岡)、ブリーダーズゴールドカップ(門別)。これら3つのダートグレードレースを筆頭に、全国各地で重賞が行われ、それを追いかけるように各地の競馬場をハシゴするのが、私にとってのお盆である。昨年、母親を亡くしたばかりの身だと思えば、沖縄の方の信心深さに敬意を表さずにはいられない。

Tv  

普段は東京キー局の番組をそのまま流しているTVも、旧盆の期間は特別編成。

Uchikabi

「旧盆クイズバラエティ・オキぺディア」という番組では「ウチカビ一束で、高級ベンツが買えるか?」との問いかけが出され、その答えは「買える」となっていた。ウチカビとはあの世で使えるお金のこと。詳しい理屈は分からんけど、「ウチカビ」なら市内のスーパーで200円くらいで売ってたから、いっぱい買って帰ればディープの牡馬が買えただろうか?

 

 

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2013年8月25日 (日)

あかんま

石垣島には「赤馬(あかんま)」という名の泡盛があり、そのラベルにはご覧の通り精悍な馬の絵柄が描かれている。

Akanma  

隣の与那国島や宮古島は、いわゆる在来固有馬の生息地として知られているが、石垣島にはそのような馬は存在しない。島内には馬を飼育する施設もあるし、その辺の農家の庭先で馬を見かけることは珍しくはないが、飼われているのはいずれも中間種である。そんな石垣島に馬をモチーフにした泡盛があるというのも意外な気がするので、酒屋の主人に聞いてみた。

石垣には「赤馬伝説」なる昔ばなしがあるのだという。

昔、大城師番という村の役人が海沿いを歩いていると、不思議な子馬が海から上がってきた。師番は、その子馬を大切に育てたところ、大きく気品に満ちた名馬に成長し、「赤馬」の愛称で広く知られるようになった。

やがてその噂は琉球国王にも届き、赤馬は国王に献上されることとなる。師番は、その名誉を喜んだが、馬と別れなければならない寂しさから「赤馬ヌ、イラスザ、足四チャヌ、ドゥキニャク、……」という歌を詠んだ。それが今も石垣島に伝わる民謡「赤馬節」の一節にもなっている。

一方、首里に送られた赤馬は、評判とは裏腹に、デュランダルかサッカーボーイかというほどの暴れ馬となり、怒った国王は大城師番を首里へ呼び出す。

するとどうでしょう、不思議なことに赤馬は師番を乗せた途端、元の評判通りの良馬へと落ち着きを取り戻し、名馬の威光を取り戻したのである。それを見た国王は、師番とともに赤馬を再び石垣島に戻すことにしたという。ふーむ、国王、良いヒトですね。

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赤馬伝説の中には石垣島での競馬のシーンもあって、赤馬がディープインパクトの如く他馬を寄せ付けずに圧勝を重ねるなんていう話もあるそうだ。とはいえ、この島での競馬である。さぞや長閑な光景であったことであろう。

話を聞いていると、マーゲライト・ヘンリー不朽の名作「名馬風の王」にも似たストーリーにも聞こえる。とにかく、石垣島には「競馬ブック」も「日刊競馬」も売っていないけれど、決して馬文化不毛の地ではない。

 

 

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2013年8月24日 (土)

石垣島に競馬週刊誌を

実は一週間ほど前から石垣島に来ている。

私の地元川崎でスパーキングサマーカップが行われていた水曜日には、石垣島に台風12号が最接近。朝から暴風雨が吹き荒れ、石垣空港は閉鎖、離島航路も全便欠航、店舗も臨時休業が相次ぐなど、観光客はもちろん、市民生活にも大きな影響がが出た。

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ジタバタしても始まらないので、本場の熱帯性低気圧の猛威を体感したり、海の荒れ具合を(安全な場所から)見物したり、台風ならではの石垣島を堪能しようとしたのだが、そんな遊びはあっという間に飽きてしまい、暇を持て余すようになる。

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そうだ、こんな時は「週刊競馬ブック」だ!

思いつくなり、這うようにコンビニに向かったのだが、雑誌棚にも新聞棚にも「競馬ブック」の題字は見つからない。「Gallop」も同様。そもそも、この島で販売されているスポーツ紙に競馬欄が無いのだから、これも当然のことか。だからスポーツ紙は安い。東京で130円なのが、ここでは60円。むろん競馬専門紙の発売はない。「競馬ブック」は郵送で入手することができなくもないが、石垣島在住の競馬ファンは、我々とは少し違う形で競馬情報に接しているようだ。

競馬不毛の地と言われて久しい沖縄県だが、ネットで馬券が買えるようになった昨今なら、競馬ファンが増加傾向にあることは想像に難しくない。

もともと、独自の馬文化が根付く土地である。石垣島のカタバル馬に宮古島の浜競馬。沖縄本島でもンマハラシー(琉球競馬)が70年ぶりに復活してニュースとなった。実現はしなかったが、1999年には大里村への場外馬券売り場の誘致話が明るみに出たこともある。潜在的なファンは少なくあるまい。開拓のフロンティアに立つとすれば、まずは週刊誌と専門紙がふさわしい。

室内に閉じ籠って台風が過ぎ去るのを待つ間のみならず、プールサイドのデッキチェアで南国の日差しを浴びながら読む「競馬ブック」というのも、なかなか素敵な光景ではあるまいか。土日に砂浜に寝ころびながら、「日刊競馬」を片手に短波の中継に耳を傾けるのも悪くはあるまい。石垣を訪れた旅行者が気軽に競馬週刊誌や専門紙を入手する方法はないものか? こうなったら、石垣島随一のコンビニチェーン「ココストア」さんに、伏してお願いする。

 

 

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2013年8月23日 (金)

サクラバクシンオー産駒が芝2400m初勝利

8月16日の盛岡・サファイア賞を勝ったオールマイウェイは、サクラバクシンオー産駒の3歳牡馬。直線で内から抜け出したマイネルカミカゼをゴール前でしっかりと捉えて、逆に2馬身突き放した脚色は際立っていた。

実はこのレース、盛岡でも珍しい芝2400mで行われたのだが、この勝利は芝2000mを超える距離におけるサクラバクシンオー産駒の初勝利となった。過去にロングユウシャとシンボリアニマートの2頭が芝の2000mで勝利を挙げたことはあったが、その記録を一気に400mも伸ばしたことになる。

それにしても、これほど距離適性が産駒に極端に表れる種牡馬も珍しい。リーディング種牡馬ディープインパクトの産駒勝利平均距離は1802.8m。リーディング2位で、産駒にスプリントチャンピオンのロードカナロアがいるキングカメハメハでさえ1729.2mである。だが、サクラバクシンオーのそれは1281.8m。この数字だけから距離適性を測れば、1400mでも「長い」ということになる。

これは遺伝力の強さの裏返しでもあろう。いろんなタイプの母親がいるのに、産駒はみな明らかにスプリンターという馬が出る。

Bakushin_2  

種牡馬入り当初は、それが逆に仇になっていたという。サクラバクシンオーが引退した1995年といえば、まだ日本ダービーや天皇賞といった中長距離の大レースが重視され、種牡馬もそれに適した血統が好まれていた。短距離専門で活躍したバクシンオーに、種付けの申し込みが殺到するはずもない。生産者に少しでも関心を持ってもらおうと、社台のスタッフも「バクシンオーはたまたま短距離ばかり勝っただけで、母系にはアンバーシャダイ(有馬記念、天皇賞・春)やイブキマイカグラ(菊花賞2着)がいるから長い距離でも大丈夫」などと苦しいセールストークを繰り返していたという。まあ、今聞いたら、なんともいい加減な話だけど(笑)、産駒は総じて走ったのだから文句も言えまい。

オールマイウェイの母ファヴォリはリアルシャダイの産駒で、2000m以上のレースを主戦場とした。そんな肌馬にサクラバクシンオーを付けると聞いて、私は思わず食いついた。相手は「ちょっとした遊び心」だという。たしかに面白い。どんな子馬が生まれるのか? ぜひ見てみたい。……と言いつつ一年後に生まれた仔馬は、大きな額の星が特徴の牡馬であった。

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生産者は「遊び心」と言ったが、まさにこれは生産者のみに許された愉悦であろう。結果、1000mのデビュー戦を6馬身差でぶっちぎり、1600mのJRA認定レースを楽勝し、2400mのサファイア賞を豪快に差し切るという、つかみどころのない距離適性を持つ1頭が誕生した。オールマイウェイの距離適性がどこにあるのかは、正直分からないが、それがファンの好奇心をくすぐるとすれば、岩手競馬にもプラスとなるに違いない。生産者のちょっとした遊び心が、どのような形で結実するか? 目を離さぬようにしたい。

 

 

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2013年8月22日 (木)

水喜@川崎南部市場

「競馬場の近くの市場でごはんを食べようシリーズ」の最終回。今日は川崎です。

川崎南部市場は、川崎競馬場から見て、ちょうど川崎駅を挟んだ反対側に位置する。正式名称は「川崎市地方卸売市場南部市場」。かつては「川崎市中央卸売市場」だったのだが、取扱量の減少で農林水産省の定める「中央卸売市場」の基準を満たさなくなったため、2007年度から「地方卸売市場」に変更となった。

Shijo 

事実上の格下げに、一時は市場の廃止すら検討されたこともあったという。それでも、今では月に一度のイベント「いちばいち」などを開催するなど、地域密着型の市場を目指して模索が続いている。「中央と地方の格差」とか「廃止」などと聞けば、ついつい競馬の話かと思ってしまうが、決して競馬だけの問題ではない。

そんな市場内の片隅に、一軒のうどん店が暖簾を出している。

Kanban 

見た目はごく普通の立ち食いうどん店。手打ちでもないし、讃岐でもない。だが、私がわざわざこの店にやって来るのは、そこに「夢のうどん」が存在するからだ。

それは「トッピング乗せ放題」という画期的なシステム。しかも、それが390円で楽しめるのである。

Udon1 

まず、とろろ、わかめ、なめこ、ネギ、とろろ昆布、天かすといったあたりをお好みでトッピングしたのち、

Udon2 

かき揚げ、ナス、カボチャ、ゲソ、エビ、ちくわといった天ぷら類をこれでもか!と乗せることができる。食べ残したり、雪崩を起こしたりしなければ、いくら乗っけても良い。繰り返すがこれで390円。まさに「夢のうどん」だ。

Udon3 
 

注意事項がふたつ。トッピング乗せ放題は「食べ放題」ではない。食べ始めてからのトッピング追加はNG。

もうひとつは時間の問題。市場内という立地ゆえ、昼前には天ぷら類がなくなってしまうことも間々ある。「とろろかけ放題」では納得できないという人は、午前中に訪問すべきであろう。

 * * * * * * * 

 【そば・うどん 水喜】

 10:00~15:00
 日祝定休

 

 

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2013年8月21日 (水)

三洋食堂@大田市場

「競馬場の近くの市場でごはんを食べようシリーズ」の2回目です。

“都民の台所”と聞けば、大半の人は築地市場を思い浮かべるだろうが、実際には大田市場の存在も大きい。神田、荏原、大森にあった各市場が移転収容されたのは、オグリキャップが日本競馬界を席巻していた平成元年のこと。つい最近のことのように思えるのだが、はや四半世紀が過ぎたことになる。最近の若い人は、秋葉原の駅前に広大な青果市場があったことなど、想像もできないんでしょうなぁ(遠い目)

大田市場は大井競馬場から2キロ程度の距離。クルマならあっと言う間だが、大井競馬場前駅からモノレールを1駅乗って、流通センター駅から歩いても10分ほどで着く。昼間開催期間中の能力試験が終わってから、「さて、レースが始まるまでどこかで時間潰さなきゃ……」という時に、ふらりと訪れるにはちょうど良い。

よく知られているのは、あなご天丼が有名な『大松』であろう。まるごとの穴子2匹が丼に載ったその姿は、TVや雑誌にうってつけの素材。味よりも見た目のインパクトに踊らされている感も否めない。もちろん美味いのである。美味いからこそ、見た目に歓声 を上げたり、あからさまに食べ残す一見客が気になってしまうもの。

そこで、この日は『三洋食堂』とした。創業が明治維新にまで遡る『大松』には及ばないにせよ、こちらも60年以上の暖簾を誇る老舗。例によってカウンターは、ほぼ埋まっている。名物の「生アジフライ定食」を注文。

Sanyo 

「生のアジとアジフライの定食」ではない。刺身用の新鮮なアジを贅沢にもフライにしたもの。新鮮なアジを大量に仕入れたは良いが、刺身だけでは捌ききれないと、半ば諦め気味にフライにしてみたら、それがあまりに美味くて、瞬く間に店の名物になったという。

釣りをされる方はご存じかもしれないが、釣ったばかりのアジをフライにすると、信じられないほどフワッと揚がる。なぜ身が膨らむのか、詳しい理由は知らないが、釣った翌日に同じようにフライにしても膨らまないから、やはり鮮度が影響しているのだと思う。

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「衣はサクッとして身はふっくら」という表現をアジフライに使うなら、このレベルまで達していなければウソであろう。新鮮なうちに火を通す美味さもあるということを知るには、もってこいの一品と言える。

営業時間は6時~14時。定休日は日曜と水曜中心だが、たまに土曜や月曜に休んだりすることも。ホームページで確認することをおすすめしたい。

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 【三洋食堂】

 6:00~14:00

 定休日等はこちらで確認。
 http://bistro-sanyo.com/

 

 

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2013年8月20日 (火)

そこそこ@大東京綜合卸売センター

松任谷由実さんの曲に登場する東京競馬場を西門から出て、

Nishimon  

松任谷由実さんの曲に登場するビール工場を右手に眺めつつ歩くと、

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「大東京綜合卸売センター」というたいそうな名称の建物が目に飛び込んでくる。1万8000平方mもの敷地に、鮮魚、青果、精肉などの店舗が軒を連ねる“多摩の台所”だ。

Doc  

競馬場から10分ほどしか歩いてないのに、大量の魚や肉の塊が並ぶ光景は別世界にも映る。活気のある売り場を歩くだけでも楽しい。

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「東洋一の卸売市場」との触れ込みでDOCが開設されたのは1966年のこと。この地が選ばれたのは、その豊富な地下水にあった。今も、市場内で使われる水の99%は地下水で賄われているという。

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場内で働く関係者が愛してやまない立ち食いうどん店『そこそこ』でも、やはりその豊富な地下水が使われているのであろう。しょうゆとダシのバランスの取れた関東風のツユに浸された純白のうどんは、ツルツルと喉越しもよく、立ち食いのレベルを遥かに超えている。舌の肥えた食のプロが通う店なのだから、当然といえば当然か。でも、私にはその地下水に秘密があるように思えてならない。

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市場の近くにはレンズメーカーの工場もあるのだが、レンズを作るのにはきれない水が欠かせない。いや、それよりもすぐ隣が「天然水」を謳うビール工場であることがすべてを物語っていよう。

ちなみに、「東洋一の競馬場」との触れ込みで東京競馬場が開設されたのは、1933年のこと。目黒競馬場からの移転先を探していた安田伊左衛門氏の記録によれば、この地を移転先に選定した決定的な要因として「水質の良さ」を挙げている。良い馬の管理には良い水が欠かせぬというわけだ。

そんなことにまで思いを馳ながら食べる一杯のうどんは、また格別な味わいがするもの。午後の競馬もがんばろう!という気が湧いてくる。

ちなみに、土曜は営業しているが日曜はお休み。注意されたい。

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 【うどん・そこそこ】

 7:00~14:00
 日祝および市場休業日定休

 市場休業日等はこちらで確認。
 http://www.fuchu-doc.co.jp/

 

 

 

 

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2013年8月19日 (月)

されど英会話

昨日、「英会話ができなくて困ったことなどない」と言い切ったのはあくまで日本国内での話。一歩国外に出れば英語が使えた方が便利に決まっている。私自身、海外では聞けず話せずで、何度も泣きたくなるような思いをさせられた。

忘れないのがアイルランドでの出来事。

その日、ダブリンからキルディアに向かう予定だった私は、エアポートホテルをチェックアウトし、妻をホテルのロビーに残して空港内のHartzのオフィスにクルマを借りに行くことにした。

レンタカーそのものは、あらかじめ日本から予約を入れておいたので問題なくピックアップ。「あんたは日本人だよな? だったらオーケイだ。ここではクルマは左側通行で、アメリカ人はみな事故を起こすんだ」なんて程度の会話も、どうにかこなした。

借り受けたのは青のターセル。新車とのこと。天気は快晴で、しかも今日の目的地は天下のバリードイルとクールモアである。もし、私の人生の中で、もっとも“輝かしい朝”を1ダース選べと言われたら、この日の朝は間違いなく上位にランクインするはずだった。

しかし、目の前に現れてクルマの停止を命じた警察官が、そんな私の浮かれ気分をいともアッサリと吹き飛ばしてしまったのである。

少なくともスピード違反ではない。ちゃんとシートベルトもしていた。進入禁止の道というわけでも(おそらく)なかった。とにかく、早口でまくし立てる警察官が何を言っているのか全く理解できず、国際免許証を出してもまったく引き下がる様子もなく、サングラスの裏に隠された目の表情が分からないものだから、相手が怒っているのかどうかすら検討もつかない状況に、こちらもパニックになった。しかも、私は妻をホテルのロビーに待たせているのだ。そう思うと私のパニックの度合いは増し、ますます相手が何を言っているのか分からなくなった。そのままどこかに連れて行かれたりしたら、かなり面倒なことになる。

もの凄く長い時間が経過したように感じたが、実際には5分程度のやりとりだっただろうか。

突然、警官が「行け!」というようなジェスチャーをしたのである。まるで状況が理解できぬままではあったが、相手の気が変わらないうちにと、急いでクルマに乗り込み、その場を立ち去った。あとから聞いたところでは、単なる検問ではないか?ということである。空港の敷地内ということを考えれば、確かにそうだったかもしれないが、とにかく、この時ほど英語ができずに悔しいという思いを抱いたことはない。

その後、アイルランド国内を回るにつれ、英語に対するコンプレックスはさらに強まる。

例えば、バリードイルにて。

エイダン・オブライエンが目の前にいて普通に会話ができる状況にありながら、挨拶程度で終わってしまうなんて、もの凄くもったいないことだと思いませんか? デザートキングやキングオブキングスの話を直接聞くことができていれば…、と思うが、私のつたない英語能力ではどうにもならない。

Obrien  

例えば、クールモアスタッドにて。

5日後に迫った凱旋門賞に、フェアリーキング産駒のエリシオが連覇をかけて臨む。我々の相手をしてくれた事務局長マイケルに、ぜひともエリシオの展望を訊いてみたいと思ったのだが、「そもそも凱旋門賞って英語で何て言うんだ?」という私の英会話レベルでは話にならない。「アーク」「アーク」と繰り返してみたのだが、通じた様子はなかった。

Fairyking  

例えば、宿泊していたキルディアのホテルの食堂にて。

玉子はスクランブルにするか? ボイルにするか? ベーコンはどうする? ハッシュポテトは付けるか? パンはどんな種類にするか? シリアルもあるけど? コーヒーにする? それとも紅茶?……等々。朝食のオーダーの細かいやりとりに辟易してしまったのである。ところが、この時いろいろと現地を案内してくれた友人からFull breakfastという言葉を教わった。前日はしかめ面でオーダーを取ったウエイトレスのおばちゃんに、翌朝は「ふるぶれっくふぁーすと、プリーズ」と伝えると、彼女は満面の笑みをたたえて親指を立てた。こういうのを「生きた英語」というのだろうか? いずれにせよ、異国で言葉が通じるというのは嬉しいことです。

 

 

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2013年8月18日 (日)

たかが英会話

一昨日付で、「英国人に聞いた話」みたいなことを書いたのだけど、私自身は英会話に自信がある方ではない。いや、はっきり言って絶望的なレベル。ふんじゃあ、どうやって話を聞いたんじゃ?ということになるが、たまたま通訳をしてくれる人がいたり、あるいは相手の英国人が日本語ペラペラだったに過ぎない。

でも、英語が喋れずに日常生活で困ったという経験ってありますか? 私は一度もない。たぶん私が非常にラッキーなだけで、世間の多くの人たちは、恒常的に英語に触れる生活を送っているのであろう。でなけりゃ、これほど巷に英会話学校が溢れ返る状況の説明がつかない。

ずうっと昔、私の母親が「英会話でも習おうかな」と言い出した。なんで今さら?と問い返した私に「だって外国人に道を聞かれたら困るじゃない」と母は言う。

ちなみにそこは埼玉の田舎町。道を聞かれるどころか、道に外国人がいたのだだけで話題になるような土地である。どうしてそんな心配事にたどり着いたのかは知る由もないが、そんなの「ソーリー。アイキャントスピークイングリッシュ」で済む話じゃないか。

私自身、四半世紀に渡って大手町や銀座や六本木をウロウロする日々を過ごして来たけど、路上で見知らぬ外国人に道を聞かれたことなど数える程度しかない。しかもそのほとんどの相手は中国人。中国大使館が六本木のJRAの近くにあるからだろうか。

少なくとも、日本国内で暮らす大多数の人にとって、流暢な英会話は不要であろう。最近は街中の案内表示もバイリンガルになって、道を尋ねる外国人も少なくなった。しかし、それでも日本人は英会話の習得を目指す。もはやここまでくると日本人の遺伝的形質なんじゃないのかとまで思えてくる。

一方で、「英語が堪能」という理由だけで、一般事務職から競馬記者に抜擢されるようなケースが、スポーツ新聞の世界では稀にある。むろん背景にあるのは競馬の国際化。短期免許の外国人ジョッキーに話を聞くなら、英語ができる方が、できないよりも良いに決まっている。

Dettori  

とはいえ、抜擢された人が競馬に明るいという保証はどこにもないわけで、そういう人たちは競馬専門用語の壁にぶつかるんだそうだ。数多の専門用語を苦も無く使いこなしている競馬ファンは、実は結構凄い。

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2013年8月17日 (土)

こっち向いて!

学校の夏休みも、もうじき終わりですね。

今日は競馬ではなく、とある夏休み親子イベントの撮影を請け負ったので、暑さをものともせず誠心誠意撮らせていただいた。

拘束時間は朝7時半から午後3時とけっこう長いが、新潟に行くつもりもなかったし、たまには人を撮るのも悪くない。普段馬ばかり撮っているから、多少なりとも戸惑いがあるかといえばそんなこともなくて、あまり変わらないか、むしろ楽。手前味噌になるけど、やっぱ言葉の通じない相手を撮るのって、難しい作業だよなあ……なんてことをしみじみ思ってしまう。

だって、「こっち向いて!」と呼び掛けると、ちゃんと相手がこっちを向いてくれるんだから。こんな楽なことないですよ。競馬の場合、言葉を理解しない馬のみならず、人間のくせに言葉がわからないフリをしてワザとそっぽを向く関係者もいるので、ホント始末におえない。

Uma  

ちなみに、競馬場のゆるキャラたちは言葉を理解する。するのだけど、諸事情あって聴力に難があるので、周囲からの言葉が聞き取りづらいことがある。そういう時は「●●さん!」と呼んでみる。この「●●」はゆるキャラごとに異なる魔法の言葉。効果は抜群なのだが、あとで「もう! 勘弁してください!」と怒られることもあるので、あまり軽々しく使うことはできない。切り札的な呪文だ。

Umatase  

ともあれ、イベントはつつがなく終了。

会場の片隅にしゃがんで、撮影した画像データをノートパソコンに移し、それをUSBメモリにコピーして担当者さんに渡してしまえばもうおしまい。いやはや、便利な世の中になったモンですね。昨日はデジタルカメラに若干ネガティブなことを書いたけど、フィルムだと、撮ったあとが大変なんですよ。

撮影が終わったら慌てて荷物をまとめて、ダッシュで駅まで走って、電車に揺られて都心まで行って、撮り終えたばかりのフィルムをラボの夜間ポストに投函し、翌日、またまたラボまで行って、現像済みのフィルムを受け取り、スキャナーで読み取って、サンプルを何枚か印刷し、それをクライアントに郵送して、しかるべき電話のやりとりがあり、コマが決ったら、またまたラボまで足を運んでデュープ作成を依頼して、仕上がりをまた受け取りに行って、それを速達書留で送ったところでようやく終了。そんなことの繰り返しだった。

むしろ撮ったあとが仕事だったのである。多くの人が「プロカメラマンの写真はべらぼうに高い」と感じるのは、技術料だけでなく、実際にこうした手間が掛かっていたことも要因のひとつ。だから、デジタル化が進んだ昨今は、徐々にリーズナブルな価格になっているはず。なっていなかったら……、ごめんなさい(笑)

 

 

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2013年8月16日 (金)

日英フィルム事情

英国在住の友人がご主人を伴って帰国中ということで、一緒に食事をしようと言うことになった。アレコレ悩んだ末に選んだ店は東銀座の『いろり家』。たまたま、早く使わなきゃと思っていた「つぼ鯛1枚サービス券」が手元に残っていたのである(笑) いや失礼。本当に美味い店なんです。

Irori1 

競走馬エージェント業を営む彼女は日本人。英国人のご主人は、現地の牧場でマネージャーを務める一方、趣味である写真もプロ並みの腕を持つという。今回の来日の目的は、彼女の里帰りであり、日本の競馬を見ることでもあるわけだが、ご主人としては、フィルムを買い貯めしておきたいという思惑もあるようだ。

「日本と言えば、オルフェーヴルとフジフィルム」とご主人が言ったかどうかは覚えてないが、10年ほど前までは、ジャパンカップで来日する外国人カメラマンが、フィルムの買いだめをしている姿を良く見かけた。世の趨勢がデジタルカメラに変わったあとでも、英国人のカメラマンだけは最後までフィルム愛用率が比較的高かったように思う。

それについて別の英国人カメラマンに話を聞いたことがある。曰く「新しいものに飛び付くよりも、今使えるものを大事に使うという傾向が英国人には少なからずある」とのことだった。まあ、そう言われれば頷けなくもない。

だから日本ではほぼ姿を消した街角の写真屋さんが、ロンドンでは相変わらず現像を受け付けているというし、「カメラ店」の看板を掲げた量販店が、家電製品や酒や化粧品などに力を注いだりすることもない。変化を嫌うことは、ともすれば時代に取り残される危険性も孕むが、一方で、新製品が出るたびにワッと店頭に群がる国民気質は、物事の本質を見落とす危険性を孕んでいるような気もする。どちらが良いかと問われると、ハッキリとは答えづらいのだけれど、少なくとも私はフィルムの優位性というものを意識して写真を撮っている。だから私も銀塩カメラを手放すことはしない。

隣のテーブルで「船上めし」のサービスが始まると、ご主人が身を乗り出して、それを珍しそうに眺め始めた。威勢の良い掛け声とともに、どんぶり飯に大量のイクラをこれでもかとかけるこの店の名物。どんぶりからイクラがこぼれても、店員さんの手は止まらない。ご主人はポケットからコンパクトカメラを取り出して、それの姿を素早く撮った。よもや、これもフィルムカメラ? と思って見てみると、う~む、デジタルカメラでした(笑)

Irori2 

まあ、仕方ないですよね。こういう薄暗い店での撮影は、むろんデジタルの方に分がある。

 

 

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2013年8月15日 (木)

出産は突然に

ドイツ東部・ライプチヒ近郊の電車内で、妊娠中の女性が女の子を出産したというニュースが流れた。鉄道会社は、生まれた女児に、記念として地元の近郊鉄道を生涯利用できる特別乗車券の贈呈することを決めたという。

南関東にも、ちょうど妊娠中の女性カメラマンがいる。大きなお腹を抱えて、砂の上を歩くのは見るからにたいへんそうなのだが、いざとなったら競馬場で出産してしまうんじゃないかと思わせるほど、本人はいたって平然としている。万一そんな事態になったら、生まれた子には、競馬場から生涯無料指定席くらい贈呈して欲しい。

競馬場で人が出産というニュースは耳にしたことはないが、競馬場に隣接する厩舎内で現役競走馬が出産したという例はいくつかある。

最近では1999年4月25日。船橋競馬場・宮園厩舎の馬房で4歳牝馬のカズノコマチが、芦毛の牝馬を出産した。むろん普通ならあり得ないこと。だが、関係者は最後まで妊娠に気づかず、出産当日まで調教が行われていた。しかも、この4日後にはレースにも出走予定だったというから驚く。

この時はさすがに出走回避となったが、1か月前には実際にレースにも走っていたというのだから驚きは尽きない。その時は6頭立ての6着。馬体重は466キロだった。

それが出産を経た次走では405キロ。母となった牝馬のレース出走は過去に例がないわけではないが、馬体重マイナス61キロというのは聞いたことがない。普通なら馬の取り違えを疑うケースである。

Kouma  

ともかく、産まれた仔馬には、生涯あらゆるレースに適用される優先出走権が競馬場から贈呈された……なんてはずはない。それどころか、父が分からず血統証明ができないため競走馬にはなれなかった。それでも、話題の馬ということで乗用馬になれたのだから、幸福と言うべきなのだろう。件の女性カメラマンさんも無事に元気な仔馬を、もといお子さんを産んでください。

 

 

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2013年8月14日 (水)

夏のステップ

お盆休みとオクトーバーフェストと女優の香里奈さんの来場が重なって、大井競馬場は久々の大入り。券売機に長蛇の列ができていたから、もちろん競馬目当てのお客さんも多かったはず。入場者数17,738人は、東京ダービー当日の16,824人を上回っている。

そんな大井のメインは真夏の3歳重賞・黒潮盃。東京トゥインクルファンファーレの皆さんも、今宵は浴衣姿で登場です。

Rappa1 

しかもあろうことかエイシンルンディーがゲートで暴れて発走はやり直し。この場合、ファンファーレも吹き直さなければならない。「再ファンファーレはテープでもイイんじゃない?」という声も聞こえる中、ふたたび浴衣姿でしずしずと登場。歩きにくいのにご苦労様です。

Rappa2 

どれだけ歩きにくいかというと、ゲートが開いて、馬群が一周目のゴール前を通過してもなおファンファーレ隊のみなさんがしずしずと歩いていたほど。我々が気になって仕方ないくらいだから、モノ見する馬もいたことだろう。内からオグリタイム、外からトーセンギネスオーが先行する真ん中から、3番人気リアライズリンクスがハナを奪って1コーナーへ。

Kurosio  

4コーナーでは馬群がひとかたまり。おお、これはゴールでもつれそうだゾ!と思ったのだが、結果は1番人気トラバージョの圧勝。道中は中団でじっくり脚を溜め、直線では追い出しを我慢する余裕の勝利だった。

Torabajo 

この大井開催は馬場の内目が伸びている。有利な1番枠に有力馬が入ったのだから、この結果に驚くことはないのかもしれない。だが、それでも4馬身の着差には目を見張るものがある。思えば、新馬戦が10馬身差のぶっちぎり。さらに前走ジャパンダートダービーでも、ジェネラルグラント、アルムダプタ、アウトジェネラルといった重賞勝ち馬に先着した実績はダテではなかった。かつてボンネビルレコードが初重賞制覇を飾り、飛躍のステップとなった舞台。トラバージョの今後に期待したい。

Rappa3 

そうそう、「ステップ」と言えば、浴衣姿のファンファーレ隊の皆さんのために、今日は賞典台の手前にはステップが設けられました。色が合わなかったのは、次回への反省点ですね。

 

 

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2013年8月13日 (火)

大脱走

8日の園田で、調教中の2歳牝馬が場外に逃げ出す騒ぎがあった。

けいこを終えて厩舎に戻ろうとした際、突然騎手を振り落として放馬。馬場を1周半した後、正門を抜けて場外に逃げ出したという。納入業者の出入りのため正門は開けたままだったというが、これは失態であろう。正門から堂々と逃げ出したその牝馬は400mほど離れた住宅街で無事保護された。

そんなニュースを聞いた週の新潟最終レース。出馬表にヨシカワクンの名を見つけた。

アドマイヤムーン産駒の3歳。一度聞いたら、そうそう忘れることのなさそうな独特の名前。覚えておいでだろうか。昨年夏の新潟、新馬戦の出走前夜に馬房から抜け出し、出走取消となったあの馬である。成績表によれば前走は函館で12着大敗。どうせ人気もなかろうから、ここはシャレで買ってみるか、と思ってオッズを見たら、なんと4番人気であった。

まさか、私と同じように、園田の一件からヨシカワクンの脱走劇を思い出したファンが多かったとは思えぬが、これでは妙味というものがない。結局、馬券は見送ってレースを眺めていたら、見事に馬場の真ん中を突き抜けて勝った。この馬、新潟に何かあるのやもしれぬ。となれば、脱走は今夜あたりか。

Houba  

ショゲながら特別登録を眺めると、今週は札幌記念である。それでサッポロホマレの脱走劇を思い出した。おそらく我が国史上最大の大脱走であろう。なにせ舞台はシンザンが一冠目を制した皐月賞。出走25頭のパドックに騎乗命令がかかったその時、サッポロホマレが騎手を振り落とすと、パドックを飛び出し、観衆で埋め尽くされたスタンドに向かって走り出したのである。

普通なら大参事を覚悟しなければならない。だが、あまりの大観衆に驚いたのか、サッポロホマレは急転回。正門を駆け抜けると、府中競馬正門前駅方面へと走り去った。

ただちに厩務員を乗せたパトカーが出動。旧甲州街道を東に2キロほど走ったあたりで無事保護された。その地名は調布市との境にもほど近い「車返」。馬の方も止まるべき場所は、ちゃんと心得ていたようだ。

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2013年8月12日 (月)

種牡馬ユートピア

ウインチェスターファーム社主・吉田直哉氏のツイッターが、夏のサラトガ開催におけるユートピア産駒のデビュー勝ちを伝えている。

不良馬場の1100m戦を勝ったのはフリームガトゥ(Free Mugato)という名の2歳牡馬。先行争いを繰り広げる2頭から一時は10馬身以上も離されるシーンもあったのに、直線では内から鋭く伸び、1分5秒79で快勝してみせた。水の浮く、文字通り泥田のような極悪馬場。それをまったく感じさせない瞬発力と勝負根性は、2歳馬離れしたものを感じずにはいられない。

Utopia2  

栗東・橋口厩舎所属でダートグレードのGⅠを4勝していたユートピアは、2006年にドバイへ遠征し、GⅡのゴドルフィンマイルを武豊で楽勝。直後に、米国からフォーティナイナーの後継種牡馬として導入したいとのオファーがあった。だが、それを覆したのはドバイ・モハメド殿下の熱意。なんと400万ドルもの巨額オファーである。

ダートGⅠを4勝しているとはいえ、日本の種牡馬事情ではダートの実績は認められにくい。橋口調教師にも金子オーナーにも異論はなかった。このようにして、日本で生まれ、日本で調教されたユートピアが、現役のまま世界のトップ馬主に請われて海を渡るという史上初の快挙がなされた。

翌年5月には、移籍初戦となる米国のウエストチェスター・ハンディキャップ(米GⅢ・ダート1600m)で見事優勝。GⅢとはいえ、ジョッキークラブゴールドC(米GⅠ)の勝ち馬イヴニングアタイアや、ホイットニー・ハンディキャップ(米GⅠ)でインヴァソールの2着に入ったサンキングなど強敵が揃っていたことを思えば、レベルはGⅠにも匹敵する。移籍初戦、しかも13ヶ月のブランクを乗り越えての勝利。ユートピアの能力を米国の関係者に知らしめるには、この一戦で十分だったに違いない。

Utopia1  

その年に現役を引退したユートピアは、米ニューヨーク州のマクマホン・サラトガ・サラブレッズで種牡馬を続けている。日本で彼の勝つシーンを何度も見てきた身として、吉田氏のツイッターでユートピア産駒の活躍ぶりを見つけるのは嬉しい。と同時に、決して日本国内で抜きんでたチャンピオンホースではなくとも、ユートピアのような可能性を秘めている馬はたくさんいるのだろうなと、あらためて思う。日本の競馬全体のレベル底上げを、もっともっと実感させてくれるような、第二のユートピアの出現を待ちたい。

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2013年8月11日 (日)

戦争に消えた馬たち

「来るべき本土決戦に備え、10万リットルの血清を製造せよ」

昨日、戦争のため軍に接収された各競馬場の話を書いたが、むろん中山競馬場も例外ではない。いや、そこで繰り広げられた光景に思いを馳せれば、むしろ根岸よりも悲惨であったと言うべきであろう。

中山競馬場が陸軍に接収され、陸軍軍医学校中山出張所とされたのは1944年3月。間もなく、500頭の馬と競馬関係者が招集される。そこで彼らが受けた指令は、「来るべき本土決戦に備え、10万リットルのガス壊疽血清を製造せよ」というものだった。

集められた馬に、ガス壊疽菌を注射して抗体を作らせ、抜き取った血を人間用の血清にするのである。動員された騎手や調教師に与えられた使命は、馬の体中の血をすべて抜き取る「全採血」。毎日を一緒に過ごし、ともにレースを闘った馬を殺さなければならない。だが「馬1頭の命で何百人もの兵隊の命が助かるんだ」と言われれば諦めるしかなかった。

採血作業は凄惨を極めた。前脚と後脚を縛って一斉に引っ張ると馬は横に倒れる。それでも暴れる馬は、オノで眉間を叩いて気絶させた。この作業には学徒動員の女学生も従事させられたというから驚く。と同時に、あまりに気の毒ではないかと思う。かつて、私にこの話をしてくれた方は、「最初はとても正視できる光景ではなかった。だが、これもお国のためと自らに言い聞かせると、やがて何の感情もなく馬の頸を押さえ、流れ出る鮮血を眺められるようになってしまった」と淡々と語った。

作業を終えて脚を縛っていたロープをほどくと、馬は前脚2本ですっくと立ち、最後のいななきを残してからバタンと倒れて絶命したという。

敗戦から1年半後の春。中山競馬場に再び蹄音と歓声が甦った。

その日中山のコースを駆けた馬たちは、かつて猖獗を極める戦局下にあってなお競馬復活を信じてやまなかった騎手や調教師たちが、軍医学校の幹部に必死に懇願して「全採血」から免れることができた馬。その数、わずか20余頭である。それでも、こんな早くに競馬を再開できたのは、彼らの必死の思いがあったからに他ならない。

戦争は人間が殺されるだけではない。今日(こんにち)の競馬場の賑わいの陰にはこんな出来事もあった。競馬に携わる一人として忘れないでおきたい。

 

 

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2013年8月10日 (土)

戦争に消えた競馬場

今では想像もつかないだろうが、つい20~30年前ほどまではJRAよりも地方競馬の方が活気に満ちあふれている時代が長く続いた。さらにもっと前、戦前の「全国3大競馬場」と言えば、川崎、羽田、大宮を指したのだが、いずれも地方公営競馬場というのは驚きである。

大宮競馬は1931年12月に初開催を迎えた。県内をはじめ東京方面から押し寄せたファンで2カ所の仮設スタンドは十数万人の人垣で埋まったと言う。開催は年2回だったが、当時はまだ珍しかったサラブレッドが出走したことで人気を博した。しかし、1939年に競馬場は閉鎖。跡地には中島飛行機大宮製作所が設立され、ゼロ戦のエンジン製作の拠点となり、その地に再び蹄音が響くことはなかった。

同じようにかつて西宮市鳴尾浜にあった阪神競馬場も、戦争の激化に伴って軍用機のテスト飛行場にするため海軍の手に渡った。1943年のことである。

今でこそ競馬監督省庁といえば農水省だが、戦前の競馬は陸軍省の監督下にあった。馬は兵器であり、競馬はその性能品質検査の場として、かろうじて存在を許されていたことによる。しかし、馬を兵器として重宝する時代はとうに過ぎ去り、航空機に取って替わるようになった以上、軍部が監督配下の施設の用途を転用したのは極めて自然な成り行きだった。

戦局が悪化し、本土決戦が叫ばれるようになると、航空機関連の工場用地のみならず、駐屯地や作戦司令部などとして競馬場が接収されるようになる。函館競馬場には函館独立高射砲第31部隊が配備されたし、かつての関屋(新潟)競馬場には陸軍軍医学校防疫研究室が存在した。いわゆる731部隊の研究機関である。

日本で始めて洋式の常設競馬が開催されたことで知られる根岸競馬場は、前面に大きく張り出したガラス張りの雄大なひさしが特徴。丸ビルを手がけたモーガン氏の設計にかかる名建築である。地上7階、観覧席4500席の規模を誇り、遠く東京湾と三浦半島までも一望できる眺望は「日本で一番見やすいスタンド」とも言われた。だが、横須賀軍港を一望でき、海軍の動静を詳細に探知できてしまうという理由から海軍に接収されてしまったのである。日本一の眺望が、競馬場の閉鎖の要因となったのは皮肉だ。その後、根岸で競馬が開かれることはなくなった。

Stand 

根岸競馬場の跡地は、今では『馬の博物館』や森林公園として整備され市民の憩いの場ともなっている。だが、かつて国内随一と称賛されたかつての一等スタンドは、老朽化が著しいため、現在では一般の立ち入りは許されていない。

廃虚同然の姿が風雨にさらされている姿は見るに忍びないものがある。戦前の競馬場建築物としては唯一現存する歴史的遺構と知れば、その思いはさらに募る。

終戦からはや68年。競馬開催は無理でも、スタンド建物の復元はならないものか。中京、札幌に次ぐスタンド改修は「根岸」   なんていう計らいがあってもいい。来週木曜は終戦の日。根岸で先の戦争に思いを寄せるのも悪くはない。

 

 

 

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2013年8月 9日 (金)

パンチョ@新橋

我々が子供の頃のパスタといえば、ナポリタンかミートソース。このどちらかだった。ペペロンチーノもカルボナーラもペスカトーレもない。いや、そもそも「パスタ」などという呼び方をするようになったのもつい最近のことだ。当時は、太さも形も関係なく、すべて「スパゲティー」と呼んでいた。

ただしナポリタンに関して言えば、今でも懐古的なメニューとして支持を受けている。いわゆる「昔ながらのナポリタン」とか「喫茶店のナポリタン」というやつ。一方で、ミートソースの方は存在感を失って久しい。

「実はナポリには“スパゲティー・ナポリタン”という料理はない」というギミックも、ナポリタンブームを後押ししているように思えてならない。だが、日本のミートソースのように、たっぷりのトマトソースで煮込んだひき肉をスパゲティの上にドバっとかけて食べるような料理だってイタリアにはない。「ボロネーゼ」が引き合いに出されることが多いが、あれは単に「ボローニャ風」という意味で、ミートソースを表すものではない。もっと日本のミートソースにも温かい眼差しが向けられてもいい。

ともあれ、私はナポリタンよりもミートソース派。理由はおそらく、前にも述べた私の幼少期からの食卓事情にあると推測する。贅沢と言えば肉。すなわちミートなのである。

Pancho1 

ウインズ新橋のお膝元、JR新橋駅のSL広場から目と鼻の先にある『パンチョ』は、ナポリタンとミートソースの2種類のメニューだけなのに、昼時は行列が絶えることがない。人気の秘密は安さと量。1人前650円で、小盛り(300グラム)、中盛り(400グラム)大盛り(600グラム)まで選ぶことができるほか、金額アップで1.2キロ、1.6キロ、2.3キロのスパゲティを堪能することができる。写真はミートソース目玉焼きトッピングの大盛りで700円。安いし、量も申し分ない。店内に流れるベイブの曲が若干気になるが、味に関しても文句はない。

Panho2 

スパゲティ好きにはたまらないこの一軒。だが1キロ超のオーダーには慎重さを求めたい。「こないだ大盛り(600グラム)楽勝だったから、今日は1.2キロいっちゃおうかな」などという客が、運ばれてきたスパゲティの山に悪戦苦闘するシーンをたまに見かける。1600万を楽勝した馬が、GⅢで大きなカベにぶつかるようなものか。600グラムまでは条件戦。そこから先は別世界。料金設定が異なるのは決してダテではない。

 

 

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2013年8月 8日 (木)

細い細い糸の先に

昨日の水曜日は、私の所有馬2頭の明暗が分かれた一日となった。

「暗」の方は3歳馬オシャレバンチョウ(父スマートカイザー)。先週日曜の3歳未勝利戦で9着と大敗したことを受け、中央登録抹消、笠松競馬への移籍が決まった。年内に笠松で2勝を挙げれば、中央に再登録も可能となる。幸い疲労も少ないないので、笠松では早いうちに使いだせそう。9月になれば、「強いJRA未勝利馬」が大挙して地方競馬に押し寄せてくる。できることならば、その前に使っておきたい。

「明」は2歳馬ポップレーベル(父カンパニー)が、道営の重賞・ブリーダーズゴールドジュニアカップを勝ったこと。道営とはいえ、私にとっては初めての重賞タイトルだからとてつもなく嬉しい。この夜は自宅のPCからネット観戦。道中は中団外目から徐々に進出し、直線に向いたところで先頭までは2~3馬身という位置。

よおぉし! さあ、差せ!!

と叫びかけた瞬間に携帯が鳴った。相手は釧路在住の馬主氏である。

!   (^o^)/

ということは……、差すんだな、コレ(笑)

ネット中継は10秒くらい遅れて配信される。相手は通常のTV中継を見ているはずだから、この電話は祝電に違いあるまい。

その通りに、きれいに差し切って優勝。なんとも興奮に欠ける重賞初勝利ではあったが(笑)、これはこれで思い出に残る。ともあれ、今年産駒デビューの新種牡馬の中で、最初に重賞を勝ったのは、なんとなんとカンパニーであった。

種牡馬カンパニーの父はミラクルアドマイヤ。同馬の競走成績は3戦して1勝。普通ならとても種牡馬になれる成績ではないが、ダービー馬フサイチコンコルドの半弟という良血が買われて種牡馬入りした。とはいえ産駒数は初年度から25頭、18頭、7頭と漸減。そしてついに4年目にはたった1頭になった。激しい淘汰の続く種牡馬の世界である。もはやここまで、と誰もが思ったのも仕方あるまい。

だが、そこからカンパニーという後継種牡馬が誕生し、さらにその産駒から重賞ウイナーが現れたのだから、まさにミラクル。ミラクルアドアドマイヤの父系は、かろうじて繋がった。ポップレーベルがそのまま種牡馬となる可能性は低くても、種牡馬カンパニーの評価を上げるのに役立てば十分。カンパニーに良い牝馬がたくさん集まれば、超大物の誕生も夢ではない。

Campany  

話は変わって、カウアイキングは1966年の米2冠馬。種牡馬として日本に輸入されたが、あまり成功したともいえず、JRAの重賞勝ち馬は2頭に留まる。後継種牡馬となったのは、81年の関屋記念を制したブラビオーただ一頭。

ブラビオーの産駒はJRAで勝利を挙げることはできなかった。だが、南関東で1頭だけ活躍馬を出す。36戦7勝の牝馬スーパーセブン。現役引退後はブラビオー産駒として唯一の繁殖牝馬となった。すなわち種牡馬ブラビオーの血は、牝馬スーパーセブンを通して、細い糸が一本だけつながっているにすぎない。そして、その細い糸の末端には、スーパーセブンを祖母に持つオシャレバンチョウがいる。

ポップレーベルも、オシャレバンチョウも、途切れそうで途切れなかった細い糸の先に生まれた命である。そんな血統の可能性に賭けることは、馬主に与えられた役割のひとつに違いあるまい。たまたま同じ日に明暗が分かれた2頭ではあるが、彼らの競走生活はまだまだ続く。今後も長い目で見守りたい。
 

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2013年8月 7日 (水)

とんがらし@水道橋

都心のウインズは滞在型ではないので、ベンチの類がほとんどない。それを理由に足が遠のくという声も間々聞く。だが、その一方で、「予想をする時は立つに限る」という声も。人間の脳が発達したのは直立歩行したからであり、座ったり、寝転びながらでは、真剣な思考はできないというのである。なるほど、最近では会議室に椅子を置かないというオフィスも少なくない。

昼飯ぐらい座って食べたいという向きもあろうが、午後のレースに思いを馳せるなら敢えて立ったままという選択肢もある。そういう視点に立てば、立ち食いそばもあながち捨てたものではない。ウインズ後楽園のお膝元でもある水道橋には、知る人ぞ知る立ち食いそば店がある。

立ち食いそば『とんがらし』は、ウインズ後楽園から橋を渡ってJR水道橋駅西口を通り過ぎ、水道橋西通りをそのまま靖国通り方面へ3分の立地。駅からは遠く、回転が早いはずの立ち食いそばの店なのに行列が絶えないそのわけは、注文が入るたびに一人前ずつ天ぷらを揚げるという店主のこだわりにある。

「揚げたて天ぷら」という触れ込みの店は数あれど、実際には油から揚げてから温めておいたものがほとんど。ツユに入れると、コロモがグジュグジュと溶けていくようでは、厳密な意味での「揚げたて」にほど遠い。

本当の揚げたてなら、丼に張られたツユに投入した瞬間、“ジュー!”っと威勢の良い音を立てるはずだ。コロモからほとばしる油。すぐには口を付けられないほどの熱さ。しかし、そこには揚げおきでは味わえない美味さがある。

この店のツユは、カツオダシの香る薄口のあっさりとした味わい。そばは、揚げ立ての天ぷらに注力するため、ゆで麺使用と割り切るが、なんといってもここの主役はゴマ油香る天ぷらにほかならない。立ち食いで生蕎麦の風味を味わいたいなら、ウインズを挟んで反対側、都営地下鉄・春日駅のすぐそばに『おか田』という店があるから、そちらに行ってみるといい。

Tongarashi 

写真は、いか天1枚に小エビ天3~4個、さらに3~4切れのなす天が盛大に乗る「もりあわせそば」。イカはしっかりと肉厚で、エビも小振りなだけでプリプリとした身の立派なもの。これで550円。揚がるのを待つのにやや時間がかかるが、その間は出馬表を眺めつつ午後のレース検討の時間に使えばよい。もちろん立って考える。そして立ってそばを食う。そばをすすりながら、レース展開に思いを馳せよう。何かひらめくものがあるかもしれない。

営業は昼のみで、日曜日は休み。くれぐれも注意されたい。

 

 

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2013年8月 6日 (火)

讃岐うどん五郎@錦糸町

ローカル開催でウインズ通いが増えるこの時期、ウインズ横浜近くの『第一亭』を紹介した先週土曜の記事に反響があったので、調子に乗って2回目はウインズ錦糸町からお伝えする。

ウインズ錦糸町西館の裏手には『亀戸餃子』の錦糸町支店があって、昭和テイスト満載の常連オヤジと競馬オヤジが昭和の匂いを醸し出している。亀戸の本店とは違い、ラーメンや炒飯といったサイドメニュー(なのか?)があるが基本はやはり餃子。ニンニクがやや強め餃子はビールのつまみには良いが、喧騒が苦手という向きにはおすすめできない。とはいえ、この界隈で静かに昼飯を食べられる店を探すのは至難を極める。

   なんてお嘆きの貴兄に朗報。この5月に錦糸町では初となる本格讃岐うどんの店がオープンした。しかもウインズ錦糸町からは徒歩3分の好立地。土曜定休。しかも昼のみという営業形態ゆえ、使い勝手は限られるが、このうどんだけを目当てに遠方から錦糸町までやってくる客もいるほど。うどんと鶏天で軽く一杯、というのも悪くはあるまい。

Goro 

『讃岐うどん五郎』のこだわりは水にある。福生の田村酒造が仕込みに使う秩父奥多摩の伏流水をうどんを打つのに使っているという。酒造りに最適と言われる水が、小麦粉とどう絡むのか。それも興味深い。

メニューに書かれた「あつあつ」「ひやあつ」「ひやひや」「しょうゆ」「湯だめ」「ぶっかけ」「じょうれん」といった呼び名は、香川の人気店『宮武うどん』系の店ならでは。今ではどの店でも使われている「あつあつ」とか「ひやあつ」という呼び方は、もともと『宮武うどん』の常連客が使っていたもの。それが、いつしか全国の讃岐うどんの店に広がった。ちなみに「じょうれん」というのはザルうどんを示す。

Goro1 

そんな専門用語がずらりと並んだメニューの片隅には、田村酒造の名酒「嘉泉」の文字も。同じ水で作ったうどんと酒が合わぬ理由はない。

ちなみに、「嘉泉」の名はようやく泉を掘りあてた喜びに由来するというが、私としては、錦糸町にうどんの名店を掘り当てた喜びを噛み締めつつグラスを傾けたい。

 

 

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2013年8月 5日 (月)

平安のハンデキャッパー

今週の南関東は重賞の谷間。船橋3日間プラス浦和2日間の変則開催で、それぞれのメインレースもB級レベルにとどまる。この時期、オープン馬たちは激戦の疲れを癒している真っ最中だから仕方ないとはいえ、番組も夏枯れの感は否めない。

ちなみに「番組」とは、レース日程とその日に行われるレースごとの条件を定めたもの。つい先日、JRAでも9月から12月の番組が発表になった。調教師たちは、この番組表とにらめっこしながら、どの馬をどこで使おうかと頭を悩ますわけである。

Bangumi 

この「番組」の語源は意外にも古くに遡る。

近代競馬の発祥は英国だが、実は日本においても平安の昔から競馬は行われていた。いわゆる「古式競馬」(こしきくらべうま)。今も京都上賀茂神社において年に一度行われているから、ご覧になったことがあるという方もいらっしゃると思う。

相撲、柔道、剣道など日本古来の武術同様、競馬も「武術」のひとつとして発展した。基本的にはふた組の人馬による一騎打ちなのだが、単に馬を速く走らせて先にゴールするだけの勝負ではない。武術である以上、騎乗者同士の妨害行為も認められていたのである。いくさ場においては、相手を馬から引きずり落としても「勝者」なわけだ。

競馬の施行に先立って、出場する馬と騎手との組み合わせを決める判定会議が行われる。あまりに人馬の実力が違い過ぎては、勝負にならないからである。平安の競馬界にも“ハンディキャッパー”は存在した。

レースを数えるのに当時は「番」という言葉を使ったのだが、例えば「十番」の競馬、すなわち一日に行われるレース数が10ならば、20頭の馬と20人の騎手が集められる。馬齢や過去の成績、馬の状態、騎手の技量などから判断して、番(レース)ごとの組(出走人馬)を決めていくのである。これが「番組」の語源となった。

Ooi  

当時の競馬は神事であり、天皇や公家の臨席もあると思えば、組み合わせ決定には相当な神経を要したことであろう。いつの世も、「ハンデキャパーは辛いよ」ということになる。

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2013年8月 4日 (日)

8月のフェデラリスト

気が付けば8月に入って既に4日が経過している。めくり忘れていたカレンダーを何気なくめくったら、8月の写真はなんとフェデラリストであった。

Cal  

昨年1月の中山金杯と2月の中山記念の優勝馬。カレンダー的にはいまいち季節感に欠けるような気がしてならないが、いろいろ都合があるのであろう。ともあれ、夏のローカルも残すところあと4週。3歳未勝利馬を抱えた身としては、8月のカレンダーを見るだけで寒ささえ覚える。そう思えば、フェデラリストの写真が使われていることに合点がいかなくもない。

その3歳馬は、私と縁がある母馬の初仔が某クラブから募集されたのを知って出資した一頭。母は2歳秋までに逃げて2勝を挙げた快速馬。東京2歳優駿牝馬でもハナを奪っている。その後は気性的な問題もあって勝ちあぐねたが、その子となれば、仕上がりは早いに違いない。

実際、2歳8月の札幌でデビューを果たしたのだから、見立ては間違っていなかった。芝1200mの新馬戦で10番人気ながら逃げて4着。その快速ぶりは母の面影を思わせたが、いま思えばそこがピークだったような気がする。以後、未勝利戦を5戦するも成績は下降するばかり。そんなところまで母に似なくても良いのに……、と思い続けた一年間であった。

そして今日、デビューから数えて7戦目の競馬に挑んだが、逃げることもできずに大きく敗れてしまった。この時期、出走優先権を持たない3歳未勝利馬は辛い。ただでさえ出走希望がひしめく短距離戦。さらに9月に入れば、開催場は中山と阪神の2場に絞られる。仮に出走が果たせたところで、自ブロックの阪神で関西馬同士の争いを勝ち抜くだけの力はあるまい。決断の潮時であろう。幸い、新馬戦4着で稼いだ賞金があるので、地方に移籍することもできる。

8月は大量の3歳馬がJRAから地方へと移籍する季節だ。地方競馬で規定の成績を残せば、JRAに戻ることもできる。そういう過程を踏んで、JRAのオープンまで上り詰める例だって決してなくはない。

たとえばフェデラリスト。

Fede  

3歳3月のデビュー戦は僅差の4着。だが、レース後に骨折が判明する。未勝利戦が用意されている秋までの復帰は見込めないことから、陣営は早々に地方移籍の道を選んだ。

念願の初勝利を上げたのは4歳2月のこと。船橋競馬場。C2クラスの一般戦だった。だが、その1年後には重賞2勝目となる中山記念を勝つことになるのだから凄い。

8月のカレンダーの写真にフェデラリストが選ばれたのは、「こんな馬だっているんですよ」という励ましの意味が込められているのかもしれない。ちょっと考え過ぎだろうか。でも、この時期の3歳未勝利で大敗した直後だけに、そう考えたくもなる。

 

 

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2013年8月 3日 (土)

第一亭@日ノ出町

「第一亭がスゴいことになってんだけど…」

そんなメールが届いたのは、今日の夕方。相手の知人はウインズ横浜で午後を過ごし、最終レースまで完膚無きまで叩きのめされ、這うようにして目と鼻の先にある中華料理『第一亭』に向かったら、なんと行列ができていて入れないという。

競馬で負けた輩がホルモン炒めと瓶ビールでささやかな反省会を開くような、そんなごく普通の町の中華料理店である。これまで行列など見たこともないのに、若い男女まで並んでいたりする。いったいなぜ?

私も首をかしげた。

さては「きたなトラン」にでも紹介されたのか? そう思ってネットを探ってみると、CXではなくTXの深夜番組「孤独のグルメ」の舞台になってしまったらしい。あぁ、こりゃ当分仕方ないわ。ほとぼりが醒めるまで待つしかあるまい。ああ、でも、この店安くて美味いからなぁ。それを知ってリピーターが増えたら、しばらくは混んじゃうかもなぁ。

番組でも紹介されたに違いないが、この店のイチオシはホルモン炒め。私ごときの私的なブログで、これ以上行列が伸びるようなことはあるまいから、遠慮なくその美味さを書き連ねることにする。

この店には、毎朝、豚から取り出したばかりの新鮮な生の腸が届けられるという。それを塩で丁寧にもみ洗い。さらにもう一度塩でもみ洗い。最後にビールで洗えば下ごしらえは完了。それを注文を受けてから、中華ならではの強い火力で一気に炒める。

Horumon 

「グニグニ」ではなく「プリプリ」した食感が味わえるのは、下茹でをしていないからこそ。新鮮なホルモンと丁寧な下ごしらえの両方が揃って、初めて成せる業である。しかもこのピリ辛味噌の味付けがまたたまらない。むろんビールにも合う。合うのだが、私はプラス100円で定食にすることをおススメする。これほど白飯に合うホルモンというものを、私は他に知らない。

他にも、豚の頭肉やタン、あるいはコブクロやチートといった豚ホルモンメニューの充実ぶりは他を圧する。そんなうれしい一軒が、ウインズ横浜から歩いて2、3分という距離にあるのだから、ウインズ通いが増えるこの季節を楽しみにしているファンもいるはず。その一人が冒頭の私の知人。競馬ファン向けには、日曜が休み(火曜も)であることと、当面は混雑が続きそうなことに要注意と書き添えておく。

 

 

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2013年8月 2日 (金)

ダートを駆けろ!

この秋、南関東の2つの競馬場において、ランニングイベントが予定されている。いずれも、実際にレースを行うダートコースを開放し、その上を走れるというもの。最近では、小倉や福島、名古屋の各競馬場でも実施されており、「馬の気分が味わえる」とランナーの間でちょっとしたブームになっている。

まずは10月5日の船橋競馬場。「ダートランニングフェスタ2013」は、船橋市の地域おこしグループ「チームふなばし88」が一昨年、全国に先駆けて企画。3回目を迎えた今年は、昨年の500人から倍増の1000人もの参加者を見込んでいる。

ゼッケンや出走表に競走馬風のニックネームを使い、レースを実況中継する。馬やアイドル、キャラクターなど仮装での参加も可。当日は船橋競馬場主催のイベント「ふれあい広場」などもあり、屋台の出店やフリーマーケットなども開催されるという。

競技は「21キロダート駅伝」と「ダートレース体験」の2種目。昨年は「2時間半耐久レース」というのがあって、周回するごとに船橋特産のニンジンがもらえるというおもしろい特典があったのだが、今年はニンジン不作なんだろうか? ダート駅伝はレースでは使われない内回りコースだが、レース体験の方は、2コーナーのポケットから外回り1200mコースをそのまま体感することができる。リアルな競走馬体験を目指すならこちらの方がおすすめかもしれない。

船橋競馬場 ダートランニングフェスタ 2013
http://keiba-run88.com/

Funabashi 

 

そして11月17日には、大井競馬場で「馳せよランナー! 第1回競馬RUN in 大井競馬場」というランニングイベントが予定されている。

こちらも、ファンファーレによるスタートゲートからの発走、大型スーパーカラービジョンによる案内、乗馬体験など、さまざまな“馬”体験が予定されている。さらに当日はB級グルメの出店やリレーチームの着順予想による万馬券狙いの景品も用意されるなど、船橋同様に様々なイベントが企画されているようだ。

第1回競馬 RUN in 大井競馬場
http://keibarun.jp/

Ooi 

ちなみに、砂の厚さは船橋競馬場が9cmに対して、大井競馬場は8cm。サラブレッドが軽快に駆けるダートコースも、人間にとっては想像以上に足をとられ、みるみる体力を奪われる過酷な走路だ。むろん、不良馬場にでもなれば、その過酷度はいや増す。

ポイントは内外のコース取りであろう。ロスを少なくするにはインコースが有利なのは言うまでもないことだが、ダートコースはその日その時のコンディションによっては内側に砂が溜まったり、あるいは砂がデコボコになったりして、走りにくい状況になることも間々ある。その違いをいち早く見極められるのが一流の騎手。馬だけでなく、騎手の気分も味わいつつ走ってみるのも、悪くはあるまい。

 

 

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2013年8月 1日 (木)

餃子祭り2013・夏

この大井開催は内馬場が盛り上がっている。

Oct1  

まずは、ドイツビールの祭典・オクトーバーフェスト。なんと開催初日から連日大盛況。馬券売り上げには今ひとつ結びついていないようにも見えるが、逆に言えば馬券色が薄い内馬場だからこそ、純粋にオクトーバーフェストの雰囲気を楽しみたいとやってきたという人が多くやってきたという見方もできる。であるならば、そういう方々にも、次からはぜひ馬券に参加していただきたい。前にも書いたように、本家ドイツのオクトーバーフェストにおいて、競馬は欠かせぬ存在である。

オクトーバーフェスト2013 日本公式サイト
http://www.oktober-fest.jp/

Oct2  

そしてもうひとつの内馬場の盛り上がりイベントは「バーベキューガーデン」。「手ぶらでバーベキュー」をコンセプトに、7月にオープンしたばかりなのだが、なんと今開催は連日満席というから驚く。興味のある方は、こちらのサイトも参考にされたい。

TCKバーベキューガーデン
http://digiq.jp/oikeiba/

今宵もお肉を焼く香ばしい匂いが風に乗ってゴール板付近に漂ってくる。これは夕食前のカメラマンにとっては地獄にも等しい。メインレースのゲートが開いて馬群が目の前を通過しても、「あー、良い匂いだー」と呟き、勝負どころの3コーナーで真島大輔騎手がぐーんとマクり上がっても、「畜生、ビール飲みてぇなぁ」などとぶつぶつ言ってるようでは、まともにレースなど追えるわけがない。結果、ピンボケ、手ブレ、撮り逃しといった惨劇が待ち受ける。

そんなたるんだムードを一喝せんがため、伝説の餃子カメラマンI氏は、唐突に「餃子祭り2013・夏」の開催を宣言。ただちに、カメラマン、記者、馬主、他公営競技関係者といった面々が、大森駅近くの四川料理店『杯一』に集結した。

大森界隈で安く飲める店は珍しくないが、ここも相当に安い。しかもメニューに「よだれ鶏」がある。「“よだれ鶏”って何だ?」「聞いたことないね」などと盛り上がる参加者たちを横目に、Iカメラマンは「生ビールと餃子を人数分」とクールに注文。よだれ鶏なんかに興味はない。俺たちは餃子を食べに来ているんだ!という無言の叱咤であろう。

Gyoza1  

でも、頼んじゃいましたけどね。よだれ鶏(笑)

その変わったネーミングの由来は「よだれが出るほど美味しい鶏」にあるらしいが、蒸し鶏の冷製とキュウリに麻辣タレをかけた一品で、いざ一口食べるとあまりの辛さによだれより先に汗が噴き出た。四川出身の方は「よだれ鶏」でも、辛さに慣れぬ日本人には「汗鶏」でもある。

Gyoza2  

バーベキューと言えばやはりビールであろうし、巨大なドイツソーセージとビールとの相性について、今更ここで語る必要もあるまい。とはいえ、ビールには餃子こそベストマッチだという意見を持つ方も、決して少なくはないような気がする。オクトーバーフェストは次開催(8/12~16)にも実施されるが、誰かこっそり餃子の屋台でも出してくれないだろうか。

 

 

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