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2013年2月28日 (木)

格の違い

Yayoi  

「明日から3月だな」

「今週は弥生賞か」

「もう春だなぁ」

そんな声が聞こえたと思ったら、今日の東京は春の陽気に包まれた。お天道様もその辺はわきまえている。今年最初の3歳GⅡ戦。クラシックの実質的なスタートと言っても差し支えあるまい。

ところがこの弥生賞、1984年のグレード制導入時はGⅢ格付けでのスタートだった。もうひとつの皐月賞トライアル・スプリングSは最初からGⅡ格付けをもらえたのに、である。

そもそも、最初に格付けの根拠となった要素は何なのか?

当時の競馬会業務部は「レースごとの重要度によって定めた」と発表。だが、そんな主観的な判断基準でファンが納得するはずはない。

弥生賞が創設された1964年からグレード制導入前の83年までの20年間で、弥生賞優勝馬から出たクラシックホースは、三冠馬ミスターシービーをはじめとして合計12頭。一方、スプリングSは弥生賞よりも12年も前に創設されていながら、三冠馬シンザンなどやはり12頭のクラシックホース輩出に留まっていたのである。「重要度」という視点に立てば、少なくとも両者は同格のはずだった。

だから最初っから「賞金額によって決めた」とすればよかったのだ。1983年の弥生賞の1着賞金は2800万円で、1984年も据え置きでGⅢ。一方のスプリングSは前年の3100円から100万円増額されてGⅡとされた。GⅢレースの最高額がオールカマーの3000万円であったことを踏まえると、「3000万円以下はGⅢで、それより上がGⅡ」というラインがおぼろげながら見えてくる。スプリングSが100万円増額されたのは、そのラインをより明確にするためだろう。

だが、グレード制黎明期には逆転現象も垣間見られた。弥生賞がGⅡに昇格した87年は、4歳牝馬特別(現フローラS)が賞金3300万円のGⅡであるのに対し、GⅢオールカマーの賞金は3500万円。2歳限定戦を除けば、このような逆転現象は珍しい。あるいは、こういうケースを説明するために「重要度」という言葉を使ったのかもしれない。むろん、今ではこうした逆転現象はない。

ところが南関東グレードでは、今現在、逆転現象が起きている。1月の浦和で行われるSⅢ重賞・ニューイヤーカップの賞金が1300万円であるのに対し、翌2月に同じ浦和で行われる牝馬限定のSⅡ・ユングフラウ賞は1200万円。同じ浦和で、しかも一連の3歳クラシック路線ということで、両方のレースに出走する馬も多いというのに、この“ねじれ”はいかがなものか。

ユングフラウ賞は、賞金額据え置きのまま、格付けだけが唐突にSⅡへと昇格した。些細なことだが、こういうことが「地方ケイバって、ちょっと変…」というようなネガティブイメージの独り歩きに繋がってしまうことを私は懸念する。来年のユングフラウ賞では、せめてあと100万円の上乗せが欲しい。

Kaika

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2013年2月27日 (水)

2年ぶりのエンプレス杯

Mr1 

昨年は降雪中止で2年ぶりのエンプレス杯。ミラクルレジェンド、プレシャスジェムズ、そしてスウィングベルの3頭にしてみれば、一年間待たされて、ようやくたどり着いたゲートインである。未明からの雨もあがり馬場は稍重。ファンファーレが鳴り終えると、歴戦の牝馬11頭がいっせいにゲートを飛び出した。

1番人気はここを引退レースと定めた女王ミラクルレジェンド。単勝オッズ110円は、エンプレス杯連覇を果たした1996年のホクトベガの120円を上回る。それがゲートを出たら後方3番手に下げたのだから、馬券を買った人は気が気ではなかったであろう。はるか前方では戸崎騎手のエミーズパラダイスがスローに落として軽快に逃げている。果たしてそんな位置から届くのか?

ところが2周目の向こう正面から捲り気味に進出すると、直線では馬場の真ん中を堂々と伸び、余裕の1着ゴール。見事にラストランを飾った。

意外にもミラクルレジェンドがエンプレス杯を勝ったのは今回が初めてだという。初挑戦の4歳時はラヴェリータにコンマ1秒差の3着。絶好調で臨んだ昨年はレース中止の憂き目を見た。そう考えれば2年越しの悲願達成でもある。

それにしても、五分のスタートを切ったにもかかわらず、後方からの競馬とは驚いた。ズブくなったのも、最終追い切りで新馬に遅れをとったのも年齢のせいか。だとすれば確かに潮時かもしれない。このあとはエンパイアメーカーと交配予定とのこと。世界で活躍できるような優駿の誕生を期待したい。

ところで、昨年のエンプレス杯の新聞には「第58回エンプレス杯」とあった。その「58回」は雪で中止。代替レースも行われていない。なのに今年は「第59回エンプレス杯」だという。

中止になったレースを一回分にカウントするのは、重賞として正しいことなのだろうか。枠順が決まっていたこともあるかもしれない。だが、震災の影響で中止とされた一昨年の浦和桜花賞などは、開催丸ごと中止となったのにやはり一回にカウントされている。

そもそも「重賞が中止」というのはあまり例がない。たとえ日程を変えてでもレースを消化して、回数を重ねるからこその「重賞」である。でなければ重賞にとって大切な伝統の概念が揺らぎかねない。初回から中止を99回繰り返しておいて、次のレースで「第100回」の看板を掲げられるか。「第58回エンプレス杯」の記録は、重賞の精神を考えさせる碑として、歴史に残されるものなのかもしれない。

Mr2  

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2013年2月26日 (火)

国益と競馬

先週土曜の未明、突如としてTPP問題が動き始めた。日米首脳会談において、「すべての品目の関税撤廃がTPP交渉開始の前提とはならない」との方針が確認されたとして、安倍首相は今週中にもTPP交渉への参加を表明する意向を固めたという。これは一大事である。

ところが、土日の競馬場でTPPに関する話題はひとつも耳にしなかった。興味がないのか、あるいはその話題を敢えて避けていたのか。とはいえ、生産者にしても、馬主にしても、あるいは騎手らにとっても無関係では済まされぬ問題である。楽観主義がもたらした悲劇を、つい最近もレスリング競技に見たばかりではないか。ひとつ舵を誤れば、日本の競馬の行く末を大きく迷わせかねない難所と心得て事にあたりたい。

TPP交渉で相手国が言及する可能性がある競馬絡みの事案は、大まかにこんなところだ。

 ・競走馬や受胎牝馬の輸入にかかる関税の撤廃
 ・日本国内全レースの外国馬への開放
 ・海外で認可された外国人馬主、調教師、騎手の参入

1993年のGATT/ウルグアイラウンドでは、競走馬はコメや牛肉と同じ農産物であるとして協議の対象となり、当時400万円だった関税は段階的に340万円にまで引き下げられた。さらに、ほとんどのオープンレースは外国馬に開放され、外国人馬主や騎手も条件付きながら日本の競馬に参入を許されるなど非関税障壁対策も進んだ。

だがそれでも米豪新の3か国は納得していない。そもそも彼らが求めているのは関税の「減額」や「条件付き」の開放ではない。米豪新が無条件で日本馬や騎手を迎え入れているのと同じように、日本側にも無条件を求めてくるのは必然と思われる。

安倍首相は日本を発つ前の参院予算委員会で、TPP交渉について「日本の国益を守る代表として臨む。国益を確保するために全力を尽くしたい」と、「国益」という言葉を強調した。野田前首相もTPPに関しては「国益」という言葉を繰り返したように思う。

我が国の近代競馬は、鹿鳴館政治のさなか、「国策競馬」として発展した歴史を持つ。「国策」の目指すところは「外国列強と肩を並べ得る近代国家たる日本」を海外にアピールすること。最終的にはその先にある不平等条約改正や国際的立場向上などの「国益」だった。さらにその後は、良質の軍馬を供給するための検定手段として競馬は発展を続ける。軍馬供給も「国益」に違いあるまい。

そも「国益」とはいったい何なのだろうか。

普通に考えれば「国家の利益」であろう。だが、昨今は「国民の利益」と勘違いしている人もいるようだ。世論調査によれば、若い人ほど「国益主義」を肯定する傾向があるという。国益、すなわち「お国のため」というお題目のもとに、国民の利益が抑圧され続けた戦中戦前を知る世代は、今や少数派。こと利益という観点から論ずれば、国家と国民は対立することの方が多い。

では、果たして現代の競馬は国益にかなう役割を担っているか。「否」と答える人が大多数に違いない。むしろ国益を害するという見方さえある。かつて国策として発展し、我が国に多大な国益をもたらしたはずの競馬が、100年を経て、国益の名の元に今度は矮小化の道を辿ることになるかもしれない。

「日本の国益を守る」と言い切った以上、首相が、あるいは国家が、競馬を積極的に擁護することはなかろう。だからこそファンを含めた競馬関係者は、たとえ政治が嫌いでもTPP問題には注目すべきだ。安易な国益主義はしばしば大道を誤る。実体も分からぬ国益のために、国民の利益が抑圧されることがあってはならない。

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2013年2月25日 (月)

【本店へ行ってみよう②】鳥千

Torisen1  

巷で「フライドチキン」といえばケンタッキーだろうけど、東京・中山の両競馬場では『鳥千』。カリッと揚げられた大きめの骨付き肉に塩を振り、お好みでマスタードをつけて食べるスタイルには隠れたファンが多い。11種類のスパイスで強烈に味付けをされたケンタッキーのチキンに比べればモノ足りないと感じる人もいるかもしれないが、こと「鶏肉を食べている」感では『鳥千』の方が勝るという意見も聞く。

この『鳥千』の本店は、青山一丁目、赤坂、乃木坂といった駅のちょうど真ん中あたり、カンボジア大使館近くの閑静な住宅街に店を構える。そのシックな店内に競馬場のイメージを想起させるものはほとんどない。もし競馬ファンが目に留めるとしたら、壁に飾られた馬の肖像画程度であろう。

営業は競馬開催のない平日のみ。しかも昼間だけ。メニューはフライドチキンを使った定食やカレーが中心でテイクアウトもできる。ちなみに、競馬場内のお店でも自宅持ち帰り用のテイクアウトサービスがあるそうだが、これはまだやってみたことがない。

フライドチキンカレーは、クミンの芳香に炒めタマネギの甘さが際立つカレーライスに、あのフライドチキンがどっかりと乗っかって出てくる。むろん骨付き。マスタードの味付けに慣れきった舌にとって、カレーソースに浸して食べる『鳥千』のフライドチキンというのは、なかなか新鮮な出来事といえなくもない。もちろんカリッとした衣と弾力のある鶏肉の歯触りは競馬場の味そのまま。ただこうしてチキンとカレーばかり食べていると、ご飯だけが残るという惨事につながりかねないから、そこは注意が必要だ。

ちなみに、このお店から100mほどの至近にある『レストラン富士』は、私が朝のコーヒーを飲む東京競馬場6Fのレストラン『ときわ家』の本店でもある。こちらも覗いてみたいのだけど、さすがに立て続けに昼飯を食うわけにもいかないから、次の機会を待つことにしよう。

Torisen2  

 【鳥千・赤坂本店】

 東京都港区赤坂8-7-19
 03-5775-1724
 11:00〜16:00
 土日祝定休

Torisen3

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2013年2月24日 (日)

アスコットの草の味

Bosra  

連勝記録の話を続ける。

上の写真の騎手が誰だかおわかりになるだろうか。パトリック・ジェームズ・ジョン・エデリー。通称「パット・エデリー」。ゴードン・リチャーズに次ぐ4632勝を挙げ、3度のダービー制覇と11度のチャンピオンジョッキーを誇る生ける伝説である。

1996年9月28日。私はそのエデリーを見るためにアスコット競馬場を訪れた。ワールドスーパージョッキーズシリーズやジャパンカップで来日することはあったけれども、それは日本で行われるメジャーリーグの試合を見るようなもの。やはり、本場英国に見に行ってこそであろう。レジェンドの手綱さばきを、この目にしっかり焼き付けておこうと遠路はるばる出かけたのである。

当日のプログラムは3鞍の重賞を含む7鞍。メインは欧州マイル戦線の総決算クイーンエリザベスⅡステークスである。エデリーは1000ギニーを勝ったボスラシャムで挑む。ライバルと目されるのはデットーリ騎乗のマークオブエスティーム。デットーリ・フリークを公言する私の妻は、競馬場に着くなりマークオブエスティームの単勝を購入した。

私も負けていられない。とりあえずエデリーの単勝をベタベタを買い漁り、さらに「まさかあるわけなけど一応記念に」とばかりに「エデリーの7連勝」の7重勝馬券も購入。万全である。

やがて第1レースがスタート。1992年にはオペラハウスも勝っているGⅢ・カンバーランドロッジSを制したのは、ミスタープロスペクター産駒のウオールストリートであった。勝利騎手はデットーリ。

続く2レースはGⅡの6ハロン戦。勝ったのはヌレエフ産駒のディフィデント。勝利騎手はデットーリ。

メインのクイーンエリザベスⅡSは、マークオブエスティームが「空を飛んだかのような」(by合田直弘氏)末脚を繰り出して優勝。優勝騎手はデットーリ。うちの奥さんは単勝的中である。配当は3倍くらいだったか。その場はひとしきり喜んだ。よかった。これで今夜の夕食は少しぜいたくできる。ボスラシャムは悔しい2着。

4レースは26頭立てのハンデ戦。大混戦を制したのはウォーニング産駒のデコレイティドヒーロー。勝利騎手はデットーリ。

それにしてもエデリーが勝たん。いったいにどうしたことか。ボスラシャムは負けちゃったけど、ひとつくらいは勝ってくれるよなぁ……。

5レースのリステッドを勝ったのはプライヴェートアカウント産駒のフェイトフリー。勝利騎手はデットーリ。いよいよこの後に及んで、周囲もざわつき始める。ひょっとしてデットーリが全部勝っちゃうんじゃないか? いやぁ、まさかぁ?

6レースは2歳馬による6ハロン戦。勝ったのは名牝ロックソングの妹で、自身も1998年のナンソープSを勝つことになるロックエンジェル。なんとなんと、これもデットーリの手綱である。1日全勝の大記録に向け、いよいよ残すは最終レースのみとなった。

デットーリが手綱を取るフジヤマクレストは1番人気。こうなりゃ、みんなデットーリに乗るしかないのであろう。とはいえ18頭立てのハンデ戦。平穏に収まる条件ではない。ところがなんと、ゴール寸前までもつれ込む大接戦の末、あろうことかフジヤマクレストが勝ってしまった。英国競馬史上初となる1日7勝 "The Magnificent Seven" 達成の瞬間である。

世紀の連勝記録を目撃した私も歓喜に震えた。……が、ほどなくして何かに思い当たった。

妻は「デットーリのファンだから」という理由で、「3レースのデットーリ」の単勝馬券だけを勝った。

一方の私は「エデリーを見に来たのだから」という理由で、「エデリーの7連勝」の7重勝馬券を勝った。

……もうちょっとだけ考えれば、「デットーリの7連勝」という7重勝馬券が買えたんじゃなかろうか?

そう思った瞬間、私はにわかに怖くなってきた。何かがおかしい。やってはいけない致命的なことをやってしまったような、そんなイヤな予感が喉の奥からせり上がってくる。不意に、7重勝の配当を映し出している大型スクリーンが目に入ってしまった。その額なんと50万ポンド! 邦貨にして8800万円である。

私はアスコットのターフに突っ伏して泣いた。世紀の連勝記録を見れただけでもヨシとすべきなのだろう。だが、そう割り切れぬところが、私のダメなところでもある。以来、私はデットーリを見ると、泣き腫らしながら囓ったアスコットの草の味を思い出す。あれは苦かった。

 

【デットーリ騎手・1日7勝(全勝)のレースと勝ち馬】

1R THE CUMBERLAND LODGE STAKES 2400m Group3
  WALL STREET (by Mr Prospector)

2R THE RACAL DIADEM STAKES 1200m Group2
  DIFFIDENT (by Nureyev)

3R THE QUEEN ELIZABETH Ⅱ STAKES 1600m Group1
  MARK OF ESTEEM (by Darshaan)

4R THE TOTE FESTIVAL HANDICAP 1400m
  DECORATED HERO (by Waning)

5R THE ROSEMARY RATED STAKES 1600m Listed
  FATEFULLY (by Private Account)

6R THE BLUE SEAL CONDITIONS STAKES 1200m
  LOCHANGEL (by Night Shift)

7R THE GORDON CARTER STAKES 3200m
  FUJIYAMA CREST (by Roi Danzig)

Dettori 

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2013年2月23日 (土)

未だ木鶏たり得ず

Nori  

連勝に関する話の続き。

何事においても連続して最高の結果を得ることは難しい。特に、様々な要因が複雑に絡み合う勝負事において、連続して勝つのは至難の業だ。それは昨日も書いた通り。だからこそスポーツにおける連勝記録がニュースとしての価値を持つのであろう。

大相撲の双葉山は、自身の連勝が69で止まった時、知人に「ワレ イマダ モッケイ タリエズ」と電報を打った。中国の故事にある、木で作ったニワトリ「木鶏(もっけい)」のように、いかなる相手にも無心で闘えることを目指したのである。

その双葉山を「憧れであり理想」と公言する白鵬は、63連勝で記録が途切れたとき「これが負けか」と呟いた。連勝の大記録に挑むには、我々の理解を遥かに超えた領域にまで意識を高める必要があるに違いない。たまに馬券が当たってはしゃいでいる私のような人間には、連勝などとても無理ということになる。

サッカーで使われる「ハットトリック」という言葉も、本場英国では「競馬で3連勝すること」という意味でも使われている。サッカー同様、極めて難しい出来事という意味。2連勝が難しいのだから、3連勝が至難であることは言うまでもない。

それでも、神様はたまにいたずらをする。2005年11月5日の東京競馬場で、横山典弘騎手が2レースから7レースをことごとく勝ち、なんと連続騎乗6連勝の大記録を打ち立ててしまった。

ここでは「連続騎乗」というのがポイントである。「騎乗機会6連勝」というのなら希に見るが、レース間隔が空くとファンにしてみれば「連勝」とは見えにくい。だが、この日は違った。

「あちゃ、またヨコテンだ」

「あれれ、またまたノリちゃんだよ」

「うわ! また来ちゃったよ」

「どっひゃー! どうなってんだよぉ!」

という具合に、場内のざわめきが徐々に大きくなっていくのである。こうなると馬券を買う側の心理状況も一筋縄ではいかない。「もう負けるだろ」という人がいる一方で、「いや、今日のノリは止められん」という人も出てオッズは混迷を極めていく。ただ、当の横山典弘騎手本人は「新記録? そりゃ嬉しいです」とそっけなかった。逆に言えば、こういう心理状況も記録達成の要因のひとつであろう。

6連勝の内訳は以下の通り。ちなみに明日の阪神5レースでデビュー予定のマトリックスコードは、3連勝目のシークレットコードの初仔。こんなことを書いた以上、注目しなければなりませんな。

  

【横山典弘騎手・連続騎乗6連勝のレースと勝ち馬】

 2R 2歳未勝利   チェルケッティ
 3R 2歳未勝利   シュトラウス
 4R 2歳新馬    シークレットコード
 5R 2歳新馬    ミレニアムウイング
 6R 3歳上500万 アドニスシチー
 7R 3歳上500万 ヒカルジェイエ

Nori2 

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2013年2月22日 (金)

いいことは続かぬもの

Gas  

昨日の大井4レースを勝ったガスタンクは11頭立ての11番人気。その単勝オッズはなんと113倍!

単勝万馬券という大荒れの結末に場内はざわめいた。だが私は抱いた感慨は、「うわっ大穴だ!」ではなく、「こんな名前の馬が勝つのか?」なんてものでもなく、「コイツは困ったゾ……」というものだった。

話は数時間前に遡る。

朝から春を思わせる穏やかな陽気であった。ゆっくりと家を出て、図書館に立ち寄り、空いた電車に揺られて大井町に到着したが、それでもまだ時間にゆとりがあったのでスタバで読書をしながらコーヒーを楽しむ。平日の午前中として、これ以上のぜいたくな時間の使い方があるだろうか。私が関与する馬が走る大井5レースまでには、まだたっぷり時間がある。携帯から前売りオッズを確かめてみると「1.2倍」とあった。言うことはない。

ところが、競馬場について最初に見た4レースで、大穴が出てしまったのである。大穴がいけないというのではない。その騎手が矢野貴之騎手がであったことが引っ掛かった。彼は、次の5レースで私の目当ての馬の手綱を取ることになっているのである。

馬主であれ、馬券を買うファンであれ、勝負と決め込んだレースのひとつ前に、勝負馬の騎手が勝ってしまって不安になった経験はお持ちであろう。別のところで運を使ってしまったと思うし、同一騎手の連勝は難しいことを肌で知っているからである。それが武豊や戸崎圭太ならまだしも、矢野貴之である。「連勝なんてないよなぁ…」と思ってしまうのも無理はない。先ほどまでの晴れやかな気分は既にどこかへ消え去り、私の心はすっかり不安の渦に呑み込まれていた。

「それでも単勝1.2倍なら大丈夫だろ!」

そういう人もいらっしゃるかもしれない。でも、話はそう簡単ではない。矢野貴之騎手の昨年の成績は474戦して22勝。勝率4.6%である。JRAで言えば454戦21勝、勝率4.6%だった古川吉洋騎手に近い。JRAの、特に関西のファンの方は古川騎手が連勝するシーンを想像できるだろうか? 勝率4.6%の騎手が連勝する確率は0.2%。「500回に一度の奇跡がこれから目の前で起きるぞ」と言われても、信じ切るのは難しい。

案の定、私の応援する一頭は大惨敗を喫した。本来勝ち馬から2秒半も離されるような馬ではない。前走で1200m戦を圧勝して今回は1400m戦である。距離延長にどう対応するのか。そのあたりがカギだと思って見ていたのだが、なんのことはない前回と同じ1200mの競馬をしようとして負けた。他の馬とは思っている距離が違うのだから、負けて当然である。

「連勝は難しい」なんてのは単なるジンクスだという人もいるし、私もある程度はそれに同意する。現に戸崎騎手は10、11レースと涼しい顔で連勝を果たした。だが、それは連勝に慣れた人の話。私が知る限り、矢野騎手は大井移籍後、同一開催日に連勝を記録したことはないはずだ。

勝った直後は意識が変わってしまう。勝つことの意識の薄かった最低人気馬で勝てばなおさらである。それは、人の次の行動に多かれ少なかれ影響を及ぼす。意識するなと言われても難しい。無意識を意識した時点で、すでに行動は変わったものになる   というのは、さっきスタバで読んだ養老猛司氏の著書『「都市主義」の限界』にあった内容。帰途に再読してみたが、さっき読んだ時とは感じ方がまるで違う。養老氏によればこれも意識の活動として当然のことなのだそうだ。

誤解のないように付け加えておくが、矢野騎手は決してヘタではない。それは彼が高崎に在籍していた当時から、私はよく知っている。一緒に口取りに写ったこともある。実際、昨日は8レースでも勝った。要はイイことは長続きしないということ。誰もが知る真理であろう。

Starba  

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2013年2月21日 (木)

あわや?の雲取賞

準重賞'13雲取賞は各馬一団となって直線。外からブラックワードが先頭に並びかけるが、ここで人気のアウトジェネラルが抜け出して、一気に後続を突き放した。これは強い!!……と思ったその瞬間、視界の右から左に向かって黒いものが飛び出してきた。

Cat 

「ああっ! 猫だっ!」

どこからともなく叫び声が響き渡る。とはいえ、猫は急には止まれない。迫りくる馬群。果たして猫の運命は……?

Cat2  

結果、アウトジェネラルは後続に4馬身差をつけて1着ゴール。間一髪で激突を避けた猫は、馬の向こうを駆けて内馬場へと消えていった。写真で見る限り、この猫はいつも内馬場をウロウロしているやつですな。

こういうのは見ている角度に影響するので、実はものすごく離れていたのかも……と思いつつ、さっき nankankeiba.com のレースリプレイを見てみたのだけど、案外ヤバいことになってますね。先日、地球に異常接近した小惑星ばりのニアミス。もしものことがあったら、レース不成立なんてことまであったのだろうか。

猫ではないが、レース中にトラクターが乱入した笠松の例が記憶に新しい。むろんレースは不成立。ほかにも調べた限りで、これだけの不成立事故があった。馬と競走してみたいと思う猫が、いつコースに飛び出してきてもおかしくない。原則、猫はコースへの出入りが自由なのである。

 1970年11月27日 福山10R 空馬の暴走
 1974年 1月30日 園田 8R ゲート故障
 1977年 7月16日 園田 6R 空馬の暴走
 1983年11月14日 川崎 5R ゲート故障
 1984年 3月25日 宇都宮8R 馬場整備トラクターの誤進入
 1985年12月 6日 園田 7R 暴力団組員乱入
 1990年 4月 8日 大井 6R 空馬の暴走
 1993年 8月12日 園田 8R ゲート牽引車の故障
 1994年12月 2日 浦和10R 空馬の暴走
 1998年 7月12日 益田 2R 空馬の暴走
 1998年10月18日 高崎 6R ゲート牽引車の故障
 1999年12月21日 金沢 9R 散水車の誤進入
 2008年 4月 6日 高知 8R 故障転倒馬を収容できず
 2011年 1月 8日 笠松 3R 馬場整備トラクターの誤進入

実際に激突の惨事が起きてしまったこともある。今から30年前のJRA中京競馬場での出来事。しかも激突したのは猫でもトラクターでもなく、人間のしかも子供だった。

1983年1月30日の中京4日目2R(4歳未勝利ダート1000m)。内馬場で遊んでいた3歳の子供がダートコースに飛び出し、レース中の馬と激突してしまったのである。はねたクリヤーランサーは2着でゴール。はねられた子供は一時意識不明の重体に陥った。驚くことに、接触事故自体は競走結果に影響を及ぼすものではなかったとして、そのままレースは確定している。今ではちょっと考えにくい。

ちなみに同じ中京競馬場では、1981年6月14日でもファンがコースに出て、約600mにわたって馬と一緒にコースを走るという事故が起きている。

馬と競走してみたいと思うのは人間も猫も同じなのかもしれない。「比べる図鑑(小学館)」によると、猫が走る速度は時速47キロであるのに対し、馬のそれは約68キロ。それならとても勝負にはなるまいが、上がりの1ハロンに14秒かかっている大井の場合で計算すると時速約51キロという計算になる。案外いい勝負になりそうだ。

一瞬ヒヤリとした戸崎騎手も鞍を外して安堵の表情(なのか?) ともあれ、アウトジェネラルは強かった。仕上がり途上と聞いていたけど、さすがはカネヒキリの甥ですね。

Tosaki  

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2013年2月20日 (水)

冬こそ鴨汁

Yoshida  

競馬に出かけるのが億劫になるほどの寒さが続いているが、そういう時こそ鴨を食べて冬の有難味を噛み締めたい。

猟期が冬に限られるマガモと違い、アイガモの肉は一年を通じて流通している。それでも、脂が乗って旨味を増すのはやはり冬。脂肪が落ちてアッサリしたマガモを好むのがツウといわれればその通りなのかもしれないけど、寒さに震えながら競馬を見る身にとって、鴨の脂が浮いた濃い目のつゆに潜らせて啜るうどんの有難さに勝るものは、あまり思い浮かばない。

上の写真は南浦和『よし田』の「鴨汁うどん」。浦和競馬場とは反対の出口を降りることになるが、それでもこの「鴨汁うどん」のためならばと、開催のたびに足を運ぶ。

脂が浮いたちょいと濃い目の鴨汁は、鴨独特のコクと旨味がぞんぶんに浸み出ている。ほのかに香る柚子の風味。いくぶん不格好ながら喉越し抜群の手打ち麺に、この鴨汁がまたよく絡む。実に美味い。

鴨の脂は身体を温めるのに役立つから、鴨汁は最後の一滴まできれいに飲み干したい。また鴨肉に鉄分が含まれることは周知の通り。思わぬ大敗を喫し、貧血をおこして倒れるかもしれないという不安も、鴨を食べておけば安心だ。

東京競馬場ではフジビュースタンド2Fの『梅屋』(立ち食いではなくレストランの方)に「鴨せいろ」のメニューがある。食券売り場で「うどんでね」と言えば、鴨汁うどん(写真下)にすることも可能。ただ、ここのうどんの麺はコシとか歯応えなどとは無縁であることを注意事項として述べておく。それでも鴨汁自体はなかなか旨い。

競馬場で「カモ」は禁忌なのカモしれないが、武蔵野の木立を眺めながら蕎麦湯で割った鴨汁をチビチビ飲むのは、なかなかイイもんですよ。

Umaya

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2013年2月19日 (火)

ゴボウ抜きの美学

Kak  

直線だけで10頭を抜き去った土曜のアラフネに続いて、またまたゴボウ抜きの話。日曜の東京4Rを勝ったカケダシは、直線に向いた時点でほぼ最後方の15番手。だが、そこから前を行く馬を次々と抜き去り、ついにはハナ差で1着ゴールを果たした。GⅠ当日ということもあり、こういうレースはスタンドが多いに盛り上がる。

地上の茎を手に持って地下のゴボウを引き抜くには、一気に、しかも直線的に抜かなくては途中で折れてしまう。それが転じて直線一気に追い抜く様を「ゴボウ抜き」と呼ぶようになった。実際のゴボウの収穫にあたっては畝の両側から堀り進めて、掻き出すように掘り出すものだとは先日書いたばかりだが、火山灰地など地域によっては文字通りの「ゴボウ抜き」で収穫されているところもあるそうだ。

最近では箱根駅伝でこの「ゴボウ抜き」という言葉をやたらと耳にする。しかもご丁寧に「ゴボウ抜き記録」などという言葉まである。歴代1位の記録は2009年大会で日大のダニエル選手が記録した「20人抜き」なんだそうだ。

ちなみに「ゴボウ抜き」という表現が使われるのは10人以上を抜いた場合に限られ、その記録のほとんどは2区で達成されている。つまり、先頭からの距離がまだそれほど離れておらず、しかもそこそこ強いランナーが登場する区間だから。むろん大記録達成のためには1区のランナーの凡走が欠かせない。上位でタスキを受け取ってしまったら、それ以上抜く相手がいないからである。そう思うと、まあ、あまり意味のある記録とも思えませんな。箱根駅伝に参加できるのは、基本的には20チームだから、ダニエル選手の「ゴボウ抜き記録」は当分破られることはあるまい。

では、競馬での「ゴボウ抜き記録」はいったいどれくらいなのだろうか?

競馬の「ゴボウ抜き」は最後の直線だけで何頭抜いたかが焦点となる。しかもその馬が1着でゴールしていなければ記録としての価値は薄い。当然ながら多頭数の方が記録達成の可能性は高くなる。

となれば、1971年の日本ダービーが暫定1位ではあるまいか。史上5番目に多い28頭の出走馬を数えたダービーで、4角24番手から直線だけで23頭を交わして優勝したヒカルイマイである。

そのレースをゴール板で見ていたJRA関係者に話を聞いたことがある。

「ゴムをいっぱいに引っ張ってから放したみたいに、ものすごい脚でビューンと飛んできた。ほかの馬が止まって見えると言うことはよくあるけど、あのときは“本当に”止まって見えたんだよ」

ヒカルイマイは先頭のハーバーローヤルを一瞬でかわすと、逆に1馬身の差をつけてゴールに飛び込んだ。これぞ史上最高のゴボウ抜きであろう。「一気に、そして直線的に」というからには、アラフネやカケダシのように「直線でふらふらになりながら、どうにか追いついた」という体ではゴボウ抜きの語感に馴染まない。そこには美しさと、そして圧倒的な力量差が求められる。

頭数のことを言わなければトリプティクの富士Sも忘れがたい。9頭立てで4角9番手。日本の馬ではまず届かないような位置から猛然と追い込んで、逆に5馬身の差をつけたそのレースぶりは私の心を大きく揺さぶった。ヒシアマゾンのクリスタルカップも、ディープインパクトの皐月賞も、どれも素晴らしいゴボウ抜きではあったが、トリプティクの走りに見た美しさと力量差には、残念ながら及ばないのである。

Di

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2013年2月18日 (月)

ヒヤシンスSの醍醐味

Sb  

3歳オープン特別のヒヤシンスSが行われるのは、フェブラリーS当日のこともあれば前日の土曜のこともある。年によってコロコロ変わるのはそれなりの事情があるのだろうけど、私個人はフェブラリーS当日に行われる方が嬉しい。フェブラリーSと同じ東京ダートの1600m。「この3歳馬たちの中からフェブラリーSに挑戦する一頭が出るのだろうか?」と将来を思い描きながら見るのは、3歳戦の醍醐味のひとつでもある。

2008年のヒヤシンスSを勝ったのは当時3歳のサクセスブロッケンである。その2レースあとに行われたフェブラリーSを勝ったのは、それが5つ目のGⅠ級タイトル獲得となる「砂の王者」ヴァーミリアンだった。

この時、サクセスブロッケンがヴァーミリアンを破る存在になると予感した人は少なかったかもしれないが、決してゼロではあるまい。実は私はその一人。それほどサクセスブロッケンの強さは際立っていた。実際にその翌年のフェブラリーSは、サクセスブロッケンがヴァーミリアンの連覇を阻んで優勝。ちょうど一年前、サクセスブロッケンの強さにある種の予感を抱いた人にとっては、忘れ得ぬレースとなったに違いない。

フェブラリーSを勝つどうかに限定せずとも、ヒヤシンスSの“出世レース”度が高いことは、競馬をやっている人なら肌で感じている。現在の条件になって昨年まで16回行われたヒヤシンスSの勝ち馬のうち、半数に及ぶ8頭がのちに重賞勝ち馬となり、しかもうち5頭はGⅠ級レースを制しているのだから凄い。ダートグレード重賞が比較的多いことを差し引いても出色の数字だ。

さて、そんな今年のヒヤシンスSを勝ったのはチャーリーブレイヴ。祖母 Catnip がエディターズノート(ベルモントS)やホールドザットタイガー(グランクリテリウム)の半姉という良血に加えて、1分36秒6の好時計勝ちなら今後の展望は明るい。次はドバイ遠征。UAEダービーを目指すという。

オーナーはガンジスやイジゲンと同じ林正道氏。林氏と言えば、昨年ヒヤシンスSで2着惜敗のゲンテンが思い起こされる。ゲンテンもUAEダービーに挑んだが、シンガリ負けの憂き目を見た。以後、馬も不調に喘いでいる。

果たしてチャーリーブレイヴはどうだろうか。昨日の競馬なら期待は持てる。だが問題はその先だ。来年のフェブラリーSで同オーナーのガンジスやイジゲンのライバルになっているだろうか。ゲンテンのように不調に陥ってしまうのだろうか。いや、あるいはガンジスやイジゲンの“挑戦”を受けて立つ立場になっている可能性だってなくはない。繰り返しになるが、こうした未来予想こそが3歳戦の醍醐味のひとつなのだ。

Cb

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2013年2月17日 (日)

涙と歓喜の復活劇

Feb  

「直線では多少の不利がありましたが、手応えが充分でしたので、完璧に抜け出せることができました」と騎手は笑顔でレースを振り返ったが、レースを終えた人馬を出迎えた調教助手は人目をはばかることなく泣いていた。管理する調教師の目もわずかに潤んでいる。3歳夏にGIを勝つも直後に骨折。それから1年半を経た復活劇の陰には、厩舎関係者の並々ならぬ苦労があったに違いあるまい。

グレープブランデーがフェブラリーステークスを勝った。一昨年のジャパンダートダービー以来2つ目となるGⅠ級タイトル。挫折を乗り越えてつかんだ栄光の勝利に、地下馬道には歓喜の声が鳴り響いた。

ジャパンダートダービー直後に骨折した箇所は蹄骨だったという。スパイキュールやゴーカイ、カームといった馬たちが現役引退を余儀なくされたのも蹄骨の骨折だった。「馬が蹄骨を痛めるのは一生忘れない痛み」と聞いたことがある。たとえ復帰しても骨折前の競走能力は期待できないことが多い。それを思えばグレープブランデーの勝利はまさしく快挙だ。

復帰後は、希望するレースに思うように使えないことにも苦労したようだ。帝王賞が補欠、白山大賞典でも補欠、JBCクラシックも当然補欠でしかも優先順5番目という絶望的な立場に甘んじていたのである。ちなみに優先順4番目は重賞未勝利のトリップだった。

それがダートグレードの選出基準だと言われればそうかもしれないが、仮にも3歳ダートの頂点に立った馬ではないか。「ダービー馬」に特別枠があっても良い。過去5年間のジャパンダートダービーの優勝馬のうち3頭がフェブラリーSをも制したことを考えれば、「ダービー馬」の看板を大事に扱う方がダートグレード側にとって有益であるように思える。

Jdd

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2013年2月16日 (土)

【本店へ行ってみよう①】夢吟坊

Mugi1  

今日の東京10R初音ステークスを勝ったアラフネは、4角10番手から一気の追い込みで前を行く9頭をきっちり抜き去ってみせた。まさに「ゴボウ抜き」の表現がピタリとハマるレースぶり。とはいえ、地上に身を乗り出した大根は一気に引き抜くことはあっても、ゴボウの一気抜きというのはあり得ないそうだ。まずは畝の両側を掘って、かきだすように掘り出すのだという。

しかし「ゴボウ抜き」はある種の語感を伴って、すでに深く根を下ろしてしまっている。むろん「大根抜き」では締まりがない。そんなことを考えていたら、フジビュースタンド4F『むぎんぼう』のかき揚げうどんが無性に食べたくなってきた。薄くスライスされたゴボウのかき揚げは出色の美味さ。「京うどん」を謳うだけあって麺のコシには物足りなさを感じる私も、かき揚げの誘惑に勝てずについつい足を運んでしまう。

本店は三宿の交差点近く。246沿いで京うどんを出し続けて20年近くになろうかという老舗だ。東京にうどんブームが到来する遥か昔から、うどん一筋(麦とろご飯なんかもあるけど)で頑張っている姿勢は評価に値する。

果たして「京うどん」というものに、「讃岐うどん」や「稲庭うどん」のような明快な定義が存在するのかどうかは定かではないのだが、こと関東圏においてこの手の看板を見ることは少なくない。「京風ラーメン」「京風おでん」「京風もつ鍋」、果ては「京風焼き肉」などという謳い文句まで登場してひっくり返りそうになる昨今だが、つまりは東京人が憧れる雅(みやび)で洗練されたイメージを強調したいのであろう。

人気のかき揚げうどんは、競馬場とは違ってかき揚げが別皿で登場。ここは揚げ立ての美味さを存分に味わいたい。そのまま齧ってサクサクッという食感を楽しむもよし、ダシの香り沸き立つツユにくぐらせて、そのうま味をじっくり味わうのもまたよしである。

かといって競馬場の味が著しく劣るということでもない。こうして本店で食べていると、様々な制約があるなかで競馬場のクオリティは立派なものだと逆に感心さえさせられる。競馬場で初めて食べて、その味が忘れられずに本店を訪れる客も多いとか。

違いといえば、競馬場の一杯はかき揚げはエビが1尾だけなのと、麺が微妙にクタっている程度ではないか。本店よりも安い価格に設定しているのだから、エビのことはやむを得まい。そのぶんゴボウの美味さを堪能できる。麺にしてもある程度の茹で置きを強いられる以上仕方ないことなのだけど、京都で食べる本物の「京うどん」はコシのない柔らかい麺が特徴。そういう意味では、本店より競馬場の方が「本場に近い味」と言えるのかもしれない。

Mugi_3  

 【夢吟坊・三宿本店】

 東京都世田谷区池尻3-30-2
 03-3487-4811
 11:30~翌2:00
 第2火曜日定休

Mugi3

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2013年2月15日 (金)

競馬は継続して行われるもの

Yomi  

「サラリーマンに脱税指南」

今日の読売新聞夕刊は、数十人のサラリーマンに所得税の不正還付を受ける手口を指南していた疑いがあるとして、東京のコンサルタント会社社長が逮捕されたと報じた。おりしも来週からは確定申告が始まる。さらに先週は馬券脱税事件の公判が結審したばかり。良くも悪くも世の中は税金の季節を迎えている。

それで思い出したことがある。厩務員が受け取る進上金は一時所得か事業所得か。そんな論争が厩務員組合と国税との間で交わされた事件があった。

事の起こりは1976年3月。この年の確定申告において、厩務員組合の組合員約100人が進上金収入を「一時所得」で申告したことに始まる。

国税側は、従来通りに「事業所得」として申告し直すよう更正決定を通知した。だが、組合側は「競馬の賞金というものは偶発性が高く仕事(事業)と直結するものではない。たまに勝つこともあるが、負けることのほうが圧倒的に多く、それは馬券の払戻金と同様である」と主張。両者は完全に対立した。

これに対する国税側の反論が興味深い。

「個々のレースでは勝ち負けがあるかもしれないが、競馬は継続して行われており、長期的に見れば収入となるのだから一時所得にはあたらない」というものである。

所得税法に定められた一時所得とは「継続しないで事業とは無関係の収入」と規定されており、ここではたしかに国税側の主張に理があるように思える。

だが、私が興味深いと言うのは厩務員組合とのやり取りにおいてではない、先週結審したばかりの馬券脱税事件における国税の主張は「馬券の収支に継続性は認めない」の一点張りだったではないか。“長期的に見れば”避けられるはずもないハズレ馬券の存在を無視すべく、なりふり構わぬ理論展開を繰り広げている国税の姿は滑稽でならない。

「個々のレースでは勝ち負けがあるかもしれないが」とした当時の見解そのものは、決して間違いではなかろう。あれから37年。競馬の本質が劇的に変わったとも思えぬのだが……。

Arima

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2013年2月14日 (木)

おすず@浦和

Niku  

浦和開催も4日目。バレンタインデーを浦和競馬場で過ごすという素敵な一日を過ごされた方は、今日のお昼に何を食べたであろうか?

浦和競馬場といえば揚げ物が名物。マグロフライ、串カツ、鶏フライ、ハムカツと、その種類も様々だが、開催中毎日揚げ物ばかりを食べていてはさすがに胃がもたれる。だが、大井、川崎、船橋と異なり、浦和の場合は場外で食事を取ろうにも店というものがない。困ったことである。

いや、開催全日の1レースから浦和に足を運んで、昼飯を食べる必要性に迫られる一般客などごく少数であろうから「困った」なんて書いてもさほどの共感は得られないだろうか。でもまあ聞いてくれ。

ここで紹介するのは『おすず』という小さな食堂。浦和駅と南浦和駅とのほぼ中間点にある上、このあたりの道はことさら入り組んでいるので、駅からの道順を説明するのは至難なのだが、競馬場からの道案内は簡単至極である。競馬場の正門を出て「馬場先通り」をまっすぐ進み、JR東北本線のガードをくぐってから一つ目の信号の先。私の足で歩いて7分から8分といったところか。距離的には東京競馬場の西門から競馬博物館まで歩くのとたいして変わらない。

この店の凄いところは、その価格設定にある。とにかく安い。とんかつ定食、チキンかつ定食、メンチかつ定食がいずれも450円。もちろん御飯と味噌汁、それにおしんこが付く。

写真の豚焼肉定食も450円。松屋や吉野家よりも安く、味も悪くないとくれば、大盛況になってもおかしくないところだが、それがそうでもない。ようするに穴場なのである。最寄駅からのアクセスが悪いことも穴場たるゆえんであろう。でも競馬場から見ればそうでもない。つい先日は、川崎の調教師がここで昼メシを食べていた。あらゆる意味で貴重な一軒と言えそうだ。

Osuzu2

 

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2013年2月13日 (水)

ダートグレードも忘れずに

Dream  

先週土曜の東京7レースを勝ったドリームジェダイは、今月いっぱいで調教師勇退を表明している阿部新生調教師の管理馬。翌日曜の京都ではリキアイクロフネも勝利して、早くも今年3勝目をマークした。

阿部師の引退に際し、多くのメディアは重賞タイトルを下記の8勝と紹介しており、1988年の札幌記念から四半世紀もの間重賞から遠ざかっているような印象を持たせる。だが、実際には2001年のエンプレス杯(GⅡ)をオンワードセイントで勝っている。阿部調教師のみならず、オンワードセイントにも失礼な話であろう。

年度 競走名 馬名
1988年 札幌記念  コバノリッチ
1985年 セントライト記念  タイガーボーイ
1980年 目黒記念(春) カネミノブ
毎日王冠 カネミノブ
1978年 日本経済賞 カネミノブ
アルゼンチン共和国杯 カネミノブ
東京障害特別(秋) オンワードカオリ
有馬記念 カネミノブ

JRAのリリースをそのまま流すからこういうことになる。だが、安藤勝己騎手の引退報道際しては、JBCクラシックや帝王賞のタイトルを紹介していたはず。統一された報道スタンスがないことが、違和感に繋がるのかもない。

数年前には、橋本美純騎手の引退を報じた記事に「重賞はマイターンで勝った1999年のウインターSのみ」と紹介されたことがあった。マイターンとのコンビでは、実際にはダイオライト記念(GⅡ)とオグリキャップ記念(GⅡ)も勝っているのに、である。いみじくも競馬を報じる立場にありながら、関係者なら誰もが目標とする重賞タイトルを「ダートグレードだから」という理由で軽んずるようなことはあって欲しくない。

ところで、JRAの公式サイトを見る限り、阿部調教師は「引退」と表現されているのだが、「勇退」という言葉を使うのはやめたのだろうか。定年を前に廃業する調教師が相次いで、いちいち「勇退」などと呼ぶ必要は、もはやないと判断したのかもしれない。

【ダイオライト記念を勝ったマイターンと橋本美純騎手】

Myturn_2

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2013年2月12日 (火)

血液型

Prog  

JRAのレーシングプログラムには出走各馬の生年月日が記載されている。

何事にも氏名・住所・生年月日を書かせる役所の書類にも似て、JRAのお役所気質もここに極まれりと訝っていたのだが、これが実はファンからの要望に応える形で掲載しているのだそうだ。占星術を使った予想には、生年月日は欠かせないのだという。

日本で走る競走馬の場合、ほとんどが1~6月生まれ。キンシャサノキセキ(9月24日生まれ)のように、南半球産馬に7~12月生まれの例はなくはないものの、これはごくごく稀なケース。こうなると占星術が公平に適用されるのかどうか、かなり怪しいような気もしなくもない。

同じ理由で「馬の血液型を教えてほしい」という要望が、年に数回あるのだそうだ。すなわち血液型占いである。日本人の占い好きもここまで来れば立派なものだと感心する一方で、馬の血液型が人間と同じA、B、AB、Oの4種類だと思っている人が しかも馬券を買う以上大人であろう いるのだと思うと驚愕の思いを禁じ得ない。

そもそも、科学的な根拠など何もないのに、多くの日本人は血液型と性格や相性に相関関係があると信じている。これはいったいに何故であろうか。

JRAの所属騎手を紹介するホームページでは、氏名、生年月日、身長、体重の次に血液型が紹介されている。これを見たとある外国人が「なんでわざわざ血液型を発表しているんだ?」と質問してきた。

世界的に見れば、血液型に興味を持つのは日本人のみとも言われる。ましてやそれが性格や相性占いの重要な要素だと言っても、外国人にはとても理解できまい。プロフィールとしては、キャリアを示す免許取得年月日や所属厩舎の方がだんぜん役に立つ。だが、「プロフィール」と聞けば、なぜか「血液型」を持ち出してしまう日本では、もやはやむを得ないのであろう。

几帳面なA型は「流し」。マイペースのB型は「フォーメーション」。優柔不断なAB型は軸を決めきれないので「ボックス」。それで、あれこれやって結局丸ハズレなのはO型。

とかなんとか言って、仲間内で笑う程度に留めおくのが血液型との適当な付き合い方ではないか。事実ABO式血液型の性格診断に科学的根拠などない。それでも血液型占いが流行る現実に、科学教育レベルの低下を危惧する声すら聞く。とはいえ、「丸ハズレのO型」というのは、こと私個人に関する限り、当たっているような気もするのだが……。

       【キンシャサノキセキ】

Kin

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2013年2月11日 (月)

焼いた生姜は美味いのか

Specialweek  

またまた検量食堂の話から。

スペシャルウィークが勝ったジャパンカップでのことだから、かれこれ10年以上も前の話になる。JCの取材で来日していた英国人女性カメラマンが、お昼の検量食堂でこう聞いてきた。

「ショウガを焼いて食べるのですか?」

ある程度日本語を理解する彼女は、壁に貼られた「しょうが焼き定食 ¥500」というメニューを文字通り受け取ったのだろう。私は笑いながら「いやいや、あれはポークジンジャーのことです」と訂正した。だが、彼女は納得しない。というのも、そのメニューのどこにも「豚」の文字が書かれていないからだ。

本来なら「豚肉のしょうが焼き」と書くべきなのだろう。我々は暗黙のうちに「しょうが焼き」と聞けば豚肉のことだろうと判断している。だが、外国の方には到底理解できまい。

ちなみに、恵比寿駅の近くに暖簾を掲げる『こづち』は、昭和のたたずまいを今に残す希少な大衆食堂として知られるが、こちらのメニューに「肉生姜定食」というのがある。「豚」とも「焼き」とも断ってない。鶏肉と生姜の煮込み定食という可能性だってある。だが、もちろん実際に出てくるのは豚肉のしょうが焼き定食。「これは何の肉ですか?」とか「焼いてあるの?」などいちいち聞くような客はいない。こうなると、もう理屈の話ではないように思える。

「塩焼き」にしても塩のみを焼くわけではないし、「網焼き」だって網を焼いて食べるものではないが、これらは「××の塩焼き」という具合に主役と組み合わせて表現されるのが一般的。それでも「すき焼き」「目玉焼き」「どて焼き」のように、主役に関する記述のないメニューも少なくはない。逆に主役の説明があっても「鯛焼き」のような罠に嵌ることも。なまじ日本語が理解できる外国人さんほど、メニュー選びには注意を払う必要がありそうだ。「焼いたショウガ」を期待して豚の焼き肉が出てきたら、きっと驚くことであろう。

Shoga2  

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2013年2月10日 (日)

検量食堂

Carry  

競馬場のバックヤードには「検量食堂」と呼ばれる関係者用食堂がある。

東京競馬場は4人掛けテーブルが4つという実にささやかな規模。ただし、騎手や厩舎関係者はそれぞれの控室に出前をとって食べるので、席数はこれくらいで十分なのであろう。利用客の大半は報道関係者。どういうわけか知らんが、飲み物の冷蔵庫に「ガラナ」のボトルが並んでいるのも注目に値する。

ここの料理を提供するのは、一般スタンド内でも食堂を経営している業者である。かつては中華の『翠松楼』さんだったのだが、数年前にカレーでお馴染みの『ハロンボウ』に業者替えがあった。となれば、めちゃくちゃ美味しいカレーが出てくると思うでしょ? ところが、これがごくごく普通の味なんですよ(笑) まあ、そこらへんも業務エリアの食堂らしさということでお大目に見ることにする。

今はどうだか分らないが、中山の検量食堂も以前は『翠松楼』さんの経営で、私はそこの五目炒飯が大好きだった。テラス席で12月の寒さに震えながらカチャカチャと炒飯を掻き込み、アツアツのスープで身体を温めつつ見届けたサクラローレルの有馬記念の光景は忘れ難い。以来、私はサクラローレルと聞くと、なぜか炒飯が食べたくなる。

不思議なことに、東京競馬場の検量食堂で食べた五目炒飯はそれほど美味いと感じた記憶がない。暖簾は同じ『翠松楼』であった当時のことだから、味は同じであってしかるべきだ。なのに何かが違う。季節的なものかもしれないし、シチュエーション的なものかもしれない。東京の検量食堂は地下にあるので、レースが見れないのである。

代わりといってはなんだが、東京の検量食堂の麻婆ライスは大のお気に入りであった。辛さよりも味の濃さが勝る麻婆豆腐は、アツアツのご飯にジャストマッチ。競馬でお馴染みの某民報アナも、よくこれを食べていたと記憶する。

いちどだけ、アナと相席したことがある。席に着くなり、おばちゃんに注文を投げた。

「麻婆ライスください」

「私も」

で、それぞれの席に運ばれてきた麻婆ライスを見て二人で苦笑いした。あからさまに私の方のライスが多かったのである。いちいち「大盛で」などと付け加えなくても、大盛オーダーとなる私の面目躍如なるところ。だが、TVを通して見るアナウンサー氏のスリムな体型を見るたびに、それじゃあイカンのだと思い直す日々である。

Mabo

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2013年2月 9日 (土)

孝行娘

Queen  

1着馬から首、首、同着という混戦のクイーンカップを制したのは、4番人気のウキヨノカゼ。短期免許で来日中のビュイック騎手にとっては、JRAでの初重賞制覇となる。昨年、欧州でGⅠを9勝も挙げた若き名手も、さすがに嬉しかったのか、GⅠばりのガッツポーズでファンの声援に応えた。

2006年に騎手免許をしたばかりの24歳。ブレイクのきっかけは、ダーレミの手綱を取った2010年のドバイシーマクラシックだった。ブエナビスタをハナ差退けて優勝を果たしたシーンは、我ら日本人にはまだ記憶に新しい。これをきっかけにスターダムへとのし上がった彼は、昨年の英国リーディング3位。賞金ランキングでは堂々の1位に輝いた。今回の短期免許期間は弥生賞まで残されているから、まだまだ活躍が見込めそうだ。

「初重賞」ということでは、管理する菊沢隆徳調教師は平地重賞初勝利。そして、ウキヨノカゼの父オンファイアにとっても、これが初めての重賞タイトルとなった。皆様、おめでとうございます。

2歳時には「全兄のディープインパクト以上」という評判すら立ったオンファイアだが、未勝利戦の1勝のみでの引退を強いられた。種牡馬となってからも「ディープインパクトとは比べものにならない低価格の種付料」をウリに頑張っているけど、思うように産駒成績は上がっていない。この勝利を浮上のきっかけにしたいところだ。

ところで、現3歳世代の牝馬の重賞勝ち馬はウキヨノカゼが6頭目となるが、種牡馬で見ると、ある異変(と言うほどでもないけど)に気付く。「ディープインパクト」「キングカメハメハ」「ステイゴールド」「シンボリクリスエス」の、いわゆる“種牡馬四天王”の名前がないのだ。

 クロフネ(ストークアンドレイ・函館2歳S)
 ハーツクライ(コレクターアイテム・アルテミスS)
 ケイムホーム(サウンドリアーナ・ファンタジーS)
 ウォーエンブレム(ローブティサージュ・阪神JF)
 ロサード(クラウンロゼ・フェアリーS)
 オンファイア(ウキヨノカゼ・クイーンC)

昨年の種牡馬ランキングでベストテン入りしているのは、5位のクロフネと9位のハーツクライの2頭のみ。ケイムホーム39位。ウォーエンブレム50位。オンファイア80位。ロサードに至っては208位という有様である。

紅梅Sを勝ったレッドオーヴァルのようにディープ産駒の有力馬もいるにはいるけど、一部のスタリオン関係者の中には、今年の牝馬クラシックに特別な期待をかけている方もいらっしゃるのではあるまいか。ワタシそういうのは嫌いではない。桜花賞、オークスで孝行娘の誕生というシーンを久しぶりに見てみたい気がする。

             【オンファイア】

Onfire

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2013年2月 8日 (金)

先駆者たち

Derby  

大井・戸崎圭太騎手のJRA移籍のニュースを大々的に伝える紙面の片隅に、JRA・石橋守騎手の現役引退を報じる記事がひっそりと載せられた。メイショウサムソンで日本ダービーを制し、昨年秋には調教師試験に合格を果たしたいぶし銀の名手は、今月末を以て静かに鞭を置く。

良き兄貴分として、騎手仲間から慕われる存在であることは周知の通り。ダービーのゴールの瞬間、チラッと左を見たのは2着に敗れて悔しいはずの柴田善臣騎手から「おめでとう」と声をかけられたからだ。善臣騎手とは競馬学校の同期の間柄でもある。その後も周囲の騎手たちが次々と石橋騎手に祝福の言葉をかけ続けた。ファンに祝福される騎手は普通だが、ほかの騎手たちにここまで祝福されたダービージョッキーというのも珍しい。この年ほど“一体感”というものが競馬場を包んだダービーはなかろう。

ともあれ、奇しくも二人のダービージョッキーが同時期に引退することになる。もうひとりとは、言うまでもなく安藤勝己元騎手のこと。この二人はダービージョッキーであること以外にも、実はもうひとつ共通点がある。

地方所属馬に桜花賞や日本ダービーへの門戸が開かれ、「交流元年」とも呼ばれた1995年のクラシックに、いきなり地方から新しい風が吹き込まれた。笠松から参戦したライデンリーダーと安藤勝己のコンビが報知杯4歳牝馬特別を勝ち、さらに桜花賞、オークス、エリザベス女王杯に出走を果たすという快挙を成し遂げたのである。安藤勝己さんは引退に際し、「ライデンリーダーとの挑戦がJRA移籍の夢を抱くきっかけになった」とコメント。その言葉の通り、ライデンリーダー以降も地方所属馬との挑戦を続け、2003年ついにJRA移籍を果たした。

とはいえ、一方向の流れだけではそれを「交流」と呼ぶことはできない。安藤勝己騎手とライデンリーダーが「地方→中央」の代表なら、「中央→地方」を担ったのは、JRA所属でありながら帝王賞、ブリーダーズゴールドカップ、南部杯マイルチャンピオンシップを制した石橋守騎手とライブリマウントであろう。これもライデンリーダーと同じく1995年の出来事。今のようなダートグレードの体系が確立されていなかった当時、地方の交流重賞を渡り歩いた彼らが、地方中央交流推進の一翼を担ったことは間違いない。

彼らが明けた小さな風穴はやがて道となり、戸崎騎手はそこを通ってJRAへの移籍を果たすこととなった。パイオニアの役目を果たした2人がそろって現役を退き、入れ替わるように戸崎騎手が移籍するというのは、偶然にしても出来過ぎの感がある。時代の節目を感じると同時に、石橋守調教師の今後に注目したい。

Rm

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2013年2月 7日 (木)

国税は馬券の達人ばかり

Jra  

馬券配当で得た所得を申告せず、3年間に約5億7000万円を脱税したとして元会社員の男性が所得税法違反に問われた裁判で、検察側は懲役1年を求刑。対する弁護側は「外れ馬券の購入費用も必要経費とみなすべきで、大阪国税局の課税処分は違法」と改めて無罪を主張し、今日結審した。

競馬ファンのみならず、世間一般からも注目度の高い裁判であるが、一部で誤解があるようなので、敢えてここで確認しておく。本裁判の主たる争点は「馬券で得た収入は一時所得か雑所得か」である。すなわち、必要経費として控除できるのは当たり馬券の購入額のみと主張する国税当局に対し、男性側は外れ馬券分も認めるべきだと主張しているわけだ。払戻金に対する課税の是非そのものが争われているわけではない。

この元会社員は3年間トータルで28億7千万円を馬券購入に充て、30億1千万円の払戻金を受けた。すなわち実質利益は1億4千万円。競馬をやる人間でなくとも、こう考えるのは当然だろう。それは「たいていの馬券は外れるもの」という常識が働くからである。

ところが、国税当局は「当たり馬券の購入分1億3千万円を差し引いた28億8千万円が所得」だという。彼らには常識がないか、あるいは一点勝負で的中を続ける馬券の達人だらけなのか、そのどちらかに違いない。天下の国税職員に常識がないとは考えにくいから、きっと後者であろう。馬券指南書でも書いてみたらどうだろうか。

税務関係者に聞くと、「一般論として、外れ馬券まで認めると廃棄された他人分まで経費申請されかねない」と懸念を口にするのだが、それは論点のすり替えでしかない。今回の事案が発覚した背景には、馬券購入がネット経由であったことが大きく寄与している。外れ馬券に投じられた金額の認定は難しくないはずだ。

そもそも、窓口で購入する馬券は記名式ではなく、領収書も出ない。馬券課税論理を貫くなら、JRAも公営主催者も相応の労を惜しまなければならないはずだなのに、そんなことはできっこないと分かっているから、じっと黙って推移を見守ることしかできない。だいたいが、「馬券配当で得た所得は一時所得」という見解が出された当時は、3連単やWIN5のような高額配当馬券もなければ、足がつくネットでの馬券販売もなかった。脱税事案が現実のものとなる認識そのものが薄かったと言われても、これは仕方あるまい。

かつての競馬場やウインズでは、「帰りの電車賃は残しておけよ」というのが戒めの合言葉だったが、これからは「支払う税金分は残しておけよ」とでもなるのだろうか。少なくとも私はそんなつまらないことを考えながら遊びたくはない。注目の判決は5月23日。今年の日本ダービーの枠順発表当日に言い渡される。

Baken

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2013年2月 6日 (水)

アローセプテンバー以来の快挙

Star  

霙混じりの雨の中で行われた報知グランプリカップを勝ったのはクロフネ産駒のスターシップ。昨年このレース3着の雪辱を果たした。

明けて9歳。休み明けで、直前の追い切りで格下馬に5馬身も千切られたとなれば7番人気も仕方のないところ。実際、陣営からは回避をほのめかすコメントさえ漏れていた。それなのに……。競馬はやってみなければわからない。

2着シーズザゴールド。前走の報知オールスターカップとの「南関東“報知杯”連覇」にハナだけ及ばなかった。報知云々を抜きにしても、悔しい負け方であろう。

報知オールスターカップの1~2ヶ月後に報知グランプリカップが組み込まれるようになって9年目となるが、この2つの報知杯を連勝した馬は未だ現れていない。2008年のオールスターを勝ったエスプリベンはグランプリ5着。昨年のオールスターの覇者スターシップも直後のグランプリでは惜しくも3着だった。とはいえ、スターシップは1年を経てついに2つの報知杯を揃えたことになる。これはこれでアローセプテンバー以来の快挙(なのか?)。報知新聞社から副賞としてオレンジタオルの詰め合わせでも贈呈してみてはどうだろうか。

それにしても、場内はこの空きっぷり。氷雨がダートを叩く真冬の平日となれば致し方ない部分もある。とはいえ、1,776人という数字の前には言葉もない。メディア各社も、昨日から「雪だ雪だ」と騒ぎ過ぎた。

I−PATのおかげで売上こそマズマズのようだが、トップクラスのレースはナマで見てこそ。歓声の上がらぬ競馬は、どこか薄気味悪いものがある。

Funabashi

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2013年2月 5日 (火)

好戦的なレース?

Deadheat  

先月京都の羅生門ステークスのTV中継だったと思う。トラバントとスノードラゴンが馬体を並べて追い比べを演じているのを、実況アナが「激しいデッドヒート!」と伝えた。

本来「同着」という意味であるはずの競馬用語 "dead heat" が、「接戦」と誤訳されたまま広く定着してしまったのは有名な逸話である。言葉は生きもの。時代とともに意味が変わってしまうのは仕方のないことでもあるが、こと競馬に携わる人間が率先して誤用を進めるは感心しない。

そんなことがあった後日、今度は邦訳された古い小説を読んでいたら「アケダクト競馬場で競艇が行われて当局が調査に乗り出した」という一文に突き当たり、私の脳内はクエスチョンマーク(?)で埋め尽くされることとなった。

日本固有の公営競技であるはずの競艇がニューヨークで行われていたのか?

ダートコースをどうやってボートが進むのだろうか??

競馬場で競艇が行われると警察沙汰になるのか???

念のために書いておくが「競馬」の誤植ではない。おそらく、何も知らない訳者は "boat race" を「競艇」とそのまま訳してしまったのであろう。競馬場で競艇が行われるはずがない。"boat race" とは競馬用語で「八百長」の意。まあ、アケダクト競馬場の内馬場には小さな池があるから、ボートレースをやろうと思えばできるかもしれないけど、それで警察が出てくることはなさそうだ。

とまあ、こんな具合に誤訳にぶりぶり怒りをみなぎらせていた東京開幕週のこと、とある外国人ジョッキーに「この馬はバテないから積極的なレースをしてください」と伝えようとして、次のように喋った。

He will not be tired, so please carry out aggressive race.

ところが、あとから考えたらこれは正しくない。 "aggressive" は、「強気の」という意味合いだとイメージしてたのだけど、実はどちらかと言えば「好戦的」という意味なんだそうだ。つまり私はあのAJCCの直後の週に、外国人ジョッキーに向かって「好戦的なレースを」とお願いしたことになる。ああ、怖い。

加えて「バテない」と言うならば "not fold up" と言うべきところだった。すなわち、

He will not fold up, so please follow the pace.

とでも言えば良かったのだろう。"follow the pace" は「先頭集団に付ける」という意味で耳にするフレーズだ。

ちなみに件の馬は大きく出遅れて最後方からの競馬も、向こう正面から積極的に捲って出て、結果3着に食い込んだ。ほかの馬に「好戦的な」アクションをした様子は見受けられなかったので、そこはホッとしたのだけど、私のちんぷんかんぷんな英語のせいで、思わず出遅れちゃったのだとしたらたいへん申し訳ない。いたく反省。

Dirt

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2013年2月 4日 (月)

アンカツ引退

Ankatsu1  

2003年の日本ダービーをキングカメハメハで勝ち、JRA通算1111勝を挙げた安藤勝己騎手の引退式が、昨日京都競馬場で行われた。

「自分のイメージする競馬ができなくなった」

アンカツさんは引退の理由をこのように表現している。レースで好位を狙って行こうとすると、逆に抑えが利かず折り合いを欠くようになってしまったのだという。歳とともに関節が硬くなれば、馬との意思疎通がうまくいかない。結果、レース運びは後方待機一辺倒になる。今思えばブエナビスタに乗っていたあたりから、そんなことが囁かれ始めていた。

加えて減量の問題も無視はできまい。もともと53キロで乗ることはほとんどなかった人だが、ラジオNIKKEI賞のヤマニンファラオを最後に、最後の4か月は55キロで乗ることもなかった。07年の有馬記念では、53キロでダイワスカーレットに騎乗すること自体がニュースにもなったほど。武豊騎手も「減量がたいへんそうだった」とコメントを寄せている。

ベテラン騎手にとって最大の敵は、身体の衰えではなく減量苦とも言われている。年齢とともに代謝は減退するから、身体を動かしても思うように体重は減らない。そこで、サウナに入って身体中の水分という水分を抜き取る。ヘルメットから滴り落ちる雨水を飲んで喉の渇きをいやしたというのはミスターシービーとのコンビでも有名な吉永正人騎手。タケホープの島田功騎手に至っては血液中の水分さえもが低下し、ブドウ糖の注射をしても身体が受け付けなかったと聞く。森安弘明騎手や中野栄治騎手のように、一流の腕を持ちながら、減量に無理が出て引退を余儀なくされた騎手は決して少なくない。

プロであれば減量も当然という見方もあろうが、アスリートのフィジカルマネジメントとしては、決して褒められたものではあるまい。そもそも、いくら仕事上の必要があるとはいえ、人生も半ばに差し掛かって、それなりに成功や実績を積み重ねているにも関わらず、好きなものも満足に食べられない人生いうのは、果たして正しい姿なのだろうか。うどんでも牛丼でも好きなものを好きなように食べて、こんなブログを開設してしまった44歳の私には疑問に思えてならない。

だからであろう。引退式に現れたアンカツさんを久しぶりに見て、思わずホッとした。減量をやめているので60キロ近くあるというその顔立ちはかなりふっくらしており、サウナで絞り切った表情には程遠かったのである。勝負師アンカツではなく、安藤勝己さんの顔がそこにはあった。ただ、胴上げをした後輩騎手たちからは「重いゾ!」という容赦ない声が上がっていたようだがcoldsweats01

Ankatsu_2 

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2013年2月 3日 (日)

命名

Pacapaca  

この記事を投稿している「店長」というハンドルネームについては、他に適当な名前が思い浮かばなかったので、とりあえず使っているだけで、実際に私がどこかの店で「店長」などと呼ばれている事実はない。

ブログに限らずペンネームというものは単なる偽名に過ぎないから、あまり深く考えずにホイホイと決めてしまう人も多いのだけど、そういう名前に限って長く使う羽目になったり、期せずして作品が売れてしまったりする。飲み屋や競馬場で不意に呼ばれることもあると思えば、親しみやすく、ユーモアに溢れ、それでいて奥深さと気品を感じさせるような、そんな名前を選びたいものだが、口で言うほど簡単ではない。そう考えれば、競走馬命名の苦労にも似る。

そんな思いを日高の知人に洩らしたら、「牧場の名前を決めるのに比べたら大したことない」ときた。

牧場の名前とはすなわち会社名であるから、ペンネームや馬名よりも、もっともと必死に頭を捻らねばならぬものであろう。その名前は競走馬の現役期間を遥かに上回る長い年月に渡ってついてまわるし、牧場名から受けるイメージはそこで生まれる競走馬のイメージに直結する。そう思いつつ生産者名簿を眺めれば、なるほど最近では「苗字+牧場」「苗字+ファーム」というような牧場名は減りつつあるようにも思える。

もちろん「苗字+牧場」というネーミングが悪いというのではない、ただ、凝った名前の牧場名を見るにつけ、「どういう意図でのネーミングなのだろう?」と興味を惹かれるのもまた事実。昨年の日本ダービー馬を生産した牧場「パカパカファーム」の名を初めて聞いた時は「ダビスタじゃねえんだから!(笑)」とツッコんだ覚えもあるが、今ではその響きがすっかり耳に馴染んでいる。いやさらに、今ではブランド感すら漂い始めているから凄い。「だれでもすぐ覚えられる。柔らかいイメージの名前でしょ」と言っていたハリーのそのネーミングセンスに、今となってはただ恐れ入るばかりだ。

競走馬の命名でも、そこには個人の感覚の差が如実に現れる。吉川英治さんの皐月賞馬「ケゴン」や「ノワケ」、吉屋信子さんの「イチモンジ」「クロカミ」など、概して作家のネーミングセンスは親しみやすさの中に気品を感じさせてくれる。その最たる理由は、それが耳に馴染んだ日本語であるからかもしれない。

ちなみに、1997年の府中牝馬Sや京王杯AHを勝ったカーリアン産駒のクロカミは「3代目クロカミ」ということになる。今日の東京新聞杯で9着だったマウントシャスタの祖母。自身も98年の東京新聞杯にも出走して、ビッグサンデーの3着と好走している。

Kurokami

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2013年2月 2日 (土)

21世紀でもっとも遅い

Ringo  

近年の勝ち馬からストロングリターンとアサクサデンエンという2頭の安田記念勝ち馬を輩出している注目のテレビ山梨杯を勝ったのは、まさかのまさかのリンゴット。8番人気ながらまんまと逃げ切ってしまった。

「スタートしてから周りを伺っていましたが、誰も行く気配がなかったので、思い切って行ってしまいました。その後も後続が思っていたよりもつついてこなかったですし、自分のペースで進めることができました」(田辺騎手)

ハナを切るかと思われたメスナーが出遅れたせいもあるが、リンゴットの逃げは実に……というか、奇跡的とでも言うべき超々々々スローペース。スタートからの3ハロンが36秒9と聞いて、それが良馬場の芝のマイル戦だと誰が思うだろうか。歴戦の古馬たちとはいえ、スピード自慢のマイラーたちがおとなしくこのペースに従ったことが、不思議に思えてならない。

2001年以降、良馬場の東京芝1600mで行われた古馬1000万条件は81鞍を数えるが、その中でもっとも遅かったのは2010年10月24日に行われた神奈川新聞杯の36秒5。ただ、この時はさすがに「遅い」と気づいたのか、残りのラップはすべて11秒台。結果1分34秒1の決着に収まっている。

なのに今日のテレビ山梨杯ときたら、36秒9で600mを通過したあとも、12秒3、12秒1と、12秒台のラップを2度も続けて1000m通過は驚愕の61秒3。この時点で後方につけている馬たちの勝ちは消えた。事実、向こう正面を1~3番手で通過した馬が、そのままの順番でゴールを駆け抜けているのである。

それにしても、先週の根岸Sと言いシルクロードSと言い、スローペース蔓延の昨今ではあるが、それでも限度というものがある。明日の東京新聞杯はヤマニンウイスカーがハナを切ると思われるが、そのペースにも注目だ。

Yamanin

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2013年2月 1日 (金)

吉田屋@府中

Yoshida1  

京王線府中駅から東京競馬場に向かう「けやき通り」に面して、「ザ・昭和の食堂」と呼びたくなるような風情の食堂が暖簾を掲げているのをご存じだろうか。その一角だけまるで昭和のまま取り残されたような佇まいの一軒は、大衆食堂『吉田屋』。むろん、あの吉田一族とは縁故関係はない。

「中華料理」と「生蕎麦」が併記された看板の通り、うどん・そばから丼物・定食を経てラーメン・餃子に至るまで、およそ食堂に求められるメニューが勢ぞろいした巨大なサンプルケースは、見るだに壮観のひとことに尽きる。事前に食券を購入してから席に着くシステムなので、サンプルをよくよく吟味してからの入店をおすすめしたい。まあ、味の方は、大方の大衆食堂がそうであるように評価のラチ外に置いた方が良いと思われるが、それも含めて大衆食堂の大衆食堂たる所以であろう。

府中駅南口至近の一等地とも言えるこの一角は、こうした食堂やコンビニ、小さな商店などが雑然と並び、再開発された周辺のビル群と対照的な景色を作り出していたのだが、ついにこの一角にも再開発の手が迫ってきた。府中市が府中駅南口地区を「第一種市街地再開発事業」として都市計画決定したのは1982年のこと。開発は三つのブロックに分かれて行われ、第2地区は伊勢丹やフォーリスを、第3地区は大型ショッピングセンター「くるる」をキーテナントとして既に完成している。そして、食堂『吉田屋』を含む第1地区についても、昨年、都から正式に事業認可され、現在は権利変換の手続きが着々と進められている状況だ。昭和の面影を平成の世に残す食堂も、取り壊しの運命にある。

私は懐古主義者ではないし、再開発事業の是非についても何ら意見は持たない。ただ、この計画が決まった年のダービー馬がバンブーアトラスと聞けば歳月の重みはいや増す。『吉田屋』の客には競馬ファンも多く、そのほとんどは年配者。バンブーアトラスの当時から通い詰めている常連客もゼロではあるまい。

国から事業主体の再開発組合へ交付される補助金に東日本大震災の復興予算が充てられる可能性が物議を醸したりしているが、予定通り準備が進めば9月から工事は着手される。ジャパンカップの頃には、あの色褪せたサンプルケースもなくなっているかもしれない。

Yoshida2  

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