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2013年7月23日 (火)

1968年生まれの憂鬱

初めて会った競馬ファン同士の会話では、ある2つの質問が交わされることが多い。ひとつは「好きな馬は何か?」であり、もうひとつは「ダービーはいつから見ているか?」というものだ。

「好きな馬」によって、その人の競馬ファンとしての性格を推し量ることができ、「初めて見たダービー」によって競馬ファンとしての年輪を知ることができる。実際、競馬を語るにはキャリアが必要であり、競馬におけるキャリアとはすなわちダービーのキャリアと同義である。

ちょっと気の利いた競馬ファンであれば、自分の生まれた年をその年のダービー馬になぞらえて紹介することもある。1964年生まれだという知人が、「オレはシンザンがダービーを勝った年に生まれた」と言うのを何度耳にしたことか。気のせいかもしれないが、その口ぶりにはかすかな”誇り”のようなものが感じられる。

ただ、これについて私には困った事情がある。私の生まれた1968年のダービー馬がタニノハローモアだからだ。

タニノハローモアを卑下するつもりは全くないが、1968年のダービーではシンザンやシンボリルドルフほど知られた馬が勝ったわけではなく、タケホープやウイニングチケットほどドラマチックなレースでもない。無論、私が生まれる直前のレースであるから、文献を頼りに知るに留まるのみだが、むしろダービーで2着に敗れたタケシバオーの方が知名度では勝っているように思う。

ダービーがダメならオークスがあるさ、と調べてみるとこの年のオークス馬は「ルピナス」とあって、残念ながらタニノハローモアを凌ぐような知名度を持つ馬ではない。事ここに至って、1968年生まれの競馬ファンは、他の競馬ファンに自らの紹介ができずに立ち往生することとなる。

こうなれば海外に目を向ける他はなく、まずは伝統に敬意を表して英国のダービーから1968年の勝ち馬を調べてみると、これがサーアイヴァーであった。ダービー9勝という不滅の記録を持つレスター・ピゴットをして「私が勝ったダービーの中でのベストレース」と言わしめるのが1968年のダービーであるが、同じくピゴットの手綱で1970年のダービーを勝ったニジンスキーに知名度では遙かに及ばない。少なくとも日本の競馬ファンとの会話に引き出すには少々無理があるように思える。

そうなればケンタッキーダービーだが、1968年の勝ち馬欄には「フォワードパス」と書かれており、そのすぐ隣には「ダンサーズイメージの失格による繰り上がり」と附記されている。とてもではないが、自らのプロフィールを語るのに登場させられる馬ではない。

まったくひどい仕打ちではないか。自らを語ることを許されない1968年生まれの競馬ファンは、競馬の世界でアイデンティティを失って彷徨う他ないというのか。

いろいろと考えた末、「私はあのミルリーフと同じ1968年に生まれました」というフレーズを 必要があれば 使うことにしている。これまで、実際にこのフレーズを7回くらい使ったことがあるが、アイルランドやイギリスでは「おお、そいつはグレートだ!」というリアクションをされる一方で、日本国内での反応は今イチな感がある。ミルジョージの産駒さえ消えた昨今、ミルリーフだなんて言われても一体なんのことやら? という人が増えてしまったのかもしれない。

Millreef 

もとをただせば、こんな苦労をするのも、1968年の日本ダービーでタケシバオーがタニノハローモアの逃げを捕らえ切れず、負けてしまったからなのだ。やれやれ。

 

 

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