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2013年5月20日 (月)

朝の脳

「ゆうべ2時までじっくり考えたから、今日はバッチリだ!」

Oaks  

昨日の東京競馬場でのこと。背後の席からそんな言葉が聞こえてきた。毎週のようにGⅠレースが続くこの時期、夜遅くまで競馬専門紙を睨みながら、脳をフル回転させて馬券検討をする向きも多かろう。中には「朝まで寝ずに考えた」という人だっているかもしれない。

とはいえ、脳科学的にはこれは正しいやり方とは言えないようだ。脳科学者・茂木健一郎氏によれば、ひらめきを得るためには、脳がある程度『退屈』しないとダメらしい。目新しい情報が次から次へと示されると、脳はそれを処理するだけで手いっぱいになってしまうという。「検討」といいながら、結局は専門紙に書いてあることの「追認」になりがちというわけだ。

その昔、北宋随一の名文家と謳われた欧陽脩は、文章を練るのにすぐれた考えがよく浮かぶ三つの場所として、馬上、枕上、厠上の「三上(さんじょう)」を挙げた。このうち「枕上」というのは、一般に、寝る前の時間だと思われているようだが、実は、朝、目が覚めてから起き上がるまでの時間だと聞いたことがある。歴史的な数学や物理学の大発見は、朝に着想を得たというケースが多い。

だいたいが、寝る前にあまり深い考え事をするのは、寝つきを妨げるだけだ。それでいざ眠ろうと意識すると、あとからあとから様々なことが次々と頭に浮かんで、なおさら眠れなくなる。このとき頭に浮かんだ事柄を「枕上の発想」だと勘違いし、喜んで枕元の紙にメモを取る人もいるようだが、こういう精神状態に妙案が現れるとは考えにくい。

さらに「馬上」についても、「現代で言えば通勤電車の中」というような解釈をされることが多いようだが、少なくとも私はラッシュの電車に揺られているさなかに名案を得たという経験を持たない。これはそのまま「馬上」で良いのではないだろうか。つまり欧陽脩さんは、ひらめきというのは脳がリラックスできる環境で生まれるものだと言いたいのであろう。乗馬の経験がある方なら、馬の背に揺られるときに得られる気分を思い出していただけばわかる。明け方の布団の中やトイレが、精神的に落ち着ける場所であることは言うまでもない。

現代の日本で馬に乗りながら馬券の予想をするのは難しそうだが、残るふたつは実践できそうだ。すなわち、競馬専門紙は寝る前に読むのではなく、枕元に置いて眠りにつき、目が覚めたら手を伸ばす。あるいはトイレの目につく位置に、メインレースの馬柱を貼ってみる。

どこの国だか忘れたが、「夜書いた手紙は、一晩そのままにしておいて、翌日読み返してから投函せよ」という教訓があると聞いた。朝になって読み返してみると、おかしなところに気づくことが少なくないというのである。たとえ同じ人間であっても、朝と夜とでは脳の状況が違う。どうせなら朝の脳を有効的に使いたい。

 

 

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